December 2014

December 20, 2014

「かつてはホームランを10本打てば、得点が15点くらい入った気がするのに、今では11点か12点くらいしか入らない感じ」
「ほんのたまにホームランを打つくらいで、あとは守備能力も走塁もできない、DHタイプの野手が増えた」
「ホームランは申し訳程度に出るが、タイムリーはほとんどない」
「残塁がやたら多い」
「どこのチームの野手も、似た感じしかしない」
「先発投手が打てないから、ゲームはいつも終盤にひっくりかえる」
「ホームランにゲーム決定力がない」
「ソロホームランが多い」
「延長戦がやたら増えた」
「試合結果に関係ないホームランばかり打っている選手がいる」
「防御率のいい投手が増えている割に、良い投手が増えたという実感がない」
「打者のほとんどが、三振か四球かホームランのタイプ」
「クリンアップに不動のホームランバッターがいる打線よりも、シーズンに15本程度のホームランを打つ中途半端なバッターが打順のすべてに点在しているオークランド・アスレチックス的チームが多くなった」
「四球がやたらと増えたが、得点にはつながってない」
「特定の打者さえ敬遠しておけば、投手は失点を簡単に回避できる」
「ソロホームランは打たれても、ゲーム結果には、ほとんど関係ない」
「特定のひとりだけはいつもヒットを打つが、チームはいつも負ける」
などなど。

以上の項目の半分程度に「そういえば最近、そういうゲームが増えたな・・・」という「感想」があるなら、以下の記事を読んでみたほうがいい。


これは、1990年から2014年までの四半世紀の「MLB総ホームラン数(X軸)と総得点数(Y軸)の関係」をグラフ化したものだ(グラフ1)。この25年でMLBの野球スタイルがどう変わったか、非常によくわかる。

グラフ1
この25年間のホームラン数と得点総数の関係(1990-2014)
赤い線は線形近似であり、相関係数は0.9097となっている。
何度も書いてきたことなので、あらためて書くのもアホらしいが、2つの事象の間の相関係数を計算した程度のことで、「Aという事象(この場合は野球の得点)は、ほぼ事象B(ホームラン)だけを要因にして決定される」などと考える単細胞な人間は、例外なく、間違いなく、「馬鹿」だ。
もし2014年の19761点の総得点の90パーセントを 「たった4186本のホームランだけ」で稼ぎ出そうとすると、たとえ「2014年のホームラン全てが満塁ホームラン」であったとしても、まるで足りない。例えば「打点」にしても、得点と打点の相関はホームランよりはるかに100に近いのだが、その「打点」ですら「打点が野球の全て」などとはいえないというのに、馬鹿なことを言うなといいたい。また線形近似だけが近似を示す方法論ではないのに、線形近似だけを用いて何かを断定する論拠にして、論理的に正しいと言い張る合理性はどこにもみあたらない。

そもそも、野球において「得点との間に高い相関係数を有するプレー」というのは、ホームラン以外にも「複数」ある。
と、いうことは、「野球における『得点』という現象は、常に、相互に独立でない複数プレーの『集合体』として存在している」という意味だ。
そういう、「相互に独立でない事象どうしが、相互に複雑にからみあった結果、成り立っている事象」を説明する場合、たとえ、その発生事由のひとつ(ホームラン)と解明しようとする事象(得点)との相関係数がいくつだろうが、そんな数字の断片で語れる可能性など、無い。ゼロだ。
「相関係数を調べたくらいで、なんでも語れると勘違いしてきた根本的な馬鹿」のためにもっと詳しい説明をするのもアホらしい。さらに詳しい話は自分の頭を使って考えてもらいたい。


さて、グラフ1を観察すると、以下のことがすぐにわかる。
近い年度のデータ群が、いくつかのグループに分かれて、特定の場所に「固まって」点在している。

特定年度ごとに固まっている」という、このシンプルな事実は、野球のスタイルの変化というものについて重要な示唆を与える。

つまり、こういうことだ。
「シーズンごとのホームラン総数」は、MLBの得点方法のスタイルに影響を与える大きな要因のひとつだが、その「増減」という「変化のトレンド」は、「連続的に、なだらかに、変化する」のでは、まったくない。

むしろ、予期せず起きた巨大地震で陸の地形が一気に変化するように、「ホームラン総数の変化というトレンド」は、「特定の年」に、しかも「突発的かつ不連続」に起きる。そして、この「不連続な変化」は、「発生後、次の不連続な変化が起こるまで、何年でも維持される」のである。

さらにいえば、次のようなことも言える。
おそらく「ホームラン総数の突発的で不連続な変化」は
偶然起きるのではなく、何か原因がある可能性が高い

原因を特定できるかどうかは別にして、「ホームラン数の突発的で不連続な変化」は、例えば、「ストライクゾーンの突然の拡張や縮小」、「アナボリック・ステロイドの大流行」、「ボールの反発係数の突然の変更」など、必ず何らかの「突発的で不連続な原因」があってはじめて発生すると考えられる。


グラフ2
ホームラン数と得点総数の関係 4グループ推移(1990-2014)


グラフ2は、MLBのホームラン数と総得点数の関係を「4つのグループ」に分けたものだ。(注:グループBとCの「境界」は「別の位置での線引き」もありえるのだが、もし境界線の位置を変更したとしても以下の論旨に影響はないので、このままにしておく)
A:1990-1993年
B:1990年代中期と、2010-2014年
C:1998年までの1990年代末期と、2000年代
D:1999年、2000年の2シーズン

これを年代順に記述してみると、こうなる。
A→B→D→C→B

A(1990年代初期)→上昇→B(1990年代中期)→上昇→D(1999年、2000年のピーク)→下降→C(2000年代)→下降→B(2010年代)


よく見ると、1990年代の「上昇」(グループA→B→D)と、2000年代以降の「下降」(グループD→C→B)では、以下にまとめたように、「変化の軌跡」がかなり違う。
1900年代のドット(点)は、MLBストライキがあった1994年などの例外を除き、ほぼ全体が常に「近似曲線の上側」にある。

それに対して、2000年代以降は、データのかなりの部分が「近似曲線の近辺か、下側」にある。

このことは、MLB総得点においてホームランという現象がもっている「質的な重さ」、つまり「比重」が、1990年代と2000年代とでは非常に大きく異なっている可能性が高いことを意味している。


グラフ3
ホームラン数と得点総数の関係 3グループ比較(1990-2014)


総得点に占めるホームランの「比重」は、常に「一定」ではない。そのことを「過去25年のMLBの歴史の中で、ホームランの得点効率が異常に悪いシーズンだった2012年、2013年」を例に、3つ目のグラフで説明する。

総ホームラン数と総得点数
X:2012年 4934本 21017点
Y:1993年 4030本 20864点
Z:2007年 4957本 23322点

2012年を中心に3つのシーズンを相互比較してみると、以下のような
2010年代のMLBのホームランによる得点効率の悪さ」がわかってくる。

グラフ3における
X(2012年)とY(1993年)の比較

1993年は、2012年よりホームラン数が「約900本」も少ない。にもかかわらず、1993年の得点総数は、2012年とほぼ「同程度」だ。
「MLB全体でホームラン数900本の差」というのは、MLBのチーム数は30だから、「1チームあたりホームラン30本の差があった」ことを意味する。たとえでいうと「2012年は1993年にくらべると、計算上、全チームでクリーンアップのホームランバッターがひとりずついなくなっていた勘定」になる。

