November 2010

November 16, 2010

このところ、これまでのシアトル・マリナーズの球団としてのハイライトをベスト10として動画にまとめたものを何度となく見た。この10個のシーンを自分の「野球の宝物」として挙げた人が、いったい何を感じながら選びだしたのか、感じとってみたいと思った。

かなりの回数見た。
だが正直、わからない。
だから何も書けない。なにか書くのはやめにしておこうと思った。

ただ、動画を見ながら、心の中に一箇所、そこだけいつも避けて通る場所のような感じがあるのは感じていた。そのネガティブな印象に触れることに、なんとなくためらいがあった。


それはこういうことだ。

言いづらいことだが、その動画は何度見ても、そこにある10個のシーンの連続に、どう言えばいいか、「今につながるもの」という感覚が湧いてこない。

ひとつひとつのシーンが劇的でない、というのではない。個々のシーンは計り知れないほど素晴らしい。
だが強く伝わってくるのは、それぞれのシーンの感動ではけしてなく、むしろ「何か大事なものが終わりを告げた後で、もう帰れない場所を見て感じるような、「モノ悲しさ」。祭りの後の感覚、とでもいえばいいか。
たとえ10個の場面が素晴らしいものであっても、こういう風に繋げてしまうと、そこには、そこはかとなく「死に絶えた動物の骸(むくろ)のようなイメージ」が生まれてきてしまう。その冷えたイメージがぬぐいされない。ハイライトであり、ベスト10なのだから、本来そこには海面がきらめくような「生のエネルギー」が感じられていいはずだが、遠くで鳴る汽笛を聞くような遠さがある。
繰り返し痛感させられるのは、「現在のシアトルマリナーズがいかに、さまざまな繋がりを喪失した、死んだ場所なのか」ということだ。
この動画から感じられる感覚にはどこか、帰ることのない過去を懐かしむ「老い」の感覚がある。この動画の底に感じる「遥か彼方を想いやる、やるせない心象」は痛々しい。だから、何度見ても、見ている自分からエネルギーが吸い取られていくばかりで、エネルギーをもらえる感じにはならない。


だいぶ時間がたって、ようやく
書くのがためらわれた理由がなんとなくわかってきた。

もしかすると、このベスト10をチョイスしたデイブ・ニーハウスが、シアトル・マリナーズに深い思い入れを持てた時代は、もしかすると、もうずいぶん前に終わっていたのではないか。もしかすると、シアトルの古き良き時代を知る彼が、近年も変わらず熱心に仕事をこなしていながら、実は「古き良きマリナーズの匂い」を嗅ぎ取って癒されたのは、「イチローだけ」だったのではないか、そんな気がしてきた。
ある時期以降のデイブは「イチロー」だけが、彼と「彼のマリナーズ」を繋ぐ唯一の「橋」であり、唯一の「未来への希望」だったのではないか。

なぜって、イチローには、エドガー・マルチネスの匂いがある。マイク・キャメロンの匂い、ブレット・ブーン、オルルッド、ダン・ウィルソン、さまざまな匂いがする。そしてイチローを含めた2001年あたりのマリナーズの選手には、エドガー、ケン・グリフィー・ジュニア、ジェイ・ビューナー、マイク・ブラワーズ、ルイス・ソホ、90年代のマリナーズの「残り香」がする。ジョージ・シスラーの記録を破ったイチローをおずおずと取り囲んだ人の輪にも、そこはかとない残り香はあった。


この「匂い」、どういえばいいか。
内側に独特の熱感をはらんでいて、芯は非常に強いが、表面はしなやかで、ベタつきのない、独特の「匂い」。

誰かひとりだけ、この「匂い」に最もあてはまるプレーヤーを挙げろ、といわれたら、迷わず、「エドガー・マルチネス」と答える。
デイブ・ニーハウスの死について、ジェイ・ビューナーはIt is like I am losing a Dad.「父親を失ったようなもの」と述べているが、選手で言えば、まさにエドガー・マルチネスにはそういう「父親的な匂い」がある。ヤンキースの、あのイタリア系の「兄ちゃん」イメージとも、エンゼルスの多国籍なイメージとも違う、独特のシアトルの風土のような「匂い」。

イチローは、「デイブ・ニーハウスの愛したマリナーズ」という家族の「最後の子供」、「末っ子」なのではないか。


バベジがいじくり倒し、ズレンシックがいじくり倒した今のマリナーズには、あの「独特の匂い」は、もうどこにもない。選手も残っていない。そこにあるのは、ただの「残骸」だ。もう家族でもなんでもない残骸を、彼らはいじくって遊んでいる。今のシアトル・マリナーズには「生きものだけが持つ、独特の熱感」がない。
そこにあるのは「温度のない無機物」である。



かのデイブ・ニーハウスの死に際して、こういう話を書くべきではないし、書く人などいないのではないか。心の底でそう感じながら動画を見るものだから、どうも筆が進まない。このことに気づくのに時間がかかった。

普通、追悼なら、彼の有名なフレーズでもいくつか挙げ、彼の有名なナレーションの動画か肉声のリンクでも挙げておけば、無難に話を済ませられる。それはわかっていたが、そんな誰でもやりそうなことをやって、何になるというのだろう。


どう書けば真意を上手く表現できるか、よくはわからない。

もし、あなたがミュージシャンか作家だとする。あなたがベスト盤や全集を出す、ということは、どういう意味になるか。
ベスト盤を出す、ということは、そのミュージシャンが音楽史に残る素晴らしい仕事をしたという評価が定着した、という意味でもある一方で、別の言い方をすれば、「その人の時代は終わった」とみなす、という寂しい意味でもある。

デイブ・ニーハウスが、球団ハイライトのベスト10上位とみなした出来事は、ほとんどがチームの出来事、つまり、レギュラーシーズンの優勝やディヴィジョン・シリーズの勝利だ。(2位に選ばれたギーエンのバントも、あくまでチームのワイルドカード決定の一貫としてとらえるべきプレー。バントそのものが凄いわけではない)
個人プレーヤーの出来事で上位に来るのは、5位に挙げられたイチローのシーズン安打記録で、これが個人記録としてはランキングの最高位に挙げられている。



