MLB史におけるイチローの意義

2018年4月24日、批評根拠が明示されない煽り記事を掲載し続けるシアトル・タイムズと、それを受け売りして印象操作している日本メディア。
2018年3月7日、「シアトルの51番」はもはや他の誰のものでもなく、イチローのものである。
2015年2月12日、緊張か、弛緩か。「筋肉のテーマパーク」MLBで、イチローが見せつけてきた「日本」、「アジア」。
2014年11月17日、「イチローがゲーム中、スペイン語圏選手とスペイン語トラッシュ・トークをぶちかましていたのがわかった」というWSJの記事への反響から、多言語化するアメリカの現状をひもとく。
2014年9月1日、「世界」を作る、という仕事。
2014年8月24日、「ヒトの想像力をインスパイアする人物」。15シーズンで達成したジョージ・シスラーの2810本あまりのヒット。それを1シーズン早く、14シーズンで抜き去ってみせたイチロー。
2014年7月14日、多くのスタジアムで歴代上位を占めるイチローの「スタジアム別打率」。超バッター有利の本拠地をもつ球団に長期所属したキャリアは、その打者の成績アップにどのくらい貢献するか。
2014年7月11日、40歳以上で打率3割を記録した10人のリストと、はるかなる3000安打への道。
2014年3月25日、ドーピング目的のアナボリック・ステロイド常用が引き起こす大腿骨頭壊死などの「股関節の故障」について。
2014年3月17日、鈴木一朗をイチローに、さらにIchiroにした「スイングスピード」
2013年7月19日、17歳の沢村栄治が草薙球場で晩秋の空を見上げてボールを見送ってから、イチロー2722安打まで。日本野球の歩んだ79年の記念碑。
2013年7月14日、イチロー・スーパーカウントダウン(8) イチロー、MLB通算2000試合出場達成! MLB史上ピート・ローズだけしか達成していなかった「デビュー後13シーズンでの2000試合出場」の2人目の達成者となる
2013年7月11日、イチローのOver-The-Rainbow Catch!!!!!
2013年6月19日、MLB史に残る「史上初のヤンキースタジアムで行われるレギュラーシーズンのドジャース対ヤンキース戦」で、イチロー神試合炸裂!
2013年1月14日、ステロイドがらみの殿堂入り投票結果にまつわるジム・パーマーの歯切れの悪い主張は、90年代にMLB、そして今年NHLをシーズン中のストライキという愚行に導いたDonald Fehrと同根でしかない。
2012年7月23日、イチローのヤンキース移籍でわかる、「感情を表現する場所の変化」。子供時代にイチローを知った世代にとっての「イチローの特別さ」
2012年7月23日、イチロー NY移籍!
2012年6月19日、イチローMLB通算2500安打を、MLB史上最速のシーズン数、MLB史上4番目の試合数で達成!
2012年6月9日、ハンク・アーロンという「節目」。イチロー、ドジャースのクレイトン・カーショーから日米通算3772本目のヒット。
2012年6月9日、日米通算安打数でハンク・アーロンの3771本に並んだ日本のWizard、イチロー。
2012年3月5日、「イチロー・スタイル」でヒットを打ったブライス・ハーパーいわく 「500フィート飛ぼうが、20フィートだろうが、ヒットはヒットさ。」
2012年2月28日、年齢という視点で見ると、2011年のイチローのヒット数186本は、実は「メジャー歴代8位」の偉業。
2011年12月10日、今年のナ・リーグMVPミルウォーキー・ブリュワーズのライアン・ブラウンがドーピングとの報道。
2011年7月3日、「ここまでするか」と感じる、2011年オールスター投票の作為。
2011年6月16日、よく噛んで味わうイチローのMLB通算400盗塁 (3)ジーターの老化を「年齢の壁のせい」と決め付けるNY Times記事を冷やかしながら、寝転んで黒糖かりんとうをつまみつつ、本当の解答を提示する。
2011年6月16日、よく噛んで味わうイチローのMLB通算400盗塁 (2)現役選手の盗塁数ランキングを眺めながら、抹茶でもすすりつつ、28歳のホセ・レイエスがイチローを超える確率でも計算してみる。
2011年6月16日、よく噛んで味わうイチローのMLB通算400盗塁 (1)オマール・ビスケールとクレイグ・ビジオの数字を眺めながら、しみじみコーヒーでも飲んでみる
2011年6月10日、イチローが「アメリカ」なのだ。
2011年3月1日、偉大なる先人、与那嶺要さんの逝去を悼みつつ、タイ・カッブとヨナミネさん、2人の不世出のホームスチール名人の記録を味わう。
2011年1月4日、NHK版"The 10th Inning"の「オリジナル版との違い」。
2010年12月29日、ケン・バーンズの"The Tenth Inning"が日本の元日に放映されるらしい。
2010年10月29日、MLBのストライクゾーンの揺らぎ (1)「ステロイド時代のストライクゾーン」と、「イチロー時代のストライクゾーン」の違い。
2010年10月13日、今年のポスト・シーズンに有名投手がズラリと揃った理由。多発する「曖昧なプレー状態」。
2010年10月10日、"The Tenth Inning"後編の語る「イチロー」。あるいは「アラスカのキング・サーモンはなぜ野球中継を見ないのか?」という考察。
2010年9月26日、「イチローより長打を打っている」と「自称」したピート・ローズの嘘。
2010年9月20日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーが、"The Tenth Innning"のケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックが行った「イチローインタビュー」について当人に取材して書いた記事の、なんとも哀れすぎる中身とタイトル。
2010年9月20日、ケン・バーンズの"The Theth Inning"の放映を来週に控えて、ちょっと彼の作品”Basebali"第1回冒頭のジェラルド・アーリーの有名な言葉を見直してみる。
2010年9月16日、ちょっと忘れっぽくなっているらしいピート・ローズ氏が、かつてスポーツ・イラストレイテッドの Joe Posnanskiに語ったことの覚え書き。
2010年9月15日、イチローにケチをつけようとして大失敗したRob Dibbleと、イチローを賞賛したRob Neyer、「2人のRob」のどちらが「いまどきの記者」か。
2010年9月11日、イチローも登場するらしい9月末公開のスポーツドキュメンタリー"The Tenth Inning"を作ったケン・バーンズの横顔。彼の考える「MLB史におけるイチロー登場の意義」は、このブログと同じ。
2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。
2010年8月25日、セーフコ、カムデンヤーズと、ヤンキースタジアムを比較して、1920年代のポロ・グラウンズとベーブ・ルースに始まり、新旧2つのヤンキースタジアムにも継承された「ポール際のホームランの伝統」を考える。
2010年8月22日、カブスの監督を退任したルー・ピネラの出場した1977年ワールドシリーズ第6戦をリプレイしてみる。(ワールドシリーズにおけるDH制度の変遷)
2010年3月26日、スポーツ・イラストレイテッドの表紙を4度飾ったイチローの扱いの変遷から、「イチローがにもたらしたMLB新世紀」を読む。
2009年12月14日、ESPNのRob Neyerが選んだ 「この10年のMLBプレーヤー トップ100」

April 25, 2018

"Maybe number of hits is enough for narrow person in view."  〜 Ken Burns

とりあえず、まずはBBWAA全米野球記者協会)宛にツイートしておいたのだが、最近のシアトル・タイムズのイチロー記事の「失礼さ」は、いくらなんでも目に余る。
自分は「根拠が何も示されない、あるいは、スポーツのデータやセオリーとなんの関連性もない、『個人の好き嫌い』のみに基づくヘイト記事によって、アスリートの尊厳を傷つける行為」を、「スポーツ・ジャーナリズム」だ、だから許される、などと、看過したりはしない。

今後も必要であると感じたら、しかるべき相手にツイートして意図を伝達するなり、ブログ記事を書くなりして、反撃する。



最初に確認しておくが、2018年3月に何度かツイートしているように、ブログ主は2018シーズンのイチローのシアトル復帰について「賛成していない」。

だが、だからといって、自分と根本的に立場の異なる「イチローのシアトル復帰を諸手を挙げて喜ぶファン」たちを、無根拠に批判したり、ディスったり、煽ったりは、一切してこなかった。また、かつてのシアトル・マリナーズの若手再建路線が大失敗に終わったことについても、(それは、ただ単に「めんどくさい」という理由からではあったが)特に強い批判を加えてはこなかった。


だが、このところの「イチローの去就」をめぐると「自称」している記事群と、それを書いている三流ライターたちの「無礼さ」「無神経さ」は目に余る。
それらはもはや「スポーツ記事」でも「ジャーナリズム」でもなく、単なる個人の「好き嫌い」でしかない。「嫌い」という日本語を英語に直訳した場合、「ヘイト」という言葉になるわけだが、こういう「無根拠さ」こそ「ヘイト」と呼ぶにふさわしい。


最初に、日本のメディア記事の「印象操作」について書く。

まず最初に確認しておいてもらいたいことは、このところ「イチローの退団」「イチローのDFA」うんぬんを扱った記事を日米で頻繁にみかけるわけだが、こうした「煽り記事」を必死に生産しているのが、「球団」ではなく、「シアトル・タイムズを筆頭にしたローカルメディアの一群のライターたちに過ぎない」、ということだ。
今後どういう展開になるかはわからないが、少なくとも2018年4月段階でいえば、「シアトル・マリナーズの球団サイド」が(水面下での動きはともかく)表だって「イチローはシアトルにはもはや必要ないから、早くいなくなってほしい」などと表明した「事実」は、どこにもない。

にもかかわらず、日本のスポーツメディアの一部は、彼らの情報源が「シアトルのローカルメディアが連発するヘイト記事」の「聞きかじり」でしかないことすら明示しないまま、あたかも「イチローがシアトル・マリナーズを退団させられるのが、球団の公式な規定路線になっている」かのような無礼な報道を、2018年4月に、複数回にわたって掲載している。

これは明らかに印象操作であり、無責任かつ無根拠な情報の垂れ流しである。



次に、シアトル・マリナーズ球団のイチロー獲得における「責任」について書く。

これは既にツイートしたことの繰り返しだが、ブログ主は、イチローをシアトルに呼び戻した人間には「責任」があると考えている。
なぜなら、ブログ主が2018年3月に行った「Twitterの投票機能を利用した調査」の結果でも明らかなように、「イチローのシアトル復帰を心から喜んだファンが、日本にも、アメリカにも、そして他の国にも、非常に数多く存在する」ことが明らかだからだ。


言うまでもないが、もし「シアトル以外」の他のMLB球団が、イチローを一時的にロスターに入れ、「怪我をしている外野手の復帰まで、ギャップを埋めてもらう」というケースなら、特にエモーショナルになる責任論は発生しない。

だが、ことマリナーズについては、話が違う。

イチローの復帰に対するファンの過剰なまでの反応に、球団が責任を負うことになるのは明らかだ。
「もしシアトルがイチローを呼び戻すようなことをすれば、ファンの間でどういう反応が起こるか」は、マリナーズ経営陣も、そして、無反省なローカルメディアも、あらかじめ理解しておくべきであり、そして、これが他のなにより重要なことだが、「一度契約したならば、それを単に理解するだけでは足りず、イチローとの再契約という行為がもたらすさまざまな結果をも『受け入れる覚悟』でコトに臨まなければならなくなる」、そういう「特別な行為」だったはずだ。

もし、そうした「世界のMLBファンに反応を起こさせることに対する『責任』を負う羽目になる覚悟」が「ない」のなら、シアトル・マリナーズはイチローを呼び戻すようなことをすべきではなかった。

だが実際には、FA市場に外野手などいくらでもいたにもかかわらず、あえて「イチローとの契約」に踏み切ったのだから、当然ながら、マリナーズ側に責任は「ある」のである。
イチローとの契約という「ファンの期待を煽る行為」にあえて踏み切ったシアトル・マリナーズには、イチローのシアトル復帰に賛成か反対かに関係なく、ファン感情を「明瞭な理由なく破壊する」ような無礼な行為は許されないし、あえて契約にふみきったレジェンドに対して、最低限のリスペクトにすら欠けた、ぞんざいな扱いはけして許されない。

そして、事実、2018年4月のイチローは、実際にシアトル・マリナーズの外野のギャップを埋め、スタジアムに客を呼び戻すようなプラスの働きをしたし、他方、ここがこの項目の最も重要な点のひとつだが、シアトル・マリナーズは、(少なくとも契約以降、4月段階まで)球団としてイチローに対する無礼な言動は「なかった」のである。
むしろ、シアトル復帰に賛成しなかったブログ主にすら、むしろマリナーズは今回「イチローをとても丁重に扱っていた」ようにみえている。

だからあらためて確認しておくが、イチローのDFAを必死に主張しているのは、球団ではなく、シアトルのローカルメディアである。このことをファンはよく確認しておくべきだ。


次に、復帰に賛成したファンの「安易さ」について。

今でもブログ主はイチローのシアトル復帰に賛成ではない。そのブログ主に言わせれば、イチローファンのマジョリティや、マリナーズファンとやらの大半がイチローのシアトル復帰を万歳三唱して喜んだ行為は「あまりにも安易だ」と考える。

なぜなら、シアトル復帰というドラマに酔いたいだけの彼らは、「イチローという、50歳現役を目指すアスリートにとって、何が最も良い選択なのか」をきちんと見据えていないからだ。
今回シアトルがイチローをロスターに加えた理由は、「レギュラー外野手が怪我で開幕に間に合わないから」というシンプルなものでしかない。「レギュラー外野手が戻ってくればイチローの立場が微妙なものになること」は、「最初からわかりきって」いたのである。
(もちろんブログ主は、だからといって、マリナーズ側がイチローという選手をぞんざいに扱っていいなどとは、まったく思わないし、また、シアトルの「怪我していたレギュラー外野手」が「イチローより優れている」なんてことは、まったく、1ミリも、思わない)

にもかかわらず、ブログ主のTwitterでの調査で明らかなように、大多数のイチローファン、マリナーズファンは、「イチローのシアトル復帰」を無条件に喜んだのである。ブログ主に言わせれば、それはあまりに「安易」すぎる。
イチローがシアトル退団に追い込まれた2011年から12年にかけ、球団から受けた酷い扱いや、シアトル・タイムズを筆頭にしたローカルメディアの悪質で無根拠なヘイト・キャンペーンを考えれば、シアトル復帰など考えられないとブログ主は思うわけだが、もし今回も、「世間の自称イチローファン」や「マリナーズファン」とやらが、自分たちのレジェンドがローカルメディアに酷い扱いを受けている事実を、「ふたたび」放置し、看過するなら、それはファンとして、あまりに無責任だ。


最後に、シアトルのローカル・メディアの「無礼さ」について書く。

怒りを通りこして、呆れかえる話だが、あるライターがイチローについて「チケットを売るためのサクラ」などと書いたらしいが、無礼にもほどがある。
イチローと契約することを決めたのは、他ならぬ、「シアトル・マリナーズ自身」である。だからローカルメディアがイチロー獲得に同意できない点があるなら、まず「球団を批判すべき」なのであって、ファンの目に触れる公式な場所でマスメディアが無根拠にイチローに対する無礼きわまりない発言をする権利は、どこにもない。
発言に責任がともなうのが、ジャーナリズムというものだ。もし、そういうヘイト発言をどうしてもやりたいなら、シアトルの三流ライターたちはマスメディアを退社し、個人ブログでも始めて、そこでやるべきだ。

アスリートはプレーするために存在するのであって、「チケットやジャージーを売るために存在している」わけではない。もし「レジェンドをチケット販売にだけ利用しようとする、ゲスすぎる球団」があるとしたら、「そういうゲスな球団にまとわりついて、メシを食ってる」のは、おまえら、ローカルメディアのほうだ


彼らがイチローのシアトル復帰にあたって今回のような無礼きわまりない態度をとるであろうことは、一部の熱心なイチローファンなら誰もが予想していた。
なぜなら、彼らは前回2012年のシアトル退団のときにも「まったく同じイチロー・ヘイト・キャンペーン」をやってのけたからだ。(ありもしない襲撃計画だのをでっち上げることまで彼らはしたのである。このことは球団が公式に否定している)

「海外の報道を受け売りしているだけの日本メディア」しか見ていない無知な「自称MLBファンたち」がそうした事実を知らないとしても、それは彼ら自身の責任であって、ブログ主の責任ではない。



前回のイチローのシアトル退団以降に、シアトル・マリナーズは、GMジャック・ズレンシックの首を切り、監督エリック・ウェッジの首を切り、シアトル・タイムズはかつてのマリナーズ記事責任者を配置転換し、一部ライターが退社した。
それらの一連の事実は、かつてシアトル・マリナーズがやった「方針転換」とやらが「巨大な失敗」だったこと、そして、その方針転換を支持し、無批判な態度に終始して失敗を助長したシアトル・タイムズをはじめ、シアトルのローカルメディアが大きな間違いを犯してきたことを意味する。

そうした数々の間違いをあえて刺激的な批判記事にもせず、看過してやったにもかかわらず、シアトル・タイムズがかつてのようなイチロー・ヘイト・キャンペーンを続けるなら、こちらも、球場のリニュアルなどを含めた球団の2012年以降の政策の大半が「いかにして巨大な失敗」に終わってきたかの批判も含め、それ相応の対応をとるつもりだ。


既にツイートしたことの繰り返しになるが、アスリートのプレイについての批判は、それがきちんとした根拠、データ、論理を示したものであるなら、それを攻撃しようなどとは思わない。
だが、シアトル・タイムズのやっていることは、2012年に彼らがやったことと同じで、何の根拠もデータもなければ、なんの倫理もなく、アスリートに対するリスペクトの欠片すらない。


自分はそういう「無秩序な、マナーに欠けた行為」を
許容したり、看過したりしない。


過去の参考記事:
2009年8月24日、ジャーナリスト気取りのクセに認識不足だらけのシアトル地元記者のイチローへのやっかみを笑う。 | Damejima's HARDBALL

2010年9月20日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーが、"The Tenth Innning"のケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックが行った「イチローインタビュー」について当人に取材して書いた記事の、なんとも哀れすぎる中身とタイトル。 | Damejima's HARDBALL

2012年6月11日、「見えない敵と戦う」のが当り前の、ネット社会。 | Damejima's HARDBALL

2013年9月30日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリー退社、ジェフ・ベイカー異動、そして、マリナーズ監督エリック・ウェッジ退任。 | Damejima's HARDBALL

damejima at 05:33

March 08, 2018

こういうことが起こるのは、アーシュラ・K・ル=グウィンのファンタジー小説の中だけだと思っていた。

しかし、違った。

まったく説明できないが、イチローのシアトル復帰に関するあれこれを眺めているうち、彼が今回のシアトル復帰によって、さまざまなことに「帰結」をもたらしたことが感覚的にわかったのである。





永久欠番が予想される背番号の問題も、「帰結」のひとつだ。

これまでずっと「シアトルの51番」は、同じ番号をつけていたランディ・ジョンソンとの「共有物」みたいに思われてきた。

だが、今回の復帰で誰もがわかったことだろう。ランディ・ジョンソンがつけていたのは、「イチローがつける前の51番」にすぎなかったのである。(ランディはアリゾナのユニフォームで殿堂入りするだろう)

もはやシアトルの51という背番号はイチローのものであって、他の誰のものでもない。イチローより前に誰がつけていたかは、あくまで「イチローが51番をつける前の話」であって、もはやなんの意味も持たない。
イチローがシアトルを去って以降、ずっと死んでいた「ただの数字に過ぎないもの」に、文字どおり「生命」をふきこんだのが、ほかならぬ「イチロー」であるのをまのあたりにすれば、議論の余地など、どこにもない。


なにも背番号のことだけ言っているのではない。あらゆる「複雑すぎて、もつれた何か」に解決がもたらされたのである。

だからこそ、その独特のオーラが、多くのライターを刺激して名文を書かせる。






なんだろう、このフィーリング。
言葉ではまったく説明できない。

例えば、エリック・ウェッジとジャック・ズレンシックはもうマリナーズにはいない。ジョー・ジラルディはもうヤンキースにはいない。だが、ヤンキースで一緒だったロビンソン・カノーはイチローと一緒にいて、マイアミで一緒だったディー・ゴードンも、デイビッド・フェルプスも、イチローと一緒にいる。そのことだけでも十分だ。


Ichiro Era 2.0 begins.
まさに新しい世紀が始まったのである。



damejima at 15:13

February 13, 2015

緊張か、弛緩か。

木のポーズあるサイトにヨガの「木のポーズ」をしている人の写真が掲載してあり、こんなキャプションが添えられている。
「この立ち方は安定していますか。筋肉で保っている状態なので、あたかも安定しているかのように感じます。これは簡単に言うと『(一部略)頑張って立っている』のです」
サイトの方は要するに、こんなふうに筋肉で頑張ってたんじゃ、片足立ちなんて、安定しませんぜ、と、おっしゃりたい、らしい。
中殿筋を鍛え過ぎると立位が不安定になる | JARTA

また、佐賀大学医学部整形外科の先生の人のサイトには、「体重50キロの人が片足で立つと、股関節には200キロものチカラがかかる」と説明され、「片足で立つときの身体の負担の大きさ」が強調されている。こちらの方の場合は、リハビリの立場として中臀筋を鍛えましょう、という話に繋がっていく仕組みになっている。
頭の体操?(股関節のバイオメカニクス) - 刊行紙のご案内


野球選手もアナボリック・ステロイド常用で大腿骨頭壊死などになったら行き着く先は人工股関節だからまんざら関係ない話ではない。股関節にかかる負担の意外な大きさという話は、ドーピングを容認する風潮への警告としても素晴らしいわけだが、ただ、「片足立ちのメカニズムの説明」としては、ちょっと疑問が残る。
資料:2014年3月25日、ドーピング目的のアナボリック・ステロイド常用が引き起こす大腿骨頭壊死などの「股関節の故障」について。 | Damejima's HARDBALL

たとえインストラクターでなかろうと、ヨガをやっている人ならみんな知っていることだが、「木のポーズ」は「筋肉で必死にもたせるポーズ」ではなく、むしろ逆で、「カラダをできるだけ弛緩させてはじめて、安定して立てる姿勢」だ。
だから、「片足立ちのメカニズム」の説明にあたって、「筋肉の緊張で必死にもちこたえている例」としてヨガの「木のポーズ」を挙げることは、そもそも出発点からして間違っている。

また同じような意味で、「片足立ち」を、「200キロもの股関節荷重に必死に筋力で耐える、ものすごくヘビーな行為」として「だけ」説明するのは、どこか片手落ちな感じがする。

木のポーズ(中心線入り)ちょっと「木のポーズ」をとっている人の「身体の位置関係」をよく観察してもらうために、体の中心線を通る赤い縦線を書き加えてみた。

地面についている足の位置」に注目してもらいたい。

普段歩いたり走ったりするときの「肩幅くらいに開いた足の位置」より、ずっと体の中心側(重心側)に寄っていて、「頭部の真下」に位置させていることがわかる。これが、ひとつの「コツ」というやつだ。
ネットで「木のポーズ」の写真をたくさんみてもらうとわかるが、ほとんどの「木のポーズ」で、「地面についた足の位置が、体の中心側に寄っている」ことがみてとれる。

