May 2013

May 30, 2013

ポール・サイモンの歌をスタジアムで聴くリベラとジーター(1999)

これは1999年4月ジョー・ディマジオ・トリビュート・デイのためにヤンキースタジアムに来たポール・サイモンが、ギター1本で『ミセス・ロビンソン』を呟くように歌いかけ、フィールドを埋め尽くした大観客を魅了する魔法のような瞬間を、「指をくわえるように」じっと見つめる「若き日のマリアーノ・リベラと、デレク・ジーター」だ。

熱心なヤンキースファンでもあるポール・サイモンがスタジアムで『ミセス・ロビンソン』を歌った1999年は、リベラとジーターを含むコア・フォーと呼ばれた若い才能の登場でヤンキースが10数年ぶりに強さを取り戻した「幸福な時代」にあたっている。


Where have you gone, Joe DiMaggio?
Our nation turns its lonely eyes to you, woo woo woo
What's that you say, Mrs. Robinson?
Joltin' Joe has left and gone away, hey hey hey
Hey hey hey


マリアーノ・リベラの初登板は、まだバック・ショーウォルターがヤンキース監督だった時代の1995年5月23日エンゼルス戦だが、当時のリベラはまだ、これといってハッキリした特色の無い、どこにでもいる若い先発候補生でしかない。彼がクローザーになったのは、監督がジョー・トーリに交代した96年の翌年、1997年だ。

ヤンキース、というと、この100年間ずっと、ホームランを大量生産し続け、ずっとポストシーズンに進出し続けて、ワールドシリーズを100回くらい勝っているかのように勘違いしたままの人も多いわけだが(笑)、このチームが「ポストシーズンの常連」の位置に返り咲いたのは、91年デビューのバーニー・ウィリアムスが本格化し、生え抜きのリベラ、ジーター、ペティット、ポサダが一斉にデビューした「1995年以降」のことで、「1982年〜1994年のヤンキース」は、10数年もの間ポストシーズンに縁がないという、まるで近年強くなる前までのまるで不甲斐ないボルチモアに似た立ち位置のチームでしかなかった。

ショーウォルターの若手育成手腕を評価する人が多いのは、90年代後期のヤンキースもそうであるように、「ショーウォルターが監督をやった時期に育てられた生え抜きの若手」がその後チームを強くした例が、ヤンキースやテキサス、ボルチモアなど、いくつもあるからであり、今のショーウォルター率いるボルチモアの強さには、「90年代中期のヤンキース復活劇」に多少似た部分がある。


クローザーとしてのリベラの初登板となったのは、アンディ・ペティット先発の1997年4月2日シアトル戦だが(アレックス・ロドリゲスにツーベースを打たれている)、16対2とヤンクスの一方的な勝ちゲームだったために、セーブはつかなかった。

その後リベラは、新米クローザーとして、6度もらったセーブ機会のうち3度も失敗している。
4月8日ビジターのアナハイム戦では、9-8と1点リードの9回裏に同点タイムリーを打たれ、その後チームは延長で敗れた。4月11日オークランド戦では、1-0と1点リードした9回表、マーク・マクガイアに同点ホームランを打たれてしまい、これも延長で負け。さらに4月15日のホームのアナハイム戦では、5-4と1点リードで迎えた9回表に逆転2点タイムリーを浴び、負け投手になってしまっている。(アナハイム8回のセットアッパーは長谷川滋利)



先日、サイモン&ガーファンクルの "America" という曲の新たな歌詞解釈にトライしたばかりだが (Damejima's HARDBALL:「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。参照)、今日のサブウェイ・シリーズ第3戦で、奇しくもポール・サイモンがヤンキースタジアムにやってきて、前ニューヨーク市長ルドルフ・ジュリアーニや、『サタデー・ナイト・ライブ』で知られる有名テレビ・プロデューサー、ローン・マイケルズと一緒にゲームを観戦していた。(観戦だけで歌は歌っていない)


東海岸生まれの若いサイモン&ガーファンクルが映画『卒業』のサウンドトラックとして "Bookend" をリリースしたのは、1968年だ。それから押しも押されぬ大スターになったポール・サイモンは、 "Bookend" から約30年もたった1999年に、ヤンキースタジアムでニューヨークを象徴するレジェンドのひとりとして、 "Mrs. Robinson" を歌った。
当時それをダグアウトで聴いていた若いリベラやジーターは、10数シーズンの活躍を経て、自分自身もニューヨークのレジェンドに加わり、さらにMLBを『卒業』して殿堂入りする日も近づいている。


ヤンキースは1995年から2000年までの6シーズンで3連覇を含んで4度ワールドシリーズに勝っているが、リベラやジーター、バーニーなどがかつて築いた「90年代後半の強いヤンキース」は、2000年代中期のステロイドまみれのヤンキースと、けしてイコールではない。

リベラやジーターは、「2000年代ドーピング・ヤンキース」を支えた選手たちよりも先にデビューして「90年代後期の黄金時代」を築いたが、彼らは「2000年代ドーピング・ヤンキース」の選手たちが副作用にありがちな故障などで引退や移籍に追い込まれていったのよりも長く選手生活を続けてきた。
今シーズンを戦っているヤンキースのダグアウトに、かつてのステロイドまみれ時代の選手たちの大半は消え失せて、影も形もないし、また、そうした選手の誰ひとりとして野球殿堂入りを果たす気配などない。
いいかえると、「2000年代のドーピング・ヤンキース」は、90年代後半にリベラやジーターが作った「ヤンキースの強さのベース」の上に、単にのっかっていただけに過ぎないのである。


今日ポール・サイモンが観た「ヤンキース」は、90年代後半以降ヤンキースを長年プッシュアップしてきたリベラ、ジーターなどがチームを去る日をカウントダウンしつつある「過渡期のヤンキース」だ。サッカーにも手を出す、なんて言い出したヤンキースが、近い将来大きく形を変えることになるのは間違いない。


5月24日の記事で「今のヤンキースは攻守のバランスで首位を保っているチーム」と書いたように、過渡期には過渡期の野球スタイルというものがある。
Damejima's HARDBALL:2013年5月24日、「ボールを振らず、かつ、ストライクだけ振れるチーム」など、どこにも「存在しない」。ボールを振るチームはストライクも振り、ボールを振らないチームは、ストライクも振らない。ただそれだけの話。
「過渡期のスタイル」は、90年代後期の「若い才能に恵まれたヤンキース」ではもちろんないし、かといって、2000年代中期の「ドーピングでパワーを人工的に増幅させたヤンキース」でもない。


とはいえ、アイデンティティのハッキリしないものを維持し続けながら次のスタイルを模索することは、けして容易な仕事ではない。

「過渡期にあるヤンキース」が、オーナー、監督、メディア、ポール・サイモン、イチロー、ジーター、リベラ、ヴェテラン、新人、ファン、ありとあらゆる立場の人それぞれにとって、「アイデンティティを非常に見つけにくい状態にある」のは間違いない。(そして、「アイデンティティが定まらない状態に全員が置かれて、もやもやしている」という状態は、「確固としたアイデンティティ同士がぶつかりあう競争社会である」ということと、意味は同じではないことは、言うまでもない)


ジョー・ジラルディはたぶん「チームのアイデンティティ」を、毎日探して、毎日作っては、毎日壊れて、そして、毎朝つくりなおしていることだろう。

ほんと、同情を禁じ得ない。

May 28, 2013

つい先日のオークランド対クリーブランド戦で、クルーチーフ (日本でいうところの「責任審判」) としてインスタント・リプレイを見たのに誤審をやらかした上、正当な抗議をしたボブ・メルビンの退場処分までやらかして、全米のMLBファンとメディアに完全にダメ審判の烙印を押されたAngel Hernandez(1961年生まれ 51歳)が、5月24日ホワイトソックス対マイアミ戦の延長10回裏のサヨナラ判定で、またもや「試合結果そのものを左右するレベルの誤審」をやらかしてくれた。

エンジェル・ヘルナンデスの誤審 CHW×MIA 20130524

この誤審は、延長10回裏の1死満塁で、ホワイトソックスのアレックス・リオスが打った内野ゴロのダブルプレー判定で起きている。当然リオスがもし「セーフ」なら、サードランナーは生還できている。
つまり、Angel Hernandezの誤審がなければ、後攻のホワイトソックスはサヨナラ勝ちしていたのである。
ボブ・メルビンの退場といい、この誤審といい、酷いものだ。この角度で見て正確に判定できないのなら、彼自身にMLBから退場してもらったほうがいいかもしれない。


聞くところによると、日本でも約1っか月半くらい前の4月17日(日本時間)、巨人×阪神戦でもかなり酷い誤審があったらしい。
日本のプロ野球のアンパイアの動向には詳しくないし、プロ野球自体、専門外なわけだが、これは写真でみても、ハッキリ誤審とわかる。
一塁塁審のセ・リーグの牧田匡平というアンパイアは、例によってどうやらこれまでにも何度か誤審トラブルを起こしているらしく、コアなプロ野球の審判マニアの間ではとりあえず有名なアンパイアのひとりらしい。
画像でみた人間ですらイラっとするくらいだから、現場のスタジアムにいあわせたファンは、さぞかし血圧が上がったに違いない。困ったものだ。

2013年4月17日 巨人・阪神戦の牧田匡平審判による誤審

2013年4月17日 巨人・阪神戦の牧田匡平審判による誤審

2013年4月17日 巨人・阪神戦の牧田匡平審判による誤審


この牧田匡平という人はフロリダのハリー・ウェンデルステッド審判学校に留学したと、経歴にある。
この学校は、その名のとおり、MLBのアンパイアが作った学校だが、設立したのは、現在41歳の現役アンパイアHarry Wendelstedt 3世ではなく、彼の父親で、33年もの長きにわたってナ・リーグ審判をつとめ、去年2012年3月9日に73歳で亡くなられたHarry Wendelstedt, Jr.氏だ。
(ちなみにこの2人は、MLB唯一の「同時に審判をつとめた親子」でもある。Harry Wendelstedt, Former NL Umpire who "Lived for Baseball," Dead at 73 | Close Call Sports and the Umpire Ejection Fantasy League

現役審判の、息子Harry Wendelstedt 3世のエピソードで有名なのは、なんといってもミネソタ・ツインズ監督ロン・ガーデンハイアーとの確執だろう。
彼がこれまでに5回ほどガーデンハイアー(彼のチームのコーチや選手が同時に退場させられることもあった)を退場処分にしていることは、このブログでも2010年に書いたが、たしかにひとりのアンパイアが同じ監督を通算5回も退場処分にしているなんて話は、他にちょっと聞いたことがない。
Damejima's HARDBALL:2010年10月7日、ディヴィジョン・シリーズ第2戦で退場させられたミネソタの監督ロン・ガーデンハイアーと、球審Hunter Wendelstedtとの間にかねてからあった軋轢。

Harry Wendelstedt 3世の年度別退場コール数
4 (2005)
6 (2006)
4 (2007)
4 (2008)
5 (2009)
6 (2010)
8 (2011)
1 (2012)
UEFL Profile of MLB Umpire: Hunter Wendelstedt | Close Call Sports and the Umpire Ejection Fantasy League

2011年の被退場者
Close Call Sports and the Umpire Ejection Fantasy League: Hunter Wendelstedt
LAAジェレッド・ウィーバー投手 7月31日 正
LAA監督マイク・ソーシア 7月31日 正
ATL一塁手フレディ・フリーマン 8月8日 正
ATL監督フレディ・ゴンザレス 8月8日 誤
MIN三塁手ダニー・バレンシア 8月22日 正
MIN監督ロン・ガーデンハイアー 8月22日 正
COL監督ジム・トレーシー 8月26日 正
TB監督ジョー・マドン 9月16日 誤
(正=正しいコール 誤=誤審)

Harry Wendelstedt 3世の名誉のために言っておくと、いくらロン・ガーデンハイアーとの間に確執があるといっても、上のデータでわかるように、かつての彼の退場コールは数が多かったのは確かだが、退場コールの中身には問題がなかった。