そう。
デイブ・ニーハウスの愛したマリナーズは、イチローを終幕として、消滅しつつあったのだと思う。デイブ・ニーハウスが愛した1995年のシアトルを、かいつまんで書いてみる。



ランディ・ジョンソンが3対2のトレードでモントリオールからシアトルに来たのは1989年だ。シアトルはランディを獲得するかわり、左腕マーク・ラングストンをモントリオールに放出した。
ランディは最初から大投手だったわけではなく、しばらくは奪三振も多い一方で、酷いノーコン投手でもあったことは一度書いた。彼の才能を真に開花させたのは、いまはテキサス・レンジャーズの社長になった大投手ノーラン・ライアンやトム・ハウスとのシーズンオフにおける交流と指導の賜物でもある、という主旨の話だ。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年1月6日、豪球ノーコン列伝 ランディ・ジョンソンのノーコンを矯正したノーラン・ライアン。 ノーラン・ライアンのノーコンを矯正した捕手ジェフ・トーボーグ。 捕手トーボーグが投球術を学んだサンディ・コーファクス。

1995年のレギュラーシーズンは、シアトルと、カリフォルニア・エンゼルス(アナハイムに移転する前のエンゼルス)が、ともに78勝66敗でシーズンを終え、キングドームでワンゲームプレーオフが行われることになった。
このワンゲームプレーオフ、先発が因縁めいていた。シアトルがランディ・ジョンソン、エンゼルスはランディの交換相手になった元シアトルのマーク・ラングストン
このときラングストンは、移籍先のモントリオールからさらにエンゼルスに移っていて、奇しくもシアトル初の地区優勝がかかったこの重いゲームで、エンゼルス側の先発となったのである。

Vince Coleman LF
Luis Sojo SS
Ken Griffey CF
Edgar Martinez DH
Jay Buhner RF
Mike Blowers 3B
Tino Martinez 1B
Dan Wilson C
Joey Cora 2B

October 2, 1995 California Angels at Seattle Mariners Box Score and Play by Play - Baseball-Reference.com

7回表まで1-0、シアトルが1点リードするクロスゲーム。7回裏に、シアトルが満塁のチャンスをつくり、2番ショートのLuis Sojoルイス・ソホ、後にWBCベネズエラ代表監督を2度つとめることになる)が、ここで走者一掃のツーベース。守備がもたつく間にソホ自身も生還し、一挙に4点をたたき出して、シアトルは試合の大勢を決めた。シアトルは初の地区優勝に輝いた。

1995年レギュラーシーズンは、エドガー・マルティネスが2度目のア・リーグ首位打者、2度目のシルバースラッガー賞と、球団史上初となる最優秀指名打者賞。ランディ・ジョンソンが4年連続4度目となる最多奪三振のタイトルと、球団史上初となる最優秀防御率。ルー・ピネラが球団史上初となる最優秀監督賞。
ここまで一度も地区優勝したことがなかったシアトルだが、明らかにいつ優勝してもおかしくない才能が集まっていて、ポテンシャルが一気に開花したシーズンだった。


1995年の熱はまだ終わらない。

初の地区優勝を達成したシアトルが、ディヴィジョンシリーズで対戦したのはヤンキース。ヤンキースタジアムでの連敗の後、地元キングドームで連勝し、勝負は10月8日キングドームでのGame 5にもつれこんだ。このゲームに勝ったほうがディヴィジョン・シリーズに勝利する。
ワンゲームプレーオフではルイス・ソホが2番だったが、ポストシーズン打撃好調なスイッチヒッター、ジョーイ・コーラが2番に戻り、ソホは7番に下がった。また併殺が多く、ポストシーズン打撃不調のマイク・ブラワーズを9番に下げている。

1995 ALDS Game 5
Vince Coleman LF
Joey Cora 2B
Ken Griffey CF
Edgar Martinez DH
Tino Martinez 1B
Jay Buhner RF
Luis Sojo SS
Dan Wilson C
Mike Blowers 3B

試合はシアトルが8回まで4-2で負けていた。だが、8回裏にケン・グリフィー・ジュニアのソロホームランなどで同点に追いつく。ここでシアトルは、Game 3で先発して勝利し、連敗を止めたランディ・ジョンソンを9回表からロングリリーフに注ぎ込んだ。
ランディ・ジョンソンが9回表を無失点に抑えると、その裏シアトルがマリアーノ・リベラから1死2塁のチャンスを作った。だが、ヤンキースはマリアーノ・リベラにケン・グリフィー・ジュニアを敬遠させて塁を埋めておいてジャック・マクドーウェルに継投、後続を抑え込んだ。
そして延長11回表、シアトル頼みの綱のランディが3イニング目に1点を奪われてしまう。絶体絶命だ。だがその裏の攻撃で、ジョーイ・コーラ、グリフィー・ジュニアの連打でノーアウト1塁2塁のチャンスをつくり、DHエドガー・マルチネスに打席が回ってきた。
この大事な場面で、エドガーはレフト線を破る。2点タイムリー・ツーベースだ。シアトル、劇的な逆転サヨナラ勝ち。2連敗の後、ヤンキースを3タテして、シアトルはALCSに進出した。
このエドガー・マルチネスの逆転サヨナラ2点タイムリー・ツーベースは、後にThe Doubleと呼ばれることになった。ポストシーズンのエドガーのバッティングは、チームトップの10打点、打率.571、OBP.667、SLG 1.000 OPS 1.667と、驚異的なものだった。

The Double (Seattle Mariners) - Wikipedia, the free encyclopedia

1995 League Division Series - Seattle Mariners over New York Yankees (3-2) - Baseball-Reference.com


どうだろう。
感情を交えず、事実をかいつまんで書いただけだが、当時のプレー、応援するファンの姿に、なにか「熱」「匂い」「繋がり」を感じないだろうか。

「デイブ・ニーハウスが愛したマリナーズ」は、
こういうマリナーズなのだ、と思うのだ。

ドラマティックな展開で勝ち進んだのだから、そりゃ熱気があって当たり前だとか、言われてしまえばそれまでだが、そういうことを言いたいわけではない。
どう言えば言いたいことが伝わるのかよくわからないが、エドガー・マルチネスやダン・ウィルソンが、2001年にイチローが入団するまで大切に守って運んできてくれたのは、こういう「90年代の家族っぽい熱気」だったのだと、今にして思う。

