December 24, 2009

来年は坂本龍馬ブームらしい。だから、それにあやかって、シアトルの主力投手3人による城島マスク拒否事件を、「城島拒否維新」と呼ぶことにした(笑)


「城島問題」2009シーズン版まとめ
(2009年12月24日版)

2シーズン連続・正捕手強制復帰から
骨折による城島離脱と、チームの快進撃
プレーヤー自身による「城島拒否維新」
ウオッシュバーン、強制トレードと、自殺的プレーオフ脱落
そして「城島退団」まで



2007年、ジェイミー・バークの頑張り
(工事中 under construction)

2008年夏、ジェフ・クレメントの輝き
ジェフ・クレメントは、「城島問題」などチームマネジメントの大失敗などで崩壊した2008年シアトルマリナーズにおいて、6月中旬のマクラーレンの「城島降格」英断(と、後継監督リグルマンによる「城島降格」路線継続)によって、チームの極度の不振から正捕手降格処分された裏口入学のコネ捕手城島にかわり、正捕手の座を得た。
クレメントは、暗いチームの近未来に明るい光明を与える活躍をもたらし、大連敗を繰り返していたチームの勝率も5割に持ち直させるなど、沈滞したチームを復活させる大きな原動力になった。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:「ジェフ・クレメントのための短い夏」

クレメント、2ホーマーの活躍

2008シーズン最も勝った時期 Winning Streakは
クレメントがマスクをかぶった6月から7月にかけてであることが判明

2009年4・5月、Streakデータは「城島がいないほうが勝てる」「城島がいると負ける」ことをハッキリと示した。

2008シーズン月別ERA
クレメントが正捕手を務めた6月・7月に大幅に改善
2008月別ERA

2008年終盤、ジェフ・クレメントの悲劇
ところが、クレメントが7月下旬に膝の故障で一時的に戦列を離れ、さらに怪我の手術が決定して長期離脱した後、チームは再び正捕手を城島に戻してしまう。そして城島は9月に12連敗などという、途方もない連敗を犯して、シーズン100敗という不名誉な記録を残した
2008年9月24日、12連敗を経て城島はシーズン100敗捕手となった。

2009年春以降のクレメント冷遇と理由なきトレード
クレメントはその後オフシーズンに行った怪我の手術から無事に復帰したにもかかわらず、2009開幕直前の3月29日に意味不明にマイナーに落とされたまま、メジャーには戻されなかった。マイナーでの彼は、冷や飯を食わされたままプレイさせられ続け、ホームランを連発したりもしたが、シアトルがいくら貧打に喘いでもメジャーに呼び戻されることなく、2009年7月29日には、出番の期待できないチームに無理矢理トレードされた。

2009シーズン開幕、
コネ捕手城島の「2年連続・正捕手強制復帰」

一方、先発マスク時のゲーム勝率が 「3割台後半」 という、とてつもなく酷い結果を残し、また、打撃面でも、全メジャープレーヤーの中で最も低い打撃成績を残し、全米スポーツメディアから「メジャー最低選手」の烙印を押された城島は、なぜかクビになることもなく、それどころか、ほとんどなんの責任もとることないまま、2009シーズン開幕ゲームでは、なんと正捕手の座に返り咲いた。
ESPNの選ぶ2008シーズンLVP(最も貢献しなかったプレーヤー)に城島
Year-end awards: MVPs and LVPs, Cy Youngs and Yuks ... - MLB - ESPN


2009年4月、ロブ・ジョンソンの大仕事による
奇跡の首位発進

2009シーズン控え捕手としてスタートを切ったロブ・ジョンソンは、4月開幕してすぐに肉離れで戦列を離れた裏口入学のコネ捕手城島にかわって正捕手をつとめたが、4月にCERA2.85というメジャートップの画期的な記録を打ち立てつつ、チームを首位で乗り切らせる大仕事をやり遂げた。
2009年4月、ロブ・ジョンソンは先発投手の防御率2.85で4月を乗り切った。
 →ロブ・ジョンソン関連記事リスト
 →カテゴリー:2009投手ERA「2点の差」


