「ジェフ・クレメントの短い夏」

2010年4月5日、移籍先でついにレギュラーポジションを掴んで開幕を迎えることのできたジェフ・クレメントを祝福する。
2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(5) 夏の続きと、真夏の猿芝居〜暗黒の「正捕手2人併用システム」ですら城島7連敗の汚辱
2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(4) クレメントの奇跡。シルバ3登板連続QS。
2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(3) 『2つの季節』
2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(2) ジェフ・クレメントのための『2008年6月17日』。
2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(1)  『オハイオ州クリーブランド2008年4月30日』。

April 06, 2010

2010シーズンがとうとう開幕を迎えたが、ジェフ・クレメントが移籍先のパイレーツで一塁手として先発出場した。
心からおめでとう、クレメント。これからの長いシーズンが君にとって満足のいく素晴らしいシーズンでありますように。
Los Angeles Dodgers at Pittsburgh Pirates - April 5, 2010 | MLB.com Gameday


今年のピッツバーグ・パイレーツは、なんだか面白い。いろいろなところから素質を秘めたプレーヤーを、移籍市場のマネーゲームとはまた別のルートで着々と集め、開幕を迎えた。開幕戦ではいきなり強豪ドジャースをバッティングで打ち負かしてしまうのだから、今年はちょっと違う。
1番に、あの大怪我のあとタンパベイから移籍した岩村
3番ライトは、ミネソタからやってきた2009年にわずか82ゲームで21本もホームランを打った強打の若手ギャレット・ジョーンズ
そしてショートはシアトルが放り出したロニー・セデーニョ、そしてとうとうメジャーのレギュラーポジションを掴んだジェフ・クレメントが一塁手。

特に注目なのはドジャース戦でもう2本のホームランを打ったギャレット・ジョーンズ。昨シーズン途中にテキサスからロサンゼルスに移籍したLAD先発のヴィンセント・パディーヤをさっそくぶちのめした(笑)パディーヤはテキサス在籍時にシアトルと対戦した、イチローファンにはお馴染みの投手。防御率こそよくないが、イニングを食える好投手だと思うし、悪くない。そのパディーヤをいきなりぶちのめしまくるギャレット・ジョーンズ、最高である(笑)
2010オールスターゲームはエンゼルスのホーム、アナハイムだが、そこでギャレット・ジョーンズの姿を見ることができそうな気がする。ぜひホームランダービーに(テキサスのジョシュ・ハミルトンのオールスターデビューのように)、もうひとりナ・リーグの若手で活躍を期待しているナショナルズのライアン・ジマーマンとともにリーグ代表として出場し、バットを思う存分ぶん回してもらいたいと思う。

去年さんざん言ったことだが、ロニー・セデーニョのバットにはけっこう期待できると思う。レギュラーで使ってやれば結果を出すはず。2009年のようなキレギレの起用では、誰だって結果など出せない。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:移籍後のロニー・セデーニョ


さて近年シアトルから移籍していったプレーヤーたちの開幕にも多少触れておこう。

ボルチモアを経てドジャースに移籍したジョージ・シェリルの開幕戦は、ちょっと散々だった。5番手として登板して、ピッツバーグの4番でキャッチャーのドゥーミットにホームランを打たれるなどして、3失点。チームの負けを決定づけてしまった。
そしてシェリルの後に投げたLADの6番手が、どういうわけか、あの「ウィーバー兄」こと、ジェフ・ウィーバー(笑)敗戦処理投手として開幕を迎えた。まだ野球をやっていたのか、という感じ。しぶとい男だ(笑)

ラウル・イバニェスは、フィリーズ移籍2シーズン目を6番レフトで迎えた。
Philadelphia Phillies at Washington Nationals - April 5, 2010 | MLB.com Gameday
フィリーズの開幕投手は、シアトルに来たクリフ・リーとの三角トレードで今年からフィリーズの大投手ロイ・ハラデイ
何度も語ってきたことだが、「少ない球数で長いイニングを投げ切る技術」にかけて、メジャーの現役投手で、ロイ・ハラデイを超える投手など存在しない。投球術においては、現役最高。芸術といえる領域に入っている。このゲームでも、88球で7イニングを投げている。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:メジャーと日本の配球論の差異から考える「城島問題」 『damejimaノート』 序論:2009年9月30日、大投手ハラデイの「配球芸術」