「両足を肩幅程度に開いて、歩いたり、座ったり、立ったりする」という「普段どおりの身体操作」に慣れきってしまっている人が、「片足だけで立とう」とすると、最初は「両足で立っているときの、足の位置」をそのまま適用しようとする。
「両足立ちのための足の位置のままで、片足で立とう」とすると、バランスが崩れ、グラグラするから、人はそれを筋肉で抑え込もうとする。そうすると、なおさら過度の緊張状態になり、やがて倒れてしまうことになる。

「片足だけで安定して立つ」ための最初の出発点は「身体というものが、とても不自由な存在なのだ」と気づくことにある。身体の不自由さは、筋力のあるなしと、必ずしも関係ない。


MLBでは今も、「ドーピングで発達させた人工的な筋肉でホームランを量産しまくって、他人から褒められたい」という卑しい発想があいかわらずなくならないわけだが、その原点にあるのは、いわば「筋肉によるパワーだけで必死になって片足立ちして、ドヤ顔しているオトナ」の「チカラまかせの発想」なわけだ。
まったくもって、Ninjaの伝統で世界に知られる日本人の発想ではない(笑)


そうした「チカラまかせで打つ」という発想の対極に、
弛緩しつつ打つ」という発想がある。

スポーツを語ることは死ぬほど好きだが、スポーツをやることには興味がない「チカラまかせの筋肉フルスイング愛好家」のみなさんの基本発想の奥には、「弛緩してボールが遠くに飛ぶはずがない」という、実際にバットを振ったことの無い人特有の勝手な思い込みがある(笑)(実際に打ってみれば、チカラでボールが飛ぶわけではないことくらい、誰でもすぐにわかるわけだが)
こういう人たちは普段、やれセイバーメトリクスだ、データだ、科学だ、などと「数字」で間違った主張を強弁し続けながら、その実、行き着く先は「ステロイドと筋肉とパワー」だったりするのだから、いったい何が言いたいのやら、さっぱりわけがわからない(笑)「最終的に筋肉が見たいのなら、おまえら、別にリクツもデータも必要ないだろうが?」と言いたい。


日本の歴史の中には、古武道の達人が、自己の腕力でなく相手の体重を利して相手を動かしてみせるような、「腕力に頼らずに、身体を扱うための方法論」の伝統が確固としてある。
それは、例えば、「たとえ片足だけで立っていても、本来なら股関節に数百キロかかってもおかしくない荷重を、それほど感じず、安定して立ち続ける」ための方法論でもある。


イチローがMLBに行って達成しつつあることの意味は、ヒットを3000打ったとか、盗塁を500したとか、そういう「成績」や「数字」だけだろうか。

違うと思う。

「筋肉テーマパーク」(笑)MLBに行って、弛緩した柔軟な身体からチカラを導き出す東洋的な方法によって積み上げた業績の数々、体幹トレーニングブームをはるかに先行した独自のトレーニング手法、イマヌエル・カントの「散歩」に比肩する正確無比な運動準備のルーティーン、外面的な筋肉に依存しない方法論で最高の見地に到達してみせたことに、100年に1度クラスの非常に大きな意味があると思う。

それは、ドーピングの是非、日本人のメジャー挑戦の成否といった、せせこましい問題ではない。もっと深いところで、「自分の周囲に対し、違う世界観を提出してみせる作業」だ。この容易ならざる作業を達成できた、ただそれだけで、イチローは「野球殿堂」に入る資格がある。

サードベース上でストレッチするイチロー

damejima at 08:08

November 18, 2014

今年イチローについて書かれた記事のうち、最も印象に残った記事として、ウォール・ストリート・ジャーナルの「イチローのスペイン語能力」についての記事を挙げておきたいと思う。一時期、いつTwitterを開いても、いつも誰かがリツイートしているのをみかけたものだし、わざわざこの記事を引用して書いた他のメディアの派生記事もいくつかあった。
Ichiro Suzuki Uncensored, en Español - WSJ
知られざるイチローのスペイン語力―ラテン系選手との絆深める - WSJ日本語版

この記事が印象的だったのは、「日本人イチローが、きわどいスペイン語も話せる」というこの記事の主旋律そのものではない。彼の語学力が、必要であればトラッシュトークすらこなすレベルにあることは、普通のイチローファンならとうの昔に知っている。
むしろ記事そのものよりもずっと興味深かったのは、「日本人がスペイン語を、しかもトラッシュトークしていた」というだけで、なぜこれほどまでの「反響」があったのか、という点だ。


WSJの2014年9月の記事によれば、アメリカに約1920万人もいる「英語力が不十分な人たち」のうち、3分の2の人たちの母国語が「スペイン語」らしい。アメリカの学校で教える第二外国語も、圧倒的にそのスペイン語であり、多言語化するアメリカ社会におけるスペイン語の重要性はますます高まっている。

だが、アメリカで「英語の話せない人」がますます増え続けていることが明らかになる一方で、アメリカ人、つまり、英語を話せる既存のアメリカ人の第二外国語習得に対する関心の低さ、さらには、ヨーロッパに比べてエグゼクティブや一般市民のマルチリンガル率がかなり低いという調査結果も出ている。
つまり、「現実社会でのアメリカの多言語化」がもはや止められないほどの勢いで進行しつつあり、それを誰もがわかっているにもかかわらず、「アメリカの多言語化への対応」は、あまり進んでいないどころか、かなり遅れているようなのだ。


MLBにおけるスペイン語の重要度にしても、これからどんどん高くなるのはわかりきっている。MLB公式サイトにはスペイン語版があるし、データサイトでもスペイン語ページを用意しているサイトもある。

だが、はたして今のレベルで十分といえるだろうか。
おそらく十分とはお世辞にもいえないのではないか、と思うのだ。

かつて2013年9月にパナマ出身のマリアーノ・リベラの引退ゲームについて書いたとき、「スペイン語圏出身であるリベラに、スペイン語スピーチをやらせるべきだった」と書いたが、あのときの放送にしても、「まさに今、もの凄い数のスペイン語圏の人々がこの放送を見ているだろう」という「気くばり」は、あまり感じられなかったように思う。

イチローのスペイン語によるトラッシュトークという記事にしても、記事自体は、オリジナリティがあり、十分な取材をもとに書いた面白い企画だとは思うが、他方で、「英語ネイティブでない国の選手同士のスペイン語トーク」がいまさらこれほど話題になるくらい、「アメリカ社会でのスペイン語の位置付けは、まだまだなんだな」と思う。


もちろん、アメリカで「ガイジン扱い」を受ける立場にある日本人イチローが「どうやらスペイン語が、かなりやれるらしいぜ!」というだけで、スペイン語圏の人たちの間での「イチローに対するシンパシー」がググググっと高まったことは、ファンとしてとても嬉しい出来事だった。

記事でイチローは「ラテン系の選手と交流したくなる動機」について、以下のように語っている。
"We're all foreigners in a strange land. We've come over here and had to cope with some of the same trials and tribulations. When I throw a little Spanish out at them, they really seem to appreciate it and it seems to strengthen that bond. And besides, we don't really have curse words in Japanese, so I like the fact that the Western languages allow me to say things that I otherwise can't."
「僕ら(=日本人やスペイン語国出身者)は、よその国では外国人扱いされる。ここに来たら、同じ試練に打ち勝っていかなければならない。ちょっとしたスペイン語を話しかけるだけでも彼らは本当に喜んでくれるし、彼らとの絆が深まる気がする。加えて言うと、日本語には悪態をつくためのちょうどいい言葉がない。外国の言葉でなら日本語では表現できないようなことが言えて、それがとても楽しい。」


ここでちょっと、「世界が、いまどんな言語でできているか」を眺めてみよう。

アメリカ社会でのスペイン語の重要性という話を書いたばかりのくせに相反するようで恐縮だが、MLBファンだけでなく、毎日スポーツばかり見ている人はともすると、世界が英語と、スペイン語をはじめとするラテン系言語、この「2種類だけでできている」と思いこんでしまいがちだ(笑)

だが、実際の「世界の言語環境」のマジョリティは、人数だけでみると、英語とスペイン語の2つで過半数、とはいかない。
たしかにスペイン語は、国連における6つの公用語(=英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、アラビア語)のひとつではあるが、スペイン語は居住地域が主に中南米に限られているため、総数は4億数千万人程度で、思ったほど多くはないし、なにより今後の拡大に「頭打ち感」がある。

実数はともかく、「インターネット上で飛び交う言語」という視点でみると、「英語」と「中国語」の2つで過半数を占めているという調査がある。
スペイン語はここでも世界第3位という定位置なのだが、いかんせん、やはり成長率が低い。第4位「アラビア語」がいま爆発的成長をしているため、やがてネット言語としてのスペイン語はアラビア語に追い抜かれる可能性がある。
(ちなみに日本語は、日本人の多くが「世界でみると超マイナーな言語だ」と思いこんでいるわけだが、それは間違いだ。そもそも日本は、国土こそ狭いが、人口は世界第10位の「大国」であり、また「ネット上の言語としての日本語」は、世界第6位の言語であり、ロシア語、ドイツ語、フランス語などと肩を並べる、堂々たる世界の主要言語のひとつなのだ。)


野球のプレーにおいてだけでなく、野球のマーケティングにとっても、「どの言語圏をカバーするか」は重要な意味を持っているわけだが、「スペイン語圏」で最も人気のあるスポーツは、今のところ、まだ「野球」ではない。
野球は、スペイン語圏やラテン系言語圏への拡大途上にあるわけだが、今後は、今までと同じく「英語を世界唯一の共通言語としていく」べきなのか、それとも、もう少し拡大して「英語圏以外の、スペイン語圏をはじめとするラテン系言語の国々」での普及をもっと爆発的に推し進めるべきなのか。表面上マーケティングの問題だが、これは同時に「世界観」の問題でもある。


さて、せっかくだからWSJの記事の一部を、MLBにあまり詳しくない人にもわかる形で資料として残しておきたいと思うが、その前に、まだ知らない人のために書いておくと、「イチローの外国語によるトラッシュ・トーク」といえば、スペイン語の前に、2000年代後半のMLBオールスターで、試合前にア・リーグのミーティングでぶちかましていたという下ネタ満載英語スピーチのほうが有名なわけで、まずそちらから資料を残しておきたい。

元資料:Ichiro's speech to All-Stars revealed - Yahoo Sports date:2008年7月 writer:Jeff Passan

マイケル・ヤング
"How do you know about that?"
"The cool thing," Young said, "is that for two days, at least, we call a truce and become a bit of a team."
「それ、どこで知ったんだい?(笑)(イチローの英語スピーチの)何がクールかって、ライバル選手たちが少なくともオールスターの2日間だけは一時停戦して、ひとつのチームになれるってことさ。」

デビッド・オルティーズ
"It's why we win,"
「それが(ア・リーグが2000年代オールスターで)勝ててる理由さ」

ジャスティン・モーノー
"That's kind of what gets you, too," Minnesota first baseman Justin Morneau said. "Hearing him say what he says. At first, I talked to him a little bit. But I didn't know he knew some of the words he knows."
「まぁ、君らが思ってるような内容(=放送禁止のきわどい英語だらけ)なのは確かさ。」とミネソタ(当時)の一塁手ジャスティン・モーノー。「彼がスピーチやった後、ちょっと聞いてみたこともあるんだけど、彼がなんでああいうたぐいの言葉まで知ってんのか、ほんと、謎だよ(笑)」
"If you've never seen it, it's definitely something pretty funny," Morneau said. "It's hard to explain, the effect it has on everyone. It's such a tense environment. Everyone's a little nervous for the game, and then he comes out. He doesn't say a whole lot the whole time he's in there, and all of a sudden, the manager gets done with his speech, and he pops off."
「(イチローが英語スピーチしてるのを)実際見たことがないと、『ウソでしょ、絶対ありえない』とか思うだろうな。言葉じゃ説明しづらいけど、影響はすごいある。ああいうテンション上がってる場面だしね。誰もがゲーム前でナーバスになってる。すると、彼が出てくるわけ。しゃべりまくるってほどじゃないけど、監督のスピーチが終わると、彼が突然すっくと立ち上がるわけさ(笑)」

この記事には他にミゲル・テハダ、福留が登場


さて次に、今年話題になったスペイン語のトラッシュ・トークについて。
引用元:Ichiro Suzuki Uncensored, en Español - WSJ date:2014年8月 writer:Brad Lefton
WSJ日本語版:知られざるイチローのスペイン語力―ラテン系選手との絆深める - WSJ日本語版
引用記事:Yankees' Ichiro Suzuki is a legendary trash talker...in Spanish | NJ.com
引用記事:Ichiro has been talking trash in Spanish, for years - SBNation.com

ラモン・サンティアゴ(ドミニカ)
2003年デトロイトで、セカンド、ショート、ファーストを守ったドミニカン。彼によれば、先頭打者でヒットを打ったイチローがすかさず盗塁を決め、セカンドで立ち上がると、ポーカーフェイスのままスペイン語で "No corro casi." と言ったらしい。
元記事Brad Leftonの英訳は "I don't have my legs today."。また、同紙の日本語版では、「きょうは速くないな」と訳している。元記事がなぜそういう風に解釈したのかはわからないが(笑)"No corro casi." をとりあえず英語直訳すれば、"I hardly run." だ。
なので、このブログ訳としては、「この程度のスピードぢゃ、走ったとはいえねぇべ(歩いたようなもんだ)」としておく(笑)

カルロス・ペーニャ(ドミニカ)
ペーニャがタンパベイでファーストを守備していたときのこと。内野安打で出塁したイチローが "Que coño tu mira? と話かけてきたらしい。元記事では "What the hell are you looking at?" と訳してお茶を濁し、日本語版ではconoと「スペルを変えて」いる。
だが、原文にあるcoñoとは、本来「女性器」を意味するスペイン語なのだ(苦笑)だから、わざときわどく訳すなら、「あんた、あたいとナニしたいわけ?」。さらに崩すと、「あんた、どこ見てんのよぉ・・・やらしいわねぇw」となる(笑)
このブログなら、世間を気にせず、きわどいところまで書けるが、まぁ、いくらなんでも天下の公器ウォールストリートジャーナルだ。訳すに訳せなかったのも、しかたがないといえばしかたがない(笑)

ラウル・イバニェス(両親はキューバ移民)
シアトル、ヤンキースでチームメイトだったイバニェスは、ニューヨーク生まれだが、両親はキューバ移民なので、英語もスペイン語もペラペラ。
"He's a really observant, really smart guy and he can pick up Spanish pretty quickly," Ibanez said. "He'd overhear us Latin guys talking and he would imitate it exactly the way that we said it and then he'd ask, 'What does that mean?' Everything that he does, he tries to do it exactly perfect, right? So it only makes sense that he would do that when he's trying to speak Spanish."
「彼はほんとに観察力があって、ほんとに頭の切れる男さ。スペイン語もとても早く身につけるしね」とイバニェス。「彼は僕らのようなラテン系選手の会話を立ち聞きすると、言ってたとおり正確に真似て、その後で『これ、どんな意味?』って質問してくるんだ。彼は自分のやることなすこと全てをパーフェクトにこなそうとするのさ。スペイン語もそう。話すからにはパーフェクトでなきゃ意味がない、それがイチローさ。」

ビクター・マルチネス(ヴェネズエラ)
今はデトロイトのDHだが、彼がまだクリーブランドのキャッチャーで、サイ・ヤング賞投手クリフ・リーとかの球を受けていた時代に、誰かと会話しているイチローが "muy peligroso" (=「とても危ない」)というスペイン語を使っているのを、マルチネスが「また聞き」した。
そこでマルチネス、打席に入ったイチローに、マスク越しに "muy peligroso" と話しかけてみた。すると、イチローは笑顔で応え、すかさずヒットを打って出塁していったらしい。
その後2人はすっかり打ち解けたらしく、あるときなどは打席に入って難しい球をファウルしたイチローが、 "Mala mia" (=「ミスったぜ」)とスペイン語でマルチネスをからかったこともあるらしい。(注:この部分は元記事にはあるが、日本語版では削られている)

ミゲル・カブレラ(ヴェネズエラ)
いまや押しも押されもしないア・リーグの代表的スラッガーの彼が、イチローと初めて会ったのは、カブレラが初選出された2004年ヒューストンでのオールスターで、ヴェネズエラ人プレーヤー7人に混じって一緒に記念撮影したのが最初。
後年デトロイトに移籍したカブレラが、三塁手としてヤンキースとゲームしていたとき、塁上のイチローにカブレラが "Feo!" (=ugly)とスペイン語で声をかけると、イチローがスペイン語で応酬。このときのやりとりで使われたスペイン語も、とてもとても紙面に書き表せるようなたぐいの言葉ではなかったかったらしい(笑)(注:この部分も元記事にはあるが、日本語版では削られている)


2014年10月末に、Latin Postというラテン系メディアに、今オフのストーブ・リーグのFA選手ベスト5という記事が出て、1位がイチロー、後は、パブロ・サンドバル、メルキー・カブレラ、マックス・シャーザー、ジェームズ・シールズだった。
この記事を作るにあたって、例のWSJの記事がどのくらい寄与したのかは当然ながら不明なわけだが、イチローとスペイン語圏選手の親しい関係が判明したことがラティーノ圏でのイチローの好感度をかなり押し上げたことは、おそらく間違いないだろうと思う。
MLB Free Agents 2015 Rumors & Rankings: Top 5 Best Players Available This Offseason : Sports : Latin Post



damejima at 09:19

September 02, 2014

『ぼくは勉強ができない』を1993年に書いたのは作家・山田詠美だが(ブログ主にいわせれば、この作品が駄作も多い彼女の代表作だ)、「ぼくは作家にはなれない」と2014年に言ったのは、アニメ界の天才宮崎駿の不肖の息子、宮崎吾郎だ。

彼は、駄作しか作れない、親の七光りなだけの、ダメな田舎の公務員そのものみたいな凡人なのだが、人をやる気にさせる天才でもある鈴木プロデューサーの意図が当たって、この言葉が生まれた。たぶん、若くして凡人であるのが確定したまま生きながらえるという「不幸な幸運」に恵まれてきた彼にとって、この言葉こそが、生まれて初めての「自分のカラダから発した言葉」、つまり、「作品」になっていると思う。
彼のような「自分というものをまるで持たないまま、カラダだけオトナになった人間」は今の時代、掃いて捨てるほど、うじゃうじゃいる。
そういう人にとって「初めて『自分というものを持たない自分』というものが、存在としてハッキリと見えて、さらにそれを自分なりの言葉によって言い表すことができた」ことは、「初めて自分の目でモノが見えるようになったこと」を意味している。この「自分の目」というやつが、「作家」の原点になることは、いうまでもない。


彼は、彼の対極の存在であり、作家以外の何者でもない自分の父親の仕事ぶりについて、こう表現した。
「自らスタジオを持って、自らの原作、原案で物を作る」


この凡才がいわんとしたことをいいかえるなら
「自分のイメージする世界」ってやつを自前で持ち、それを「物語」に変換し、イチから始めて完成までもっていけるだけの、夢とエネルギーと発想と技術を持てる人こそ、「作家」といえる
てな意味のことを言っているわけだ。

この発言は認識としてまさに正しい


物語」というものは、起承転結という「紆余曲折」、「流れの変化」、「ドラマチックな原因と結果のつながり」のことだと普通思われているわけだが、そうした「川の流れを、山奥の源流から、海に流れ込む河口まで書き上げるような、トータルな行為」をやり遂げることによって、いったい何が生まれてくるのか、といえば、それこそカラマーゾフの兄弟に代表されるような、「世界」というやつにほかならない。

そう。だから
「作家」とは、
「世界」を自分だけで作り上げることができる人
のことをいうのだ。つくる世界の大きさや色・形は関係ない。


小説家と企業家はつまるところ同じ「職能」だ。
なぜかといえば、ビジネスとは、資金を用意することでも、スタッフを育てあげることでも、モノやサービスを提供してお金を得る行為そのものでもなく、結局のところ、スティーブ・ジョブズがそうであったように、経営者が「自分のイメージした世界観を、実世界においてカタチあるものにしようとする執念」が、本来の経営者の仕事というものだからだ。
小説家と同じく、「自分の世界」を石にかじりついてでも「人に見えるカタチ」に仕上げようとする固い決意を持てた人が、本来の意味での経営者だ。人に見えなければ、何の意味もない。

(作家・百田尚樹は以下のインタビューで、「世界観」というものについて、「同じ世界観で書いたら、作家として停滞する」、「人をコストとのみ考えがちな、いまの経営者にも読んでもらいたいんですよ」などと言っていて、なかなか面白い。 ベストセラー作家 百田尚樹インタビュー(1)とにかく読者を楽しませたい | PHPビジネスオンライン 衆知|PHP研究所


やっと平凡な自分が置かれてきた立場について「目が覚めた」宮崎吾郎氏を、野球でたとえるなら、「彼のような人間が映画監督をする、というのは、守備を免除されたDHが打席に立つような、不完全な状態だった、といえる。
本来は、堂々たる作家タイプである彼の父親がそうであるように、守って打って、投げて走って、ベースボールの全てを自分のプレーを通じて描き切ってこそ、「世界を描きあげる作家」たる「完全体」として完結したキャリアを全うすることができた、といえるのである
」という話になる。
そしてベースボール100年史において、「世界を描ききった作家タイプ」といえるプレーヤーは、そうは多くない。たしかに「ただ野球ができるだけ」でも凄いことではあるが、それだけでは「世界の作り手」として物足りない。


それにしても、鈴木プロデューサーという人はやり手だ。これだけ平凡な人を、外に武者修行に出すことで、「自分に足りないものが何だったのか」を自ら悟らせてしまうのだから。

どうみても宮崎吾郎氏は「作家になれっこないタイプ」である。だが、そういう「作家になれっこないタイプの人」に限って、「自分に何が足りないのかすらわかってないままモノを作っているのが周囲からミエミエなのに、それでも、舌ったらずなものを作品と称して世の中に発表させてもらってきた、運がいいだけの凡人」のまま、自分が作ったわけでもない与えられた場所に居座り続けるのが、世の中というものだ。

それよりも、「自分に足りないものをハッキリ自覚することができた凡人」になったほうが、たとえほんのわずかではあったとしても、「作家」に近づいた(というか、オトナへの階段を上り始めた)といえるのではないか、と思う。

damejima at 20:36

August 26, 2014

野球にかぎらず、記録更新というものには2つの瞬間がある。

ひとつは「並びかけた」瞬間。
もうひとつが、「抜き去った」瞬間だ。


いうまでもなくブログ主は、他のどんなことより「他者を追い抜くこと」に快感をおぼえるタチであり(笑)、「スピードで相手をぶっこ抜いて、あっという間に自分の背後に置き去りにする一瞬」が、このうえなく好きなのだ。
水泳の記録などもそうだが、タイ記録なんてものに「更新の快楽」はない。極端な言い方をすれば、タイ記録など記録ではないと言う人がいてもまったくおかしくないし、むしろ同感する。



だからイチローのMLBでのシングルヒット数がハンク・アーロンのそれに並んだといっても、別になんの感慨もないし、また、ハンク・アーロンのシングルヒット数を抜いた後も、たぶん別になんとも思わない。