2009年、ロブ・ジョンソンの悲劇
(クレメントの悲劇、再び)

ところが、のちのち2009年4月以降7月までワイルドカード争いにとどまれるほどの大きな貢献をしてみせたロブ・ジョンソンも、最終的に、2008シーズンのジェフ・クレメントと全く同じ目に合うことになる。
5月に入って怪我から復帰した裏口入学のコネ捕手城島に、あっさり正捕手に居座られてしまうのである。


2009年5月城島復帰後の大連敗
「2年連続5月20敗」へ

2009年5月に城島がDLから復帰すると、エース・ヘルナンデスの3連敗に象徴されるように、チームは城島先発ゲームで大敗を続け、坂を転げ落ちるようにチーム勝率を下降させていった。
その結果、2008年にチームが創設以来初めて経験した悪夢の「5月・月間20敗」の危機が再び迫ってきた。2008シーズンの早すぎる終戦の最大の原因となった「5月・月間20敗」が再び現実化しようとしていた。
先発ゲーム6連敗など、悪夢の月間20敗に向かって突き進む城島だったが、ロブ・ジョンソンには依然として控え捕手の座しか与えられず、チームの地区順位は、4月にロブ・ジョンソンが得た首位の位置から簡単に転落。城島入団以来の定位置、最下位に向かって突き進んだ。
またこの5月時点でマイナーで打撃面で活躍中だったクレメントのメジャー昇格の声も、全く聞こえてこなかった。

2009年5月3日、延長13回城島のスローイングエラーから3失点を招いた。

2009年5月12日、切れた城島は先発全員安打を食らい、予想通りゲームをぶち壊した。(ロブ・ジョンソン・城島の32球の配球比較つき)

2009年5月13日、先発ウオッシュバーンで4失点。城島パスボール、最後は二盗されてのサヨナラ負けで、城島先発ゲーム6連敗。

2009年5月16日、四球がらみなどホームラン3発を浴び、城島先発で5月はすでに3勝7敗。

2009年5月18日、ロブ・ジョンソンの貯金で野球をやっているコネ捕手またもや敗戦で月間3勝8敗、他人の貯金を食い潰す。(ウオッシュバーンの捕手別ERA分析付き)

2009年5月19日、ロブ・ジョンソンの貯金で野球をやっているコネ捕手またもや14安打5盗塁され敗戦。5月3勝9敗。ヘルナンデスを自責点6でERA4点台に沈没させ、月間20敗に突き進んだ。(ヘルナンデスの捕手別ERA分析付き)

2009年5月23日、炸裂する「馬鹿捕手バレバレ配球」、2死から5点を失い大逆転負け。

2009年5月25日、800万ドルもらってOBPわずか.275の城島は2イニングで4失点して速攻負けゲーム、5月スタメン4勝12敗。

城島が4月の怪我から5月に復帰して以降、チーム防御率は4月の3.47から、5月29日には4.43へ急降下した。
そんなエース・ヘルナンデスを破壊しかねない城島による5月崩壊が続く中、今シーズンから新しくクローザーについたデイビッド・アーズマは、城島を拒否してロブ・ジョンソンとバッテリーを組んだヘルナンデスがチームに久々の勝利を挙げた、まさにその日、城島の「窮屈なリード」ぶりを初めて証言、チーム低迷の原因を直言した。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:「サンデー・フェリックス」byアーズマ

2009年5月24日、デイビッド・アーズマが「ヘルナンデスがロブ・ジョンソンと組むゲームと、城島と組むゲームの大きな違い」を初めて証言した。

Streak データがハッキリ証明
「城島がいると負ける」「城島がいないほうが勝てる」

当然の結果ではあるが、2009シーズン最も勝った時期Winning Streakはロブ・ジョンソンが正捕手だった「4月中旬から下旬」、最も負けた時期Losing Streakは城島がDLから復帰した「5月初めから、再度DL入りする20日過ぎ」までであることが判明した。
2009年4・5月、Streakデータは「城島がいないほうが勝てる」「城島がいると負ける」ことをハッキリと示した。


