June 2013

June 28, 2013

DL入りしていたホセ・レイエスが戻ってきたことでマイナーに行ったムネノリ・カワサキについては、地元トロントのみならず、全米メディアも含めて、様々な形で好意的な記事にしてくれている。


下に4つほど記事リンクをのせたが、タイトルがどれもこれも似ている。というか、どれも同じスタイルになってしまっている。
表現がかぶるのをいやがる英語圏の記事としては、これはちょっと珍しい。それほど「誰もがカワサキとの一時的な別れに、一斉に、同じ言葉、同じ感情を思い浮かべた」わけだ。

MLBで、ひとりの選手の「よくあるマイナー落ち」が、これほどまでに惜しまれ、 "class" "miss" など、最上級の敬意を含んだ言葉で形容され、しかもたくさんの人が一斉に同じ表現で残念がったことは、たぶんこれまで一度もなかったんじゃないだろうか。

かつてイチローに5打数5安打打たれて脱帽して敬礼したヴェテランピッチャー、マーク・バーリーにしても、「(マイナーに落ちたことで選手がいなくなったことを知るタイミングというのは)普通は、(その選手がとっくにいなくなってしまって)次の日にロッカーを見て察するものだ」とコメントしている。(もちろんバーリーはこのコメントをカワサキ降格を惜しむ意味で言っている)
マイナーに落ちる当人がロッカーに顔を出してメジャーのチームメイトを前に挨拶してから去るとか、球団主導で見送りイベントを開くとか、ムネノリ・カワサキのマイナー落ちは、MLB14年目のヴェテランですら、聞いたことも経験したこともない「特別扱い」だったわけだ。


さて、ムネノリ・カワサキの降格を惜しむセンチメンタルなエピソードは、下記の記事に、それこそイヤというほど書かれているわけだから、各自記事を読んでもらうとして、ここではムネノリ・カワサキがトロント・ブルージェイズというチームにした最大の貢献は何だったのか、もう少しドライな視点でメモしておきたい。

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カナダといえばメイプルだが、今シーズン開幕直後のトロント・ブルージェイズは、誰でもわかる身近なたとえでいうと、「燃えないキャンプファイヤー」だった。
「焚火」では、いきなり太い薪を小さなライターとかであぶってみたところで、火など絶対につかない。まずは、乾いた小枝や新聞紙、着火剤なんかを使って、ちょろちょろと燃やし、焚火全体の温度を少しずつ上げていく必要がある。つまり、車でいうアイドリングのような、ウォームアップ段階が必要なのだ。

今シーズンのトロントは、大金を投じた大補強を行ったことから、観客数が大幅に増えた。
参考記事Damejima's HARDBALL:2013年5月24日、観客数が減少傾向にある人気チームは、ニューヨーク・ヤンキースだけではなく、むしろ近年の人気チームの大半はヤンキースより、はるかに観客減少が著しい。
だが、実際に開幕してみると、トロントはまるで波に乗ることができず、あっというまに借金がかさんでしまった。全米メディアは「トロント、早くも優勝争いから脱落」と決めつけ、冷ややかな記事ばかり連発していた。


だが、ムネノリ・カワサキが加わった後、
「何か」が変わった。

簡単に言うと、
ムネノリ・カワサキが、「寄せ集め」だったトロント・ブルージェイズに、「チーム」に変わるきっかけを作ったのである。


日本人びいきから書くわけではない。
例えば、下の記事の2つ目で、CBCのJustin Piercyというライターも書いている。
He helped the Blue Jays start "to become family." 彼はブルージェイズが「ファミリーになる」最初のきっかけをつくった。


いいことを言う。
このブログ流に言い直せば、こういう感じになる。
ムネノリ・カワサキがみずから導火線となって、チーム全体を温めるまで、ブルージェイズは「チーム」になれず、ただの「冷めた高級ピザ」に過ぎなかった。



SB Nationがムネノリ・カワサキを惜しむ理由
Originally I was quite annoyed by all of the love for the soft-hitting middle infielder, but I have to say even I am sad to see him go.
最初は軟弱な打撃のラブリーな内野手にまったくもって悩まされた感じを持っていたものだったけど、今となっちゃ、彼が去るのを見るのは凄く寂しいと言わざるをえない。
We'll Miss You Munenori Kawasaki - Bluebird Banter

CBCがムネノリ・カワサキを惜しむ5つの理由
He helped the Blue Jays start "to become family."
彼はブルージェイズが「ファミリーになる」のを助けてくれた。
5 reasons we'll miss Munenori Kawasaki | Baseball | CBC Sports

地元紙トロントスターが
ムネノリ・カワサキを惜しむ13の理由

We will miss his class. When he learned he was sent down, he responded through a Japanese interpreter: “It’s not as if I’ve died. I’m still a baseball player. It’s just that tomorrow the field will be different.”
我々は、彼の品位ある人間性を惜しむことだろう。彼がマイナー降格を知ったとき、通訳を通じ、彼はこう言った。「別に死ぬわけじゃない。僕はこれからも野球選手。明日プレーするフィールドが違う。ただそれだけ。」
Toronto Blue Jays: 13 reasons why we will miss Munenori Kawasaki | Toronto Star

Sports Illustratedが
ムネノリ・カワサキを惜しむ16の理由

11. He’s got his own fan section now at Rogers Centre. How many utility players can say that?
彼はロジャース・センターで「カワサキ・コーナー」を持っているんだぜ。こんなユーティリティー・プレーヤー、他にいないよ?(笑)

KAWASAKI 'S KORNER
16 Reasons to Treasure Blue Jays Shortstop Munenori Kawasaki, the Jewel of MLB | Extra Mustard - SI.com
ブログ注
上の写真で、CORNERであるべき英単語のスペルが、"KORNER" になっていることに気づいただろうか? もちろんこれは、Kawasakiの名前の最初の一文字である K にひっかけているのだ。これは、1980年代のシェイ・スタジアムにおけるデビット・コーンのケースで、彼のConeという名前から、綴りをわざと変更して、Co'ner ともじったのと同じ。詳しくは下記の、ホームパークで作られる「特定の選手専用のユニークな応援団」を紹介した記事参照。デビット・コーン、ゲイリー・シェフィールド、ブライアン・マッキャン、イチローなど。
参考記事:Damejima's HARDBALL:2011年5月8日、ちょっとビミョーすぎる(笑)イチロー応援ダジャレ軍団登場(笑) Ichiro’s Bleacheros!



野球は、たしかにチームスポーツだ。
だが、才能あるメンバーが揃いさえすれば「チーム」になれるわけではない。

かつて4番バッタータイプばかりをズラリと並べて惨敗した、どこかの在京球団じゃないけれど、いまどき、大金を払って買ってきたホームランバッターをズラリと5人くらい並べておけば、そのチームは必ずワールドシリーズを優勝できると思い込んでいる人はいないと思う。
そういう思慮の足りない野球音痴がやりそうなチーム編成は、いわば、「太い薪だけを積み重ねたキャンプファイヤー」だ。いくら太い枝に細いマッチの火を近づけてみたところで、焚火が燃え上がるわけがない。


では、
「燃えないキャンプファイヤーの状態のチーム」に必要なのは、ヤンキースのデレク・ジーターのような「リーダーシップ」だろうか。

今回のムネノリ・カワサキの件でわかったことのひとつは、タレントがきちんと揃っているのに、なぜか火がつかず、ブスブスとくすぶってしまっているケースでは、必要なのは、必ずしも「先頭に立つリーダー」ではない、ということだ。

トロントに必要だったのは、キャンプファイヤーにとっての「新聞紙」であり、「小枝」だ。花火にとっての「導火線」。爆発物にとっての「雷管」。サーカスにとっての「道化」。わかりやすく「ムードメーカー」といってもいい。
開幕直後のトロントに欠けていたのは、デレク・ジーター的なリーダーシップではなくて、「温度上昇のきっかけとなる着火剤的存在」だった。(ホセ・レイエスは十分リーダーシップのある明るい性格のナイスガイだ。しかし、ことトロントのベンチにおいては、レイエスのもつ独特の妖しい雰囲気は必ずしも機能してないと思う)

これは組織論的になかなか面白い。
ジェネラル・マネージャーの仕事というものは、選手を集めてくればそれで終わりだと思っている人が多いし、組織の活性化というと、すぐに馬鹿のひとつ覚えのように、リーダーシップという名のでしゃばりなスタンドプレーだけを発揮してドヤ顔したがる人がいる。
だが、ケースによって必要なものは違っているわけで、あらゆるケースで「デレク・ジーター的なリーダー」が必要とは限らないのだ。
(今のヤンキースでいうと、必要なのは「人材」で、人材の揃っているトロントとは違う。仮にいますぐジーターが現場復帰しても、ヤンキースが「チーム」になることも、チームが好調さを取り戻すこともできない)


では、
ムネノリ・カワサキは、「キャンプファイヤーの新聞紙」「導火線」「道化」なのだから、焚火全体に火がつきさえすれば、もう用がなくなってしまう、そういうたぐいの「便利屋」でしかないのだろうか。

確かに移籍当初は、トロントのチームメイト、メディア、ファンは、ムネノリ・カワサキを単なるムードメーカー、単なる「変わり種のガイジン」として扱っていた可能性も少なからずある。
だが、たとえ最初はそうだったとしても、上の記事などを読むとわかることは、彼らは、ムネノリ・カワサキと接するうちに、彼からひしひしと伝わってくる「野球に対する情熱」、彼が野球に対して持っている「確固たるポリシー」に気づいて、やがて、自分たちがムネノリ・カワサキに学ぶ点があると感じ、さらに敬意さえ抱くようになっていた、ということだ。


素晴らしい。


シアトル時代のムネノリ・カワサキと比べてみてもらいたい。

陰湿なシアトルでのムネノリ・カワサキは、つまるところ、「どうせイチローのコピー商品でしょ」「おまえ、打てるの?」というスタンスでしか扱われていなかった
だからこそシアトルは、(ファンはともかくとして)球団も、メディアも、ムネノリ・カワサキの中に眠る「何か特別なもの」を開発することも、発見しようとすることもないまま、そしてムネノリ・カワサキ自身にとっても何も得るものがないまま、やすやすと「解雇」という結論に達してしまう。

だが、トロントでは違った。

トロントは、結果的に、ムネノリ・カワサキの中に、「イチローに無い、彼独自の何か」を発見してやれる能力があった。これが大きい。
ムネノリ・カワサキの側にしても、トロントでプレーするメリットがあったはずだ。自分の中に眠らされていた「イチローのコピーではない、ムネノリ・カワサキ独自のスタンス」、「日本人らしさへの誇りをアピールすることの意味」を、あらためて開拓し、発見できた。
ムネノリ・カワサキが自分自身の中に発見した独自のバリュー、オリジナリティは、言葉の壁などやすやすと越えて、自然に、そして無理なく、全米に広がっていった。


ここには、「なぜシアトルでは長年に渡って若い選手がまるで育ってこなかったのか」という問いについての「正確無比な答え」がある。そして、海外で成功することにおいて、結局大事なことは何なのか、という問いの答えもあるだろう。はたまた、「日本の音楽がなぜ全米でなかなかヒットしないのか」という問いへの答えも眠っている可能性がある。

結局のところ、「言葉を越えて伝わる」ということの奥義が、ムネノリ・カワサキのトロントでのサクセス・ストーリーにはある、ということだ。

そう。
ムネノリ・カワサキは、たしかに野球では降格した。だが、別の面では、イチローのコピーではない「自分にしかない自分」に昇格したのである。

拍手され、惜しまれながら降格する野球選手。
こんな種類のサクセスは、普通は映画の中にしかない。

映画みたいな破天荒なドラマを現実で演じたムネノリ・カワサキに、心からの拍手と、今後のメジャー昇格に向けた100万トンの声援を送りたい。

新天地:Coca-Cola Field(Buffalo, New York)
Coca-Cola Field


Toronto Blue Jays demote lovable infielder Munenori Kawasaki | For The Win

Toronto Blue Jays say emotional goodbye to Munenori Kawasaki … for now | MLB | Sports | National Post

Toronto Blue Jays say sayonara to Munenori Kawasaki after loss to Tampa Bay Rays | Toronto Star

Munenori Kawasaki bows out of Toronto | Baseball | Sports | Toronto Sun

June 27, 2013

 
BBCOR

2013カレッジ・ワールドシリーズは、期待していた通り、西海岸のUCLAが初優勝を果たしてくれた。おめでとう、UCLA。
2013 NCAA Baseball Tournament DI - NCAA.com

2013CWS優勝のUCLA

2013CWS優勝のUCLA


今年のUCLAの優勝は、例年とは全く違う。単に、たまたまその年に強かった大学が優勝した、という意味の、よくある優勝ではない。

というのも、ここ数年、投手力を基盤に躍進してきたUCLAが躍進できた背景には、NCAAが2011年以降に、従来とは反発係数の異なる "BBCOR" という新しいバットの基準を導入したという事実があるからだ。
BBCORバットは、やがてアメリカのカレッジ・ベースボールの質を大きく変えつつあり、その影響はMLBにも多少は及ぶことになる。


BBCORバットは、素材が、金属、カーボン、その他、何であっても、「反発係数を木製バットと同じにする」というポリシーで作られている。

当然のことながら、アメリカのカレッジ出身の選手たちの長打スタッツを支えてきた「金属バットの時代」には、ある意味でピリオドがうたれる。カレッジ・ベースボールはより木製バットの世界に近づき、「金属バットのおかげで生産されてきた、ただそれだけの安易なホームランや長打」は、これからは生まれにくくなる

(注:実際のBBCORバットは、グリップ部分がカーボン、打球部が金属というように、「コンポジット」、つまり複合素材で作られたりしている。ただ、反発係数が同じになるように作られているからといって、金属やカーボンなどのコンポジット・バットが、木製バットとまったく同程度しか飛ばない、という意味ではない。あくまで同じなのは「反発係数」であって、素材の違いで飛距離はやはり変わる)


UCLAの優勝をうけて、各メディアがさまざまな記事タイトルで表現しているように、UCLAの優勝は、投手力を根本に据えて相手チームの打棒を完全に封じ込めることに成功した「戦略的な勝利」だ。
これほどまでのピッチングスタッフの充実による戦略的な優勝は、強靭なフィジカルを武器に長打で勝ち進んでいく従来のカレッジ・ベースボールにはなかった。
UCLA formula a perfect fit for this era

UCLA are kings of small ball, win first College World Series title - CBSSports.com


UCLAの躍進ぶりの原動力は、UCLA投手陣のスタッツを見ればわかる。
UCLAの6人の投手は、2013カレッジ・ワールドシリーズでの5ゲームで、対戦相手にわずか4失点しか許していない。細かい数字でみても、被打率.175ERA0.80など、驚異的な数字がズラリと並んでいる。
USA Todayによれば、今回のCWSでのUCLA投手陣の防御率は、1974年カレッジ・ベースボールに金属バットが導入されて以降、最も良い数字らしい。UCLAのとった投手中心の戦略が、今の「BBCOR時代」にいかにフィットしたものか、とてもよくわかる。

こうした「投手力が勝利した初めてのカレッジ・ワールドシリーズ」について、UCLAのコーチ、John Savageはインタビューで、今回の優勝が単なる偶然でなく、チーム戦略による意図的な勝利であることを強調している。

John SavageUCLA coach
John Savage

"We just don't have the physicalness, as I look at it, as the Southeastern Conference."
「われわれには、見ての通り、(フロリダ、サウスカロライナ、ルイジアナ、ヴァンダービルドなど、近年のCWS常連校が属する)サウスイースタン・カンファレンスのチームのような身体的優位性は、まったく無い」
"I think everybody in the room knows that, but they're ballplayers. … We have good players, and we have talent. But it's just a little different way of creating a team."
「フィジカルの違いは、ここにいる誰もがわかっている。でも、彼らだって(SECのフィジカルに優れた選手たちと)同じ野球選手だ。良い選手、良い才能に恵まれている。われわれと彼らのちょっとした相違点になっているのは、『チームをクリエイトする方法論』だ。」
UCLA formula a perfect fit for this era


こうしたUCLA独自の方法論は、他大学にも少なからぬ影響を与えている、と、USA TodayのSteve Wiebergはいう。

That approach and his team's strengths played to NCAA's new, moderating bat standards, which took effect in 2011.
「彼の戦略上のアプローチに基づくチームは、2011年に発効したNCAAの新しいバット基準にいかんなく強味を発揮した。」
They've scaled things back nationwide. Teams in this College World Series averaged an even six runs a game going into Tuesday, the fewest in the Series' 67-year history. The home run rate, which ballooned to nearly 2½ a game in the three-year, old-bat period from 2008-10, has shriveled to about one every two games the past three years. The first 13 games of this Series produced three.
「彼ら(の戦略的成功)は、全米レベルであらゆるものをスモール・ベースボールに引き戻した。
今年のカレッジ・ワールドシリーズ出場チームは、火曜のゲームまでに6点しか得点していない。これはカレッジ・ワールドシリーズ67年の歴史で、最も少ない。
またホームラン率も、バットが旧基準だった2008年〜2010年にかけては、「1試合あたり2.5くらい」まで膨らんでいたが、過去3年(2011年〜2013年)では、「2試合に1本程度」に縮小した。今年のカレッジ・ワールドシリーズの最初の13試合で、ホームランはわずか3本しか生まれていない」