たしかにハンク・アーロンは、ホームランの多さだけでなく、ヒット数においても、MLB通算3771本と、あの4189安打を打った球聖タイ・カッブにつぐMLB歴代3位の安打数記録をもつ稀代の安打製造マシンのひとりではある。
だがイチローは、日米通算ではあるものの、とっくの昔にアーロンを凌駕する4000本オーバーの通算ヒット数を記録しているわけであって、安打製造機の分野では日本製の最高峰マシンほうがアメリカ製よりも優秀であることをとっくの昔に証明し終わっている。
(そして、アメリカン・フットボールにおいてクオーターバックとランニングバックの役割の違いを無視して両者のスタッツを直接比較するのが馬鹿げているのと同じように、野球においてもホームランバッタータイプの打者とスピードスタータイプを直接比較することに意味などない)



むしろ、ここ最近でイチローの達成した記録で感慨深かったのは、15シーズンで2810本あまりのヒットを打ったジョージ・シスラーの通算ヒット数を、イチローが1シーズン早く、14シーズンで抜き去ったことのほうだ。これは嬉しかった。


誰しも高速道路で走行車線でノロノロ走っている遅い車を追い抜くときに経験することだが、「抜く側」からみた場合、走っている途中に容易に肩を並べることができる相手というものは、「抜けることが、最初からわかっている相手」だ。息も絶え絶えゴール地点でようやく追いつけた相手とは、わけが違う。

あえてぶっちゃけた言い方をすれば、イチローがジョージ・シスラーの15シーズンでの通算安打数記録を抜くこと自体は、長期休養を強いられる大怪我でもないかぎり、最初からわかっていた。


だが、それでも不思議なのは、シスラーの通算安打数記録に関してだけは、ハイウェイで他車を追い抜く爽快感とは違い、「イチローが肩を並べたとき」、ある種の感慨が感じられたことだった。
というのも、シスラーという人の記録には、もし彼がもっと恵まれた時代、恵まれた健康、恵まれた環境でプレーしていら、どれほどすざまじい記録をたたき出していただろう、という、「表面的な数字だけからではわからない、凄み」があるからだ。


よく早世した歴史上の人物について、もし彼(彼女)が生きて次の時代を過ごしたなら、どんな偉業を達成し、どんな人生をたどっただろうと想像をかきたてられる人物がいるわけだが、それと似たような感慨が、ことジョージ・シスラーの記録にはある。

そして、「日本のイチローファンがシスラーの記録を調べていて、想像をかきたてられる経験」は、アメリカのMLBファンがイチローを見たときにも同じように起こる。
多くのアメリカのMLBファンが、「もし、この選手がキャリアの最初からMLBでプレーしていたなら、どんな凄い記録をたたき出しただろう・・・」と想像をかきたてられ、その思いをSNSなどに綴っているのをよく見かけるのである。


そうした「ヒトの想像力をインスパイアする人物」は、歴史上、そうたびたび登場するものじゃない。

まさにジョージ・シスラーがそのひとりであり、そして同じように、イチローもそうだ。野球100年の隔たりを越え、ヒトとヒトが出会ったのは、両者がまさに「100年ごとにひとり出現するレベルの人物」だったからだ。


だからこそ、ジョージ・シスラーについては、通常の記録の更新時のように「相手を凌駕したときにだけ、快楽がある」のではなくて、むしろ、「肩を並べたときに、あらためて畏敬や畏怖の念を感じた」のだろう。そう、思う。

damejima at 11:59

July 15, 2014

シーズン14年目半ばにしてMLB通算2800安打を越えたイチローだが、この数字、簡単に割り算すれば、「14シーズン連続で、年平均200安打ずつ打った」とでもいう意味になる。凄い数字だ。
だが、こういう積み重ねの数字というのは、案外その凄さや重さがつかみにくいものだ。凄さを表現するためには、ちょっと角度を変えてみてみる必要がある。


イチローがある程度まとまった数のプレーをした、という意味で、「200打数打っているスタジアム」というのは、以下に示した13のスタジアムある。
これらの「200打数以上打った13のスタジアム」のうち、イチローは赤字で示した3つのスタジアムでMLB歴代1位(2014年7月14日現在 以下同じ)、黒い太字で示した3つのスタジアムで歴代3位までに入る打率を残しているのである。(カッコ内の数字は、そのスタジアムでの2014年7月14日現在の打数)

セーフコ・フィールド(3875)
レンジャーズ・ボールパーク(513)
現在のヤンキースタジアム(509) 1位 カノー
エンジェル・スタジアム(479)
オー・ドット・コロシアム(467)
ロジャース・センター(301)
プログレッシブ・フィールド(266) 1位 ジーター
コメリカ・パーク(255)
カウフマン・スタジアム(253)
カムデンヤーズ(254)  1位 ジーター
トロピカーナ・フィールド(251)
USセルラー・フィールド(242)
フェンウェイパーク(228)

ブログ注:実は、この記事を書くほんの直前までイチローはカムデンヤーズでも歴代1位だった。だが、2014シーズン前半の最終シリーズとなったカムデンヤーズの連戦でイチローが打率を落としたため、2014年7月14日現在でみると、イチローは「カムデンヤーズでの打率歴代1位」ではない。
もちろんイチローは3875打数のセーフコでも当然上位に入っている。ただ「200打数以上」という条件でいうと、ゲレーロ、オーランド・カブレラ、ジーター、カノー、イチローなんていう順位になる。

もう少し細かいことを言わせてもらうと、これらのイチローが歴代上位にいるスタジアムというのは、「キャリア通算3割以上の数字を残したバッターが、ほんの数えるほどしかいない、難攻不落なスタジアム」であり、なおかつ、「ホームランが出やすいといわれているスタジアムではない」ことが多い。


まぁ、スタジアム別打率といっても、レギュラーシーズンの打率のように「規定打数」が存在するわけじゃないから、「200打数」とか、ある程度まとまった数の打数を記録している歴代の打者のうち、「歴代で最も高い打率を残している打者」とでもいうふうに、ひとつの数字遊びだと思って、ゆるーく考えてもらいたい。
だが、以下の点は勘違いされても困るので、いちおう注釈をつけておく。


スタジアムというのはほとんどの場合、何十年かに一度、建て変わる。だから「スタジアム別の打率順位」というのは、「同時代のプレーヤー、あるいは近接した時代にプレーした打者の中での順位」という意味に、どうしてもなってしまう。

たとえば、かつてシアトルにあったキングドームでは、最高打率(200打数以上)を記録したバッターは.372を残したロッド・カルーなのだが、カルーは1985年に引退しているため、当然ながらセーフコの歴代打率リストには出てこない。同じように、イチローはセーフコでも当然のように歴代上位に入っているが、キングドームではプレーしていないためにキングドームのリストには出てこない。


だから、よほど長い歴史のあるスタジアムの話でもしないと、大昔のバッターと今のバッターの数字を同時に並べることはできないのだ。


例えば、20世紀初期のベーブ・ルースやルー・ゲーリッグからデレク・ジーターまでのデータが揃っている旧ヤンキースタジアムでいうと、このスタジアムで「200打数以上で3割を超える打率を残したバッター」は、60人以上もいる。この数字の多さは、ひとえにこのスタジアムの歴史の長さ(と老朽化)を物語っている。
デレク・ジーターは、現代のバッターでみるとイチローやロビンソン・カノーと同じように、かなりの数の現役スタジアムで歴代3位以内に入る数字を残してきた最高のバッターのひとりだが、旧ヤンキースタジアムでの打率順位だけでみると、.322という素晴らしい数字を残しているにもかかわらず「歴代18位」にしかならない。

ジーターの18位という順位を、「古い時代のバッター、特にヤンキースには、ジーター以上のバッターがぞろぞろいた」とみるか、それとも、「かつてのMLBは、超バッター有利なスタジアムだらけだった」とみるかは、それぞれのファンの考え方次第であり、簡単に結論を出すわけにはいかない。


ただ、ブログ主が思うには、こうした「3割バッターがぞろぞろいる現象」は、旧ヤンキースタジアムや、レンジャーズ・ボールパーク、フェンウェイパークのような、「バッター有利なスタジアム」に特に典型的に表れる現象に思える。
これは「超バッター有利なスタジアムでは、たとえホームランを量産するスラッガーであっても、同時にハイ・アベレージを残すような現象が可能になる」という意味だ。
例えば、稀代のホームラン王ベーブ・ルースは、旧ヤンキースタジアムで2835打数で.349という高打率を残しているし、また、ウラジミール・ゲレーロ、エイドリアン・ベルトレ、Aロッド、アルフォンソ・ソリアーノのようなタイプのバッターは、レンジャーズパークのような打者有利スタジアムで、長打を量産しつつ、しっかり打率も稼いでいる。

例えば、広いセーフコで通算3割打てたバッターはイチローを含め歴史的に数人ほどしかいないわけだが、これが例えばフェンウェイパークになると「200打数以上、3割を打てたバッター」が、旧ヤンキースタジアムのさらに3倍、180人以上もいて、その180人のうちには、ウェイド・ボッグズテッド・ウィリアムズジミー・フォックスノマー・ガルシアパーラカール・ヤストレムスキーなど、「ボストンに長期在籍経験のある殿堂入り野手」が数多くいるのである。

こうした「ボストンに長く在籍した有名バッター」がスタッツを荒稼ぎしたスタジアムは、もちろん地元フェンウェイパークだ。
確実に野球の天性があった彼らについて、「フェンウェイに長くいたから、殿堂入りできた」とまでは、もちろん言わないが、少なくとも彼らの打撃成績がフェンウェイでの長いキャリアで底上げされ、いわば「フェンウェイ補正」の恩恵を受けているのも間違いない、とは思う。


だからこそ、イチローがセーフコだけでなく、他のスタジアム、例えばコメリカ、カムデンヤーズ、プログレッシブ、オードットなど、数々のスタジアムで同世代のバッターを置き去りにするほどの数字を残してきたことを凄いと思うわけだし、また同時に、彼が、ヤンキースタジアムやフェンウェイ、アーリントンのような「バッター有利なはずの球場」(特にフェンウェイ)で思いのほか打率がよくないことを不思議に思うわけだ。

damejima at 08:59

July 12, 2014

40歳以上(400打数以上)で打率3割をマークした10人
資料:Baseball Reference

いまヤンキースで40歳を越えたイチローが打率3割をキープしているわけだが、これまでMLBで40歳以上で打率3割(400打数以上)を記録した選手は、10人いる。(Sam Riceが2度、Luke Applingが3度達成)

Sam Rice (通算ヒット数2987本=歴代29位 殿堂)
Paul Molitor (3319本 10位 殿堂)
Luke Appling (2749本 54位 殿堂)
Ty Cobb (4189本 2位 殿堂)
Johnny Cooney (965本)
Rickey Henderson (3055本 22位 殿堂)
Stan Musial (3630本 4位 殿堂)
Pete Rose (4256本 1位)
Harold Baines (2866本 43位)
Lou Block (3023本 24位 殿堂)

言うまでもないが、シングルシーズンでさえ打率3割を達成すること自体が難しいわけだが、さらに40歳以上での達成ともなると、これほど限られたリストになってくる。記録大好きなブログ主(笑)としては、イチローにぜひとも達成しておいてもらいたい記録のひとつではある。

イチローMLB通算2800安打(動画)
Video: Ichiro's 2,800th career hit | MLB.com


ちなみに、この10人のうち、「3000安打」達成選手となると、さらに減って、サム・ライス、ポール・モリター、タイ・カッブ、リッキー・ヘンダーソン、スタン・ミュージアル、ピート・ローズ、ルー・ブロックの7人しかいない。どれもこれも、MLB史に名前を残した選手ばかり。もちろん野球賭博に加担して永久追放になっているピート・ローズ以外の全員が全員、殿堂入りしている。
「40歳以上400打数以上で、打率3割を達成した選手」は、MLB史上でもわずか10人しかいない。だが、その全員が3000安打達成者ではないのだ。

というのも、2012年に何度か書いたように、「通算3000安打」という記録は、デビュー時からヒットを積み重ね、なおかつ、衰えの来る38歳以降にも十分すぎる数のヒットを打って、しかも、その間ずっと長期休養しないという、とてつもない条件を達成できた選手のみに許される大記録だからだ。

だから、野球選手としてのキャリアをかけて3000安打にチャレンジできる可能性のある選手というのは、実はデビュー直後にほぼ決まってしまう。「3000」という数字は、若いときだけ打てばいいとか、38歳以降、40歳以降だけ打てば達成できるとかいう、なまやさしい記録ではないのである。

2011年9月26日、3000本安打を達成する方法(1) 4打数1安打ではなぜ達成不可能なのか。達成可能な選手は、実はキャリア序盤に既に振り分けが終わってしまうのが、3000本安打という偉業。 | Damejima's HARDBALL

2012年9月28日、3000安打達成のための「38歳」という最初の壁。これからのイチローの数シーズンが持つ、はかりしれない価値。 | Damejima's HARDBALL

damejima at 07:43

March 26, 2014

アナボリック・ステロイドのようなドーピング手法が、「筋肉だけを都合よく発達させてくれる魔法」かなにかだと思いこんでいる人もいるかもしれないが、そんなものは幻想に過ぎない。
アレックス・ロドリゲスやバリー・ボンズなどのステロイダーが股関節の手術を繰り返しているのは「偶然ではない」のである。


ステロイドの濫用にはとりかえしのつかない副作用がある
例えば、ドーピングのためのアナボリック・ステロイド多用による副作用のひとつに、「ステロイド性骨壊死症」がある。
多くの場合、大腿骨頭壊死(avascular necrosis of the femoral head)によって股関節の故障が引き起こされ、悪くすると選手生命に重大かつ致命的な影響を及ぼすることになる。(股関節を hip あるいは hip joint ということから、hip avascular necrosisという言い方もある)

ブログ注:
なお、くれぐれも、骨壊死が「スポーツにおけるドーピングのみ」に限って起きる病ではないことに細心の注意を払ってもらいたい。
例えば、「特発性」といわれるケースにおいては (注:これは誤字ではない。「突発性」ではなく「特発性」と書くのが正しい) 突然発症し、しかも原因がほとんどわからないまま、短期間に症状が進んでしまう。
また、膠原病やネフローゼ(かつて寺山修司がかかった病)のような病気の場合、治療目的でステロイドが使われるため、やむをえずステロイドを常用し続けなければならなくなる方がいる。その場合、ステロイドによる治療の副産物として、やむなく骨壊死を発症してしまうことがある、といわれている。
だから、ゆめゆめ、骨頭壊死症のすべてを、アスリートのドーピング不正と安易に結びつけてはならない。また、いうまでもないことだが、スポーツ選手の股関節の故障のすべてが、ステロイドによるドーピングによる悪質行為というわけではない。


ステロイドでなぜ大腿骨の骨頭(femoral head=大腿骨のてっぺんの丸い部分)が虚血壊死(AVN, avascular necrosis)を起こしてしまうのか、というと、「大腿骨頭には、もともと血管そのものが少ない」からだ。

femoral head(大腿骨頭)


ステロイドはコレステロールに似た脂質だ。短期の使用なら体外に排出される機能がはたらくが、長期に常用すると血流障害の原因になる。大腿骨頭はもともと血行の悪い場所だから、ステロイドの常用で血流障害が起きると、とたんに大腿骨頭で「虚血が原因の骨壊死」が起きやすくなる、というわけだ。(高脂血症で骨壊死が起きるのも、まったく同じプロセス)

大腿骨頭壊死
「特発性大腿骨頭壊死症」|日本整形外科学会 症状・病気をしらべる
より拝借

骨壊死自体は痛みをともなわない。だが、壊死した大腿骨頭に体重がかかって潰れ、さらに陥没してしまうと、痛みが出てくる。陥没が拡大すると股関節の動きが悪くなる程度の話では済まなくなっていき、体重を支えきれなくなるほどの激しい痛みをともなうようにもなる。そして最終的には大規模な手術などの対策が必要になってしまう。

例:「骨切り」と呼ばれる手術法
骨壊死によって陥没が起きている部分を含む大腿骨頭を、いちど切ってから、くるりと回転させ、壊死による陥没部分が荷重部分にかからならないよう、位置を変更して付け直すという、なかなか難易度の高い術法。

大腿骨頭壊死の手術例
民医連 | 股関節の骨折と病気/体重を支える大事な関節
より拝借

人工関節変形が進行しすぎている場合、人工骨頭や人工関節などへの置き換えが行われる。

かつて2006年にツール・ド・フランスで総合優勝を果たしたフロイド・ランディスも、大腿骨頭壊死によって人工股関節を入れていた。
ドーピング発覚する前のランディスは、あたかも「プロ根性のあるアスリート」であるかのような扱いを受けていたのだが、後にドーピングが発覚してツール・ド・フランス優勝を剥奪されたため、人工関節の逸話も「単なる自業自得でしょ」というオチになった。



「ステロイドが原因で起こる大腿骨頭壊死の特徴」を調べてみると、「股関節の両方に出やすい」、「壊死部分が広く、急速に進行することも多い」、「多発性骨壊死が多い」などといわれている。
多発性」というのは、骨壊死が大腿骨頭だけでなく、膝や肩など、さまざまな関節で同時多発的に起きる、という意味。骨壊死はもともと血行の悪い場所で起きる症状なわけだから、ステロイドによるドーピングの副作用は、なにも大腿骨頭だけでなく、他の血行の悪い関節部、膝や肩にまで及ぶ可能性がある、というわけだ。

多発性骨壊死の痛みの及ぶ範囲


damejima at 03:23

March 18, 2014

とあるカナダの野球コーチの方がツイッターに挙げていた写真が、イチローのMLBでのバッティング面の秀逸さを物語っていて、なかなか興味深かった。ツイッター上のやりとりで許可をもらったので、転載して、そこから記事をひとつ書くことにした。(なお、オリジナルの写真にはアルファベットのAとかBという文字はない。この写真の意味について説明を加える上で必要だったため、当ブログ側で後から付け加えた)

イチローのスイング
ライアン・ブラウンのスイング


note:
今回の記事は、カナダのオンタリオ州Mississauga (=愛知県刈谷市と姉妹都市提携を結んでいるカナダの都市。ミシサガ、ミササガなど、日本語での読み方は数種類ある)で、子供向けの野球コーチをしていらっしゃるらしいDean Mariani氏(@MNBATigers2002)のツイートから許可を得て拝借させていただいた。二つ返事で快く転載を許可いただいたMariani氏のご厚意に、この場を借りてあらためて御礼申し上げたい。(下記がオリジナル画像)



さて、2つの写真を見比べてみる。
イチローライアン・ブラウンである。

子供たちに野球を教える仕事をなさっているらしいMariani氏が、2人の野手のスイングを並べることで指摘しようとしたことは、(質問して回答をもらったわけではないので、あくまで推測になるが) おそらく2人の野手のスイングの「共通点」だろうと思う。

もう少し具体的に書くと、氏が2人の野手のスイングの共通点として最も強調したかったのは、「バットの位置が、スイングのかなり早い段階で、加工後の写真で示したA点に準備されていること」だろうと思う。
バットはその後、A点とボールとを結んだ直線上にあるコンタクトポイントB点(=加工後の写真で示したB点)に向かって、A点からB点への最短距離をトレースする軌道上を動く。その結果、コンタクト率が高まるというわけだ。
「誰よりもボールコンタクト率の高いスイングをしたければ、こう打て」と、カナダの野球指導者がイチローを模範として現地の子供たちにスイングの基本を説明してくださっているのを見ると、イチローファンとしてやはり鼻が高い。


氏の指摘は既に他人が余分なコメントを加える必要のないストーリーなわけだが、このブログではあえて、この2人のスイングの「相違点」に着目してみることで、イチローのMLB加入後のスイングの意味をあらためて味わってみることにした。


「相違点」を以下に挙げてみる。
Aの位置
イチローは左足よりかなり内側
ブラウンはちょうど右足の上あたり

AとBとの距離
イチローは短く、ブラウンは長い

Bの位置
イチローは右足のかなり内側
ブラウンはちょうど左足の上あたり

ボールとBの距離
イチローは非常に短く、ブラウンはずっと長い

ボールの位置
イチローでは、既に右足あたりまで来ている
ブラウンではもっと離れた遠い位置にある


Mariani氏がバッティングフォームの模範例として取り上げていらっしゃるこれらの写真は、イチローとライアン・ブラウンがクリーンヒットやホームランを打ったときの写真だろうとは思ったが、残念ながら確かめていないので、もしかするとイチローは詰まった内野ゴロか意図的なファウル、ブラウンはサード側に切れるファウルや空振りをした打席なのかもしれない(笑)
なので、本当なら、投手の投げた球種、スピード、コース、そして、2人がどういう打球を打ったか、ヒットになったのか、そうでないのかを詳しく知ってからコメントすべきところなのだが、まぁ、しかたがない。


細かいこと抜きに大雑把な話として、という前提で語るとして、イチローとブラウンのスイングの「相違点」は歴然としている。

イチローのほうが、ブラウンより、はるかにバットの出を遅らせて、ボールを懐に呼び込んで打っている

イチローの場合、バットがまだA点にあるとき、ボールは既に「コンタクトポイントB点に到達する寸前」まで来ている。おそらく「ボールとB点の距離」は20センチ足らずしかない。
仮にボールとB点の距離を20センチ、球速を130km/hとして計算すると、「ボールがB点に到達するまでの時間」は、わずか約0.00554秒しかない。

これがブラウンの場合になると、「ボールとB点の距離」はイチローよりずっと広く、およそ2倍ちょっとくらいはある感じに見える。仮にボールとB点の距離が40センチ、球速が同じ130/hだとすると、「ボールがB点に到達するまでの時間」は、イチローの2倍、約0.01108秒となる。


もし仮に「2人が同じ時間で、バットの芯をA点からB点に移動させた」のだとしたら、「短距離の移動で済んでしまうイチロー」より、「より長い距離、バットを移動させなければならないライアン・ブラウンのほうが、スイングスピードが速い」ことになる。

だが、もちろん、実際には話はまるで逆だ。
(もちろん、この2枚の写真の投球の速度が同じという前提が必要だが)
イチローのように体に近い位置に引き付けて打つ場合、ボールは、コンタクトポイントであるB点まで、それこそ「アッという間」に到達してしまう。
だから、球速が同じなら、まだボールが遠くにある段階でスイングを開始するライアン・ブラウンよりも、呼び込んで打つイチローのほうが、はるかに速いスピードでバットをスイングしているのである。

この事実は、たとえ「A点とB点の距離」、つまり「バットをライン上に準備した位置Aから、コンタクトポイントBまでの距離」が、ブラウンのほうが多少長かろうと、変わることはない。
なぜなら、「A点からB点までの距離の個人差」は、人によって2倍もの差がつくことなどありえないが、「ボールがB点に到達する距離の個人差」は、イチローとブラウンの違いのように、2倍以上もの個人差になることが普通にありうるからだ。

にもかかわらず、
「ブラウンのようなタイミングで打つスラッガータイプのほうが、体に近いタイミングで打つイチローより、要求されるスイングスピードは、ずっと速い」とか、物理をまるで無視して思い込んでしまっている人は、思いのほか多い
この際だから、心当たりのある方はこれまでの自分の間違いを修正しておくべきだろう(笑)


また、「ボールがB点に到達するまでの距離が長いこと」は、極端にいえば「ゆっくり振っても間に合う」ことを意味する。
だから、「長打を打つためにはよほど早くスイングしなければ、間にあわない」というのは誤解なのであって、体にチカラを入れまくって、重いバットをあわてて振り回す必要は、実はどこにもないのだ。