2009年5月末、城島骨折。
偶然の城島リタイアと、ロブ・ジョンソン正捕手復帰で
回避された2年連続チーム崩壊

5月初旬の城島復帰で再び連敗が始まり、5月末にはアウェイのLAA3連戦を残しており、「2年連続5月20敗」&「5月時点での2009シーズン終戦」は、ほぼ間違いないと思われた。(城島骨折までの5月は、5ゲーム残して8勝15敗)
だが、5月25日試合中の城島骨折によるDL入りによって、急激に状況が変わる。ロブ・ジョンソンが正捕手に復帰して、チーム勝率はV字回復。5月末には3連勝も達成。なんと、3連敗間違いなしと思われた5月末のアウェイLAA戦では、あわや敵地アナハイムでの初スイープ達成か、というところまでチーム状態は好転したのである。

2009年5月10日、ロブ・ジョンソンはミネソタに合計23LOBを食らわせて7連敗を防ぎ、2008年5月の悪夢再現をかろうじて防いだ。

2009年5月13日(2)、ロブ・ジョンソンと城島の間にある「2点の差」がゲームプランに与える莫大な影響を考える。

2009年5月21日、ベダード登板ゲームでロブ・ジョンソンと、フルカウントだらけの城島では、先発投手に対するCERAに「2点の差」があることが完全に証明された。(ベダード版「2点の差」計算つき)

2009年5月24日、ヘルナンデスは無敗のパートナー、ロブ・ジョンソンを捕手に8回自責点1でQS達成、10奪三振でひさびさのデーゲームを勝利に導いた。

2009年5月26日、ウオッシュバーンはロブ・ジョンソンを捕手に6回無失点、QSを達成した。

2009年5月27日、ベダード6回2/3を1失点QS達成、ロブ・ジョンソン2塁打2本で信頼に応える。

2009年5月29日、ロブ・ジョンソン、バルガスを6回1/3QS、ホワイトを2試合連続ホールドに導いてLAA撃破、連勝を果たす。

2009年5月31日、通算CERA5.51のキロスは6回裏以降「城島そっくり」の大炎上ぶりで、LAAスイープを逃した。


2009年6月・7月、
先発3本柱ビッグスリーが一斉に城島マスクを拒否。
ついに「プレーヤー自身の手による城島追放維新」始まる。


オールスターのフェリックス

イルカ

6月26日に城島が骨折から復帰したが、骨折中にロブ・ジョンソンと組んで絶好調だったビッグスリーは、城島復帰後も揃って城島とのバッテリーを拒否した。「城島拒否維新」の開始である。
この「城島拒否維新」の結果、6月、7月の2ヶ月は、4月に首位ターンを果たし、5月にはチーム崩壊を救ったロブ・ジョンソンにとって、今シーズン三度目、四度目のハイライトとなった。
ヘルナンデスは、城島不在のシーズンを初めて長期に過ごすことができたこの月、3勝、防御率0.94で、2009年6月のア・リーグ月間最優秀投手になった。その後ヘルナンデスは、オールスター初選出も果たした。
ウオッシュバーンは、7月に準パーフェクトゲームを演じると、4勝1敗、防御率1.44の成績で、6月のヘルナンデスに続いて月間最優秀投手を受賞
ロブ・ジョンソンは2ヶ月連続で担当投手が月間最優秀投手を受賞するという栄誉を得たが、彼の先発マスクのゲームでは、11勝3敗と、8つもの貯金をし、チームの上昇に大きく貢献した。後に2009シーズンの彼の守備面の貢献ぶりは、Fielding Bibleによって、メジャーNo.1の折り紙がつけられた。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年12月20日、セイバーメトリクスで始まった「捕手の守備評価の新基準」。ロブ・ジョンソン、Defensive Run Saved キャッチャー部門でメジャー1位の評価を受ける。