その大投手ハラデイが早くもフィリーズに1勝目をもたらす一方、対戦相手ナショナルズの3番手として登板したのが、ミゲル・バティスタ(笑)。わずか1回2/3の間に、3安打4四球で、5失点。まさに期待を裏切らない男である(苦笑)野球の神様が愛しているのはやはり大投手ロイ・ハラデイであって、詩人ミゲル・バティスタではない。
ナショナルズには、かねてから期待しているライアン・ジマーマンがいて、さらに今シーズンからは一度記事を書いたことのあるアダム・ケネディがオークランドから移籍して、楽しみにしているので、バティスタには、どうか大人しくマイナーにでも行っておとなしくしているか、引退するかしてもらいたいものだ。

最後にカンザスシティに放り出されたユニスキー・ベタンコートは7番ショートで先発。なんと、デトロイトの好投手ジャスティン・バーランダー相手にフルカウントまで粘って、9球目をセンターへ放り込む2ランホームラン。天才なのか凡人なのか、いつまでたってもよくわからないままの男である(笑)
Detroit Tigers at Kansas City Royals - April 5, 2010 | MLB.com Gameday






damejima at 09:34

August 01, 2009

2008年にクレメントが捕手をつとめた時期は、2つの時期に分かれる。

(1)6月18日〜7月22日
 →2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(4)
  クレメントの奇跡。シルバ3登板連続QS。

(2)8月2日〜8月30日

(1)の時期にクレメントは、ダメ捕手の烙印を押された城島にかわり、正捕手として、主に捕手をつとめた。

この項では、(2)を扱う。

(2)では、「相手先発投手が右投手か、左投手かによって、クレメントと城島、どちらの捕手を先発させるか決める」などという、頭がおかしいとしか言いようがない捕手起用システムがとられた。
明らかに、これは「一度正捕手の座を失った城島を強引にでも復帰させるたいが、実績を残したクレメントを一気に控えに落としたのではあからさますぎる。そこでクレメントと城島を横並びにして『併用』とみせかけることで、城島強制正捕手復帰の強引さをオブラートに包んで誤魔化す」という見えすいた猿知恵だった。
この記事のデータを読んでもらえばわかるように、クレメントは(1)において十分な活躍をした。それゆえ、彼を正当な理由もなく控え捕手、あるいはマイナーに降格などさせられない。それでもどんな無理を通してでも城島を正捕手に戻したい、そこで誰の目にも「野球のシステムや合理性とは無縁の猿知恵」が、実際にゲームで実行に移された。

「相手投手が左投手だから右打者の捕手を使うべき」などという方法論は、野球のスポーツとしての戦略とは何の関係もない。いいから城島を使え、スポーツのルールを無視しようとおかまいなし、そういう、気違いじみた論理から考えだされた異常システムである。
もう、この時期、このチームの編成に、「メジャーという世界に、あってあたりまえの合理性」は、どこにもみられない。

この、チームの勝敗や、チームの再建すら無視して無理に矛盾を両立させようとする異様な、そして強引な手口によって、シアトルには、クレメントと城島、2人の正捕手が併用されるという異常事態が訪れた。
クレメントは捕手とDHとして併用され、やがて持病の膝の怪我の手術のため、フィールドを去った。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2008年8月22日、クレメントは左投手2人から二塁打2本3打点、チーム7連敗を止め、8月に捕手として白星のない城島の尻拭いをした。


この(2)の時期のクレメント先発ゲームはたしかに、(1)の時期とくらべて失点が多い。
また、ゲーム終盤でキャッチャーが交代することが多く、また、例の「相手の先発投手が右か左かで、クレメントと城島の、どちらがマスクをかぶるか決める」という頭のイカレたシステムのおかげで、先発マスクの機会がなかなか連続しなかった。
下にあげたゲームリストをみてもわかるだろうが、勝ちゲーム終盤でいわゆる守備固めと称して交代させられるケースも多かったわけだが、その後でサヨナラ負け、逆転負けするゲームもいくつもあり、これらのゲームがもし勝てていれば、(2)におけるクレメントの勝率は、もっとずっとよかったはずだ。

それでも、この異常な選手起用の中で、クレメントはこの(2)の時期も、(1)の時期と同様の『勝率5割』という、2008年のシアトルにしてみれば超高率な数字をマークしてみせた。

一方で、異常な捕手起用システムのもとで8月もマスクをかぶり続けた城島は、この同じ8月1日から22日までの時期、先発マスクのゲームで、恥ずかしげもなく、なんと『7連敗』している。
『7連敗』しただけでも十分恥だが、城島はクレメントが膝の手術に踏み切った後の2008年9月にコネ捕手城島は正捕手に復帰してチームを12連敗させ、2008年のルージング・ストリーク(Loosing Streak)にまたひとつ、汚点を残した。