「1試合あたり2.5」と、「2試合に1本」では、ホームラン率において「5倍」もの開きがある。
最近日本ではプロ野球のボールの反発係数が知らない間に変わったとかどうこうとか騒いでいたが、実際にはアメリカの野球は、ボールなどよりもっともっとディープな部分から「次の時代」へ向けた変化を開始し始めているのである。
言い方を変えるなら、ステロイドで体を大きくしたとか、反発係数の高い金属バットを使ってホームランを量産したとか、うわべだけの名誉を生産するのに躍起になってきた若いアマチュア野球選手が、カレッジベースボールで活躍して、その大学時代の華々しい経歴とスタッツをひっさげてMLBに高い契約金で入ってくるような、もうそんな、フィジカルオンリーな戦略だけが通用する時代ではなくなる、ということだ。


新しいバット基準に変わった2011年以降、CWS決勝のカードは、2011年こそ、サウスカロライナとフロリダという、旧バット基準の時代にCWSの常連校を数多く輩出してきたSoutheastern Conferencee所属の2大学の対戦となったものの、2012年は決勝でアリゾナがSEC所属のサウスカロライナを破り、そして2013年も決勝で西海岸の投手力に優れたUCLAが、SECのミシシッピ州立を破り初優勝。時代の変化は徐々に進んできている。

今回のUCLAの優勝は、こうした「アメリカ野球の深層部での変化」の象徴なのだ。

June 26, 2013



ヤンキース・黒田、テキサス・ダルビッシュの日本人先発投手対決ゲームで、イチローが、3対3の同点、9回裏2死走者無しの場面で、カウント1-2から右中間スタンドにサヨナラホームラン!!! 右投手からのホームランなのも、最高!!!
Texas Rangers at New York Yankees - June 25, 2013 | MLB.com NYY Recap

Texas Rangers at New York Yankees - June 25, 2013 | MLB.com Classic

イチロー サヨナラホームラン 2013年6月25日

イチロー サヨナラホームラン 2013年6月25日

2013年6月25日サヨナラホームラン




ピッチャーは、ヤンキース戦までERA0.95、5勝負けなし、速球を武器とする2009年テキサスのドラフト1位ルーキー、右腕のタナー・シェッパーズ。イチローは彼の97マイルのインコースをえぐる球を、ほんの少しバットヘッドを抑え込むような、パワフルなスイングで右中間に運んだ。今シーズンのイチローは対右投手のスタッツがやや低いが、これで右投手に対しても、まったく力負けしないことを証明した。

シェッパーズのコメント
"Wrong pitch at the time," Scheppers said. "He's a great hitter, and I probably showed him too many fastballs in that at-bat. I probably should have thrown him something different. He likes the ball down and in, and I kind of fed it to him."
「あの場面では、間違った投球をしてしまった。彼は偉大なバッターなわけだけど、あの打席では、僕が彼に速球ばかり投げ過ぎてたと思う。たぶんもっと違う球種をみせとくべきだった。彼はインコース低めが好きなのに、僕はご親切にも、彼の大好きなインローを投げてしまったんだからね。」
ソース:Texas Rangers at New York Yankees - June 25, 2013 | MLB.com TEX Recap

イチロー サヨナラホームラン 2013年6月25日打ったのは、インコースのハーフハイトの4シームと記録されているが、実際には少しシュート回転がかかっていた。

イチロー サヨナラホームラン Wrap


スタジアムにいた人たちの動画



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参考:シアトル在籍時代のサヨナラホームラン
(2009年9月 投手:マリアーノ・リベラ



Damejima's HARDBALL:2011年10月22日、野球ファンの「視線共有」の楽しみ 例:2009年9月18日のイチローのサヨナラ・2ランホームランを、スタジアムの角度別に楽しむ。

Damejima's HARDBALL:2011年5月28日、アダム・ケネディのサヨナラタイムリーを生んだマリアーノ・リベラ特有の「リベラ・左打者パターン」配球を読み解きつつ、イチローが初球サヨナラホームランできた理由に至る。

Ichiro's walk-off shot stuns Mariano, Yanks | MLB.com: News

June 25, 2013

なんとなくツイートを眺めていたら、こんな記述に出会った。少し調べてみたら、1977年新人王について、ちょっと面白いことがわかった。
2001年の両リーグの新人王であるプーホールズとイチローが殿堂入りを果たすと、1977年のEddie Murray、Andre Dawson以来となる。

1977年新人王は、ア・リーグが、後にミッキー・マントルをしのぐ史上最高のスイッチヒッターともいわれ、史上3人目となる3000本安打・500本塁打を達成しているボルチモアの永久欠番Eddie Murray。ナ・リーグ新人王には、MLB史上4人しか達成していない400本塁打・300盗塁を達成したモントリオールのAndre Dawsonが栄冠に輝いた。

だが、1946年に創設されたSporting News Rookie of the Year awardでみると、ナ・リーグ新人王は同じアンドレ・ドーソンだが、ア・リーグはエディ・マレーではなく、Mitchell Pageが選ばれている。
(資料:Sporting News Rookie of the Year Award - Wikipedia, the free encyclopedia


1977年新人王投票の中身をみてみる。

1977年新人王投票結果
via 1977 Awards Voting - Baseball-Reference.com

ア・リーグだが、1位投票が割れているのがわかる。
27票のうち、エディ・マレーは過半数に届かない12票しか獲得しておらず、新人王投票2位のMitchell Pageに9票が投じられている。
この「1位12票、2位9票」という投票結果は、奇しくも1942年のア・リーグMVPにおけるジョー・ゴードンと、この年の三冠王テッド・ウィリアムズの得票数差と一致している。

ちなみに2001年プーホールズは満票、イチローもCCサバシアに投じられた1票を除けば満票だから、2人とも圧倒的な支持を受けての新人王だった。

2001年新人王投票結果


1977年のア・リーグ新人王投票で票が割れた理由は、
数字を見るとわかる。

1977年新人王 レギュラーシーズン打撃記録
Eddie Murray 21歳
出場160試合(DH111試合 一塁手42試合)
打率.283 27HR 48四球 88打点 併殺打22
出塁率.333 wOBA.350 RE24 20.01
Eddie Murray » Statistics » Batting | FanGraphs Baseball

Mitchell Page 25歳
出場133試合(外野手131試合)
打率.307 21HR 78四球 75打点 42盗塁
出塁率.405 wOBA.404 RE24 38.89
Mitchell Page » Statistics » Batting | FanGraphs Baseball

参考:Andre Dawson
打率.282 19HR 65打点 21盗塁

WARという指標を別にそれほど信用できる指標だと思っているわけではないが、目安として言うと、マレーとペイジの数値は2倍近い差がある。
Baseball Reference:マレー3.22、ペイジ6.03
Fangraph:マレー3.1、ペイジ6.2
参考記事:Damejima's HARDBALL:2012年11月17日、ア・リーグMVP論争から垣間見えてきたセイバーメトリクスの「未完成なままの老化」。

1977年のMLBは、現在のようにセイバーのような便利な選手評価ツールがない時代だ。だから、ホームランと打点しか見ないような表層的なモノの見方が主流だったはずで、だからこそ、1977年新人王に僅差でエディ・マレーが選ばれるのもしかたないと思う人がかもしれない。
しかし、当時ですらスポーティング・ニューズは、1977年新人王にエディ・マレーを選ばなかった

つまり、「ホームランを27本打ってはいるものの、総合的な打撃成績で明らかにミッチェル・ペイジに劣っていて、そもそも守備をしてないDH専業のエディ・マレー」より、「走れて打てる外野手として、3割を打ち、21本のホームラン、8本の三塁打を打ち、78個の四球と出塁率.405、42個の盗塁を決めてみせたミッチェル・ペイジ」のほうが、はるかに新人王にふさわしいと考えた人は、セイバーメトリクスがあろうが、なかろうが、WARが正しかろうが、そうでなかろうが、そんなことと関係なく、1977年当時からいたということだ。

人間、きちんと目を開いて見ていれば、なにも「数字」なんていう「色つきメガネ」を通さなくても、モノを見ることができる、というわけだ。


ただ、エディ・マレーの名誉のために、以下の後日談をつけ加えたい。
まず、盗塁だが、1977年当時のボルチモアの監督は、監督として殿堂入りしているアール・ウィーバーだ。野球の戦術について独特のポリシーをもつ彼の方針と選手育成の手腕からして、たとえエディ・マレーの足が速かったとしても、マレーを盗塁を頻繁に試みるような選手には育てなかっただろう。
そして守備をしないDHのエディ・マレーが1977年新人王をかろうじて獲ったにしても、その後のマレーは、80年代前半以降に大きく成長を遂げている、ということがある。エラーが多かったとはいえ、まがりなりに82年から3年間続けてゴールドグラブを獲って、守備をこなし、またMLB歴代記録となる128本の犠牲フライを打っているように、荒っぽいだけのバッティングからも脱皮。何度も3割を打ち、WARも大きく改善した。
つまり、エディ・マレーがホール・オブ・フェイマーにふさわしいキャリアを送ったことに異議は全くない。


だが、しかし。

こと1977年の新人王、これに関してだけは、ふさわしいのはエディ・マレーではなくて、ミッチェル・ペイジだった。ミッチェル・ペイジが選ばれるべきだったと、ブログ主も思う。
このことは、以下のHardball TimesのBruce Markusenの記事はじめ、他のさまざまな人が明言している。(例:Mitchell Page Baseball Stats by Baseball Almanac
下のリンク記事は悲運に終わった運にミッチェル・ペイジのどこか痛々しいキャリアに触れた味のある文章だ。一読を勧めたい。
Murray would have the far better career―a Hall of Fame ledger at that―but Page was the better player in 1977.
Murray would have the far better career―a Hall of Fame ledger at that―but Page was the better player in 1977.

三塁打数の歴代ランキング261位に名前を連ねているイチローのシーズン平均三塁打数は7本であることでわかるように、1977年ミッチェル・ペイジの三塁打数、8本というのは、かなりいい数字だ。ちょっとやそっとの才能で実現できる数字でもない。
この三塁打の数字でもわかるように、この選手が、もし怪我やメンタル面のトラブルなどで調子を崩さず、長く健康なキャリアをまっとうできていたら、どれほど素晴らしいキャリアを送っていたのだろう。きっとMLB史に残る活躍をみせてくれたに違いない。
そう真剣に思わせるほどの素晴らしい数字が、1977年のミッチェル・ペイジのスタッツには並んでいる。

Mitchell Page

Mitchell Page

ミッチェル・ペイジは2011年に59歳で早世している。死因は明らかになっていない。野球というスポーツのフィールドには、熱狂と興奮ばかりがころがっているわけではなく、こういう、ちょっともの悲しい、書いていてちょっとつらくなるストーリーも少なからず眠っている。ミッチェル・ペイジほどの才能ですら、長く輝くことができず終わってしまうこともあるのが、ベースボール、そして、人生というものだ。

いま、去年の新人王のブライス・ハーパーが怪我でDL入りしている。またドジャースのヤシエル・プイグのような、いい意味で常識外れのプレーのできる驚異的な新人も現れた。確かに新人王をとるような選手の大胆なプレーは、野球ファンの醍醐味のひとつなのは確かだ。
だが、ミッチェル・ペイジのエピソードなどをみると、つい、重大な怪我で才能ある選手のキャリアそのものが終わってしまうような無理なプレー、無理な選手の使い方だけは避けてもらいたい、などとも思ってしまう。

確かに、怪我に気をつけていてはスケールの小さいプレーになってしまうというのも、一面の真実でもあるし、なかなか簡単には判断できない。
だが、まだ粗さばかりが目立つ21歳の若いエディ・マレーが「デビューしていきなりDH」だったのは、もしかすると、彼に無理に守備をさせず、DHとして試合経験を積ませ、まずバッティング面を開花させようという、当時のボルチモア監督アール・ウィーバーの思慮深い配慮だったのではないか、と思うのだ。
エディ・マレーは「シーズン40本以上のホームランを一度も打っていないにもかかわらず、通算500本塁打を達成できた」という類まれなキャリアをもつ選手として知られているわけだが、彼がそういう長く安定したキャリアを実現できたについては、アール・ウィーバーのような名伯楽の下でキャリアをスタートできたからこそだ、という面もあったに違いないと思うのだ。


いまアール・ウィーバーの写真を眺めていても、「こういうひとが自分のそばにいて見守っていてくれたらな」と思わずにいられない、そういうオーラが、彼のまなざしには溢れている。

選手と一緒にビールを飲み、
煙草をふかしたアール・ウィーバー。

こういう親父さんが、野球には必要なんだ。
こういう親父さんがいないと。
本当にそう思う。

Earl Weaver

Earl Weaver
"The Earl of Baltimore" Earl Weaver
1996年殿堂入り。2013年1月19日、82歳で亡くなった。奇しくも球聖スタン・ミュージアルが亡くなったのと同じ日だった。

以下は、
2013年6月23日、あまり知られていないイチローの歴代1位記録、「13シーズンにおける出場試合数、MLB歴代1位」。「MLB通算2000試合出場」まで、あと20試合。
というタイトルで書いた記事の修正版である。データに誤りがあったので、お詫びして訂正する。(該当記事は既に削除済み)

修正理由は単純な話で、データ検索の甘さから以下の根本的なデータを見落としていたからだ。
「MLBデビュー後、13シーズンにおける通算出場試合数の歴代1位」は、2013年6月23日時点では、イチローの「1980試合」ではなく、1963年から1975年にかけてピート・ローズが記録した「2022試合」である。
どういうものか、記事を書いてからも気になって、しつこく検索を繰り返していて、自分のミスに自分で気づいた。個人的にはむしろ、またひとつ「ピート・ローズの記録を越える楽しみ」を発見できたので、このミス自体を喜んでいる(笑)


デビュー後、13シーズンでの通算出場試合数
デビュー後13シーズンでの通算出場試合数ランキング
data generated in 06/24/2013 via Batting Split Finder - Baseball-Reference.com

MLBで「デビュー後、13シーズンで2000試合出場」という記録を達成しているのは、ピート・ローズの「2022試合」という記録が唯一無二の記録だ。この記録のMLB歴代2位が、HOFエディ・マレーで、MLB13シーズン目のイチローの通算出場試合数は、タンパベイとの4連戦を終えて1980試合(2013年6月23日終了時点)となり、ついに歴代2位に肩を並べた。

イチローは、あと20試合出場すると、ピート・ローズに続くMLB史上2人目の「デビュー後、13シーズンで2000試合出場達成プレーヤー」になることができる。おそらく7月末には達成できるだろう。

さらに、あと43試合出場すると、ついにMLB歴代1位のピート・ローズすら越えて、イチローが「デビュー後、13シーズンでのMLB史上最多試合出場プレーヤー」になることができる。こちらのほうは、たぶん8月中に達成できるだろう。

これでまたひとつ、ピート・ローズの記録を塗り替えることができる。めでたいことだ。

MLB歴代 通算出場試合数記録
Career Leaders & Records for Games Played - Baseball-Reference.com

現役選手の出場試合数記録
Active Leaders & Records for Games Played - Baseball-Reference.com


ちなみに、現役選手だけでみると、「13シーズンにおける出場試合数」のMLB歴代2位は、現役で33歳と若いアルバート・プーホールズの「1933試合」(2013年6月23日時点)で、イチローと40試合ちょっとの差しかない。もちろん彼も、イチローに続き、MLB史上3人目の「デビュー後13シーズンでの、2000試合出場達成者」になるのは間違いない。

ほかに、出場試合数ランキング上位500位までみても、現役選手は、33歳のアダム・ダン(1789試合 2013年6月23日時点)くらいしかいないし、彼の数字では「13シーズン・2000試合出場」に届かない。

だから、まだ13シーズンとはいえ、イチローとプーホールズは、通算出場試合数記録において、MLB史に残る傑出した歴史的大記録を残すことになる。(もちろん「13シーズンにおける通算打席数」でも、この2人が現役1位と2位だが、さすがに長年リードオフマンだったイチローが約8980打席であるのに対して、クリーンアップを打つプーホールズは8430ちょっとしかない)

イチローとプーホールズ、この2人に関してだけは、(やがてはプーホールズがイチローを抜いていくとしても)今後しばらく「抜きつ抜かれつの1位争い」がありうるわけだが、過去の「12シーズンの出場試合数記録」が、この2人から大きく離れた記録しかないために、イチローとプーホールズの「デビュー後13シーズンでの通算出場試合数記録」を抜きさる選手は、当分の間現れることはないし、もしかすると、もう現れないかもしれない。


ちなみに、「デビュー後14シーズンの通算出場試合数」では、同じくピート・ローズの「2184試合」という記録がある。
言うまでもなく、イチローがこのまま順調な現役生活を続ければ、来シーズンには、この「14シーズンの出場試合数」のMLB歴代1位記録も、イチローのものになる

デビュー後、14シーズンでの通算出場試合数ランキング
デビュー後14シーズンでの通算出場試合数ランキング
data generated in 06/24/2013 via Batting Split Finder - Baseball-Reference.com


無事是名馬とは、まさにこのことだ。出場試合数記録歴代ベスト10の10人でも、野球賭博で永久追放のピート・ローズと、ステロイダーで殿堂入りは永遠にありえないバリー・ボンズを除けば、全員が野球殿堂入りしている。
イチローが長く無事に出場できている理由には、入念なストレッチやインナーマッスルの鍛錬など、近代的なトレーニング手法によるものだけでなく、「アナボリック・ステロイドのようなドーピングに手を染めていない」ということが関係している、と個人的に思っている。

過去、サッカーなど各界の有名アスリートが股関節など関節にまつわる故障を理由に引退を余儀なくされている。(例えば海外チームでプレーするようになって、突然身体がびっくりするほどデカくなって、その後、グロインペインがどうとか言い出すパターン)
確たる証拠があるわけでもないが、それらの一部は、ステロイドで人工的に過度につけすぎた筋肉の重さに関節が耐えられなくなって故障したものだと思っている。30歳を前に、成長期なんてものがとっくに終わっている年齢だというのに、海外に行っただけでいきなり身体がガチムチマッチョになる、なんてことは、DCやマーベルとかのコミックじゃあるまいし(笑)、どこをどう考えてもありえない。

まさにステロイダーそのものの超人ハルクまさにステロイダーそのものの超人ハルク

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June 24, 2013

UCLA Bruins logoUCLA Bruins
NCAAランキング15位(Baseball)

Mississippi State Bulldogs logoMississippi State Bulldogs
NCAAランキング10位(Baseball)

2013カレッジ・ワールドシリーズの組み合わせが決まった。
Pac-12のUCLA Bruins(2度目の決勝出場)と、SEC(Southeastern Conference)のMississippi State Bulldogs(決勝は初出場)だ。どちらが勝っても初優勝となる。
2013 NCAA Baseball Tournament DI - NCAA.com

個人的には、ここ数年続いてきたカレッジベースボールにおける大西洋岸の隆盛から、西海岸カリフォルニアに野球の覇権を取り戻す意味で、是が非でもUCLAに勝ってもらいたい
参考記事:Damejima's HARDBALL:2011年6月21日、今月末に決まる2011カレッジ・ワールドシリーズの行方と、近年のカレッジ・ベースボールの勢力地図の「大西洋岸シフト」。


UCLA Bruins

言うまでもなく、ジャッキー・ロビンソンの出身校。他に、チェイス・アトリー、「ブロンクス・ズー」の一員で、シアトルの打撃コーチだったクリス・チャンブリスジェフ・コーナイン、ミッチェル・レポートに名前のあるトロイ・グロースなどのMLBプレーヤーを輩出してきた。(via University of California, Los Angeles Baseball Players - Baseball-Reference.com
CWSでは1969年、1997年、2010年、2012年、2013年と、5度の出場歴があり、2012年にはランキング1位も記録していて、いつCWS優勝してもおかしくない状態にある。
2010年にはついに決勝に駒を進めたが、Ray Tunner率いるSouth Carolinaに敗れ、Runner-up(準優勝)に甘んじた。(South Carolinaは翌2011年も優勝、2012年にも準優勝 参考記事:Damejima's HARDBALL:2011年4月25日、「2月のサウスカロライナ、父と息子のキャッチボール」。February in South Carolina, a father and his son played catch.