彼らの活躍により、5月末に24勝27敗と負け越していたチームは、6月末には一気に39勝37敗と、3つの借金を2つの貯金にかえ、さらにはオールスター前の7月12日には、貯金を4に伸ばしていた。
城島マスクを拒否したビッグスリーのうち、2人の投手がア・リーグ月間最優秀投手を連続受賞し、チームも勝ち続けたことで、「城島追放維新」の正しさは、数字と賞、目に見える形で立証された。

2009年7月3日、ヘルナンデス、6月のア・リーグPitcher of Monthを受賞。6月に彼の球を受けたバーク&ロブ・ジョンソンにとっても名誉の受賞となる。
2009年7月5日、城島のいない6月を過ごすことができたフェリックス・ヘルナンデスは、6月の3勝ERA0.94で月間最優秀投手を獲得、ようやくオールスター出場を手にいれた。

2009年8月4日、ウオッシュバーン、7月のア・リーグPitcher of Month受賞!ロブ・ジョンソンは6月ヘルナンデスに続き2ヶ月連続で月間最優秀投手を輩出、キャッチャーとしての揺るぎない優秀さを証明した。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年12月20日、セイバーメトリクスで始まった「捕手の守備評価の新基準」。ロブ・ジョンソン、Defensive Run Saved キャッチャー部門でメジャー1位の評価を受ける。



2008年7月
ウオッシュバーンの月間最優秀投手受賞とロブ・ジョンソン月間11勝3敗の快進撃の陰で、チームの貯金を食いつぶし続けた戦犯城島の負け連発により、チームのプレイオフ進出の夢は断たれた

「城島拒否維新」を打ち出したビッグスリーは6月・7月と絶好調を維持していたにもかかわらず、チームの貯金はあまり増えなかった。その一方で、地区のライバルチーム、エンゼルス、レンジャーズが取りこぼしなく着実に勝ちを積み重ねていったため、シアトルはプレーオフ争いから徐々に取り残され、7月末前後には結局脱落した。
この意味不明なプレーオフ争い脱落の最大原因はオルソン、バルガスなどの裏ローテを担当して負け続けた城島にある。

ビッグスリーは揃って城島とバッテリー復活を拒否したため、チームは城島を先発させる口実として「先発投手によってキャッチャーを変える」などという、メジャーらしくない、あまりに不自然なバッテリー・システムを開始した。
その結果、6月、7月と、先発ビッグスリーとロブ・ジョンソンのバッテリーが勝ち星を挙げ続け、貯金をつくり、月間最優投手やオールスター選出に輝く陰で、バルガス、オルソンといった裏ローテ投手を預かる城島が陰湿に貯金を食いつぶす戦犯行為が果てしなく続いた。当然ながら、ビッグスリーとロブ・ジョンソンがいくら勝っても、7月の城島は3勝8敗と負け倒してみせたために、貯金は思ったようには増えなかった。

また、7月末のトレード期限を前に、思慮の浅いシアトル地元メディアがしきりにウオッシュバーン、ベダードのトレードを煽り立てたことも、チーム内に精神的動揺をもたらす意味で、大きなマイナス要因になった。

そんな混沌とした情勢の中、7月に7試合行われたクリーブランド戦の勝敗が、シーズン終盤のチームとウオッシュバーンの運命を大きく左右した。
7月16日からのクリーブランドでのアウェイ4連戦は、16日に城島先発マスクで負けたが、17日からロブ・ジョンソンが先発マスクで3連勝してチームを持ち直させ、プレイオフ進出に望みをつないだ。
にもかかわらず、7月24日からのホーム3連戦では、再び城島が先発し、チームを裏切るように2連敗、スイープされる原因を作った。
結局、クリーブランドとの7ゲームで城島が3つもの負けを自演し、チームがワイルドカード争いから実質脱落する原因をつくった。