Harry Wendelstedt 3世とガーデンハイアーの確執はともかくとして、Angel Hernandezといい、牧田匡平といい、どういう理由でそうなったのかはわからないが、このところアンパイアの明白な誤審(特に1塁での誤審)が、あとをたたない。

例えばAngel Hernandezがホワイトソックス戦のダブルプレーで誤審を犯したのと同じ5月24日のTEX×SEAでは、Jeff NelsonがHernandezと同じダブルプレー判定で誤審を犯している。
彼は一塁塁審として、2回裏に3-6-1のダブルプレーが成立したとしてアウトをコールしているのだが、このプレー、ショートからの送球をファーストでグラブに収めているのは、「1塁ベースを実際に踏んでいた一塁手ミッチ・モアランド」ではなく、なんとモアランドと交錯した「1塁ベースをまったく踏んでいないピッチャーのジャスティン・グリム」なのである。

おまけに、このJeff Nelsonの誤審で、シアトル監督エリック・ウェッジは抗議に行っているのが動画でもわかるが、この、かつて2011年に「まだカウントは3ボールなのに四球判定され、しかも、それに気づいていたのにもかかわらず、球審に抗議に行かなかった」このトンチンカンな監督は、ジェフ・ネルソンの犯した誤審に気がついたわけではなく、なんと「一塁手ミッチ・モアランドの足が離れた」という点について抗議しているというのだから、ほんと、どうしようもない。(資料参照:試合後の公式サイトの記事 Texas Rangers at Seattle Mariners - May 24, 2013 | MLB.com SEA Recap
Damejima's HARDBALL:2011年7月24日、みずから牙を抜いて相手にさしだしてチームに「負け犬メンタリティ」をたっぷり塗りこめた「負け犬指導者」エリック・ウェッジの「3ボール四球黙認事件」を批判する。




May 27, 2013


必見の試合後のインタビュー動画

緩むことを許されない激戦の続くア・リーグ東地区だが、トロント対ボルチモアのシリーズ最終戦、9回裏にスペイン語猛烈学習中と聞くムネノリ・カワサキが左中間を破るサヨナラ2点タイムリーを放って、6連敗からようやく立ち直りつつあったボルチモアを沈めた。
ヤンキースがサバシアの不調で負けている日のゲームだけに、1位ヤンキース2位ボストンとゲーム差が広がりつつあるボルチモアにしてみれば、このシリーズ、なんとしてもトロントをスイープして終わりたかっただろう。
Baltimore Orioles at Toronto Blue Jays - May 26, 2013 | MLB.com TOR Recap

それにしても、チームメイトと地元客の喜びようったらない(笑)愛されるオモチャ、ムネノリ・カワサキ。たぶんトロント市民は「カワサキ」の名前を忘れないと思う。「伝える」という行為のコツは、単語の多さじゃなく「オープンなマインド」であることを、あらためて思い知らされる(笑)

2013年5月26日川崎サヨナラタイムリーに狂喜するトロントファン




試合後、ダグアウト前でインタビューに応じた(というか、別の選手(Mark De Rosa)がインタビューされていて、呼ばれて出てきた)川崎は、インタビュアーのマイクをもぎとって、
アイム・ジャパニーーーーーーーーーーーーズ!!
と絶叫した後、カンニングペーパーに書かれた英語コメントを読み上げ、チームメイトからシェービング・クリームの洗礼を受けた(笑)(このゲームのトロント側の記事に載っている川崎の英語コメントは、このカンニングペーパーと同じもの)
MLBファンはこの試合後の動画を見ないと一生後悔することになると思う(笑)

試合後のインタビュー動画:Munenori Kawasaki Delivers Incredible Post Game Interview - MLBFanCave.com | MLB.com: Fan Cave

無粋なシアトルはこの愛嬌がチームケミストリーに与える効果にまるで気がつかずに手離してしまうのだから、無粋なチームは永遠に変われない。


ヒットシーンの動画(MLB公式):Baseball Video Highlights & Clips | BAL@TOR: Kawasaki's double gives Toronto walk-off win - Video | MLB.com: Multimedia
注:記事の最初に挙げた「インタビュー動画」は、MLB Fan Caveの動画のEmbed(埋め込み)によるもので、「ヒットシーンの動画」はMLB公式の動画。
2つの動画のEmbedコードは同じではなく、Fan Caveやチームサイトの動画をEmbedしたものはサムネイルが無事に表示されるが、最近のMLB公式サイトの動画のサムネイルは、Flashのバージョンが最新でないとブラウザ上で表示されないケースが多々あると思われる。
自分ではFlashを最新バージョンだと思いこんでいても、ブラウザのバージョンが古いと、最新のFlashがインストールできない。その場合、Flashだけでなく、ブラウザも同時に(最新でなくてもいいが)ある程度新しいバージョンにアップデートしてからでないと、MLB公式サイトの動画をサムネイル表示できるようにならない。
ただ、やっかいなのは、去年だかに、FirefoxとFlashのコンフリクトによって、OSの再インストールが必要になるほどの大クラッシュが続発したことがあるように、「Flashのバージョンアップ」については事前に評判などをよく調べてからとりかからないと、非常に痛い目にあうことがありうる。



May 25, 2013

2013年観客動員チーム別増減MLBチーム別観客数増減
(2013年05月23日現在)
元データ:Change in Baseball Attendance 2012 to 2013 - Baseball-Reference.com

ヤンキースのゲームで観客席に空席が目立つように見えるからといって、いちいちあげつらいたがる人間、マスメディア、ライターに限って、データをロクに調べもしないでモノを言っている(笑)
まぁ、やつらは目的がそもそも別のところにある(笑)のだから、相手にするだけ無駄というものだ。


ちゃんと調べれば、今シーズンのMLBの観客動員数はそもそも、近年人気絶頂を誇ってきたチームの大半で観客減少が目立つことなど、すぐにわかるはずだ。

例えば、日本ではダルビッシュが在籍するために人気沸騰中のように思われているテキサスですら、1試合あたりの観客の減少数は、ヤンキースより約800人多くて、1試合あたり4,000人も観客が減っている。
3,000人減少のヤンキースなど、フィラデルフィアミルウォーキーボストンの酷さに比べれば、まるでたいしたことはないのである。

観客減少チーム ベスト10
(1試合あたり/2013年5月23日現在)
MIA -10,986 人
PHI -6,900
MIL -5,072
BOS -4,983
HOU -4,387
CHC -4,280
MIN -4,253
TEX -3,991
NYY -3,173
TBR -2,583

ただ、この数字を見るとき、少し気をつけなければいけないのは、減ったといっても、例えばヤンキースで3,000人減るのと、タンパベイ・レイズで2500人減るのとでは、意味がまるで違う、ということだ。
1試合平均観客数37,800人のヤンキースにとっての3,000人減少(約8%)と、1試合平均観客数17,936人と、どんなゲームでも2万人以下の観客しか入らない不人気タンパベイで、観客が1試合につき2,500人(約14%)減るのとでは、事実の重みがおよそ2倍くらいは違う。


例の悪質なオーナーがまたしてもファンに対する裏切り行為を犯したといえる大量トレードでチームが絶賛崩壊中のマイアミや、チームがリーグを移動したばかりで、地区最下位にあえぐヒューストンが、観客を大きく減らしてしまうのは、観客数減少の意味がハッキリしているとして、それ以外のチームで「ガクンと観客が減ったベスト5」といえるのは、もちろんヤンキースではなくて、かつてワールドシリーズを勝って人気を集めたフィラデルフィア、青木のいるミルウォーキー、地元で根強い人気を誇ってきたボストン、順位に関係なく全米屈指の人気を維持してきたシカゴ・カブス、あとは元々観客が少ないのにさらに減らしているタンパベイといったところだ。


ちなみに観客が増えているのは、長年低迷していたチームの再建についに成功したワシントンボルチモア、そして、今年大補強を行って地元の期待を集めていたトロントと、どれも、「長年低迷してきたが、ようやくチーム再建に本気度が加わって、地元の期待が高まっているチーム」ばかりだ。
やはり、なんやかんやいって野球は人気スポーツなのであり、どこのフランチャイズでも、地元チームの一日も早い再建を誰もが心待ちにしているのはハッキリしている。

あと観客が増えているのは、どういうわけか「カリフォルニアのチーム」。ドジャースサンディエゴアナハイム。が観客を増やしている。
カリフォルニアでMLBの動員が増えた原因はわからないが、ケーブルテレビの普及、あるいは、増加しつづける中南米系移民の観客がスタジアムに詰めかけているのかもしれない。


観客が減ったのは、これまで人気だったチームが多い。
それも、どういうわけか東地区中地区のチームばかりだ。
それがどういう意味なのか、まだちょっとわからないが、観客が増加しているチームがどこも「長年低迷してきたが、チームのテコ入れに成功しつつあった(あるいはチャレンジしている)チーム」であることを考えると、やはりMLBは人気商売なのだから永遠に手は抜けない、ということではあるだろう。

この問題は今後ともしばらく調べてみるつもりだ。

あるウェブサイトで読んで、いつか何かの形で書こうと思って温めていた言葉がある。いい機会なので、勝手に引用させてもらうことにした。
勝手に引用しておいていうのもなんだが、引用元はあえて迷惑をかけたくないので、URLは晒さないし、言い回しも元の文章とできるだけ変えておくことにする。

アメリカ社会で暮らしてわかったのだが、日本人としては日常茶飯事な行為なだけに、気づかないで、ついついやってしまうことの中に、「アメリカ社会では嫌われる行為」が、いくつかある。
例えば、他人に対して同情すること、他人を凝視すること、他人になにか愚痴を話すこと、そして、意味もなく微笑むこと、などである。どれもこれも、日本ではよくあることだが、アメリカでは「相手を信じてない証拠」ととられてしまう。


いつも、この言葉を思い出すのは、ボコボコに打たれてベンチに帰ってきたときのピッチャー、あるいはチャンスに凡退してベンチに帰ってきたときのバッターをみるときだ。誰も、ケツや肩をたたいたり、声をかけたり、近寄ったり、そういうことをしない。誰も、なんのレスポンスもしないどころか、視線も合わさないのである。

それでいいのだ。
(シンパシーを持たないことと、それを見せないことは意味が違う)


骨折からようやくゲームに復帰したばかりのカーティス・グランダーソンが、またデッドボールを受けて骨折したわけだが、このことに同情を寄せる必要など、まったくない。

彼はそもそも、「ストレートだけを集中的に狙う」という戦略を徹底することで、アベレージ・ヒッターからホームランバッターに転身することに成功し、大型契約も得たわけだが、その戦略が対戦相手にバレて、インコース低めの変化球攻めにあうようになってから、まるで打てなくなり、ついには去年秋の優勝争いの最重要な時期にはスタメンさえ外されて、冴えない優勝を味わうハメになった。
Damejima's HARDBALL:2012年11月2日、2012オクトーバー・ブック 「スカウティング格差」が決め手だった2012ポストシーズン。グランダーソンをホームランバッターに押し上げた「極端なストレート狙い」が通用しなくなった理由。

その、キャリアの岐路にある彼が、今も最も狙いを絞っているであろう「インコースのストレート」を避けていては、仕事にならない。このことは、彼自身、よく理解している、と思う。


だからこそ、彼に同情なんて必要ない。
また、たぶん彼自身も望んでない。

彼が、デッドボールを食らうかもしれないインコースのストレートにさえ果敢に向かっていくことが、今の自分の「仕事」だと考えているとすれば、余計なクチを挟むべきじゃない。彼ならやれるし、やるだろう。だから余計なレスポンスなど、必要ない。


グランダーソンがどうやらライトで続けて起用される、つまり、イチローのベンチスタートが増える、という日に、グランダーソンが骨折したことで、わざわざイチローのところに「彼の骨折をどう思うか」なんて、聞かなければいいことを、わざわざ聞きにいって、さらにはそれを記事として流すなんてことをする日本のスポーツ新聞の記者は、ほんとにどうかしてる。
配慮のないことをするな、馬鹿、と言いたくなる。(もし質問されたイチローが「コメントはありません」と言ったとしても、たぶん日本人記者はありもしない想像をして悪意にとるだけで、同情などせず、そっけなくすることがアメリカっぽいマナーであることに、たぶん気づきもしないだろう)
アメリカ社会で、ポジションを争うライバル選手のデッドボールによる骨折について同情を示すようなコメントをニュースにする必要など、どこにもない。野球チームは老人の仲良しサークルではない。