Jackie Robinson Stadium
Jackie Robinson Stadium
ホームグラウンドは、ロサンゼルスのJackie Robinson Stadium。1981年に出来たスタジアムだが、観客収容数が1820しかなく、カンファレンスで最も小さな球場。正直いって、ミシシッピ州立大学の立派なスタジアムとあまりにも対照的(苦笑)


Mississippi State

ボルチモアの監督バック・ショーウォルター、フィリーズのクローザー、ジョナサン・パペルボン、テキサスの一塁手ミッチ・モアランド、アトランタのポール・マホーラム、ステロイダーのラファエル・パルメイロ、などの出身校。(via Mississippi State University Baseball Players - Baseball-Reference.com
これまで9回のCWS出場歴があるが、一度も優勝経験はない。この「出場9回で優勝未経験」というのは、CWSの歴史上、5位の記録なだけに、今回は是が非でも優勝したいと思っているはず。

Dudy Noble Field, Polk-DeMent Stadium
Dudy Noble Field, Polk-DeMent Stadium
ホームグラウンドのDudy Noble Field, Polk-DeMent Stadium(ミシシッピ州スタークビル)は、NCAA屈指のスタジアムで、収容観客数15,000人を誇る。
かつて1989年の対フロリダ大学戦で14,991人を集めたことがあり、これはNCAAのシングルゲームでの観客動員レコードで、現在も破られていない。



UCLAは、2013カレッジ・ワールドシリーズで、LSU、North Carolina St.、North Carolinaと、ランキング上位の優勝候補を次々となぎ倒しての決勝進出だけに、組み合わせに恵まれてIndianaとOregon St.に勝っただけで決勝進出したMississippi St.より経験値は遥かに高いはず。
個人的に、UCLAの優勝は堅いと思っている。

チャンピオンシップ・シリーズは、6月24日・25日。
College World Series - Wikipedia, the free encyclopedia

June 20, 2013

Yankees LogoDodgers Logo
あまりにも見所の多すぎるダブルヘッダー第1戦で、どこから語ったものかわからないが(笑)、打棒炸裂のイチローがドジャースの期待の新人投手リュ・ヒョンジンの膝元の難しい速球をライトスタンドに放り込めば、マリアーノ・リベラが同じくドジャースの新人で、イチローと同じライトを守るヤシエル・プイグを得意のカットボールで三振に切って、(先日プイグが鼻に受けたデッドボールとは別の意味で)スーパールーキーの天狗の鼻をへし折って(笑)ゲームセット。
ヤンキースとドジャースが歴史上初めてレギュラーシーズンにヤンキースタジアムで対戦した歴史的なダブルヘッダーは、まずヤンクスのレジェンドたちがドジャースの新人君たちをあしらったゲームとなって終わった。
Ichiro powers Yankees to Game 1 win | YES Network

Video: Ichiro's huge game | MLB.com Multimedia

史上初ヤンキースタジアムレギュラーシーズンのLADvsNYY イチロー3号

イチロー3号ソロ・ホームラン
動画:Video: Ichiro's solo shot | MLB.com Multimedia

マトリクス風動画:GAMEREAX - Animated Sports Gifs and MLB Analysis – YES Camera Angle On Ichiro Homer

ホームランを打たれたリュ・ヒョンジンのコメント

"I put the ball exactly where I wanted it -- and he got it in the air and hit it out."
「まさに投げたいと思ったところに正確に投げた。そしたら彼に吸い込まれるような打球でスタンドに運ばれてしまった。」
Lyle Spencer: Shades of graceful star Ichiro Suzuki in electric Dodgers rookie Yasiel Puig | yankees.com: News


2点タイムリー
動画:Video: Ichiro's two-run single | MLB.com Multimedia

2013年6月19日ドジャース戦2点タイムリー

自身も2点タイムリーを打ったライル・オーバーベイの、イチローのレフト前2点タイムリーに関するコメント

He puts the bat on the ball, and he puts it in the perfect spot. It's an art.Two RBIs late in the game were big. He's Ichiro.
「彼はバットをボールに正確にコントロールして、パーフェクトな場所に打てる。それはひとつの『芸術』なんだ。ゲーム終盤の2打点は大きいよ。彼はやっぱり『イチロー』なんだ。」
Ageless Ichiro still has batting eye, speed


8回表のファインプレー
動画:Video: Ichiro's leaping grab | MLB.com Multimedia

2013年6月19日ドジャース戦8回ファインプレー

監督ジョー・ジラルディのコメント

"Let's not forget that he had a big defensive play in the eighth inning. That's a heck of a play,"
「(ホームランもいいけど)8回の守備のビッグプレーも忘れないでほしいね。あれは凄いプレーだった。」
Ichiro Suzuki's big day carries New York Yankees - ESPN New York

ESPN New York

With his bat, he propelled the Yankees offensively.With this glove, he robbed the Dodgers of a big inning.
「彼はバットでヤンキースを前進させ、グラブでドジャースのビッグ・イニングをもぎとった」
Ichiro Suzuki's big day carries New York Yankees - ESPN New York



「もってる」って、こういうことを言うのだ。

今日のイチローのホームランは、MLBでイチローの打ったホームランの中でも、最も美しいホームランのひとつだと思う。
Los Angeles Dodgers at New York Yankees - June 19, 2013 | MLB.com NYY Recap

歴史的な対ドジャース戦が行われた2013年6月19日

鮮烈なMLBデビューで週間MVPを受賞したばかりのスーパールーキーヤシエル・プイグだが、足の速さや打撃だけでなく、その強肩についても、イチローを引き合いに出したり、比較したりする記事やツイートはたくさんある。
イチローとプイグの「競演」に関する記事の例
Lyle Spencer: Shades of graceful star Ichiro Suzuki in electric Dodgers rookie Yasiel Puig | yankees.com: News
というのも、プイグがMLBデビューしてすぐのブレーブス戦で、ライトからの強肩で1塁ランナーをサードで刺したプレーが、イチローがMLBデビューしてわずか8戦目のオークランド戦で、サード手前でテレンス・ロングを刺してみせた、あの伝説の「レーザービーム」と似ていたからだ。

イチロー「レーザービーム」(2001年4月オークランド戦)
公式サイト動画:http://wapc.mlb.com/play?content_id=16865121



プイグの強肩(2013年6月8日ブレーブス戦)





これまで「1958年」という年がいかに特別な年だったか、ということについて、沢山の記事を書いてきた。MLBでは、ドジャースとジャイアンツが西海岸に移転した年であり、またそれはアメリカ社会が大きく変わっていくターニングポイントでもあった。
Damejima's HARDBALL:「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。
かつてニューヨークのブルックリンにあったドジャースが西海岸に移転したのは1958年だが、その前後、1941年以降1981年まで、ワールドシリーズでヤンキースとドジャースは11回も戦い、その回数がワールドシリーズの対戦レコードとなるほど覇権を競いあった。サンディー・コーファクスドン・ドライスデールが投げ、ミッキー・マントルレジー・ジャクソンが打ち返す。それがこの黄金カードの歴史を作ってきた。

しかし、こと、レギュラーシーズンの記録となると、1997年にインターリーグ制が導入されて以降も、2004年と2010年にドジャースタジアムでの3連戦が2度、計6ゲームが行われただけで、ヤンキースタジアムでのゲームは一度も行われていない。(さくっと調べたところ、ネット上に、「2連戦が3度」という記述、「2003年と2010年」という記述があるが、いずれも間違っている)
2004年のゲーム結果
2004 New York Yankees Schedule, Box Scores and Splits - Baseball-Reference.com
2010年のゲーム結果
2010 New York Yankees Schedule, Box Scores and Splits - Baseball-Reference.com

つまり、今日の第1試合は、かつてブルックリンにあったドジャースがレギュラーシーズンの試合で初めてニューヨークに帰ってきた歴史的なゲームなのだ。

どうもわけがわからないのは、地元メディアや古くからのヤンキースファンと称する人たちが、ドジャースのニューヨーク帰還よりも、元ヤンキースのドン・マッティングリーが監督としてニューヨークに凱旋してきたことを優先するかのごとく騒いでいたことだ。
彼らには悪いのだが、マッティングリーがニューヨークに戻ったのは、単純に彼がドジャース監督だからなだけであって、それ以上の意味はない。それより「あのブルックリン・ドジャースがニューヨークに帰ってきたこと」のほうが、MLB史にとって遥かに重要なのは、言うまでもない。


もちろん、このゲームがドジャースにとってレギュラーシーズンでは初めてのヤンキースタジアムでのゲームであることを報じる記事は、もう掃いて捨てるほどあるわけだが、ブログ主に言わせれば、そんな誰でも書けることは、誰かが書くわけで、本当に知りたいと思うのは、「かつてニューヨークを本拠地にしていたドジャースが、なぜこれまでヤンキースタジアムでゲームをやらなかったのか、そして、なぜ初めてヤンキースタジアムに来ることになったのか、その理由」だ。

そこには、よほどなにか秘めたドラマというか、「ワケあり」な話があるに違いないと思うのだが、どうだろう。

ダブるヘッダー第1戦のWrapページ20130619
Los Angeles Dodgers at New York Yankees - June 19, 2013 | MLB.com Wrap


June 16, 2013

ヤンキースのフィル・ヒューズは、不思議なピッチャーである。そしてまた、わかりやすいピッチャーでもある。


というのは、彼が
ア・リーグで「最も初球ストライク率の高いピッチャー」で、同時にまた「カウント0-2に追い込む率が最も高い投手」であるにもかかわらず、どういうわけか
打者ひとりあたり、最も多くの球数を投げるピッチャーのひとり」でもある、からだ。
(2013年6月14日現在。以下データ採集日も同じ)


「初球ストライク率」が70%を超えるピッチャーなんて、ア・リーグでは彼ひとりだけだ。ナ・リーグをみても、たった2人しかいない。(ミルウォーキーのカイル・ローズと、アリゾナのパトリック・コルビン)
また「打者をカウント0-2に追い込む率」(Baseball Referenceでいう「02%」)は、38%。これも35%を超えるピッチャーなんて、ア・リーグにはスコット・カズミアーとアニバル・サンチェスくらいしかいない。バーランダーでさえ34%だ。

問題なのは、これだけストライクを投げているというのに、彼の「打者ひとりあたりに投げる球数」(P/PA=投球数÷打席数)は、4.10と、4を超えてしまっていることだ。P/PAが4.10を超えるローテーションピッチャーなんて、ア・リーグでたった5人しかいない。(クリス・ティルマン、ヘクター・サンチアゴなど)

本当にヒューズは不可思議なピッチャーだ。


要するに
フィル・ヒューズは、「初球に必ずといっていいほどストライクを投げる」し、「バッターを追い込むのが誰より上手い」が、同時に、「どんなバッターにも、必ず4球以上投げてしまう」という、勝負どころで真っ向勝負に行けない、典型的な「ひとり相撲」タイプのピッチャーだ
ということだ。(この傾向は、実はサバシアや黒田にもある)


ヤンキースのゲームをいつも見ている人には説明するまでもないことだが、ヒューズは打者を追い込んむところまではいいが、そこからがダラダラ、だらだら、やたらと長い
バッターを追い込んだら、彼は、必ずといっていいほどアウトコース低めあたりに「釣り球のつもりの変化球」、シンカーやスライダーを投げたがる。
ところが、この釣り球、まるで効果がなくて、バッターは余裕で見逃してくる。だから、せっかくカウント0-2にしたのにボールばかり増えて、うっかりすると、0-2からフルカウントにしてしまうことも、けして少なくない。

要するに、ヒューズはピッチングの組み立てが滅茶苦茶にワンパターンで、しかも追い込んだ打者にさらに強気の勝負を挑んで、たたみこめないタイプなのだ。


「初球ストライク率」の高いピッチャー(2013AL)

「初球ストライク率」の高いピッチャー(2013AL)
2013 American League Pitching Pitches - Baseball-Reference.com generated 2013/06/15


打者ひとりあたりの投球数の少ないピッチャー(2013AL)

打者ひとりあたりの投球数の少ないピッチャー(2013AL)
資料:同上


では、ヒューズには名投手になれる可能性はないのだろうか?

いや、むしろ、彼が「バッターを噛み殺さんばかりの勝負への気迫」やクレバーな配球術さえ持てば、名投手への道も開けると思う。下記の2つの表を見てもらいたい。


これらは、上の2つの図で「リストA両方に出ているピッチャー」と、「リストB下の図だけに出てくるピッチャー」を並べてみたものだ。

リストA:エース級が多い。サイ・ヤンガータイプ
初球ストライクが入り、かつ、球数も少ないピッチャー
バートロ・コロン 2.92 66%
デビッド・プライス
岩隈久志 1.79 66%
CCサバシア
アーヴィン・サンタナ 2.74 66%
ジョー・ブラントン
ジェレミー・ガスリー 3.60 64%
(名前の後の数字は防御率と初球ストライク率。
 数字のいい投手のみ添付)

リストB:軟投の技巧派が多い。
初球ストライク率が低いにもかかわらず
球数が少ないピッチャー

ジェローム・ウィリアムズ 3.15 61%
アンディ・ペティット 3.95 61%
ジェイソン・バルガス 3.74 58%
ニック・ぺティッシュ
ケビン・コレイア 3.97 58%
ジャスティン・マスターソン 3.52 61%
ブランドン・マウアー
ダン・ストレイリー
ジャスティン・グリム
ジャロッド・パーカー
ジョー・ソーンダース
バッド・ノリス 3.47 65%


かつて初球からどんどンストライクをとっていたジェイソン・バルガスを知っている立場からいうと、今年の数字には、ちょっと驚かされる。今シーズンの彼は初球ストライク率がなんと「58%」しかない。昔と組み立てを変え、今は初球に無理にストライクを取りにいくのを止めているのだろう。
彼本来の良さは、コントロールが抜群に良いことだが、かつてはクリフ・リー譲りの攻めの配球を信条としてもいたから、シアトル時代は初球から何の迷いもなく、積極的にストライクを取りにいっていた。
だが、いかんせん彼は大学時代の怪我でスピードはない。相手チームにパターンを覚えられるとストライクを狙い打たれる。だから、今年はたぶんバッターに狙いを絞らせない意味で配球コンセプトを変え、「初球から無理にストライクをとらなくても、球数は少なく抑えられる」そういうピッチングを心がけているのだろう。本当に稀有なピッチャーだ。

かたや、「初球ストライクは入るが、決めきれず、球数の多いピッチャー」のひとり、フィル・ヒューズの防御率は、現在のところ4.89。似たタイプのジェイク・ピービ―もERA4.30であり、概してこういう「初球にストライクを多投するが、どういうわけか球数自体は増えるタイプ」のピッチャーのERAは平均して高い。
バートロ・コロンのような「初球にストライクが入り、しかも、球数も少ないピッチャー」と、「単に初球にストライクが入るだけで、球数は多い」のヒューズとの違いは何だろう。
せめてヒューズに、打者とガチンコ勝負する心臓の強さ(もっと言えば、勝負どころで使えるキレのいい変化球、クレバーで大胆な配球も欲しいところだが)があれば、せっかくのストライクがもっと生きて、不動のエース級ピッチャーになる道も開けるだろうに。もったいない。


今の時代はやたらと出塁率を重んじるセイバーの影響などもあって、バッターが非常に球を見てくる(ないしはベンチがやたらと見逃しを指示してくる)確率が高くなっている時代だから、ピッチャーが初球ストライクを決めること自体は、たぶんかつてほど難しくない。
だが、いくら初球ストライクを決めたとしても、球を見てくるバッターばかりになってきた今の時代、追い込んだ後でアウトコースにしみったれた変化球ばかり連投するようなワンパターン配球を繰り返していても、強いチームの好打者はそうそう簡単に凡退してくれなくなっている。