マリナーズがワイルドカード争いから脱落しかけたこの時期、まだワイルドカード進出の可能性がまだ完全に消えたわけでもないのに、底の浅いシアトルの地元メディアは、ウオッシュバーンやベダードのトレードを煽りまくった。彼らは、ヘルナンデス、ウオッシュバーン、ベダードの3人の主力投手たちが選手生命を賭して「城島追放維新」を断行するほど、投手陣が「城島問題」で苦境に立たされていることも考慮せず、また、ウオッシュバーンの放出がプレーオフ脱落を招く自殺行為であることも考慮しなかった。
ウオッシュバーンやジャクバスカスなど、現場の投手陣は「プレイオフ進出をあきらめない」とメディアにコメントを出しつつ、トレードによる投手陣の切り崩しに対抗しようとした。
7月末のクリーブランド3連戦のログ
2009年7月24日、4本のホームランを浴びてやる気の失せた城島はポジショニングをミスしてイチローのレーザービームを無駄にし、6連敗。ゲームをぶち壊して、チームの勢いを台無しにした。

2009年7月26日、コネ捕手城島は「初回からストレート狙い」のクリーブランドの戦略に何の対応もせず、4HR16安打を浴び12失点。再復帰後7連敗という「放火行為」でチームに暗黒をもたらした。(突然崩れるイニング 解説つき)

2009年7月23日、ウオッシュバーンは「移籍したくない」といい、「プレーヤーが売り払われないために、頑張るしかない」と語った。

2009年7月25日、ジャクバスカスは、23日に「チームに残りたい」と語ったウオッシュバーンの言葉を引き継いで、「今シーズンに希望を失っていない」と強く語った。


2009年8月
ウオッシュバーンの懲罰的安売りトレード強行によるローテーション崩壊と、チームの自殺的プレーオフ脱落。

7月末のトレード期限直前になって、必然性のないトレードがいくつも強硬された。
かつて2008年にチームに大きな貢献を果たしコネ捕手城島と正捕手を争ったクレメントが、ベタンコートがトレードされて以降ショートをつとめていたロニー・セデーニョとともに、パイレーツに強引にトレードされた。パイレーツはナ・リーグのためDHがなく、クレメントはトレードされても、とりあえず出番がない。またパイレーツからの獲得選手がセデーニョと同ポジションの選手という、不効率きわまりないトレードだった。
また、7月の月間最優秀投手を受賞し、好調をキープしていたウオッシュバーンが、実力の釣りあわない投手たち(獲得したフレンチは後にすぐにローテ投手に失格し、マイナー落ち)と交換にデトロイトに安売りされ、6月から7月にあれだけ安定して勝ち星を生産できていたローテーションの安定感は、チームみずからの手で一気に破壊された。
この先発ローテーションを破壊する自殺行為により、チームの生命線だった「防御率」は一気に悪化。チームの失点は急激に増加した。
また、一方でトレードによって獲得した急造スタメン選手たちのバッティングは使い物にならず、打線が低迷し続け、チーム勝率は急激に低下した。シアトルはみずからチームのアイデンティティをみずからゴミ箱に投げ捨てる「自殺行為をした」のである。



城島の不自然きわまりない正捕手復帰など、不自然すぎるチームマネジメントの失敗によって引き起こされた「深刻なファン離れ」
6月・7月に「城島追放維新」を決行し、ビッグ・スリーとロブ・ジョンソンの安定したバッテリー関係から勝ち数が安定して生産できたことで相当数の貯金がチームにもたらされ続けていたにもかかわらず、シアトルがワイルドカード争いから脱落していったのは、はっきり、「裏ローテの4番手・5番手投手の登板ゲームで城島が負け続けたこと」に原因がある。