これからもピッチャーがグランダーソンにインコース攻めをするのはわかりきっている。彼は今後も骨折するだろう。

しかし、それはグランダーソンの仕事の一部だ。
同情なんていらない。


ツイッターで、日本人はもっと強くなるべきだ、みたいなことをつぶやいたばかりだが、アメリカで負けないで、勝つってことを、もう一度きちんとととらえなおしていく、いい機会だと思うから、この記事を書いてみた。みんな、何事にも自信を持って、言いたいことを言って毎日を過ごしてもらいたいものだ。
もしイチローがチーム内での自分の扱いに不満があるなら、それを態度に現したり、トレードを望んだりしてもまったく構わないし、素知らぬ顔でいたければ、それでもいい。どちらでもいい。
だが、必要もないのにへりくだるのだけは、もう止めていいはずだ。


背すじを伸ばせ。そして
誰にはばかることなく、好きなようにバットを振れ。
なにもむつかしくない。




まずはア・リーグ各チームの2013年5月の「ボールを振る率とスイング率との比例関係」を示すグラフを見てもらおう。

ボールを振る率とスイング率の関係

ア・リーグの各チームについて、横軸に「ゾーン外をスイングする率」(O-Swing%)、縦軸に「スイングする率」(Swing%)をとってある。
右下にも、左上にも、該当チームがない。このことは、チームの 「スイング率」 と 「ボールを振る率」、2つの事象の間の比例関係に、ほとんど「例外」がないことを意味している。線形近似の決定指数でみても、0.8681と、そこそこ高い。
(ただ、そのうち書くつもりだが、この0.8681程度の数字では、けして「両者の相関が完璧」なんて意味にはならない。完璧とまで言えるのは0.95くらいの高い数値にならないと無理)

こうしたことから、チーム単位でみると、「スイング率」 は 「ボール球を振る率」にほぼほぼ比例していることがわかる。
(ちなみに、チームごとのスイング率の差なんてものは、ほんのわずかな数字に過ぎないのは確かだ。だが、野球というのは「ほんのわずかな初期値の差が、結果の非常に大きな差になって表れるカオス的スポーツ」である。チーム間のほんのわずかな差を「有意」ととらえるかどうかは、人による)
参考記事:Damejima's HARDBALL:2012年11月9日、2012オクトーバー・ブック WS Game 4でフィル・コークが打たれた決勝タイムリーを準備した、イチローの『球速測定後ホームラン』 による『バルベルデ潰し』。


と、こんな話を聞かされると、
俗説を信じたまま野球を見ている大半の人は、
すぐこんなことを考えてしまう。

ボール球を振らないチームほど、スイング率が低いんだな。
じゃあ、無駄にボール球に手を出さないチームはやっぱり、ストライクをしっかりスイングしてるってわけだな


まったく笑える(笑)
頭は生きているうちに使え。

得点とOPSの相関数値を調べた程度のくせして、「OPSで得点の大半を説明できる」だのなんだの、腹を抱えて笑える俗説を打ちたてて自信満々になっていたくせに、OPSのデタラメさが明らかになっても自説を曲げる気配のない、どうしようもないOPS馬鹿とソックリな俗説が、ここにもある。

「ボール球を振らないチームは、選球眼がいいから、必然的にストライクを振る。だから打撃成績もいいはず」という俗説を信じてやまない人たちの考え方を、もうちょっとリクツっぽい話に直すと、たぶんこんなところだろう。

野球の投球は、「ボール」と「ストライク」、2つの相互に排他的な(あるいは独立した)ファクターから成り立っている。
だから、もし「ボール球をスイングする率」が、他チームより低い「ボールを振らないチーム」では、自動的に「ストライクを振る率」が高くなって、打撃成績も向上しているはずだ。


スジが通っている?
とんでもない(笑)

最初に挙げたグラフは、『チームにおけるスイング率』という事象が、『ボール球をスイングする』という事象との間に、そこそこの相関関係がある、という意味だ。

では、
その相関関係は、『ストライクをスイングするという事象』に影響して、その確率を押し上げるか?
いいかえると、「他チームよりボールをスイングしないチームは、他のチームよりストライクを多くスイングする」という仮説は妥当か?

結論など言うまでもない。
もちろん、正解は "No" だ。
理屈で説明するより、グラフで見たほうが説明が早い。

ア・リーグ2013年5月の「ボールを振る率とスイング率の比例関係」
ストライクを振る率とスイング率との関係


2つのグラフを見比べるといい。

ひとつの例外もなく、
上の「スイング率とボールを振る率の関係図」で、「左下」にあるチームは、下の「スイング率とストライクを振る率の関係を表わす図」においても、「左下」にある。

同じように、上の図で「真ん中」あたりにあるチーム、「右上」にあるチームは、下の図でも同じように「真ん中」「右上」にある。


つまり、こういうことだ。

結論

2つのグラフにおいて、あらゆるチームの位置は同じような位置にある。

このことから、チームごとのスイング率、つまり、それぞれのチームの「スイングしたがる度合い」というものは、実は、「ボール球を振る率」で決まるわけではない。「スイング率」と「ボール球をスイングする率」の相関係数がどれだけ高かろうと、なんだろうと、関係ない。

平たく言い直せば、
スイングしたがるチームは、
ボールも、ストライクも、両方振る。
スイングを抑制しているチームは、
ボールも、ストライクも、両方振らない。

ただ、それだけの話。


「OPS」と「得点」、たった2つの事柄の間の相関数字を調べただけで、野球すべてを説明できたようなつもりになっていたOPS馬鹿たちがやってきた間違いと同じ単細胞なミスが、ここにもある。
OPS馬鹿は、得点とOPSの単純な関係を調べただけで、指標として意味があると勝手に思い込んでいるわけだが、この場合、たとえ「ボール球をスイングする率」と「スイング率」との間に、ある程度高い相関関係がみられたからといっても、そのたったひとつの断片的な判定だけで、「スイング率を決定しているのは、ボールをスイングする率である」と断言できたりはしないのである。

ちなみに、野球の投球はたしかに「ストライク」と「ボール」の2つに分類される。だが、細かく言えば、この2つの現象が、相互に排他的な事象(Mutually exclusive events)であるか、あるいは独立な事象(Independent events)であると断定して扱っていいかかどうかを、単純に断言することなど、できない。
というのは、例えば「打者有利なカウントにあるバッターにとって、ボールの投球が、ストライク以上に『次の球をスイングする誘因』になっていること」は誰が考えても明らか、だからだ。
例えば、カウント2-0になったら、バッターは次の球を非常にスイングしたがる。だから、わざとボールを2球投げてカウント2-0にしておいて、次の球を「ほんの少し動くストレート系」を投げて、打者をゴロアウトにする配球術も、現実にMLBには存在する。
この「カウント2-0」の例にみられるように、「ボールとストライクとは、相互に排他的な存在とみなしてもいい」と単純に考えるのは、あまりにも野球知らずというものだ。

野球のボールとストライクは、コインの裏と表とは性質が全く違う。

野球というスポーツは、『カウント』や『配球』によってシチュエーションがめまぐるしく変化するところに面白みがある。
だから、現実の野球に存在するさまざまなケースで考慮すれば、ボールとストライクとは無関係どころか、むしろ「あまりにも密接な関連さえ、ありうる」と考えないかぎり、現実の野球にまったく近づけないとさえ、言える。そうでなければ、配球なんてものを考える意味がない。


ちょっと話が横道にそれた。
たとえ野球の投球が「ボール」(事象A)と「ストライク」(事象B)の2つだけで出来ていて、「スイング」という行為と「ボールを振る」行為との間にそこそこ強い相関関係がみられたからといって、「ボールを振らなければ、そのチームのストライクを振る率は上昇する」とか、「ボールを振らないチームは、他のどんなチームよりストライクを振っているから強い」などと断言できる根拠など、実はどこにもないのである。
チームとして、「『スイング率』と『ボールを振る率』との相関関係が高いこと」は、けして「その相関関係が、『スイング率』と『ストライクを振る率』を左右する」ということを意味しない。


こうした俗説はどんな思考プロセスから生まれてくるのか。
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野球ファンは、日頃から『ボール』と『ストライク』という2つの事象を、ついつい、相互に排他的な事象(あるいは独立した事象)と考えるクセが身についてしまっている。
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そこに、「ボールを振る打者は、選球眼が悪い」という、野球ファン特有の古い道徳が加わると、いつのまにか、「ボールを振ることと、ストライクを振ること、これら2つの現象の間には、どちらかが上がれば、どちらかが下がるというようなパレート最適的関係がある」という思い込みが生まれる。
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さらにそこに「ボールを振る率と、全体のスイング率とは、相関関係にある」なんてデータを提示されると、どうなるか。
自分の脳内で、「ボールを振らないと、スイングが減る。だから、ストライクを振る率は上がるから、打てるようになるに決まっている」と無意識に思い込んでしまう。


「ボールを振らないで我慢していれば、カウントは、より打者有利になる。だからボールを振らなければ必然的に、よりストライクだけを振れるから、いい打撃成績になる」と、常識的な視点から反論したがる人が出現するかもしれないので、あらかじめ言っておくが(笑)、そんなのはただの俗説だ。

例えば、ア・リーグで最もスイングしないチームであると同時に、ア・リーグで最も打てないチームでもあるシアトル・マリナーズのスイングデータを見ればわかる。
シアトルマリナーズという打撃不振のチームは、他のスイングしない系のチームに比べ、よりボール球をスイングし、よりストライクを振らない。
つまり、このチームの打者は、「ただただ打席で縮みあがって、萎縮していて、バットが振れないだけ」だ(笑)スイングを抑制することは、選球眼の向上を意味しないし、チームの打撃成績の向上も意味しない。


ストライクをフルスイングすることだけがヒットを打つ道であり、ボールを振らないことが四球を選ぶことであり正義だ、などという、何の根拠のない思い込みだけで勝手に作り上げた野球道徳をたよりにモノを言いたがるアホウな人間は実に多い。
だが、才能と、体格と、給料と、素晴らしい施設とスタッフに恵まれたメジャーリーガーでさえ実現できないことを、誰かれ問わず押し付けたがる人間が振り回す、その無根拠な断定的ロジックの土台は、実は、こんなにもいい加減な俗説でできているのである。


ア・リーグの「2つのスイング傾向」でわかる
「MLBの2種類の野球」の存在
2つのスイングスタイル

ちなみに、このグラフで赤い楕円で示したように、ア・リーグの野球には大まかに分けて2種類の野球がある。

スイングしたがるチーム
LAA、KC、CHW、HOS、DET、NYY、BAL
スイングを抑制したがるチーム
TOR、MIN、BOS、TEX、SEA、CLE、TB、OAK

この2つのグルーピング結果がかなり面白いのは、ゲーム結果がある程度予測できることだ。
例えば、アナハイムとカンザスシティの対戦があるとすれば、どちらもア・リーグ屈指の「スイングしたがりチーム」なわけだから、必然的に打ち合いの空中戦になる、と予測が立つわけだ。

また、今年ア・リーグ中地区でクリーブランドが強いわけだが、今年のCLEはかつてのような大味な野球ではなくて、細かい野球をやり出していることが、このグラフでハッキリした。
同じ中地区のデトロイトは、ア・リーグ屈指の「ボールを振らず、ストライクを振ってくるチーム」だが、けしてスイング抑制系のチームカラーではない。
シアトル、クリーブランド、タンパベイ、オークランドの4チームのスイング率は似たようなものだ。だから、「チームカラーが似ているはず」と思うかもしれないが、ストライクをスイングする率はオークランドが飛びぬけている。ずっと貧打と言われ続けてきたオークランドだが、このデータから今年のオークランドが「いやに打てている」という直観が、単なる偶然ではないことが、よくわかる。
ア・リーグ西地区は、スイングしたがるアナハイム、ヒューストンと、スイングを控えるオークランド、テキサス、シアトルの構成だが、明らかにオークランドとテキサスが頭2つくらい抜けていることは、このグラフだけでわかるというスグレモノだ。