城島のからむシアトルは、どこか場末のマジックショーかとみまがう場面が多々ある。2009年開幕には正捕手に復帰したのを見た日には、開いたクチがふさがらなかったものだ。

このクレメントの短い夏が終わった翌年の2009年夏、2008年にも一度正捕手失格となっている城島には、再度、つまり、2年連続して『正捕手失格の烙印』が押されることになった。


クレメントの8月捕手成績
8勝7敗 8月2日〜8月30日 
(8月 打率.325 OBP.373 SLG.416 OPS.789)
Aug 2 BAL L 3-1 ●ヘルナンデス(5回2失点)、グリーン、ヒメネス、ウッズ
Aug 3 BA W 8-4 シルバ(6回2/3 4失点)、○プッツ、モロー(クレメント2安打)
Aug 4 MIN W 11-6 バティスタ、ウッズ、○コーコラン、ヒメネス、ロウ
(城島→7回裏代打クレメント タイムリー →捕手クレメント
 7回裏に10点とって逆転勝ち)
Minnesota vs. Seattle - August 4, 2008 | MLB.com: Gameday
Aug 5 MIN W 8-7 ディッキー(7回3失点)QS、ヒメネス、コーコラン、○プッツ(9回表からバーク)
Aug 6 MIN L 7-3 ●ウオッシュバーン(6回3失点)QS、ロウ(3失点)ウェルズ(クレメント2安打)
Aug 7 TB W 2-1 ○ヘルナンデス(8回1失点)QS、プッツ
Aug 8 TB L 5-3 ●シルバ(6回4失点)、ウッズ、グリーン、ヒメネス(クレメント2安打)
Aug 10 TB L 11-3 ●ディッキー、ロウ、ウッズ、バティスタ、グリーン
Aug 12 @LAA L 7-3 ●ウオッシュバーン(7回1失点)QS、ロウ(3失点)、ウッズ(クレメント2安打)
Aug 13 @LAA W 10-7 ヘルナンデス(7回4失点)、ヒメネス、グリーン、プッツ、○コーコラン
(クレメント→スコア7-6で勝っている状態で9回裏からバーク 9回裏に同点にされ延長へ→12回裏から城島)
Seattle vs. LA Angels - August 13, 2008 | MLB.com: Gameday
Aug 16 @MIN L 7-6 ローランドスミス、コーコラン、グリーン、●ヒメネス、バティスタ
(クレメント2安打→スコア6-5で勝っている状態で、8回裏からバーク、8回裏1失点同点、9回裏1失点→サヨナラ負け)
Seattle vs. Minnesota - August 16, 2008 | MLB.com: Gameday
Aug 18 @CWS L 13-5 ●ウオッシュバーン、バティスタ、ウッズ(クレメント3安打)
Aug 22 OAK W 7-5 フィアベント、グリーン、ヒメネス、○コーコラン、プッツ(クレメント→8回表からバーク)
Aug 26 MIN W 3-2 ○ローランドスミス(7回2失点)QS、コーコラン(クレメント→8回表からバーク)
Aug 30 @CLE W 4-3 ウオッシュバーン(6回2/3 失点なし)QS、バティスタ、○プッツ、グリーン、メッセンジャー



イニング 9 9 2 8 9 9 9 9 8 8 7 8 7 7 9
自責点  3 4 0 7 6 1 4 11 4 6 7 13 5 2 3

118回76  CERA 5.80
5点以上の失点 6ゲーム






damejima at 01:52
(1)6月18日〜7月22日
(2)8月2日〜8月30日


2008年にクレメントが捕手をつとめた時期は、この2つの時期に分かれる。(1)では正捕手として主に捕手をつとめ、(2)では、「相手先発投手が右投手か左投手かによって、クレメントと城島のどちらを先発させるか決める」などという、頭のおかしな暗黒のシステムの中で、捕手とDH、2つの役割にまたがった形で併用された。
その暗黒システムがどういう意味をもち、どういう結果を招いたかは、「2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(5) 暗黒の『正捕手2人併用システム』の犠牲者クレメント」という記事を読まれたい。

この項では(1)の時期を扱う。

途中退場した7月22日除くと、クレメントは16ゲームを8勝8敗で乗り切った。(69打数12安打 打率.174)この年の勝率としてはマーベラスといっていい数値だ。

とりわけ、特筆すべきだと思うのは、4ゲームあるシルバの先発ゲームだ。
このシーズン通算4勝15敗と、箸にも棒にもかからなかったシルバだが、このクレメントの短い夏の時期には、なんと先発4ゲームのうち3ゲーム連続でQS(クオリティスタート)を果たして、2勝2敗しているのである。