つまるところ、
打者に要求されるスイングスピードを決めるファクターは、「バットをA点からB点まで移動させる距離の長さ」ではなく、ちょっとややこしい言い方にはなるが、「ボールからB点までの距離」、すなわち、「その打者がバットの芯をA点に準備し終えたときに、ボールが存在する位置」と、「その打者が、自分の身体のどのへんでボールをさばきたいかというB点」との距離で決まる


当然ながら、タイミングの異なるイチローとブラウンでは、必要なバットの重さや硬さ、材質や形状、全てが変わってくる。
また、左足が外旋しやすい右バッターと、右足が外旋しにくい左バッターでは、コンタクト時に許される体の開きがまったく違ってくる。



余談だが、この2枚の写真からいえることが、もうひとつある。
バッターが、早いタイミングでA点にバットを準備し、必要十分なスイングスピードでA点からB点にバットを移動させることができるなら、実は、スイングを始動してからバットをA点まで移動させる間の、バットの「移動ルート」や「スイング速度」には、「スイングはこういう形で始動しなければならない」とか、「こういう軌道でスイングし始めなければならない」とか、野球指導者が決めつけるほどの「厳しい制約条件」は、実は「ほとんどないということだ。
目指すのが、サダハル・オー直伝のダウンスイングだろうが、プリンス・フィルダーばりのアッパースイングだろうが、落合博満スタイルだろうが、クラウチングスタイルだろうが、スイング初期段階でのバットの移動ルートや速度には、ほとんど制約がないのだ。バットがボールに当たる瞬間の形さえビシっと決められるならば、あとは好きにバットを構えて、好きなように振りはじめればいい(笑)


日本の某有名フォーム分析サイトの主(あるじ)がNPB時代のイチローについて「イチローよりボールを見れる打者を見たことがない」と書いているのを見たことがある。それはMLBにおけるIchiroでも、同じように成り立っている。

だが、ただボールを長く見ることができるだけのバッターだったなら、イチローがIchiroになることはなかっただろう。
鈴木一朗が、イチローに、さらにIchiroになれたのは、彼に「たぐいまれなスイングスピード」があったからこそであることを、この1枚の写真が物語ってくれている。いうまでもなく、それはバットの重量の軽重以前の問題だ。

damejima at 04:51

July 20, 2013

アメリカのサイトの記録によると、1934年11月20日、アメリカチームは早朝に東京日比谷の帝国ホテルを出て静岡に向かった。当時、日本にはまだ東名もなければ、新幹線もない。この日のプレーボールは午後1時だ。東京駅駅舎をバックにしたベーブ・ルースの白黒写真が残されているが、もしかすると鉄道で静岡に向かったのかもしれない。
ハワイを経由して日本にやってきた彼らは、神宮球場での2試合を皮切りに、函館、仙台、富山、横浜を回り、静岡の後は、名古屋、大阪、小倉、京都、大宮、宇都宮で試合が予定され、上海とマニラでもゲームがあった。
1934 Tour of Japan Schedule and results


イチローのキャリア通算2722本目のヒットは、日本の野球にとっての「記念碑」だ。たとえ話でいうのではなく、その日は本当に赤飯を食おうと思っている。めでたい日には赤飯を食う。これが日本の決まりごとだ。だから、それでいいのだ。
日米通算4000安打という偉業。それは同時に「ルー・ゲーリッグという選手のもつ記録のひとつを、日本人選手が超える日が来た」という事実でもあり、野球のなかった国で野球という新たな文化を根付かせ、育ててきた日本野球にとって、1934年草薙球場の、あの惜敗から数えて79年、日本野球発展のひとつの「記念碑」なのだ。

MLBキャリア通算ヒット数ランキング(2013/07/17)


かつて日本では1908年以来「日米野球」が行われていた。ベーブ・ルースをはじめ多くの殿堂入り選手が含まれたオールアメリカン、あるいはサンフランシスコ・シールズのようなマイナーのチームまで、さまざまなパターンで構成されたチームが来日したが、黎明期の日米野球では、日本にまだプロがなかったために実力差が激しく、アマチュアで構成された日本側が常に完膚無きまでに叩きのめされ続けた。
参考記事:Damejima's HARDBALL:2012年3月21日、1958年ドジャース、ジャイアンツ西海岸移転に始まる「ボールパーク・ドミノ」  (2)ロサンゼルス・メモリアル・コロシアム、シールズ・スタジアムの一時使用と、チェニー・スタジアムの建設

1934年日米野球は、当時のMLBオールスター級ともいえる豪華さで、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ、チャーリー・ゲーリンジャー、ジミー・フォックスなど後に殿堂入りする有名選手がズラリと顔を揃えていた。
かたや迎え撃つ日本側は、プロができる直前の時代であり、沢村栄治(旧字体:澤村 榮治 背番号8)にしても、ヴィクトル・スタルヒン(背番号31)にしても、当時はまだ高校中退したばかりの10代のアマチュアだった。
17歳の沢村は日米野球の最初の登板で11本のヒット、3本のホームランを浴びた。1934年日米野球での沢村の通算スタッツは、28回2/3を投げ、自責点25、ERA7.85。被安打33、被ホームラン8、25三振、25四球。全体としていえば、まだまだメジャーに通用する成績ではなかった。

沢村栄治(澤村 榮治)

だが、79年前のあの日、昭和9年(1934年)晩秋11月20日の草薙球場では全てが違った。沢村栄治はゲーリンジャー、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグ、ジミー・フォックス、MLB史に残る名選手たちを撫で斬りに4連続三振に仕留め、8回1失点の快投をみせた。

▼昭和9年11月20日 日米野球(静岡・草薙球場)
全日本 000 000 000=0
全  米 000 000 10X=1

この日の沢村栄治の快投は、日本中の人々に、もしかすると日本人も野球で強くなれるのかもしれないとの期待を抱かせ、日本プロ野球設立への大きなきっかけを作った。
黎明期の日本野球の最高峰は大学野球だったが、プロとしての日本野球の歴史の第一歩は、あの晩秋の草薙球場でのデーゲーム、沢村栄治の力投から始まっている。

あわや勝利投手かという快投をみせた17歳の日本のエース、沢村栄治から、容赦なく決勝ホームランを放ってみせたのは、当時31歳の4番打者ルー・ゲーリッグだ。ゲーリッグの存在は、いってみれば、当時まだプロの存在しない日本野球のレベルでは、沢村栄治の伝説の快投をもってしても越えられない「メジャーの高い壁」だった。

沢村が打たれたのは、カーブを投げる際、唇が「への字」に曲がる癖を見抜かれたためといわれている。「ドロップ」と呼ばれた伝説のカーブを真芯にとらえたゲーリッグの打球は、ライナーとなって草薙球場のスタンドに消えていった。



1934年の伝説の沢村栄治の快投、ルー・ゲーリッグのソロ・ホームランから、79年。野球には両者を記念した沢村賞、ルー・ゲーリッグ賞ができ、そして数えきれないほどの野球選手が登場しては消えていった。
長い長い歳月を経て、17歳の沢村栄治が越えられなかったルー・ゲーリッグの記録のひとつを、21世紀にMLBのグラウンドに現れた日本人イチローが越えていこうとしている。

思えば、イチローはさまざまな経緯と試練を経て、いつのまにかルース、ゲーリッグと同じヤンキースのピンストライプを着て野球をやっている。ファンと、そして当のイチロー本人がどう考えようと、イチローにはいやおうなくピンストライプを着る運命が待ち構えていたのかもしれない。そんなふうに思えてくる。これが日本野球の記念碑でなくて、他の何が記念碑だ、と思う。


アメリカ遠征を経て日本でプロになった沢村栄治は、19歳になった1936年秋に甲子園で日本野球史上初のノーヒットノーランを達成。3度のノーヒットノーランを含む輝かしい栄光の日々を経験したが、兵役でキャリア中断を余儀なくされ、さらに手榴弾投げで肩を壊して、最後はオーバースローで投げることですらままならない悲惨な状態になり、1944年シーズン前に解雇され、引退した。同じ1944年の暮れ、12月2日に屋久島沖で戦死。27歳。

アメリカ遠征中の沢村栄治
アメリカ遠征中の沢村栄治(後列左から2人目。前列最も左側がスタルヒン)


こころざし。

沢村栄治のみならず、野球をこころざし、野球で生きることを仕事として選んで燃焼しようとした果てしない数の人々が越えようとしてきた壁が、ついにひとつ、乗り越えられようとしている。そうした、数えきれないこころざしに対し、このヒットが生まれたら報告しておきたい。

草薙球場から79年。
日本野球はとうとうここまで来ましたよ、と。

赤飯スタンプ


damejima at 02:53

July 15, 2013

7月14日ミネソタ第3戦、1番センターで先発出場したイチローは、ソロ・ホームランを含む3安打2打点2得点と活躍、ついにMLB通算2000試合出場を達成すると同時に、MLB史上2人目の「デビュー後13シーズンでの通算2000試合出場」達成者となった。
この「2000試合出場」という記録は、それ自体も、2013年7月14日現在歴代達成者数が234人しかいない稀有な記録だが、達成条件をさらに厳しくして、イチローと同じ「デビュー後13シーズンでの達成」に限定すると、達成できたのは、MLB史上ピート・ローズただひとりしかいない。いかにイチローのこれまでのキャリアが安定したものだったか、よくわかる。

ホームラン動画:Longest Drives | MIN@NYY: Ichiro launches a solo homer to right field - Video | MLB.com: Multimedia


ちなみに、1位ピート・ローズの記録は「2022試合」。
イチローがピート・ローズすら抜き去り、「デビュー後13シーズンにおける出場試合数」におけるMLB歴代1位に輝くまで、あと23試合ということになる。8月中には抜くことだろう。いよいよ焦点は彼のキャリア通算ヒット数「4265本」になってきた、ということでもある。

デビュー後13シーズンでのMLB通算出場試合数
イチロー、デビュー13シーズン通算2000試合出場達成
data generated in 07/14/2013 via Batting Split Finder - Baseball-Reference.com(2013年7月14日ミネソタ第3戦を含む)


MLB歴代 通算出場試合数記録
Career Leaders & Records for Games Played - Baseball-Reference.com

現役選手の出場試合数記録
Active Leaders & Records for Games Played - Baseball-Reference.com


ちなみに、「デビュー後13シーズン」というスパンで打ったMLB通算ヒット数を歴代記録で調べてみると、イチローが2013年7月14日2000試合出場時に打った「2696本」という記録は、現時点で既にMLB歴代1位の記録、つまり「ワールドレコード」であり、もちろんこの記録は今シーズン終了まで伸び続ける。

デビュー後13シーズンでのMLB通算ヒット数
デビュー後13シーズンのMLB通算ヒット数(2000試合)

この「デビュー後13シーズンのヒット数ランキング」に登場する選手たちは、野球賭博で永久追放になり殿堂入りが不可能なピート・ローズと、殿堂入りが確実視されているが、いまだ現役で記録が伸び続ける可能性が残されているイチローとデレク・ジーターを除くと、ベスト10全員が野球殿堂入りを果たしている。
Paul Waner 1952年殿堂入り(RF 83.33%)
Al Simmons 1953年(LF 75.38%)
Hank Aaron 1982年(RF 97.83%)
Stan Musial 1969年(LF 93.24%)
George Sisler 1939年(1B 85.77%)
Wade Boggs 2005年(3B 91.86%)
Richie Ashburn 1995年(CF Veterans Committee)

現在2700本に迫っているイチローの「デビュー13シーズンにおけるMLB歴代1位のヒット数」を、今後抜く可能性が残されているのは、イチローが既に歴代1位である以上、現役選手だけだが、現役でめぼしい数字は、デレク・ジーター2356本、アルバート・プーホールズ2334本、マイケル・ヤング2230本の3人に絞られる。

現役3選手すべての記録が、現時点でイチローの「2696本」という数字から約300本以上も離れていること、さらに、イチロー自身がいまだバリバリの現役で、数字を今シーズン後半に伸ばし続けること、さらに、MLBの若い選手たちの中にこの4選手に迫る数字を残せそうな選手が出てくる可能性などを総合的に考慮すると、イチローの「MLBデビュー後13シーズンでの安打数記録」が、MLBにおける Unbreakable Record のひとつとなるのはおそらく間違いない。


ついでに、「デビュー後14シーズンでのMLB通算ヒット数」も調べてみる。
まだデビュー後13年目のシーズン途中にあるイチローの「2696本」が、既にMLB歴代3位につけている。これまでの歴代1位であるPaul Wanerの「2799本」までは、13年目のシーズンの後半を残した今の時点で、既に「103本差」だから、来シーズンにイチローが、「「デビュー後14シーズンでのMLB通算ヒット数」においても「MLB歴代1位」になることは、ほぼ間違いない。

デビュー後14シーズンでのMLB通算ヒット数
(図中イチローのみ13シーズン途中の数字)
デビュー後14シーズンのMLB通算ヒット数(イチローのみ13シーズン)


このブログでかつて、「38歳」という年齢が「年齢による衰えの始まるキーポイントだ」という意味のことを何度か書いた。
時代を隔ててしのぎを削りあってきたポール・ウェイナーとピート・ローズだが、彼らの通算ヒット記録が明暗を分けたのも、「38歳以降のヒット数」である。

「37歳以降」に打ったヒット数比較
5人のホール・オブ・フェイマーが37歳以降に打ったヒット数

ポール・ウェイナーは、デビュー後ずっと3割を打ち続けた素晴らしいバッターだが、飲酒の悪癖があったらしく、13シーズン目の1938年(35歳)に初めて3割を割った原因も飲酒といわれている。球団から禁酒を言い渡された翌1939年の14年目のシーズンに、36歳で151本のヒットを打ったものの、それを最後に37歳以降は打撃成績を落とし、そのままキャリアを終えている。
対してピート・ローズは、デビュー15年目から18年目にあたる1977年〜80年、36歳から39歳にかけて「795本」ものヒットを量産することで、ヒット数関連記録で常に先行されていたポール・ウェイナーを抜き去った。彼はさらに40代以降もしぶとく「699本」のヒットを積み上げている。結局、30代後半からの10年間で積み上げた「約1500本」が、球聖タイ・カッブの通算安打数記録を塗り替える「4256本」の原動力になった。
参考記事:Damejima's HARDBALL:2012年9月28日、3000安打達成予報。これからのイチローの数シーズンが持つ価値。

そうした「ヒットの鬼」といえる歴代の選手たち、タイ・カッブ、ピート・ローズ、ポール・ウェイナーでさえ、「39歳以降」にシーズン200安打を達成できていない。39歳以降に達成できたのは、ポール・モリターサム・ライスの2人だけで、40代での達成となると、長いMLBの歴史の中でも、サム・ライス、ただひとりしかいない。
心ひそかに、イチローが39歳以降にシーズン200安打を達成できる日が来ることを祈りたい。

「37歳以降」のシーズン200安打達成者リスト

37歳 Zack Wheat (221本)
    Tony Gwynn (220本)
    Ty Cobb (211本)
38歳 Pete Rose (208本)
    Jake Daubert (205本)
    Sam Rice (202本)
39歳 Paul Molitor (225本)
40歳 Sam Rice (202本)


damejima at 00:16

July 12, 2013



ジーター復帰戦で1番センターという、今の彼自身とチームに最も似つかわしいポジションでプレーしたイチローが、バックスクリーン前まで飛んだ大飛球をバスケットキャッチする「ウィリー・メイズ風キャッチ」を決めてくれた。
シアトル時代のスプリングトレーニングでのスーパーキャッチも含め、こうしたキャッチはこれまでにも何度か決めているわけだが、このキャッチのみに関して言うなら、捕球寸前、ほんのわずかだが、体の角度をライト側に変え、「回り込む」ことに成功しているのが素晴らしい。
あれほど余裕を持てない背走のさなかでも、最後に「回り込む余裕」を持てるのが、やはり10-Times-Gold-Glover、イチローというプレーヤーなのだ。
Suzuki catch helps secure Yanks’ win - NYPOST.com


センターの奥行きが120mちょっと(ヤンキースタジアムは408フィート=約124.4m)の今の時代の外野手と、センターの奥行きが483フィート(約147m)もあった縦長のポロ・グラウンズでプレーした1954年ワールドシリーズのウィリー・メイズとでは、要求されるプレーの質が決定的に違っていることについては、2年半ほど前にブログに書いている。詳しくはそちらを読んでもらいたい。
Damejima's HARDBALL:2011年1月9日、シーズンオフらしく、MLBのポジション別ゴールドグラブ受賞回数でも眺めながら、ウィリー・メイズとイチローの時代の違いを考えてみる。

Polo GroundsPolo Grounds

Polo Grounds, Eighth Avenue at 159th Street, 19401940年頃のポロ・グラウンズ
資料:A Little More New York in Black and White (photos and commentary)


damejima at 18:00

June 20, 2013

Yankees LogoDodgers Logo
あまりにも見所の多すぎるダブルヘッダー第1戦で、どこから語ったものかわからないが(笑)、打棒炸裂のイチローがドジャースの期待の新人投手リュ・ヒョンジンの膝元の難しい速球をライトスタンドに放り込めば、マリアーノ・リベラが同じくドジャースの新人で、イチローと同じライトを守るヤシエル・プイグを得意のカットボールで三振に切って、(先日プイグが鼻に受けたデッドボールとは別の意味で)スーパールーキーの天狗の鼻をへし折って(笑)ゲームセット。
ヤンキースとドジャースが歴史上初めてレギュラーシーズンにヤンキースタジアムで対戦した歴史的なダブルヘッダーは、まずヤンクスのレジェンドたちがドジャースの新人君たちをあしらったゲームとなって終わった。
Ichiro powers Yankees to Game 1 win | YES Network

Video: Ichiro's huge game | MLB.com Multimedia

史上初ヤンキースタジアムレギュラーシーズンのLADvsNYY イチロー3号

イチロー3号ソロ・ホームラン
動画:Video: Ichiro's solo shot | MLB.com Multimedia

マトリクス風動画:GAMEREAX - Animated Sports Gifs and MLB Analysis – YES Camera Angle On Ichiro Homer

ホームランを打たれたリュ・ヒョンジンのコメント

"I put the ball exactly where I wanted it -- and he got it in the air and hit it out."
「まさに投げたいと思ったところに正確に投げた。そしたら彼に吸い込まれるような打球でスタンドに運ばれてしまった。」
Lyle Spencer: Shades of graceful star Ichiro Suzuki in electric Dodgers rookie Yasiel Puig | yankees.com: News


2点タイムリー
動画:Video: Ichiro's two-run single | MLB.com Multimedia

2013年6月19日ドジャース戦2点タイムリー

自身も2点タイムリーを打ったライル・オーバーベイの、イチローのレフト前2点タイムリーに関するコメント

He puts the bat on the ball, and he puts it in the perfect spot. It's an art.Two RBIs late in the game were big. He's Ichiro.
「彼はバットをボールに正確にコントロールして、パーフェクトな場所に打てる。それはひとつの『芸術』なんだ。ゲーム終盤の2打点は大きいよ。彼はやっぱり『イチロー』なんだ。」
Ageless Ichiro still has batting eye, speed


8回表のファインプレー
動画:Video: Ichiro's leaping grab | MLB.com Multimedia

2013年6月19日ドジャース戦8回ファインプレー

監督ジョー・ジラルディのコメント

"Let's not forget that he had a big defensive play in the eighth inning. That's a heck of a play,"
「(ホームランもいいけど)8回の守備のビッグプレーも忘れないでほしいね。あれは凄いプレーだった。」
Ichiro Suzuki's big day carries New York Yankees - ESPN New York

ESPN New York

With his bat, he propelled the Yankees offensively.With this glove, he robbed the Dodgers of a big inning.
「彼はバットでヤンキースを前進させ、グラブでドジャースのビッグ・イニングをもぎとった」
Ichiro Suzuki's big day carries New York Yankees - ESPN New York



「もってる」って、こういうことを言うのだ。

今日のイチローのホームランは、MLBでイチローの打ったホームランの中でも、最も美しいホームランのひとつだと思う。
Los Angeles Dodgers at New York Yankees - June 19, 2013 | MLB.com NYY Recap

歴史的な対ドジャース戦が行われた2013年6月19日

鮮烈なMLBデビューで週間MVPを受賞したばかりのスーパールーキーヤシエル・プイグだが、足の速さや打撃だけでなく、その強肩についても、イチローを引き合いに出したり、比較したりする記事やツイートはたくさんある。
イチローとプイグの「競演」に関する記事の例
Lyle Spencer: Shades of graceful star Ichiro Suzuki in electric Dodgers rookie Yasiel Puig | yankees.com: News
というのも、プイグがMLBデビューしてすぐのブレーブス戦で、ライトからの強肩で1塁ランナーをサードで刺したプレーが、イチローがMLBデビューしてわずか8戦目のオークランド戦で、サード手前でテレンス・ロングを刺してみせた、あの伝説の「レーザービーム」と似ていたからだ。

イチロー「レーザービーム」(2001年4月オークランド戦)
公式サイト動画:http://wapc.mlb.com/play?content_id=16865121



プイグの強肩(2013年6月8日ブレーブス戦)





これまで「1958年」という年がいかに特別な年だったか、ということについて、沢山の記事を書いてきた。MLBでは、ドジャースとジャイアンツが西海岸に移転した年であり、またそれはアメリカ社会が大きく変わっていくターニングポイントでもあった。
Damejima's HARDBALL:「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。
かつてニューヨークのブルックリンにあったドジャースが西海岸に移転したのは1958年だが、その前後、1941年以降1981年まで、ワールドシリーズでヤンキースとドジャースは11回も戦い、その回数がワールドシリーズの対戦レコードとなるほど覇権を競いあった。サンディー・コーファクスドン・ドライスデールが投げ、ミッキー・マントルレジー・ジャクソンが打ち返す。それがこの黄金カードの歴史を作ってきた。

しかし、こと、レギュラーシーズンの記録となると、1997年にインターリーグ制が導入されて以降も、2004年と2010年にドジャースタジアムでの3連戦が2度、計6ゲームが行われただけで、ヤンキースタジアムでのゲームは一度も行われていない。(さくっと調べたところ、ネット上に、「2連戦が3度」という記述、「2003年と2010年」という記述があるが、いずれも間違っている)
2004年のゲーム結果
2004 New York Yankees Schedule, Box Scores and Splits - Baseball-Reference.com
2010年のゲーム結果
2010 New York Yankees Schedule, Box Scores and Splits - Baseball-Reference.com

つまり、今日の第1試合は、かつてブルックリンにあったドジャースがレギュラーシーズンの試合で初めてニューヨークに帰ってきた歴史的なゲームなのだ。

どうもわけがわからないのは、地元メディアや古くからのヤンキースファンと称する人たちが、ドジャースのニューヨーク帰還よりも、元ヤンキースのドン・マッティングリーが監督としてニューヨークに凱旋してきたことを優先するかのごとく騒いでいたことだ。
彼らには悪いのだが、マッティングリーがニューヨークに戻ったのは、単純に彼がドジャース監督だからなだけであって、それ以上の意味はない。それより「あのブルックリン・ドジャースがニューヨークに帰ってきたこと」のほうが、MLB史にとって遥かに重要なのは、言うまでもない。