ちなみにヤンキースだが、あらゆる意味で「中庸」といえる位置にある。めちゃくちゃにスイングするわけでもなく、かといって、ボールを見逃して出塁することに命をかけているわけでもない。
だからこそ、今のヤンキースは攻守のバランスで首位を保っているチームなのであって、このチームを「スラッガーの集まった打撃型のチームとみなして語る」ことになど、何の意味もない。あるわけがない。


こんな、たったこれだけのわずかな差が、チームカラーと、チームの打撃効率、ひいてはチームの予算効率を左右するのが、野球というスポーツの繊細さだ。

May 22, 2013

New York Yankees at Baltimore Orioles - May 20, 2013 | MLB.com Box

シーズンハイとなる11本ものヒットを打たれながらも、なんとか4失点に抑えたCCサバシア
6回をわずか3安打に抑えたが、そのうち2本がソロホームランで、先取点を許したフレディ・ガルシア

サバシアは6回1/3で102球もの球数を投げ、
ガルシアはわずか6回66球しか投げていない。

2人のヴェテランの好対照な投球内容だが、
どちらをより優れていると考えるかは、好みによる。
少なくとも味方の守備時間の長さにおいては、
ガルシアのほうが短いとは言える。


しかし、それぞれの投球数には、それぞれの意味がある。
ヤンキース監督ジョー・ジラルディは、いつもサバシアを我慢して我慢して使う。
他方、オリオールズ監督バック・ショーウォルターは、今のガルシアで「使えるところのみ」を切り取って、持ち味を最大限発揮させようとしている。


去年、「ヤンキースの先発ピッチャーは、6回または7回を4失点で終わる」と書いたことがあるわけだが、「最近の」サバシアは、いつ大量失点してもおかしくない。
参考記事:Damejima's HARDBALL:2012年9月15日、ヤンキースが「3対6で負け」、「3対2で勝つ」理由。
というのも、サバシアのストレートの球威が失われてしまい、どうしても「変化球」に頼らざるをえなくなっているからだ。さらに悪いことに、かつて得意だった「右バッターのインコースにストンと決まって、見逃し三振をとるカーブ」も、どういうものか、投げきることができない。
だから今のサバシアの配球は、どうしても「外のスライダーか、シンカーばかり」になってしまう。このことは相手打線もわかってゲームに臨んでいるから、どうしても狙い打ちにあう。


かつてのボルチモアは、早打ち打線とジェレミー・ガスリー(今は移籍先で大復活)に代表される弱体な投手陣が特徴の大味なチームで、ア・リーグ東地区ではヤンキースやボストン、タンパベイといった上位チームにとっては「単なる、おいしいお客さん」でしかなかった。
だが、GMとして2000年代ボストンの黄金期を準備した本当の立役者ダン・デュケットがGMに、そしてチーム立て直しに定評のあるバック・ショーウォルターが監督になったことで、すっかり体質が変わり、いまやア・リーグ東地区のポストシーズン常連チームとなりかけている。
このゲームでも、ボルチモア打線は、明らかにサバシアのボールになる変化球をしっかり見極めつつ、アウトコースにストライクをとりにくる変化球に狙いを絞って、ヒット量産に成功している。さしものサバシアも、今はボルチモアの上位打線だけでなく、下位打線にも四苦八苦させられる。
ボルチモアはもう昔のような「お客さん」ではない。


他方、フレディ・ガルシア。
2004年6月までシアトルの主力投手だった彼だが、ヴェテランになってからは「つかまりそうで、つかまらない変化球投手」という持ち味の技巧派になり、たしか去年の中心球種は「スライダー」だったと記憶しているが、このゲームでの中心球種は「シンカー」で、そこに「スプリット」「カーブ」「スライダー」を適度に混ぜて、2本のソロホームランを除けば、ヤンキース打線に芯でとらえたバッティングをさせなかった。
ガルシアは、去年まで2シーズン、ヤンキースに在籍していたわだが、2012年オフにヤンキースは再契約を提示しなかった。というのも、2012シーズン終盤にヤンキースが地区優勝争いで、2位ボルチモアに激しく追い上げられて最悪に苦んだ時期、ガルシアはどうしても勝ちたいゲームで、ちょうど今サバシアがやっているのと同じように、「カウントを悪くして、苦しまぎれに外一杯のコースに置きにいった変化球を、狙い打たれてばかりいる」という悪循環を繰り返して、ボルチモアに追い上げを食らったシーズン最終盤にはとうとうローテーションから外されているからだ。

つまり、2012年終盤のガルシアは、「つかまりそうで、つかまらない」どころか、「つかまりそうで、予想通り、つかまってしまう投手」だったわけで、ヤンキースに残れなかったのは当然だった。

もちろん、ガルシアがアウトコース低めのスライダーばかり投げて打たれていたのには、当時のヤンキースのキャッチャー、ラッセル・マーティンがアウトコースのスライダーばかり使いたがって単調なサインを出していた、というのも大きく影響している。(だからこそ、ガルシア同様にマーティンにも再契約を打診しなかったのだと思う)
参考記事:Damejima's HARDBALL:2012年8月20日、アウトコースの球で逃げようとする癖がついてしまっているヤンキースバッテリー。不器用な打者が「腕を伸ばしたままフルスイングできるアウトコース」だけ待っているホワイトソックス。

しかし、今日のゲームのガルシアの変化球は、けして「アウトコースのスライダー」一辺倒ではない。シンカーこそ甘い球も多かったが、それでもスプリットやチェンジアップを含め、さまざまな変化球を、それもさまざまなコースに投げわけることで、ヤンキース打線に的を絞らせなかった。特に、ヤンキース2巡目以降に多投した「チェンジアップ」は効果的で、ほとんど誰もつかまえることができなかった。


2013年のガルシアは、一度サンディエゴとマイナー契約したが、スプリング・トレーニングが終わる3月末にリリースされてしまい、その後投手不足に悩むボルチモアにマイナー契約で拾われ、5月以降に4度先発している。そして、理由は知らないが、どの登板も70球程度しか投げていない。
だが、その「ボルチモアで、投球数を限定して使われているガルシア」は、WHIPが1.075と、近年では一番いい数字になっている。確かなことはわからないが、ガルシアの肩の衰えを承知した上で、フレディ・ガルシアのいいところだけを使おうという、バック・ショーウォルター流(あるいはリック・アデア流)のクレバーな選手起用のように思う。


それにしてもこのゲーム、
両チームの監督の選手起用の応酬が面白かった。

6回まで2-2ながら、サバシアの調子の悪さを見越したショーウォルターは、調子の良かったガルシアを6回で早めにマウンドから降ろし、7回からはリリーフをどんどん投入して、ゲーム終盤の勝ち逃げを図った。そして、かたやジラルディは、ランナーを出し続けて苦しむサバシアを7回まで引っ張ろうとした。

ショーウォルターの「継投」は、ガルシアが抑えていたライル・オーバーベイに勝ち越しホームラン(スコア3-2)を打たれ、ジラルディのサバシア「続投」は、サバシアが例によって例のごとしの単調なアウトコースの変化球を狙い打たれて連打され、逆転を許して失敗してしまう(スコア3-4)。
結果だけいうと、ショーウォルターの「継投」策も、ジラルディの「続投」策も、両方とも失敗ではあるが、形勢としては、ややボルチモアの狙う「勝ち逃げ」にやや分があった。


ジラルディは、それでも「我慢」を選んだ。
これが功を奏した。

というのも、1点差を追いかける8回表に、コロラドから来たばかりのショート、ブリニャックに代打バーノン・ウェルズを出したため、その裏、8回裏に、ウェルズがそのままレフト守備につかせるのと同時に、代打を出したショートの守備にジェイソン・ニックスを入れなければならなくなったわけだが、ここでジラルディは、このところ打撃いまひとつだったイチローの打順にニックスを入れて、外野を左からウェルズ、ガードナー、グランダーソンにするのではなくて、センターのガードナーをニックスと交代させ、外野をウェルズ、グランダーソン、イチローの3人にしたからだ。(だから、グランダーソンは慣れないライトではなく、長年慣れているセンターを守れた。ヤンキースの外野でダブついているのは、正確に言えば「外野手」ではなく、「センター」なのだ)


結果的に、このイチローをラインナップに残したジラルディの忍耐を貫く戦術が、延長10回表、先頭バッターのイチローのノーアウトからの二塁打と、その後の勝ち越しに繋がった。(もちろん、逆転を許した直後、今年チャンスに異常に強いクリス・デービスを敬遠して勝負を避け、今シーズンは打者としてそれほど怖くないマット・ウィータースとの勝負を選んだ采配も、なかなかだった)バーノン・ウェルズのタイムリーで生還するイチロー(20130519)


ジラルディの忍耐。
ショーウォルターの先読み。

両監督の戦術の応酬は、とても見ごたえがあった。ひさしぶりに野球というものの面白さを見せてくれた両軍監督に拍手を贈りたい。

May 12, 2013

Simon And Garfunkel

parkbench

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アメリカにおける「放浪」の消滅地点を確定する作業に始まったサイモン&ガーファンクルの "America" の解読は、旅客機の発達やMLBの西海岸進出を含む1950年代末のアメリカ社会の大きな変化を確かめる作業でもあるが、このシリーズのエンディングとして、どうしても「社会というものは『若さを常に必要としている』とは限らない」と "America" という曲の主張を、日本の近代にあてはめずにいられない気持ちになった。


今のように老成してしまう前の「若かりし日本」では、制度や経済のしくみを学ぶこととはまた別に、文化や生活としての「アメリカ」を十分すぎるくらい学ぶことで、暮らしを豊かにしていっていた面があった。

だが、このサイモン&ガーファンクルの割とよく知られた "America" という曲ですら、肝心の中身があまりよく理解されないまま、現在に至ってしまっている。
この例などみても、日本のこれまでのアメリカについての理解には、おそらく、とてつもない量の「勘違い」が含まれている。

例えば "America" という曲は、従来いわれてきたような、アメリカを探すとか、自分を探すとか、恋愛のはかなさとか、そういう何か70年代風のバラ色なことが歌われているわけではない。
"America" は、「1940年代までは「放浪」を文化として黙認してきたアメリカ社会が、50年代に放浪を消滅させ、やがて安定してきた60年代になると、もはや若者の無軌道な青さを必要としなくなりつつあったこと」に気づかないまま、若さを謳歌することばかり考えて行動し、没落しつつあった60年代当時の若者の無感覚さ、無神経さをシニカルなトーンで歌っている。

だが、アメリカの文化のうち、若さを謳歌する術を学ぶことにばかり熱中してきたかつての日本の若者たちは、そういう「アメリカ文化に確実に内在する苦さを表現として残しておこうとする "America" の、シニカルではあるが、ジャーナリスティックな音楽性」は、ほとんど理解しないまま年老いて、彼らはいまや、若さにはほとんど何の可能性も残さない時代を作り上げている。
そうなった責任が誰にあるのかについては意見がさまざまに分かれるだろうが、少なくとも、「昔の人間の物事の読み方」を、やすやすと信用する時代は終わりにしなければならない。
むしろ、これからは「古い読み方を捨てて、あらためて読み直し」、「自分なりの理解に変更していく」必要が生まれているように思えてならない。
例えば、新聞のような旧式なメディアがすぐに使いたがるのは、あらゆる事を「左・右」に分類するカビの生えた手法だが、いま問題なのは、そんな古びたイデオロギーでラベリングすることなどではなく、例えば、全てを後生大事に抱え込んだまま年老いていく人々と、なにも持たない若者、この「上・下」の関係のほうがよほど課題として大きいことくらい、誰でもわかっていなくてはならない。


