January 2013

January 28, 2013

週末ともなると日本のどこかで必ずマラソン大会が開催され、テレビ中継も毎週のようにあるほど、日本のマラソンブームは勢いが衰えないらしい。同じ日に複数のマラソンが開催されることも、けして珍しくない。

マラソンブームは、同時に「マラソン大会開催ブーム」という意味でもあるわけだが、これだけ大会が乱造され続けると質が落ちて、運営の最悪な大会というが続出してくる。
たとえば「第1回京都マラソン」は、2億3100万円もの赤字を出して、しかたなく公費(つまり税金)で穴埋めしたらしいが、カネの問題ならまだいい。第二東名が完成する前に行われた「ふじのくに新東名マラソン」などは、主催者側の給水の不手際によってランナー多数が脱水症状になり、リタイアが続出したという。水の用意が無いマラソン大会なんてものは、不手際というより傷害事件に近い。
さらに最悪だったといえるのは、「第1回富士山マラソン」(旧名『河口湖日刊スポーツマラソン』)。身の丈に合わない計画性皆無な大会を主催したのが原因で、1万数千人の大会参加者のうち、なんと5000人もの大量のランナーが「スタートそのものに間に合わないどころか、現地に到着することすらできない」という大失態を演じた。
大会レポ − レポート&評価・第1回富士山マラソン(旧河口湖日刊スポーツマラソン)(2012年)


富士山マラソンの運営の「あり得ないレベルのずさんさ」を人から聞かされて、日本の誇る霊峰富士がなぜ世界遺産に登録できないかがちょっとわかった気がする。
そして、「野球」という万単位の客を毎日のように集め続けてきたスポーツが、いかに合理的かつ安全に運営されてきたかが、あたらめてわかった。(これには、ブログ主が地方分権主義なんてものをまるで信用してないせいもあるかもしれない)



ボストン、シカゴ、ロンドン、東京。2万人を超えるランナーを集めるような大規模なマラソン大会は、すべて「大都市」で行われている。
大都市でこそ、大規模マラソンイベントが成り立つ理由」は、「都会には人がたくさんいるから、カネがたくさん集められる」などという、せせこましい商業上の理由ではない。「インフラのしっかりしている大都市だからこそ、大規模なヒトの移動に、ビクともせず、問題が起きにくい」からだ。

大都市というものは、毎日、何百万人もの人間を輸送し続けていて、盤石な公共交通機関や道路網と、それを運営管理するソフト面のノウハウが十分に整備されている。都市は「大量の人間が一時的に集まること」に慣れているのだ。だから、たとえ3万人や4万人程度の数のマラソンランナーが一ヶ所に集中したからといって、交通機関がマヒするような事態は起きない。


日頃忘れてていることだが、野球というスポーツもシーズン中、毎週のように、それも連日、万単位の観客を集めている。そういう意味では、「野球とは、年間の半分もの長期にわたって、毎週3日間ずつ大規模マラソンを連続開催し続けているような、超がつくほどの大規模スポーツ」なわけだ。

その大規模スポーツの野球だが、日本の野球においては「富士山マラソンで5000人ものランナーが味わわされた悲惨で不快な体験」は起きたためしがない。
というのは、ボールパークのある大都市には盤石の公共交通機関が存在すること、そして日本の野球主催者に、これまで何十年にも渡って培ってきた豊かな経験があるからだ。球場は、果てしない数の野球ファンを、安全に収容しては、安全に帰宅していただく、そういうルーティーンを果てしなく繰り返してきた。そこには積してきた知恵やノウハウがぎっしり詰まっている。



富士山マラソンの運営のずさんさをネット上の資料やブログでの悪口雑言などからいろいろ集約してみると、5000人ものランナーが置き去りになった原因の根本は、どうやら、「大規模マラソンを、公共交通機関の脆弱な田舎の山間部で開催したこと、さらに気温零度以下の午前8時という早朝スタートに設定していたこと」に、すべての騒動の根源があると思われる。
(ちなみに、この事件は、スポーツメディアである日刊スポーツ主催のイベントなせいで、メディア同士の自主規制が働くのか、報道量が十分ではない。詳しくは当事者であるランナーたちの書き込みの怒りから推測するしかない。最も信頼できるのは、せせこましく自主規制するメディアではなく、当事者の「自発性」だ)


マラソン大会というと、当然ながら、道路は交通規制の影響を大きく受ける。田舎での移動はクルマに頼ることが多いものだが、ことマラソン大会では、クルマに頼ることができない。当たり前のようだが、これは重要な点だ。
それでも「都市で開催される大規模マラソン」なら、地下鉄や鉄道など、「道路の交通規制の影響を受けない公共交通機関」が大量にある。また宿泊施設も有り余るほどある。
地方からやってくる都市の地理に不案内な参加者でも、都心のホテルを余裕をもって予約できるし、都市の住人にしても、最初から公共交通利用による移動を前提にスタート地点に集合してくる。だから結局、誰も慌てる必要がない。

たとえ「大都市のマラソン」が早朝スタートであったとしても、地下鉄や鉄道は、「短時間」かつ「大量」に、スタート地点や沿道に、万単位の数のアスリートたち、その友人や家族といった応援者、さらに主催者やボランティア、見物客をスムーズに移動させることができる。都市はクルマ移動を必ずしも前提としないから、参加者のための大規模な駐車スペースなど、そもそも必要ない。(もし必要になっても、駐車スペースはそれなりにある)

つまり、総じていえば、「都市機能」というものは「数万人単位のスポーツイベント」程度ではビクともしない。


田舎はどうだろう。

たとえ田舎のマラソンであっても、規模さえ「適性」なら、問題は起きない。駐車スペースの必要性も、それほど発生しない。

だが、「富士山マラソン」のような無計画なイベントは、クルマにしか頼りようがない田舎の街に、2万人規模もの「クルマで移動するしかないランナー」をかき集める、という無謀なアイデアなわけであって、「机上で考えたことが、開催地のキャパシティを越え過ぎていること」を、まるで理解できてない。



公共交通機関が無いのと同じ山間部で、しかも、2万人もの人間が早朝8スタートする前提のマラソン大会などというものが、どれだけ「田舎のキャパシティ」を越えているか。これがわからなかった主催者は、スタートさえ切れなかった5000人のランナーはじめ、多くの「被害者」に謝罪すべきなのはもちろんだし、大会規模を身の丈にあった規模に変更すべきだ。


なぜ「早朝スタート」でなければならなかったのだろう。

当日早朝の気温はどうやら0度以下だったらしい。当然スタートを待つ間にランナーたちは寒さに凍え、「ウオームアップ不足」のままスタートを切ることになったはずだ。

主催者がランナーの健康をかえりみない「ドアホなスタート時間」に設定した理由は、想像だが、「『前日に現地入りして宿泊してないと、スタート時間に間に合わないマラソン』に設定しておけば、自然と都会から来るランナーたちは前日から宿泊してスタートに備える。そうなれば、河口湖周辺のホテル・旅館が経済的に潤う」という「商売上の計算」があった、だろう。
また、どうしても当日にしか現地に来れない都会のランナーも多数いるわけだが、そうした参加者の集客については、「当日早朝入りするランナーについては、ホテル旅館と同じように地元河口湖の利害関係者である、富士急行など、交通事業者の観光バスをフルに利用した『弾丸ツアー』を用意すれば一石二鳥で、地元を潤わせることができる」とでも考えたに違いない。