にもかかわらず、8月になって、チームマネジメントは、先発投手たちの「城島追放維新」を故意に無視し、それどころか、自ら自殺を選ぶかのようにウオッシュバーンを放出して、ローテーションの安定感を自分の手で破壊する一方で、戦犯のはずの城島の先発するゲーム数を増やすことまでして、自滅の道を選び、プレーオフ争いから脱落する失態を招いた。
プレーオフ進出のためには、2009年のアイデンティティであり、生命線であった「安定した先発投手陣」を維持することが必要不可欠であったにも関わらず、シアトルは投手陣の混乱をみずから引き起こし、ワイルドカード争いからみずから脱落するという大失態を犯したのである。
そもそも7月末以降のトレードは、「売り手」なのか「買い手」なのか、ハッキリとしないトレードが連続した。また同じポジションの選手同士を交換するなど、戦力アップのためというより、ただの「代役探し」でしかないトレードが相次いだ。シーズン終盤に向け、「ワイルドカード獲得」を目指すのか、そうではなく「チーム再建」を目指すのか、そうした基本的なチーム方針が明確に打ち出されず、選手が何を目標に戦うのかすら見失った状態で、8月以降だらだらとゲームを消化する無様な醜態をファンの前に晒したのである。

ホームスタジアムであるセーフコの観客動員は、そうした理性に欠けたチーム運営に非常に敏感に反応した。本来動員の増えるはずの8月に観客動員が異例の激減をみせたのだ。
ファンの気持ちは、せっかく築きかけていたチーム・アイデンティティをみずから捨てるような不健全なチーム運営から離れていった。

合理性を重んじる欧米では、アイデンティティを自分から放棄することは容認されがたい自殺行為であり、大きな背任行為でもある。とてもファンに理解されるわけがない。
球場にみあった野球、つまりパーク・ファクターにあった「投手中心に守り勝つ野球」の好調さを、ファンの了解もないまま、ウオッシュバーンのトレードで自ら放棄し、ワイルドカード争いからファンの意思に反して自ら脱落。一方で、今シーズンも大戦犯となった城島はむしろ厚遇しつつ、チーム勝率5割のぬるま湯のようなハンパな状態を故意につくりだしたことは、理性を持ったファンの誰からも見放される結果となった。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年8月「不自然すぎる城島の先発増加」と「観客数激減」

創立時以来のマリナーズ観客動員数推移グラフ


城島退団への道のり

2008年マクラーレンによる「城島降格」
2008シーズンの監督マクラーレンは、単に城島をスタメンから降ろしたのではなく、「正捕手」から降格させた。つまり捕手としての城島に、監督としてようやく「NO」をつきつけた。
マクラーレンは監督としての経験不足からチーム不振を招いた責任により解任されたわけだが、解任間際になって、遅まきながらではあるが、2008シーズンのチーム大崩壊の主因のひとつが「城島問題」にあることをようやく感じとって、彼のマイルドなやり方では限界はあったが、彼なりの「城島降格」によるチーム再生を実行に移したことは評価できる。
マクラーレンによる「城島降格」は、城島マスクを主力投手3人が揃って拒否した「城島拒否維新」ほどのインパクトはない。
だが「城島を正捕手の座から引きずり降ろすと、チーム成績が上向く」という実証結果を初めてファンとメディアの前で実証してみせた、という意味では画期的な意味があった。
それはある意味、オーナー方針に歯向かう無謀な行為だったが、彼は理性的な判断にもとづく正論を実現しようとして、たとえ一時的にせよ、「城島降格」を実行に移すだけの勇気を持てた。(その結果、彼は「バベジと抱き合わせ」という形でチーム不振の責任から監督を解任された)

2009年ビッグスリーの「城島拒否維新」
2009年10月19日にシャノン・ドライアー氏が、ピッチングの改善に悩むモローへの投手コーチ・アデアのアドヴァイスを、城島が遮断し、モローに自分勝手なリードを押し付けていたことを明らかにしたことを明らかにした。(ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年12月21日、モローのトレードにおける「ロブ・ジョンソン補正」、「城島補正」をどう見るか。