シルバの酷いゲームぶりを何度も味わって、彼の炎上ぶりがわかっている人にしてみれば、この投手に3連続QSさせるなど、まったく考えられないことは、説明するまでもないと思う。


6月18日 FLO L 3-8 ●ディッキー、ローランドスミス、ロー、コーコラン
6月20日 ATL W 10-2 ベダード、コーコラン、○ローランドスミス、グリーン、ロウ、バティスタ
6月22日 ATL L 3-8 ●シルバ、ディッキー、ローランドスミス、ロウ
6月23日 NYM W 5-2 ヘルナンデス、コーコラン、○ローランドスミス、グリーン、ローズ
6月25日 NYM L 2-8 ●バティスタ、コーコラン、ローランドスミス、ローズ、モロー
6月28日 SD W 4-2 ○シルバ(7回2失点)QS、ローズ、モロー
6月29日 SD W 9-2 ○ベダード(5回2/3 1失点)、グリーン、ロウ、コーコラン(クレメント 2安打1HR)
7月1日 TOR W 7-6 ローランドスミス、コーコラン、ヒメネス、ローズ、グリーン、○モロー(クレメント2安打)
7月5日 DET W 3-2 ディッキー(6回2失点)QS、○バティスタ、モロー(クレメント 2HR)
7月6日 DET L 1-2 ローランドスミス、ロウ、コーコラン、バティスタ、グリーン、ヒメネス、●バーク
(同点で迎えた延長15回表、捕手バークがマウンドに立ち、キャッチャーはクレメントに 1失点して負け)
Detroit vs. Seattle - July 6, 2008 | MLB.com: Gameday
7月8日 OAK L  0-2 ●シルバ(8回2失点)QS
7月9日 OAK W 6-4 バティスタ、ローランドスミス、○コーコラン、ローズ、グリーン、モロー
7月11日 KC L 1-3 ●ヘルナンデス(5回3失点)、コーコラン、ヒメネス
7月13日 KC W 4-3 シルバ(6回2失点)QSクレメント5号HR)
7月19日 CLE L 6-9 ●バティスタ、ローランドスミス、ディッキー、モロー
7月21日 BOS L 0-4 ●ウオッシュバーン(5回2/3 2失点)、ロウ、ヒメネス、バティスタ
7月22日 BOS L 2-4 ●ディッキー、コーコラン、ローズ、ヒメネス(4回裏 0−1の状態で怪我でクレメント交代→5回表から城島 以降3失点)

Jeff Clement Stats, News, Photos - Pittsburgh Pirates - ESPN

イニング 9 9 8 9 8 9 9 9 9 8 9 8 8 9 9 4
自責   8 2 8 2 4 2 2 5 2 2 4 3 3 9 4 1

126回自責点61点 CERA 4.36
5点以上の失点 4ゲーム






damejima at 01:32
6月18日、その日がやってきた。ジェフ・クレメントが正捕手として扱われる時が。
このときまでに、チームは、4連敗2回、5連敗2回、7連敗を1回記録し、24勝46敗、借金22。ほぼ1勝2敗のペースを続けて、既にシーズンをダメにしていた。

だが、クレメントの夏は、短く終わらされた。
Seattle Mariners Split Statistics - ESPN


クレメントの2008年の短い夏は、7月末にクレメントが怪我で7試合ほど欠場した時期の前と後で、次の2つのまったく違う時期に分けることができる。
クレメントの捕手としてのプレー時期を「2つ」に分けるについては、重要な意味がある。どうしてもそれをアタマにいれておいてから数字を眺めてほしいし、そのためにこの項を書く。
そうしないと、短い夏に2つの異なる季節を過ごしたクレメントの深い苦悩も伝わらないと思うからだ。

(1)6月18日〜7月22日 捕手先発17ゲーム(出場22)
 →2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(4)
  クレメントの奇跡。シルバ3登板連続QS。

(2)8月2日〜8月30日 捕手先発15ゲーム(出場24)
(以下では、この2つの時期を(1)(2)と略す)


(1)(2)の起用法の違い
(1)で、クレメントは捕手としての出場が、出場22ゲーム中、17ゲームある。それ以外は、5ゲーム。ゲーム途中で交代させられることもなく、この時期、明らかにクレメントは「正捕手として起用」されていた。

それに対し(2)では、クレメントの捕手としての出場は割合として減り、出場24ゲーム中15ゲームで、それ以外にDHとしての出場などが10ゲームある。起用目的が明らかに(1)と変質しており、「DHとしての起用」という部分が増えた、といえる。
ところが、ただDH起用が増えただけではない。
(2)では、「相手チームの投手が右か左かで、クレメントと城島、どちらを先発捕手として使うかを決める」などという、とんでもなくおかしな、野球というスポーツにないルールのシステムがとられた。
また、ゲームが始まってから終わるまで一人の捕手にまかせる、というケースが大幅に減り、ゲーム終盤8回、あるいは9回に捕手が変えられることが珍しくなかった。