「田舎の、それも早朝に、大量の都会の客を集中させるマラソン」なんてものが、どの程度「地域活性化、万歳!」などというこざかしい計算に基づいていたか知らないが、いかに無謀な皮算用か、よくわかる。
実際に起きたことは、参加者の数10パーセントにもあたる5000人ものランナーが、スタート時間に遅れるどころか、会場に近寄ることすらできなかったという、最悪の事態である。


駐車スペースを考えても、計画のずさんさがわかる。

地下鉄のない土地で行われる2万人規模の「ありえない規模のマラソン」なのだから、前日から宿泊している数千人から1万人前後のランナーと同行者のために、数千台分の「臨時駐車場」が必要になる。もちろん主催者、ボランティア、ゲスト、メディアのためにも駐車スペースが確保されなければならない。
河口湖周辺にどのくらいの数の駐車スペースが存在するのか知らないが、1000台やそこらの駐車スペースでは、これらの「一時的なパーキング需要」をまかなえるはずがない。

たぶんマラソン前日には、主催者があらかじめ用意した臨時パーキングや、ホテル・旅館周囲に細々と点在するパーキングは、前日から宿泊しているランナーたちのクルマで埋め尽くされていたに違いない。
また、前日から現地入りして宿泊し、早朝スタートに準備周到に備えたランナーですら、駐車場のあるホテル周辺からスタート地点まで、早朝の凍えるような寒さの中、延々と歩かされるハメになったのは間違いない。


一方、当日やってくるランナーたちは、どうだったか。

彼らの移動手段には、主に観光バスを利用したパッケージツアーが組まれており、数千人の規模のランナーが観光バスで当日現地に到着する予定だったらしい。
となると、観光バスの数は、バスの定員からして合計100台に及んだはずだが、いったい100台もの数の大型バスを、どこに停車、駐車させておくつもりだったのか。
100台もの数のバスを同時に駐車させるスペース、というと、もし日本の高速道路のサービスエリアに100台のバスを並べた姿を想像するだけで容易にわかることだが、バスだけでサービスエリアの大半が満杯になるほど、とてつもなく広大な面積の駐車スペースを用意する必要だ。

一方、マラソン当日の河口湖畔の駐車スペースは、前泊して現地入りすることを選んだ(というか「選ばされた」)多数のランナーたち、そして関係者とボランティアのクルマによって、とっくに駐車スペースはなかったはずだ。

ならば、当然のことながら、当日入りする100台もの大型バスは、スタート地点からはるか遠くに離れた場所に駐車するしかない。と、なると、当日観光バスで現地入りするランナーは、0度近い気温の中、観光バスの駐車場からスタート地点まで、歩いていくしかない。よほど早く出発しないとスタートに間に合わないし、ウォームアップどころの騒ぎではない。
もし当日の高速道路に多少の渋滞があろうとなかろうと、5000人のランナーは、そもそも「はるか遠く離れた駐車場から、マラソンスタート地点まで歩くしかない」という設定になっていたわけだ。

当日入り組のランナーたちは、早朝、まだ真っ暗な3時だの4時だのという、まだ公共交通機関も動いていない時間に、タクシーかなにかで都心のバス乗り場までなんとかたどり着いてバスに乗せられ、何時間もバスに揺られて現地に着き、気温零度以下の駐車場から、ウオームアップもなしにいきなり歩かされてスタート地点に向かい、高原の朝の零度を越えた程度の寒風の中、午前8時にフルマラソンをスタートする、そういうわけのわからないスケジュールを押し付けられていたはずだ。

無知な主催者はいったいどこでランナーをウオームアップさせるつもりだったのか知らないが、身体を動かすってことは、そんな簡単なものじゃない。


大規模マラソン大会というものは、参加経験のある人ならわかることだが、ほとんどの場合、スタート時点のランナーのカラダは冷えている。(これはマラソン大会すべてが持っている共通の解決すべき課題でもある)
ランナーはスタート前に何十分も、それも立ったまま待たされる。さらに、スタートのピストルが鳴った後も、参加者があまりにも多すぎるために、なかなか走りだせない。マトモに走れるようになるのが、スタートしてから数分〜10数分もかかることも、よくある。(こうした遅延現象は、たとえ規模の小さい大会でも多かれ少なかれ起きる)
まして都市より気温の低い山間部の湖畔の「零度以下の気温」の中で、何十分も待たされて、カラダが冷え切らないわけがない。
前日から宿泊していてマトモにスタートできた幸運な人たちにしても、気温零度、午前8時の冷え切ったままのスタートなんてものが、身体にプラスに働くわけがない。


現実の話は、もっと酷い。
5,000もの人たちは、なんと結局観光バスの中に閉じ込められたまま、スタート場所にすら時間内にたどりつけなかったという。アタマにこないほうがどうかしている。
そもそも、このマラソンの主催者は、日頃スポーツをほめたりけなしたりするのを生業(なりわい)にしている日刊スポーツなのだ。スポーツを誰よりもわかっていてもよさそうな主催者にこういう事件を起こされて、ランナーたちは余計に腹も立ったことだろう。



とかく「地元の人」、というと、「その場所を最も大事にしている人たち」と決めつけてしまうことが多い。

だが、ブログ主は、性格が悪いためかなにか知らないが(笑)、そんな風に思ったことがない。
例えば、富士山周辺に住んでいる人たちが、イコール、「最も富士山を大事にしている人」だなんて思わない。むしろ、(場所にもよるだろうが)「場所をメシの種にしているだけの人」たちが地元民というものだ、というドライな見方は、あながちハズれてないと思っている。

たとえば「海の家」。
ビーチで遊ぶには「海の家」が絶対必要だと考える人たちには、たいへん申し訳ないのだが、あんなもの必要ない。「景観」として、必要ない。
もし冷たい飲み物が必要なら、ビーチ近くの道路沿いにコンビニでも作っておけば十分だ。シャワーを浴びたければ、それこそ地元自治体負担で無料シャワーでも設置しておくほうが、よほど気がきいているし、景観として綺麗におさまる。日よけがほしければ、地元のホームセンターで安くシェードを売っているから、買ってからビーチに来ればいい。海の家などなくても、地元にはカネが落ちる。なんの問題もない。


見苦しい歩道
「景観」という話のついでに言うと、道路沿いやマンションのエントランス周辺の植え込みによく植えられている植物、例えば「ツツジ」も必要ない。
あんな見栄えの悪いものを、よくあれだけの数、植えるものだ。咲いた花がまた、なんとも貧乏くさい。
ああいう粗悪なものを人目につきやすい場所にやたら植えまくった結果できたのが、今の日本の「景観」だ。あんなものを、税金を使って刈り込んでメンテナンスまでしている。そんなことして、何になるというのだ。あんなもの、無いほうがよほど景観がスッキリ見える。
むつかしいことはよくわからないが、道路特定財源から「ツツジのメンテナンス支出」なんてものが出ているのかもしれないが、「道路のツツジ」を消滅されば、ひょっとすると日本のクルマに関して多すぎる税金をカットできるかもしれないではないか。もし「ツツジの消滅」で自動車ユーザーの負担が少し軽くできるなら、それこそ日本を支えるクルマの売り上げの向上につながったりするかもしれない。