シアトル所属の投手たちがこれまで、どれほど「城島問題」に悩まされてきたか。
さまざまな投手たちがこれまで「城島問題」を表沙汰にするための発言や提起をし続けてきた。ヘルナンデス、ウオッシュバーン、ディッキー、シルバ、バルガス、ジャクバスカス、アーズマ、そしてモロー。ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:自軍投手たちの「城島配球批判」
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:「サンデー・フェリックス」byアーズマ
城島追放への流れを作ったのは、結局アテにならない自軍の監督やGMではなく、プレーヤー自身の積み重ねてきた城島批判の努力の結果だった。プレーヤーたちの努力が、2009年のヘルナンデス、ウオッシュバーン、ベダードによる「城島追放維新」の勇気へとつながっていったのである。
「メジャーの常識も知らないまま、コネだけで正捕手に居座るあんなプレーヤーに、メジャーの配球常識とも違う、今まで積み上げてきた自分のピッチングスタイルとも違う、さらには、チームの投手コーチの指示とも食い違う、意味のわからないサインを毎試合強要され、その勘違いだらけのゲームプランで成績を落とされ続けたんじゃ、もう、たまらない。あんなヤツに投げたくない。」城島と接した投手なら、誰でもそう思うことだろう。
コネ捕手の加入以降続いてきた、もうベースボールとはいえないような理不尽さを停止させるために、2009年、先発投手たちは意を決して一斉城島マスク拒否、つまり「城島拒否維新」を打ち出した。
それはある意味、シアトル投手陣の総意を受け、主力投手たち自身が自分の選手生命を賭した「2009年維新」だったわけである。
この「維新」は、監督ワカマツなどチームの優柔不断な首脳陣が提起したアイデアではなく、プレーヤー自身が選手生命を賭して起こした波が原動力であって、彼らプレーヤー側の勇気ある行動がダメ捕手を日本に追い返し、シアトルに健康的な前進をもたらした。けして優柔不断なワカマツが城島を日本に追い返す原動力になったわけではない。



2009年「城島拒否維新」を黙認したワカマツ
日系人ということで2009年からシアトルの監督に抜擢された監督ワカマツは、就任当初からオーナーサイドの意向をチームに反映する立場にあると思われた。そのためチームの勝率が伸び悩む原因が「城島問題」にあることをどこまで理解できるか、就任当初から心配されていた。

2009シーズンもマリナーズは「城島問題」を放置し、城島を正捕手にすえる同じ過ちを犯したために、2シーズン続けて2009年5月に崩壊しかけた(ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:「2年連続5月20敗」)。もしこのときチームが城島を起用し続けて大敗し続けていれば、ワカマツは5月以降のどこかでクビになっていただろうし、城島自身の正捕手の座もクビも、寒い状態になったはずだ。
前年2008年5月の崩壊では、当時の監督マクラーレン自身が遅まきながら「城島問題」の重大さに気づいて、2008年6月に「城島降格」とクレメント抜擢を断行することで、チーム状態を上向かせる策を、監督自身の手で打ちだすことができた。
だが、2009年5月の崩壊においては、監督ワカマツが城島をはずす英断を下すことができたわけでもなんでもない。
2009年5月の崩壊が回避できたのは、あくまで「城島の骨折とチーム離脱」という「偶然」があったからであり、5月以降のビッグ・スリーとロブ・ジョンソンのバッテリーが安定して継続できたのは、ワカマツが自分の英断と先見性によって城島をスタメンからはずしたからではない。
その結果、城島のライバルであるはずのロブ・ジョンソンは、城島の正捕手としての度重なる失態をかえってカバーする形になってしまい、チームサイドが 「復帰後の城島を控え捕手に転落させないでおく口実」 を与えてしまった。皮肉なことに、2008年のクレメントがそうであったように、ロブ・ジョンソンは自分の活躍で、自分の出場機会を復帰後の城島に分け与える形になったのである。
8月以降の戦犯城島に対する手厚い処遇ぶりを見ればわかるとおり、ワカマツは投手陣にとっての「城島問題」の深刻さや、深刻なチームへのダメージ、コア・ファンのチーム離れの意味、どれも深くは理解していない。

ただ彼に、ひとつだけ今シーズンの優れた大仕事があるとしたら、主力投手3人による一斉城島マスク拒否、すなわち「城島追放維新」を黙認したこと、これに尽きる。
ワカマツが黙認してくれたおかげで「城島のいないマリナーズの投手陣が、いかに高い能力があるか」が、「城島問題」に消極的な頑迷な日米メディアやファンの前につきつけられることになった。