さぞかしクレメントも、気持ちの上で苦しい気持ちでこの季節を過ごしたことだろう。
(1)と(2)で起用の主旨が通常では考えられないような方針に変わっていった原因は、ファンそれぞれに憶測があるだろうし、ここでも詳細に主張しきれるものでもない。
以下にいくつかの「判断の材料」をあげておく。最終的な判断はそれぞれの問題だが、クレメントの正捕手としての短い夏はダメ捕手をなにがなんでも正捕手に戻したいという猿芝居で、なにもかも台無しになった、といっておく。



「クレメントの(1)における捕手成績」
まず基本的な話だが、「クレメントが(1)で捕手として先発した17ゲームでの勝率やCERAなどのゲーム内容」が、クレメントのキャッチャー起用が減った原因ではない、ということは常識で考えればわかる。後の記事「2008年、ジェフ・クレメントのための短い夏(4) クレメントの奇跡。シルバ3登板連続QS。」でクレメントの(1)での勝敗などをあげるが、最もデータとして単純な勝率を見てもらえば一目瞭然だ。コネ捕手城島よりはるかに、2倍は優れている。

「クレメントの膝の怪我」
彼はシーズン終了まで捕手をつとめることがかなわず、膝の手術にふみきった。クレメントにとって、キャッチャーを続けにくくなっていった大きな原因のひとつが、「自分自身の膝の怪我の持病」にあるのは誰しも認めざるをえない。

「チームの異常な正捕手2人併用制」
よく、(2)あたりの時期を「捕手3人制」などという人がいるが、それは正しくない。
実際には「クレメントと城島、2人の正捕手の、野球の戦略とはまったく関係のない、異常な併用システムと、バークという1人の控え捕手」という、なんとも混乱したキャッチャー起用が行われただけである。
(1)で正捕手をはずされたはずのダメ捕手城島が、なぜ1週間のクレメントの怪我による休養を経過して、(2)で再び正捕手に戻っているのか。

しかも、(2)の時期、城島は先発捕手として恥ずべき7連敗を犯してもいるのである。野球とは全く関係のない根拠から、先発捕手が決定されたこの時期のキャッチャー起用は頭がおかしいとしか形容しようがない。
2008年8月22日、クレメントは左投手2人から二塁打2本3打点、チーム7連敗を止め、8月に捕手として白星のない城島の尻拭いをした。

2008シーズンの後半のある時期、それがいつ始まったか正確な日付までは記憶にない。
シアトルのキャッチャーの起用は「相手投手が右投手なら、左打者のクレメント、左投手なら右打ちの城島」という、「相手投手によって自分のチームのキャッチャーを変えていく」という、聞いたこともない方法がとられはじめた。
これはよく覚えておいて、ここから先を読んでほしい。

メジャーのキャッチャー起用について詳しくない方のためにちょっと書いておくと、常識的な起用方法では、「決まった正捕手がいて、主にカード最終戦として組まれるデーゲームを正捕手の休養にあて、控え捕手がマスクをかぶる」というシステムになる。
シアトル・マリナーズにおいても、(1)の時期には、ごく普通にクレメントが正捕手として、他の常識的な正捕手と同様に扱われていた。

ところが(2)時期になると、一転して、シアトルでは「相手投手によってクレメントと城島、2人の正捕手が併用されるという前代未聞のシステム」になってしまうのである。


正捕手っぽい捕手が2人いる、というシステムそのものは、日米問わず、さまざまな理由で行われることはある。
だが、野球で「相手投手の『利き手が左か右か』によって、起用するキャッチャーを変える」などというシステムなど、聞いたことがない。と、いうか、そんなシステム、野球をやる上で、また、野球の戦略の上で、なんの合理性もない。
それはそうだ。例えばシアトルの先発投手にしてみれば、対戦相手の投手が決まらないかぎり、自分の球を誰が受けるかわからない、そんなおかしな事態が続くシステムだ。こんな落ち着かない話はない。配球の組み立てを十分相談するとか、そういう面の影響もはかりしれない。

それでも、(2)の時期にはいって、この前代未聞のおかしなシステムは強行された。チームは大きく負け越しているこの時期に、なぜこんなおかしなキャッチャー起用がまかり通ったのか。
今思い出しても、腹立たしい。