X(2012年)とZ(2007年)の比較
2007年は、2012年とホームラン数がほぼ「同程度」だ。にもかかわらず、2007年の得点総数は、2012年より「2305点」も多い。
「1シーズンで、約2300点の得点差」というと、MLBの1シーズンの試合数は4860試合だから、「2012年は2007年に比べて、1試合1チームあたり約0.47点も、得点が低かった」ことになる。


2012年と2013年のホームランの得点に対する貢献度が著しく低い可能性があることがわかった。そこで、以下のようなことがいえる可能性が浮上してくる。

ホームラン数から、その年のMLB総得点数はある程度の誤差で概算できるわけだが、「2010年代のMLB」は、「ホームランによる得点効率」という面で過去25年間で最低レベルにある


年代順にもう一度まとめ直してみよう。

MLBの野球は、「1990年代初期」には今よりはるかに「ホームランだけに依存しないプレースタイル」だった。
それは例えば、「1試合あたりのホームラン数(HR/G)と盗塁数(SB/G)」が1990年代初期まではほぼ同等の数値だったことからも明らかだ。1970年代後期から1990年代初期までのMLBでは、野球のあらゆるプレーを利用して得点チャンスをつくるダイナミックな野球が行われていた。
資料:2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。 | Damejima's HARDBALL

だが1990年代中期になると、MLBのオフェンスは「ステロイドへの階段」をまっしぐらに駆け上がりはじめ、1999年と2000年に「ステロイド・ホームラン時代のピーク」を迎えることになる。1999年にマーク・マグワイアが65本のホームランを打ち、2000年にバリー・ボンズが73本のホームランを打ったことが、2つのシーズンの「意味」を象徴している。
「1試合あたりのホームラン数、盗塁数」からみても、HR/GとSB/Gの数値は1990年代中期以降大きく乖離しはじめており、「MLBでのホームラン偏重が始まったのが1990年代中期であること」は明らかだ。

だが、イチローがMLB入りした2001年に時代は一変する。ステロイダー追放の機運が急速に上昇するとともに、得点総数とホームラン数は年を追うごとに減少していく。
2000年代のホームランによる得点効率はまだそれほど低下してはいないが、「2010年代」に入ると、ホームラン生産数減少だけでは済まなくなり、クルマに乗っていてギアを落としたら同時にトルクもなくなったかのように、「2010年代のホームランと得点との関連性は急速に薄れて」いき、2010年代のMLBのホームランによる得点効率はこの25年間での最低水準になった。ホームランが大量生産されたステロイド・ホームラン時代ですら、ホームランと得点との関係は今よりはるかに良好なものだった。

1999MLB 総ホームラン数 5528本
2014MLB 総ホームラン数 4186本(▲1342本 24.3%減)

2014年のMLB総ホームラン数は、いまや「ピーク時の約4分の3」にまで減少している。
だが、グラフ1で2014年のデータが「近似曲線の真上」にあることから、実は2014年の「ホームラン数と得点総数の関係」そのものはあくまで「例年どおりの水準」だ。ここ数年の「ストライクゾーン拡張」や「アンパイアの判定精度の向上」、「ステロイド規制の強化」など、ホームラン発生を阻害する要因が増え続けていることを考慮すると、2014年の「量的な減少」という結果そのものは、実は「想定内の変化量」であり、それほどたいした問題ではない。

むしろ2010年代の大きな問題は、ホームランと得点との関係が、MLBストライキのあった1990年代中期に肩を並べるほど「質的に悪化している」ことのほうだ。


だから今のような時代に、「ホームランバッターに多額の投資を行うこと」の意味は、昔とは大きく違っている。

「ホームラン総数が激減している」ということは、ホームランバッターの希少価値が高まっているという意味でもあるから、たった40本(しかもステロイドで)ホームランを打つだけでホームラン王になれるこのおかしな時代には、ホームランバッターの「価格」、つまり「サラリー」がむやみと高くなるのは当然だと、誰しも思ってしまいがちだ。

だが、
1990年代中期以降ずっと続いてきた「ホームラン偏重によって得点を得るという手法」が衰退しはじめていることの意味や、得点とホームランの相関関係における最大の問題が「ホームランの量的減少」ではなく「ホームランの著しい質的低下」であることを、人は忘れすぎている

たとえでいうと、ウナギの減少という自然現象により、うな重の「価格」が異常に高騰しただけではなく、「ウナギの味覚そのものが、劇的にマズくなっている」としたら、どうだろう。しかも、OPSのようなデタラメな数字で評価するデタラメな評価基準の蔓延によって、マズい料理の価値を過大評価する舌の麻痺した無能な料理評論家たちが、マズい料理でも「うまい」と逆評価するような詐欺的な行為すら行われだした、としたら。


ホームランバッターに高いカネさえ払っておけば、多くの得点が得られることが約束された時代」は、10数年前に終わっているわけだが、どういうわけか知らないが、「量的にも質的にも価値が低下している長打能力を過大評価し、それに高いカネを払う、わけのわからない時代」は、今なお続いている。

例えばホームランの価値だが、発生数激減による希少性の高まりも事実としてある一方で、「質的な暴落」が同時に発生している可能性は高い。
にもかかわらず、MLBでは、「ホームランに過度に依存しない、もっと効率的な得点方法への戦術的シフト」が十分試されてはいない。(ちなみに、現実の野球ではいくつかの「ホームランに過度に依存しないチーム」が勝ったのが、2014年だ。2014年のMLBで最もホームラン数の少ないチームは、2014年ワールドシリーズを戦ったロイヤルズであり、その次に少なかったのが、NLCSでジャイアンツに敗れたカージナルスだ)
むしろ、「価値がスカスカになって比重が低下しつつあるホームランを、さらに過大評価までして、高いギャランティーを払って三顧の礼で迎え入れる」という意味のわからない行為は、いまだに蔓延している。

もちろんこうした「取引」は、どんな経済原則にも、のっとっていない。
価値が低下する一方で価格が上がる、すなわち価値と価格が乖離するわけだから、当然ストーブリーグでは、選手のサラリーの「インフレ」が起きる。つまり、「たいして能力がないのがわかりきっている選手」に「ありえないような高い給料が約束されるケース」が蔓延しはじめるわけである。当然、シーズンに入れば、給料の高い打者をいくら並べても、得点力がむしろ「低下」するような事態が、頻繁に、どこのチームでも起こりうるようになる。


こうした「ホームランの価値低下と価格上昇とが同時に起こるという矛盾したトレンド」は、元をただせばどんな原因から起きるのか。
「1999年と2000年のピーク(グラフ2のDグループ)」を、「2000年代のトレンド(グラフ2のCグループ)」に減速させ、それをさらに「2010年代のトレンド(グラフ2のBグループ)」にまで減速させた「原因」とは、いったい何だろう、というのが、次のテーマになる。