何十トンものゴミを不法投棄し続けてきた尾瀬だかの山小屋が、罰金と執行猶予つきの懲役刑を言い渡されたなんて事件もあったらしいが、観光地の関係者にかぎって 「ゴミが増えるのは、ゴミを持ちかえらない観光客のマナーが悪いせいだ」などと、わけのわからないヘリクツを言いたがる。そしてゴミ箱を無くしてしまい、景観劣化の責任を観光客に押しつけたがる。
そういう輩に限って、小汚い看板を街中にならべて、本来美しいはずの日本の山や海の景観を、「どこにでもありがちな観光地」に変えて、自分勝手な商売のタネにしている。
そして、挙句の果てには、富士山周辺の景観の美しさが楽しめるマラソンというキャッチフレーズにひかれて集っただけのランナーに向かって、もてなす側の責任を棚に上げ、「マラソンにクルマで集まってくるマラソン参加者が悪い。バスや電車を使えば、こんなことは起きなかった」などと、わけのわからないことを言った人々のように、自分たちの見通しの甘さを棚に上げて、すべて客とクルマと渋滞のせいにする。

なんでもかんでもクルマのせいにしておけば、ラクができるとでも思っている。日本の自動車関連の税金の異常な高さと同じリクツだ。


田舎に住む人というのは、たいていの場合、「クルマは、ここで生きていく上で不可欠だ」というリクツにのっかって生きているわけだが、いざ無謀なマラソン大会の開催に失敗したら、やれクルマは使うな、電車とバスを使え、前日に現地に来て宿泊しろ、では、話にならない。
そんな都合のいいヘリクツは、田舎民が、日頃はクルマばかり使って便利に暮らすようになったクセに、いざ赤字の電車やバス路線が廃止されるとなると、廃線反対だのなんだの突然拳を振り上げたりする愚かな行為と、なにも変わらない。


どうも言葉でうまく説明できないのが困るが、総じて言うと、近代の「日本の景観」には「独特の無責任さ」があった、と思うわけだ。この「近代独特の無責任さ」は、せっかくの美しい日本の景観を、常に「こぎたない」ものにしてきた。富士山も例外ではない。

例えば「無責任な観光地」では、観光地として景色のいい一等地に立つレストランほど、クソまずい食事を平気で出し、観光地価格の高いカネをとるものだ。
こういうわけのわからないマラソン大会を無謀に強行した河口湖でも、湖畔やマラソンスタート地点近くの「商売上、有利な場所」には、きっと「無責任な店」ばかりがズラリとたち並び、マラソンランナーに、くそマズい料理と観光地価格を押し付けたに違いない。


霊峰富士に限らず、日本の山や海は、「こぎたなく」などない。むしろ日本の山海はもともと、心洗われる美しさであり、世界に胸を張って誇ることができる。だから「地元だから景観を自由にして許される」なんてことはありえない。山もビーチも、地元民だけの所有物ではない。
電気製品の設計ではないが、「こぎたなさ」を途中でやめるのは、簡単ではない。こぎたないものをつくるのは、たやすいが、綺麗にしていくには、手間も時間もかかる。
だが、「近代独特のこぎたなさ」をやめてみると、ブームにつられて粗製乱造されまくっている雑なつくりのマラソン大会が、もっとマトモで身の丈にあったものになり、ビーチは自然な美しさにもどり、道路沿いの「無責任なツツジ」が消えてなくなって、せいせいできたりする。
そうなれば霊峰富士も自然に綺麗になるかもしれない。なんといっても、景観にはヒトの内面が反映するものだ。
富士山を綺麗にするには、登山客の数を適度に制限するのもひとつの方法なのだが、富士山登山のための山小屋では、かつて「ありえないほどの狭さ」で多くの登山客をすし詰めにして寝泊まりさせた時代があったらしいが、最近その「富士山の山小屋のありえないほどの狭さ」は、ようやく多少は改善されたらしい。

客が多ければ多いほど儲かるからオッケー、なんて程度にしかスポーツを考えていない「無責任な地元民」やら、マラソン大会のイロハもわからないスポーツ新聞に、「観光客はゴミを持ち帰れ」「クルマを使うな」とか、わけのわからない「観光地にありがちな無責任なヘリクツ」を言われたくない。


January 26, 2013

このあいだ、(たしかHardball Talkというアカウントのツイッターだったと思うが)、「今年のヤンキースは、まるでジュニア・ハイスクールみたいだぜ」と皮肉っているツイートだか記事だかを見た記憶がある。
ああいう論調自体はよくあるものだし、たわいない世間話だから、別に気にもしないし、記事まで読んで時間をムダにするような馬鹿なことはしない。一部の人たちにしてみると、「本来のヤンキースは、こんな小粒なチームじゃない」、とでも言いたいのだろう(笑)

「本来のヤンキース」ねぇ・・・(笑) ぷっ(笑) 
追記この記事を書いた数日後に、アレックス・ロドリゲス、ジオ・ゴンザレスなどが関与したとみられるPED事件が報道された 90年代中期の「大粒な」ヤンキース(笑)はステロイダーばかりだったわけだ


よほどWBCが気にいらないとみえるCBSあたりも、たぶん似たようなことを考えているに違いない(笑) そんな無駄なことを考えていて時間が惜しくないのかね、とも思うが、そういう的外れな行為が好きでしかたないのなら、無理に止めはしない(笑) 中古のホームランバッターを並べた時代遅れの野球について論文でも書きたいのなら、好きなだけ考えたらいい。
(アメリカのスポーツメディアの中には、野球殿堂入り投票の件についての意見でもわかるとおり、ステロイド時代のMLBを是認する考え方も、一部にではあるにしても、根強く残っている)


こんどの第3回WBCの各国メンバーについても、やれ「小粒」だの、やれ「アメリカは本気じゃない」だの、「WBCは消滅する」だの、もう、無意味なことを書きたくて書きたくてしかたない「小粒な」書き手が、メディアやネットに掃いて捨てるほどいる(笑) 
まぁ、たぶん、つい先日引退した某選手や某選手を徹底的に贔屓しまくっていた記者さんたちとファンが、変わっていく時代に能力的についていけずに「終わって」しまい、そういう「もう居場所の無い人たち」がイライラしながら必死に書いているんだろうけども(笑)、そんな「終わった人たち」がこの先どうなろうと、どうでもいい。

そもそも「時代とズレているのが、自分のほうであること」に気づきもしないで、よく、ああもうるさいことを書き続けられるものだ。

それぞれの記事や書き込みのトーンをちょっとながめればわかることだが、たいていの場合 「そもそもMLBが、この2年で大きく世代交代しつつあったこと」を全く知らないか、まるで意識に入れないままモノを書いている。

例えばこんどWBCアメリカ代表になったと聞くジャンカルロ・スタントンだが、「ジャンカルロ・スタントン? 誰だ、それ? 23歳? 若いな」なんて言ってるようなレベル(笑)で日頃MLBを見ている(と自称している)ような人間に、いまのアメリカ代表の外野手のレベルが語れる訳もない。(マイク・トラウトが出ないなら、アメリカ代表は本気じゃない、小粒だ、なんてのも実に些細な話でしかない)

まぁ、ロクにゲームも見てないクセに、「記事を書くのが仕事だから、イヤだけど、しかたなく、自分の頭の中にある古い情報だけを頼りに、紙面を埋めるだけ」なのが、日本のスポーツ記者とその郎党だから、しかたないといえば、しかたない。そんなモノを語るに値しないレベルの人間でも、メディアでライターがやれたり、ネット掲示板で大きな顔して書き込みできたり、起業できたりするのが、今という時代なのだ。