この8月、城島は、5月同様に先発マスクで7連敗している。よく恥ずかしくないものだ。ウイニングストリークで、この8月あたりの時期がデータとして出てこないのは、まったくクレメントの責任ではなく、城島の先発ゲームの大連敗のせいだ。


そもそも、5月の月間20敗などによって、守備・打撃の両面であきらかにメジャー失格、「ダメ選手」証明がなされた。
にもかかわらず、クレメントが怪我をして休んでいる間に「いつのまにか」扱いが変わって、「クレメントと城島と併用という形で、城島がいつのまにか『正捕手』に復帰する」などというおかしなことが「なんの理由もあきらかでないまま強行された」のである。

日本語には「方便(ほうべん)」という言葉や「詭弁」という言葉がある。

「相手投手の利き腕が左か右かによって起用するキャッチャーをコロコロ変える」などという異常なシステムは、明らかに、マクラーレンもリグルマンも見限った城島を無理やり正捕手に戻したいがために、クレメントを一気に控え捕手に戻すのでは批判を浴びるし、手口があからさますぎる。そういう矛盾をオブラートに包んで隠しつつ、城島に再度正捕手をやらせる異常な事態を誤魔化し、正当化するための、ただの「方便」であり、「詭弁」でしかなかった。

こんな話、常識では考えられないわけだが、この異常な捕手システムは、ファンの見ている前、お金を払ってスタジアムに来ていただいているファン、テレビの前でゲームを見ているファンのまさに目の前で、延々と、堂々と、行われ続けたのである。
こんなシステムを強要した側の人間の異常さがよくわかろうというものだ。


ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2008「相手チーム先発依存の捕手決めシステム」

「クローザー・プッツの不調」
これは2008年のおかしな捕手起用に影響した蛇足的な話題として、かきとめておく。
2008年シーズンは、勝ちゲームやクロスゲームの終盤、8回9回に、キャッチャーに代打が出されたり、守備固めで変えられるケースが続発していた。(2)のゲームログにおいても、ゲーム終盤にクレメントが交代させられているケースがよくある。

だがこれは、クレメントに原因があったのではない。
むしろ、8回、9回を投げるブルペン投手に大きな問題があったシーズンだったというほうが、より正確。
2007シーズンと違って、この年のJ.J.プッツは必ずしも絶対的クローザーというほど、調子はよくなかった。年間通して、特にクレメントがまだ捕手をやる前4月、5月のゲームログをみてもらうとわかるが、プッツがセーブに失敗し逆転負け、サヨナラ負けするケースが、2007年より多い。
再確認しておく。「クレメントのゲームに限って、ゲーム終盤にサヨナラ負けすることが続いたことが原因で、キャッチャーがゲームの終盤にかえられてしまう習慣ができた」などという事実はまったくない。
むしろ、ゲーム終盤にキャッチャーをクレメントから、城島、バークに変えたことで、逆転負け、サヨナラ負けをくらったゲームもいくつかあり、捕手交代が成功したケースの数と失敗した数はほぼかわらない。


4月 12勝15敗 勝率 .444 ERA 4.20
5月 8勝20敗 勝率 .286 ERA 5.39
6月1日〜17日 4勝11敗 勝率 .266 ERA
クレメント前
24勝46敗 借金22 勝率.342






damejima at 01:17

July 31, 2009

ジェフ・クレメントが2008年にほんの2ヶ月、正捕手だった夏のことを指して
「クレメントは捕手としてたいしたことなかった。
 城島とかわらない」
そんな嘘を平気でしゃべる輩を、絶対に許そうと思わない。

2008年というシーズン、そして、2008年の夏、それがどういう季節だったか。よく知りもしないで(または、多少わかっているくせに)クレメントが、捕手としてもがき続けた短い夏の素晴らしい仕事のことを、ああだこうだ言うやつを許したくない。
あれだけ待ち続けたのに、あれほど酷い環境の中でしか、正捕手の座がまわってこなかったクレメント。それでも彼は精一杯もがき続けた。



ストリークstkeak)とは、野球の場合、あるシーズンで一定のゲーム数を決めたときのデータで、ウイニング・ストリーク
Winning Steak)なら、一定のゲーム数を決めた条件のもとでの勝ち数の最も多い時期、ということになる。
まず2008年のシアトル・マリナーズで、50ゲームにおける最良のウイニング・ストリークを見てもらおう。

50ゲームにおけるウイニング・ストリーク
2008-06-11 2008-08-07 22勝28敗 勝率 .440
2008-06-09 2008-08-05 22勝28敗    .440
2008-06-17 2008-08-13 22勝28敗    .440