もちろん、このゲームがドジャースにとってレギュラーシーズンでは初めてのヤンキースタジアムでのゲームであることを報じる記事は、もう掃いて捨てるほどあるわけだが、ブログ主に言わせれば、そんな誰でも書けることは、誰かが書くわけで、本当に知りたいと思うのは、「かつてニューヨークを本拠地にしていたドジャースが、なぜこれまでヤンキースタジアムでゲームをやらなかったのか、そして、なぜ初めてヤンキースタジアムに来ることになったのか、その理由」だ。

そこには、よほどなにか秘めたドラマというか、「ワケあり」な話があるに違いないと思うのだが、どうだろう。

ダブるヘッダー第1戦のWrapページ20130619
Los Angeles Dodgers at New York Yankees - June 19, 2013 | MLB.com Wrap


damejima at 07:47

January 15, 2013

今年の殿堂入り投票が「該当者なし」に終わったことについて、さまざまな意見が出されたわけだが、あの名作ドキュメンタリー "Baseball" はじめ、"Civil War" などアメリカ史全体を透視するドキュメンタリーを数多く作ってきたケン・バーンズが、下記のような、歯に衣着せぬ強烈なコメントを言い放ってくれたおかげで、ブログ主などにはもう付け加えることがない(笑) なまぬるい中途半端な意見に貸す耳など、最初からない。

those motherf---ers should suffer for a while.
「あのマザー・フ××カーども、当分苦しむといいぜ、ッたくな。」
Ken Burns on Clemens, Bonds and the Baseball Hall of Fame: 'Those Motherf---ers Should Suffer' - The Hollywood Reporter

最初にこの記事のタイトルを目にしたとき、まさかケン・バーンズほどの有名人が、インタビューでなりゆきで使ったと思われる、いわゆる「フォー・レター・ワード」が、公のメディアにそっくりそのまま記事になるわけもなかろうにと思って記事を読んでみたのだが、伏字にはなってはいるものの、実際そう発言している箇所があって、ちょっとビックリ(笑)
まぁ、ゴネゴネ遠回しで何を言いたいのかハッキリしない意見記事を書いたESPNのジェイソン・スタークより、ずっといい。なにより清々しい。


ただ、ケン・バーンズのような文化人のストレートな意見や、ステロイダーを否定する多くのファンの辛辣だが素直な意見、さらにはボンズへの投票をあえて回避することを決断した大多数の野球記者たちのシンプルな考え方を、必ずしも野球にたずさわる全ての人々が受け入れている、というわけではない。
このことはチラっとくらいは頭に入れておかないと、全体像を見間違えることになる。

なので、あえて自分の立場とは違う意見をわざと訳出してみることにした。題材は、ボルティモア・オリオールズの地元紙、ボルティモア・サンに寄せられたホール・オブ・フェイマー、ジム・パーマーのコメントだ。


最初にことわっておきたい。
ジム・パーマーの意見の主旨は「わかりにくい」。

わかりにくさの原因には、「ささいな原因」と「大きな原因」、
2つある。

「ささいな原因」は、ジム・パーマーの英語の言い回しのわかりにくさにある。話し言葉を書き言葉に写しただけの文章というものは大抵そうなるわけだが、下記に引用した記事では、「ジム・パーマー自身は、何のことを指して言っているのかがわかって語っているが、他人にはわかりにくい箇所」が、いくつもある。それは例えば、必要な指示語が文面上で省略されてしまっていることなどから起きる。
インタビューを掲載したボルチモア・サン側で足りない言葉を書き足して補ってはいるものの、明らかにフォローが足りていない。

次に、「大きな原因」だが、これはジム・パーマーの主張の根本に大きな矛盾が多数あること、そして数々の矛盾が解決されないまま主張が積み重ねられていること、にある。特に、MLBサイド、選手サイドにとって都合のいい主張が、観客からの視点や、アメリカ文化史全体からの視点に欠けたまま、積み重ねられている。
そうした「内輪ウケ」の主張手法は、なにもジム・パーマーだけの問題ではなく、ステロイド時代を通過してきた人たちの一部に非常に頻繁にみられる共通の欠陥でもあり、彼らの主張の脆弱性でもある。


ボンズやクレメンスなどのステロイダーの殿堂入りに関するジム・パーマーの主張の基本点を、思いっきりギュギュッと一気に圧縮していくと、それは次の1点に凝縮させることができる。
1994年のストライキの悪影響で大きく減少した観客動員数を回復させるためには、90年代後期に『ステロイド容認によるホームランの大量生産』が行われたことは、演出として非常に有効だったのであり、それは必要悪というものだ。誰にも否定などできない。

正直、ジム・パーマーは、この要点を細かい話題より先に主張して、まず自分の立場を明らかにしておいて、それから細部を話すべきだと思うわけだが、彼はそれを巧妙に避けて、相互に矛盾する各論を順繰りにしゃべり、各論それぞれが、あたかも矛盾無くつなぎ合わされているかのように見せることに終始しているように見える。
おそらく彼は、自分の主張の根本が今の時代にそぐわないこと、そんな主張を表だってすれば批判が集まること、くらいは理解して話しているのだろう、と想像する。正直、こずるいやり方と言わざるをえない。

ジム・パーマーのような立場から言わせると、「ステロイドでたくさんホームランを打ってくれたバリー・ボンズは、ストの悪影響で危機的状態にあったMLBを救ってくれた、むしろ『功労者』だ」、「ボンズのようにステロイド使用以前に、すでに殿堂入りにふさわしいだけの成績をおさめつつあった選手については、殿堂入りを検討して当然だ」、そして「ステロイド使用によって、はじめて殿堂入りにふさわしい成績をおさめることができたような選手は、最低な選手で、殿堂入りすべきではない」とでもいうことになる。
また、「最も悪いのは、『ストライキ』と、その後の『ステロイド時代容認』という、2つの大きな愚行を行った選手会である。ステロイド時代そのものは、当時としては必要悪だった。非難すべきでない」という話になる。
そしてさらに話は飛躍して、「ステロイダーが高い給料をとってくれたおかげで、結果的にMLBの給料全体が上がった」、「ステロイドをやってない選手だって、給料上昇の恩恵をこうむったのだから、ある種の共犯関係だ。責任がゼロなどと言わせない」とまでジム・パーマーは主張している。
このロジックをさらに進めれば、ジム・パーマーの主張は言外に「観客だって、あのステロイド時代を楽しんでたじゃないか。アンタたちだって共犯だ。責任が無いなんて言わせない」と言っているのと同じことになる。


いやはや。
これではステロイドの是非という問題をストライキの是非にすり替えただけだ。矛盾だらけの主張をするのも、たいがいにしてほしい。

多数の細かい点を指摘し続けてもいいが、そういう些細な指摘の前に、例えばこんなことを考えてもらいたい。
ジム・パーマーは、1994年のストライキを主導し、ステロイド時代を容認した選手会長Donald Fehrと選手会を常々批判したいと思ってきたと言っているわけだが、当のDonald Fehrならたぶん、こんな風に主張して、自分のやった観客無視のストライキと、ステロイド時代容認を、自己弁護することだろう。
1994年のやむをえないストライキの影響で大きく減少した観客動員数を回復させるためには、90年代後期に『ステロイドによるホームランの大量生産』を容認することは、非常に有効な演出だったのであり、それは必要悪というものだ。誰にも否定などできない。


わかるだろうか。
ジム・パーマーの主張したがっている選手会批判と、シーズン中の長期ストライキなどというファン無視の愚行をやらかしてファンから総スカンをくらったDonald Fehr、両者の思考スタイルの間には、実は、ほんのわずかな差しかないのである。
と、いうより、「観客の視点、観客からみたモラル」「アメリカ社会からの視点やモラル」、さらには広く「アメリカ史全体からの視点やモラル」が欠けている、という意味では、両者の主張は同根から生じたものなのだ。
ストライキやステロイドがファン、MLB史、アメリカ史に与えた失望や落胆の大きさを考えるならステロイド時代など絶対に容認すべきでない、というシンプルな発想は、両者ともに無い。


ジム・パーマーの主張のベースをチラっと読むと、あたかも首尾一貫しているように感じる「ちょっと考えるチカラの弱い人」もいるかもしれないが(笑)、誰がどうみてもツッコミどころ満載の話である。

ジム・パーマーの主張には、90年代のストライキがそうだったのと同じくらい、「ルール」という感覚が欠けている。
また、悪いことに、「野球殿堂が誰のために存在しているのか」という視点が忘れ去られている。野球殿堂は、別に「野球という共同組合」の功労者を内輪で顕彰するために存在しているような、せせこましい存在ではない。
「人民の、人民による、人民のための政治」と言ったのはリンカーンだが、アメリカ史の一部になるということの意味の大変さと責任の重さは、"Civil War" " Jazz" "Baseball" など、一連の作品でケン・バーンズが描いてみせたとおり、ステロイダーや機構に関わった者たちの安っぽい言い訳が通用するほど簡単なことではないはずだ。

「観客の期待を大きく裏切ったストライキは間違っているが、ステロイド時代は必要悪として許されるべきだ」とか、「ボンズはヒーローだからオッケーだが、サミー・ソーサはダメ」とか、細かい矛盾を突っ込んでいけば、本当にキリがないほど突っ込める。(ちなみにサミー・ソーサは、スト前年の1993年にチーム史上初めて30-30を達成している)
さらに言うなら、「殿堂入りは聖域に入ることを意味しない」というなら、なぜ「サミー・ソーサはダメ」なのか。ジム・パーマーはマーク・マグワイアには言及してないが、もし人から聞かれれば、「ボンズはOKだがマクガイアはダメ」とでも言うつもりか。「フレッド・マグリフが殿堂入りできないのは悲劇」と冷めた口調で語る割に、ステロイド時代のどまんなかでパーマーと同じボルチモアでプレーしていたラファエル・パルメイロについての評価がやたらと甘いのは、なぜか。「ステロイド無しに3000本安打を打ったクレイグ・ビジオが初年度に殿堂入りを果たせなかった」のは悲劇ではないのか。「ストの影響による観客減少をリカバリーするためのステロイド時代は容認して構わない」のなら、ストの影響など皆無の時代にステロイドを使用したアレックス・ロドリゲスやメルキー・カブレラ、あるいはステロイド疑惑が報じられたライアン・ブラウンなど、2000年代以降のステロイダーは全員が殿堂入りにふさわしくないのか。ボンズはOKで、Aロッドはダメだとしたら、その理由は何なのか。それともボンズの殿堂入りを容認させるためなら、アレックス・ロドリゲスでも誰でも殿堂入りさせるべきだとでも主張するのか。
そもそもステロイドをやる前に何本のホームランを打ち、ステロイドをやった後に何本のホームランを打っていれば、殿堂入りにふさわしいというのか。ステロイドをやってなかった選手にまで責任を押し付け、この選手はオッケー、この選手はダメとか、上から目線でダメ出しするジム・パーマーこそ、「聖域からモノを言っている」のではないのか。
ボンズがナイスガイ? だから何。知らんがな。


まぁ、細かいツッコミはともかく、
ジム・パーマーの主張には「基準」が無さすぎる。
「基準を含まない主張」なんてものは、いくら何を議論しても、議論の結果が「ルール」に成長することはありえない。

いま必要とされているのは、
こういうルールに欠けた議論ではない。
例えば、ランス・アームストロングは、ありとあらゆるドーピング手法を使って名誉を盗み続け、ファンには失望と落胆だけを与えたドーピング犯罪者であって、自転車業界の救世主でもなんでもない。

Jim Palmer says HOF results are 'a shot across the bow of the whole Steroid Era' - baltimoresun.com


On no one getting in, including players not suspected of steroid use:
ステロイドの使用を疑われていない選手も含め、誰も殿堂入りを果たせなかったことについて
“Obviously there are a lot of voters that didn’t vote or didn’t vote for them. … Just because you have a bunch of guys that are suspected of performance enhancing drugs doesn’t mean you vote for guys that don’t belong in the Hall of Fame.”
「投票そのものを避けた投票者、ステロイダーでない選手にも投票しなかった投票者がいるのは明らかではあるね・・・。ただそれはね、単に、PED使用が疑われる選手たちには票が集まらない、でも、だからといって、殿堂入りにふさわしくない選手に票が集まるかというと、そういうことは起こらない。ただそれだけのことだよ。」
ブログ注)Performance Enhancing Drug=運動能力強化薬物。「PED」と略される。


On judging players beyond their statistics:
成績以外による選手評価に関して
“I love it -- character, sportsmanship and integrity. Do you think any of those guys when they rounded the bases looking like Popeye thought about sportsmanship, because they just made the pitcher feel bad? I don’t think so. So I don’t know if that has to be the criteria.”
「僕は好きだね。性格。スポーツマンシップ。品位とか。(腕まくりして筋肉をみせつけるポーズがトレードマークの)ポパイみたいに(ホームランを打った後で、これみよがしに)グラウンドを一周して、ピッチャーを不愉快な気分にさせる選手が、スポーツマンシップに溢れてると思うかい? 僕は思わない。成績以外の評価が殿堂入りの基準となるべきかどうか、そこまではわからないけどね。」

On Bonds’ and Clemens’ chances in the future:
ボンズとクレメンスの将来の殿堂入りの可能性について
“I still think at some point, unless you are going to just talk about the morality and the fact that you had the choice between right and wrong and the way you chose if you’re Clemens or Bonds, ultimately those guys are Hall of Famers before starting whatever they did.”
「善か悪か、白黒ハッキリさせるとか、クレメンスとボンズのどちらかだけを選ぶとか、そういう目的だけでモラルや事実関係を語りたいならともかく、もしそうでないなら、考慮の余地はある、と思う。彼らは、何かやらかす前には(実績という面で)殿堂入りにふさわしい選手たちだった。」

On the money and culture of the Steroid Era:
「ステロイド時代」の金と文化について
“Guys have always been trying to get an edge. But I think the point I am trying to make is that the union, they encouraged this because it was all about revenue. I’m listening to all the psychobabble today about let’s not blame the players that didn’t use them and all that. The question to me all the time, [is] if you really wanted to do the right thing and not just make the most money, why then, if it’s only 10 percent or 15 percent [of players that are users] why didn’t the other 75 or 85 percent of the players that weren’t doing it, why didn’t they say something? And the reason is that they liked the system. These guys hit the home runs, they get the big contracts, you have arbitration, your salary will be compared to this. This culture of baseball, of more revenue, more home runs, more people in the stands, blah, blah, blah, nobody was putting the ABS brakes on this. You have the union supporting it. They knew what was going on.”
「選手は常に、人より優位な立場にいたいと考えるものだ。
僕がずっと主張したいと思ってきたことは、それが収益に関係するからという理由で、『選手会がステロイド時代を奨励してた』ということさ。PEDをやってない選手についてはもちろん、あらゆる選手について、選手を非難するのは止めようっていう意味のあらゆる種類のたわごとを聞かされ続けてきた。
つねづね疑問に思ってきたことがある。もし金を稼ぐだけじゃなく、より正しいことをしたい、と考えるのなら、なぜPEDをやってる選手が10%から15%の選手に過ぎないとして、残りのPEDをやっていない75%か85%の選手たちはどうしてそのことに対して何も言わなかったのか?
選手たちは結局このシステムが気に入っていた、というのがその理由さ。PEDをやってた選手は、ホームランを打ち、大きな契約を手にする、調停においては、そういったPEDをやってる選手たちとサラリーが比較される。それが野球の文化だ。より多くの収入、より多くのホームラン、そしてより多くのスタンドの観客、などなど。誰もそうした関係性にブレーキをかけてこなかったし、選手会はそれを支持してきた。彼らは何が起こっていたのかを知っていた。」

On the writers’ statement Wednesday:
水曜の記者たちの声明について。
“The guys that belong in the end are going to get in it. But to me it was a rather loud statement to the people that played in the Steroid Era, especially if you had enhancements or people felt that you did. ‘You know what? We’re not real happy with this. We’re not putting up with this, at least not for now.’ … This is a shot across the bow of the whole Steroid Era, when it was all about revenue, when it was all about making money. I’m not, just, because I am in the Hall of Fame, saying that being elected is the Holy Grail, but some writers feel that way.”
「末端に属する人というものは、より言葉を差し挟みたいと考えるものだが、私には、あれ(=今回の投票結果)は、ステロイド時代にプレーしていた選手、とりわけPEDをやっていた選手と、それを知っていた人たちに対する、かなり声高なメッセージのように聞こえた。
『いいか。我々は『ステロイド時代』に満足してたわけじゃないし、隠し通そうとなどと思ってもいなかった。少なくとも今は賛成などしない』 .これは、(リーグやチームの)収益と(選手が)金を稼ぐことがすべてだった「ステロイド時代」全体に停止を命じる威嚇射撃なんだろうね。私は、自分が殿堂入りしているからといって、殿堂入りが(あらゆる罪が許されない)聖域に足を踏み入れたことを意味するとは思ってないが、記者にはそう考えてる人がいるようだ。」

On whether he thinks Bonds and Clemens are worthy (and Sosa):
ボンズやクレメンス(ソーサ)が殿堂入りに値するかどうかについて
“I’m not happy guys didn’t get in. I would have had no problem because of the resume of Clemens and Bonds from a strict standpoint of what they did on the field before they [were suspected PED users]. I wouldn’t have had a problem at all. But Sammy Sosa?”
「彼らが殿堂入りしなかったら悲しいことだ。(PEDをやってたかどうかを裁定する以前に)なによりも、フィールドの上で何を達成したかということだけに限って評価する立場から彼らを眺めたなら、彼らの殿堂入りには何の問題もない。でも、サミー・ソーサはどうだろうね?」

On how the Steroid Era affected others:
「ステロイド時代」が与えた影響について
“The problem is for a guy like Fred McGriff, who never had any kind of accusations and had almost 500 home runs, or Dale Murphy, their numbers pale [in comparison] and people forget how good they were. That’s the tragedy. But again it’s the tragedy of a culture that [union chief] Donald Fehr perpetuated from 1991 on. It wasn’t like people didn’t know what was going on. It wasn’t like people didn’t encourage it. They did. Now some people will step out and say it wasn’t overtly done. But there are a lot of guys that I talked to that played in that era that say that wasn’t the case. Maybe this is just a statement of what really went on. You really can’t change it. But you can judge it and I think the Baseball Writers' [Association] of America have done that.”
「問題は、フレッド・マグリフ(通算ホームラン数493本)みたいな選手たちだね。マグリフはあらゆる種類の非難を受けたことがないし、500本近いホームランを打ってもいる。なのに、彼らの成績はいまや色褪せて、彼らがどのくらい素晴らしい選手だったかも忘れられている。悲しむべきことさ。デール・マーフィー(同398本)にしても同じだ。
だけど、それは(MLB選手会会長の)Donald Fehrが1991年以降ひきずってきた文化的な悲劇の再来なんだ。何が起こっていたか知らなかったとか、奨励したりしなかったとか、そういう問題じゃない。選手会は知ってたし、奨励もしてた。誰かが一歩踏み出して、公然と『スレロイド時代はいまだに終わってなんかいない』と言いだす人がいるかもしれない。だけど(他方では)、ステロイド時代にプレーしてた選手で、私が話したことのある人たちには、『事実無根だ』と話す人も大勢いるんだ。ステロイド時代に起きていたことについての証言は、ほんのわずかしかない。そして、それを曲げることは誰にもできない。だが(外部から)判断を下すことはできるし、僕の考えでは、全米野球記者協会協会は既にその作業を済ませていると思う。」
ブログ注)Donald Fehr:1986年から2009年までMLB選手会会長。2010年からNHLのエグゼクティブ・ディレクター。2007年にミッチェル報告書が出された当時、選手会会長だった。また1994年以降のMLBのストを主導した。


On Rafael Palmeiro, who lost 22 votes this year:
今年22票を失ったラファエル・パルメイロについて
“He’s a victim of circumstance. He went to the congressional hearing, pointed his finger and said he never did it. And then he tested positive. Now, you know what, maybe it was a tainted [B-12 injection], who knows?”
「彼は時代環境の犠牲者だ。彼は公聴会に出席し、他人を名指しで非難する一方で、PED使用を否定した。(そういう切迫した立場で、否定せざるをえない状況を経験させられて)それから陽性反応(という事実)が出たわけだ。たぶんそれは(B12ビタミンの注射かなにか)穢れた手法だったかもしれないけど、どうなんだろうね。」

On Bonds and other ‘cheaters’:
ボンズとその他のキャラクターについて
“Bonds isn’t going to get any more votes because he was a nice guy. Because he was a jerk. But he was a hell of a player. I’m not sure that should keep you out of the Hal of Fame. If it did, there’d be a lot of guys out. I pitched against [Hall of Fame spitballer] Gaylord Perry who left fingerprints on the ball. And the umpires just laughed. So everybody’s kind of worked the system to some degree, but I think this is more of a statement of what the writers think of the whole culture.”
「ボンズはナイスガイだし、あれ以上の票を得ようとまではしてない。彼は、馬鹿なことをしたにせよ、素晴らしいプレーヤーでもあった。彼をこれからも殿堂入りから遠ざけておくべきかどうかは、わからない。もしそういうことになったら、たくさんの選手がボンズと同じ目にあうんじゃないかな。僕は、指紋がボールに残るほどの(明白な)不正投球をしていた(有名なスピットボーラーなのに殿堂入りしている)ゲイロード・ペリーと対戦した経験があるけど、アンパイアはただ笑ってただけだったさ。(そのアンパイアたちと同じように)程度の差はあれ、誰もが一定のシステムのもとで働く。(今回の殿堂入り投票の結果は)記者たちが野球文化全体に配慮した結果のメッセージというほかない。」


On what he learned from Cal Ripken Sr.:
カル・リプケン・シニアから学んだこと
“He always said, ‘there are no such things as shortcuts.’ Well, the shortcuts caught up with guys. The tragic thing to me is that if you didn’t do it, but you played in that era, there’s somewhat of an indictment. And that goes back to what the players’ union wanted. They wanted this. So there you go.”
「彼はよく『簡単に言えるようなことなんて無いもんだ』って言ってたもんさ。それは誰についても言えることだよ。悲しむべきだと思うのは、たとえPEDに手を染めていなかったとしても、ステロイド時代にプレーしていたからといって、なにがしか非難されかねない、ってことだ。この問題は結局、『(90年代当時)選手会が何を望んだか』という点に遡ることになる。選手会が、ああいう時代を望んだのさ。だからそこに行きつくんだ。」


damejima at 09:13

July 24, 2012

a lot better than you think,”
「(イチローは)君らが考えてるより、ずっと優れた選手だよ」
(FOXのシニア・ライター、ケン・ローゼンタールに、ある球団のエグゼクティブが語った言葉。Miami Marlins concede no World Series in 2012, trade players but not typical fire sale - MLB News | FOX Sports on MSN

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イチローのヤンキース移籍を知った日本人が、次にやることは、「他人がこの件をどう感じているかを知ること」だろう。

これがアメリカ人なら、なによりもまず「自分がこの件をどう感じたかを表現すること」を優先するかもしれない。国民性の違いというやつだ。


他人がどう感じているか、やたらと知りたがることの是非はともかくとして、いまの時代、スポーツ新聞の記事やテレビのコメントで垂れ流される他人の意見を鵜呑みにして、それをあたかの自分の意見みたいに吹聴してまわるような馬鹿馬鹿しいことをせずに、他人が感じているディープな感情を垣間見ようと思えば、ブログや短いツイートに表現されたものを読むだけでこと足りるものでもないことは知っておくべきだろう。