そりゃ、ソニーもパナソニックも、ダメになるわけだ。



23歳でとっくにスターになっているジャンカルロ・スタントンの迫力あるプレーすらほとんど見たことが無い人間は、MLBでアフリカ系アメリカ人が減少しつつある問題と、その問題がMLBにおけるアメリカ人プレーヤー全体のレベル低下をもたらしつつある問題など、知りもしないし、また、アフリカ系アメリカ人選手減少の背景のひとつともなっている「サラリーの安いドミニカやヴェネズエラの選手たちの、プレーレベルのめざましい向上ぶりや、選手数の爆発的増加という現状」を、WBCアメリカ代表に関する議論の素材にしたりもしない。
また、去年のドラフトでかなりの数のチームが、例年指名が集まるはずの「アメリカの大学生プレーヤー」をスルーしたことの意味にも気がつかつこうともしない。
(さらにいうなら、MLBのアメリカ人選手とMLBの観客動員が抱える諸問題は、なにもMLBだけの問題ではなくて、ひいてはアメリカ社会、特に中間層の抱える社会問題が背景にあって直結しているわけだが、ここで論じる話でもない)
Damejima's HARDBALL:2012年5月18日、「アメリカでの非白人比率の増大傾向」と、「MLBプレーヤー、ファン両面の人種構成の変化」との複雑な関係。

Damejima's HARDBALL:2012年6月6日、アメリカでアフリカ系アメリカ人の平均寿命が伸び、白人との差が縮小した、というニュースを読む。

Damejima's HARDBALL:2012年6月11日、MLBにおけるアフリカ系アメリカ人プレーヤーの減少について書かれたテキサス大学ロースクールの記事を訳出してみた

Damejima's HARDBALL:2012年6月18日、代理人業として大卒選手の優秀さを声高に叫ばざるをえないスコット・ボラスですらオブラートに包みつつも認めざるをえない「他のスポーツへの流出」の具体的な意味。

Damejima's HARDBALL:「父親とベースボール」 MLBの人種構成の変化

たぶん頭の悪い年寄りと、年寄りに飼われている頭の悪い若造どもは、いまだにMLBではバリー・ボンズとマーク・マグワイアのような「ステロイダーのホームランバッターが並んでいる姿が、本来のアメリカだ」とでも思っているのかもしれない(笑)。ほんと、古臭い (笑) これじゃ、いまも変わらずアメリカ人全員がバカでかいアメ車に乗っていると思っているのと、まったく変わりない(笑) 今は2013年だっつうの(笑)



普段からMLBを追っかけている人なら、あらためて人から指摘されなくとも、2000年からの10年間のMLBと、この2年間のMLBでは、中心選手が変わったことは理解できているはずだ。(もっとも、この2年のMLBの世代交代は、自然に世代交代が進んだだけではなく、オールスターの不自然な選出結果を見てもわかるように、やや強引に人為的、政策的に世代交代が行われたことは明白だが、それはここで論じる話でもない)
Damejima's HARDBALL:2011年7月3日、「ここまでするか」と感じる、2011年オールスター投票の作為。

Damejima's HARDBALL:2011年7月8日、デレク・ジーターのオールスター欠場という事態を招いた「歪んだファン投票結果」に怒りを覚える。

Damejima's HARDBALL:2011年7月10日、600万票以上得票したプレーヤーが何人もいるにもかかわらず、20%以上プレミア価格が下がっても、いまだに4000枚以上売れ残っている今回の「恥ずべき」オールスターのチケット。

Damejima's HARDBALL:2011年7月18日、去年より低かった2011MLBオールスターの視聴率 (2)700万票以上集めた選手すら出現したオールスターの「視聴率が下がる」現象は、どう考えても納得などできない。


例えば、キャッチャーで言うと、2000年のオールスターファン投票で他を圧倒して1位になったのは、イヴァン・ロドリゲスマイク・ピアッツァだったわけだが、その後、ジェイソン・バリテックホルヘ・ポサダラッセル・マーティンなどを経て、ジョー・マウアーブライアン・マッキャンアレックス・アビラなどが登場し、さらに、いま誰もが知っていなければならない名前といえば、バスター・ポージージョナサン・ルクロイなどの若いプレーヤーになっている。
今回の各国WBCメンバーが、これまで2回行われたWBCと比べて小粒になったのかどうか、なんていう「小粒な議論」で、「アメリカ代表どころか、MLBを、どんなタイプの選手が代表するようになったか」を語れるわけがない。(そういう意味では、ステロイダー疑惑のライアン・ブラウンは、WBCに出てほしくないし、出るなら血液検査を受けてからにしてもらいたい)



「時代がまるで見えてないくせに、大上段なだけの意見」なんてものは、円安に為替のトレンドが舵を切ったのさえわからないままFXをやっているようなものだ。そしてそれは、スティーブ・ジョブズの発明品の数々が、どれもこれも「電話ではなく、パソコンの利便性から発生していることの意味」に気づきもしないで産業を牛耳っているつもりになっていたどこかの会社のようなものでもある。


今年のアメリカ代表で、「自分がプレーを見たことがない選手の数」を数えてみてはどうだろう(笑) もしかすると、自分がどのくらいMLBから遠ざかっているかがわかる、かもしれない(笑)

January 15, 2013

今年の殿堂入り投票が「該当者なし」に終わったことについて、さまざまな意見が出されたわけだが、あの名作ドキュメンタリー "Baseball" はじめ、"Civil War" などアメリカ史全体を透視するドキュメンタリーを数多く作ってきたケン・バーンズが、下記のような、歯に衣着せぬ強烈なコメントを言い放ってくれたおかげで、ブログ主などにはもう付け加えることがない(笑) なまぬるい中途半端な意見に貸す耳など、最初からない。

those motherf---ers should suffer for a while.
「あのマザー・フ××カーども、当分苦しむといいぜ、ッたくな。」
Ken Burns on Clemens, Bonds and the Baseball Hall of Fame: 'Those Motherf---ers Should Suffer' - The Hollywood Reporter

最初にこの記事のタイトルを目にしたとき、まさかケン・バーンズほどの有名人が、インタビューでなりゆきで使ったと思われる、いわゆる「フォー・レター・ワード」が、公のメディアにそっくりそのまま記事になるわけもなかろうにと思って記事を読んでみたのだが、伏字にはなってはいるものの、実際そう発言している箇所があって、ちょっとビックリ(笑)
まぁ、ゴネゴネ遠回しで何を言いたいのかハッキリしない意見記事を書いたESPNのジェイソン・スタークより、ずっといい。なにより清々しい。


ただ、ケン・バーンズのような文化人のストレートな意見や、ステロイダーを否定する多くのファンの辛辣だが素直な意見、さらにはボンズへの投票をあえて回避することを決断した大多数の野球記者たちのシンプルな考え方を、必ずしも野球にたずさわる全ての人々が受け入れている、というわけではない。
このことはチラっとくらいは頭に入れておかないと、全体像を見間違えることになる。

なので、あえて自分の立場とは違う意見をわざと訳出してみることにした。題材は、ボルティモア・オリオールズの地元紙、ボルティモア・サンに寄せられたホール・オブ・フェイマー、ジム・パーマーのコメントだ。


最初にことわっておきたい。
ジム・パーマーの意見の主旨は「わかりにくい」。

わかりにくさの原因には、「ささいな原因」と「大きな原因」、
2つある。

「ささいな原因」は、ジム・パーマーの英語の言い回しのわかりにくさにある。話し言葉を書き言葉に写しただけの文章というものは大抵そうなるわけだが、下記に引用した記事では、「ジム・パーマー自身は、何のことを指して言っているのかがわかって語っているが、他人にはわかりにくい箇所」が、いくつもある。それは例えば、必要な指示語が文面上で省略されてしまっていることなどから起きる。
インタビューを掲載したボルチモア・サン側で足りない言葉を書き足して補ってはいるものの、明らかにフォローが足りていない。