December 12, 2014

ビリー・ビーンとその関連の人物たち、サンディ・アルダーソンポール・デポテスタJ.P.リッチアーディーファハーン・ザイディの「GM遍歴図」を作ってみた。

黄色のセルは「そのチームがポストシーズンに進出できた年」を示している。1990年代末以降、ビリー・ビーンから次々と独立し、さまざまなチームのGMに就任した「ビーンの手下たち」が、今はメッツでサンディ・アルダーソンのもとにふきだまっていることが、よくわかるように図にしたつもりだ(笑)
よくは知らないが、「野球の秀才たち」が大集結したのだ、きっとメッツはこの数年、ポストシーズンに出まくってきたどころか、何度もワールドシリーズを制覇して黄金時代を過ごしているに違いない。

さすがビリー・ビーン。人を見る目も天才級だ。

ビリー・ビーン一派のGM遍歴

これを作りながらつくづく考えさせられたことは、彼らはつまるところ、
「経営コンサルタント」であって、「経営者」そのものではない
ということだ。


では、「経営者と経営コンサルタントの違い」とは何だろう。

「この問いに『言葉』で答えられないのが経営者というものであり、スラスラ即答しやがるのが、経営コンサルタントだ」とも思うが(笑)、それはさておき、少なくとも言えることは、「もしも美容師の仕事がボサボサに伸びきった髪を無造作にカットするだけなら、それは『誰でもできる仕事をしている』に過ぎない」ということだ。


投資ファンドであれ、経営コンサルタントであれ、経営に行き詰まった企業に入り込んだ人間なら誰でもまず手をつけるのは、「不採算部門の整理」だ。

それくらいのことは、誰でも思いつく。
では、その「誰でも思いつくようなこと」を、なぜ「既存の組織や、既存の管理者」には「できない」のか。問題はそこにある。
硬直した組織の場合、組織の構成と管理者の脳が「硬直化」していて身動きがとれない。組織の立て直しが最初の目標なら、従来のしがらみにとらわれた人間には改善できないのだ。だから「外部」から人を呼ぶ。

「外から人を入れる意味」は案外、再建のための商売上のアイデアにあるのではなくて、単純に「しがらみのない外部の人間だからこそ、大胆な手術がやりやすい」という、たったそれだけの点にある。だから、経営コンサルタントが言う提言の多くが、実は「内部の誰もが、いつかやらなきゃな、と思っていたことばかり」だったりすることがある。
「やらなきゃとわかっていても、できない」ことは、オトナにもある。それを実行に移させるためには、外部から言ったほうが、効果があるのだ。「江戸幕府と黒船の関係」と同じ理屈だ。


外部の経営コンサルタントが最初にやることは、「雑草が伸び放題のまま、ほったらかしになっていた森」で、「無駄な枝葉や雑草を刈りまくる」ことだ。この「草刈りの時期」は、コンサルタント導入の「成果」が視覚的に見えやすい。伸び放題だった背の高い雑草を刈り取っていればいいのだから、成果が見えやすくて当然なのだ。
一般企業でいう「不採算部門のカット」は、野球チームの場合、そのほとんどが「不要な選手の削減」を意味するわけだが、新しいGMがそれに着手したからといって、それを別に「経営の天才」と呼ぶ必要もなければ、「褒めちぎるような手並みの良さ」でもない。やって当たり前のことをやっている、ただそれだけのことだ。


だが、しばらくすると、チームの改良は目にみえて止まる。
なぜなら、「雑草を刈りとる時期」なんてものはすぐに終わるからだ。

すぐにやってくるのは、「チームをつくる時期」だ。
何を目指して、どこを、どうやって成長させ、その結果、何を、誰に売って食っていくのか。何に再投資していくのか。それは、「その組織が何を新しく目指すのか、そのビジョンと方法を、社会と投資家に示す行為」である。
そして「草刈りがうまいだけの人間が失敗を犯す」のは、決まって、この「チームづくりの時期」だ


あらためて、
「経営者と経営コンサルタントの違い」とは何だろう。

「草刈りがうまいだけ」なら、経営コンサルタントにすぎない。

だが「経営者」は、海に出て巨大マグロをとってくるとか、畑で何か作るとか、森を育てるとか、少なくとも「なにかを生産し、利益を生み出す立場」でいなくてはならない。欲をいうなら、消費者(ファン)に愛される立場にまで到達できたなら、もっといい。


バーノン・ウェルズ、アレックス・リオスはじめ、さんざん大型契約に失敗した挙句に、トロントGMを2009年に首になったJ.P.リッチアーディがこんなことを言っている。彼がいわんとしたことは「トロントには予算がない。だから、常に予算を潤沢に持っているヤンキース、レッドソックスがいるア・リーグ東地区で優勝しようだなんて、どだい無理なことだ。誰がGMやったって、俺と同じ問題に直面するだけの話さ」ということだった。
But until those two factors change, the next guy sitting in this role, whether that’s five years from now or 10 years from now, is going to be faced with the same problem: How do you get by the Red Sox and the Yankees?”
Ricciardi Says His Successors Will Face Same Challenges He Has In AL East | CityNews

後になってこんなこと言うくらいなら、最初から引き受けるべきじゃない。リッチアーディは「金がないから勝てない」なんてことを言い出せばマネーボールの名が泣くとは思わなかったのか。
そもそもトロントは、「たとえボストンやヤンキースのような額の予算がとれないチームであっても、ビリー・ビーンの手下ならなんとかしてくれるに違いない」という期待感からリッチアーディーにGMを任せたというのに、当の本人は失敗した後になってわけのわからない言い訳に終始したのだから、無責任きわまりない。


ビリー・ビーン自身とその手下のGM経験者たちが、お得意の数字とやらをあやつって得点力を上昇させて得失点差を改善し、「強いチーム」をつくりあげ、さらには「地域のファンに愛されるチーム」になったとでもいうのならともかく、強いチームになるでもなく、まして、地域のファンにも愛されないなら、彼らの仕事は、雑草が伸びて始末におえないときにだけオーダーするのが適任の「草刈り業者」でしかない。

December 09, 2014

例の大英博物館の「白い」ギリシア彫刻コレクション、「エルギン・マーブル(Elgin Marbles)」の一部がいま、ロシアのエルミタージュ美術館に移送され、公開されているらしい。
大英博物館はこれまで「移送の困難さ」などを理由にギリシアへの返還を断り続けてきたから、もちろんギリシアは今回の「海外移送と公開」に怒って返還を求める声明をあらためて出したが、返還されるされないにかかわらず、「剥がされた彩色」は二度とオリジナルには戻らない。

Statue of the river god Ilissos
Statue of the river god Ilissos

「エルギン・マーブル」は、かつて英国大使としてオスマントルコに赴任していた第7代エルギン伯爵トマス・ブルース(Thomas Bruce, 7th Earl of Elgin)が、当時オスマントルコ支配下にあったギリシアのパルテノン宮殿からギリシア彫刻多数を勝手に剥がしてイギリスに持ち帰り、後に大英博物館に寄贈したものだ。
もともとオリジナルな彩色が施されていたことが、現代の紫外線による解析手法によってわかっている。