以下に例として挙げたのは、Tamblr(タンブラー)という、ちょっとアーティスティックなつくりのブログの多いSNSのツールだが、別に、このツールを宣伝するつもりで挙げるわけではない。

以下の引用例を見てもらって理解してもらいたいと思うのは、アメリカでのリアルな声だ。
彼らがTamblrならTamblrで表わす感情表現のリアルさは、必ずしもあなた方が見ているスポーツ新聞の日本人記者の書きたがる主観だらけの偏向記事と内容が違っているのはもちろんだし、MLB公式サイトのファンのマニアックで作為的なコメントとも、雰囲気がまるで違うことがわかるはずだ。
そういう偏向した人たちは、スタジアムに普通にいるファンではないし、そういう普通のファンの声を代表してもいない。

今回の移籍を他人がどう思ったか、気になるのはしかたがないとして、yahooのトップ記事や、テレビキャスターのコメントに耳を傾けるくらいなら、これを機会に、なんでもいいのだが、いままで経験ことのないコミュニケーションツールにトライして、自分で手間をかけて、リアルな「普通の人の声」を覗いてみてはどうかと思う。


きっと、さまざまな「普通の人」、特に、子供時代にイチローを知ったアメリカの若い世代の野球ファンが、どれほど今回のイチロー移籍を、哀しみ、残念がり、そして嬉しがっているかを知って、驚くことだろう。
こうした若いファン層こそ、次世代の野球を担ってくれる人たちなわけだが、そうした若い層でのイチロー支持率は高い。なぜなら、イチローは「クリーン」だからだ。

10歳に満たない子供の頃にイチローを知ったアメリカ人にとって、イチローがどれほど「特別な存在」なのかを知ってもらいたい。


Tumblrにおけるイチローに関するコメント
(以下の引用は、そのなかから抜粋したもの。ところどころにある太字は、ブログ側で添付したもの)
ichiro | Tumblr

I’ve never understood anything so emotional in a sport before… but the trade off of Ichiro Suzuki from my all time favorite team to my all time least favorite is something like the official resignation of the longest reigning idol in my life. I would be lying if I said I wasn’t chopped full of tears when I first saw him in a Yankees jersey. 11 and a half years doesn’t seem to be enough for what I believe to be the Mariner’s defining player of the 2000’s. I was only 7 years old when Ichiro joined our Emerald City team from across the sea, and as far back as my memories of the game go, they are accompanied with him. I remember my first M’s game, when I walked through the tunnel that opened to the great green field at Safeco Park and I saw Ichiro for the first time. It was a defining moment in my life. To know that I will never again step into that stadium and see him representing my city is a game changer for me. I will never look at my team, or the sport the same again.
私は今までスポーツを感情によって理解することはしてこなかった。いままでは。
でも、イチロー・スズキが私の一番お気に入りのチームから一番好きじゃないチームへトレードされたことは、人生で最も長い間、心を奪われ続けたアイドルと、正式に決別する、みたいな話だった。私はヤンキースのジャージーを着ている彼を最初に見たとき、たとえタマネギを刻んでたと、よくある言い訳をしたとしても、即座に嘘だとバレてしまうくらい、涙でいっぱいになった。11年半の歳月があったとはいえ、私にしてみれば、自分が2000年代マリナーズの絶対的存在と信じているプレーヤーと過ごす時間としては、けして十分だとは言えなかったようだ。イチローが海を渡ってこのエメラルドシティ(=シアトルのニックネーム)に来たとき、私はまだたったの7歳だった。だから、どんなに古いゲームの記憶にさかのぼったとしても、私の野球の記憶には必ずイチローの姿がある。マリナーズの試合を最初に見たときのことを覚えてる。私はセーフコの素晴らしいフィールドに続くトンネルを抜けて、初めてイチローに出会った。私の人生の絶対的な瞬間だった。私は、自分がスタジアムに足を踏み入れ、そこで彼が私の街を代表してプレーするのを見ることはもう無いのだとわかって、天地がひっくりかえる思いがした。私が自分の街のチームを見ることも、また、今までと同じ目線でスポーツを見ることも、もうないだろう。
http://cam-asher.tumblr.com/post/27899295968/ive-never-understood-anything-so-emotional-in-a


I've firmly shut the door to my room so my parents can’t see the tears rolling down my cheeks. This is the end of an era. Ichiro was the first Mariner I actively followed from his arrival here in Seattle. I was but eight years old when he burst onto the scene during the team’s magical 116-win season in 2001. I adored him. Not just for his athletic exploits, but for his character. He was above all, a humble man. He used his earnings not on flashy limos or callgirls as so many superstars now do, but on building a nice home for his parents in Japan.
頬をつたう涙を両親に見られないように、僕はドアを固く閉じた。これはひとつの時代の終わりなんだ。イチローがここシアトルに来て以来、彼は僕が積極的にフォローするようになった最初のマリナーだった。2001年にチームがマジカルな116勝を挙げたシーズンに彼が突然表舞台に踊り出たとき、僕はまだ、たったの8歳だった。僕は彼に憧れの念を抱いた。彼のアスリートとしての業績に対してだけではなく、彼のキャラクターに。特筆しておきたいのは、彼が謙虚な人間であることだ。イチローは、今のスーパースターの大半がそうしているように、けばけばしいリムジンや娼婦に稼いだ金を使うんじゃなくて、日本の両親のために素敵な家を建てることにお金を使ったんだ。

Even after the Mariners got rid of Lou Pinella and began their current tailspin, Ichiro stayed. I remember staying up late to watch him break the single-season hits record, how gracious he was to the crowd―a crowd that had lacked anything to root for during a progression of 90- and 100-loss seasons. He was the only reminder of our glory days. He was the only player who, even as he began to decline, inspired hope and excitement in my eyes. That’s why it hurts so much to see him leave. My hope for the direction that the team’s owners will follow has gone with him.
マリナーズがルー・ピネラを解任して、チームの急降下が始まっても、イチローは留まってくれた。彼がシーズン最多安打のMLB記録を破るのを見るために、夜遅くまで起きていたのを、よく覚えてる。彼が観客に対して、どれだけ礼儀正しかったことか。観客は、90敗とか100敗とか大敗シーズンが続く中で、何に対して熱くなればいいかわからなくなっていた。彼、イチローだけが、栄光の日々を思い起こさせるものだったんだ。彼は、たとえ衰えを感じさせはじめたときですら、僕の目には前向きの希望と興奮を感じさせる、唯一のプレーヤーだった。彼が去っていくのを見て僕が酷く傷ついたのは、そういう理由からだ。チームのオーナーがイチローをサポートしていくという僕のチーム運営に対する希望は、チームを去る彼とともに終わりを迎えてしまった。

Domoarigato, Ichiro-san. Wherever you go, you will always be a Seattle Mariner to me.
「ドウモ、アリガトウ、イチローサン」。あなたがどこに行こうと、常にあなたこそが、「僕にとってのシアトル・マリナーズ」だよ。
College Student Craving Travel • Devastated.


Sad to see you go, Ichiro. Forever my favorite. Thank you for the memories and good luck in NY!
イチロー、あなたが去っていくのを見るのは、悲しい。永遠に私のお気に入りです。思い出をありがとう。ニューヨークでの幸運を祈ります!


You will forever be my childhood idol, even if you play for my home team or not. I wish you well.
たとえあなたが私のホームタウンのチームでプレーしようと、そうでなかろうと、あなたは永遠に私の子供時代のアイドルであり続けるのです。あなたの無事を心から祈っています。
✞ I WAS MADE JUST LIKE THIS ✞ | Ichiro





damejima at 21:34
イチローヤンキース移籍!
言いたいことはありすぎる。
とにかく、めでたい。
Ichiro Suzuki Acquired by Yankees From Mariners - NYTimes.com

Yankees acquire 10-time All-Star Ichiro Suzuki from Seattle, outfielder goes 1-for-4 in Bombers' 4-1 win over Mariners  - NY Daily News


そう。
椎名林檎も歌っているように、
時代なんて自分で造っていけばいいんだ。

イチローの記念すべきヤンキースで最初のメンバー表
記念すべきヤンキースでの最初のメンバー表。
「8番ライト イチロー」。

Ichiro's Yankees debut(MLB公式サイト動画)
http://mlb.mlb.com/video/play.jsp?content_id=23295039&topic_id=&c_id=mlb&tcid=vpp_copy_23295039&v=3







「未来は不知顔さ、自分で造っていく。」
 多分あなたはそう云うと判っているのに
 ほんのちょっとざわめいた朝に声を無くすの

 私はあなたの強く光る眼思い出すけれど
 もしも逢えたとして喜べないよ
 か弱い今日の私では
 これでは未だ厭だ


「答えは無限大さ、自分で造っていく。」
 枯れ行く葉が相変わらず地面を護っている
 そんな大地蹴って歩いては声を探すの

 私はあなたの孤独に立つ意志を思い出す度に
 泪を湛えて震えているよ
 拙い今日の私でも

 明日はあなたを燃やす炎に向き合うこゝろが欲しいよ
 もしも逢えたときは誇れる様に
 テレビのなかのあなた
 私のスーパースター

word by Ringo Shiina(東京事変)



いわゆる「イチメーターの人」として、日本のMLBファン、特にイチローファンで知らない人はいないのが、セーフコのライトスタンド最前列でいつも観戦して応援してくれたエイミー・フランジさんだが、彼女は今日はじめてイチローにサインをもらった
しかも、「イチメーター」のボードに。
イチローがエイミーさんに初めてサインしたという「イチメーター」

イチメーターにサインするイチロー

イチローからサイン入りのイチメーターを受け取るエイミーさん

サインされた「イチメーター」を受け取って涙ぐむエイミーさんサインされた「イチメーター」を受け取って涙ぐむエイミーさん

サインされた「イチメーター」を受け取って涙ぐむエイミーさん 2





イチローはその後、ボールもスタンドにいるエイミーさんに投げ、グラブを持ってスタジアムに来ているエイミーさんが見事にキャッチ。スタジアムに集まったヤンキースのファンからも、マリナーズのファンからも、やんやの喝采を受けた。

これが、そのボール。

イチローがエイミーさんに投げ、グラブにおさまったボール


http://mlb.mlb.com/video/play.jsp?content_id=23294615&topic_id=&c_id=mlb&tcid=vpp_copy_23294615&v=3

スタンドにいるエイミーさんにボールを投げるイチロー

イチローの投げたボールをグラブでキャッチしたエイミーさん






エイミーさんの応援がどれほど、日本のイチローファンを励まし、力づけたことだろう。

この日のイチローの「もてなし」を受ける権利が、
彼女にはある。

ありがとう、エイミーさん。
ヤンキースのイチローもよろしく。


試合後のインタビュー。
Ichiro on playing for Yankees(MLB公式サイト動画)
http://mlb.mlb.com/video/play.jsp?content_id=23294935&c_id=mlb


試合前にヤンキースの選手として初めてケージに入るイチロー
試合前のバッティング練習で、
ヤンキースの選手として初めてケージに入るイチロー。

礼に始まり礼に終わる日本人、イチロー
礼に始まり礼に終わる日本人。
それがイチロー。

damejima at 14:55

June 20, 2012

チェイス・フィールドで行われた2012年6月19日のアリゾナ戦で、イチローが、第1打席でセンター前ヒットを放ち、MLB通算2500安打を達成した。その後も、2本の二塁打を含む4安打2打点の活躍をみせ、延長10回表のダメ押しタイムリーツーベースで接戦を締めくくってみせた。



イチローMLB通算2500本安打達成


動画Ichiro's historic night
Seattle Mariners at Arizona Diamondbacks - June 19, 2012 | MLB.com Video

動画Seattle Mariners at Arizona Diamondbacks - June 19, 2012 | MLB.com Classic

チーム公式サイトIchiro Suzuki back in lineup, collects 2,500th hit | Mariners.com: News

MLB公式サイトSeattle Mariners at Arizona Diamondbacks - June 19, 2012 | MLB.com SEA Recap

ESPNSeattle Mariners vs. Arizona Diamondbacks - Recap - June 19, 2012 - ESPN

Ichiro Milestone: Fourth Fastest To 2,500 Hits | Seattle Mariners

かつてイチローのチームメートだった対戦相手アリゾナの1番打者ウィリー・ブルームクイストの試合直後のコメント

"You can sit and analyze Ichiro's swing until you are blue in the face and you are never going to figure it out," said D-backs shortstop Willie Bloomquist, who spent seven years with Suzuki in Seattle.
イチローのスイングは、たとえ腰を落ち着けて、精も根も尽き果てるまで分析したとしても、けして理解することなんてできないさ。」と、イチローとシアトルで7シーズンを過ごしたダイヤモンドバックスのショートストップ、ウィリー・ブルームクイストは言う。

"He cues the ball off the end of the bat for a double down the line. There is no rhyme or reason for it. You try to play him opposite way a little bit assuming he is going to slap a ball in the hole, and it's a 10-hopper up the middle that gets through.
「彼は、まるでビリヤードのキューでボールを突くみたいにバットの先端を使ってライン際に二塁打を打った。あれを言葉で説明するなんて不可能だ。
もし、イチローがボールを叩きつけてゴロをレフト方向に打って出塁しようとしていると仮定して、(レフト打ちさせない配球をするとか)ちょっと違うアプローチで彼を手玉にとろうとしても、こんどは野手の間をセンターに抜けていく地を這うようなヒットを打たれるんだ。」
(ブログ注:
slap slap hitterは、主にソフトボールなどでよく使われるバッティング用語。左バッターが走り出しながらボールをレフト方向に「大きく跳ねるゴロ」を打ち、出塁する技法。打球が大きくバウンドする点に特徴がある。
hopper:a hit that travels along the ground. 「地を這うような」ゴロのヒットのこと。「大きくバウンドする打球」であるslap hitとは180度対称的な打球)

"That's just the element he brings to the game. You can't cheat too much one way or the other with him, because he is that good, where he is able to find holes and figure out ways to get hit. He hasn't gotten 2,500 hits over here for nothing. He's obviously a craftsman at work all the time when he is up there."
「そういうものにしたって、彼の野球スタイルのほんのひとつの要素に過ぎない。どうにかして彼の目をくらまそうとしたって、うまくはいかない。なぜって、彼は(どんなに包囲網をしこうと、必ず)突破口をみつけ、ヒットを打つ方法をみつけることができるからなんだ。
イチローは、何もしてないのに2500ものヒットを打てたわけじゃないんだよ。彼は言うまでもなく職人だ。常にトップクラスにいるかぎり働き続ける職人なんだよ。」

Ichiro gets to 2,500, spoils D-backs' big game


His 3,778 hits are the third-most among professional players in either country, seven more than Henry Aaron and trailing only Pete Rose (4,256) and Ty Cobb (4,191).
「彼の(日米通算)3778本のヒットは、日米両国を通じて3番目に多い。ハンク・アーロンよりも7本多く、彼の上にいるのはもはや、ピート・ローズ(4256本)、タイ・カッブ(4191本)の、たった2人だけだ。」

Notebook: Ichiro gets 2,500th hit for Seattle » The Commercial Appeal



イチローの2500安打は、試合数ベースで見ると、史上4番目の達成スピードと安易に言う人がいるわけだが、ブログ主の考えは違う

「近代野球の2500安打」においてはイチローが、議論の余地なく、ナンバーワンだ。

これは身内を贔屓して言うのではない。上位3人の時代の野球は、今とはスタイルや試合のシステムも違う。

例えば、上位3人が2500安打を達成した20世紀初頭のMLBは「1シーズンのゲーム数」が、現在のMLBより少ない。また、それらは、セントルイスよりも西にはMLB球団がまったく無かった「MLBのフランチャイズが非常に狭いエリアに固まって限定して存在していた時代の記録」だ。

なにか、現在よりゲーム数が少ない時代に2500安打を達成したほうが偉いとか、勘違いしている人が多数いるようだが、20世紀初頭のMLBはシーズン中の試合の開催密度が現在より低く、また、チームの移動距離の負担もずっと小さい。
そういう「現在より、はるかにのんびり野球をプレーしていた時代の記録」を、「近代野球」に含めて考え、イチローの2500本安打を「達成にかかった試合数では、近代野球では4番目」とするのは、あまりにも安易すぎる。


だから、ブログ主は、たとえ20世紀初頭のMLBの1シーズンの試合数が現在よりもほんの少しばかり少ないにしても、「近代野球における2500安打」というとき、真に「近代野球」と言えるのは、MLBが1950年代以降に西海岸に向かって次々と拡張された結果、「全米全域に球団が点在するようになって、MLBが真の意味で全米レベルでの拡張を終えて以降」を、「近代野球」と考える。

だから、イチローのこの「たった12シーズンでの2500安打達成」という記録の「密度」は、近代野球として初めて達成された快挙といってよく、Unbreakable 今後も破られることはない記録だ。
現実に、連続したシーズンで打ったヒット数は、連続した4シーズンのヒット数から、果ては連続12シーズンで打ったヒット数まで、どこをとっても、イチローがMLB歴代ナンバーワンなのだ

MLB連続シーズン安打数記録(歴代)

連続4シーズン
1位 930本 イチロー (2004-2007年)
2位 918本 Bill Terry (1929-1932)
3位 899本 George Sisler (1919-1922)

連続5シーズン
1位 1143本 イチロー (2004-2008)
2位 1118本 Chuck Klein (1929-1933)
3位 1103本 Bill Terry (1928-1932)

連続6シーズン
1位 1368本 イチロー (2004-2009)
2位 1313本 Willie Keeler (1894-1899)
3位 1301本 Jesse Burkett (1896-1901)

連続7シーズン
1位 1592本 イチロー (2001-2007)
2位 1526本 Jesse Burkett (1895-1901)
3位 1517本 Willie Keeler (1894-1900)

連続8シーズン
1位 1805本 イチロー (2001-2008)
2位 1719本 Willie Keeler (1894〜1901)
3位 1713本 Jesse Burkett (1894〜1901)

連続9シーズン
1位 2030本 イチロー (2001〜2009年)
2位 1905本 Willie Keeler (1894-1902)
3位 1891本 Jesse Burkett (1893-1901)

連続10シーズン
1位 2244本 イチロー (2001-2010)
2位 2085本 Rogers Hornsby (1920-1929)
3位 2074本 Paul Waner (1927-1936)

連続11シーズン
1位 2428本 イチロー (2001-2011)
2位 2293本 Paul Waner (1927-1937)
3位 2265本 Pete Rose (1968-1978)

連続12シーズン
1位 2500本以上 イチロー (2001-2012)
2位 2473本 Paul Waner (1926-1937)
2位 2473本 Pete Rose (1968-197)



試合数ベースでイチローより達成スピードの速い3人の打者のうち、アル・シモンズと、ジョージ・シスラーの2人は、3000本安打を達成しないまま引退している。(シモンズ2927本、シスラー2812本)
イチローが次なる目標として目指す3000本安打という金字塔は、本数として凄い記録なのも確かだが、記録達成スピードとして、とてつもない記録になるのは間違いない。

通算2500安打達成スピード (試合数ベース)

アル・シモンズ   1784試合 1924-1936年
1936年9月14日達成
Al Simmons Statistics and History - Baseball-Reference.com

タイ・カッブ     1790試合 1905-1918年
1918年8月16日達成
Ty Cobb Statistics and History - Baseball-Reference.com

ジョージ・シスラー 1808試合 1915-1928年
1929年5月18日達成
George Sisler Statistics and History - Baseball-Reference.com

イチロー      1817試合 2001-2012年
2012年6月19日達成
Ichiro Suzuki Statistics and History - Baseball-Reference.com

(以下はイチローより達成スピードの遅い選手)

ポール・モリター
1825試合 1938年6月3日達成

ロジャー・ホーンスビー
1846試合 1929年5月7日達成


通算2500安打達成スピード (シーズン数ベース)

イチロー  2001-2012年
        12シーズンで2500安打達成
ジョージ・シスラー 1915-1928年 13シーズンで2653本
アル・シモンズ   1924-1936年 13シーズンで2514本
タイ・カッブ     1905-1918年 14シーズンで2522本



それにしても、今日も今日とて、監督エリック・ウェッジのおかしな選手起用がみられた。

5回表、8-5と3点リードの2死ランナー無しの場面で、ここまで5失点と単調なピッチングの先発ピッチャー、エラスモ・ラミレスに打席が回ってきたのだが、ここで監督ウェッジは、代打は出さずに、投手であるラミレスをそのまま打席に立たせた。(結果は、もちろん凡退)

普通、投手に代打を出さなかったのだから、たとえアリゾナ打線に好きなように打たれまくっている防御率5点台のさえない先発投手であっても、3点リードしたわけだし、交代させずに、もう1イニングくらい引っ張って使う気持ちになったのか? とか、思うわけだが、なんと、ウェッジは、投手のラミレスが凡退し、チェンジになった直後の5回裏に、ピッチャーを岩隈に交代させたのだ。

まぁ、なんというか、長いこと野球も見てきたが、DHのないリーグの試合終盤に、こんなわけのわからない投手起用をする監督を、初めて見た。

DHのない場合の選手起用」ってものが、まったくわかってないままインターリーグに臨んている、としか思えない。
さすが、ダスティン・アックリーのボブルヘッドデーに、当のアックリーをスタメン起用せず、不可解に思った記者に理由を聞かれて「メモするのを忘れた」などと、わけのわからない言い訳をする「イっちゃってる監督」なだけはある。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2012年5月25日、アックリーのボブルヘッドデーに当のアックリーを先発からはずした理由を聞かれて、「メモし忘れた」と子供だましの言い訳したファン軽視の最高の馬鹿監督、エリック・ウェッジ。


damejima at 15:24

June 10, 2012

猪口日本では節句それぞれに独特の行事がある。季節や区切りというものを意識しながら暮らしていくのが、四季の推移の中で暮らしていく日本の暮らしというものだ。
たとえば新しい季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日を節分といい、季節の変わり目には邪気が現れるともいわれ、それを追い払う為に豆がまかれたりする。
変わり目は単なる通過点でしかないのは確かだから、大つごもりのように丸めた餅を飾るまでのことを毎度していては大袈裟だが(笑)、必要と感じたならお払いしてもいい。節目にお払いをする行為はきちんと日本の古式にかなったふるまいだからだ。

もちろん祝いたいなら誰に遠慮することなく
好きなだけ祝えばいい。
ただ、なにも祝うだけが節目ではない。
区切り、というものを、何事もなく無事にやり過ごせることも
とても大事なことなのだ。


イチロー、2012年6月9日のドジャース戦で、クレイトン・カーショーから初回に打った今シーズン66本目のヒットで、日米通算安打は3772本。これで順調にハンク・アーロンの3771本を越え、あとはタイ・カッブピート・ローズだけが上にいる。

Los Angeles Dodgers at Seattle Mariners - June 9, 2012 | MLB.com Classic

2012年6月9日イチロー日米通算安打3772本ハンクアーロン越え


さあ。
酒を地に撒いて邪気を払ったら、ひとくち、口に含んで
新しい目標に出発だ。

土俵開き


damejima at 11:36
combined no-hitterが達成された2012年6月8日ドジャース戦の3本のヒットを加えると、イチローの今シーズンのヒット数は65本。

日本時代の9シーズン1278本、MLBでの2011年までの11シーズン2428本を加えた日米通算20シーズン3706本に、今シーズンの65本を加算し、合計は3771本。

この3771本は、MLB歴代3位のハンク・アーロンの本数と同数だ。


イチロー自身が日米通算記録については「もういいんじゃないですか」とコメントしているのは、たしかにその通りだから、ハンク・アーロンのヒット数に日米通算で並んだことについて、どうせ通過点でしかないこともあるし、あえて大騒ぎする必要もないとは思うが、それにしたって、よくここまで到達したものだと、感慨を抱くくらいは許されていいだろう。


日本時代の9シーズンの平均ヒット数は、ちょうど142本。
そしてMLB11シーズンの平均ヒット数は、220.72本。

210安打した1994年は、1試合あたり、1.6154
262安打した2004年は、1試合あたり、1.6273
日米問わず、1試合当たり約1.6本。不思議な一致である。


MLBのみでの通算ヒット数の目標は、殿堂入り選手では、レジー・ジャクソンの2584本(21シーズン)を今シーズン中に抜けるかどうかという感じだが、もちろんこれも単なる通過点。
来シーズン以降、ジミー・フォックス2646本(20シーズン)、テッド・ウィリアムス2654本(19シーズン)、ルイス・アパリシオ2677本(18シーズン)、ルー・ゲーリッグ2721本(17シーズン)、ロベルト・アロマー2724本(17シーズン)などが次々にターゲットに入ってくる。

だが、イチローがMLBのキャリアが、まだ12シーズンであることを考えると、本当の当面のライバルは、たった15シーズンで2812本を打ったジョージ・シスラーの「ヒットを生産する速度」かもしれないと思ったりもする。

そのシスラーでも、
シーズンあたりのヒット数は、187.46本。

MLBにおけるこれまでの11シーズンで、平均ヒット数220.72本というイチローの「ヒット生産スピード」が、いかにずば抜けているかが、非常によくわかる。

スポーツ・イラストレイテッドのJoe Posnanskiが2010年に書いたコラムを読めば、日米通算の数字といえども、ことイチローに関してだけは、たとえアメリカのスポーツライターとはいえど、一目置いていることがよくわかると思う。
Seattle Mariners' Ichiro Suzuki is one-of-a-kind player - Joe Posnanski - SI.com

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年3月26日、The Fielding Bible Awards選考委員で、2007年CASEY Awardを受賞しているスポーツ・イラストレイテッドのJoe Posnanskiがイチローを絶賛した記事の翻訳を読んでみる。

damejima at 02:38

March 06, 2012

まぁ、この記事を読む前に、ブライス・ハーパーの体格について、念を押しておこう。6フィート3インチ(約190.5cm)、225ポンド(約102.1kg)。
Nationals Buzz: Bryce Harper channels ... Ichiro?