「我々青年を囲繞する空気は、今やもう少しも流動しなくなった。強権の勢力は普く(あまねく)国内に行亙ってゐる。現代社会組織は其隅々まで発達してゐる。」

これは、『一握の砂』『哀しき玩具』で有名な石川啄木という歌人の1910年の発言で(明治43年 『時代閉塞の現状』)、「時代の閉塞感」を主張しようとする人によく引用される。特に「今という時代が、若い世代に十分チャンスが与えられていない」と批判する文章を書くときに重宝され、引用されるようだ。
(例えばジャック・ケルアックの『孤独な旅人』を翻訳された中上哲夫氏も、文庫版あとがきで引用なさっている。ただ、以下の拙文は氏のしたためた文章と何の関連も持たない。批判でも、感想でも、賛意でもない)
啄木の生涯を知るための資料例:1148夜『一握の砂・悲しき玩具』石川啄木|松岡正剛の千夜千冊


だが、幕末から現在まで100数十年が経過した日本の近代を俯瞰してみると、実は「『いついかなる時代にも、若い人間が必要とされている』とは限らない」ということがわかる。


例えば、幕末から明治初期にかけての維新の時期に「新しい才気」が必要とされたのは、武士の作った時代が終わりつつあり、価値のスタンダードそのものが流動化しはじめた一方で、欧米各国のアジア進出が足下に迫り、日本の社会が「新しさ」を緊急に必要とした時代だったからだ。
だからこそ、江戸の身分制度の下では活躍の場が限定されていた層、例えば下級武士などに時代の前面に躍り出るチャンスが生まれた。彼らは、江戸の繁栄期なら「地方で孤立したまま埋もれていくしかなかったはずの人材」だが、幕末の動乱期ならではのチャンスを生かして、お互いの間に新しい繋がりを作り、最終的には社会への強い影響力を持つことに成功した。(もちろんこの現象は、コンピューターとインターネットの時代が始まったことで、新たなタイプの人と人の繋がり、新しいタイプの富豪が続々と生まれたことに多少似ている)


江戸の次の時代、明治のある時期に、「小説」(あるいは詩歌)は、出版不況の今からは想像できないほど、かなり圧倒的な社会的影響力を持っていたらしい。
その背景には、「個人にとって明治という新時代、つまり近代が、どう生きたらいいのか、経験がないだけに、よくわからない世界だった」ということがある。

明治という時代が始まって、国の制度の改善については、政府に属する秀才たちが欧米留学などによって他国の優れた制度を吸収しながら日本を近代化していくわけだが、ひるがえって個人の暮らしについては、制度の近代化とはまた違った「壁」があった。
それは、例えば「個人個人の暮らしや、一般家庭のありようが近代的になるとは、そもそもどういう意味なのか」という漠然とした謎であり、一般人は、その謎の解を誰からも教えてもらえないまま、明治という新時代を迎えてしまった。
つまり、明治の日本人は、正直に言うなら、輸入モノである『近代』とやらの中で、突然「自由にしていいよ」などと言われ、喜んではみたものの、さてはて、人と人は、どういう関係をもち、どういうスタイルの家庭を築いて、どう幸せを追求していけば『近代らしくなる』のか」、誰にも具体的なことはわからなかったのである。

そういう「それまで手にできなかった自由を与えられたが、それをどういうふうに消費したものやら、さっぱりわからなかった時代」に、「小説」は、それを読む人にとって、立志、就職、恋愛から、憎悪、破滅に至るまで、「近代生活のありとあらゆるスタイルとディテールを学ぶ教科書」として機能した。
それは例えば、かつて昭和の時代に人々が、テレビアニメ「サザエさん」を見て、家庭で最初に風呂に入るのは誰か、どう子供におやつを与えたらいいか、次に買うべき耐久消費財はどれか、隣近所とのつきあい方など、暮らし、それも電化製品に囲まれた新しい暮らしのスタイルについてのトリビアを学んだのと、同じ現象だった。
まだテレビのない明治の人々は、「小説」や「詩歌」を熱心に読みふけることで、職業、恋愛、プライド、自由、あらゆる近代生活のディテールや概念を学んだ。だから、当時の小説や詩歌の役割は、後の映画や雑誌や音楽とまったく変わらない。
(つけ加えると、かつて人々が「テレビのサザエさんの家庭」を見て学んだように、1970年代以降しばらく、若者は「雑誌」から「アメリカ」を学んだ)


しかし、この「時代が必要とする『何か』」は、
永遠に続くものではない。

幕末に大きく「流動」の側に振れた「社会という時計の振子」が、やがて「安定」の側に戻ったとき、社会は「時代の先駆者としての若者」をもう必要としなかった。
石川啄木が「青年をとり囲む空気が流動しなくなった」と嘆いた時代は、「社会がもう新しさをそれほど必要としなくなったこと」を示しているのであって、啄木は、ある意味サイモン&ガーファンクルの "America" に出てくる能天気な若者と同じ、「既に過ぎ去りつつある激動の時代の高揚感を追体験し続けようとして、時代の変化についていけなかった若者」に過ぎない面がある。
だから、啄木がいくら嘆いたとしても、また、後世の人が、この啄木の有名な「嘆き」を借りて自分の時代の閉塞を嘆いてみせても、それらの嘆息にはそもそも、当人たちが期待するほどの有効性は感じられないのである。

啄木の嘆きにみられる「明治という時代が安定してきて、若者というものが必要なくなっていく現象」と似た現象は、これまで何度も繰り返し起きている。
日本の近代においては、時代が安定してきたことによって、「近代らしい人間像や、あらまほしき家庭像、さらには、それらからの逸脱さえ教えてくれた文学や詩歌」が必要なくなっていき、さらに後の時代には、家庭に電化製品や自動車がゆきわたったことで「豊かさをテレビを通じて教えてくれたサザエさん」がいらなくなり、またアメリカ文化を十分吸収し終えたとき、それまで「アメリカの流行を、ことこまかに教えてくれた雑誌」が必要なくなった



「我々青年を囲繞する空気は、今やもう少しも流動しなくなった」と石川啄木が時代を嘆いた言葉を引用することで、自分のロジックの強化をはかりたがる人(あるいはメディア)というのは、「未来をひらく立場にある若者は、あらゆる時代において重要だ。その重要な存在をないがしろにするような時代は、批判されてもしかたがない」という論法をバックグラウンドに持っていることが多い。
だが、繰り返しになるが、啄木がああした発言をせざるをえなかった時代は、明治維新で「衣替え」した日本が制度を整え、やっと落ち着いてきて、放っておいても自動的に回転できるシステムとして完成に近づいたことで、「先駆者としての若者」や「近代の教科書としての文学」が必要なくなり、「若者」や「文学」の必要度が暴落していく、そういう「維新の志士&文学青年バブル」がはじけた時代だった。
同じように、第二次大戦後、暮らしが安定してきて、あらゆる耐久消費財が珍しくなくなった頃、日本の家庭にとって「サザエさん」は必需品でなくなり、誰もがAmazonでいつでも「アメリカ」を直接発注できるような時代になって、若者に流行を紹介して金をとる「雑誌」を毎週買って読みふける必要は全くなくなっている。(かわりに、いま人はネット上の他人の評価を参考にモノを買い、雑誌を買う理由は「おまけが欲しいから」になった)


時代によって、「必要なものは変わっていく」のだ。
「若者」とて、例外ではない。「若者だけは例外」という考え方は、通用しない。


なのに、誰が、どうはきちがえるのか知らないが、「いつの時代にも若者は必要だ」とか、そういう、歴史に即さない、まことしやかなロジックというか、ゆるんゆるんのヒューマニズムみたいなものがまかり通ってしまい、かえって現実に立ち向かえない人々を増やしてしまっている。

「いつの時代にも若者は必要だ」などという甘ったるいロジックは、あくまで、「そうであってほしい」という「願望」であって、「歴史」ではない。
今の時代の突破口を発見できずに机に座ったまま脳が固まって、役に立たないロジックばかりまき散らしている新聞のコラムニストのように、時代の閉塞なんてことをやたら声高に言いたがる人たちがいくら嘆いてみせたところで、時代に置いていかれたメディアなんか復活できっこないし、そんな緩いセンチメンタリズムで時代の突破口が見つかるわけでもない。


「若さを必要としない時代」は確実に存在する。
そこから目をそらしても、しょうがない。

「自分は若者だから、必要とされているはずだ。だから、今のままでいいはずだ。なのに、どういうわけか、必要とされないまま、自分はほっておかれ、腐り始めている。なぜなんだ・・・」とか、そういうループした思考から抜け出さないと、誰もが思考のループの内側に閉じ込められてしまう。石川啄木は最初の発言者のひとりだったからまだ価値があったが、彼の追体験者には、何の価値もない。

若さを必要としない時代に「人から必要とされる理由」なんてものを、グダグダ嘆きながらいくら考えても、もはや世界は広くはならない。だから、前の時代を真似て、ヒッチハイクなんかしたりしないことだ。渋滞に巻き込まれたグレイハウンドの中で、追い越される車の数を数えてたって、なんにも生まれてこない。


やるべきことは、(自分のやるべきことが、よほど明確にわかっている人は除いて)「他人がいま、何を必要としているのか」、考えてみること。そしてその「人が必要としていることを、やってみる」ことだ。

こういうことをしてくれる人がいればいいのに。ああいうことがあればいいのに。
人が必要としていることって、思いのほか多いものだ。

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"Old Friends" という曲の冒頭でポール・サイモンが「ブックエンド」のほかに、「シューズ」も登場させているのには、もちろん意味がある。なぜなら、これらはどちらも「2つ揃っていてはじめて成り立つ道具で、片方だけでは意味をなさないモノ」だからだ。
なのに、ポール・サイモンがベンチに腰掛けた老境の二人の絆を「2つ揃っていて初めて意味があるブックエンド」にたとえた言葉の妙技だけ発見して喜んで、そこで終わってしまう人があまりに多い。もう少しきちんと読むべきだ。
同じような例は、"America" にもある。この歌詞には、カップルが冷笑する「ギャバジンのスーツを着た男」と、カップルのかたわれの「レインコートを着た若い男」、2人の男が出てくるわけだが、「ギャバジン」とは防水加工された布地のことだから、この2人の男を並列させたことにも意味がある。「違うタイプに見える2人の男の服装の間には、実は根本的な差はない。若いレインコートを着た男は、やがてスーツ姿の男のような人間になっていく」ことを暗示しているのである。

詩という言葉の海淵は思いのほか深い。いにしえのパールダイバーのように奥深く潜りもしないで解釈できたつもりになってもらっては困る。哀しいことである。

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May 09, 2013

プログレッシブ・フィールドで行われていた2013年5月8日のオークランド対クリーブランド戦で、クルーチーフAngel Hernandezの酷い「誤審の誤審」が行われた。

Angel Hernandezには、心底落胆させられた。もうこの審判を持ち上げるようなことは二度としない。

理由は、説明などしなくとも、ビデオを見てもらえばわかる。(MLB.comのウェブサイトのビデオ編集担当者も、この判定が「誤審」であることはわかっていたため、手すりに跳ね返るシーンが繰り返し繰り返しレビューされている)

Baseball Video Highlights & Clips | OAK@CLE: Rosales' fly ball reviewed, ruled a double - Video | MLB.com: Multimedia

MLB Ejection 030: Angel Hernandez (1; Bob Melvin) | Close Call Sports and the Umpire Ejection Fantasy League



9回表、3-4と1点ビハインドで迎えたオークランドの8番バッター、アダム・ロサレスは、クリーブランドのクローザー、クリス・ぺレス(2012年5月に「なんでファンは見に来ないんだ」と発言して問題になったピッチャー)のストレートを強振。
打球は、左中間スタンドにスタンドインし、「ファンが落下するのを防止する金属製の手すりに当たって」から、跳ね返って外野のフィールドに落ちてきた。

だが、この打球は最初2塁打と判定され、オークランド監督ボブ・メルビンが抗議。インスタントリプレーによる判定(いわゆるビデオ判定)が行われることになり、審判団がビデオルームに消えた。
その間、メルビンは、よほど確信があったのだろう、(というか、ビデオを見れば、確信があって当たり前の打球の跳ね方だが)、落ち着いた様子で判定結果を待った。

だが、なんと、ビデオルームから戻ってきたクルーチーフ(日本でいう責任審判)のAngel Hernandezは、「自分の目で事実を見ている」にもかかわらず、二塁打を宣言したため、ボブ・メルビンが猛抗議。その結果、メルビンは退場になった。