ドラマチックな好プレーを集めた動画なら、どこにでもある。
だが、「家族の写真集」のような懐かしみを覚えるハイライト集は、なかなか無い。
「昔の家族の写真集」を見て思うのは、その家族だけが懐かしむことのできる華やかな追憶であり、また、その仲のよすぎる家族が、やがて老い、すこしずつバラバラになり、やがて時が止まっていく、センチメンタルな感情である。


動画は、YoutubeのDave Niehaus Top 10 Mariners Momentsというタイトルの動画で、オリジナルタイトルは"30 Years of Memories"となっている。デイブ・ニーハウスのチョイスによるシアトル・マリナーズの10のハイライト集である。
ハイライトだから、という先入観を抜きに虚心に見てもらうと、どこかに、カーペンターズの音楽の奥底に秘められた悲しみにも似たようななにかが、見えない部分にずっしりと横たわって身動きがとれない感じが、わかってもらえるのではないかと期待している。
YouTube - Dave Niehaus Top 10 Mariners Moments


10位
ケン・グリフィー・ジュニア
8試合連続ホームラン(1993年7月28日)

9位
ゲイロード・ペリー
通算300勝(1982年5月6日)
「通算300勝を達成した時にはボールに歯磨き粉をつけて投げていた」と告白した有名なスピットボーラー。

8位 
2人のノーヒッター
ランディ・ジョンソン(1990年6月2日)
クリス・ボジオ(1993年4月22日)

7位
3人のサイクルヒット
ジェイ・ビューナー(1993年6月23日 延長14回)
アレックス・ロドリゲス(1997年6月5日)
ジョン・オルルッド(メッツ時代1997年9月11日、シアトル時代2001年6月16日)
A・ロッドのサイクルヒット達成は、21歳10ヶ月で、MLB史上5番目の若さ。オルルッドはMLB史上26人しかいない複数回のサイクルヒット達成者。
Hitting for the cycle - Wikipedia, the free encyclopedia

6位
ケン・グリフィー・ジュニア、シニア
親子アベックホームラン(1990年9月14日)

5位
イチロー
ジョージ・シスラーのシーズン最多安打記録を更新(2004年10月1日)個人記録としては、これがこのランキングの最高位。

4位
球団史上初の地区優勝(1995年)

3位
シーズン116勝
イチローの入団した2001年シーズン116勝はMLBタイ記録。球団史上初となるコミッショナー特別表彰。

2位
カルロス・ギーエン
サヨナラセーフティバント(2000年10月8日)
これによりワイルドカードが決定。進出したALDSではシカゴ・ホワイトソックスをスイープした。

1位
The Double by エドガー・マルチネス
(1995年10月8日)



よくイチローのことを孤高だという人がいる。
だが、イチローを孤高に「させてきた」のは、イチローではない。
むしろイチローほど、自分の所属する場所が熱気に包まれ、繋がりと匂いをとり戻す瞬間に焦がれ、飢えを感じてきたプレーヤーはいないはずだ。
かつてこのチームにあった熱。一体感。匂い。いいかえれば「エドガー・マルチネスに象徴される何か」は、選手と関係のないところで年月とともに剥ぎ取られ、解体され、失われていったが、その中で、むしろイチローだけがプレーヤーとして、その「匂い」を必死に守り抜いてきたことは、この動画から明らかに感じとることができる。

トム・クルーズが主演した2003年の映画「ラスト・サムライ」では、滅び行く武士道の最後の残滓は、日本人ではなく外国人ネイサン・オールグレン(トム・クルーズ)に受け継がれた。
日本からMLBにやってきたイチローの成功は、まさに「ラスト・サムライ」の全く裏返しを行くストーリーであり、デイブ・ニーハウスにとってイチローは、いわば「ラスト・マリナーズ」だったのではないか。そう思うのである。

デイブ・ニーハウス






November 09, 2010

以下の記事のエクセルデータを、こんどは個人別に平面に展開してみる。テンプレートは自作。誰でも同じ作業ができるように、この記事の最後の部分で、作成方法を解説する。まずは、アンパイアごとのデータを4人分みてもらいたい。
Hardball Times: A zone of their own

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年11月6日、MLBのストライクゾーンの揺らぎ (3)アンパイアの個人差をグラフ化してみる

最初に、アンパイアごとの個人差の大きさを実感してもらうために、最もストライクゾーンの大きいアンパイアと、最も小さいアンパイアを比べて見てもらおう。
赤い線が、ルールブック
青い線が、そのアンパイアのストライクゾーン

Jeff Nelsonの広大かつ縦長なストライクゾーンJeff Nelson

Gerry Davisの狭いストライクゾーンGerry Davis


1)Jeff Nelson
1965年ミネソタ生まれ。広大すぎるゾーン。判定は気まぐれで可変

最初にとりあげるのは、2010NLCSで、ロイ・ハラデイの低めに決まるカットボールを「ボール」と判定し続けて物議をかもしたアンパイア、Jeff Nelson

Hardball Timesは、MLBでストライクゾーンが最も広いアンパイア、Jeff Nelsonについて、
against right-handed hitters, the classic “Glavine” call a couple inches off the plate. と、右打者のアウトコースについては、たとえホームプレートから数インチ離れていようとも「ストライク」とコールする「Jeff Nelsonのアウトコースの判定のゆるさ」を評して、「トム・グラビン時代の古典的コールをするアンパイア」と言っている。
前に書いたように、かつてのステロイド時代は、ステロイドを容認し、打者有利な飛ぶボールを使ってホームランを量産させる一方で、バーター的な意味で、投手には「アウトコースが異常に広い、ステロイド時代特有の投手有利なストライクゾーン」を与え、なかでもトム・グラビンはその「アウトコースの広いステロイド時代のストライクゾーンの恩恵」を人一倍上手に使った、という皮肉めいた意味でもある。
参照:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月29日、MLBのストライクゾーンの揺らぎ (1)「ステロイド時代のストライクゾーン」と、「イチロー時代のストライクゾーン」の違い。