かつて、ダメ捕手城島がシアトルにいた時代には、「初球にはストライクを投げるべきだ。それがいいピッチャーの条件だ」なんて、紋切型なことをもの知り顔で言いたがる人間をよく見かけたものだ。
だが、「初球にストライクを決めておいて、後はアウトコース低めを連投」なんていうワンパターン配球だけで世の中渡っていけるなら、誰でもサイ・ヤング賞投手になれる。

MLBのピッチャーにはさまざまなスタイルがある。「MLBでは必ず初球にストライクを決めてくる」だの、「初球にストライクを必ず投げるべきだ」だのと知ったかぶりに主張するのは、勘違いもはなはだしい。
初球にストライクを決めることばかりが、いいピッチャーになる条件なわけがない。
もしそれが本当なら、「他の誰より、初球にストライクを決められるフィル・ヒューズ」が、他の誰より先にア・リーグのサイ・ヤング賞投手になれたはずだ。

いくら初球ストライク率が高くても、追い込んだバッターとの勝負にいかなければ、必ずしもいい投手にはなれない。


参考記事:Damejima's HARDBALL:2011年5月13日、「打者を追い込むところまで」で終わりの投球術と、「打者を最終的にうちとる」投球術の落差  (1)打者を追い込んだ後のヘルナンデスの不可思議な「逆追い込まれ現象」

June 14, 2013

ヤンキースが4月末にメジャーに上げてきた新人ピッチャー、ヴィダル・ヌーニョは、そこそこいい球を投げるピッチャーだなとか思って見ていたが、すぐに股関節の故障でDL入りしてしまった。これは下の写真で明らかなように、ピッチングフォームそのものに「欠陥」というか「無理」があるためだ。


理屈より、比較したほうが早い。同じ左腕で、身体の左右のバランスのとれた非常に綺麗なフォームで投げるドジャースの好投手、クレイトン・カーショーの写真を並べてみた。
このブログで松坂やダルビッシュについて何度も書いてきたことだが、「つま先の向き」を見てもらいたい。
参考記事:Damejima's HARDBALL:ピッチャーの投球フォーム(日米比較)

ヌーニョの右足のつま先が完全にファースト側を向いてしまっている」ことでわかるように、ヌーニョは下半身がファースト側に向いたまま、ホームプレートに向かって腕を振っているから、踏み出した右足に加わる「ねじれ」が、投げるたびに股関節を直撃する。

対してカーショーのフォームは、「全身が伸びやかにホームプレート方向にまっすぐ向いていて、どこにも無理がない」。

クドクド説明するまでもない。
ヌーニョのフォームで股関節に負担がかからないわけがない。

ヴィダル・ヌーニョの歪んだピッチングフォーム

クレイトン・カーショーのピッチングフォーム


ヌーニョは2009年のドラフト48位(全体1445位)でクリーブランドに指名され、2011年3月にリリース。同年6月にヤンキースに拾われている。
まぁ、ドラフト順位が順位だし、コーチに助言してもらう機会もほとんどないまま現在に至っているのかもしれないが、それにしたって、この「できそこないのフォーム」のまま投げさせたのでは、すぐに壊れてしまう。

別にヤンキースのマイナーのピッチングスタッフを批判する意味で書いているのではない。単に、せっかく野球という素晴らしいスポーツでプロになれる才能に恵まれたのだし、せっかくの才能を故障でフイにしないようにしてもらいたいと願うから書くだけだ。


もちろん、あらゆるピッチャーがクレイトン・カーショーのようなフォームで投げなければいけない、などと、堅苦しいことを言うつもりはない。むしろ、それぞれに個性的なフォームで投げるほうがいい。

だが、ヌーニョの場合、「個性的」なのではなくて、単に「おかしなフォーム」「未完成なフォーム」なわけだから、故障する前に誰かが矯正してやらなくてはならない。
若いうちから「ほっといても活躍できる」のは、ほんの一握りの天性に恵まれた選手だけでしかない。そうした「天才たち」を除けば、シアトルがメジャーに上げてきたマイク・ズニーノじゃないが、きちんと指導も育成もしないまま、メジャーでゲームだけ経験させれば使い物になるというものでもない。

ちょっと使ってみました。壊れました。バイバイ。
それじゃ、寂しすぎる。

June 13, 2013

6月12日オークランド戦のブランドン・ロスの2ランホームランで、イチローはライトで「あたかも捕れるかもしれないというフリ」をして、ランナーを釘付けにした。そのトリックプレーについて語るロスのコメントがなんともユーモラスだ。
動画(MLB公式):http://wapc.mlb.com/play/?content_id=27978007&c_id=mlb

Moss drilled a two-run shot to right on the first pitch he saw from Phil Hughes in the second, but he and baserunner Josh Reddick both were fooled by right fielder Ichiro Suzuki, who was camped under a nonexistent flyball, into thinking it had stayed in the park.
"That was an incredible deke," Moss said. "I told him when he got to first base, he deked me so well I didn’t want to give him credit for it. I was thinking, ‘I thought that was at least to the track!' "

モスは2回、フィル・ヒューズの初球をライトに2ランホーマーを打ち込んだが、打者モスと走者ジョシュ・レディックは2人ともライト・イチローのトリックにひっかかった。イチローは存在しないフライボールの落下点に入ったようにみせかけ、あたかもボールがまだフィールド内にあるかのように2人に思わせたのだ。
「凄いフェイントだったねぇ」とモス。(ブログ注:モスは一塁手なので、モスがホームランを打った後、別のイニングにイチローがヒットで出塁してファーストに来たとき、モスのほうから走者イチローに話しかけた。それが以下のコメント)
「イチローがファーストに来たとき言ったんだよ。『あまりにも上手に騙されたからさ、褒めたくないくらいだよ。少なくともウォーニングトラックまでくらいは飛んだはずだと思ったのにさ』ってね」

Moss, Straily, Doolittle shine in A’s win over Yankees | Oakland Athletics : The Drumbeat | an SFGate.com blog


6月12日オードットコロシアムで行われたオークランド戦でイチローは2本のヒットを放ち、これでMLB通算安打数を2659本とし、「27歳から39歳までに打ったMLB通算ヒット数」において、これまで1位だったピート・ローズ(2658本)を抜き、MLB歴代1位に躍り出た。
資料記事:Damejima's HARDBALL:2013年6月9日、おそらく"Unbreakable Record”となるイチローの「27歳から39歳までの間に打ったMLB通算ヒット数」。歴代1位ピート・ローズに、「あと1本」。

27歳から39歳までの間に打った通算ヒット数ランキング 20130612
Provided by Baseball-Reference.com : Batting Split Finder Generated 6/12/2013


イチローがMLBデビューしたのは、「27歳」。

だから、「27歳から39歳までに打ったMLB通算ヒット数」においてイチローが「MLB歴代1位」ということは、イチローがもしキャリアの最初からMLBでプレーしていたら、MLBの野球殿堂入りの目安のひとつといわれる「MLB通算3000本安打」どころか、空前の「MLB通算4000本安打」を達成し、さらには「ピート・ローズのもつMLB通算最多安打」に迫る安打数を、「MLBのみ」において達成した可能性が非常に高いことを意味している。

このことは、イチローが積み上げつつある「日米通算安打記録」が、単なる日本とMLBの記録の「合算」ではなく、他のどんなプレーヤーも到達したことのない「特別な記録」であることを意味している。

© damejima

最近、どうも球審のストライク・ボールの判定がよろしくない、と感じることがある。ゾーンが広いとか狭いとか、きわどい球の判定がどうこうとか、細かいことを言いたいのではなく、「明らかなストライクなのに、『ボール』と平然とコールする球審がいる」、と感じるのだ。

そういうとき、今日のアンパイアは誰だ?と思って調べてみると、知らない名前のアンパイアだったりする。

単なる偏見かもしれないが、この現象、今シーズンが始まる前にMLBのクルーチーフクラスのアンパイアが3人も同時に入れ替わったからじゃないか、と思っているのだが、どうなんだろう。

2013シーズン前に引退したアンパイア
Derryl Cousins 66歳
Tim Tschida 55歳
Ed Rapuano 52歳

新たに採用されたアンパイア
Vic Carapazza
Manny Gonzalez
Alan Porter

クルーチーフに昇進したアンパイア
Ted Barrett
Fieldin Culbreth
Jim Joyce


2013シーズンのクルーリスト
2013シーズンのクルー表
ソース:2013 MLB Umpire Crew List | Close Call Sports and the Umpire Ejection Fantasy League


今年引退したアンパイアのうち、4,496試合も裁いた御年66歳のDerryl Cousinsは、MLBで33年間も働いた大ヴェテランだから、まぁ、引退といっても、年相応の定年みたいな意味の引退だが、残りの2人、TschidaとRapuanoはまだ50代なのだから、ちょっと早すぎる。


Tim Tchida自身が引退理由をインタビューで語っているのでちょっと訳出しておく。彼は引退理由を「首から上の怪我のため」と言っているわけだが、(彼自身は明言してないが)慢性的な怪我をする原因が「ファウルチップによる強烈な衝撃」にあるのは明らかだろう。
やはりアンパイアは大変な商売だと、あらためて思う。

引用元:Former umpire Tim Tschida 'having a ball' as prep assistant coach - TwinCities.com

BS: You're still a young guy. Why did you retire from umpiring?
まだ若いのに、なぜ引退?

TT: I've had some concussions and some upper-neck injuries over the years. I've spoken to a couple of experts who've said, "You're one hard foul tip away from quality-of-life issues." That was a big part of it. And quite frankly, I'm tired of the travel. Thirty years of running in and out of airports, it was enough. When I came in, the average number of pitches in a major league game was 200. Today, it's 300. Just working balls and strikes alone at the major league level is twice as hard as when I came up. It's so scrutinized, and there's the replay and the talk of changes and all the things that were there. I just thought, "It's time."

長年、脳震盪と首の上のほうの怪我を患ってたんだけど、何人かの専門家に聞いたら、『あと1回強烈なファウルチップを受けたら、それこそ今後の人生がフイになる重大事になる』って言われてね。それが最大の理由さ。
それと、率直に言って、旅に疲れたんだ。なんせ30年間も空港を行ったり来たりしたんだぜ? もう、たくさんだ。
俺がメジャーのアンパイアになったとき、MLBの1ゲームあたりの平均投球数は「200」だったんだ。それが、今じゃ「300」さ。(厳密な判定が要求される)MLBレベルでボールとストライクを判定する仕事をするってことは、俺がこの仕事に就いた時より2倍もハードになってるんだよ。あれこれ人に詮索されるし、今じゃインスタント・リプレイもある。判定の変更について議論もしたりしなきゃなんない。あらゆるものが変わった。で、ふと思ったんだ。『もう潮時だぜ』ってね。

上の記事を引用したClose Call Sportsによれば、Ed Rapuanoの引退理由も、Tim Tschidaと似たような理由らしい。さらに、Brian Rungeにも怪我が原因で引退するのでは、という噂があるらしい。

Meanwhile, Ed Rapuano retired to the position of MLB Umpire Evaluator due to similar injury concerns.
Rumor: AAA Umpire May be Hired, Replacing Brian Runge | Close Call Sports and the Umpire Ejection Fantasy League


Tim Tschidaがメジャーデビューしたのは1986年。ヤンキースでいうと、ルー・ピネラが監督、ドン・マッティングリー、リッキー・ヘンダーソンが現役選手という時代の話なわけだが、以下のデータで見る限り、Tim Tschidaが「俺がMLBに入った頃は、ピッチャーの投球総数は200だった」というのはちょっと大袈裟な数字であって、実際には、「1チームあたり130ちょっと」くらい、「両軍あわせて260くらい」と見るのが妥当じゃないかという気がする。
でも、まぁ、それにしたって、近年バッターが、selective、つまり、ますます球を選ぶようになっているのは事実だ。そして、その背景に「セイバーメトリクスの影響」があるのは、おそらく間違いない。
1980年代末以降の投球数の増加 via Baseball Reference
The average number of pitches thrown per game is rising ≫ Baseball-Reference Blog ≫ Blog Archive

いつもアンパイアの判定にケチをつける記事ばかり書いているが、こういう記事を書いたときくらいは、常にファウルチップの危険に晒され、選球眼ばかりがやたらと強調される嫌な時代にアンパイアをやってくれている人たちへ、感謝の気持ちを思い出しておこう。

お疲れ様。Tim Tschida。
あなたがピッチャーからの不平不満に神経をすり減らしてコールし続けた「MLBで最も狭いストライクゾーン」を、いつまでも忘れないよ(笑)
Which umpire has the largest strike zone?

damejima at 04:53
アンパイア 

June 10, 2013

いよいよイチローピート・ローズという山を少しずつ越えはじめている。

27歳から39歳までの間に打った通算ヒット数ランキング
Provided by Baseball-Reference.com : Batting Split Finder Generated 6/9/2013

これはMLBで「27歳から39歳までに打った通算ヒット数ランキング」。27歳でMLBデビューしている2位イチローのMLB通算ヒット数2657本は、暫定1位ピート・ローズの2658本、つまり、「ピート・ローズがイチローと同じ27歳から39歳という年齢で打った総ヒット数」に、「あと1本」と迫っている。
いうまでもなく、近日中に1位はイチローになるだろう。ピート・ローズの「天下」はこうして少しずつ終わっていくのだ。

1位2位の2人と、3位Doc Cramerの記録が既に約250本も離れていること。現役で、イチロー以外で唯一ベスト10入りしているデレク・ジーターの安打記録は、最近の彼の長期DL入りにより今後大きく伸びることはないと思われること。そして、いまだ現役のイチローが今シーズンのゲームで安打数を伸ばせること。
あらゆる点を考慮すると、この「27歳から39歳までの間に打った通算ヒット数」は、2位イチローが1位ピート・ローズをかわした後、「シーズン262安打」、「10年連続200安打」と並んで、イチローのもつ「今後もう二度と破られそうにない記録」、いわゆる "Unbreakable Record" のひとつになることは、まず間違いない。


なお、この「27歳から39歳ランキング」において、ジョージ・シスラーは24位(2031本)と、MLB史に残る安打製造機のひとりである彼にしては少なめの数字になっている。これは彼が目の病に悩まされて「37歳」で引退しているためで、もし彼が39歳まで健康に過ごしたとしたら、MLBで過去にイチローとピート・ローズ、2人のみが達成できた「27歳から39歳までに2600本以上のヒットを打つ」という空前の数字に迫ることができたのは、やはりシスラーだったのではないか、と思う。
ちなみに、シスラーがセントルイス・ブラウンズでシーズン最多安打記録「257本」を打ち立てたのは、イチローがMLBにデビューしたのと同じ、27歳のときである。
George Sisler Statistics and History - Baseball-Reference.com


また参考までに記しておくと、「30代で打ったMLB通算ヒット数ランキング」は以下の通り。

30歳台で打ったMLB通算ヒット数ランキング
Provided by Baseball-Reference.com : Batting Split Finder Generated 6/9/2013.