「城島拒否維新」と、ズレンシック
なにかとトレード市場で英雄視されがちなGMズレンシックだが、2009夏時点でのトレードは、大半が単なる「代役探し」であって、チームの戦力アップにつながらないどころか、トレードによって投手力も打力もズルズルと低下していった。どのトレードも目的および費用対効果は明瞭ではなく、けして成功しているとはいえない。
なによりの彼の大失敗は、城島の処遇の失敗とウオッシュバーンのトレードである。
城島が骨折から復帰して以降、チームは、マクラーレンの「城島降格」策のように、城島を控え捕手に降格させる態度を明確にし、ロブ・ジョンソンを正捕手にすえてチーム内を安定させるべきだった。そうすれば7月末時点ではまだ、プレイオフに向かって突き進むことが可能だったはずだ。
だが実際には、チームはむしろ、「城島拒否維新を成功させたウオッシュバーンの放出による、先発投手陣の崩壊」と、「先発投手によって、捕手をコロコロ変える意味不明のバッテリー・システムの導入」を行い、チームを「不安定さ」の方向に進ませてしまい、2008年同様に戦犯であるはずの城島の正捕手復帰を無理矢理正当化する行動をとった。
その結果、チーム状態はたいへん不安定になり、勝率の低下をまねき、プレーオフ争い脱落の原因を、みずからが作りだした。

「城島拒否維新」の切り崩しと、ファン離れ
マリナーズは、これまでずっと続けてきた城島に対する過保護な扱いを2009年シーズン・インでも繰り返し、2009年6月7月にビッグスリーの「城島拒否維新」の功績で出来上がりかけた「シアトルらしい、守り勝つ野球」のメインパーツであるはずの先発投手陣を、自分の手で破壊し、戦犯捕手の不合理きわまりない復活を容認した。
ようやく形になりつつあったパークファクターに合致するチーム・アイデンティティが、チーム自身の内部的混乱によって破壊されるのを見たシアトルの理性的なファンは、大量にスタジアムを離脱し、ウオッシュバーントレード直後の2009年8月には、異例の観客動員大量減少をまねいた。
これは「城島問題」を甘くみて自分の失態でプレーオフ脱落をまねいたクセに、ウオッシュバーンのトレードなどでビッグスリーによる「城島追放維新」の継続を許さなかったチームマネジメントの背任行為に原因がある。

城島退団の不透明さ
2009年10月になって城島退団が発表されたが、2008年の3年24Mという契約延長の理由が明らかでないのと同様に、城島退団以降の経緯が明らかになったわけではない。いつも契約に関する動きが挙動不審な選手なのである。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:城島退団
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2009年10月22日、元阪神監督岡田氏の指摘する「城島事前交渉契約疑惑」簡単まとめ(結果:まさにスポニチの「事前」報道と岡田氏の指摘どおり、城島、阪神に入団決定)

マリナーズのこれから
やがてエース・ヘルナンデスのFA移籍がやってくる。そのときまでに、チームの体質が大きく変わり、プレーヤーが本来の実力を発揮できる、ごく当たり前のチームになることができるかどうか。もしできていなければ、大規模な崩壊が再現もありうる。

これまで監督解任程度の生ぬるい予測をしてきたが、2009年夏に起きた理性的なファンのスタジアム離れや、2年も続いた不自然すぎる城島の正捕手復帰を目の当たりにして、いかにこのチームに理性が欠けているかを思い知らされ続けた。
誰の目にも不自然で、合理的に説明できかねるような理不尽な行為が続けば、いつかこのチームはメジャーの球団として立ち行かなくなる。メジャーは、長年にわたって「城島問題」を放置してきたような合理性に欠けるようなビヘイビアを、けして許容してはくれないのだと思い知るべきだ。

19勝を達成したヘルナンデスとロブ・ジョンソンのバッテリー






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