大投手ロイ・ハラデイは2010NLCSで、こんな「日頃ストライクゾーンが馬鹿広いことが、あらかじめわかっていたはずの、ゆるんゆるんのアンパイア」に、「低めいっぱいに決まるカットボール」を「ボール」と言われ続けたのである。そりゃ腹が立たないわけがないし、とてもとても、まともなゲームになるわけがない。
アンパイアのストライクゾーンが広いからといって、必ずしも投手有利になるとは限らない、というよい例である。ブログ主は、いまでもNLCSはフィラデルフィアが勝つべきだったと思っている。
Umpire Watch: Postseason Bunting -- MLB FanHouse
ちなみに上のリンクは、2010NLCS Game 5の3回表、無死1、2塁で、ハラデイがバントしたときの誤審についての記事。ハラデイはバントのボールが自分の足に当たったのがわかったので一塁には走らなかったが、キャッチャーバスター・ポージーは三塁にスローした。だが球審Jeff Nelsonは即座にフェアとコールし、結果的にハラデイがアウト。1死2、3塁になった。記事は、Halladay's bunt was clearly foul.と、明確に誤審を指摘しており、本来なら無死満塁になった場面だった。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月21日、ちょっと心配になるロイ・ハラデイの「ひじ」と、「アンパイアのコール」。今日の球審は、今年8月、これまで一度も退場になったことのないニック・マーケイキスと、監督バック・ショーウォルターを退場にしたJeff Nelson。



2)Gerry Davis
1953年ミズーリ生まれ。宇宙一タイトなストライクゾーン。

宇宙で一番ゾーンが広いのがJeff Nelsonなら、宇宙で一番狭いアンパイアのひとりが、2010ALCSでアンパイアをつとめたGerry Davis
この2人のアンパイアのストライクゾーンの大差について、Hardball Timesは、Jeff Nelson calls about 10 more strikes than Gerry Davis in an average game. 平均的なゲームで球審をしたなら、ジェフ・ネルソンは、ジェリー・デイビスより、10個は多くストライクをコールするだろう、と述べている。



3)Jeff Kelllog
1961年ミシガン生まれ。2001年以降のストライクゾーンの規範ともいうべき、正確な判定。

Jeff Kelllogの正確なストライクゾーン


個性を押し出すのではなく、いわゆる2001年以降のMLBが指向する「ルールブックどおり」の正確なコールをできるアンパイア。それが、Jeff Kelllog。その判定の正確さは、上に挙げたグラフにそのままあらわれていて、ルールブック(赤い線)と彼のストライクゾーン(青い線)には、ほとんど差がない。
正確さを表現する言葉にも、いろいろあるが、彼の場合、ただaccuracyというだけより、clockworkと表現したほうがピッタリくる。正確に時を刻み続ける時計のような、狂いの無い連続作業と言うイメージ。
ALCSのテキサスとヤンキースのクリフ・リー登板ゲームでPL(球審)をつとめたが、あのときの非常に正確なコールには感心した。だから、今年のワールドシリーズはぜひこの人に球審をやってもらいたいものだ、と思っていたら、案の定、ワールドシリーズのアンパイアもつとめてくれて、ブログ主としては嬉しく思ったものだ。
ただ、Jeff Kelllogは、塁審をつとめる際にはちょっとどうかな、と思うフシもないわけではない。ワールドシリーズでも、一塁の塁審をやったゲームでちょっと「?」と思った判定があった。
例:Umpire Watch: One Shaky Sixth Inning -- MLB FanHouse
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月12日、クリフ・リー、無四球完投!「アウトコース高めいっぱいのカーブ」を決め球に、11奪三振。テキサスがヤンキースとのリーグ・チャンピオンシップに進出。このゲームを正確なコールで素晴らしいゲームにした名アンパイアJeff Kellogg。

ちなみにJeff Kelllogは、ストライクゾーンが広いことで有名なJeff NelsonのいるCrew G のチーフ・アンパイアでもある。つまり、ひとつのクルーに、正確無比なタイプのアンパイアと、やたらとゾーンの広いタイプが同居しているわけだ。
プレーヤーにしてみたらどうなのだろう。Crew Gにあたったチームは、ゲームごとにしっかりと頭を切り替えていく対処する必要がある。



4)Mike Winters
1958年カリフォルニア生まれ。横長のストライクゾーン。

Mike Wintersの横長なストライクゾーン

ここまで縦長なストライクゾーンのアンパイアばかり扱ったので、この記事の4人目は、横長のストライクゾーンのアンパイアを扱ってみよう。ワールドシリーズでアンパイアをつとめたMike Wintersである。

2009年9月にイチローを退場処分にしたBrian Runge、あるいはEd Hickoxも、このMike Wintersに似た「横長ストライクゾーン派」のアンパイアだが、RungeやHickoxが低めをとるのに対して、Mike Wintersは低めをとりたがらない。だからMike Wintersのゾーンは、RungeやHickoxより、さらに横長な形状になる。

2010ワールドシリーズではテキサスを応援して見ていたが、特にピンチの場面、それも試合の終盤になると決まって、Mike Wintersは低めの判定が辛くなるのには、見ていて非常にイライラさせられた。(下記画像は参照例:Game 4 7回表のポージーのホームランの打席の2球目)
逆に、サンフランシスコのクローザー、ブライアン・ウィルソンが投げるいくつかの球は、どうみてもボールにしか見えない球で、テキサスの打者が非常に気の毒になった。
特にマイケル・ヤングは、明らかにアンパイアに嫌われていて、まるで「狙い打ちされている」かのように、きわどくもないストライクをとられて、バッティングの調子を崩していた。(下記画像参照:Game 4 7回裏の三振の打席の2球目、および9回裏の三振の打席の4球目)
要は、Mike Wintersは、インコース、アウトコースはアホみたいにとるクセに、低めをとってくれないアンパイアなのである。このことに、テキサスのキャッチャーベンジー・モリーナは最後まで気がつくことはなかった。