こちらの記録のほうは、イチローがあと31本ヒットを打つとピート・ローズを抜くことができる。これも1位がイチローになるのは時間の問題だ。

こちらの記録のほうも、「27歳から39歳までのヒット数」と同様に、3位以下は既に引退している選手と、現在DL中のジーターだから、イチローがピート・ローズを抜いた後は、こちらもまた、イチローのもつ "Unbreakable Record" のひとつになるのは、ほぼ間違いない。

この「30代で打ったヒット数」では、最初に挙げた「27歳〜39歳のランキング」ではベストテンに名前がないクレイグ・ビジオが10位に入っていて、いかに彼が遅咲きの名選手だったかがわかって面白い。41歳で引退した彼が唯一記録したシーズン200本安打も、キャリア最高シーズン打率.325を記録したのも、彼が32歳のときだった。

27歳から39歳までに打ったヒット数と打数・打席の関係
X軸:ヒット1本に要した打数
Y軸:ヒット1本に要した打席数
(2013年6月10日現在 © damejima)

June 06, 2013

いうまでもなく、このブログは、やがてイチローのMLB通算ヒット数が、毎月のように過去の有名プレーヤーの記録を追い抜きはじめる日々が始まること、そして、ピート・ローズタイ・カッブに「毎月、毎週、迫っていく、ヒッチコックサスペンスのようなリアリティ」が多くの野球ファンにインパクトを与え続ける日々が始まることを、ずっと楽しみに待っていた。
テッド・ウィリアムズの次の「毎日をワクワクして暮らすためのターゲット」はMLB通算2721安打のルー・ゲーリッグにしようかなと思っている。

誰しも、「イチローの日本での安打数1278本」+「ルー・ゲーリッグと同じMLBでの安打数2721本」=「3999本」であることをわかった上でイチローの4000本達成を心待ちにしているものとばかり思っていたが、どうやらそうでもないらしい(笑)あらためて書いておこう。
イチローが「日米通算4000本安打を達成するとき」、というのは、同時に、「ルー・ゲーリッグを越えるMLB通算2722目のヒットを打ったとき」でもある。


クリーブランド第3戦に代打として登場したイチローは、ボルチモアチョップでヒットを稼ぎ、MLB通算安打数を2655本とし、ついにテッド・ウィリアムズを抜き、通算安打数記録のMLB歴代単独72位につけた。

Ichiro passes Williams on all-time hits list http://mlb.mlb.com/video/play.jsp?content_id=27762091

この日のヒットについて、ヤンキース公式サイトのBarry Bloomが、なかなか味のある文章を書いてくれた。
Barry Bloom: Yankees outfielder Ichiro Suzuki embraces magnitude of 4,000 hits | yankees.com: News
イチロー本人でさえ「日米通算」という記録のあり方にそれほど重い意味を置いていないことは、これまでの報道から明らかだが、Barry Bloomがあえて「4000本」をタイトルにもってきたこの記事に、彼の書き手としての優秀さが表れていると思うのは、彼が「さまざまな議論があることなど、承知し、ふまえた上で書いている」からだ。


この記事が引用しているブライアン・キャッシュマンGMのこんなコメントがある。
"I can give you a list of guys who came here as superstars in other environments, and they were reduced to smithereens in New York,"
もっと破格の待遇でヤンキースに来たスーパースターで、ニューヨークで木端微塵になるほど価値が暴落した選手なんて、掃いて捨てるほどいる。

最初から高額サラリーで入団するフリー・エージェント系の選手の多い「あらゆる物価が高いヤンキース」のGMらしいコメントだが、Bloomは、イチローが「ヤンキースで木端微塵になった選手」かどうかについて、Ichiro is not one of them. とハッキリ断言した上で、イチローのこれまでのキャリアの特徴を以下のように端的にまとめている。
He's thriving for the Yankees and enjoys the history and tradition, even though he was always a small-market player in Asia and the U.S.
イチローは、アジアでもアメリカでも常にスモールマーケットのプレーヤーだった。にもかかわらず(ビッグマーケットである)ヤンキースに来てもサバイバルできていて、なおかつヤンキースの歴史と伝統を楽しんでもいる。

Bloomは、イチローのキャリアの特性を明らかにする上で、ビッグマーケット、つまり強豪球団育ちである松井のキャリアとの差を指摘した上で、こんなふうに断言している。
Yet, it's Ichiro, not Matsui, who eventually should have a plaque in Cooperstown, N.Y. From the beginning, Ichiro was drawn to the Hall of Fame as a rookie.
ニューヨークの野球殿堂にプレートが掲げられるのは、イチローであって、松井ではない。イチローにはルーキー時代から既に、野球殿堂に至る道が敷かれている。



彼の文章がいいのは、例えば2013シーズンのイチローがヤンキースでけして恵まれた環境でプレーできる環境に置かれているわけではないことをきちんと理解しながら、ヤンキースのマーケットの大きさに惑わされることも、現実から目をそらすこともなく、自分自身の意見として「イチローの業績と評価」ついて意見を述べていることだ。
ヤンキースでイチローは、さまざまな打順を打たされ、本職のライトや、ゴールドグラブを獲った経験もあって適性もあるセンターだけでなく、レフトまで守らされている。そのことも、Bloomはきちんと触れている。そして、言外に、そうした不安定な環境が必ずしもイチローの記録達成に関してプラスになるとはいえないことも、彼はきちんと理解している。


面白いのは、Bloomが、イチローの置かれた今シーズンの理想的とはいえないプレー環境や、日米通算記録の野球史的価値を認めるとか認めないとかいう数字オタクの議論を、すべてきちんとふまえた上で、それでも、イチローがテッド・ウィリアムズの通算安打数を抜いたことを意味する「2655本」について記事を書くことを選ぶのではなく、むしろ、あえて「4000本の栄光」について書き記すことを選んだことだ。
And now, with 4,000 hits beckoning, Ichiro is on the verge of joining the pantheon of the baseball gods.
いまや4000本安打達成が近づき、イチローは今まさに野球の神々の神殿の中に歩を進める、そういう地点に立っている。



今回の「2655本」についてのツイッターやメディアでの反応を眺めてもわかることだが、実は、イチローがMLB通算安打数でテッド・ウィリアムズに並び、そして抜いた「この地点」は、これまでの「単なる通過点」とはやや感触が違う。これまでは、どんな野球殿堂入り選手の安打数を抜いても、ほとんど記事になったり、関連記事がリツイートされたりという、「情報の渦(うず)」は起きなかった。
やはりテッド・ウィリアムズというプレーヤーは、単なる「MLBの歴史」なのではなくて、『歴史の中の歴史』なのだ。

その『歴史の中の歴史』、その「高さ」を越えていかないと、『歴史の中の歴史』になれないし、そもそも、毎日忙しい生活を送るたくさんの人々に、いまのいま起ころうとしていることの意味を理解してもらうことができない。
つまり、「テッド・ウィリアムズのような高い頂きを越えていく日々が始まることで、やっと、イチローという富士に似た孤高の山のもつ『空を突き抜けるとみまがうほどの、見上げるような高さ』を理解できる人が一気に増える」ということだ。

この「高さ」は、毎日毎月少しずつ積み重なっていくだけに、到達した高さが実感しづらい、そういう種類の「高さ」だ。無理にたとえるなら、それは「ずっと続けてきた定期預金が、ある程度まとまった金額になったとき、ようやく自分の貯金の『多さ』に気がついて、喜びをかみしめているサラリーマン」ような状態なわけで、イチローの「高み」になかなか気がつかない人がいるのも、こればかりはいたしかたない。


ともかく、今回の「テッド・ウェリアムズ越え」で、
ひとつ、とてもよくわかったことがある。

4000本安打達成というのは、日米の野球メディア、日米の数字好きの野球オタク、さらにイチロー自身が、これまで想定してきたレベルより、ずっと大きなインパクトを野球ファンにもたらすだろう、ということだ。


正直にいえば、このブログにしても、MLB3000本安打はともかく、日米通算4000本安打については、「日米通算」だからな、などと思った部分もなくはなかったのだが、今回の「テッド・ウィリアムズ越え」を経験したことで、今までと違う「感触」を持った。
それは、他の選手ならともかく、イチローの場合に大事なのは、「日米の野球記録を通算することが、果たして記録として正当性があるかどうか」なんていう「数字上の議論」ではない、ということだ。

意味があるのは、
「イチローという選手のキャリア全体が、
4000本という地点の『高さ』にふさわしいかどうか」

ただそれだけだ。


もちろん答えは、Barry Bloomも、
そしてこのブログ主宰damejimaも、意見は同じ。

Absolutely, YESだ。


「イチロー4000本安打達成」は、その達成時、「さまざまな議論があることなど、承知しているつもりでいるあなた」がタカをくくっているより、ずっと大きな反応を引き出すことだろう。
今後はこのブログでも、ひとめはばかることなく『4000本の栄光』について触れることにする。

まだ「2655本」の段階でさえ、こうなのだから、イチローの「4000本」は既に「4000本」という、とてつもない数字にふさわしいインパクトの大きさを持っている。

June 05, 2013

クリーブランドとの第2戦、イチローが3回の第2打席でレフト前にタイムリーヒットを放ち、MLB通算安打数を2654とし、1941年に打率.406を記録し、20世紀最後の「4割打者」としても知られるボストンのレジェンド、ホール・オブ・フェイマー(HOF)、テッド・ウィリアムズに通算安打数記録で並んだ。

MLBキャリア通算ヒット数ランキング(2013/06/04)

記事Ichiro even with Williams on all-time hits list | yankees.com: News

動画http://wapc.mlb.com/play?content_id=27727087

イチローの動画リスト(チーム公式バージョン):Search Results | MLB.com Multimedia(イチローの動画リストには、これ以外にMLB公式サイトのバージョンもある)

このニュースは、MLB公式サイト、および、アメリカの4大プロスポーツの最新情報を伝えるSports CenterのTwitterによってさっそくツイートされた。
これからのイチローの通算安打数記録は、抜いていくプレーヤーのひとりひとりが、ほぼ全員『殿堂入りしてMLB史に残る選手ばかり』になるから、よけいに楽しみだ。


最近なにかと話題の増えつつあるイチローだが、Yankees Publicationが月に1回(3月〜10月)、年に8回発行しているYankees Magazineの6月号の表紙を飾った。(表紙を飾るのは通算2回目。1回目は昨年2012年の10月号)

Yankees Magazine 2013年6月号表紙Yankees Magazine 2013年6月号表紙
Published by Yankees Publications

また毎週木曜日に発行されている老舗のクオリティ・マガジン(といっても、もうかつてのような栄光はなく、パルプマガジンのような体裁になってしまっているが)、The New Yorkerの2013年4月8日号の表紙にも、他の「高齢選手」にまじって(笑)杖をついた姿のイチローが表紙を飾った。

雑誌『ニューヨーカー』2013年4月8日号表紙


まず、Yankees Magazine
だが、紙に印刷された実物の雑誌である『印刷バージョン』と、オンラインでダウンロードしてパソコンなどで楽しむバーチャルな『デジタルバージョン』の2種類がある。
いずれも、ヤンキース公式サイトを訪れて、そこに書かれた懇切丁寧な説明をしっかり読んで理解し、きちんと手続きすれば、アメリカ・カナダ以外の国からでも購入できる。
1シーズン分の購入価格は、アメリカ国内での購入した場合が$49.99であるのに対し、カナダが$100ちょうど、アメリカ・カナダ以外の国の場合が$120となっている。
ちょっとお高いと感じる人がいるかもしれないが、これは料金に海外発送のための送料が含まれているためで、実際には特に高くはない。(価格はすべてUSドル。購入にあたっては、無用なトラブルを避けるため、公式サイトに丁寧に説明されている案内をくれぐれも熟読されたし)
Yankees Magazine FAQより
Yankees Publications | yankees.com: Fan Forum

Q: How much is a subscription to Yankees Magazine?
A: A one-year subscription (eight issues from March to October) to Yankees Magazine costs $49.99 (includes subscription and shipping). Subscribers in Canada will be charged a total of $100 (includes subscription and shipping). All other international subscribers will be charged a total of $120 (includes subscription and shipping).


次にThe New Yorkerだが、表紙イラストを描いたのは、アメリカ出身のイラストレーター、Mark Ulriksen(マーク・ウーリクセン)。カバーストーリーが、The New Yorker電子版に掲載されているので興味のある方はどうぞ。
Cover Story: Mark Ulriksen’s Baseball Art : The New Yorker
『ニューヨーカー』のような洋雑誌も、今は日本国内にいながらにして年間購読できる。ウェブサイトを検索してみれば、そうした年間購読サービスについて案内している業者がわんさかみつかるはず。


ブログ注:ちなみに、いうまでもないことだと思うが、このブログで「日本からYankees MagazineやNew Yorkerを購入購読する方法」について触れたのは、日本のイチローファンでこれらの雑誌を購入し、手元に置いておきたいと思った方のために簡単なインフォメーションを記しておくのが目的であり、このブログは、この記事に書き記したサイトや業者とまったく何の利害関係もないし、またアフィリエイトによる関係もまったく無い。

June 03, 2013

GMズレンシックの仕業によるシアトル・マリナーズ 「2013年版 ポジション別 崩壊目録」は、「チームコンセプト+野手編」と「投手編」の2つに分割され、それぞれ必要に応じて改訂を続けている。
投手編 Last Updated : 2014/12/02

チームコンセプト+野手編」はこちら
Damejima's HARDBALL:2013年6月2日、GMズレンシックの仕業によるシアトル・マリナーズ 「2013年版 ポジション別 崩壊目録」 (1)チームコンセプト編+野手編


ズレンシックが放出したピッチャー

ジャロッド・ウオッシュバーン
2006年にFAでエンゼルスから加入。どことなくキーファー・サザーランドに似た風貌の左投手。MLB有数のラン・サポートの少ない投手として当時有名で、2009年7月にトレードされるまで変わらなかった。
主力先発投手3人が揃って城島とのバッテリーを拒否した2009シーズンのシアトルは、7月まで優勝戦線に残れるほど好調だったわけだが、中でもウオッシュバーンは準パーフェクトゲームを含む8勝6敗、防御率2.64。数字もさることながら、投手陣のリーダーとしてチームを鼓舞し続けた。
2009年夏のウオッシュバーンは、地元メディアにひっきりなしにトレードの噂を書きたてられ続ける状態だったにもかかわらず、ごくわずか残されたポストシーズン進出の望みを捨てずに奮闘。2009年7月には「ア・リーグ月間最優秀投手」を受賞している。
ウオッシュバーン自身は常に「トレードは望まない。このチームでやりたい」と公言し続け、シアトルでのプレー続行を望んでいたが、ズレンシックは耳を貸さず、トレード期限となる7月31日に、ルーク・フレンチ他との交換で、当時中地区首位だったデトロイトにトレードしてしまった。
リンク:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年7月23日、ウオッシュバーンは「移籍したくない」といい、「プレーヤーが売り払われないために、頑張るしかない」と語った。
リンク:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年7月27日、魚釣りの好きな男の父が息子に電話してきて「トレードされたのかい?」と尋ねた。息子は言う。it's not over.「チームはまだ終わってないよ。」そして彼は家族のために魚料理を作った。
投手陣の支柱だったベテラン投手ウオッシュバーンがトレードされたことで、その後シアトル投手陣は総崩れになり、チームにごくわずか残されたプレーオフ進出の望みは断たれた。後にはウオッシュバーンだけでなく、クリス・ジャクバスカス、ブランドン・モローなど、2009シーズンを戦った投手たちも次々と放出された。
ブランドン・モロー
トロント移籍にあたって、モロー自身がシアトルの投手育成の未熟さをメディアで公然と批判。またシアトル時代、不調だったモローに、当時の投手コーチ、リック・アデアが「カーブを多投させてみよう」と提案し、バッテリーとも打ち合わせが済んでいたにもかかわらず、実際のゲームではダメ捕手城島がモローにカーブのサインを「故意に」出さなかったというありえない事件がシアトル地元メディアによって暴露され、シアトルの育成能力の無さがさらに浮き彫りになった。
リンク:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年12月22日、「投手コーチ・アデアとの打ち合わせを無視し、モローにカーブのサインを一切出さなかった城島」に関する記録。投手たち自身の「維新」による城島追放劇の舞台裏。
移籍後、モローはトロントのスターターに定着。146.1イニングを投げ、10勝7敗と活躍し、準パーフェクトゲームも達成。シアトルが開花させることのできなかった実力の程を示した。
クリフ・リー
フィラデルフィアからGMズレンシックが複雑なトレードに相乗りする形で獲得。春先に調子が上がらないフェリックス・ヘルナンデスのかわりに、2010年夏までエースとしてチームを支えた。
だが、2010年7月のフラッグシップトレードで、ズレンシックが、こともあろうに同地区ライバルであるテキサスへ、マーク・ロウとともに放出。シアトルは、前年2009年の同じ7月にウオッシュバーンを放出して投手陣の精神的な支柱を失った事件に続き、2年続けて投手陣の支柱を失うハメになり、一方のテキサスはワールドシリーズを戦う大黒柱を得た。その後クリフ・リーは、2010年ワールドシリーズ終了後、5年総額1億2000万ドルの大型契約でフィラデルフィアへ戻った。クリフ・リー放出で得たスモークは、後に未熟なフリー・スインガーであることが判明した。
ダグ・フィスター
ズレンシック就任前からシアトルにいた生え抜き。ズレンシックによる2009年7月ウオッシュバーン放出、2010年7月クリフ・リー放出に続き、2011年7月デビッド・ポーリーとともにデトロイトに出された。移籍先のデトロイトで、あの剛腕バーランダーに続く先発の柱として大活躍し、2012年にはワールドシリーズ(vs SFG)でも先発した。2014年からナショナルズに移籍、ここでもローテ投手の一角として16勝6敗、ERA2.41のハイグレードな成績を挙げ、2014ナ・リーグサイヤング投票8位に輝いた。
フィスター放出の一方でシアトルが獲得したのは、キャスパー・ウェルズ、チャーリー・ファーブッシュ、チャンス・ラフィンなどだが、誰ひとり者になってなどいない。このトレードが「球団史に残る最悪トレードのひとつ」であることなど、言うまでもない。
マイケル・ピネダ
2005年にドラフト外契約した生え抜きで、2011年に鮮烈な先発デビューを飾った。最初の3か月の被打率は約2割で、ただならぬ将来性を漂わせたが、シーズン最期に失速。結果的に言えば、故障を抱えたまま投げていた。
2012年1月、ズレンシックはこのピネダを、モンテーロ、ノエシなどとのトレードでヤンキースに放出。故障が癒えず、なかなか戦列に復帰できなかったが、2014年スプリングトレーニングで復活。ズレンシックの無能さが浮き彫りになったトレードのひとつ。
ジェイソン・バルガス
2008年12月、GMズレンシックが三角トレードでメッツから獲得。本来「チェンジアップ主体で投げる投手」だが、常にキロスや城島といった「彼特有のピッチングスタイルを理解できないキャッチャー」とばかりバッテリーを組まされ、当初は成績が伸び悩んだ。
だが、彼の才能にフタをしていた城島が日本に去った後、バルガスの実力の片鱗が発揮され始め、2010年は6月までに14登板して、91.1イニングを投げ6勝2敗、防御率2.66。60もの三振を奪った一方、四球は23しか与えなかった。たしか、この時期のア・リーグWHIPランキングにダグ・フィスターとともに名前を連ねていたはず。残念ながらシーズン終盤には多投からくる疲労などで成績を崩した。
復調と飛躍が期待されたが、自分で始めた若手路線をみずから放棄して打線テコ入れをはかろうとするズレンシックが、バルガスを同地区アナハイムにケンドリー・モラレスとのトレードで放出。フィスターに続くバルガスの放出により、ズレンシックはシアトルGM就任時にチームに在籍していた「ヘルナンデス以外の先発投手の全員」を放出したことになった。バルガスはLAA移籍後、2013年5月、月間最優秀投手賞を受賞した。
2013年11月にカンザスシティと4年3200万ドルで契約。2014年ワールドシリーズを経験した。
カルロス・シルバ
バベシ時代の2007年12月に、4年4400万ドルで獲得したが、当時の正捕手城島とまるで息があわなかったこともあり、ずっとお荷物と思われていた。
リンク:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年6月19日、移籍後にストレートを投げる割合が83.1%から55.7%に突然下がり、シカゴ・カブスで別人になったカルロス・シルバの不可思議な変身。
GMズレンシックは2009年12月になって、何を思ったのか、シルバに600万ドルもの大金をそえ、シルバをカブスへ放出。かわりに問題児ミルトン・ブラッドリーを獲得するというギャンブル的トレードを断行した。
そのシルバが移籍先で開幕8連勝を記録する一方、ブラッドリーは数々の事件を起こした後に、ロサンゼルスで暴行事件で逮捕された。問題児を放出できただけでなく600万ドルの現金も得たカブスがトレードに成功した一方で、故意に問題児を抱え込んでコントロールできなかったズレンシックとシアトルは、暗黒の貧乏くじを引いた。
ショーン・ケリー
2007年ドラフト13位。この投手をズレンシックが外部からトレードで獲得してきたと思っている人が多いが、れっきとしたシアトルの生え抜き。だが、ズレンシックが獲得してきた投手ではない。
投手を見る目が全くない無能GMズレンシックが2013年2月ヤンキースに放出。ヤンキースで勝ちゲームのセットアッパーとして活躍。ショーン・ケリーのトレードもズレンシックの負けが確定。