次に、「大きな原因」だが、これはジム・パーマーの主張の根本に大きな矛盾が多数あること、そして数々の矛盾が解決されないまま主張が積み重ねられていること、にある。特に、MLBサイド、選手サイドにとって都合のいい主張が、観客からの視点や、アメリカ文化史全体からの視点に欠けたまま、積み重ねられている。
そうした「内輪ウケ」の主張手法は、なにもジム・パーマーだけの問題ではなく、ステロイド時代を通過してきた人たちの一部に非常に頻繁にみられる共通の欠陥でもあり、彼らの主張の脆弱性でもある。


ボンズやクレメンスなどのステロイダーの殿堂入りに関するジム・パーマーの主張の基本点を、思いっきりギュギュッと一気に圧縮していくと、それは次の1点に凝縮させることができる。
1994年のストライキの悪影響で大きく減少した観客動員数を回復させるためには、90年代後期に『ステロイド容認によるホームランの大量生産』が行われたことは、演出として非常に有効だったのであり、それは必要悪というものだ。誰にも否定などできない。

正直、ジム・パーマーは、この要点を細かい話題より先に主張して、まず自分の立場を明らかにしておいて、それから細部を話すべきだと思うわけだが、彼はそれを巧妙に避けて、相互に矛盾する各論を順繰りにしゃべり、各論それぞれが、あたかも矛盾無くつなぎ合わされているかのように見せることに終始しているように見える。
おそらく彼は、自分の主張の根本が今の時代にそぐわないこと、そんな主張を表だってすれば批判が集まること、くらいは理解して話しているのだろう、と想像する。正直、こずるいやり方と言わざるをえない。

ジム・パーマーのような立場から言わせると、「ステロイドでたくさんホームランを打ってくれたバリー・ボンズは、ストの悪影響で危機的状態にあったMLBを救ってくれた、むしろ『功労者』だ」、「ボンズのようにステロイド使用以前に、すでに殿堂入りにふさわしいだけの成績をおさめつつあった選手については、殿堂入りを検討して当然だ」、そして「ステロイド使用によって、はじめて殿堂入りにふさわしい成績をおさめることができたような選手は、最低な選手で、殿堂入りすべきではない」とでもいうことになる。
また、「最も悪いのは、『ストライキ』と、その後の『ステロイド時代容認』という、2つの大きな愚行を行った選手会である。ステロイド時代そのものは、当時としては必要悪だった。非難すべきでない」という話になる。
そしてさらに話は飛躍して、「ステロイダーが高い給料をとってくれたおかげで、結果的にMLBの給料全体が上がった」、「ステロイドをやってない選手だって、給料上昇の恩恵をこうむったのだから、ある種の共犯関係だ。責任がゼロなどと言わせない」とまでジム・パーマーは主張している。
このロジックをさらに進めれば、ジム・パーマーの主張は言外に「観客だって、あのステロイド時代を楽しんでたじゃないか。アンタたちだって共犯だ。責任が無いなんて言わせない」と言っているのと同じことになる。


いやはや。
これではステロイドの是非という問題をストライキの是非にすり替えただけだ。矛盾だらけの主張をするのも、たいがいにしてほしい。

多数の細かい点を指摘し続けてもいいが、そういう些細な指摘の前に、例えばこんなことを考えてもらいたい。
ジム・パーマーは、1994年のストライキを主導し、ステロイド時代を容認した選手会長Donald Fehrと選手会を常々批判したいと思ってきたと言っているわけだが、当のDonald Fehrならたぶん、こんな風に主張して、自分のやった観客無視のストライキと、ステロイド時代容認を、自己弁護することだろう。
1994年のやむをえないストライキの影響で大きく減少した観客動員数を回復させるためには、90年代後期に『ステロイドによるホームランの大量生産』を容認することは、非常に有効な演出だったのであり、それは必要悪というものだ。誰にも否定などできない。


わかるだろうか。
ジム・パーマーの主張したがっている選手会批判と、シーズン中の長期ストライキなどというファン無視の愚行をやらかしてファンから総スカンをくらったDonald Fehr、両者の思考スタイルの間には、実は、ほんのわずかな差しかないのである。
と、いうより、「観客の視点、観客からみたモラル」「アメリカ社会からの視点やモラル」、さらには広く「アメリカ史全体からの視点やモラル」が欠けている、という意味では、両者の主張は同根から生じたものなのだ。
ストライキやステロイドがファン、MLB史、アメリカ史に与えた失望や落胆の大きさを考えるならステロイド時代など絶対に容認すべきでない、というシンプルな発想は、両者ともに無い。


ジム・パーマーの主張のベースをチラっと読むと、あたかも首尾一貫しているように感じる「ちょっと考えるチカラの弱い人」もいるかもしれないが(笑)、誰がどうみてもツッコミどころ満載の話である。

ジム・パーマーの主張には、90年代のストライキがそうだったのと同じくらい、「ルール」という感覚が欠けている。
また、悪いことに、「野球殿堂が誰のために存在しているのか」という視点が忘れ去られている。野球殿堂は、別に「野球という共同組合」の功労者を内輪で顕彰するために存在しているような、せせこましい存在ではない。
「人民の、人民による、人民のための政治」と言ったのはリンカーンだが、アメリカ史の一部になるということの意味の大変さと責任の重さは、"Civil War" " Jazz" "Baseball" など、一連の作品でケン・バーンズが描いてみせたとおり、ステロイダーや機構に関わった者たちの安っぽい言い訳が通用するほど簡単なことではないはずだ。

「観客の期待を大きく裏切ったストライキは間違っているが、ステロイド時代は必要悪として許されるべきだ」とか、「ボンズはヒーローだからオッケーだが、サミー・ソーサはダメ」とか、細かい矛盾を突っ込んでいけば、本当にキリがないほど突っ込める。(ちなみにサミー・ソーサは、スト前年の1993年にチーム史上初めて30-30を達成している)
さらに言うなら、「殿堂入りは聖域に入ることを意味しない」というなら、なぜ「サミー・ソーサはダメ」なのか。ジム・パーマーはマーク・マグワイアには言及してないが、もし人から聞かれれば、「ボンズはOKだがマクガイアはダメ」とでも言うつもりか。「フレッド・マグリフが殿堂入りできないのは悲劇」と冷めた口調で語る割に、ステロイド時代のどまんなかでパーマーと同じボルチモアでプレーしていたラファエル・パルメイロについての評価がやたらと甘いのは、なぜか。「ステロイド無しに3000本安打を打ったクレイグ・ビジオが初年度に殿堂入りを果たせなかった」のは悲劇ではないのか。「ストの影響による観客減少をリカバリーするためのステロイド時代は容認して構わない」のなら、ストの影響など皆無の時代にステロイドを使用したアレックス・ロドリゲスやメルキー・カブレラ、あるいはステロイド疑惑が報じられたライアン・ブラウンなど、2000年代以降のステロイダーは全員が殿堂入りにふさわしくないのか。ボンズはOKで、Aロッドはダメだとしたら、その理由は何なのか。それともボンズの殿堂入りを容認させるためなら、アレックス・ロドリゲスでも誰でも殿堂入りさせるべきだとでも主張するのか。
そもそもステロイドをやる前に何本のホームランを打ち、ステロイドをやった後に何本のホームランを打っていれば、殿堂入りにふさわしいというのか。ステロイドをやってなかった選手にまで責任を押し付け、この選手はオッケー、この選手はダメとか、上から目線でダメ出しするジム・パーマーこそ、「聖域からモノを言っている」のではないのか。
ボンズがナイスガイ? だから何。知らんがな。