2010年10月31日 WS Game 4 8回表バスター・ポージー ホームラン2010ワールドシリーズ
Game 4 球審:Mike Winters

7回表 バスター・ポージー
ソロホームラン
2球目の低めいっぱいの
ストレートを
ボールコール


2010年10月31日 WS Game 4 7回裏マイケル・ヤング 三振2010ワールドシリーズ
Game 4 球審:Mike Winters

7回裏マイケル・ヤング 三振
2球目のインコースまっすぐを
ストライクコール


2010年10月31日 WS Game 4 9回裏マイケル・ヤング 三振2010ワールドシリーズ
Game 4 球審:Mike Winters

9回裏マイケル・ヤング 三振
4球目のインコースのスライダーを
ストライクコール



ちなみに、Mike Wintersは、横長派のBrian Rungeと同じ、Crew Hの所属。Crew Hにあたったチームは、アウトコースのストライクゾーンが広いことを覚悟しなければ試合にならないだろう。




おまけ
自分で作るアンパイアごとのストライクゾーンデータ


ストライクゾーン テンプレ

1)このグラフの画像をイラストレーターのようなソフトに、背景画像として取り込む。取り込んだらロックしておくのがコツ
2)赤色でない色(青とか緑とか)の四角形を、仮に書く。太さは3ポイント程度。赤い四角形が見えなくなるので、塗りつぶしは指定しない
3)上のグラフのグリッドごとの距離は12インチ。上下左右の4本の線を、それぞれのアンパイアのストライクゾーンのズレの分だけ、ずらしていく。ずらしたい線を選択する場合、必ず「ダイレクト選択ツール」を使う。通常の選択ツールで動かすと、四角形全部が移動してしまう
4)上下左右をずらし終えたら、保存して1人分が終了。このとき別名保存しないと、テンプレート(=元の画像のこと)がなくなってしまうので注意
5)保存後、線はいくらでもズラしなおせるので、2人目、3人目と次々と作りながら、別名で保存していく






November 07, 2010

このブログ記事で掲載するグラフ類はすべて、下記リンクのHardball Timesの記事内でリンク先として公開されているエクセルデータを元にしている。
Hardball Timesの記事は、それ自体、MLBのアンパイアの現状を知る上で非常に優れたものだが、記事を書く上で基礎データにしているMLBの70数人のアンパイアのストライクゾーンの数値が、エクセルデータとして一部公開され、誰でも読める状態にある。これは素晴らしい英断である。
下記のサイトにおける長年の途方もない努力に、心から敬意を表するものである。
Hardball Times: A zone of their own


Hardball Timesはもちろん、MLBの諸事情について、あるレベル以上に精通・習熟したアメリカの野球ファンが読むことを前提に作られている高度なサイトであるために、上記の記事も、70数人のアンパイアの全体傾向を分析したり、一般論を展開したりする目的では書かれていない。
この記事が目指すのは一般的な総論ではなくて、数歩進んで、個人差の大きいMLBのアンパイアの中でも特に極端な人々、つまり、「極端にゾーンの狭いアンパイア」と「極端に広いアンパイア」を具体的に抽出することに主眼がある。
そのため、記事内で示されるデータは、あらかじめ70数人のデータの中から、10数人程度に絞り込まれてしまっている。

だが、日本人の目からすると、
70数人の元データも、なんらかの形で参考にしたいところだ。

というのも、日本国内のサイトには、こうしたMLBのアンパイアの全体像を知るためのデータ供給源は全く無い。だからアンパイアに関する議論をしようにも、Hardball Timesのように、主張の基になる元データをきちんと作成し、明示した上で考察することはまず不可能だ。
そのため、日本国内でのこれまでのMLBのアンパイアに関する議論といえば、十分な資料もないままに「俺の知っているメジャーは、ああだ、こうだ」と、個人個人の思い込みと先入観にまみれ、憶測や人から聞きかじっただけの伝聞だけをもとに、むやみにお互いの主観をぶつけあうだけの形で続けられてきた哀しい経緯がある。


例えば、日本では「MLBのアンパイアのストライクゾーンは、外角が広く、低めも広い」などという話が、書籍やネット上でまことしやかに公言されているのをよく見る。

だが、70数人のアンパイアの現実のデータなどをちらっと見るだけで、そういったこれまでの定説が先入観まみれなのが、ひと目でわかる。

例えば「右打者と左打者とでは、内外のゾーンの広さがまるで違う」という点について、きちんと意識した上で、メジャーのストライクゾーンを論じているサイトをほとんど見たことがない。
(その点、故・パンチョ伊東氏などはア・リーグとナ・リーグのアンパイアのゾーンの違いについて指摘がみられるなど、MLBのアンパイアの判定がけして一枚岩ではないことを、はやくから指摘しておられた。 パンチョ伊東のメジャーリーグ通信

「MLBの外角のストライクゾーンは広い」という先入観だが、まず言えるのは、「左打者・右打者に関係なく、アウトコースのゾーンは、必ず広いものである」と断言できるほどの根拠は、データ上、見えてこない。
「左打者のアウトコースのストライクゾーンが広いアンパイアが多い」のは確かであるにしても、むしろ、約半数のアンパイアのレフト側のゾーンは、ルールブックどおりに近いか、むしろ狭いわけで、アンパイア間の個人差がかなり大きく、また、左打者と右打者とでは、おそらく判定に差が出る。

さらに、「低めのゾーンが広い」という点に至っては、必ずしも断言できないどころか、一度記事にしたように、むしろ「メジャーの低めのゾーンは、ルールブックよりも、やや狭い」というデータがみられる
参照:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月29日、MLBのストライクゾーンの揺らぎ (2)2007年の調査における「ルールブックのストライクゾーン」と、「現実の判定から逆測定したストライクゾーン」の大きな落差。

アンパイア全員の共通点といえそうな点は、いまのところ左打者のインコースのストライクゾーンの狭さくらいくらいしかない。


つまり、これまでのストライクゾーンにまつわる議論は、MLBの実際のアンパイアの個人差を示すデータを(一般に公開されている、ありがたいデータも存在するのに)誰も前提にしないまま、思い込みだけで論議し、思い込みで「MLBのストライクゾーンは外に広く、低めも広い」という先入観が形成されてきた、それだけのことなのである。