ズレンシックが獲得したピッチャー
イアン・スネル
2009年7月末にGMズレンシックが、ジェフ・クレメントなど4人との交換で、ジャック・ウィルソンとともに獲得。どこにもいいところが見られないまま、2010年戦力外。
ルーク・フレンチ
2009年7月ウォッシュバーンを放出したトレードで、ズレンシックがデトロイトから獲得。2シーズンプレーし、ERA6.63、4.83。2010年10月を最後にメジャーのゲームに出ておらず、まったく使い物にならなかった。2011年8月DFA。
ブレイク・ベバン
2010年7月クリフ・リー放出トレードでテキサスから獲得。2007年テキサスのドラフト1位指名選手。クリフ・リー放出で先発が足りなくなったシアトルは、ベバンを「クリフ・リーがいなくても先発は足りている」とでも言いたげに言い訳がましく「ニワカ仕立ての先発」として起用した。
だが、3シーズン通算のERAは4.67と、とても先発投手としてやっていける能力はなく、2013年のWHIPが1.694と成績は壊滅的。やむなくリリーフに転向させるもどうにもならず、マイナー落ちさせたが、タコマでもWHIP1.521の惨状。にもかかわらずズレンシックは、この選手に2014年の1年契約を与えた。2014年オフにFA、アリゾナとマイナー契約。
ジョシュ・ルーク
2010年7月のクリフ・リーのトレードでテキサスから獲得してきた選手のひとり。過去にレイプで告発されているが、軽犯罪を認めることによって告発をまぬがれたらしい。この危ない投手を安易に獲得してきた責任者のひとり、スカウト・マネージャーCarmen Fuscoは2010年9月にクビになっている。いわゆる「トカゲの尻尾切り」だが、このことは日本ではほとんど知られていない。
チャーリー・ファーブッシュ
2011年7月フィスターとのトレードで獲得。フィスターのトレードが失敗でないことを主張したいチーム側は、このファーブッシュをしつこく先発投手として起用し続けたが、1年目は3勝7敗と、フィスターのトレードが大失態だったことが明白になっただけの結果に終わる。結局セットアッパーに転向。
チャンス・ラフィン
2011年7月フィスターとのトレードで獲得。同年WHIP1.571という酷い成績を残した。その後の消息は不明。フィスターのトレードがGMズレンシックの大失態だったことの証明となった選手のひとり。
ヘクター・ノエシ
2012年1月ズレンシックによるマイケル・ピネダとのトレードで、ヤンキースから獲得。フィスターで獲得したファーブッシュと同様、ピネダのトレードが失敗でないと主張したいがために、チーム側は、ファーブッシュと同様、このノエシも2012シーズンに無理矢理先発として起用し続けたが、ERA5.82、2勝12敗という「宇宙の破滅的成績」に終わった。「打てない、守れないモンテーロ」ともども、ピネダのトレードが大失敗だったことの証明となる選手のひとり。2013年マイナー落ちするが、マイナーでもERAは5.83。使い物にならないまま、2014年4月テキサスに移籍。
スティーブン・デラバー
2011年にFA選手として契約。翌2012年にシアトルでWHIP0.927という、ちょっと驚異的な数字を残しつつあったにもかかわらず、なんと2012年7月に外野手エリック・テムズとのトレードで放出。ズレンシックという人物が、自分は数字に強いというフリをし続けているにもかかわらず、実は数字に非常に疎いことがモロバレになったトレード。
デラバーは移籍先のトロントで活躍し、2013年オールスターに34番目の選手として出場。一方のテムズは2013年6月にDFAとなり、デラバーのトレードもズレンシックの負けが確定。
ダニー・ハルツェン
2011年シアトルのドラフト1位(全体2位)。ダスティン・アックリーと同じヴァージニア大学の出身。大学時代からかなり奇妙なフォームで投げていたピッチャーだが、2011年のMLB入りからわずか2年で肩を故障。手術が必要なレベルの重い怪我だった。マリナーズは「フォームに問題があるのはわかっていたが、時期を見てフォームを修正するつもりだった」などと、後づけで言い訳がましいコメントを出した。2014年も早々に怪我でリタイア。


クローザーの異動

JJプッツ
就任早々のズレンシックが2008年12月に行った三角トレードで、メッツに放出。シアトルはフランクリン・グティエレス、ジェイソン・バルガスなどを獲得。
デイビッド・アーズマ
2009年1月ズレンシックがボストンから獲得。クローザーに転向して38セーブ、十分すぎるほどの活躍だった。だが、一転して2010年はストレート一辺倒の単調なピッチングに固執し始めて、成績が低迷。2011年は故障を理由に一度も登板しなかったが、この見込み違いの投手にシアトルは450万ドルも払った。
ズレンシックはトレードを画策したが、うまくいかず、ズルズルと残留し続けた後、FAにさせてしまった。このため、シアトルはアーズマを「トレードの駒」として活用する機会を失った。これは明らかにGMの大失態。
ブランドン・リーグ
2009年12月、先発ブランドン・モローとのトレードでトロントから獲得。何年も活躍できる価値ある先発投手と、どこにでもいるブルペン投手のトレードをWIN-WINだなんて言い張るのは馬鹿馬鹿しい与太話でしかないが、モローの放出が大失態でないことを隠したい人間が、日本でもアメリカでもそういう嘘八百の与太話を主張した。だがそういう人間たちはやがて、トロントでのモローの活躍でやがて沈黙。だいたい、ブランドン・リーグがクローザーとしてマトモに機能したのは、不調のアーズマにかわり37セーブ挙げた2011年だけでしかない。2012シーズン途中にドジャースに移籍して、しばらくクローザーを務めたものの、あまりの失点ゲームの多さに2013シーズン途中でクローザーをクビにされ、その後チームは優勝したが、ポストシーズンのロスターから外される憂き目を見た。
トム・ウィルヘルムセン
2010年3月ミルウォーキーからFAで獲得。そもそもこの投手を発掘したのはミルウォーキー時代のズレンシック。WHIPが1.000を切っているだけに、成績にケチをつけるほどではないが、2009年のアーズマ、2011年のリーグと同じレベルの安定感があるわけではない。やがて消費されて終わり、だろう。



もちろん、もっとたくさんのダメ選手をズレンシックは獲得してきたわけだが、書いていて疲れてきたので、もう止める。馬鹿馬鹿しくて話にならない(笑)


2011年のこの記事でも書いたことだが
念のため、もう一度書いておこう。

ベースボールはGMのオモチャではない。
ファンのためのものだ。


かつて同種の記事を書いた。2011年1月、そして2013年6月だ。
月日が過ぎ、変われた人も、変わりたいのに何も変われない人もいる。
Damejima's HARDBALL:2011年1月22日、ポジション別 GMズレンシックの「ミスでミスを補う」かのような、泥縄式のこれまでの仕事ぶり。

正直、最近のマリナーズに興味など、全くない。ゲーム自体見ないし、見たいとも思わない。
だが、このチームがその後どうなったか、後世の事情のわからない人たちのための情報は必要だろうから、そのためだけに情報を集めて2011年のこの古い記事を更新し、資料として残しておくことだけはする。
この「常に道を踏み外し続けた常識の無いチーム」が犯し続けてきたチームマネジメントの壊滅的な失策の数々は、ポジションごとの選手推移を示すことでより具体的に見えるはずだ。
「守備重視」。それと矛盾する「先発投手セール」。先発投手を売って得た「若手重視」。「イチローバッシング」。「球場改修」。若手重視を放棄した「ベテラン回帰」。どれもこれも不合理な戦略ばかり。そして、あまりに無礼過ぎる言動の数々。どの策略をとっても、成功していないどころか、MLB始まって以来の壊滅的な失敗に終わっているのは誰の目にも明らかだ。


以下、まずジャック・ズレンシックのGM就任以降の「チームコンセプトの度重なる変更と放棄の歴史」をまとめ、次に、ポジション別プレーヤーの推移をメモとして残す。
以下の「あまりにもずさんな選手獲得履歴の数々」を読めば、このGMには「ちょっとおかしいとしか思えない、この人にしかない特有の病的な行動パターン」があることがわかるはずだ。例えば、「そのポジションに既に別の選手が在籍しているにもかかわらず、さらに、同じタイプ、同じ守備位置の選手を獲得してきてしまい、選手がダブってしまう」という、ちょっと「病的な癖」が、ズレンシックにはある。
簡単にいえば、この人物は、野球のジェネラル・マネージャーなのではなくて、自分の好きなオモチャだけ収集して机の上に並べたがる、単なる「コレクター」に過ぎない。「コレクター」は、自分の好きなものを収集したがるから、たとえ収集物がダブろうと、気にしないのである。


「守備重視」戦略選手編成は打撃壊滅によって破綻
ジャック・ズレンシックがGM就任以降コレクションしてきた選手のパターンのひとつは、ジャック・ウィルソン、ブレンダン・ライアン、フランクリン・グティエレスなどでわかる通り、「貧打の守備専用野手」だ。
この「守備専用選手コレクション」に始まった「守備重視」という奇想天外なチームコンセプトは、シアトル・マリナーズにMLB創設以来というレベルの「打線壊滅」をもたらし続け、シアトル・マリナーズは実質メジャーレベルのチームではなくなった。
にもかかわらず、チーム戦略の破滅的失敗が続いていることを認めたがらないシアトル・マリナーズは、見せかけだけの戦略を、しかもコロコロと変え続け、しかもそのすべてに大破綻を繰り返して、迷走につぐ迷走をし続けて、現在に至っている。

「守備重視」の放棄を意味する「先発投手セール」と、
先発投手セール失敗の責任逃れのための「若手重視」

誰がどうみても、広いセーフコフィールドでは、「優れた先発投手」、特に、ダグ・フィスターのような「ゴロアウトをとるのが得意なグラウンドボール・ピッチャー」は、チーム戦略の要となるキー・プレーヤーであるはずであり、実際、2000年代末には、イチローの存在と先発投手陣の優秀さがシアトル・マリナーズの唯一無二の財産だった。
だが、ズレンシックが無意味な「先発投手セール」をやり続けたことにより、チームは守備重視どころか、むしろ、守りの要であるはずの先発投手陣を自らの手で再起不能なまでに壊滅させていった。
ズレンシックは、彼がシアトルGM就任前から在籍していた主力先発投手のほとんど全てを放出したが、そのトレード条件はまるで釣り合わない破格の条件下での「安売り」であり、しかも、トレード相手は往々にして同地区ライバルチームだったから、結果的にライバルを利して、自軍には大損害を与え続けた。
こうした「先発投手の安売りトレード」が失敗の連続に終わり続けた結果、マリナーズのロスターには、「打てるわけではないが、かといって、守備がうまいわけでもない。ただ『若いというだけ』の選手」が大量にコレクションされていった。
だがそれでもシアトル・マリナーズは、GMの不始末の連続をなんとか誤魔化そうと、「若手重視」という「まやかしの戦略」を打ち出した。

苦しまぎれの「若手重視」。イチローに全ての責任をかぶせようとした卑怯極まりないシアトル
ズレンシックの「先発投手安売りセール」のせいで、マリナーズのロスターには「メジャーレベルではない、ただ若いだけの選手」が大量コレクションされるという不合理きわまりない現象が出現した。
しかし、それらの使えない若い選手たちの集団が、「自らの犯した不手際のなによりの証拠だという事実」を認めたくないズレンシックと飼い犬監督エリック・ウェッジ、シアトル・マリナーズ、彼らを支持するシアトル地元メディアは、不良在庫の若手を苦しまぎれにスタメンに並べただけの若いチームを称して、まるでそれが「シアトルを若手中心のチームに変えるための、新たな成長戦略」ででもあるかのように地元メディアとブロガーを使って吹聴しはじめた。
チームは、この「みせかけだけの、実は廃品のかたまりの若手重視チーム」をマネジメントの失敗と受け取られないようにするために、やがて地元メディアやブロガーと結託して、昔ながらの地元ファン感情を逆撫でまでして、レジェンドでありフランチャイズプレーヤーでもあるイチローに、選手適性を無視した役割を、それも不調期にすら繰り返し押し付け続け、さらにはチーム運営の不手際の責任をイチローに押し付けるような言動を繰り返した挙句、最後はチームから追い出した。
その一方でズレンシックは、明らかに衰え始めたフェリックス・ヘルナンデスと無謀な長期大型契約を結んだが、もともとヘルナンデスに観客動員力などあるわけもなく、セーフコの観客動員数が減少に向かっただけでなく、客層の決定的な質的低下をも招いた。

「若手重視」の放棄と、ヴェテラン路線再開
相手チームを利しただけに終わった「球場改修」の大失敗

GMと地元メディアの度重なる大失態をごまかすだけのために、若い選手を並べただけの野球チームがただ試合をやって負け続けるだけという、不毛きわまりないチーム運営が馬脚をあらわすのに、もちろん時間はかからなかった。
何の育成もされないまま、ただ試合に出され、監督ウェッジにフルスイングをそそのかされているだけの技術不足の若手選手たちの打撃はやがて低迷し、シアトルの打撃成績は底辺を這いずりまわった。何の特徴もない未熟な選手たちが、ただただバットを強振して、負け続けるだけのシアトル野球のつまらなさに、当然ながら観客の足はスタジアムから遠のいた。
すると、無責任さの権化ジャック・ズレンシックは、「守備重視戦略」を放棄したときと同じように、「若手重視戦略」すら放棄し、チームの中心にベテランを導入し始めた。
ズレンシックはさらにセーフコフィールドを狭く改造することで、あまりにも貧しいチーム打撃をホームラン量産で改善するという「奇策」にうって出た。
だが、結局シアトルの貧打にはなんの変化も見られず、対戦相手のホームランや長打だけが増加し、セーフコ改修は「宇宙レベルの大失敗」に終わった。

標榜した「若手重視路線」の選手を、ほぼ総入れ替え
「ホーム改修」の大失敗と重度の守備崩壊

打撃力アップをもくろんで無理をして獲得してきたマイク・モースや、イバニェスの「消耗ぶり」が象徴するように、ヴェテラン路線への転換にしても、しょせんGMの延命のためのカンフル剤でしかなく、その効果は非常に短期で消滅した。
2013年初夏、過去の数シーズンと同じように、クリーブランド戦で惨めなサヨナラ負け3試合を含むスイープを食らい、その後、連敗していくワンパターンな展開で、シーズンが5月には終了するという「いつもどおりの展開」に、何の変化もない。2013シーズンも、ズレンシックのミスの連続によるマリナーズの「弱体化」があたかもイチローのせいででもあるかのような「嘘八百」を主張し続けていたシアトル・マリナーズとシアトル地元メディアのぶざまな姿だけが晒され続けた。
チームはやがて、かつて若手育成のためと称して「イチロー外し」に利用したアクリー、モンテーロ、スモークらの大成を諦め、さらにブレンダン・ライアンのスタメン維持も諦めて、これらの選手に変わるプレーヤーとして、さらなる若いフランクリン、ミラーをメジャーに投入するが、これらの選手の守備がまるでダメなことが明確になり、大失態を続けてきたGMズレンシックが、あれだけ失態を繰り返しながらも人目憚らずに大言壮語してきた「マイナーの充実」すら、「すべてのカード」を使い果たし、マイナーすら空っぽになって全てが終了した。

イチロー追い出しに加担した人物たちの「退場処分」と
無能すぎたGMズレンシック時代の終焉

2013年には、イチロー追い出しに加担した地元紙シアトル・タイムズのスティーブ・ケリー(退社)、ジェフ・ベイカー(異動)が去り、さらにズレンシックのお気に入りの、監督ウェッジ、ブレンダン・ライアン(トレード)、フランクリン・グティエレス(契約延長オプションを破棄しFA)がいなくなって、「無能なくせにプライドだけは高い人間が跳梁跋扈してきたシアトル・マリナーズのあまりに無能なズレンシック時代」は実質終焉した
Damejima's HARDBALL:2013年9月30日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリー退社、ジェフ・ベイカー異動、そして、マリナーズ監督エリック・ウェッジ退任。