まぁ、細かいツッコミはともかく、
ジム・パーマーの主張には「基準」が無さすぎる。
「基準を含まない主張」なんてものは、いくら何を議論しても、議論の結果が「ルール」に成長することはありえない。

いま必要とされているのは、
こういうルールに欠けた議論ではない。
例えば、ランス・アームストロングは、ありとあらゆるドーピング手法を使って名誉を盗み続け、ファンには失望と落胆だけを与えたドーピング犯罪者であって、自転車業界の救世主でもなんでもない。

Jim Palmer says HOF results are 'a shot across the bow of the whole Steroid Era' - baltimoresun.com


On no one getting in, including players not suspected of steroid use:
ステロイドの使用を疑われていない選手も含め、誰も殿堂入りを果たせなかったことについて
“Obviously there are a lot of voters that didn’t vote or didn’t vote for them. … Just because you have a bunch of guys that are suspected of performance enhancing drugs doesn’t mean you vote for guys that don’t belong in the Hall of Fame.”
「投票そのものを避けた投票者、ステロイダーでない選手にも投票しなかった投票者がいるのは明らかではあるね・・・。ただそれはね、単に、PED使用が疑われる選手たちには票が集まらない、でも、だからといって、殿堂入りにふさわしくない選手に票が集まるかというと、そういうことは起こらない。ただそれだけのことだよ。」
ブログ注)Performance Enhancing Drug=運動能力強化薬物。「PED」と略される。


On judging players beyond their statistics:
成績以外による選手評価に関して
“I love it -- character, sportsmanship and integrity. Do you think any of those guys when they rounded the bases looking like Popeye thought about sportsmanship, because they just made the pitcher feel bad? I don’t think so. So I don’t know if that has to be the criteria.”
「僕は好きだね。性格。スポーツマンシップ。品位とか。(腕まくりして筋肉をみせつけるポーズがトレードマークの)ポパイみたいに(ホームランを打った後で、これみよがしに)グラウンドを一周して、ピッチャーを不愉快な気分にさせる選手が、スポーツマンシップに溢れてると思うかい? 僕は思わない。成績以外の評価が殿堂入りの基準となるべきかどうか、そこまではわからないけどね。」

On Bonds’ and Clemens’ chances in the future:
ボンズとクレメンスの将来の殿堂入りの可能性について
“I still think at some point, unless you are going to just talk about the morality and the fact that you had the choice between right and wrong and the way you chose if you’re Clemens or Bonds, ultimately those guys are Hall of Famers before starting whatever they did.”
「善か悪か、白黒ハッキリさせるとか、クレメンスとボンズのどちらかだけを選ぶとか、そういう目的だけでモラルや事実関係を語りたいならともかく、もしそうでないなら、考慮の余地はある、と思う。彼らは、何かやらかす前には(実績という面で)殿堂入りにふさわしい選手たちだった。」

On the money and culture of the Steroid Era:
「ステロイド時代」の金と文化について
“Guys have always been trying to get an edge. But I think the point I am trying to make is that the union, they encouraged this because it was all about revenue. I’m listening to all the psychobabble today about let’s not blame the players that didn’t use them and all that. The question to me all the time, [is] if you really wanted to do the right thing and not just make the most money, why then, if it’s only 10 percent or 15 percent [of players that are users] why didn’t the other 75 or 85 percent of the players that weren’t doing it, why didn’t they say something? And the reason is that they liked the system. These guys hit the home runs, they get the big contracts, you have arbitration, your salary will be compared to this. This culture of baseball, of more revenue, more home runs, more people in the stands, blah, blah, blah, nobody was putting the ABS brakes on this. You have the union supporting it. They knew what was going on.”
「選手は常に、人より優位な立場にいたいと考えるものだ。
僕がずっと主張したいと思ってきたことは、それが収益に関係するからという理由で、『選手会がステロイド時代を奨励してた』ということさ。PEDをやってない選手についてはもちろん、あらゆる選手について、選手を非難するのは止めようっていう意味のあらゆる種類のたわごとを聞かされ続けてきた。
つねづね疑問に思ってきたことがある。もし金を稼ぐだけじゃなく、より正しいことをしたい、と考えるのなら、なぜPEDをやってる選手が10%から15%の選手に過ぎないとして、残りのPEDをやっていない75%か85%の選手たちはどうしてそのことに対して何も言わなかったのか?
選手たちは結局このシステムが気に入っていた、というのがその理由さ。PEDをやってた選手は、ホームランを打ち、大きな契約を手にする、調停においては、そういったPEDをやってる選手たちとサラリーが比較される。それが野球の文化だ。より多くの収入、より多くのホームラン、そしてより多くのスタンドの観客、などなど。誰もそうした関係性にブレーキをかけてこなかったし、選手会はそれを支持してきた。彼らは何が起こっていたのかを知っていた。」

On the writers’ statement Wednesday:
水曜の記者たちの声明について。
“The guys that belong in the end are going to get in it. But to me it was a rather loud statement to the people that played in the Steroid Era, especially if you had enhancements or people felt that you did. ‘You know what? We’re not real happy with this. We’re not putting up with this, at least not for now.’ … This is a shot across the bow of the whole Steroid Era, when it was all about revenue, when it was all about making money. I’m not, just, because I am in the Hall of Fame, saying that being elected is the Holy Grail, but some writers feel that way.”
「末端に属する人というものは、より言葉を差し挟みたいと考えるものだが、私には、あれ(=今回の投票結果)は、ステロイド時代にプレーしていた選手、とりわけPEDをやっていた選手と、それを知っていた人たちに対する、かなり声高なメッセージのように聞こえた。
『いいか。我々は『ステロイド時代』に満足してたわけじゃないし、隠し通そうとなどと思ってもいなかった。少なくとも今は賛成などしない』 .これは、(リーグやチームの)収益と(選手が)金を稼ぐことがすべてだった「ステロイド時代」全体に停止を命じる威嚇射撃なんだろうね。私は、自分が殿堂入りしているからといって、殿堂入りが(あらゆる罪が許されない)聖域に足を踏み入れたことを意味するとは思ってないが、記者にはそう考えてる人がいるようだ。」

On whether he thinks Bonds and Clemens are worthy (and Sosa):
ボンズやクレメンス(ソーサ)が殿堂入りに値するかどうかについて
“I’m not happy guys didn’t get in. I would have had no problem because of the resume of Clemens and Bonds from a strict standpoint of what they did on the field before they [were suspected PED users]. I wouldn’t have had a problem at all. But Sammy Sosa?”
「彼らが殿堂入りしなかったら悲しいことだ。(PEDをやってたかどうかを裁定する以前に)なによりも、フィールドの上で何を達成したかということだけに限って評価する立場から彼らを眺めたなら、彼らの殿堂入りには何の問題もない。でも、サミー・ソーサはどうだろうね?」