ボブ・メルビンを退場させるエンジェル・ヘルナンデス(20130508)

もちろん、アダム・ロサレスの「9回2アウトからの起死回生の同点ホームラン」も「無かったこと」にさせられた。オークランドはこの後満塁にまで詰め寄ったが、あと1本が出ず敗れた。


この件は、「審判それぞれにストライクゾーンには癖があるから、最も大事なことは、判定傾向をコロコロ変えないことだ」とか、「審判も人間なのだから、間違うこともある」とか、そういう話は一切通用しない。

悪質なことに、これは単なる誤審ではない。度重なるアンパイアの誤審を修正し、判定精度を上げるために導入されたインスタントリプレーだというのに、Angel Hernandezは、その修正そのものを拒否してみせた。


なんのためのビデオ判定だ。これではインスタントリプレーが存在する意味自体がないがしろになる。MLB機構は、Angel Hernandezをなんらかの形で謝罪させるべきだ。

当ブログは今後、このアンパイアを持ち上げるような馬鹿な真似は、もう二度としない。

Umpires help Indians beat Athletics - SweetSpot Blog - ESPN

MLB says umpires made wrong call in game between Oakland Athletics, Cleveland Indians - ESPN

MLB admits Angel Hernandez blew call, ruling Adam Rosales’ home run a double  - NY Daily News

May 05, 2013

前記事で、1960年代前期の若者を描いたサイモン&ガーファンクルの "America" という曲の歌詞の前半部分に隠されたドラマを解読してみた。

こんどは後半部をひもといてみる。


思い出してみてほしい。この曲に登場する60年代カップルの
「旅の目的」は何だったか。

それは、歌詞で何度もリフレインされている。
自分の足と目でアメリカを探すこと」だ。
we walked off to look for America(中略)
ぼくらはアメリカを探して歩き出した。
I've gone to look for America
僕はアメリカを探しにいく
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カップルは一定の決意を胸に旅立った。

だが、旅の目的であるはずの「アメリカ探し」の「主語」は、曲の最後の最後になって、それまでのWe(自分たち)や I(自分) ではなく、TheyAllに変更されてしまっている。いったいこれはどうしたことか。
They've all gone to look for America
All gone to look for America
All gone to look for America
彼らはみんなアメリカを探しにいく
誰もがアメリカを探しにいく

あれほど勢いこんで始めた「アメリカ探し」。
なのに、「主語」がいつしかAllに変わってしまったことは、この旅を始めた動機そのものが失われた(あるいは変質した)ことを意味する。
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なぜ、「アメリカを探す」という行為の主語が、自発性を意味するWeI から、まるで他人事のようなThey、あるいは、主体性も個性も感じられないALLに変わってしまうのか。この60年代カップルは、「自分らしい自分」、「自分の目で発見したアメリカ」を探したいから、無謀で気ままな旅を開始したのではなかったのか。
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この「主語の変更」にはもちろん意味がある。
それをこの記事で解読していく。
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歌詞の前半部分について、こんな風に解読した。
カップルでヒッチハイクをすると成功率が低くなることも知らないまま、無謀にチャレンジし続けた4日間のヒッチハイクで、カップルはようやくピッツバーグまで辿り着いた。
だが、ここで疲れ切った2人は、ヒッチハイクだけでニューヨークを目指すのはさすがに諦め、グレイハウンドに乗ることにした。雨が降り続く中、カップルは残り少ないタバコを吸い続けながら、グレイハウンドを待った。
バスにようやく乗ることができたとき、2人の関係は、ふとした会話をきっかけに冷めていく。女は、男が「探しているつもりになっている何か」が、実は「ありもしない」ことに気づいてしまう。

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歌詞の後半部分で、男は、ニュージャージー・ターンパイクにさしかかったとき、グレイハウンドの座席で眠りこける女を見ながら、こんなことをつぶやく。
"Kathy, I'm lost," I said, though I knew she was sleeping
I'm empty and aching and I don't know why
Counting the cars on the New Jersey Turnpike

「キャシー、僕は何かを見失っちゃったみたいだ。」
彼女が寝てるのは知ってたけど、言ってみた。
虚しくて、心がつらい。なのに僕は、わけもわからないまま
ニュージャージー・ターンパイクで車の数を数えてるんだ。
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なぜ、男は脱力感にまみれながら、「バスから外に見える車の数を数えている」のか。曲を作ったポール・サイモンは、この無気力な行為を描くにあたって、なぜ「ニュージャージー・ターンパイク」という固有名詞を使う必要があったのか。
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男がグレイハウンドから外を見て、車の数を数えている。
それはグレイハウンドの周囲に、たくさんの車がひしめきあっていることを意味する。

おそらく、小回りのきかない大型バスであるグレイハウンドは、アメリカ東海岸の「有料の高速道路」特有の「渋滞」に巻き込まれている、のである。

渋滞でグレイハウンドが立ち往生していることは、男と女の関係、「アメリカ探し」の両方が両方とも行き詰っていることを、比喩的に表現している。
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ターンパイク(turnpike)」とは、元は、通行料金を徴収するために故意に道路をふさぐように置かれた障害物やゲートを指したが、後に「有料」の高速道路そのものを「ターンパイク」と呼ぶようになった。(有料高速道路には他にParkwayなんて言い方もある)

ニュージャージー・ターンパイクは、ワシントンDCとニューヨークをつなぐ東海岸の大動脈で、西海岸に多いフリーウェイとは違い、日本の高速道路のと似た「料金所」があるため(コインやトークンを投入する)、ひどく渋滞する。また交通事故が日常茶飯事であることでも悪名が高い。
New Jersey TurnpikeNew Jersey Turnpike

ちなみに、現在アメリカには日本のETCの元祖ともいうべきE-ZPassという料金収受システムがある。最近のE-ZPassは改良によって時速15マイル以下に減速する必要がない。

E-ZPass
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ニュージャージー・ターンパイクが作られたのは1951年。
New Jersey Turnpikeのロゴ
50年代とは、アメリカで「放浪」が消滅した時代であり、「アメリカにおける交通の主役交代が始まった時代」でもある。
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アメリカの高速道路網インターステイト・ハイウェイの建設が本格化するのは、アイゼンハワー大統領が推進した道路整備計画の一環として、1956年に連邦補助高速道路法(Federal-Aid Highway Act of 1956)が成立してからのこと。この法律の制定により、道路利用者が払う連邦税の全額を道路整備に振り向けることが定められ、高速道路網建設のための財源が確保された。

だが、アメリカ東海岸の諸州では、アイゼンハワー時代より前からターンパイクが盛んに建設されていた。

19世紀初めのアメリカでは、既に1万数千キロものターンパイクが建設され、馬車による交通の発展を後押しした。しかし鉄道の時代が始まると、馬車とターンパイクは一度衰退する。
1940年代になると、アメリカで再びターンパイク建設が盛んになる。ターンパイク利用者は馬車から自動車に変わった。1950年代の旅客機の発達は、かつて馬車を衰退に追いやった鉄道や、グレイハウンドのような公共交通機関の衰退に拍車をかけつつ、自動車時代の進展を加速させた。こうして、馬車にエンジンをつける形で始まった自動車の発展は、鉄道の発達で一時衰退したターンパイクを、復活に導いた。
参照先:Damejima's HARDBALL:2013年4月28日、「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。 アメリカにおける「放浪」の消滅(1) 「アメリカの放浪の消滅」を示唆する3つの旅
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アメリカの高速道路事情は、西海岸と東海岸とでまったく異なる

アメリカの高速道路は全体の90数パーセントが無料だが、西海岸では無料の高速道路が多いのに対して、ターンパイクの歴史の長い東海岸では有料比率が高い。例えばニューヨーク州では40%が有料、マサチューセッツやニュージャージーでも20数%が有料の高速道路だ。

トンネルについても、西海岸では一部の例外を除くと無料であることが多いが、東海岸では有料の橋やトンネルが少なくない。例えばニューヨーク、ペンシルベニア、ニュージャージー、デラウェアの各州境を流れるデラウェア川にかかる橋の大半は有料だし、リンカーン・トンネルやジョージ・ワシントン・ブリッジなどの「ニュージャージー側からハドソン川を渡ってニューヨークに入る橋やトンネル」も有料だ。(つまり「ニュージャージーから出る」には料金が必要ということ)

東海岸のターンパイク、橋、トンネルでは、料金所(toll gate)が数多くあるため、困ったことに、金を払わないと通れない道路であるがゆえに、かえって渋滞に巻き込まれるという、納得しにくい現象が日常化している。
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歌詞解読に戻る。

ニューヨークを前にして男はおそらく、渋滞に巻き込まれたグレイハウンドの車窓から外を見ながら、「あと20台・・・あと19台・・・」などと、自分の乗ったグレイハウンドを邪魔している自動車の台数でも数えているのだろう。(もしくは単純に、渋滞の暇つぶしにぼんやり車の数を目で数えている)

歌詞のみによって男のいる場所を明らかにするのは難しい。もしニュージャージー・ターンパイクの終点付近にいるとしたら、ハドソン川にかかるジョージ・ワシントン・ブリッジの手前かもしれない。

こうした「ニュージャージとニューヨークを結ぶ橋を、東方向に行く行為」は「有料」だ(逆は無料)。「西から東へ向かって」旅をする行為が「東から西への旅」と意味が180度異なることは、ここでも示されている。
New Jersey Turnpikeの終点付近

料金所手前の車列はなかなか短くならない。

ターンパイクの料金所では、身軽で小回りのきく自家用車のドライバーは我さきに列に割り込んで料金ゲートに殺到する。その一方で、図体が大き過ぎるグレイハウンドは小回りがきかないため、他の車に割り込まれ続けて料金所になかなか近づけない。
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グレイハウンドのような大型バスは、鉄道とともに、かつてのアメリカの長距離移動手段の花形として栄えた。

だが、旅客機の発達と自家用車の増加でグレイハウンドは交通の主役の座から引きずり降ろされ、やがて衰退していく。市場回復をめざして、乗車料金を値下げするなど、さまざまな対策が講じられたが、後にグレイハウンド社は2度の倒産という苦渋を舐めさせられた。

"America" という曲で、ターンパイク特有の渋滞に巻き込まれて、自由を奪われ、行き詰ったグレイハウンドの姿は、アメリカ社会の変化を象徴してもいる。
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東へ東へと向かう「ちょっとピント外れのミシガンのカップル」は、なぜまた、当時、時代に追い抜かれつつあったグレイハウンドに乗ることを選択したのか。
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もし彼らが普段ニューヨークに暮らしている人間なら、ターンパイクで渋滞することは想定できる。

だが、ミシガンの田舎からニューヨークに出てきたばかりの「お上りさんカップル」は、スムーズなはずの高速道路が有料で、しかも渋滞している、なんていうややこしい事態は想定できない。

もしカップルが、「西から東へ」と旅行するのではなく、ジャック・ケルアックやロバート・フランクのように「東から西へ」旅行していたなら、どうだったか。
西海岸の高速道路の多くは無料だから、料金所がない。東から西へ旅していたら、渋滞に巻き込まれず、イライラせずに済んだかもしれない。

だが、東海岸のターンパイクの渋滞を経験したことがないミシガン出身のカップルは、慣れないヒッチハイク、雨、タバコを切らしたこと、ターンパイク特有の渋滞、気ままな旅のあらゆる選択においてミスを犯し続けてしまう。
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1950年代に始まった「旅客機と自動車の発達」は、それまでアメリカの交通の花形だった鉄道やグレイハウンドを、徐々に主役の座から引きずりおろしていった。

1958年にニューヨークのドジャースとジャイアンツが西海岸移転を決行したが、その英断の背景にも旅客機の発達があった。MLBの選手たちが北米の東西をスピーディーに行き来できるようになるには、旅客機の発達が不可欠だった。
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そうした「アメリカの変化を記録に残すこと」を最初に思い立ったのは、小説家、写真家といったアーティストだった。