グレープフルーツリーグで既に7打数4安打と好調のハーパーだが、打ったヒットが、ホームランでも目の覚めるようなライナーでもなかったことから、ナッツのビート・ライターにいちいちインタビューされた。スター候補もいろいろと大変なのだ(笑)
(Natsはナショナルズの略。球団名を短縮するタイプのニックネームには他に、Cards、Yanks、Pads、BoSox、ChiSox、Tiggs、Rocks、Philsなどがある)
List of baseball team nicknames - Wikipedia, the free encyclopedia
History of baseball team nicknames - Wikipedia, the free encyclopedia


まぁ低迷を続けてきたチームが今後浮上するかどうか、ストラスバーグやジマーマンと並んで、命運のかかった選手のひとりだけに、ナッツのビート・ライターが長打を期待したくなる気持ちもわからないでもない。
だが、当の19歳ブライス・ハーパーは、というと、「500フィート(=約152.4メートル)飛ぼうが、20フィートだろうが、ヒットはヒットさ。」と、どこ吹く風で笑い飛ばした(笑)

"They're hits. That's all that matters," Harper said following tonight's game. "If they're on the ground, through the hole, up the middle or anything like that, they're hits. That's all that matters to me. It doesn't really matter if it goes 500 feet or if it goes 20 feet. If it's a hit, it's a hit."

The 6-foot-3, 225-lb. Harper channeled Mariners outfielder Ichiro Suzuki (who checks in at 5-foot-11, 170 lbs.) by getting somewhat of a running start in the box(一部略)

"I tried to Ichiro it," a smiling Harper said. "I just tried to put the bat on the ball, and it happened and I just started running."


ここでいうIchiroという単語は、人の名前、つまり名詞として使われているのではなくて、「イチローのようにヒットを打つ」という意味の動詞として使われている。

では、「イチローのようにヒットを打つ」とは、この場合どういう意味か。

この記事を書いたライター自身も running start in the box 「ボックスの中で走りながら」と書いているが、なによりブライス・ハーパー自身が解説してくれている。

it happened and I just started running. 
「バットにボールが当たった瞬間に走り出すのさ」



上の記事を書いたナッツのビート・ライターは、ハーパーなりのユーモアがわからなかったらしく、記事に Bryce Harper channels ... Ichiro? なんてわけのわからないタイトルをつけてしまっているわけだが、もちろん、ハーパーのコメントを、彼が将来イチロー風のプレースタイルを目指しているとか、そういう意味でとる必要はない。
ハーパーは、スプリングトレーニングでちょっとホームランやライナーが出ないだけで、いちいちやきもきする地元メディアの「せっかちさ」を軽くおちょくってみせているだけのこと。

だが、まぁ、その一方では、「僕にはどんなプレースタイルだってできる。例えばタイプが違うと思われているイチローのようなプレースタイルだって、できるんだ。だから記者さん、細かいことを気にしなさんな」という、自負の現れとでもいう面も見え隠れしているし、また、イチローのようなスピード溢れるプレースタイルについて、彼が一定の敬意も持ち合わせていることもわかる。


何がブライス・ハーパーらしいヒットか、とか、体格のいい選手は全員ホームランを狙えとか、そういうわけのわからない決め事を増やして、いちいち選手を自分の価値観で縛りたがるのは、メディアのライターや重箱の隅をつつきたいファンの側であって、実際にグラウンドでプレーして、常に結果を求められているプレーヤー当人にはまるで関係ない。雑音でしかない。
そのことに、いい加減、日本のメディアやファンも気づいてもいい頃だ。

damejima at 21:42

February 29, 2012

1. Zack Wheat   221(1925) HOF
2. Tony Gwynn   220(1997) HOF
3. Ty Cobb      211(1924) HOF
4. Pete Rose     198(1978)
5. Eddie Collins   194(1924) HOF
5. Dummy Hoy    194(1899)
7. Kiki Cuyler     185(1936) HOF
8. Ichiro Suzuki  184(2011)
9. Hal McRae     183(1983)
10. Doc Cramer   182(1943)
Batting Leaders Before, During and After Age 37 - Baseball-Reference.com

これ、何かというと、「37歳という年齢で打ったヒット数の、MLB歴代ベストテン」だ。ソースは、MLBデータの殿堂、Baseball Referenceである。
下記リンクのAge-Based Leaderboardsという項目に、18歳から43歳まで、投打の様々な記録を年齢別に集計したデータが集められている。さすがBaseball Reference。素晴らしい記録集である。
MLB & Baseball Leaders & Records - Baseball-Reference.com


2011年に200安打が達成できなかったことから、メディアにやれ不振だのなんだの、わけのわからない心配をされた37歳のイチローだが、2011年37歳で打ったシーズン安打数186本は、実は「MLBの過去から現在に至るまで、全ての37歳のバッター」において「MLB歴代8位」だったりする。
(イチローの誕生日は10月22日なので、毎年シーズン終了後に年齢がひとつ増える。だから、MLBでのそれぞれのシーズンにおける年齢表示は、イチローにとって誕生日前の年齢ということになる)

2012年のイチローに、何を心配することがあるだろう。
くだらない。


じゃ、前年2010年の36歳のイチローのヒット数、214本は、MLB史において、どういう意味があったか。

MLB歴代2位」。

1. Sam Rice      216(1926) HOF
2. Ichiro Suzuki  214(2010)
3. Zack Wheat   212(1924) HOF
4. Paul Molitor    211(1993) HOF
5. George Sisler   205(1929) HOF
6. Pete Rose     204(1977)
7. Bill Terry      203(1935) HOF
8. Randy Velarde  200(1999)
9. Babe Ruth     199(1931) HOF
10. Luke Appling   192(1943) HOF
Batting Leaders Before, During and After Age 36 - Baseball-Reference.com

2010年36歳のイチローは214本のヒットを打ってシーズン200安打を達成したが、この36歳でシーズン200安打を達成したバッターは、長いMLB史においても、わずか8人しかいない
また、後で書くが、MLB史において36歳という年齢でシーズン200安打を達成したバッターが「10人以下」であるということは、実はMLBの選手のキャリアにとって、36歳という年齢が非常に意味のあるターニングポイントであることを如実に示している。


ついでだから、2001年にMLBデビュー以降、イチローの年齢それぞれにおけるMLB歴代ヒット数ランキングにおける順位をすべて挙げておこう。面白いことがわかるはずだ。

2001年 27歳 2位(1位 ジョージ・シスラー)
2002年 28歳   10位以内に入れず
2003年 29歳   10位以内に入れず
2004年 30歳 1位(2位 Matty Alou)
2005年 31歳   10位以内に入れず
2006年 32歳 5位
2007年 33歳 1位(2位 ロジャー・ホーンスビー)
2008年 34歳 6位
2009年 35歳 2位(1位 Nap Lajoie、Sam Rice)
2010年 36歳 2位(1位 Sam Rice)
2011年 37歳 8位


新人にして242安打を打ち、ア・リーグMVPに輝いた2001年(27歳)。262安打のシーズン最多安打記録を打ち立てた2004年(30歳)。238安打を打って2度目のシルバースラッガー賞に輝いた2007年(33歳)。これらのシーズンのイチローのMLB歴代ランキングが高いことは、誰でも簡単に想像がつく。

だが、むしろ面白いのは、イチローが32歳で迎えた2006年以降、それぞれの年齢時点におけるMLB歴代ヒット数ランキングから、ただの一度も落ちたことがないということだ。

逆にいうと、27歳でメジャーデビューして5年目までの「若い」イチローは、同じ年齢のMLB歴代バッターのヒット数ベストテンに、2度しか入れなかった。
イチローがMLBにおいて、他のあらゆる時代の同世代プレーヤーを置き去りにするほど抜きんでたチカラを発揮したのは、実は、31歳までの「若くて華々しいイチロー」ではなくて、2006年以降の「30代になり、MLBで揉まれてさらにひとまわり大きく成長したイチロー」だ、とも言えるわけだ。

面白いものだ。



ちなみに、イチローが2010年まで10年続けてきたシーズン200本安打という記録の持つ価値のひとつは、MLBの全バッターを、「年齢」という観点で見たときに、はじめてわかる部分もある。

シーズン200安打という記録は実は、それが大記録ではあるにしても、「35歳」までのプレーヤーでは、どの年齢においても、MLB史においてそれぞれ10人以上のバッターが達成している。ところが、「ある年齢」をターニングポイントに、急激に様子が変わる。

それが「36歳」だ。

「36歳」でシーズン200安打以上を達成したのは、8人と、MLB史において初めて「10人以下」になる。イチローもその名誉あるひとりだ。
これが、「37歳」になるとさらに激減して、わずか3人になり、38歳では3人、39歳1人、40歳1人。そして41歳以上でのシーズン200安打は、誰も達成していない。
「37歳以降に200安打を達成したバッター」は、MLB史を通算しても、合計7人しかいないのである。(のべ人数は8人だが、Sam RiceがMLBで唯一2回達成しているために、達成者数は7人ということになる)

「37歳以降」のシーズン200安打達成者リスト

37歳
Zack Wheat(221本)
Tony Gwynn(220本)
Ty Cobb(211本)
38歳
Pete Rose(208本)
Jake Daubert(205本)
Sam Rice(202本)
39歳 Paul Molitor(225本)
40歳 Sam Rice(202本)


37歳以降にシーズン200本安打を、それも複数回達成したバッターは、20世紀初頭のワシントン・セネタースの名選手、Sam Rice、ただひとりだ。
37歳以降にシーズン200安打を達成したプレーヤーはほかに、球聖タイ・カッブはじめ、サム・ライス、ザック・ウィート、トニー・グウィン、ピート・ローズ、ポール・モリターと、殿堂入り選手のオンパレードだが、その彼らですら、「37歳以降」はシーズン200安打をそれぞれ一度ずつしか達成できなかったのである。(ちなみに殿堂入りしていないドーバートも、首位打者2回、1966年レッズ球団殿堂入り、1990年ドジャーズの球団殿堂入りの名選手)



ファンは、常に身の程知らずの貪欲な生き物だ。
だから、プレーヤー側の、まるでイノチを削るような過酷な努力も知らずに、身勝手なことばかり言う。残念ながらブログ主も例外ではない。

正直言うとブログ主は、2011年、37歳で、もしイチローがシーズン200安打を達成していたら、と、今でも思ってはいる。前人未踏の11年連続200安打が達成できたばかりではなく、37歳以降に200安打を達成したMLB史に残る黄金の7人の仲間入りができなかったのが、残念でならない。


だが、37歳以降の200安打へのトライがどれほど大変なことか、知れば知るほど、37歳以降だからこそシーズン200安打を達成しておいてもらいたいと思う。

困難な記録だ。
だからこそ、イチローに求めたくなる。

他のプレーヤーになら、こんな無茶苦茶にハードルの高い要求など、しようと思わない。球史に残る不世出のプレーヤーだからこそ、他の、誰よりも高いハードルを越えてくれることを、心から願わずにいられないのだ。3番を打つかどうかなんて些末なことは、正直、どうでもいい。



イチローのトライする「38歳以降の世界」は、前にも一度書いたことだが、これまでごく少数の野手しか登頂できなかった頂点だ。そもそも、登頂の機会そのものが、100数十年のMLB史において、ごくわずかな人数のプレーヤーにしか与えられてこなかった。イチローのこれからの道のりが、チョモランマ的な最高峰の頂上を極めようとする、非常に困難な道のりなのはわかっている。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年9月26日、3000本安打を達成する方法(1) 4打数1安打ではなぜ達成不可能なのか。達成可能な選手は、実はキャリア序盤に既に振り分けが終わってしまうのが、3000本安打という偉業。

しかし、イチローファンとして言うと、彼ほどのプレーヤーに期待する内容に、自分自身で手加減、手ごころを加えるようになったら、それこそ、おしまいだ。
ブログ主は、通算3000本安打達成はもちろん、「メジャーで7人しか達成していない38歳以降のシーズン200安打」にトライすることを、ファンとして、イチローに要求したいと思う。まずは1度でいいから達成してもらいたいし、もし2度達成できれば、もう絶句。何も言うことはない。
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damejima at 22:03

December 11, 2011

今年からブログ左上のデザインを変え、Play Cleanというアメリカで行われているスポーツキャンペーンに関するリンクを張るようにしている。「プレイ・クリーン」とは、年端の行かない高校生レベルにもステロイドが蔓延しているアメリカにおける反ドーピング・キャンペーンである。

というのも、明らかに、去年までアベレージヒッターだった選手が突然ホームランバッターになったりする最近のMLBは「変わった」と感じているからである。
「変わった」と思っているからこそ、ドーピングをした選手を批判したり無視するとかいうような直接的批判だけではなくて、オールスター投票の歪み、メープル・バットの問題、来年からMLBで始まるヒト成長ホルモン検出のための血液検査の話題、ホームランを必要以上に称揚するスタッツの問題点の指摘など、さまざまな角度から、「MLBのプレーの質を、2000年代の『イチロー時代』以前に戻そうとするかのような動きに関する指摘や牽制」、あるいは「必要以上にホームランを強調しよう、称揚しようとする考え方やスタッツに対する批判」を展開しているのである。
Do you want to make the shameful "Steroid Home Run Age" recurring? というメッセージはこのブログで作ったもので、「あの恥ずべき『ステロイド・ホームラン時代』に戻りたいのか?」という意味だ。

ライアン・ブラウン(ミルウォーキー・ブリュワーズ)ミルウォーキー・ブリュワーズはかつて現シアトルGMのズレンシックがスカウト部長、GM特別補佐として在籍していたチームで、ライアン・ブラウンもズレンシックの発掘した選手のひとり。もともとア・リーグ所属だったが、1998年のエクスパンジョンでナ・リーグに編入。2011年に編入以降初となる地区優勝を決めたが、もしドーピングが事実なら、ひさびさの優勝に泥が塗られたことになる。

今年のナ・リーグMVPを獲得したミルウォーキー・ブリュワーズのライアン・ブラウンPED(performance-enhancing drug)に関する陽性というニュースが飛び込んできた。この件に関する真偽はまだわからない。



USA Today
Ryan Braun tests positive for PED, says 'It's B.S.'

ESPN
Ryan Braun of Milwaukee Brewers tests positive for performance-enhancing drug - ESPN


PED、というとわかりにくい。要するに、「バリー・ボンズと同じような意味の、競技能力を向上させるドーピングをやった」ということだ。

ライアン・ブラウン本人は、いまのところこの件について、アメリカの全国紙USA TODAYのインタビューにこう答えている
"It's B.S."

B.S.というのは、"Bull S**t"(犬の****)という言葉。(後半の4文字の単語は、いわゆる4レターワードで、公の場所で子供を含めた他人の目に触れる場所で発言すべきことではない)。つまりライアン・ブラウンは、たいていのドーピング事件でそうであるように、今のところ「俺がドーピング? ありえねぇよ、くそったれが!」と言っているわけだ。

PED(performance-enhancing drug)というのは、あらゆるドーピングを指す広い意味の用語ではない。ほとんどの場合、狭義の筋肉増強剤や、ヒト成長ホルモンなどによるドーピングを指す。つまり、選手、アスリートの競技能力を、直接増強させる効果のある薬物を使って、競技結果をダイレクトに向上させる悪質なドーピンを指すのである。
Performance-enhancing drugs - Wikipedia, the free encyclopedia)
Although the phrase performance-enhancing drugs is typically used in reference to anabolic steroids or their precursors, world anti-doping organizations apply the term broadly.


このライアン・ブラウンの件に関する真偽が、クロであれ、シロであれ、このブログでのMLBのドーピングにまつわる批判は、これからもあらゆる面で続けていくつもりだ。

damejima at 11:34

July 04, 2011

正直、人に負けるのが死ぬほど嫌いだ。

だから、10年MLBのトップを張ってきたイチローが今年のオールスターに出ないことについては、色々と書きたいことがある。
だが、まぁ、わかりやすいことから書いていかないと、時間もないことだし、整理している暇はない。思いつくことから書いていくことにする。


世間の反応を見ていると、「イチローが衰えて成績が下降したので、なんたら、かんたら」とか、「イチローの動態視力がどうたら、こーたら」とか、そういう、根拠もソースも無いことを言っては悦にいっている、ちょっとおかしな人間と、彼らの戯言(ざれごと)に影響されている気の弱い人間だらけなことに驚く。

正直、その程度の話では、ブログ主がへこたれる理由には、まるでならない。
もしかすると、どっかの誰かが今回のオールスター投票について、よほどシャープな意見でも書いてくれて、ブログ主をへこたれさせてくれるのかと思えば、誰もそんなこと書いてもくれない。

なんだか、世間のレベルの低さには、
いつもガッカリさせられる。


まぁ、まずは、このグラフでも見てもらおう。
いつものようにグラフをクリックすると別の窓が開いて、もっと大きくて鮮明にわかるグラフが現われるようになっているので、あらかじめ大きなグラフを開いておいてから記事を読むことをおススメする。

2001年〜2011年のMLBオールスター投票数の推移
2001年〜2011年のオールスター得票数推移


グラフで
赤色が、イチローの得票数。
緑色が、ア・リーグでトップなったの外野手の得票数。
青色が、ナ・リーグでトップになった外野手の得票数。

まず、イチローの得票数を、よく見てもらいたい。、
例年と比べて大きく減っている事実は、どこにもない」。

減るどころか、2011年の得票数は、イチローがMLBオールスターに連続出場してきたこの10年間と比べても、むしろ「やや高い得票数」に属している。
2011年の得票数を越えているのは、メジャーデビューしてセンセーションを巻き起こした2001年、シーズン最多安打記録を更新して感動を呼んだ翌年の2005年、そして2009年の、わずか3回しかない。
めんどくさいので計算してはいないが、おそらく2001年〜2011年のオールスター投票の平均値を計算すると、たぶん今年2011年くらいの数字になると思われる。

もう一度、きちんと書く。
2011年オールスター投票でのイチローの得票数は
まさに「例年並み」である。


イチローがファン投票で落選した最大の理由は簡単だ。
グラフをみてもらえばわかる。

ア・リーグの外野手への投票数が異常だった」からだ。


外野手トップの得票数に関していえば、2001年以降の10年間、MLBオールスターの投票数は、最高得票数は400万票を少し越えたあたりまでしかいったことがない。
加えて、
ア・リーグとナ・リーグの外野手のトップの得票数に、数百万もの大差がついたことなど、一度もない。

この10年で、両リーグの外野手の得票数に最大差がついたのは、イチローがデビューしていきなりその有り余る才能を見せつけてMLBを驚かせた2001年で、このときはナ・リーグ1位のバリー・ボンズに126万票もの差をつけたわけだが、これは当時のイチローデビューの衝撃の大きさを物語っているだけの数字で、なんの問題もない。
他には、2006年に、ボストンのマニー・ラミレスが、当時はピッツバーグの外野手だったジェイソン・ベイを36万票だか引き離したことがあるくらいだ。ボストンの選手がオールスターで異様に高い得票があるのはいつものことだ。


それが、今年に限っては、ハッキリ異常な投票結果になっている。
1位になったトロントのバティースタの数字は、700数十万票を越え、ナ・リーグとの差も、数百万票もの大差がついている。


ブログ主は、誰かに遠慮する気はさらさらない。遠慮しなければいけない理由もどこにもない。なので、何のためらいもなく「異常な投票結果」と言わせてもらう(笑)


こと、ア・リーグに関してだけ、こういう「異常な投票結果」が出たところを見ると、原因は、まぁ、おそらく、ア・リーグのどこか特定のチームの「組織票」だろう(笑)
たぶん、ホームランを量産しているバティースタを除外してまで、投票用紙を応援するチームの外野手だけで埋め尽くすと「なんか感じ悪いし、バレたときに困るような気もする」ので(笑)、「今年はどうみても選出されるはずで、はずそうにもはずせないバティースタをまず選び、外野手の残り2枠を、自分の応援するチームの外野手で埋める」とかいう小心者のチョイス(笑)で、何百万もの票が(たぶんオンラインで)投じられたとしか思えない。(もちろん、特定球団の外野手の票があまりに伸びるので、あわてて必死にバティースタの票を伸ばした心配症の北国のファンもいるだろう 笑)

まぁ、中間投票の推移からみて、ア・リーグ東地区の、「最近球場を建て替えた、あのチーム」か、「昔からある、ちっこいスタジアムをいまだに使っている、あのチーム」か、どちらかだろう(笑)どのチームのことを言っているかは、ご想像におまかせする(笑)各ポジションの選手たちの得票数と照らし合わせて、勝手に想像してくれていい。
そういえば、2005年にイチローがファン投票で4位になったときに、ジョニーなんたらいう選手を無理矢理3位に押し込んできた、赤いユニフォームのチームが、どこかにあったような気もする(笑)
この10年のオールスターで選ばれたア・リーグの外野手を眺めていると、どうしても外野手のスターターのひとり(できたら2人)はどうしても自分の応援チームから出さないと気がすまない、そういう集団が東海岸にいるようだ。