だからこそ、一般的な日本人MLBファンが先入観だけでMLBのストライクゾーンを議論してきた今までの経緯からすれば、Hardball Timesの上記の記事の背景に、せっかくの70数人のMLBのアンパイアのデータが埋もれていくことは、非常にもったいない。
もっと正確にMLBのアンパイアの実像を知るデータがあれば、今後もっと正確に議論や知識を深めあっていくことができると思う。

だから、より正確なMLBの議論を定着させていく意味で、あえて上記の記事の背景にある70数人のアンパイアのデータを「目に見える形」にしてみた。なにかの参考になれば幸いである。


以下のグラフの見方

1)ライト側、レフト側という表記
アンパイア(キャッチャー)の目線から見た左右を示す。だからライト側といえば、この場合、左打者では「インコース」の意味になる。
2)Overall という数値
最初の縦長の表では、「ライト側」「レフト側」「高め」「低め」の4項目で、「ルールブック上のストライクゾーンと、そのアンパイアのゾーンとのズレの大きさ」が示されている。Overallという数値は、その4つの数値を平均化したもので、「そのアンパイアのストライクゾーンの全体としての広さ」を、イメージ的に漠然と示したもの。
3)2番目以降の4つのグラフのX軸
2番目以降の4つのグラフでは、X軸は、Overallの数値の順に、左から右にむかって70数人のデータが並んでいる。
だから、最も左に位置するのが、Overallの数値が最もマイナスのアンパイア、つまり「全体数値の平均値が最も小さく、ストライクゾーンが狭い傾向のアンパイア」であり、逆に、最も右側に位置するのが「ストライクゾーン全体が広い傾向にあるアンパイア」ということになる。

気をつけてほしいのは、
例えばOverall値が「大きい」からといって、必ずしもそれが「ストライクゾーン全体が、あらゆる方向に、馬鹿みたいに広い」という意味にはならないことだ。
Overall値の大きいアンパイアといっても、「ゾーン全体が、あらゆる方向に広い人」だけが存在するのではなく、ほかにも「ゾーンがやたらと横長な人」、逆に「やたらと縦長な人」、「高めだけ広い人」、「低めだけ広い人」、あらゆるタイプが存在するのである。Overall値よりもむしろ、非常に大きな個人差に注意が必要だ。(ゾーンが狭い場合の話も同様)


アンパイア全体のデータ


right側のストライクゾーン・データ

right側の近似曲線は横棒に近い。このことから、right側のストライクゾーンは「Overall値にほとんど左右されない」という強い特徴があることがわかる。また、大半のアンパイアのright側の数値は「ゼロ」に近い。
だから、総じて言えば、MLBの大半のアンパイアのright側は(極端すぎる一部アンパイアを除いて)ほぼ「ルールブック通り」で、いかに個人差が大きいMLBのアンパイアといえども、right側の判定方針についてだけは「ルールブック通りにすべき」という意見でほぼ一致していることがわかる。

right側のストライクゾーン・データ


left側のストライクゾーン・データ

right側とまったく逆で、left側の数値は、Overall値にほぼ比例する点に最大の特徴がある。つまり、大半のアンパイアのストライクゾーンのOverall値は、4つの数値のうち、このleft側数値との関連性が一番強く見える。
別の言い方をすれば、そのアンパイアのストライクゾーンの広さは、left側のゾーンの広さで推定することができる、というような言い方もできるかもしれない


left側のストライクゾーン・データ


top側(高め)のストライクゾーン・データ

top側の近似曲線は大きく波を打っている。つまり、高めのストライクゾーンは、必ずしもOverall値(あるいはleft側の数値)に一義的に比例しない。つまり、ストライクゾーンが馬鹿みたいに広いとか、left側の非常に広いアンパイアだからといって、必ずしもtop側、あるいはbottom側のゾーンも広いとは限らない、ということになる。
また、right側やleft側に比べて、「高低」、つまり、top側とbottom側のズレは、レンジがずっと大きく、非常に激しい個人差がある。

top側のストライクゾーン・データ


bottom側(低め)のストライクゾーン・データ

bottom側も、top側同様に、近似曲線が大きく波を打っている。つまり、低めのストライクゾーンは、必ずしもOverall値(あるいはleft側の数値)に左右されず、そのアンパイアのゾーンの広さや、left側のゾーンの広さに比例しない。また波を打っている位置のズレからわかるように、bottom側が広ければtop側も広い、とか、bottom側が狭ければtop側も狭い、とか、必ずしも決定できるわけではなく、ここでも個人差は非常に強く影響している。

bottom側のストライクゾーン・データ



ここで挙げたデータと、以下の記事で挙げた下記のグラフを照らし合わせると、MLBのアンパイアの全体の傾向と、個人差の意味が多少見えてくるはず。
総じて言えば、内外のストライクゾーンにはある種の法則性が垣間見えるが、高低のストライクゾーンは非常に大きな個人差が存在し、そのアンパイア個人の個性に依存して非常に大きく伸縮する曖昧な尺度のように思う。

ルールブックのストライクゾーンと実際に計測されたゾーンの差
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月29日、MLBのストライクゾーンの揺らぎ (2)2007年の調査における「ルールブックのストライクゾーン」と、「現実の判定から逆測定したストライクゾーン」の大きな落差。





November 05, 2010

アンディ・アイアンズ追悼のためのパドル・サークル


まさか、としか、言いようがない。

なぜ。

Andy Irons 1978 - 2010

【訃報】 元世界チャンピオン、アンディ・アイアンズが死亡 News - ASP Japan Tour - 最新ニュース - ASP Japan Tour

サーフィンはマーケットの小さなスポーツだから、MLB好きのアメリカ通の人でも、彼のことを知らない人は多いと思う。
ハワイのカイルア島出身の彼は、フロリダ出身のケリー・スレーターと並んで、アメリカン・レジェンドの一人。亡くなったのは、テキサス州ダラスだ。


Andy Irons(アンディ・アイアンズ)。
32歳。


11月5日金曜日に彼の追悼のために青色の服を着よう、という話が広がっている。Wear Blue For Andy Irons On Friday.