Esther Bubleyは1940年代に、グレイハウンドを利用する人々など、当時のアメリカ人のリアルな暮らしの息吹をフィルムに収めた。ジャック・ケルアックは、1940年代に「東から西へ」放浪して、そのアンダーグラウンドな経験を1950年代に小説として発表し、一躍ベストセラー作家になった。ロバート・フランクは、1950年代にグッゲンハイム財団の資金援助で「東から西へ」撮影旅行をして、「自動車に乗る人々」を撮影して人気を博した。
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ボブ・ディランの名曲 The Times They Are A-Changin' 『時代は変わる』がリリースされたのは1964年。サイモン&ガーファンクルの "America" が作られたのと、時代はほぼ同じだ。("America"が収められた"Bookend" というアルバムのリリースは68年だが、曲自体が作られたのは60年代初期)
だが、ごく普通の人々(とりわけ田舎に住む人々)にしれみれば、「時代が変わりつつあること」、例えば「将来グレイハウンド社が倒産する」なんてことを想像することは、おそらく難しかった。(グレイハウンド社の2度の倒産は1990年代と2001年)

なにせ、アメリカでは、「グレイハウンドこそが、アメリカ」という時代が長く続いたのだ。いたしかたない。

だが1950年代に「放浪」がアメリカから消滅しただけでなく、「アメリカそのものだったはずのグレイハウンド」ですら、アメリカの主役ではなくなりつつあった

これは何を意味するのか。
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まとめよう。

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ミシガン州サギノーに住むカップルは、書籍や雑誌で見聞きしたことしかないビートジェネレーションの奔放さや破天荒な自由さに憧れて、いわゆる「アメリカ探しの旅」に出た。(それは「ビートジェネレーションが発見した『アメリカ』の追体験ツアーのようなものだった)

彼らは最初、慣れないヒッチハイクに挑戦したが、カップルであるために成功率が低く、4日もかかってようやく400マイルほど移動して、ピッツバーグに着く。疲労困憊した上に、雨にもたたられた2人はヒッチハイクを諦め、グレイハウンドでニューヨークを目指すことにした。

バス旅行は最初は楽しかった。だが単調なバスの長旅は、2人の関係を冷めたものに変えていく。グレイハウンドがあと少しでニューヨークというニュージャージーにさしかかったとき、そこには東海岸特有の有料高速道路の渋滞が待ち構えていて、カップルの行く手をさえぎった。遅々として進まないグレイハウンドを尻目に、追い抜いていく沢山の自動車。

たくさんの自動車に追い抜かれながら、男は「沢山の都会のオトナたちが、とうの昔に自分のもつ『若さというメリット』を追い越していたこと」、つまり「自分の探したアメリカは、前の時代の若者たちである今のオトナたちが発見し尽くしていて、しかも、かつての古いアメリカが終わって、新しいアメリカになりつつあり、さらには、自分がその変化についていけていないこと」に気づく。
かつて若者だった多くの人々は、ミシガンから来たカップルよりずっと早く「アメリカ探し」を終え、今は「オトナ」として都市に住んでいる。「オトナ」たちは、アメリカにかろうじて放浪が存在していた1950年代までの時代に、東のニューヨーク、あるいは西のサンフランシスコなどの都市にやってきた。彼らは既に都会での自分の居場所を探しあてており、都市に暮らす「オトナ」として、自動車という新しい交通手段を駆使して都市の一部になって暮らしている。

ターンパイクでクルマを運転していたのは、
そういう「アメリカのオトナ」だった。
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ニューヨークを前にしてミシガン州サギノー出身の男は、ようやく、気づく。

放浪も、アメリカ探しも、ヒッチハイクも、グレイハウンドも、自分たちがいままで、「これこそアメリカ」、「これぞアメリカの若者らしさ」と固く信じこんでいたものの大半が、実は「古いアメリカ」であり、それらは既に衰退、あるいは、消滅しつつあること。
さらに、自分たちがいま熱中している「アメリカ探し」「自分探し」も、かつて若者だった「オトナ」たちが、「とっくに経験した文化、とっくにやりつくした文化」であること。
They've all gone to look for America
All gone to look for America
All gone to look for America
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サイモン&ガーファンクル、というと、60年代の若者と、それ以降の「若さがもてはやされた時代」にとって、「若さをもてはやす側」の代弁者のように思われがちだ。

だが、彼らの作った "America" という曲は、1960年代のアメリカが、実は「若さというエネルギー」をもはや必要としなくなりつつあったという、非常に痛々しい事実を、容赦なく指摘しているのであって、別に「若さの礼賛」などしていない。

ある意味、若いということ以外、たいした取り柄が無いことが「若さ」というものの痛々しいメリットだとすれば、この曲は60年代、70年代以降の若者にとって「耳にするのもつらい曲」と受け止められてもよかったはずなのだが、当時の若者はおそらく、原曲の歌詞の意図などほとんどおかまいなしに、耳ざわりのいいメロディだけ聞き流して過ごしてしまったに違いないと、思えてならない。
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「放浪」が50年代に消滅し、かつて「アメリカそのもの」だったグレイハウンドが渋滞にまみれつつ交通の主役でなくなる日が近づいていた。

「若者」という存在は、古代から現代にいたるまで、いついかなる時代においても「主役」であると思いこまれがち(そして、そう教えこまれがち)だが、実は、「若者をそれほど必要としない時代」もあるということ。
これが、かつて「ティーンエイジャー」を発明したアメリカという社会が、老成していく時代に初めて発見した冷徹な事実だったのかもしれない。


だが、それでも人はエネルギッシュに生き抜きたいと願うものだ。ならば、どうすれば時代に立ち向かえるのか。

(次の記事に続く。次回がこのシリーズの最後の記事)
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むはははは。たまらん。

2013年5月4日イチローのホームラン・キャッチ

オークランド初戦での2つの好守備に続いて、第2戦のイチローは、オークランド先頭ジョン・ジェイソのライト大飛球を、フェンス際でジャンピング・キャッチ。これ、捕ってなければ、確実にフェンス越えてた打球。

まぁ、そんじょそこらの外野手とはモノが違うということなんですよ、旦那。
Oakland Athletics at New York Yankees - May 4, 2013 | MLB.com Gameday



May 04, 2013

MLBでWizard(魔法使い)とのニックネームをもつイチローが、オークランド戦で得意の「魔法」を使った。
動画(MLB公式):Baseball Video Highlights & Clips | OAK@NYY: Donaldson's single gets reviewed, stands - Video | MLB.com: Multimedia

Oakland Athletics at New York Yankees - May 3, 2013 | MLB.com Gameday

6回表、オークランド先頭の4番セスペデスが四球で歩いた後、5番ジョシュ・ドナルドソンのシャープな当たりは、今日MLBで初めて5番に入ったイチローの頭上を軽々と越えていく強烈なライナーで、あっというまにフェンスを直撃した。
なにせ、この打球、外野手に捕れるような打球でないどころか、プレーが終わってから、オークランド監督ボブ・メルビンが「ホームランかどうか確認してくれ」と、ビデオリプレーでの確認を審判団に要求したほど大きな当たりだった。

2013年5月3日6回表ドナルドソンの打球位置

しかし、この強烈なフェンス直撃のライナーを待ち受けていたのは、「シングルヒット」、しかも、打者自身はセカンドでアウトという過酷な運命だった(笑)


というのも、イチローが「あたかも自分が
『打球の落下地点に入っていて、いまにも捕球しようとするところだ』、という『フリ』をするというトリックプレー
」をやってのけたからだ。

この「魔法」のせいで、1塁走者セスペデスと打者走者ドナルドソン、2人のスタートが遅れ、打球がフェンスを直撃するのを目視してからのダッシュになったために、1塁走者のセスペデスはサードを蹴ることができず、打者走者ドナルドソンに至っては、ライト・イチローからの好返球でセカンドかなり手前で楽々アウト。まさにふんだりけったり。

2013年5月3日6回表打者走者をセカンドで刺すイチロー

本来なら、1塁走者が一挙に生還して無死2塁、あるいは、無死2、3塁だった場面が、1死3塁になったのだから、スタンドが拍手喝采だったのはいうまでもない。

まぁイチローが時折この「魔法」を使ってきた事実を知らないままMLBを見ている人には、なんのことやらチンプンカンプンかもしれない。なんせ、MLBライターたちのTwitterですら、素晴らしいトリックが成立したというのに沈黙を続け、まして、このプレーを即座に解説してみせたライターは誰ひとりいなかったのだから(笑)



しかし、本当のことを言うと、この「最初の魔法」もさることながら、技術的な見せ場、『野球の面白さを教えてくれる2つ目の魔法』は、同じイニングの直後にあった。


イチローの「最初の魔法」の後、サバシアが追加点となるタイムリーを許してしまい、2死2塁(セカンドランナー:デレク・ノリス)と場面が変わって、7番ネイト・フリーマンがライト前ヒットを打った。(ちなみに、この人の奥さんはLPGAツアーのプロ・ゴルファー、Amanda Blumenherst(アマンダ・ブルーメンハースト)。2人はノースカロライナにあるデューク大学同窓生)
二塁走者ノリスは、サードを猛然と回りかけたが、そこでストップ。いわゆる「イチローの抑止力」というやつだ。
オークランドのスタッフはア・リーグ西地区時代に嫌というほどイチローの「肩」を味わっているだけに、この接戦のゲームであえてサードランナーをホームに突っ込ませる勇気はなかった。


この場面、ライトのイチローはホームを守るクリス・スチュアートに2バウンドくらいで届く低い弾道のストライク返球をしているのだが、このホーム返球がなぜ、ホームへのダイレクト返球でなく、「バウンドするような低い送球」である必要があったか。


ホームでランナーを刺すこと「だけ」が目的なら、外野手は何も考えずにホームにできるだけ強い返球をして(理想的にはダイレクト返球だと思うかもしれないが、強肩外野手でないと、かえって山なりの送球でホーム到達が遅くなる)、サードを蹴ったセカンドランナーの足と勝負するだけでいい。

しかし、野球は単純じゃない。

もし二塁走者がサードを蹴り、そのランナーをホームでのタッチプレーでアウトにできなかった場合、あるいは、二塁走者が自重してサードを蹴らなかったが、外野手がホームにダイレクトに送球したボールが横にそれたりした場合、どうなるか。

その場合、打者走者フリーマンは送球間にセカンドに進塁してしまい、得点圏にランナーが残ってしまう
そうなれば、ただでさえスタミナの切れるゲーム終盤にヒットを連打されはじめたヤンキース先発CCサバシアに、さらに負担がかかる。もし追加点でも許せば、オークランド先発グリフィンの調子が最高だっただけに、ヤンキースの逆転の可能性はなくなる。


では、
打者走者フリーマンのセカンド進塁を阻止するために
外野手はどうしたらいいか。


ライトのイチローから捕手スチュアートへの返球の間には、ヤンキースの一塁手ライル・オーバーベイがいる。カットマンの彼は、もし「イチローからの返球が、二塁ランナーのホームインに明らかに間に合わない」と判断すれば、途中で送球をカットして、セカンド送球に備える。また、「イチローの返球で、二塁ランナーをホームでアウトにできる」と判断すれば、カットせず、返球をスルーすることを選択する(実際のゲームでオーバーベイは「スルー」を選択したが、打者走者はイチローのホーム送球が強かったため、セカンド進塁を自重した)

もし、この場合、イチローがオーバーベイの頭上をはるかに越え、捕手スチュアートに直接届くような「軌道の高い返球」をしていれば、どういうことが起きるか。
ヤンキースの一塁手オーバーベイは、「カット」を選択する余地がなくなるから、打者走者フリーマンは「本塁がアウトになるかどうか」に関係なく、躊躇なくセカンドに進塁できる可能性が高くなる。
その場合、もしイチローの返球がそれたり、ホームでのクロスプレーでホームに突入してきた二塁走者をアウトにできなければ、チームは1失点した上に、降板が近いサバシアが再び2塁に走者を背負って投げなければならないから、さらなる失点の可能性すら出てくる。


