August 01, 2009

6月18日、その日がやってきた。ジェフ・クレメントが正捕手として扱われる時が。
このときまでに、チームは、4連敗2回、5連敗2回、7連敗を1回記録し、24勝46敗、借金22。ほぼ1勝2敗のペースを続けて、既にシーズンをダメにしていた。

だが、クレメントの夏は、短く終わらされた。
Seattle Mariners Split Statistics - ESPN


クレメントの2008年の短い夏は、7月末にクレメントが怪我で7試合ほど欠場した時期の前と後で、次の2つのまったく違う時期に分けることができる。
クレメントの捕手としてのプレー時期を「2つ」に分けるについては、重要な意味がある。どうしてもそれをアタマにいれておいてから数字を眺めてほしいし、そのためにこの項を書く。
そうしないと、短い夏に2つの異なる季節を過ごしたクレメントの深い苦悩も伝わらないと思うからだ。

(1)6月18日〜7月22日 捕手先発17ゲーム(出場22)
 →2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(4)
  クレメントの奇跡。シルバ3登板連続QS。

(2)8月2日〜8月30日 捕手先発15ゲーム(出場24)
(以下では、この2つの時期を(1)(2)と略す)


(1)(2)の起用法の違い
(1)で、クレメントは捕手としての出場が、出場22ゲーム中、17ゲームある。それ以外は、5ゲーム。ゲーム途中で交代させられることもなく、この時期、明らかにクレメントは「正捕手として起用」されていた。

それに対し(2)では、クレメントの捕手としての出場は割合として減り、出場24ゲーム中15ゲームで、それ以外にDHとしての出場などが10ゲームある。起用目的が明らかに(1)と変質しており、「DHとしての起用」という部分が増えた、といえる。
ところが、ただDH起用が増えただけではない。
(2)では、「相手チームの投手が右か左かで、クレメントと城島、どちらを先発捕手として使うかを決める」などという、とんでもなくおかしな、野球というスポーツにないルールのシステムがとられた。
また、ゲームが始まってから終わるまで一人の捕手にまかせる、というケースが大幅に減り、ゲーム終盤8回、あるいは9回に捕手が変えられることが珍しくなかった。

さぞかしクレメントも、気持ちの上で苦しい気持ちでこの季節を過ごしたことだろう。
(1)と(2)で起用の主旨が通常では考えられないような方針に変わっていった原因は、ファンそれぞれに憶測があるだろうし、ここでも詳細に主張しきれるものでもない。
以下にいくつかの「判断の材料」をあげておく。最終的な判断はそれぞれの問題だが、クレメントの正捕手としての短い夏はダメ捕手をなにがなんでも正捕手に戻したいという猿芝居で、なにもかも台無しになった、といっておく。



「クレメントの(1)における捕手成績」
まず基本的な話だが、「クレメントが(1)で捕手として先発した17ゲームでの勝率やCERAなどのゲーム内容」が、クレメントのキャッチャー起用が減った原因ではない、ということは常識で考えればわかる。後の記事「2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(4) クレメントの奇跡。シルバ3登板連続QS。」でクレメントの(1)での勝敗などをあげるが、最もデータとして単純な勝率を見てもらえば一目瞭然だ。コネ捕手城島よりはるかに、2倍は優れている。

「クレメントの膝の怪我」
彼はシーズン終了まで捕手をつとめることがかなわず、膝の手術にふみきった。クレメントにとって、キャッチャーを続けにくくなっていった大きな原因のひとつが、「自分自身の膝の怪我の持病」にあるのは誰しも認めざるをえない。

「チームの異常な正捕手2人併用制」
よく、(2)あたりの時期を「捕手3人制」などという人がいるが、それは正しくない。
実際には「クレメントと城島、2人の正捕手の、野球の戦略とはまったく関係のない、異常な併用システムと、バークという1人の控え捕手」という、なんとも混乱したキャッチャー起用が行われただけである。
(1)で正捕手をはずされたはずのダメ捕手城島が、なぜ1週間のクレメントの怪我による休養を経過して、(2)で再び正捕手に戻っているのか。

しかも、(2)の時期、城島は先発捕手として恥ずべき7連敗を犯してもいるのである。野球とは全く関係のない根拠から、先発捕手が決定されたこの時期のキャッチャー起用は頭がおかしいとしか形容しようがない。
2008年8月22日、クレメントは左投手2人から二塁打2本3打点、チーム7連敗を止め、8月に捕手として白星のない城島の尻拭いをした。

2008シーズンの後半のある時期、それがいつ始まったか正確な日付までは記憶にない。
シアトルのキャッチャーの起用は「相手投手が右投手なら、左打者のクレメント、左投手なら右打ちの城島」という、「相手投手によって自分のチームのキャッチャーを変えていく」という、聞いたこともない方法がとられはじめた。
これはよく覚えておいて、ここから先を読んでほしい。