ニューヨーク生まれで、今年1月に91歳で亡くなったJ.D.サリンジャーの短編に、A Perfect Day for Bananafishというのがある。アンディ・アイアンズはバナナフィッシュになって海に帰ってしまった。
多くのサーファーたちがバドルアウトしていき、沖で手を繋いで円になって、彼の突然の旅立ちを見送った。

130 surfers took part in a service to remember ANDY IRONS
United in grief, 130 surfers form circle in the sea for champion Andy Irons as investigators 'find methadone in room where he died' | Mail Online

Andy Irons – Overdose of drugs led to Andy Irons’ death ! | TellyCafe.com

Surfing champ Andy Irons' death may be an overdose - Game On!: Covering the Latest Sports News

Andy Irons: Speculation About Death of Surfer Intensifies After Prescriptions Found in Room - ABC News

Radio New Zealand : News : Sports : World surfing boss knew of Irons' health problems

Surf champ Andy Irons' death a possible drug overdose - National Celebrity Headlines | Examiner.com


アンディ・アイアンズの死は当初、デング熱によるものと伝えられていた。だが、やや時間がたって、Methadoneによるオーバードーズが原因という見解が報道されるようになっている。(USA Today, ABCなど)


MLBにステロイド問題があり、そして近年のツール・ド・フランスには常に血液ドーピングの問題がつきまとっているように、プロスポーツ、そしてオリンピックをはじめとするアマチュアスポーツ、ありとあらゆるスポーツには、たくさんの、繰り返されてきた薬物問題の存在がある。
薬物の問題からいつも痛感するのは、競技に薬物をもちこむことの是非そのものより(薬物の力で勝つなど、もってのほかに決まっている)、むしろ、「他人に勝つ」という行為そのものが、人間にとって、どれだけ強い麻薬的な行為か、ということ。

つまり人間は、一度「他人に勝つ、という麻薬的行為の味」を覚えたら、なかなかそれを止めることができない。勝利の瞬間、脳内に撒き散らされるあのドーパミンの味を、人は覚え、やがて溺れる。その興奮をとことん味わい尽くそうと、薬物に手を出す者もでてくる。


走る、という行為がそうであるように、サーフィンは、スポーツである一方で、内省的でスピリチュアルな文化、という側面をもつ。ある立場の人にとっては娯楽でしかないが、別の立場の人にとっては宗教であり、また、ある立場の人にとっては哲学になる。
このことはランニングだけでなく、文学や音楽などにしても、同じことが言える。ある人にとっては単なる娯楽でしかないランニングや文学や音楽が、別の立場の人にはドラッグと同等以上の重さと価値をもち、習慣性が存在し、身の破滅を招くこともあり、身を守る哲学にもなりえる。

人は、ランニングや文学から、果ては割り箸の袋のデザインに至るまで、あらゆる人生のアイテムを、宗教やドラッグにしうる。人はいつだって、自分の熱中するものに宗教や哲学を見いだしたがるからだ。そして宗教的恍惚に浸るとき、人はえもいわれない恍惚感を感じる。やっかいな生き物だ。
それがサーフィンであろうが、割り箸の袋であろうが、田舎の鉄道の無人駅だろうが、それは変わらない。人はある意味、自分の歩く道すがらに宗教や哲学を見いださずにはいられない、哀れな弱い存在なのだ。

だからサーフィンだけが特別ということはありえない。サーフィンはたしかに、サーフィンだけは特別、と思いこませるほど魅力あるカルチャーだが、サーフィンは、サーフィンだ。サーフィンが、割り箸の袋より文化的に偉いかどうかは、それぞれの人が自分の価値観で決める。


うまく書けるとは限らないが、アンディ・アイアンズの死因についてきちんと考えを書こう。
もし彼の死がオーバードーズが原因なら、単に軽い病気をこじらせただけの死であるかのように装って、真実を覆い隠す必要など、まったくない。
むしろ、そういう恥ずかしい行為こそ、彼の死の尊厳を冒涜するものだ。もしオーバードーズならオーバードーズと、ハッキリ伝えるべき。もしそれが彼の人生の一部だったのなら、隠すほうがどうかしている。
アンディ・アイアンズが、お坊ちゃま的、いい子ちゃん的サーファーだったのならともかく、彼がそういうタイプでないことくらい、誰だって知っている。いまの現実のビーチは、かつてビーチボーイズが歌ったような牧歌的な世界ではない。アンディ・アイアンズは、シド・ビシャスではないが、フランク・シナトラでもない。

波には本来、良い波も、悪い波も、ない。
海はいつでも海だし、波はいつでも波だ。

もし、「いい子で、サーフィンの上手いアンディ・アイアンズ」だけがアンディ・アイアンズの人生だ、なんて映画があったら、そんなクソつまらないシナリオの映画に用はない。
上手に乗れた波は彼の人生の一部だが、彼が上手に乗れなかった波もまた、まちがいなく彼の人生の一部だ。良い波に乗って勝ったアンディだけがアンディで、良い波に綺麗に乗るのがプロだ、と考えたがる人がサーフィンをビジネスにしているのかもしれないが、そんなのは嘘だし、どうでもいい。

死に様で、彼が波乗りとして築いてきた偉業も死に至ってしまうかどうかについては、例えば音楽の世界で、オーバードーズで死んだミュージシャンの肉体的な死の後、そのミュージシャンの音楽が死に絶えてしまうかどうか、考えるといいと思う。彼の生前のサーフィンが強いものだったのなら、風雪に耐えて生き残るし、そうでないなら死に絶える。それだけのことだ。
また、ガンで亡くなった忌野清志郎が、オーバードーズで死んだミュージシャンより偉くないと考えるくらい馬鹿馬鹿しいことはないのと同じように、オーバードーズで死んだからといって、それを理由に彼を持ち上げる必要もない。