だが「彩色をほどこされていたエルギン・マーブル」は、エルギン伯トマス・ブルース本人の指示によって、特殊な工具を使って「表面にあったオリジナルの彩色」を削り取り「見た目を白く変える」という卑劣きわまりない捏造作業が開始され、その後もなんと1811年から1936年までの100数十年にもわたり、大英博物館の一室で「表面を削って、白くする」行為が延々と行われ続けた。

そのため「エルギン・マーブル」は紫外線解析が行われるまでずっと「白いギリシア彫刻」だと信じられ続けてきたのである。
関連記事:2012年7月16日、『父親とベースボール』 (4)アメリカにおけるドイツ系移民の増大。18世紀ドイツの美術史家ヨハン・ヴィンケルマンが欧米文化のルーツとして捏造した「白いギリシア」。 | Damejima's HARDBALL

エルギン・マーブル(Elgin Marbles)に使われた卑劣な道具エルギン・マーブルの彩色剥ぎ取りに使われた道具群

ちなみに、大英博物館はいまだにその「恥知らずな作業」を、「クリーニング」という当たりさわりのない表現で呼んでいる。
British Museum - Cleaning the Sculptures 1811-1936

以下の写真は、紫外線解析によって科学的に再現されたオリジナル配色の例だ。

実は色つきだったギリシア彫刻
:大英博物館で表面が剥ぎ取られたあとの「白い彫刻
:紫外線解析によって推定された加工前のオリジナル配色

Trojan archer crouching in battle(often so-called
Trojan archer crouching in battle(often so-called "Paris")


「エルギンマーブル改竄事件」が明らかにしたのは、芸術の冒涜という小さな問題ではなく、むしろ「欧米文化の精神的支柱としての美学の存立基盤そのものに対する疑義と、その美学に基づいて白く上塗りされ続けてきた欧米史のあやうさ」であることを思えば、この事件が歴史的事件と呼ぶにふさわしい「大事件」であることがわかる。
というのは、「エルギン・マーブル」のような古代ギリシアの建築や彫刻群は、18世紀ドイツの美術史家ヨハン・ヴィンケルマンが欧米文化のルーツと主張した「白いギリシア」というコンセプトを支える「最も重要な支柱」のひとつになっているからだ。

近代科学が「エルギンマーブルの改竄」を暴いたことによって、もちろんヴィンケルマンの「白いギリシア」も、その根拠に巨大な疑問符がついているわけだが、その影響力は根強いものがある。
例えば自然科学的に根拠の薄いル・コルビュジエの『黄金比』の価値をいまだに信じている人たちが多数存在していることをみてもわかるように、欧米文化においては、常に、そして、非常に熱心に、『白いものこそが、美である』という価値観がくりかえし、くりかえし製造され、「白い欧米文化には『白いルーツ』として『白いギリシア文化』が存在する」という「ストーリー」がたえまなく流布され続けてきたことによって、ヴィンケルマンの「白いギリシア」というコンセプトは、それが歴史的に根拠があるとないとにかかわらず、いまなお欧米社会に強い影響力を及ぼす物語として補強され続けているからだ。

Johann Joachim WinckelmannJohann Joachim Winckelmann

『伽藍が白かったとき』 ル・コルビュジエ『伽藍が白かったとき』
ル・コルビュジエ

(キャプション)コルビュジエが「黄金比」を美の極致とみなした理由は、それが見た目に美と見えるかどうかよりもむしろ「ギリシア神殿に多くみられる黄金比は、自然界にも数多くみられる『美の究極比率』である」という「古代ギリシアにはあらゆる美のルーツが集結しているというストーリーづくり」に主眼があったと考えると、さまざまな説明がつきやすい。
ちなみに、「自然界の美には黄金比が多い」というのは単なる「先入観」に過ぎず、例えばオウムガイの螺旋の曲率は黄金比ではない。
参考:オウムガイに黄金比?


December 06, 2014

2012年にイギリスの「駐車場の発掘」でみつかった人骨が、かのリチャード3世の遺骨と判明したことで、いろいろなことが明らかになってきた。

ボズワースの戦いBattle of Bosworth by Philip James de Loutherbourg


最初に中世以降のイングランド王室史をひもとこう。

ヨーク家の家紋、白薔薇ランカスター家の家紋、赤薔薇
14世紀以降のイングランド中世は、ヨーク家(白薔薇)とランカスター家(赤薔薇)の争いの歴史だ。
ランカスター朝のヘンリー6世から王位を奪ってヨーク朝を開いたヨーク家と、なんとしても王座奪還をはかりたいランカスター家の骨肉の争いとなった薔薇戦争は、ヨーク朝最後のイングランド王 リチャード3世(Richard III)が、後にテューダー朝をひらくことになる ヘンリー・テューダー(Henry Tudor)に1485年ボズワースの戦いで敗れ戦死したことによって事実上終結する。

リチャード3世を破ったヘンリー・テューダーは国王の愛人の子孫で、その王位継承権には数々の疑問があったのだが、彼は「ランカスター家の継承者」を意味する「ヘンリー」を名乗り、ヘンリー7世としてテューダー朝を開いた。

だが、ヘンリー・テューダーの息子ヘンリー8世が、カトリックから強引に離脱して英国国教会まで作り、複数の侍女を含め6度も結婚して男系を意地でも持続させようと執念を燃やしたにもかかわらず、テューダー朝は100年ちょっとで血脈が絶えてしまう。
そこでやむなくヘンリー・テューダーの血統がかろうじて維持されていたスコットランドから、スコットランド王ジェームズ6世がイングランド王として迎えられ「ステュアート朝」が生まれ、同時にイングランドとスコットランドの合併が行われた。いわば血統の「接ぎ木」が行われたわけである。

しかしながら、その「接ぎ木」のスチュアート朝も早くも18世紀には血統が途絶えてしまい、こんどはジェームズ6世の血統がかろうじて残されていたドイツのハノーヴァーから選帝侯ゲオルクが招かれ、イングランド王ジョージ1世(ゲオルクの英語読みがジョージ)として即位し、イングランドにドイツ系の「ハノーヴァー朝」が誕生することになった。
(18世紀のアメリカ独立戦争でアメリカ独立派と戦ったイギリス国王ジョージ3世は、このハノーヴァー朝の国王)

イングランド国王が「ドイツ系」になったことで、王室周辺にはドイツ出身者が急増した。このことは、以前いちど書いたように、「アメリカの全人口に占めるドイツ系住民の割合が非常に高いこと」や「アメリカ文化の底流にドイツ系文化が流れていること」など、かつてイギリスの植民地だったアメリカの社会構造にいまも非常に強い影響を残している。
関連記事:2012年7月16日、『父親とベースボール』 (4)アメリカにおけるドイツ系移民の増大。18世紀ドイツの美術史家ヨハン・ヴィンケルマンが欧米文化のルーツとして捏造した「白いギリシア」。 | Damejima's HARDBALL