ファースト

マイク・スウィニー
2009年1月、GMズレンシックがオークランドから獲得。イチローがマリアーノ・リベラからサヨナラ2ランを打ったゲームで、リベラから値千金のツーベースを打ってイチローに繋いだ場面は忘れがたいハイライト。間違いなく頼れる男だったが、残念なことに腰痛の持病があり、たびたび試合を休んだ。2010シーズンは、スウィニーとグリフィー、2人のDH要員がベンチにいたため中継ぎ投手のロスター枠がひとつ足りず、疲労でブルペンが崩壊する結果を招いた。もちろんそれは選手の責任ではなく、そういう歪な選手編成にしたGMズレンシックの責任だ。2010シーズン途中にフィラデルフィアへ移籍。幸せなNLDSを経験して引退。
ケイシー・コッチマン
2010年1月、ズレンシックがビル・ホール他との交換でボストンから獲得。2010年に125試合も出場させてもらったにもかかわらず、打率.217と惨憺たる打撃成績。逆にいえばチームは、これだけ酷い打撃成績を放置してコッチマンを起用し続けたわけで、2008年に打率2割に終わった城島を起用し続けたのと似たミスを、シアトルは犯した。
ちなみに彼を守備の名手とする人が多いが、それは誤解でしかない。この一塁手は、配球がどんなコースだろうと、打者がプルヒッターであろうとなかろうと、常に「ライン際」しか守らないから、1、2塁間の強いゴロは大半を見送るだけで、手を出さない。だから、どれもヒットになってしまい、コッチマンのエラーにならなかった、それだけのことだ。彼の守備は単なる手抜きで、けしてマーク・テシェイラ級の名一塁手だったわけではない。
ラッセル・ブラニヤン
2010年6月、グリフィー引退とスウィニーの腰痛で欠けた主軸の穴を補う形で、ズレンシックがクリーブランドから獲得。だが、ブラニヤンは、スウィニーと同様の腰痛持ちであり、「腰痛持ち選手のフォローのために腰痛持ちの選手を獲得してくる」という、意味のわからないトレードだった。2010年シーズン終了後、シアトルはブラニヤンとは契約せず、FA。2013年を無所属で過ごした後、メキシカン・リーグでプレーしている。
ジャスティン・スモーク
ただでさえ一塁手がダブついていた2010年7月に、ズレンシックがクリフ・リーとの交換でテキサスから獲得してきたプロスペクト。一塁しか守れないにもかかわらず、打てない。いちおうスイッチヒッターだが、左投手が全く打てないため、スイッチである打撃メリットはまるでない。
クリフ・リーがトレード先のテキサスでワールド・シリーズ第1戦の先発に登場する活躍を見せた一方で、スモークはシアトルに来た2010年夏、大振りばかりで空振り三振が多く、打撃不振から一時マイナー落ちした。シーズン終盤復帰するが、2011年以降も打撃が大成する気配はまったくなく、2013年にもマイナー落ち。2014年オフにはウェイバーにかけられてトロントにクレームされ、シアトルを去った。移籍後はトロントのレギュラー。


セカンド

ホセ・ロペス

ズレンシック就任前からいた生え抜き。セーフコでは不利な右打者だ。ズレンシックが2010年にフィギンズを獲得したため、セカンドを守りたいフィギンズの主張を優先したシアトルは、ロペスをサードにコンバートした。セカンド守備では不安があったロペスだが、サードではなかなかシュアな守備をみせ、周囲を驚かせた。2010年オフ、コロラドへ放出。
シアトル在籍終盤のロペスは、グリフィーのシーズン途中での突然の引退、スウィニーの腰痛による欠場などで、主軸打者がいない非常事態の中で4番を「打たされた」が、彼に4番は荷が重すぎて打撃低迷を招いた。そもそも本来は、GMズレンシックが主砲を補充すべきだった。後に日本のプロ野球巨人などで活躍。
ショーン・フィギンズ
もともとエンゼルスではユーティリティ扱いで、さまざまなポジションを守った。にもかかわらずGMズレンシックは、4年3600万ドルもの大金、18位のドラフト指名権を同地区ライバルに明け渡してまで獲得し、さらにセカンドを守っていたロペスをサードにコンバートし、「2番セカンド、フィギンズ」にこだわり続けた。
だがフィギンズのセカンド守備は、大事な場面のダブルプレーのミス、ポップフライの深追いなどによる落球など、ポカが非常に多く、期待はずれに終わる。加えて、打撃も惨憺たる成績で、いちおう「スイッチヒッター」だが、実際には左打席はまったく使い物にならなかった。
2010年7月23日ボストン戦で、レフトのソーンダースのセカンド返球がそれたのを二塁手フィギンスが漫然と見送ったことに、当時の監督ワカマツが激怒。フィギンスに懲罰代打を送ったことで、テレビ放映中にもかかわらず両者がベンチ内でつかみ合いをする事態に発展した。その後フィギンズはチームに謝罪せず、またチームも彼を処分しなかった。結局シアトルは契約を残したまま2012年11月に解雇。だが、サラリー支払いはいまだに終わっていない。2013年3月にマイアミとマイナー契約。後に解雇。
ブレンダン・ライアン
ズレンシックの「守備重視戦略」とやらが破綻しつつあった2010年オフ、同じショートにまったく同タイプのジャック・ウィルソンがいて、ショートがダブるのがわかりきっているにもかかわらず、セントルイスから獲得した選手。ジャック・ウィルソンとポジションがかぶったライアンは、トレード当初だけセカンドを守った。ライアンの守備は、MLBトップクラスの守備評価がある一方で、ここぞという場面での単純ミスも目立つ。
問題は打撃の酷さだ。ほとんどのシーズン、2割ちょっとの打率しかない。ジャック・ウィルソン移籍後、本職のショートに戻ってスタメン定着したが、打てないことには変わりなく、2013年スタメン落ち。つまり、この選手は単に、守備だけが突出した選手であり、本当はメジャーでやっていける選手ではないということ。2013年9月ヤンキースにトレードされたが、打てない守備専門選手という位置づけに変わりはなく、2015年放出。
アダム・ケネディ
2010年冬のシアトルはやたらと「守備系内野手」を貯め込み、守備位置がかぶりまくっていた。2010年冬にGMズレンシックが獲得してきたケネディもそのひとりだ。
本職はセカンドだが、それ以外に、ファースト、サードも守った。2011年にライアンがショートの守備位置をジャック・ウィルソンから奪った後、セカンドはウィルソン、ケネディなどが、かわるがわる守った。2011年オフにFA。2012年ドジャースで引退。
ダスティン・アクリー
2009年ドラフト1位(全体2位)。シアトルが、打てない若手をスタメンにズラリと並べて貧打に泣くチームになった元凶のひとり。ズレンシックの
「まやかしの若手重視戦略」のもとで、アクリーも十分な育成期間を経てないにもかかわらず、2011年に早くもメジャーデビューさせた。
マリナーズはアクリーを「イチローにとってかわるスター候補」にしようとしたため、アクリーをメジャーデビュー以降に出場した300試合の約3分の1で、かつて「イチローの定位置」だった「1番打者」として出場させた。
だが、そうしたマリナーズの「もくろみ」は完全に失敗に終わる。打てないアクリーは、153ゲームもの出場機会をもらったメジャー2年目に打率.226と失速。さらに3年目の2013年は打率をさらに下げ、マイナー落ち。後に、外野手にコンバートされ、セカンドを守ることはなくなった。後にセカンドのポジションはニック・フランクリンを経て、ロビンソン・カノーのものになった。
アクリー、スモーク、モンテーロは、いまやむしろシアトルのチームマネジメントの「失態の象徴」である
ニック・フランクリン
2009年ドラフト1位(全体27位)。期待のプロスペクトとの触れ込みで、マイナーで育てられていたが、アクリーがセカンド失格の烙印を押されて外野手にコンバートされたことで、2013年5月以降にメジャーのセカンドの位置をあてがわれた。当初は華々しい打撃成績にチームは糠喜びしたが、7月2割、8月に1割と、打率は一気に低下。それだけでなく、守備の要であるセカンドとして、おびただしい数のエラーを犯すヘボ・プレーヤーであることが判明。
ロビンソン・カノー
総額2億4000万ドルの10年契約という超高額で獲得。1年目の2014年にそれまでの5シーズンに25本以上放っていたホームランが14本まで減少したのを皮切りに、翌2015年は、メジャー昇格以降初めて三振数が100を超え、打率3割も途切れ、盗塁数自己ワースト、セカンドの守備評価も著しく下がるなど、あらゆる指標で低下をみせ、これからの長い契約に暗澹たる影を落としている。

サード

ホセ・ロペス
ズレンシック就任前からの生え抜き選手。2009年シーズン後にズレンシックが獲得したフィギンズをセカンドにねじこんだため、サードへコンバート。予想に反し、セカンド時代よりシュアな守備をみせた。
上にも書いたが、もし当時ズレンシックが頼れる主軸打者をきちんと補強していれば、なにもロペスにまだ荷の重すぎる4番を打たせ続けるようなこともなかったはず。2010年シーズンの主軸打者不在は、ロペスだけの責任ではない。主軸打者をきちんと用意するのはGMの仕事。
ショーン・フィギンズ
セカンド守備に同意して入団し、ロペスをサードに追いやったクセに、2011年になるど、こんどはサード守備を主張して、再度ロペスの守備位置を奪った。しかし、81ゲームに出場して打率.188。アクリーのおまけとして入団したカイル・シーガーにポジションを奪われた挙句、最後は契約期間を残したままシアトルをクビになった。
カイル・シーガー
期待されずに入団。ドラフト1位アクリーの、ヴァージニア大学時代のチームメイトで、当初アクリーの話し相手くらいに思われていたが、結果的に3番サードに定着。当然ながら、ズレンシックがシーガーの将来性を確信して獲得したわけではない。
ヴィニー・カトリカラ
2009年ドラフト10位。マリナーズは、ヴェテランピッチャー、ジェレミー・ボンダーマンをロスター入りさせる、ただそれだけのために、カトリカラをDFAした。(オークランドがクレーム)「若手路線」が聞いてあきれる話だ。


ショート

ユニスキー・ベタンコート

ズレンシック就任前からいた選手。ちなみに、入団当時ショートを守っていたBALのアダム・ジョーンズが外野手に転向したのは、このベタンコートを獲得したため。外野にコンバートされたジョーンズがその後、センターの名手としてゴールドグラブを獲得するようになったのだから、人生わからない。もちろん若手を大成させる能力などないマリナーズは、ジョーンズをボルチモアに放出するという大失策をしでかした。
ベタンコートはキューバ出身のラテン系気質が災いしてか、欠点と長所が両方現れる凹凸の激しいプレーヤーだ。守備のポカや、打撃での併殺打の多さ、早打ちなど、プレーに粗さがある反面、シアトル時代の彼は、9番打者として1番イチローに繋ぐバッティングで多大な貢献を果たした。セーフコでは活躍しにくい右打者として、十分な打撃成績を残してもいる。
GMズレンシックは、その愛すべき悪童ベタンコートを2009年7月に、マイナー選手2人との交換でカンザスシティに放出。移籍後のベタンコートは2010年カンザスシティでチーム最多となる16本塁打・78打点を記録した。2011年はサイ・ヤング賞投手ザック・グレインキーとともに、ミルウォーキーへ移籍。2014年からオリックスでプレー。
ロニー・セデーニョ
2009年1月28日、GMズレンシックがカブスから投手ギャレット・オルソンとともに獲得。だが、わずか半年後、2009年7月末、ズレンシックはジャック・ウィルソン、イアン・スネルを獲得するために、セデーニョをジェフ・クレメントなどとともにピッツバーグに放出した。
移籍後2010年のセデーニョは、139試合出場で、打率.256。二塁打29本は、キャリア・ハイ。一方で、ピッツバーグから獲得したイアン・スネルは使いモノにならず、2010年6月に戦力外、ジャック・ウィルソンも怪我だらけで、たいして使い物にならないまま終わった。後にヒューストンのショートの控えだが、そこそこの打率を残した。
ジャック・ウィルソン
2009年7月末に、GMズレンシックが、セデーニョ、クレメントなどとの交換で、スネルとともに獲得。とにかく故障の多いスペランカー体質で、2010年8月には自宅バスルームで転倒し、利き手の指を骨折している。シアトル入団以降もシーズン通してプレーできた試しがなく、守備の名手と言われることも多いが、実際にはライアン同様に凡ミスもけして少なくなかった。2012年9月引退。
ジョシュ・ウィルソン
シーズン通しての出場こそないが、ジャック・ウィルソンの穴を埋めた苦労人。2010年にはスウィニーの穴を埋めるため1塁手すらやらされたこともある。長期にわたっての起用経験がなく、一時的に起用されては、調子が上向く頃にベンチ要員に戻されるという悪いパターンを繰り返されているうち、守備ミスで落ち込み、打撃低迷するという残念な結果に終わった。
ブレンダン・ライアン
上の同名項目参照。単なる貧打の守備要員の内野手。あまりにも打てないこの選手がスタメンを続けることができたのは、単に「GMズレンシックのお気に入り」だったからにすぎない。
しかし、あまりにも打てなさ過ぎることから、2013シーズンに、ついにスタメン落ち。後にヤンキースにトレードされ、グティエレスとともに、「スタメンをズレンシックのお気に入りで埋める無意味な時代」が終焉した。
ブラッド・ミラー
2011年ドラフト2位(全体62位)。改修で狭くなった後のセーフコでメジャーデビュー。打てないライアンに変わる「打てるショート」として1番に定着させようとしたが、「ショートはファインプレーができて当たり前のMLB」にあって、エラー多発のヘボ守備ぶりで、ショートとして使い物にならない選手であることが判明。外野手にコンバートされた後、タンパベイへ放出。


レフト

エリック・バーンズ

GMズレンシックがアリゾナから獲得。2010年4月、延長11回1死満塁のサヨナラの場面で、スクイズのサインに従わず、一度出したバットを引いて見逃して、サヨナラ勝ちの絶好機をつぶした。バーンズは監督ワカマツに何の釈明もせず、それどころか、自転車で自宅に逃げ帰って、同年5月2日解雇処分となった。その後引退して、なんとソフトボール選手になった。
ケン・グリフィー・ジュニア
2009年にGMズレンシックが古巣シアトルに復帰させ、ファンの喝采を受けた。だが、それで欲が出て、チームも本人も、1シーズン限定で、いい印象だけ残して引退させることをせず、翌年もプレーさせてしまい、最悪の結果を招いた。
2010年は加齢による衰えから打撃成績が極端に低迷。「試合中、居眠りしていた」との報道からトラブルとなり、2010年6月2日に突如現役引退を宣言。ファンが楽しみにしていたはずの引退関連行事さえ本人不参加でマトモに開催できず、22シーズンにもわたるキャリアの晩節を汚す残念な結果になった。
ミルトン・ブラッドリー
GMズレンシックが、バベジ時代の不良債権のひとり、カルロス・シルバとのトレードで、カブスから獲得。もともと問題行動で有名だった選手で、シアトルでも2010年5月の試合途中に無断帰宅し、メンタルな問題からそのまま休養。2010シーズンは打率.205と低迷。また2010年オフには、女性に対する脅迫容疑でロサンゼルス市警に逮捕され、2011年5月16日付で解雇。そのまま引退。
マイク・カープ
2008年12月の三角トレードでメッツから獲得。先発投手放出トレードの大失策の連続をなんとしても糊塗したいズレンシックが、単なる「つじつまあわせ」で始めた若手中心路線のひとり。ズレンシックは結局まやかしの若手路線を放棄したため、カープを2013年2月にボストンに放出。ボストンから来るトレード相手の名前すらわからない安易なトレード(いわゆるPTBNL)だったが、カープは移籍したとたん3割を打つ活躍ぶりで、一時ボストンのレギュラーだったが、後にDFA。テキサスを解雇。
キャスパー・ウェルズ
2011年7月末のダグ・フィスター放出でデトロイトから獲得。2012年に93ゲームも出場したが、打率.228と低迷。2013年にDFA。ウェイバーでトロントが獲得したが、その後チームを転々とし、2014年に独立リーグ行き。GMズレンシックの無能さと、先発ダグ・フィスターの放出の無意味さを、全シアトルファンに思い知らせた選手のひとり。
ジェイソン・ベイ
シアトルが若手路線をタテマエにしてイチローを追い出したクセに、その若手路線すら放棄して、ヴェテランのジェイソン・ベイを獲得したのだから、開いたクチがふさがらない。おまけに、2012年冬にFAで獲得したこの選手は全く使い物にならず、2013年シーズン途中DFA、その後引退。
ラウル・イバニェス
2012年ポストシーズンに、ヤンキースで奇跡的なホームランを打ち続けて名前を上げたラウルだったが、ヤンキースが契約を更新しなかったため、2012年12月古巣シアトルと275万ドルで契約。ホームランが打てるメリットはあるが、打率が低く、加えて守備に難がある。何事も諦めない素晴らしい選手だが、シアトルの暗い雰囲気に呑みこまれつつある。2014年に事実上引退。


センター

フランクリン・グティエレス
2008年12月の複雑な三角トレードでクリーブランドから獲得。ズレンシックの「守備重視」戦略を象徴する選手のひとりで、ブレンダン・ライアンと並ぶGMのお気に入りだった。
いつも身体のどこかが悪い「典型的なスペランカー」であり、シーズンをマトモにプレーし続けられたことは一度もない。打てない、試合にも出ない選手に、2012年550万ドル、2013年700万ドルも払ったのだから、よほどこのプレーヤーこそ「不良債権」である。2013シーズン後にオプションの行使をチーム側が拒否、FAに。2015年、2016年にシアトルと1年契約。
マイケル・ソーンダース
ズレンシック就任前からの生え抜き。スペランカー、グティエレスが不在のときセンターを守った。生真面目なカナダ人プレーヤーであり、イチローのところによく質問しに来ていた。その研究熱心さで日本にもファンが多い。健康面も問題ない。
ズレンシックが、問題児であることがわかりきっているバーンズやブラッドリーを獲得し、その彼らが次々問題を起こして引退していったため、皮肉にも結果的にソーンダースの出場経験が増え、インコース低めの変化球に弱いというバッティングの弱点に多少改善がみられた。本来なら将来のシアトルの骨格になるべき生え抜き選手だった。
2014年1月15日にマリナーズと1年契約。故障から78試合の出場に終わったものの、打撃面では打率.273、出塁率.341、長打率.450と、自己最高の数値をたたきだした。
ダスティン・アクリー
かつては2009年ドラフト1位(全体2位)の期待の星だったが、既にそれはもう過去の話。セカンド失格の烙印が押され、外野手にコンバート。育成能力皆無なチームと、プライドだけは高いくせに変われない選手との出会いは、結局、不幸の連鎖にしかならなかった。
センターを守るはずのズレンシックお気に入りのグティエレスが、極端なスぺランカーであるため、かわりにシアトルのセンターを守ってきたのはソーンダースだったが、シアトルはアクリーにセンターの守備位置を与えた。だからといってそれは「アクリーの外野手としての守備能力が高いから」ではない。