彼は一時ワールドツアーから身を引こうとしていて、復帰を果たしたばかりだった。
彼がツアーから身を引いた理由はよくは知らないが、短すぎる時間の中で勝ち負けを決める「見世物としてのサーフィン」のストレスに無意味さを感じたのかもしれないし、「勝つ」という行為の麻薬的な習慣性を断ち切りたいと願っていたのかもしれないし、よくはわからない。また、ツアーに復帰するにあたって、一度は否定した「ツアーのサーフィン」を再び肯定するにあたって、どういう迷いや割り切れなさ、せつなさを抱えていたのかも、よくはわからない。
かつての世界チャンピオンだったトム・カレンも、ケリー・スレーターも、一度ツアーを止め、そして復帰している。もっといえば、あのマイケル・ジョーダンですら、一度バスケットをやめて、MLBに挑戦していた時期がある。アスリートだけでなく、人の歩いていく道の果てには「迷い」という地雷が、そこかしこに埋まっている。

迷うことは恥でもなんでもない。
人はいつか迷いを自分の身体の一部にしていかないと、パドルアウトした沖から岸に帰ることができなくなり、いつか溺れてしまう、と、そんなことを彼の死因がはっきりしない今は思うのだ。


たしかに、短すぎる競技時間、大会の開催期間の有限なデッドライン、クソみたいな波でも勝ち負けを決める「見世物としてのサーフィン」には無意味さもないわけではない。
じゃあ、短かすぎる人生の中で勝ち負けを決めていく「ぼくらの見世物としての人生」は、どうなのだ。

無意味なのか。

海にも陸にも、逃げ場なんてない。どんな場所にもストレスはあり、どんな場所にも波はあり、良い波もあれば悪い波もある。
そして、どんな場所にも楽園がある。

ぼくらは、自分がいやおうなく乗るべき一度だけの波に、毎日立ち向かう。どう乗ればいいのか。わかっても、わからなくても、岸で見ていても、いつかぼくらの人生は終わってしまうんだ。

だったら。
パドルアウトしないわけにはいかないじゃないか。

Methadone
Methadone - Wikipedia, the free encyclopedia

Kauai






November 02, 2010

The 2010 Fielding Bible Awardsが決まった。栄えある受賞者は以下の9人。カール・クロフォード(86ポイント/2位)、アルバート・プーホールズ(76ポイント/2位)が落選したりで、去年とは6人が入れ替わり、顔ぶれが変わった。

1B Daric Barton, Oakland
2B Chase Utley, Philadelphia
3B Evan Longoria, Tampa Bay
SS Troy Tulowitzki, Colorado
LF Brett Gardner, New York
CF Michael Bourn, Houston
RF Ichiro Suzuki, Seattle
C  Yadier Molina, St. Louis
P  Mark Buehrle, Chicago White Sox


Fielding Bible Award 2010 受賞者リスト

Fielding Bible Award 2010 全投票者と、その投票内容


参考までに、これが2009年の受賞者。
太字の3人が2010年の連続受賞

The 2009 Fielding Bible Awards

1B Albert Pujols, St. Louis
2B Aaron Hill, Toronto
3B Ryan Zimmerman, Washington
SS Jack Wilson, Pittsburgh and Seattle
LF Carl Crawford, Tampa Bay
CF Franklin Gutierrez, Seattle
RF Ichiro Suzuki, Seattle(93ポイント)
C  Yadier Molina, St. Louis
P  Mark Buehrle, Chicago


ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年10月31日、2009年Fielding Bible賞にみる「キャッチャーに必要な能力の新スタンダード」。ロブ・ジョンソン、キャッチャー部門9位にランクイン。


イチローの受賞は、2006年、2009年に続き、今年2010年の受賞で、2年連続3度目
調べてないが、たぶん3回受賞しているのは、受賞が当たり前のようになっているヤディア・モリーナ以外に、クロフォード、プーホールズ、イチローくらいだと思う。
この賞は、各リーグから一人ずつ選ばれるゴールドグラブと違って、ひとつのポジションについて両リーグで1人しか選ばれないだけに、価値ある受賞である。基本的に前年受賞したからといって翌年の受賞が保証されるわけでもなんでもないから、3度受賞するのは容易なことではない。この賞が創設されて今年で5年。その5年間で3回受賞しているのが、イチローである。
この賞は毎年10票の投票(=9人の投票者とデータ)で決められるが、2009年にイチローが獲得した1位票は5票だったが、今年は6人がイチローに1位票を入れており、1人増えた。
Winning his second consecutive Fielding Bible Award, third career win, Suzuki made three home-run-saving catches last year, saving five runs for the Mariners.(受賞者へのコメントより)


それにしても、去年受賞したシアトルのジャック・ウィルソンが、今年あれだけケガで休んでばかりいたにもかかわらず、今年もショート部門5位(39ポイント)に入っているのが、まったくもって意味不明だと思う。
例えばセイバー親父の大御所Bill Jamesなどは、ジャック・ウィルソンをショートの2位に、守備に関してはセイバー親父の親玉といえるJohn Dewanも3位に挙げているが、どうも何か勘違いしているとしか思えない。(他の投票者は全員が6位以下か、下手をすると10位以下の圏外)

Fielding Bible派がゴールドグラブを批判する場合に、よく「毎年のように同じようなメンバーが慣例で選ばれがち」というような意味の批判をするわけだが、ゲームにたいして出てもいないジャック・ウィルソンに高評価を与えているようでは、そういう批判は絵空事になるし、Fielding Bible Awardの名も上がらない。
賞の創設時の意義からいって、この賞は過去の実績の年功より、それぞれの年の守備貢献度だけをデータ的に計測などして目に見えやすい形で選ばれるべき賞であって、「お年寄りが、長年の自分のお気に入りプレーヤーに自分で投票して、その結果を人に見せて喜ぶ自己満足の見せびらかし、ではない」はずである。賞を創設してたった5年で腐るようなことでは彼らの批判するゴールドグラブと変わりない。
同じような意味で、フランクリン・グティエレスも、今年はセンター部門の2位(75ポイント)だったが、あの2010年の並以下のバッティング内容で受賞していたら、「Fielding Bible Awardも、ちょっと、な」、と考えただろう。


これからのFielding Bibleは、出場試合数が多くなく、バッティングが最悪な守備要員でも、ただ守備さえよければ賞の上位に選出してしまうつもりなのか。賞として、選考基準にちょっと今後に課題を残した感じがしないではない。






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  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
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  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。



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