なお、イギリス王室周辺のドイツ系出身者増加の要因は、ハノーヴァー朝誕生以外にもある。
ヘンリー・テューダーの息子ヘンリー8世は、6度の結婚のうち、当時のスペイン王国および神聖ローマ帝国の支配者の叔母だった王妃キャサリン・オブ・アラゴンと離婚する際にローマ・カトリックから離脱するという荒業を用い、新たに「英国国教会」を作った。
この歴史的な大事件の後、イングランドは法改正によって、古くから英国王室が保ってきた周辺のカトリック系諸国の王家との縁戚関係を法的に禁止する方向に進んだため、イギリス王室周辺からスペイン、イタリア、フランスなどの出身者がいなくなっていったのである。


話を リチャード3世に戻そう。

Photo : King Richard III found in 'untidy lozenge-shaped grave' (リンク先にはリチャード3世の遺骨発掘時のリアルな写真がありますので、見たくない方は閲覧をご遠慮ください)

リチャード3世の遺骨の発見場所は「駐車場」という、一風変わった場所だったわけだが、それには理由がある。
15世紀の薔薇戦争当時、リチャード3世の埋葬場所はレスターの「Greyfriars(グレイフライアーズ修道院)」だったのだが、薔薇戦争に勝利したテューダー朝のヘンリー8世時代に「カトリックからの離脱」が行われ、修道院など多くのカトリックの施設が破壊されたため、そのグレイフライアーズ修道院が破壊され、その後、長い年月を経て「駐車場」になっていたのである。

いいかえると、「カトリック離脱によってグレイフライアーズ修道院の跡地が教会とまったく無縁の場所になり、すっかり埋葬場所がわからなくなった」ことがかえって幸いして、リチャード3世の遺骨が長い期間、盗掘も発見もされないまま、DNA鑑定技術が発達する時代になるまで「眠り続け」たために、地中に彼の「遺志」が保存され続けた、ともいえるのである。


さて、リチャード3世の死後80年ほどして生まれている1564年生まれのウィリアム・シェークスピアの生きた時代は、テューダー朝末期からステュアート朝にかけてであり、イギリス・ルネサンス演劇が隆盛し、ロンドンに数々の公設の劇場が建設された時代でもあった。

その一方で、当時は英国内の清教徒(ピューリタン)が、国王の離婚のために設立された英国国教会と対立を強めていた時代でもある。その清教徒は「劇場」を「封鎖すべき犯罪の温床」ととらえ、強い敵意を抱いていた。
したがって、ウィリアム・シェークスピアのような庶民向けの劇場にシナリオを提供するのを仕事にしていた劇作家は、劇場封鎖を虎視眈々と狙う清教徒に対抗する意味で、「英国国教会側にプラスになるような、しかも庶民にわかりやすい勧善懲悪的な、史劇」を書く必要があったのである。

そもそも英国国教会を作ったのはテューダー朝のイングランド王ヘンリー8世であり、リチャード3世は、そのヘンリー8世の父親ヘンリー・テューダーの「宿敵」だった人物である。
だから、英国国教会を擁護すべき立場に置かれていたシェークスピアとしては、「英国国教会創設者の父親の宿敵だったリチャード3世を、血も涙もない極悪人として描かなければならない理由や必然性」があったことになる。(ちなみに、リチャード3世の汚名を晴らし名誉回復をはかる歴史愛好家たちを「Ricardian(リカーディアン)」と呼ぶ)

ちなみに、ヘンリー・テューダーに敗れたリチャード3世は、英国国教会派の劇作家シェークスピアの手で「極悪人」として描かれたわけだが、その約300年後、こんどはヘンリー・テューダーのかなり遠い子孫にあたるジョージ3世が、アメリカ独立戦争に敗れたことで1776年アメリカ独立宣言に「極悪人」として描かれることになった。


ちなみに、英レスター大学によって行われたリチャード3世の骨のDNA判定によると、ヘンリー4世からヘンリー6世までのランカスター朝と、リチャード3世を戦死させたヘンリー・テューダーに始まりエリザベス1世で終わるテューダー朝、つまり、リチャード3世のヨーク家の宿敵であるランカスター系の家系図には、「家系が断絶している部分がある」という重大な疑問を生じさせる可能性があるという。
ヘンリー・テューダーの王妃はヨーク家の人間であるため、両家にDNAの繋がりがある。そのため、ヨーク家当主リチャード3世のDNAからでも、対立するランカスター家のDNAの検証が可能なのだ。

リチャード3世は、1485年ボズワース戦いでの敗戦で薔薇戦争に敗れたが、死後527年もの長い歳月を経て、長年論じられ続けてきたヘンリー・テューダーの王位継承権の正当性を疑う疑惑に対して、「みずからのDNAの提供」という、誰も考えてもみなかった形で決定的証拠を提出し、宿敵ヘンリー・テューダーに500数十年ぶりのリベンジを果たすかもしれないのである。


cf: 2012年12月21日、ニューヨークまみれのクリスマス・キャロル(1) ワシントン・アーヴィングとクリスマスとバットマン | Damejima's HARDBALL


December 04, 2014

以下の記事では、誰にでもわかる簡単な数字を使って「オークランドGMビリー・ビーンは、なぜジョシュ・ドナルドソンを放出しても構わないと考える」のかについて考える。
単にこのトレードの是非を問うのではなく、もっと深く、「ビリー・ビーンが、彼独自の野球セオリーにおいて重視する野手の打撃能力の具体的な種類とレンジ」、さらには可能なら「彼のオフェンス編成に関する思考パターンと、その問題点」まで指摘してみるつもりだ。

あらかじめ断っておきたいのは、「ブログ主は、ビリー・ビーンの方法論に同調するつもりなど、まったくない」ということだ。彼の『どこを切っても金太郎飴』的なチーム構成のやり方は、心底つまらない。選手は「素人の理科実験の道具」じゃない。


ビリー・ビーンが、自軍でメジャーデビューし(注:ドラフトはCHC)、トップスターのひとりにまで成長したオールスタープレーヤーを唐突にトレードしたことは、メディアのみならずMLBファンの間でも多くの議論を呼び、多くが懐疑的な見方を抱いた。ファンにとって最も理解できないのが、「いったいどんな根拠があって、ビリー・ビーンは期待度の高い29歳の三塁手をトレードしても大丈夫だと思えるのか?」という点だ。

給料が問題?
ドナルドソンの給料が高騰するのには、まだ時間がある。
言い訳にならない。

だが、この際だから「カネの話」は置いといて話を進めてみよう。以下では純粋に「野球選手としての能力比較」から話をする。
ドナルドソンの打撃成績:Josh Donaldson Statistics and History | Baseball-Reference.com

この疑問について即答したのは、Fangraph主宰デイブ・キャメロンくらいなのだが、ブログ主はトレード直後、こう書いておいた。

明らかにドナルドソンとブレット・ロウリーの打撃成績には「大きな差」がある。では、どういう「理屈」で考えると「2人は同じくらいの価値だ」なんてことがいえるのか?