On how the Steroid Era affected others:
「ステロイド時代」が与えた影響について
“The problem is for a guy like Fred McGriff, who never had any kind of accusations and had almost 500 home runs, or Dale Murphy, their numbers pale [in comparison] and people forget how good they were. That’s the tragedy. But again it’s the tragedy of a culture that [union chief] Donald Fehr perpetuated from 1991 on. It wasn’t like people didn’t know what was going on. It wasn’t like people didn’t encourage it. They did. Now some people will step out and say it wasn’t overtly done. But there are a lot of guys that I talked to that played in that era that say that wasn’t the case. Maybe this is just a statement of what really went on. You really can’t change it. But you can judge it and I think the Baseball Writers' [Association] of America have done that.”
「問題は、フレッド・マグリフ(通算ホームラン数493本)みたいな選手たちだね。マグリフはあらゆる種類の非難を受けたことがないし、500本近いホームランを打ってもいる。なのに、彼らの成績はいまや色褪せて、彼らがどのくらい素晴らしい選手だったかも忘れられている。悲しむべきことさ。デール・マーフィー(同398本)にしても同じだ。
だけど、それは(MLB選手会会長の)Donald Fehrが1991年以降ひきずってきた文化的な悲劇の再来なんだ。何が起こっていたか知らなかったとか、奨励したりしなかったとか、そういう問題じゃない。選手会は知ってたし、奨励もしてた。誰かが一歩踏み出して、公然と『スレロイド時代はいまだに終わってなんかいない』と言いだす人がいるかもしれない。だけど(他方では)、ステロイド時代にプレーしてた選手で、私が話したことのある人たちには、『事実無根だ』と話す人も大勢いるんだ。ステロイド時代に起きていたことについての証言は、ほんのわずかしかない。そして、それを曲げることは誰にもできない。だが(外部から)判断を下すことはできるし、僕の考えでは、全米野球記者協会協会は既にその作業を済ませていると思う。」
ブログ注)Donald Fehr:1986年から2009年までMLB選手会会長。2010年からNHLのエグゼクティブ・ディレクター。2007年にミッチェル報告書が出された当時、選手会会長だった。また1994年以降のMLBのストを主導した。


On Rafael Palmeiro, who lost 22 votes this year:
今年22票を失ったラファエル・パルメイロについて
“He’s a victim of circumstance. He went to the congressional hearing, pointed his finger and said he never did it. And then he tested positive. Now, you know what, maybe it was a tainted [B-12 injection], who knows?”
「彼は時代環境の犠牲者だ。彼は公聴会に出席し、他人を名指しで非難する一方で、PED使用を否定した。(そういう切迫した立場で、否定せざるをえない状況を経験させられて)それから陽性反応(という事実)が出たわけだ。たぶんそれは(B12ビタミンの注射かなにか)穢れた手法だったかもしれないけど、どうなんだろうね。」

On Bonds and other ‘cheaters’:
ボンズとその他のキャラクターについて
“Bonds isn’t going to get any more votes because he was a nice guy. Because he was a jerk. But he was a hell of a player. I’m not sure that should keep you out of the Hal of Fame. If it did, there’d be a lot of guys out. I pitched against [Hall of Fame spitballer] Gaylord Perry who left fingerprints on the ball. And the umpires just laughed. So everybody’s kind of worked the system to some degree, but I think this is more of a statement of what the writers think of the whole culture.”
「ボンズはナイスガイだし、あれ以上の票を得ようとまではしてない。彼は、馬鹿なことをしたにせよ、素晴らしいプレーヤーでもあった。彼をこれからも殿堂入りから遠ざけておくべきかどうかは、わからない。もしそういうことになったら、たくさんの選手がボンズと同じ目にあうんじゃないかな。僕は、指紋がボールに残るほどの(明白な)不正投球をしていた(有名なスピットボーラーなのに殿堂入りしている)ゲイロード・ペリーと対戦した経験があるけど、アンパイアはただ笑ってただけだったさ。(そのアンパイアたちと同じように)程度の差はあれ、誰もが一定のシステムのもとで働く。(今回の殿堂入り投票の結果は)記者たちが野球文化全体に配慮した結果のメッセージというほかない。」


On what he learned from Cal Ripken Sr.:
カル・リプケン・シニアから学んだこと
“He always said, ‘there are no such things as shortcuts.’ Well, the shortcuts caught up with guys. The tragic thing to me is that if you didn’t do it, but you played in that era, there’s somewhat of an indictment. And that goes back to what the players’ union wanted. They wanted this. So there you go.”
「彼はよく『簡単に言えるようなことなんて無いもんだ』って言ってたもんさ。それは誰についても言えることだよ。悲しむべきだと思うのは、たとえPEDに手を染めていなかったとしても、ステロイド時代にプレーしていたからといって、なにがしか非難されかねない、ってことだ。この問題は結局、『(90年代当時)選手会が何を望んだか』という点に遡ることになる。選手会が、ああいう時代を望んだのさ。だからそこに行きつくんだ。」


January 04, 2013

ストーブリーグにまるで関心のないブログ主としては、早くシーズンが始まらないものかと毎日思っているわけだが、今は何もすることがなくて退屈きわまりない。暇つぶしに、結論のわかりきっている話で申し訳ないが、ジョシュ・ハミルトンの移籍について書いてみる。


去年のハミルトンのバッティングについて、Baseball Analyticsは2012年12月13日の記事で、こんな意味のことを書いている。

ハミルトンが「アウトコース低めコーナーいっぱいを突く球」に非常に弱いことに投手たちが気づいてからというもの、2011年の彼はこの球にほとほと手を焼いたが、2012年になってハミルトンはスイングをアジャストし、ほぼストライクゾーン全体を打てるようになった。

ハミルトンのHot Zone by Baseball Analytic

At first, Hamilton struggled, seeing his ability to hit for extra bases diminish, but in 2012, he adjusted his swing and shifted his power stroke to cover the entire strike zone.
New Halo Josh Hamilton is a Prodigious Slugger - Baseball Analytics Blog - MLB Baseball Analytics
注:上の図は「投手側からプレート方向を見た図」


いやー(笑) 悪いけど、まったく同意しかねる(笑)

もし本当にストライクゾーン全体が打てるようになったのなら、シーズン終盤の、あの醜態はありえない。いつも通り、アウトコース低めのスライダーで三振しまくってただろうに、見てないのかね(笑)

どうしてまたBaseball Analyticsというサイトは、やたらとHot Zoneだけでモノを言いたがるサイトなんだろう。Hot Zoneなんてものは別にオールマイティのツールでもなんでもない。

年間データにしても、それが有用な判断材料を提供してくれることもあるが、ハミルトンの2012年のバッティングの価値を評価するにあたっては、1シーズン通してみたHot Zoneデータなんてものは、まるでアテにならない。

たとえば、2007年の城島のあの中身の無いバッティングデータでもわかる。
シーズンの数字でみると、例えば打率.287とか、あたかも人並みに打っていたかのごとく、「見せかけの数字」が並んでいるわけだが、実際どうだったかといえば、勝負どころだった7月の最悪の月間打率.191、そしてシーズンRISP.248でわかるように、勝負どころでは全く働いてない。ゲームを見ていない人にはわからないだろうが、要所要所では、、ただただチームの足を引っ張っただけの帳尻バッティングスタッツに過ぎない。(だからこそ翌年以降の打撃成績の急降下を予測できたわけだが、当時はそれをいくら言っても、誰も信じなかった)


ハミルトンの2012年のバッティングの中身の無さも似ている。ハミルトンの2012年7月以降のバッティングの酷さ、そしてチーム勝率への多大な悪影響は、「シーズン通算のHot Zone」なんてもので見えてくるわけがない。
たとえハミルトンが2012年のシルバースラッガー賞を受賞しようと、そんなものは関係ない。2012シーズン終盤のハミルトンの「アウトコースの安全牌ぶり」は、同じ2012年9月のカーティス・グランダーソンのインコースと同じくらい酷いものだった。


シルバースラッガー賞ハミルトンのバッティングの中身の無さをデータから見るために、まず、「ハミルトン個人の月別の打撃数字」と「チーム勝率」との関係を、ちょっと見てもらおう。