メジャーのキャッチャー起用について詳しくない方のためにちょっと書いておくと、常識的な起用方法では、「決まった正捕手がいて、主にカード最終戦として組まれるデーゲームを正捕手の休養にあて、控え捕手がマスクをかぶる」というシステムになる。
シアトル・マリナーズにおいても、(1)の時期には、ごく普通にクレメントが正捕手として、他の常識的な正捕手と同様に扱われていた。

ところが(2)時期になると、一転して、シアトルでは「相手投手によってクレメントと城島、2人の正捕手が併用されるという前代未聞のシステム」になってしまうのである。


正捕手っぽい捕手が2人いる、というシステムそのものは、日米問わず、さまざまな理由で行われることはある。
だが、野球で「相手投手の『利き手が左か右か』によって、起用するキャッチャーを変える」などというシステムなど、聞いたことがない。と、いうか、そんなシステム、野球をやる上で、また、野球の戦略の上で、なんの合理性もない。
それはそうだ。例えばシアトルの先発投手にしてみれば、対戦相手の投手が決まらないかぎり、自分の球を誰が受けるかわからない、そんなおかしな事態が続くシステムだ。こんな落ち着かない話はない。配球の組み立てを十分相談するとか、そういう面の影響もはかりしれない。

それでも、(2)の時期にはいって、この前代未聞のおかしなシステムは強行された。チームは大きく負け越しているこの時期に、なぜこんなおかしなキャッチャー起用がまかり通ったのか。
今思い出しても、腹立たしい。

この8月、城島は、5月同様に先発マスクで7連敗している。よく恥ずかしくないものだ。ウイニングストリークで、この8月あたりの時期がデータとして出てこないのは、まったくクレメントの責任ではなく、城島の先発ゲームの大連敗のせいだ。


そもそも、5月の月間20敗などによって、守備・打撃の両面であきらかにメジャー失格、「ダメ選手」証明がなされた。
にもかかわらず、クレメントが怪我をして休んでいる間に「いつのまにか」扱いが変わって、「クレメントと城島と併用という形で、城島がいつのまにか『正捕手』に復帰する」などというおかしなことが「なんの理由もあきらかでないまま強行された」のである。

日本語には「方便(ほうべん)」という言葉や「詭弁」という言葉がある。

「相手投手の利き腕が左か右かによって起用するキャッチャーをコロコロ変える」などという異常なシステムは、明らかに、マクラーレンもリグルマンも見限った城島を無理やり正捕手に戻したいがために、クレメントを一気に控え捕手に戻すのでは批判を浴びるし、手口があからさますぎる。そういう矛盾をオブラートに包んで隠しつつ、城島に再度正捕手をやらせる異常な事態を誤魔化し、正当化するための、ただの「方便」であり、「詭弁」でしかなかった。

こんな話、常識では考えられないわけだが、この異常な捕手システムは、ファンの見ている前、お金を払ってスタジアムに来ていただいているファン、テレビの前でゲームを見ているファンのまさに目の前で、延々と、堂々と、行われ続けたのである。
こんなシステムを強要した側の人間の異常さがよくわかろうというものだ。


ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2008「相手チーム先発依存の捕手決めシステム」

「クローザー・プッツの不調」
これは2008年のおかしな捕手起用に影響した蛇足的な話題として、かきとめておく。
2008年シーズンは、勝ちゲームやクロスゲームの終盤、8回9回に、キャッチャーに代打が出されたり、守備固めで変えられるケースが続発していた。(2)のゲームログにおいても、ゲーム終盤にクレメントが交代させられているケースがよくある。

だがこれは、クレメントに原因があったのではない。
むしろ、8回、9回を投げるブルペン投手に大きな問題があったシーズンだったというほうが、より正確。
2007シーズンと違って、この年のJ.J.プッツは必ずしも絶対的クローザーというほど、調子はよくなかった。年間通して、特にクレメントがまだ捕手をやる前4月、5月のゲームログをみてもらうとわかるが、プッツがセーブに失敗し逆転負け、サヨナラ負けするケースが、2007年より多い。
再確認しておく。「クレメントのゲームに限って、ゲーム終盤にサヨナラ負けすることが続いたことが原因で、キャッチャーがゲームの終盤にかえられてしまう習慣ができた」などという事実はまったくない。
むしろ、ゲーム終盤にキャッチャーをクレメントから、城島、バークに変えたことで、逆転負け、サヨナラ負けをくらったゲームもいくつかあり、捕手交代が成功したケースの数と失敗した数はほぼかわらない。


4月 12勝15敗 勝率 .444 ERA 4.20
5月 8勝20敗 勝率 .286 ERA 5.39
6月1日〜17日 4勝11敗 勝率 .266 ERA
クレメント前
24勝46敗 借金22 勝率.342







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