ライト

イチロー
長年チームに貢献したレジェンドが周囲の圧力でやむなくヤンキースに移籍した後、地元紙記者が「シアトルで長く降り続いていた雨が止んだ」などと、正気とは思えない言いがかりを書き連ねたことは、ファンとして一生忘れるつもりはない。シアトルタイムズを許すつもりも、毛頭ない。
そうした言論を主導してきたひとりは、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーだが、この野球音痴の無礼な老人は、定年かなにか理由は知らないが、2013年2月にシアトルタイムズを退職している。
マイク・モース
2009年6月に、マイク・モースをトレードで放出したのは、他の誰でもない、ズレンシック自身だ。その後のマイク・モースはナショナルズで打率.294、ホームラン67本を打った。
放出された後のモースがナッツで活躍する間にマリナーズは崩壊を続け、やがてズレンシックは自分から言い出した「守備重視」、「若手重視」を両方とも放棄して、モースを三角トレードで2013年1月に再獲得して呼び戻す。年棒675万ドル。古巣に戻ったモースだが、ズレンシック・マリナーズの暗黒に呑みこまれてしまい、2013年8月ウエイバーにかけられ、ボルチモアがクレーム。
エリック・テムズ
2012年7月にスティーブン・デラバーを放出してトロントから獲得したが、2013年6月にDFA。ズレンシックの数えきれない負けトレードのひとつ。デラバーは移籍先のトロントで31ゲーム投げてERA1.75、34番目の選手として2013年オールスターに出場したのだから、ズレンシックの見る目の無さにはほとほと呆れるばかりだ。

キャッチャー

ロブ・ジョンソン
「城島問題」でチーム全体が揺れ、主力先発3人が城島とのバッテリーを拒否した2009年シーズンを支え、フェリックス・ヘルナンデスのサイ・ヤング賞獲得に貢献した功績から、2010年正捕手に選ばれた。だが、2010年のチーム低迷の責任を押し付けられる形でシーズン途中マイナー送りになり、シーズンオフにサンディエゴと契約。
アダム・ムーア
使い物にならないキャッチャーだが、シアトルの3Aタコマのコーチ、ロジャー・ハンセンのゴリ押しによって、何の実績もないまま正捕手に居座った。惨憺たる打撃成績、たび重なるパスボールやエラーにもかかわらず、起用され続けた。2012年7月にウェイバーにかけられ、カンザスシティに移籍。
リンク:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月14日、過去に城島擁護者だったベンチコーチ、ロジャー・ハンセンが現在も続けている無意味な捕手トレーニング手法。マイナーコーチ時代から続けてきた「手抜きのスパルタ方式」でプロスペクトを壊し続けてきた責任を徹底批判する。
ジョシュ・バード
2010年1月に契約。ロブ・ジョンソンやアダム・ムーアの穴を埋める役割を務めた。
エリエセル・アルフォンゾ
2008年5月に薬物で50試合の出場停止処分になった捕手。2010年6月、シアトルに来てわずか3ヶ月でDFAになった。
ミゲル・オリーボ
バベシ時代の2005年7月末、ミゲル・オリーボは、守備面の問題などを理由にシアトルからサンディエゴに一度放出されている。移籍後はHR16本、打点58をたたき出し、主に打撃面で貢献。シアトルはランディ・ウィンとの交換でセントルイスからヨービット・トレアルバを獲得するが、すぐに放りだし、日本から城島を獲得した。城島は2006年以降ずっと「城島問題」によってチーム全体を悩ますことになる。コロラドに移籍したトレアルバは2007年に自己最多113試合に出場、ワールドシリーズを経験した。
結局、シアトルは回りまわって、一度手放したオリーボを三顧の礼で迎え入れるという、なんともお粗末な結果になった。現在はマイアミに在籍。
ヘスス・モンテーロ
2012年1月マイケル・ピネダとのトレードで、ヘクター・ノエシとともにヤンキースから獲得。クリフ・リーを犠牲に獲得したスモークにならんで、「貴重な先発投手を犠牲にして獲得したにもかかわらず、まるで期待はずれな若手プロスペクト」の代表格のひとり。2013年は60日間のDL入りもしている。
バイオジェネシス事件で、ライアン・ブラウン、ネルソン・クルーズなどともに、出場停止処分が確定。これにより、ヘスス・モンテーロが単なる「ステロイダー」だったことが判明。2014年のスプリングトレーニングでは18キロもの体重オーバーで人前に現れて、即座にマイナーに落とされた。どうしようもない選手。
2015年オフにウェーバー公示され、トロントがクレーム。
ジョン・ジェイソ
2011年11月シアトルがジョシュ・ルークを放出したトレードで、タンパベイから獲得。シアトルにおける108ゲームの出場で50打点あげているように、勝負強いバッティングに魅力があった。しかし選手を見る目の無いズレンシックが彼の打撃面の才能に気づくことはなく、キャッチャーをマトモにできるはずもないモンテーロの控えとして起用され続けた挙句、2013年1月マイク・モースを獲得した三角トレードで、ズレンシックがオークランドに放出。その後のシアトルは、というと、いまだに貧打にあえいでいるのだから、まるで話にならない。
マイク・ズニーノ
2012年ドラフト1位(全体3位)。自分自身の度重なる不手際が原因の観客激減に悩むズレンシックが、2013年6月12日にメジャーにコールアップ。しかもスタメンで使いだしたのだから、笑わせてくれる。ここまで来ると、もう批評の域を超えている(笑)2013シーズンの打撃成績は当然ながら何も見るべきものがないレベルで終わった。
なんの育成もしないまま、いきなりメジャーデビューさせてモノになるなら、誰もMLBで苦労しない。ごく一部の地元メディアはさっそく批判を浴びせたが、このブログとしては「いまさら批判しても遅い。アンタたちは今までロクにズレンシックを批判しないどころか、むしろバックアップし続けてきたのだから、これからも我慢しとけ」と言わせてもらおう。
ケリー・ショパック
2013年2月7日に獲得。ズニーノのメジャー昇格と入れ替わりに、同6月20日DFA。シアトルは、このほんの短期間在籍しただけのキャッチャーにシアトルは1.5Mもの金額を支払った。

追記:2013年6月17日
この記事、あまりにも長いので、2つに分割した。
投手編はこちら。
Damejima's HARDBALL:2013年6月2日、GMズレンシックの仕業によるシアトル・マリナーズ 「2013年版 ポジション別 崩壊目録」 (2)投手編

June 02, 2013

1999年3月に亡くなったジョー・ディマジオ追悼の意味をこめて、同じ年の4月25日に旧ヤンキースタジアムでジョー・ディマジオ・トリビュート・デイが行われ、ポール・サイモンがフィールドで "Mrs. Ronbinson" を歌ったことを書いた。
ついでだから、関連することをもうちょっと書いておこう。

Plaque at Ruppert Plaza commemorates Paul Simon in 1999.

このプレートは、旧ヤンキースタジアム跡地に出来たHeritage Fieldという野球場の横にある "Ruppert Plaza" という舗道に埋め込まれている。

Ruppert Plazaのプレート上の写真では四角形だが、これは写真がトリミングされているためで、実際には左の写真のごとく六角形の敷石に合わせたスノーフレークのようなデザインであり、旧スタジアムの歴史を彩った出来事のうち、特筆すべきイベントが厳選されてプレート化されている。ポール・サイモンが "Mrs. Ronbinson" を歌った1999年のイベントも、そのひとつだ。
要するに、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに星形の映画スターのプレートが埋め込まれているのと、意味は同じ。記念碑的役割だ。

プレートの文章にYankee Clipperとあるのは、もちろん "Mrs. Robinso" の歌詞に出てくるジョー・ディマジオのニックネーム。また、このプレートがあるRuppert Plazaの "Ruppert" とは、これも書くまでもないが、ボストンからベーブ・ルースを獲得し、旧ヤンキースタジアムを作り、ヴェテランズ委員会の推薦を得て今年7月に野球殿堂入りが予定されている元ヤンキースオーナー、Jacob Rupperのことだ。

Jacob Ruppert and Joe DiMaggio 1937
(写真キャプション:後列左から2人目、ボウタイをした人がジェイコブ・ルパート。手前に "Yankee Clipper" ジョー・ディマジオ)


Heritage Fieldは「3つの小さな野球場」。天然芝で、確かに気持ちのいいフィールドではあるが、それにしたって、まぁ、「草野球場」ではある。草野球場だからいけないというのではないが、せっかくのランドマークを他にもっと有効な活用法はなかったのかなと、つい思ってしまう。
Heritage Fieldの奥には、フットボール場を兼ねた陸上競技場(Joseph Yancey Track and Field)があるのだが、地下がRuppert Plaza Garageという駐車場になっている。

地図で確かめてもらいたいが、Heritage Fieldと陸上競技場の間の「プレートのある散歩道」が "Ruppert Plaza" で、そのすぐ隣の陸上競技場の地下にある駐車場が "Ruppert Plaza Garage" だ。
ネーミングが似ていて、非常にまぎらわしい。正直、どちらかをもっと違う名前にしたほうがいいと思う。
参考記事:Heritage Field Opens Near Yankee Stadium - NYTimes.com

Ruppert Plaza and New Yankee Stadium


アングルA
地下鉄4番線の高架になっている「161st.Yankee Stadium駅」のホーム上から西北西を見たアングル。ゲーム開催日にはホーム横のゲートから階段でスタジアムに続く道路に降りられる。左に見える小さい野球場が、旧ヤンキースタジアム跡地にできたHeritage Field。
ちなみに車で中央に見える道路の真ん中よりの車線を走って、立体交差部分を抜けていくと、左右の壁に野球のボールのレリーフを見ることができる。
新ヤンキースタジアムとHeritage Field(旧ヤンキースタジアム)


アングルB
アングルAとは逆で、Ruppert Plaza側からHeritage Fieldを見るアングル。奥に見える黒っぽい高架が、地下鉄4番線ホーム。人の歩いている舗道をよく見ると、六角形のブロックのところどころにプレートが埋め込まれているのがわかる。
Ruppert Plaza側から見たHeritage Plaza



実は、今回書こうと思った本当の主旨は、ヤンキースタジアム新築以降の「駐車場の採算悪化問題」についてだ。
ちょっとこれを見てもらいたい。

旧ヤンキースタジアム周辺に密集する「駐車場」

上の図に明るい青色で示されているブロックがたくさんある。
駐車場」だ。
旧スタジアムの周囲が青色だらけであることでわかるように、旧ヤンキースタジアムは周囲をぐるりと駐車場に取り囲まれたボールパークだった。空き地の少ない大都会のボールパークなのに、これだけの面積の駐車場が完備していて、しかも真横に地下鉄の駅があるのだから、ヤンキースタジアムはアクセス面では申し分ない。
実際、2009年に経済誌Forbesが発表したMLBの球場ランキングで新ヤンキースタジアムは、Accessibility、「交通アクセス」について「A評価」になっている。(総合順位:第7位)

ただ、(十分に確かめたわけではないが)Forbesが判定したAccessibilityとは、おそらく「公共交通機関を使った球場アクセスの良さ」という意味であって、「ヤンキースタジアムは、球場のすぐ隣に駐車場が腐るほどたくさんある」からアクセスが「A評価」になったわけではない、と思う。
というのも、Forbesの判定基準には、チケット代、おみやげ代などの Affordability(値ごろ感)という項目もあるのだが、そこに「駐車場料金」が項目として含まれているからだ。

おそらく駐車場の評価はアクセスの良さとしてではなく、主に駐車料金の値ごろ感で評価されていると思われる。ヤンキースタジアムのAffordabilityは「D評価」、つまり「とてもコストが高い」という評価になっていることからして、おそらく駐車場の料金についての評価は最悪に近いと思われる。
(ちなみに、Accessibilityが「C評価」なボールパークは、ドジャースタジアムやミルウォーキーのミラーパーク。球場ランキング上位球団で「アクセス」がC評価なのは、ミラーパークくらいしかない)
In Depth: America's Best Baseball Stadiums - Forbes.com


たしかに新ヤンキースタジアムは、駐車場に取り囲まれていた旧ヤンキースタジアムから、ワンブロックしか離れていないが、この「ほんのちょっとした距離」が、自家用車でスタジアムに来るような上客、つまり、地元の常連客に影響を与えた可能性がないとはいえない。(ただ、今のところそれを証拠立てる資料がみつからない)

ひとつだけ言えることは、「これだけ「あり余るほど」用意されているヤンキースタジアム周辺の駐車場が、稼働率が非常に悪く、収益が非常に悪化している」ということだ。


この「駐車場収益の悪化」については、ヤンキースの観客減少と結びつけたこんな2012年10月の低レベルな記事があるのだが、まぁ言いがかりも甚だしい(笑)
記事:資金繰りに苦しむヤンキースの駐車場運営事業体−観客減少で - Bloomberg
上の記事中に「ホームゲームの平均観客数は今年4万3691人と、昨年の4万5107人から減っている」とあるわけだが、たかだか1試合あたり1000人程度減ったくらいで、この記者が書いているような「2007年当時は(駐車場稼働率を)88%と想定していた」のに、「(実際の)駐車場施設の平均利用率は43%だった」なんて「ゆゆしき事態」が、起こるわけがない(笑)
もしヤンキースの観客が「半減」した、というなら、駐車場利用者数が「想定の半分以下だった」というのも理解できるが、観客数がそこまで激減するなんてことは、そもそもありえない。


要は、単純な話で
「スタジアム周辺の駐車場が
需要に比べてあまりにも多すぎる上に、
料金が馬鹿高い」

たったそれだけのことだ。


当然ながら、この「駐車場の需要予測の読みの甘さ」は、2007年の需要予測の段階から既に存在している。
その「読みの甘さ」が、とうとう駐車場を管理するブロンクス ・パーキング・デベロップメントの資金繰りとして顕在化するに至ったのが、2012年だった、それだけの話だ。
実際、「ヤンキースタジアムの駐車場の収益問題」が新聞ネタになったのは、2011年に次のような記事があるのを見てもわかるとおり、2009年に新ヤンキースタジアムが開場してほんのわずかしかたっていない時期には、既に問題になりつつあった。
記事(2011年):City to the rescue of Yankee Stadium garage fiasco; Lots could make way for affordable housing - NY Daily News


想定したほど駐車場需要がなかった(あるいは、減った)理由をハッキリ指摘している記事は今のところみあたらないが、おそらく「駐車場運営側が、ヤンキースタジアムに車で来る観客層の動向を読めていなかった」ことに理由があるだろうと推測される。
ヤンキースファンがスタジアムに公共交通機関を利用してやってくるようになった理由は、「安心してビールを飲みたいから」とか、「治安が悪いから夜の舗道なんて歩きたくないから」かもしれないし、「景気が悪いから、フォーブスのランキングで『D評価』になるほどバカ高いヤンキースタジアム周辺の駐車場代なんて、払いたくないから」かもしれない。
まぁ、理由はともかくとして、駐車場が供給過剰で、しかも、他のスタジアムより高い駐車料金で運営しておいて、アテが外れ、駐車場の収益が悪化している、そんなことまで「選手とチームのせい」にして記事を書く行為は、かなりどうかしているとしか言いようがない。


最初に挙げたRuppart Plazaの舗道に埋め込まれた記念プレートにしても、インターネット上で取り上げて話題にしているサイトは、ほとんどといっていいくらい、ない。
そのことでわかるのは、「旧ヤンキースタジアムの跡地利用は、けしてうまくいっていない」ということだ。(なぜ旧ヤンキースタジアムの跡地がその後どうなったか、知っている人が日本ではあまりに少ないのかも、それで十分説明がつく)
もし旧ヤンキースタジアムのせっかくのロケーションが、単に「駐車場からちょっと離れた新スタジアムに徒歩で歩いていくとき通るだけの『通路』として利用されている程度に過ぎない」としたら、跡地が十分活用しているとは、とても言い難い。

それに、ゲームが深夜に終わって、たとえ数分とはいえ、人気(ひとけ)の少ない「通路」を歩いていき、さらに、人気の少ない駐車場の内部を歩かなければならないとしたら、けして治安がいいといえないエリアでもあることだし、駐車場利用の頻度に強い影響があって不思議じゃない。


また、ブログ主は、これは単なる邪推だが、ヤンキースが最近「ヤンキースタジアムでサッカーをやる」なんて言い出した理由について、その理由が実は、野球そのものは多額の放映権料収入もあって黒字で、なにも問題ないが、「ヤンキースタジアムを市からの援助を得て作ったはいいが、駐車場需要を読み間違えて供給過剰になってしまい、かさみ続ける駐車場の赤字を埋めあわせるために、MLBのシーズンオフにスタジアムでサッカーを主催することで、スタジアム稼働日数を増やし、駐車場の稼働率を上げて、駐車場運営会社が市から借りている公債の返還にあてるためなんじゃないか?」などと思っているのだが、どうだろう。

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  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
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  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
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