まず、これを見てもらいたい。
上段は、トロントから獲得したブレット・ロウリーの2014年の「リアル打撃スタッツ」(70ゲーム)下段は、キャリア全体の打撃成績を「162ゲームあたりの数値に補正したシーズン平均値」だ。この「補正」ってやつをよく覚えておいて以下を読んでもらいたい。
Brett Lawrie Statistics and History | Baseball-Reference.com
ブレット・ロウリー 補正前後の打撃成績比較

補正の「前後」をしっかり比べてみてもらいたい。
何がわかるか。ブレット・ロウリーの次のような「潜在能力」だ。

ビリー・ビーンの目に映る」ブレット・ロウリー

もしも「長期にわたる故障やスランプがまったくない」ならば、本来のロウリーはもっと多くの、ヒット、二塁打、ホームランが打てる選手だし、必要なら盗塁もできる。ただ、三振数はかなり増えるし、打率や出塁率は、多少マシになる程度で、ほとんど改善しない。

この「脳内補正」が、ドナルドソン放出の謎を解く「鍵」だ。
(注意してもらいたい。ブログ主が「ロウリーの潜在能力」とやらを信じているわけでも、「実在」すると言っているわけでもない)

おいおいっ! ブレット・ロウリーは「故障のない選手」なのか? 長期のスランプを経験するタイプじゃないのか? だが、そういう「正しい疑問」は今は置いといてもらって(笑)、ひたすら読み続けてもらいたい。

ちょっと考えればこのブレット・ロウリーのサンプルから「類推」するだけで、ビリー・ビーンがこれまで選手採用の基準としてどの点を「重視」し、何を「完全に無視」してきたのか、ハッキリとわかるはずだ。(ただし、それは「ブレット・ロウリーには高い潜在能力があるから、能力が既に開花していて給料高騰も予想されるドナルドソンと交換してもいい」なんて単細胞な話でもない。話を続けよう)


ここまできたのだからオークランドの他の野手の打撃成績もみてみる。
たぶん「ビリー・ビーンの謎」の核心に、より迫れるはずだ。

ドナルドソン放出や、ビリー・バトラー、アイク・デービス獲得といった「個別の話」だけで終わってもつまらない。どうせやるなら、「ビーンが選手に求める打撃能力の具体的レンジ」や「彼がプラトーン・システムにこだわる理由」、果ては、彼の思考方法の「根本パターン」までも明らかにすることに挑戦したい。


表は、2014年のオークランド野手の「リアル」打撃スタッツだ。

補正前
チーム内で「特に良い数字」を赤の太字、「悪い数字」を黒の太字で示した。
2014年オークランド野手・打撃成績(補正前)
俊足のトップバッター。
三振と四球と打点とホームランの多いクリンアップ。
守備専門の、打撃のよくない二塁手。
意外性のある打撃をするキャッチャー。

なんともまぁ、平凡きわまりないラインアップだ。
出塁率が特別優れた選手を並べているわけでもない。もしジョシュ・ドナルドソンとブランドン・モスがいなかったら、全く機能しない打線だろう。
当然、この程度の打線では飛びぬけた打撃スコアをたたき出したジョシュ・ドナルドソンが「打線のコア」であって、トレードによる放出などまったく考えられない


ところが、だ。
補正後の表をみてもらうと、話がまったく違ってくる
続きを読む

今シーズン、いいところまで行きながら、最後に惜しくも失速して地区3位に終わってしまったトロントだが、やり手GMアレックス・アンソポロスがいまストーブリーグの先頭を切って疾走している。
ラッセル・マーティン、ジョシュ・ドナルドソン、マルコ・エストラーダ、マイケル・ソーンダースはじめ、ウィンター・ミーティングを前にした他チームGMがうかうかしている間に、あれよあれよという間に必要な選手を揃えつつあるのである。

他のGMを出しぬくほどの猛スピードでチームづくりを進めたかったとみえるアンソポロスだが、彼が目をつけた補強ポイントのひとつは、どうやら「チームと不和を起こしている選手たち」だったようだ。


例えば、オークランドから獲得したオールスタープレーヤー、ジョシュ・ドナルドソンは、2014シーズンにちょっとした怪我をしたのだが、そのときDL入りするかしないかについて、オークランドGMビリー・ビーンとかなり揉めたようだ。
ソース例:A’s trade of Josh Donaldson is hard to figure out - SFGate
ソース例:Scott Miller's Starting 9: With Nelson Cruz, Mariners Can Win Now―and Later | Bleacher Report
トラブルがどの程度ヒートアップしたものだったかは正確にはわかっていないが、少なくとも「話し合いの場を持った」ことは両者が認めているから、少なくとも「意見の相違」があったことは間違いない。また、トロントへのトレードが決まった後にドナルドソンがTwitter上でいろいろと発言していたところをみるかぎり、簡単に解決できる軽いトラブルではなかったことも、たぶん間違いない。
MLBでのトレードで「移籍していく選手が元の所属チームを批判的にコメントすること」はほとんどない。それだけに、かつてブランドン・モローがシアトルからトロントに移籍したときに、 "I was never really allowed to develop as a starter." と言ってシアトルを痛烈に批判したことがまさにそうだった(→参考記事)ように、もし元の所属チームを批判するコメントを残すときは「よほどのことがあった」と判断できるのである。
参考記事:2009年12月22日、「投手コーチ・アデアとの打ち合わせを無視し、モローにカーブのサインを一切出さなかった城島」に関する記録。投手たち自身の「維新」による城島追放劇の舞台裏。 | Damejima's HARDBALL
参考記事:2010年6月19日、意味なくダメ捕手城島が阻害していた「カーブ」を自由に使えるようになってピッチングの幅を広げ始めたブランドン・モロー。 | Damejima's HARDBALL

ある説では、両者の話し合いの場でビリー・ビーンに激怒したドナルドソンがビーンを "Billy Boy!" と怒鳴りつけた、ともいわれているが、残念ながらこの話の真偽は定かではない。
("Billy Boy" は、なかなか母親のもとを離れられない男の子のことを歌った古いアメリカのフォークソング。転じて、おそらく「このマザコン野郎っ!」という意味の罵声として使ったと思われる)
記事例:“Billy Boy”: The Josh Donaldson trade was reportedly sparked by an argument with Billy Beane | HardballTalk



マイケル・ソーンダースはシアトルから獲得したが、こちらはGMとの間で「明らかなトラブル」を抱えていた。
Michael Saunders, agent unhappy with criticism from Jack Zduriencik | HardballTalk

今シーズンのソーンダースは出場ゲーム数が78にとどまったことでわかるように怪我がちなシーズンだったわけだが、そのことをオフになってシアトルGMジャック・ズレンシックが記者会見の場で「おまえのフィジカルの管理がなってないからダメなんだ」と、名指しで批判したことで、両者の関係はこじれた。
トロント移籍が明らかになる前、ソーンダースは代理人を変えている。これを「ズレンシックとの関係修復のきざし」と甘ったるい見方をしたアメリカメディアもあったが、ブログ主は「移籍に備えた準備」としか思っていなかった。

ソーンダースのケースについて言うと、たとえ選手が怪我をして休もうと「GMがそれを批判する」などという馬鹿げた行為が行われることは、MLBではありえない。選手は怪我したくて怪我するわけではない。言うまでもない。