50ゲームだと22勝28敗、これが最高勝率だ。酷いものだ。最高で22勝しかしてないのである。半分のゲームすら勝ててない。
別の言い方をすれば、2008年の、どの50ゲームをとってみても、この22勝、.440以上マークした50ゲームは、ひとつもない、ということだ。50ゲームをサンプリングした最高勝率が「22勝28敗、勝率 .440」である、といいかえてもいい。
そしてサンプル数を50から、60、70、80と、いくら増やしても、勝率は一度たりとも「5割」以上になることはない。

難しいことはともかく、このシーズンに、「5割」という勝率が長期に渡って記録されたことは、2008シーズン、ただの一度もなかったのだ、ということがわかってもらえば結構だ。


こんどはサンプリング数を少なくしてみよう。
40ゲームにしてみる。すると、たった一度だけ19勝21敗になったことがある。だが勝率「5割」には届かない。
2008-06-23 2008-08-07 19勝21敗 .475

30ゲームでサンプリングしてみる。
ここでは16のサンプル(含6月17日〜7月22日)で、14勝16敗、勝率.467が記録されているが、これも「5割」は超えてこない。サンプル数を1つずつ減らしてみる。

28ゲームまで減らすとはじめて、勝率が「5割」になるサンプルがでてくる。サンプル数は6つ。(以下すべて14勝14敗 勝率.500)
2008-06-09 2008-07-09
2008-06-17 2008-07-20
2008-06-04 2008-07-05
2008-06-06 2008-07-06
2008-06-16 2008-07-19
2008-06-15 2008-07-18

では、このシーズンは勝率が「5割」を越して貯金ができた時期はまったくないのだろうか?
27ゲームからようやく1つ貯金ができるサンプルがでてくる。サンプル数はわずかに3つ。
2008-06-16 2008-07-18 14-13 .519
2008-06-17 2008-07-19 14-13 .519
2008-06-06 2008-07-05 14-13 .519


そして、たどりつくのが、26ゲームでのこのデータ。

2008-06-17 2008-07-18 14-12 .538


25ゲームを超えるゲーム数で、2つ貯金をつくったサンプルは、『2008年6月17日』からの『約1ヶ月間、26ゲーム』、このたったひとつのサンプルしかない。


上のデータの開始日にみえる『2008年6月17日』という日が、シアトルにとってどれほど特別な日なのか、わかるだろうか。
サンプルを50ゲームから、順に減らしていっても、ずっとずっと最後まで残っている、残り続けている『2008年6月17日』という輝かしい日付け。

それは元監督マクラーレンが、「これからは正捕手はクレメントでいく」と宣言した、まさにその日。
また、前GMバベジが解任された日の翌日であり、また城島の延長契約がオーナーのトップダウンだという地元紙の記事が出された日の翌日でもある。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:時系列にそって「城島問題」を読む。


この6月17日の翌6月18日、クレメントはホームのワシントン州セーフコ・フィールドでのフロリダ・マーリンズ戦で、初めて正捕手としてゲームに出場した。



2008シーズンに
「最も勝てた、ほんの一瞬の短い夏」を作ったのは、
ほかの誰でもない。

ジェフ・クレメントである。



2008年6月のこのブログの記事
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2008年06月


ついでだから、負け数の最も多い時期、ルージング・ストリークloosing streak)も挙げておく。
長期で最も酷いのは月間20敗した5月を含む時期で、相当に酷い。勝率は3割にすら届かない。
ところが20ゲーム以下では一変して、5月以上に負け続けた時期がある、「城島が再度正捕手に復帰した9月以降」である。
この「城島が再度正捕手に復帰した9月以降」は、20ゲームのサンプルでは、あの最悪だった2008年5月の20ゲームすら越えて、このシーズンで最もシアトルが負けた時期であることがわかる。12連敗したのだから、当然のことだ。勝率はわずか2割しかない。