だからイチローは、「ホームでのクロスプレーになるような強い返球」であり、なおかつ、「ファーストのオーバーベイがカット可能な低い返球」を瞬時に選択して、二塁走者にサードを蹴らせず釘づけにすると同時に、打者走者をもファーストに釘づけにしてみせたのである。


Sabathia was helped in the sixth twice by the arm of Ichiro Suzuki, who picked up an outfield assist on a Josh Donaldson single off the top of the right-field wall and also made a strong throw home that pinned Norris at third on a Nate Freiman single.
Oakland Athletics at New York Yankees - May 3, 2013 | MLB.com OAK Recap

この2つの「魔法」で、イチローは最低でも2点の失点(ひょっとすると3点かもしれない)を防いでみせた。もしWPAだの、選手の働きを数値で判定したがるやつらが、こういう野球独特のプレーの意味すらわからない野球音痴のアホウでも、そんなことは知ったこっちゃない。

May 01, 2013

前記事では挙げた3つの旅のうち、ここでは1960年代に作られたサイモン&ガーファンクルの "America" という曲の歌詞を解読することで、アメリカの旅の変貌ぶりを確かめてみたい。
歌詞全文は前記事を参照:Damejima's HARDBALL:2013年4月28日、「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。 アメリカにおける「放浪」の消滅(1) 「アメリカの放浪の消滅」を示唆する3つの旅


この歌詞は、「トーンのまったく異なる2幕」から構成されている。愛し合うカップルが「旅立ちからグレイハウンドに乗るまで」を描いたハッピーな前半部分。そして、「冷えていく2人の関係」を描写した陰鬱な後半部分。

そして幕間にあるのが、脚本や小説の基本パターンである「起承転結」でいうところの『』」にあたる問題のシーンだ。
男が「タバコをとってくれないか」となにげなく発した、その言葉に、「1時間前に吸っちゃったから、そんなの、もう無いわよ」と女(名前はキャシー)がそっけなく応答するシーンである。

この曲を作ったポール・サイモンは、カップルの関係が一変してしまう原因かきっかけを、この「転」にあたる繋ぎ部分の「タバコを巡るやりとり」で表現しているはずだ。

"Toss me a cigarette,
I think there's one in my raincoat"
"We smoked the last one an hour ago"
So I looked at the scenery,
she read her magazine
And the moon rose over an open field.

「タバコとってくれないか。
 たぶんレインコートの中に1本あるはず。」
「最後のは1時間前、2人で吸っちゃったでしょ。」
そんなわけで僕は外の風景を眺めることにした。
彼女は彼女で雑誌を読みふけり
開けた風景に月が昇るのが見えた。

なにげないやりとりだ。それほど問題がある会話には見えない。だが、この短いやりとりを境にして、2人の関係は決定的に冷えんでしまう。

なぜだろう。
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男は、レインコートにタバコがある、と思った。一方、女はタバコがもう無いことを知っていた。

タバコは無いと断定した女は記憶力のよさそうな人物だが、レインコートにタバコを入れていたことそのものを否定しているわけではない。だから、男がレインコートにタバコを入れていたこと、そのものは、おそらく男の記憶違いではない。

問題は、いまタバコが「ある」のか、「ない」のか、だ。
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タバコを吸う人は普通、レインコートのポケットにタバコを入れたりはしない。理由は単純だ。濡れたタバコは吸えなくなる。濡れたタバコが乾くのを待つ人なぞ、まずいない。

それでも男は、「レインコートを着たまま、タバコを吸う」という「普段ならやりそうにない行為」をあえて実行したらしい。
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「外に月が見えた」、と男はいう。だから、男が座っているのはバスの窓側の席だ。男はタバコは「レインコートに入れたままになっている」と思ったわけだが、そのレインコートはどこにあるのか。正確に推測することはできないが、たぶん女のほうがとりやすい場所にあるのだろう。男は「レインコートからタバコをとって」と、女に甘えた。
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なぜ男はレインコートを着たままタバコを吸ったりしたのだろう。

雨具を着たまま吸うわけだから、長距離バスの中ではない。バスの中でレインコートを着ている必要などない。

男がレインコートを着たままタバコを吸ったのは
明らかに「屋外」だ。
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もういちど考えてみる。

なぜ「屋外で、レインコートを着たまま、タバコを吸う」という、普通しない行為をあえてしなければならない必要があったのか。
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レインコートを着ていたわけだから、
タバコを吸ったとき、天気は雨だったはずだ。

タバコを最後に吸った時間を、女は確信をもって「1時間前」と断言している。

そう。
カップルは約1時間前、雨が降りしきる屋外で、2人でタバコを吸っていたのだ。そのとき男はレインコートをはおっており、タバコはレインコートから取り出しては、しまわれていた。
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なぜカップルは1時間前、雨の降る屋外なんかでレインコートなんか着てタバコを吸っていなければならなかったのか。

2つ可能性がある。

可能性その1
1時間前、2人はまだグレイハウンドに乗ってなかった
可能性その2
2人はかなり前からグレイハウンドに乗っていた。長距離を走るグレイハウンドがサービスエリアのような休憩地点に着いた。気ばらしに2人はバスの外に出て、雨の降る中、タバコを吸った

正解は明らかに前者だろう。後者のような描写するのにまだるっこしい場所をポール・サイモンが歌にするわけがない。
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ここで歌詞全体をあらためで眺めながら
歌詞に隠された情報を掘り起こしてみる。
1時間前、2人は、まだグレイハウンドに乗っていなかった。雨が降りしきるピッツバーグのグレイハウンド・ステーションで2人は、ニューヨーク行きの長距離バスを待ちながら、繰り返し繰り返しタバコを吸った。男は取り出しやすいように、タバコを着ているレインコートに入れていた。
ようやく到着したニュージャージーを通過してニューヨークに向かうグレイハウンドに2人は乗った。男は再びタバコを吸おうと思い立って、女に「タバコをとってくれないか」と頼んだが、既に手持ちのタバコは吸いつくされて無くなっていた。

男はそのことに気づかず、女は覚えていた。

「あるとばかり思ったタバコが、実は全部吸い尽くされていたこと」は、雨のピッツバーグ(もしくはその周辺)でグレイハウンドを待ちながら吸ったタバコの本数が、ほんの1、2本ではなく、吸った本数を数えていられないほど多かったことを示している。
つまり、「雨に降られる最悪のコンディションの中でカップルがグレイハウンドが来るのを待ち続けた時間の長さは、けして短いものではなかった」のである。
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ここがひとつの重要な点だが、ヒッチハイクで旅していたはずのカップルなのに、なぜ急にグレイハウンドに乗ることにしたのか

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答えはポール・サイモンが書いた歌詞にある。

It took me four days to hitchhike from Saginaw

「ミシガン州サギノーから(ピッツバーグまで)ヒッチハイクで来るのに4日間かかった」

いくら自動車の性能が今よりも低くて、交通機関も今より未発達の60年代の話とはいえ、ミシガン州サギノーからピッツバーグまでは、約400マイル(約640キロ)だ。クルマで移動するのに「4日間」もかからない。

サギノーからピッツバーグまでの400マイル

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カップルは400マイルを移動するのに4日間かかった。それはつまり彼らのヒッチハイクがうまくいかなかったことを意味している。

4日間もかかってようやく辿り着いたピッツバーグ。
そこで彼らは雨に降られた。
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なぜ彼らのヒッチハイクはうまくいかなかったのか。

歌詞からその正確な理由を推測する証拠を探すことは難しいが、考えられるのは、彼らが単独ではなく「カップル」だったから、ではないか。

ヒッチハイクをしてみればわかることだが、カップルでのヒッチハイクは成功しにくい。なぜって、乗せる側にしてみれば、いちゃついているカップルなど、乗せてやる気にならないからだ。なんせ、カップルでヒッチハイクしたいなら男は木の陰にでも隠れてろ、とまでいわれるほどだ。

さらに考えるべきことがある。例えば1940年代の放浪者が、カップルでヒッチハイクしただろうか、ということだ。そもそも40年代の放浪は荒野で味わう孤独に耐えられる人たちの文化である。カップルで長距離バスに乗る行為は、40年代の放浪のワイルドさとは無縁のファミリーライクな旅でしかない
60年代のヒッチハイカーの意識が、実はこれほどまでに放浪と無縁のものだったことを、この歌は容赦なく描いている。

そしてもうひとつ、考えなければならないのは、このカップルが「田舎から都市に向かって旅している」ことだ。
ミシガンからニューヨークに向かう道路がたくさんあるにしても、都市に向かってクルマを走らせる人々は「なんらかの用件を抱えて急いでいる人たち」だったりする。けしてヒッチハイカーに優しくはない。
旅するならむしろ、都市の人間が田舎へ旅するほうが、なにかと「人の優しさに甘えることができる」だろう。ここが「アメリカを東から西へ旅する」ことと、逆に「アメリカを西から東に旅する」ことの差でもある。もしジャック・ケルアックの放浪がモンタナの田舎から東部の都市に向かうものだったら、もしかすると彼も旅を続けられなかったかもしれない。
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なぜ、この男女は、「ヒッチハイクが成功しにくいカップル」だというのに、4日間もヒッチハイクに挑んだのか。

歌詞に直接推定する証拠が見あたらないが、おそらくこの2人は、「カップルのヒッチハイクが成功しにくいことを、そもそも知らなかった」のだろう。たぶんヒッチハイク経験がなく、知り合いにそういうことをしている人もいなかったに違いない。
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なぜ彼らはグレイハウンドに乗れたのか。

単純な話だが、「もし困ったら、いつでも長距離バスに乗れるくらいのお金を持って旅行している」からだ。

そう。彼らは旅先で働きながら放浪を続ける放浪者ではないのだ。
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では、なぜ、実はバスに乗れるだけの金を持っているなら、成功しにくいカップルでのヒッチハイク、慣れないヒッチハイクなど試みずに、最初からグレイハウンドに乗らなかったのか。

これも歌詞から推測することはできないが、全体のトーンから察するに、ヒッチハイクみたいな小さな冒険をしたかったのだろう。

「4日間ものヒッチハイクの疲労」、そして「雨」。この2つの壁が、疲れ切った彼らの足をグレイハウンド・ステーションに向かわせた。
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もういちどまとめてみよう。
カップルでのヒッチハイクは成功率が低いことも知らないまま、無謀にチャレンジし続けた4日間のヒッチハイクで、カップルはようやくピッツバーグまで辿り着いた。
だが、ここで疲れ切った2人は、ヒッチハイクでニューヨークを目指すのはさすがに諦め、グレイハウンドバスに乗ることにした。雨が降り続く中、残ったタバコを吸い続けながら、グレイハウンドを待つカップル。
バスにようやく乗ることができたとき、2人の関係は、ふとした会話をきっかけにして冷めてしまうく。
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女は、自分が「ありもしない」とわかっているタバコを、男に「とってくれ」と言われ、イラついた。女はその後、黙りこくって雑誌を読みふけり始め、2人の会話は途絶えてしまう。

おそらく、女は、男が「探しているつもり」になっている「何か」が、実は「ありもしない」ことに気づいてしまったのだ。(比較すると、忌野清志郎の "Day Dream Believer" という曲に出てくる「夢みて生きてきた男」が、いかに女の優しさに支えられているかがわかる)

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男は、何かを探しているつもりになっていた。

横で眠りこける女を見ながら、
男はこんなことをつぶやく。

"Kathy, I'm lost," I said, though I knew she was sleeping
I'm empty and aching and I don't know why
Counting the cars on the New Jersey Turnpike

「キャシー、僕は何かを見失っちゃったらしい。」
彼女が寝てるのは知ってたけど、言ってみた。
虚しくて、心がつらい。なのに僕は、わけもわからないまま
ニュージャージー・ターンパイクで車の数を数えてるんだ。

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実は、若者たちが自分とアメリカを探しはじめるより、はるかずっと昔に、アメリカの放浪は消滅していた。だが、田舎育ちの若者たちはそれに気づかないまま、カップルで、それなりの金を持って、のほほんと都会に向かうという「ピント外れな旅」に出かけてしまったのである。

彼らは、無一文の放浪の詩人ほど孤独ではなかったが、
だからといって、幸せというわけでもなかった。

(次の記事へと続く)
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