ちなみに、かつてシアトルにいたGMズレンシックのお気に入りの遊撃手ジャック・ウィルソンが「風呂場でこけて怪我して、シーズンを棒にふった」という馬鹿すぎる事件を起こしたことがある。そのときズレンシックは公式の場で馬鹿すぎる怪我をした選手をなじるようなことはしなかった。
「ズレンシックが獲ってきた選手たち」は、過去に例えば「試合中なのに、自分の判断で自宅に帰ってしまう」とか、「バントを命じられたのに、意図的に拒否した」とか、「あまりにも成績が悪くてベンチに下げられて、監督を怒鳴つけた」とか、常識外れな事件を多々起こしてきているが、そのことをチームが公式に批判したという話を聞いたことがない。

そのくせ、ソーンダースのDL入りにはケチをつけた挙句に放出するのだから、意味がわからない。

ズレンシックが就任以来、イチローも含めて、「自分の就任前からチームにいた選手」をそれこそ片っ端から放出し続けてきたことは、シアトルにちょっと関心のあるMLBファンなら誰でも知っている事実だ。
そしてもちろん、2004年ドラフトでシアトルに入団しているソーンダースは、その「2009年のズレンシックGM就任前からシアトルにいた選手」である。
だから、いつかソーンダースが放出される日が来ることは、かなり前からわかっていた。たぶん、ズレンシックは無理に理由をつけてでも、ソーンダースをチームから放り出せる日を待っていたに違いない。
だが、「怪我を口実に関係をこじれさせて放出」などという歪んだ行為は、マトモな野球人のすべきことではない。


まぁともかく、シアトル脱出おめでとう、ソーンダース。カナダ出身の彼ならトロントでスタンディング・オベーションで迎えられることだろう。

選手が主役になるのが本来の「野球」というものだ。
勘違いしている人間が非常に増えているようだが、
ファンが見たいのは、「チーム」や「選手」が勝つ姿であって、
「GMが勝つ」のを見たいわけではない。

December 03, 2014

2010年代のワールドシリーズで投げた先発投手で
シアトルGMズレンシックが放出した投手


クリフ・リー 2010年テキサス
ダグ・フィスター 2012年デトロイト
ジェイソン・バルガス 2014年カンザスシティ

この5年間、ア・リーグのワールドシリーズ進出チームのうち、それぞれの別々の3チームの主力投手が、「シアトルGMジャック・ズレンシックが放出した投手」なのは、もちろん偶然ではない(笑)
なんせ彼は、「最高クラスの先発投手を、びっくりするほどの安値で売り払う」ことにかけては、MLB史上最高の才能をもったジェネラル・マネージャーなのだから、当然の話だ(笑)
2013年にシアトルをクビになったデータ分析やスカウティングを担当のGM特別補佐Tony Blenginoも、クビになった後、こんなことを言っている。
“Jack never has understood one iota about statistical analysis. To this day, he evaluates hitters by homers, RBI and batting average and pitchers by wins and ERA. Statistical analysis was foreign to him. ”
「ジャック(ズレンシック)は、統計的な分析についてはこれっぽっちも理解してない。 今日に至るまで、彼は打者をホームランと打点と打率、投手を勝ち数と防御率で評価してるんだ。統計分析なんて彼には縁の無い存在だった」

もし来シーズン、どうしてもワールドシリーズに進出したいア・リーグチームのGMがいたら、絶対にこの人に「先発投手のトレード話」をもちかけるべきだ。
そう、ちょうど今なら、お買い得な「岩隈」という先発ピッチャーがいる。他チーム優勝請負人ジャック・ズレンシックなら、ほとんど数字を確かめることもなく、必ず最安値で取り引きしてくれるはずだ(笑)

ちなみにクリフ・リーは、テキサスでのワールドシリーズ終了後、5年120Mの大型契約でフィラデルフィアへ栄転。フィスターは、デトロイトでワールドシリーズを経験した後、ワシントンにトレードされ、コンテンダーを渡り歩く有名投手に成長した。バルガスはトレード先のアナハイムで2013年5月に月間最優秀投手賞を受賞する好成績を残した後、4年32Mの長期契約でカンザスシティに栄転、ワールドシリーズを経験した。


さて問題は、これらの投手放出によって「シアトルが得た選手たち」の「その後」だ(笑)

ジャスティン・スモーク
一塁手がダブつきまくっていた2010年7月に、ズレンシックがクリフ・リーとの交換でテキサスから獲得。一塁しか守れないにもかかわらず、打てない。またタテマエでは「スイッチヒッター」なのだが、左投手が全く打てないため、事実上スイッチではない。
シアトル移籍後の2010年夏は大振りばかりで空振り三振が多く、打撃不振からマイナー落ち。シーズン終盤に復帰するものの、2011年以降も打撃がモノになる気配はなく、2013年にもマイナー落ちを経験。2014年オフにウェイバーにかけられ、クレームされたトロントに移籍するも、ノンテンダーFA。
キャスパー・ウェルズ
2011年7月末のフィスター放出でデトロイトから移籍。2012年に93ゲームも出場したが、打率.228と低迷。2013年DFA。その後チームを転々とし、2014年独立リーグ行き。GMズレンシックの無能さと、フィスター放出の無意味さを、全シアトルファンに思い知らせた選手のひとり。
チャンス・ラフィン
2011年7月末のフィスター放出でデトロイトから移籍。同年WHIP1.571という最悪の成績を残した。その後、消息不明。
チャーリー・ファーブッシュ
2011年7月末のフィスター放出でデトロイトから移籍。あくまでフィスターのトレードが失敗でないと主張したいチーム側は、ファーブッシュをしつこく先発投手として起用し続けたが、1年目に3勝7敗と、フィスターのトレードがとてつもない失敗だったことを明らかにしただけに終わる。結局セットアッパーに転向。
ケンドリス・モラレス
バルガスとのトレードでアナハイムからシアトルに移籍。シアトルに2シーズンに2度入団した、非常に不可解な移籍経緯のある選手。以下に詳述。(なお、以前は「ケンドリー・モラレス」と表記されていたが、Kendrys Moralesと登録名が変更になり、日本語表記も変更になった)


ケンドリス・モラレスの「2度にわたる獲得」で、シアトルが「ワールドシリーズ先発投手」と、「プロスペクト」と、「741万ドルの大金」と、「10数年ぶりのポストシーズン進出」を失った顛末

最近のシアトルになんの関心もないから、以下の衝撃的な事実をつい最近まで知らなかった(笑) よくこんな馬鹿なことを許したものだと、感心させられたのが、以下の「ケンドリス・モラレス、2年連続シアトル入団事件の顛末」だ。

モラレスは、当時FAまで1年となっていたシアトルの先発投手ジェイソン・バルガスとのトレードで、2013年にアナハイムからシアトルに移籍し、1年だけ在籍し、ホームラン23本、打率.277の成績を残して、オフにFAになった。
つまりバルガスは、彼自身もあと1シーズンでFAになってシアトル脱出予定だったとはいえ、あれほどの投手だというのに、「たった1シーズンでFAになるのがわかっている野手との交換でトレードされた」ということだ(笑)
「チーム再建」だの、「若返り」だのというお題目はどこ行ったのさ? と言いたくなる(笑)ブログ主に言わせれば、このトレードのみで、十分すぎる超絶的な大失態だが、コトはこれだけでは終わらない。