ハミルトンの2012シーズンのバッティングは、シーズン通算でみると、打点128はたしかにリーグ2位の立派な数字だし、ホームランも40本以上打って、シルバースラッガー賞も受賞している。
だが、それらのほとんど全ては、好調だった4月、5月、8月の3か月間、特に春先の2か月で稼いだ数字だけに頼った成績であり、あとの3か月、特に「チームが最悪の状態にあった7月」と、「確実視されていた地区優勝を逃して醜態を晒した9月以降」の低迷ぶりときたら、チーム勝率への悪影響はあまりにも凄まじかった、としかいいようがない。
4月 打率.398 打点25 チーム勝率 .739
5月   .344 32 .500
6月   .223 16 .679
7月   .177 11 .391

8月   .310 28 .655
9月/10月 .245 16 .536
ボルチモアとのALWC(=American League Wild Card Game いわゆるワンゲーム・プレーオフ)
4打数ノーヒット2三振
Josh Hamilton 2012 Batting Splits - Baseball-Reference.com


たぶん「2012年のテキサスは無敵の強さだった」とか、いまだに勘違いしたままのファンがたくさんいるとは思うが、2012シーズンにテキサスの勝率が良かったのは、「テキサスがあまりに強くて、弱い相手にも、強豪相手にも、まんべんなく勝ったから」では、全くない。
むしろ、「春先に、弱いチームを確実に叩くことができていただけ」に過ぎない、というのが正しい。
もっと具体的に言うと、今シーズンのテキサスの勝率の高さは単に、2012シーズン開幕当初から既にチームが崩壊していたミネソタ(対テキサス 2勝8敗)やボストン(対テキサス 2勝6敗)、あとはヒューストンなどが、テキサスに「楽勝」を提供し続けてくれていたおかげに過ぎない。

2012年のテキサスが「同地区との対戦にはからきし弱いが、他地区の崩壊チームからは、数多くの勝ち星をむしりとる傾向」は、ジョシュ・ハミルトンの打撃成績にも、そっくりそのまま、あてはまる。
(もっというとダルビッシュの投手成績の一部、たとえばERAにも、ある程度だがハミルトンと同じ傾向が見られる)

そりゃまぁ、シアトル含め、ぶち壊れたチームとの対戦ばかりが続いた4月や5月は、テキサスも大勝できたし、ハミルトンも打てた。なんせ、弱いチームのピッチャーは、何も考えずハミルトンの大好きなインコースでもどこでも、かまわず投げてくれる。そういう頭を使ってゲームをしてない弱小チームとのゲームばかり続いたら、誰だって打てるし、勝てもする。

2012年ハミルトンの対戦チーム別打率 トップ3
BOS .406 打点14
BAL .357 打点12
MIN .350 打点13

2012年ハミルトンのボールパーク別打率 トップ3
BOS-Fenway Park .545
BAL-Camden Yards .471
MIN-Target Field .462


だが、そんな安易な対戦ばかり、続くわけがない。

2ストライクをとられてからのハミルトンの打率の低さ」を、以下のデータで確かめてみるといい。この数年で、いかに相手ピッチャーが、ハミルトンの弱点を把握するようになってきているか、そして、リーグMVPに輝いた2010年以降、いかにハミルトンが急速に勝負弱くなってきているかが、ひと目でわかるはずだ。

ジョシュ・ハミルトン カウント別打率の推移
2010年
0-2 .128
1-2 .247
2-2 .362
3-2 .302

2011年
0-2 .083
1-2 .188
2-2 .214
3-2 .263

2012年
0-2 .129
1-2 .169
2-2 .196
3-2 .130



簡単にいうと、このブログで何度も指摘してきたように、今のハミルトンは「2ストライクをとって追い込んでおけば、あとは、彼のあからさまな弱点である『アウトコース低め』めがけてスライダーでも投げておけば、簡単に三振してくれるフリースインガー」のひとりに過ぎない、ということだ。
Damejima's HARDBALL:2012年10月6日、2012オクトーバー・ブック 「平凡と非凡の新定義」。 「苦手球種や苦手コースでも手を出してしまう」 ジョシュ・ハミルトンと、「苦手に手を出さず、四球を選べる」 三冠王ミゲル・カブレラ。

アウトコース低めに逃げる変化球をハミルトンが苦手にしていることは、2011年以降、多くの強豪チーム、多くの先発投手がとっくに把握している衆知の事実だが、その一方で、チームが弱体化していて、コントロールのいい先発ピッチャーを揃えることができず、ましてスカウティングもままならないようなアタマの悪いチームは、このことに気がつかないまま、漫然とゲームをしている。


だが、テキサスと同地区のエンジェルス、アスレチックスとなると、対戦ゲームが多いだけに、安易なゲームはしてくれない。必ずスカウティングして、ハミルトンの弱点を洗い出し、徹底的に弱点を突き、抑えにかかってくる。
だから、同地区チームとの対戦内容をみると、ハミルトンの打撃成績は一変する。
以下に数字を挙げたが、同地区チームとの対戦における打率はどれも.280前後だから、そこそこ打てているように思っている人もいるかもしれないが、この数字を「球場別」に見ると、まるで話は違ってくる。「ハミルトンが対戦数の多い同地区チームとの対戦で打てているのは、あくまでアーリントンで行われるホームゲームだけであり、同地区のビジターではまったく打てない」。
これは、「スカウティングされた後のジョシュ・ハミルトンのバッティングが、いかに怖くないか」を如実に示すものだ。

同地区チームとの対戦における打率(2012年)
OAK .247
SEA .281
LAA .288

ボールパーク別打率 ワースト5(2012年)
OAK-O. Coliseum .189 ホームラン1本 打点4
SEA-Safeco Field .182 ホームランなし 打点3
LAA-Angel Stadium .143 ホームランなし 打点なし
TBR-Tropicana Field .100 ホームラン1本 打点3
TOR-Rogers Center .083 ホームランなし 打点なし
参考:
TEX-Rangers Bpk .289 ホームラン22本 69打点



何度も書いているように、「パークファクター」なんて指標は、そもそもアテにならない。例えば、ある球場ではホームランが出やすい、といっても、それが「自軍がホームランをたくさん打ったから」なのか、それとも「自軍の投手陣があまりにも酷くて、相手チームにホームランをしこたま打たれたから」なのか、そんなことすら区別できない。

ただ、そんなダメ指標でも、「おおまかな数字でいい」という条件なら、「球場ごとのホームランのでやすさ」くらいはわかる。
例えば、ロサンゼルス・エンジェルスの本拠地、エンジェル・スタジアムは、2012年のパーク・ファクターでみると、MLB全30球団で25番目にホームランがでにくいボールパークだ。
2012 MLB Park Factors - Home Runs - Major League Baseball - ESPN

LAAに移籍が決まったハミルトンは、2012年にエンジェル・スタジアムで7ゲームやっているが、ホームランを1本も打てていない。と、いうか、彼のキャリア通算161本のホームランの約半分、83本は「宇宙で一番狭い」アーリントンで打ったものだ。
そして、ハミルトンのバッティング成績において、グラウンドボール、いわゆる「ゴロ」は、ヒットになる確率がびっくりするくらい低い。ハミルトンはフライを打たないとヒットを打てない、極端なフライボールヒッターなのだ。


MLBで最もホームランの出やすいボールパークのひとつ、アーリントンだからこそホームランを量産できていたハミルトンが、彼が最も苦手とするボールパークのひとつであり、ホームランの非常に出にくいエンジェル・スタジアムに移籍して、いったい何をしようというのだろう。ほんと、意味がよくわからない。

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  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。



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