こうした酷い時期のサンプル数の多いこと。2割などという勝率に比べたら、クレメントの1ヶ月は約2.5倍もの勝率を達成していたことになる。

だらしないにも、程がある。クレメントの短い夏を馬鹿にするのもほどほどにしろ、と言いたい。

40ゲーム
2008-05-02 2008-06-15 11勝29敗 勝率.275
2008-04-22 2008-06-04 11-29 .275
2008-04-27 2008-06-10 11-29 .275
2008-07-06 2008-08-21 11-29 .275
2008-05-01 2008-06-14 11-29 .275
2008-05-03 2008-06-16 11-29 .275
2008-04-30 2008-06-13 11-29 .275
2008-04-24 2008-06-07 11-29 .275
2008-04-25 2008-06-08 11-29 .275
2008-04-23 2008-06-06 11-29 .275
30ゲーム
2008-04-24 2008-05-26 7-23 ,233
2008-04-23 2008-05-25 7-23 ,233
20ゲーム
2008-09-01 2008-09-22 4-16 .200
2008-09-03 2008-09-24 4-16 .200
2008-09-05 2008-09-25 4-16 .200
2008-09-06 2008-09-26 4-16 .200
2008-04-23 2008-05-13 4-16 .200
2008-09-02 2008-09-23 4-16 .200
15ゲーム
2008-09-11 2008-09-25 1-14 .067
10ゲーム
2008-09-12 2008-09-21 0-10 .000
2008-09-13 2008-09-22 0-10 .000
2008-09-11 2008-09-20 0-10 .000






damejima at 02:15

July 30, 2009

それは2008年4月30日の、よくあるゲームのひとつだった。
シアトル対クリーブランド。先発ウオッシュバーン。中継ぎベク、そしてローランドスミス。

Game Wrapup | Mariners.com: News

Seattle vs. Cleveland - April 30, 2008 | MLB.com: Gameday

相手投手は、この年、のちにサイ・ヤング賞をとることになる、クリフ・リー。先日フィリーズへ移籍した彼のこのときのキャッチャーは、もちろんショパック。ビクター・マルチネスではない。
クリフ・リーは、6回3失点97球と、彼にしてはそれほどよいともいえない微妙な数字を残し、マウンドを降りた。7回のマウンドにはあがったのだが、シアトルのバレンティンに3ランを打たれたのだ。
にしても、このときのスコアは8−3。クリーブランドにしてみれば、もうあとはゲームを流すだけでよいスコアだった。


7回に3ランを打たれて投手が代わり、次の打者、城島がライトフライを打った。このゲーム後の打率.177。シーズンはじまったばかりとはいえ、酷い打率だった。

クリーブランドのライトで、このフライを捕球した、ヒゲの似合う若い男がいた。彼はこの試合、4打数2安打3打点の活躍によってシアトルを負けに追い込んだヒーローになった。
このときの彼はクリーブランドではセンターのサイズモアのおまけのように思われていたが、翌年にはこのとき戦って自分が負かしたチームでセンターのレギュラープレーヤーになり、チームの要となることになった。
彼はベネズエラ出身。このゲームの最終回にヒットを打ったキャッチャーの若者と同じ83年生まれで、名をフランクリン・グティエレスといった。



8回になって城島がひっこんでキャッチャーが代わった。
ジェフ・クレメント。この年の初マスクだった。ピッチャーはこの回からローランド・スミス。スコアは8対3。

クリーブランドの先頭バッターはレフトのジェイソン・マイケルズ。2球目、いきなりツーベースを打たれた。そのあとカブレラ、サイズモアと歩かせ、ノーアウト満塁。
だがクレメントとローランド・スミスは、2番キャロルをショートのベタンコートへのポップフライに打ち取る。1死満塁。だが迎えるバッターはビクター・マルチネス。

初球、高めに速球がはずれ、2球目のチェンジアップが決まった。1-1。
3球目、インコースを速球がえぐる。マルチネスがこれをひっかけると、ボールは鮮やかにサードのベルトレから、ロペス、セクソンと運ばれていき、ダブルプレー。イニングの熱は糸をひくように終わった。



8−3のまま、9回表。ピッチャーはクリーブランドにやってきたばかりのジョージ・フリオ。先頭の6番セクソンが三振。この日の7回に3ランを打っている7番バレンティンがショート・フライに倒れ、2アウト。

あとひとりになって、このシーズンの最初の打席に立った選手がいた。

初球はストレートだったが、思い切りよく叩くと、そのボールはセンターサイズモアの前にライナーで飛んでいった。

9回2アウト、5点差からのシングルだった。

だがそのあとに打席に立った9番のユニスキー・ベタンコートはあっさりと初球を打ち上げてしまい、そこでゲームは終わった。

アイオワ州生まれの若者の2008年の初めての打席は、
こうして終わった。

2008年4月30日 クレメント2008シーズン初打席センター前ヒット

いまはもう、クリフ・リーも、グティエレス、フリオも
クリーブランドにはいない。

そしてベクも、セクソンも、バレンティンも、ベタンコートも
もう、シアトルにはいない。


そして。クレメント。


場所。オハイオ州クリーブランド、プログレッシブ・フィールド。
2008年4月30日。観客15,279人。
観衆はけして多くはなく、ホームでもなかったが、
ジェフ・クレメントはこの日たしかに
この年初めてのマスクをかぶり、
はじめての打席でヒットを打った。






damejima at 22:06
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