ズレンシックは、「1年しかチームにいない」ことがわかっているモラレスを、貴重な先発投手を無駄に放出してまで獲得した。それだけでも馬鹿だが、さらに、いざモラレスがチームを去るとなると、どうしても引き止めたくなったらしく、「どうせ移籍するだろうが、ドラフト指名権が欲しい」という意味ではなく、「チームに残ってもらいたい」という意味のクオリファイング・オファーを提示したのである。

だがシアトルにいたくないモラレスは拒否。
ズレンシックは赤恥をかいた。


ただそれでも、もし2013年オフにモラレスをリーグ上位チームが獲得してくれれば、クオリファイング・オファーの規定によって獲得チームのドラフト指名権がシアトルに移ることにはなる。

だがドラフト指名権移動は起こらなかった

というのも、モラレスがFA市場で売れ残ってしまい(契約が遅れた理由は代理人スコット・ボラスの提示金額が高すぎたためらしい)、ようやく2014年6月になって1年1200万ドルの単年契約にこぎつけたチームが、地区最下位のミネソタだったからだ。ミネソタの前年のリーグ順位は下から3番目。全体10位以内の指名権は保護されるため、ミネソタのドラフト指名権は移動しない。

クオリファイング・オファーの提示額の高さを考えれば、契約が難航して困っていたはずのモラレスが、再契約したくてたまらないシアトルとの契約を選択してもいいはずだが、モラレスは優勝する見込みが全く無いミネソタとの単年契約のほうを選んだ。モラレスが「シアトルに戻るのを、心底嫌がっていた」ことが非常によくわかる。


さて、2014シーズンのア・リーグのポストシーズン行き候補が決まりかけてきた初夏。モラレスは6月のミネソタで39ゲーム出場したが、ホームランはたった1本(AB/HRはキャリアワーストの154.0)で、打率.234と、酷い打撃成績に終わっており、ここが肝心だが、ミネソタファンのブーイングを浴びていた。

だがここで再び
「他チーム優勝請負人」ズレンシックが動いた(笑)

なんと、彼はまだ「モラレスにこだわった自分」にこだわり続けていたのだ。ズレンシックは「ミネソタでブーイングを浴びている、打てないモラレス」を獲るため、「シアトル側のサラリー全額負担+若手のスティーブン・プライヤー」という、わけのわからない破格の好条件を提示し、10数年ぶりにポストシーズンの可能性が見えてきたが、打撃の補強が急務だったシアトルに、打ててないモラレスを助っ人として再獲得してきてしまうのだ(笑)

よほどのことでもない限り他チームのやり方にクチをはさむことなどないMLBだが、この理解不能な「モラレス再獲得」については、他チームのエグゼクティブと称する人物がFOXのインタビューに応えて "curious" 、「奇妙なことをするもんだ」と真っ向から批判している。
Trader Jack? As Seattle's GM struggles to complete deals, some rival executives wonder | FOX Sports

結局シアトルは、「2度のモラレス獲得」に、「先発ジェイソン・バルガス、741万ドル、プロスペクトひとり、2年の歳月」を費やした。(注:この場合の金銭負担は「1シーズンを通じてプレーした」場合の「1200万ドル」ではなく、「日割り計算」の「741万ドル」になる)
かたやミネソタは「結局モラレスに1円も払わないまま、ドラフト指名権も手放すことなく、お払い箱にできた」のである。どちらが損せずに済んだか。いうまでもない。


こうしてモラレスは、たぶん嫌々だったと思うが、シアトルに「2年続けて」入団することになった。(たぶんFA後にようやく契約できたミネソタに足元を見られ、契約に拒否権が入れられなかったのだろう)モラレスがミネソタからシアトルに移ったのは2014年7月24日以降だが、結果はどうだったか。
59ゲーム出場 239打席
ホームラン7本 打率.207
AB/HR 30.4(キャリア23.5を大きく下回る)


2014年7月以降のシアトルは、ヤンキース、カンザスシティ、オークランドとともにワイルドカード争いをしていた。カンザスシティの好調さから、単に勝率を維持している程度ではポストシーズン進出はダメで、「勝ちをさらに積み上げ、勝率を上げ続ける必要」があった。

シアトルが「勝率が上昇しない原因」は、
いうまでもなくチーム伝統の「得点力不足」にあった。

ズレンシックが6年もの歳月をかけ、自分の手で得点力を極限まで低下させてきたのだから(笑)このチームの得点力の無さは、ロビンソン・カノーひとり獲得したところで、なんとかなるような代物ではないのだ。

そこでズレンシックは、「ミネソタでブーイングされていたモラレス」を再獲得しただけにとどまらず、さらにニック・フランクリンをエサにした三角トレードで、「対戦相手にとっくにスカウティングされまくって、所属するデトロイトからも見放されつつあったオースティン・ジャクソン」まで獲得してしまう。当然、ジャクソンも打てるわけがない。(54ゲーム出場、打率.229)

こうしてシアトルは、またもやズレンシックがやらかしたトレード失敗の数々によって、オールスター後に得点力を伸ばすことができず、10数年ぶりのポストシーズン進出をみすみす逃すハメになった(笑)
シーズン終盤失速した2014シアトルの成績
First Half    51勝44敗 貯金7 378得点321失点 勝率.537
Second Half  36勝31敗 貯金5 256得点233失点 勝率.537


バルガスがトレードされた2012年当時ズレンシックは、自分自身の契約更新を目前にしていた。
おそらく彼は、「守備重視の大失敗」、「若手路線の大失敗」、「トレードでの数々の大失敗」、「イチロー追い出しという歴史的ミス」、「観客激減」など、これまでの不手際の数々によって消えかかっていた自分の契約延長を可能にするために、それまで主張し続けてきた「チーム再建」や「若返り」などという「まやかしのコンセプト」ですら、すっかり全部引っ込めて、「目先の勝利を優先」する方向に方針を変え、「1年先にいなくなるのがわかっているFA野手」であっても、ステロイダーであっても、なりふりかまわず手を出す一方で、若手をトレードの駒にしはじめている。

もしバルガスのトレードが、そういう「目先の利益を追いかけるためだけのトレード」ではなく、「課題だったはずのチーム再建をきちんと優先した、有望な若手数人を手に入れるトレード」だったら、あるいは、「モラレスにとって、シアトルがわずか1年いただけでも在籍したくなくなるような、イヤな球団」でなかったら、シアトルはモラレス獲得で失った「741万ドルの無駄なカネと、プロスペクト」を失わずに済んだはずだ。

いずれにしても、ケンドリス・モラレスを執拗に追いかけたズレンシックの度重なるドタバタが、シアトルを2014年のポストシーズン進出から遠ざける大失態を招いた原因のひとつであることは間違いない。
課題の得点力不足を解消できないままシーズンに突入しただけでも、GMとして大失態だが、それだけでなく、ポストシーズン進出の可能性があるチームにとって必須条件の「夏の戦力補強」に失敗したのだ。
(だからこそ、ふたたび後がなくなった彼はボルチモアでブーイングされまくっているステロイダー、ネルソン・クルーズにも2014年オフに手を出した。そのうちメルキー・カブレラにすら手を出す可能性がある)


よく、こんな「売るのも、買うのも下手なGM」に、
チームをまかせる気になるものだ。

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  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
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  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
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