今年のオールスターでは、初めてイチローへの投票を呼びかける、なんていう、ガラにもないことをしてみた。最近イチローの打席でのアウトコースの球審の判定にクレームをつけているのにも、理由はある。

理由は簡単だ。
何か、上に書いたような「異常なこと」が次々に起きるのが、わかっているからだ。


ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年6月2日、まるで「記録達成」を阻止したいのかとでも疑りたくなるような、今シーズンのイチローに対するアウトコースのストライクゾーン。(1)

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年6月2日、まるで「記録達成」を阻止したいのかとでも疑りたくなるような、今シーズンのイチローに対するアウトコースのストライクゾーン。(2)

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年6月5日、今日も今日とてイチローと球審との戦い。従来と立ち位置を変え、バッターとキャッチャーの間の隙間「スロット」から判定する今の球審の「アウトコース判定の歪み」。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年6月10日、まるで「記録達成」を阻止したいのかとでも疑りたくなるような、今シーズンのイチローに対するアウトコースのストライクゾーン。(3)



端的にいうと、「MLBの『風向き』が変わった」ことが、その背景にある。(というか、もっと深くいえば、本当は「アメリカの風向き」なのだが)


その「変化」が「自然なもの」なら別に文句はつけない。
だが、「意図的なもの」なら、話は別だ。

ほかの人はどうか知らないが、
ブログ主は、そういう「人工の風」に負けるつもりなど、さらさら、ない。


そういえば、アメリカのメディアやファン・サイトでは、今回のオールスターについて、既に様々な「異論」が噴出している。そりゃそうだ。今回のオールスター投票は明らかに「ゆがんでいる」。

たとえばこれ。今回の選出がありえない選手をリスト化しているわけだが、栄えあるナンバーワンは、もちろんヤンキースのデレク・ジーターだ。
2011 MLB All-Star Voting: 5 Worst Selections in 2011 Midsummer Classic | Bleacher Report

こちらは、「選出されるべきだった選手」をリスト化した記事。
この記事にマイケル・ピネダの名前があるが、当然だろう。もしオールスターが、これまでの実績ではなく、シーズン開幕からの短期間の成績を重くみると「本当に言える」ものなら、選ばれるべきなのは今シーズン冴えないフェリックス・ヘルナンデスでなく、ヘルナンデスよりずっと成績のいいマイケル・ピネダが選ばれるべきだ。
なお、ブランドン・リーグも同じ。彼の防御率はオールスターに出るクローザーとしてはあまりにも冴えない。
2011 MLB All Star Game: 10 Notable Snubs and Manager Errors | Bleacher Report
snub : 「冷遇する」

マーケティング的にMLBの新しいスターが欲しいだけなら、若い選手を何人か実力だけで選出しておけばいいものを、ジーターだの、ヘルナンデスだの、あちこち選出の歪みばかり目立つから、おかしなことになる。
たとえば今シーズンのビクター・マルチネスなどは、なかなかクレバーな打撃を披露しているのに、ア・リーグ東地区の某球団から移籍しただけでファン投票から漏れてしまう。
こういうことでは、とても投票結果に納得などできるわけがない。






damejima at 20:48

June 18, 2011

ついに3000本安打まであと6本と迫ったデレク・ジーターだったが、ふくらはぎを痛めたとかで15日間の故障者リスト入りしてしまった。

このジーター、ちょうどイチローと同じ「37歳」だ。

PECOTAシステムの開発者でもあるNate Silverはニューヨーク・タイムズの寄稿者のひとりでもあり、ここ最近のジーターの打撃成績低下について、Derek Jeter and the Curse of Age(「ジーターと、老化の害」)とかいう、まるでハリー・ポッターのタイトルみたいな記事(笑)をニューヨーク・タイムズに書いている。

この記事、要は「いくら名選手でも、37歳という年齢の壁はなかなか超えられないものだ」という趣旨のもとに書いているわけだが、そもそも『37歳で老化した名選手』のデータの集め方が、ちょっと目に余るほど手抜きが酷くて、笑ってしまう(笑)
もしブログ主がジーターなら、確実にハンマーか何か金属製のものを持って、こいつのところに怒鳴りこんでいると思う(笑)
Derek Jeter and the Curse of Age - NYTimes.com

Nate Silverのやり方は、過去の名ショートストップの「37歳時点での打撃成績」をいくつか挙げながら、「ジーターの成績低下は彼の37歳という特有の年齢のせい」と決めつけているのである。
いかに、彼の挙げた選手と、そのデータを何人分か挙げてみる。(ほとんどが殿堂入りのショートストップである)

「37歳でも、エリートか、まぁまぁ」
オジー・スミス
打率.295 43盗塁 13回目のゴールドグラブ
ホーナス・ワグナー 出塁率.423
カル・リプケン 14HR

「37歳のとき、イマイチ」
ルイス・アパリシオ  打率.232(1971年)
George Davis    打率.217(1900年代のHOF)

「37歳には、フィールドから消えていた」
Lou Boudreau 1952年 34歳で引退
Arky Vaughan 1948年 36歳で引退
Phil Rizzuto 37歳時点ではベンチプレーヤー 1956年 38歳で引退
Joe Cronin  37歳時点ではベンチプレーヤー 1945年 38歳で引退 

よくまぁ、この程度のデータの提示で「37歳」を老化の壁と決め付けたものだ(笑)
まず酷いのは、MLBの「丈夫さの代名詞」みたいなカル・リプケンを比較サンプルとして挙げていることだろう。連続出場記録をもつリプケンと比べたら、どんなに健康な37歳だって不健康にみえるのが当然だ(笑)(それにリプケン自身、30代終盤に急速に衰えたために引退したのであって、37歳を過ぎても成績が落ちなかった選手の代表、というわけでもない)
オジー・スミスの盗塁も、37歳時点ではたしかに43盗塁してみせたが、翌年からは衰える一方でパタリと走れなくなり、ついには580盗塁と、通算盗塁記録として大台の「600盗塁」にあと一歩のところで停滞したまま力尽きて、引退した。彼の盗塁数は「37歳でも元気だった選手」のサンプルにふさわしいとは思えない。
List of Major League Baseball stolen base records - Wikipedia, the free encyclopedia
また、ルイス・アパリシオは、37歳(1971年)に打率.232と打力が低下していたというけれど、彼の打力低下は37歳どころか、31歳(1965年)打率.225、33歳(1967年).233と、既に30代はじめに始まっている。盗塁数がガクンと減ったのも、31歳だ。したがってアパリシオは「37歳の壁」を証明するサンプルにはならない。
Lou Boudreauは1952年34歳で引退。Arky Vaughanも、第二次大戦を挟んで1948年に36歳で引退。こうした、第二次大戦の影響を受けつつ引退していった不運な選手たちのキャリアを、こうした「年齢の壁」について書く記事のサンプルとして取り上げるのは正当ではない。
(ちなみにLou Boudreauは、1941年7月17日のヤンキース戦8回表に、その日まで56試合連続安打を続けていたジョー・ディマジオがノーヒットで迎えた最終打席に打った痛烈な二遊間のゴロを横っ跳びにキャッチしてダブルプレーを完成し、ディマジオの連続試合安打記録をストップさせたショート。またArky Vaughanは、1941年のオールスターゲームで史上初めてとなる1試合2本のホームラン打った)
Phil Rizzutoについても、1956年に38歳で引退したが、36歳(1954年)のときに既に打率は.195だった。1945年に38歳で引退したJoe Croninも、たしかに37歳(1944年)時点で打率が.241しかないベンチウオーマーだが、35歳(1942年)で既に45ゲームしか出場しておらず、2人とも別に「37歳になったから」ベンチスタートになったわけではない。「37歳が壁だから、能力が低下した」と断定するための証拠になど、到底ならない。

以上(笑)証明終わり(笑)
なにごとも結論ありきでモノを言ってはいけないのだ。



このNate Silverのニューヨーク・タイムズ記事はまるで使い物にならないゴミ箱行きだが、それはともかくとして、「37歳が、野球選手にとって、どういう年齢か?」というテーマそのものは、実は、ちゃんと取り組むなら、非常に興味深いテーマなのだ。

たとえば、こんな記事がある。
イチローと、ロッド・カルートニー・グウィンウェイド・ボッグスピート・ローズタイ・カッブの5人のホール・オブ・フェイマーの成績を、特に「37歳以降のヒット数」に焦点を当てて比較検討した優れた記事だ。
Ichiro in Historical Context « The Greatest Hitter Who Ever Lived

この記事が非常に興味深いのは、いわゆる3000本安打を打った名選手といえども、37歳時点では、まだ2000数百本しか打っていなかった選手が多数いるということを示した点だ。
37歳以降に打ったヒット数(カッコ内は通算ヒット数)
ロッド・カルー   381(3053)
トニー・グウィン  581(3141)
ウェイド・ボッグス 681(3010)
ピート・ローズ   1290(4256)
タイ・カッブ     736(4189)


上のデータをグラフ化してみた。(縦軸は通常の均等なグラフだが、横軸はわかりやすいようにわざと変則的にしてあることに注意してほしい)
5人のホール・オブ・フェイマーが37歳以降に打ったヒット数


34歳の若さで既に3000本安打を達成していた球聖タイ・カッブは別として、ロッド・カルー、トニー・グウィン、ウェイド・ボッグスの3人は、37歳の時点には3000本安打どころか、2800本にすら到達していない。ここを、よく記憶しておいてもらいたい。

こちらのサイトに、3000本安打を達成した27人の選手全員の「達成時の年齢」を示したデータがある。
3,000 Hits Club on Baseball Almanac
みてのとおりだ。
37歳になる前、つまり、「36歳以下で3000本安打を達成した打者」は、タイ・カッブ(34歳)、ハンク・アーロン(36歳)、Robin Yount(36歳)と、たった3人しかいない。

その一方で、「40歳を超えて3000本安打達成にこぎつけた選手」が、びっくりするほど大勢いる。カール・ヤストレムスキー、ホーナス・ワグナー、ポール・モリター、ルー・ブロック、ラファエル・パルメイロ(以上、40歳で達成)デイブ・ウィンフィールド、クレイグ・ビジオ、ウェイド・ボッグス(ここまでが41歳で達成)、リッキー・ヘンダーソン(42歳)、Cap Anson(45歳)。

27人中、10人。約40%もの3000本安打達成者が、「40代での達成」なのだ。
37歳が壁でみんな潰れていく、のではなくて、37歳から頑張れた選手が3000本打てている、というのがリアルな話だ。


このことでわかることは、
ひとつしかない。


MLBのプレーヤーにとって
「37歳」という年齢は、
自動的にやってくる「壁」ではありえない。
むしろ本当の名誉への「扉」だ。
そう。これが真の解答だ。


つまり、こうだ。

37歳という「扉」は、誰に対しても開く。だが、「扉」の向こう側に立たたされたとき、その瞬間から、どれだけ必死に、どれだけ命がけで、もがき続け、努力し続けることができるか。

それが「37歳から始まる、本当の戦い。名誉ある最後の戦い」なのである。

だから37歳は、壁や出口ではありえない。
むしろ、「入り口」なのだ。

37歳という「入り口」に立つよりも前に3000本ものヒットを打ってしまうような特別なプレーヤーは、球聖タイ・カッブのような、名選手中の名選手と呼ばれる選手だけであり、だからこそ、彼は「球聖」という呼称を手にしたわけだが、下記のデータを見てもらいたい。

タイ・カッブと並び立つようなプレーヤーであることを見せつけるための、イチローの「37歳の扉」をくぐってからの、もがきと戦いは、今シーズンから、ついに始まったのである。600盗塁への長い道のり、オジー・スミスの13回のゴールドグラブ受賞へのチャレンジについても同じだ。

1ゲームあたりのヒット数
タイ・カッブ  1.3806
イチロー   1.4131
(MLBのみ。2010年までの数値)







damejima at 04:14

June 17, 2011

一度書いたことなのだが、「盗塁」の歴史は、MLBの発展史という観点からみると、「ホームラン」の増加と相反する関係にある。

盗塁の栄枯盛衰には、何人かの名選手がかかわっている。
1900年代は、球聖タイ・カッブが活躍した「盗塁の黄金時代であるMLB創世記」。1920年代は、ベーブ・ルースがヤンキースに移籍し、旧ヤンキースタジアム建設された「ホームラン賞賛によるMLB発展期」。
盗塁数が激減した1940年代以降の「盗塁受難時代」を、「盗塁の復権」へと導いたのが、ベネズエラの英雄ルイス・アパリシオや、ルー・ブロック。1980年代の「第二の盗塁黄金期」を築いたのは、リッキー・ヘンダーソンティム・レインズビンス・コールマン

盗塁という美学の歴史に深くかかわった彼らは、いってみれば、彼らの持って生まれた「天性のスピード」でMLB史を動かしたプレーヤー、でもある。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月9
日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。


盗塁とホームランのMLB史とイチロー400盗塁


イチローが属している現在のMLBが「盗塁をするプレーヤー」にとって、どういう時代か、ちょっと考えてみたい。

結論を先にいえば今のMLBは、盗塁キングを志す快足プレーヤーたちにとって、けして黄金期とはいえない。このことは、イチローの盗塁記録を見る上でも、もっときちんと意識されていいことだと思う。

数字上でみても、1990年代の「ステロイドによるホームラン狂想曲」が終わったとはいえ、2000年代の盗塁数は急増してはいないし、グラフとあわせて、盗塁数ランキングの上位の現役選手たちの「年齢」を考慮してみれば、もっとわかりやすい。

通算盗塁数 現役ベストテン
1 Juan Pierre (33)   537 L 52
2 Carl Crawford (29) 417 L 52
3 イチロー (37)     401 L 39
  Omar Vizquel (44)  401 B 23
5 Johnny Damon (37) 392 L 27
6 Bobby Abreu (37)  382 L 28
7 Jimmy Rollins (32)  357 B 37
8 Jose Reyes (28)   353 B 58
9 Chone Figgins (33) 330 B 46
  Derek Jeter (37)   330 R 23

(2011年6月16日現在。名前の後のカッコ内が年齢。盗塁数の後、Lが左打者、Rが右打者、BはBoth、つまりスイッチヒッター。最後の数字は、キャリア1年あたりの盗塁数。)
資料:Active Leaders & Records for Stolen Bases - Baseball-Reference.com

通算盗塁数ランキング現役ベスト50人
2011年6月16日現在 盗塁数ランキング現役ベスト50人盗塁数、という記録は、長年積み重ねてきても下がる可能性のある「打率」とは違い、数字を積み上げていく記録なわけだから、ランキング上位を30代のオジサン・プレーヤーが占めているのは、あたりまえといえば、あたりまえだ。

では、今の20代の足の速い選手たちが熱心に盗塁し続けていけば、やがては、ランキング上位にいる30代のオジサン選手たちすべてを追い越して、自然と盗塁ランキングが大きく塗り替えられていくのだろうか?


ここで、ちょっと数字を操作して、ランキングの上位選手の盗塁数を、いまのイチローと同じ「37歳時点」に揃えてみることを思いついた。
方法は単純だ。それぞれの選手の通算盗塁数をメジャー経験年数で割った「1年あたりの盗塁数」を、それぞれの選手が37歳になるまでの年数分だけ加算してみただけ。
その仮の「37歳時 盗塁ランキング」は、こんな感じになる。

Jose Reyes    353+(58×9)=875
Carl Crawford  417+(52×8)=833
Juan Pierre    537+(52×4)=745
イチロー (37)  MLB401+日本200=日米601盗塁
Jimmy Rollins   357+(37×5)=542
Chone Figgins  330+(46×4)=514
イチロー (37)  MLB401盗塁
Omar Vizquel (44)  401
Johnny Damon (37) 392
Bobby Abreu (37)  382
Derek Jeter (37)   330

まずいえることは、イチローが、イチローよりも長いメジャー経験をもつ同年代のプレーヤー全員を追い越して、既に同世代のMLB盗塁王であることだ。(たとえばジョニー・デーモンデレク・ジーターは、2人とも1995年デビューでメジャー16年目)

だが、メッツのホセ・レイエスと、ボストンに移籍したカール・クロフォードが、これまでの「20代の盗塁ペース」を、「30代でも走力をずっと保ち続けて」、「盗塁し続けるための出塁を保障する打力を、37歳まである程度キープする」ことができると仮定すれば、彼らが37歳になったときには、2人して、イチローの現在のの「MLB 401盗塁」を遥かに上回るどころか、800盗塁だって達成できてしまう。
盗塁の記録にはいろいろな種類があるが、通算盗塁数でいうと、600というのがひとつの目安数字になる。MLB通算600盗塁を達成した選手は16人しかいないが、800盗塁となると、わずか5人しか達成していない。
あと10年で、いま20代のホセ・レイエスと、カール・クロフォードの2人が、このわずか5人しかいない「800盗塁クラブ」に加わるかもしれない、ということだ。
List of Major League Baseball stolen base records - Wikipedia, the free encyclopedia


イチローがメジャーデビューしてからここまでの「1年あたりの盗塁数」は平均で「 39 」。今年2011年の盗塁数が、既に「 18 」。今年はまだシーズンの半分も終わっていないだけに、今年は40盗塁を達成する可能性はかなり高い。

ここまで書いてくると、もうおわかりだろう。
37歳で、40盗塁というのは、ちょっとありえないほどの心身の健康さなのだ。

盗塁のシングルシーズン記録には、100を超える記録も数多くあるわけだが、そこだけをみていると、なにか「40盗塁」という数字が少ないように勘違いする人がいる。
そもそもシーズン100盗塁という記録は、19世紀末とリッキー・ヘンダーソンの記録がほとんどで、近年の選手レベルでいうと、40という盗塁数はけして少なくない。まして、最初に説明したとおり、ステロイド時代以降の野球においては、盗塁数そのものが激増するどころか、むしろ減少しかねない時代になってきているのが、今の時代だ。

「40盗塁を、しかも30代後半で連続的に達成できる選手」など、現実にはまだ30代前半だがホアン・ピエールくらいしか出現しないかもしれないのが、いまの盗塁という美的行為をめぐる現実だ。


たとえば、いま34歳のカルロス・ベルトランは、通算盗塁成功率88.1%という、とてつもないメジャー記録をもつ素晴らしい快速ランナーだったが、2005年8月に守備でマイク・キャメロンと激突して骨折した影響などで17盗塁に終わり、その後、膝の故障を抱えるようになってからは、盗塁数が激減した。
List of Major League Baseball stolen base records - Wikipedia, the free encyclopedia
このベルトランに代わるメッツの盗塁キングはもちろんホセ・レイエスだが、彼も2009年は故障の影響で11盗塁に終わっている。カール・クロフォードも故障持ちだ。


現役選手の盗塁ランキング上位選手の中で、いまだに盗塁という美的プレーに「伸びしろ」と「ゆとり」を失わない選手。
それが37歳のイチローだ。






damejima at 22:11
イチローがメジャー10年ちょっとで達成したMLB400盗塁という記録の意味を、ちょっとメモしておこうと思っていたら、いつのまにか、Youtubeでクレイグ・ビジオの動画を見てちょっと泣きそうになった(笑)
ちょっとズルいよ、ビジオにあの曲は(笑)

まずは、通算盗塁数のオールタイムベスト100人のリストを見てもらいたい。(リスト内、太字は現役選手。名前の横に+(プラス)という記号が添えられているのは、殿堂入りした選手。リストを詳しく見るためには、まずワンクリックして別窓に出し、さらにリストをクリックすると原寸でみられるはず)
資料:Career Leaders & Records for Stolen Bases - Baseball-Reference.com(2011年6月16日現在)

2011年6月16日現在 盗塁数ランキング オールタイムベスト100人最初、この長い長いリストを保存して記事を書こうと思ったのは、単純に、イチローとオマール・ビスケールが、ともに401盗塁、68位に仲良く並んでいるのが、見ていてなんだか美しいからである(笑)

もちろん、1989年にケン・グリフィー・ジュニアとともにシアトルでデビューしたオマール・ビスケールはまだホワイトソックスで現役なわけだが、彼の44歳という年齢を考えると、やがてこの2人の数字が離れていってしまうのは間違いない。
シアトルの先輩後輩2人の数字が並んでいるのを眺めて、ほんのひととき感慨を楽しみたいなら、今しかない。

こういうデータには、
いい意味での「せつなさ」がある。


401盗塁68位のイチローのすぐ上、63位には、あの「ミスター ツーベース」クレイグ・ビジオ414盗塁がある。
Craig Biggio Statistics and History - Baseball-Reference.com

オマール・ビスケールは1996年にハッチ賞を受賞しているが、クレイグ・ビジオも2005年に同じハッチ賞を受賞し、また、2007年にロベルト・クレメンテ賞も受賞している。資料:ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:Hutch賞と、フレッド・ハッチンソン・ガン研究センター。野球と医学の架け橋。

クレイグ・ビジオがどれほどヒューストンの人たちに愛されたか、それをいまここで書いていては、このブログはたぶんビジオの動画と記事だけで埋め尽くされて、たぶんビジオ・ブログになってしまう(笑)そういうのは他の人にまかせたい。

ビジオは、1988年のメジャーデビューから1991年まではキャッチャーとしてプレーしているのだが、彼が引退した2007年の9月末に行われた、ミニッツメイド・パークでのアストロズ本拠地最終カードのアトランタ戦の第2戦(9月29日)で、チームは1991年以来16年ぶりに彼をキャッチャーとして先発させた。このゲームでビジオは、最初の2イニングをキャッチャーとしてプレイし、シーズン30本目、通算667本目のツーベースを打った。
ミニッツメイド・パークの収容能力は40,950人となっているが、このゲームに押し寄せた観客数は、収容能力を超える43,624人だった。

このことだけを挙げても、ビジオがファンにとってどういう選手だったかわかると思うが、足りなければ、3000本安打達成の瞬間のファンの狂ったような興奮ぶり(笑)なんかをYoutubeでお腹いっぱいになるほど見続けると、納得がいくと思う(笑)
Boxscore: Atlanta vs. Houston - September 29, 2007 | MLB.com: News

Gameday: Atlanta vs. Houston - September 29, 2007


この動画で使われているBGMは、フィラデルフィア出身のBoyz II Menの"It's So Hard To Say Goodbye To Yesterday"。1975年のモータウンソングで、1991年にBoyz II Menバージョンが発売され、全米2位になった。アルバム"CooleyHighHarmony"に収録。


クレイグ・ビジオが3000本安打を達成したときのスタジアムの熱狂は、いつのまにか、イチローがシーズン最多安打記録を作ったときのスタジアムの鳴り止まない拍手と、脳の中で重なっているのを感じる。
観客が「ビッジッオッ! ビッジッオッ!」と激しく叫び続ける「ビジオ・コール」を聞いていると、いつのまにかセーフコの「イチロー・コール」に重なって耳に聞こえてしまう。

実を言うとブログ主は、イチローが、ヤンキースでもどこでも好きなように移籍して、なんとしてでもワールドシリーズに出て欲しい、という意味での「移籍ぜんぜんオッケー派のイチローファン」なのだが、ビジオのああいう姿を見ると、どうもいけない(笑)
移籍ぜんぜんオッケー派イチローファンとしてのドライな気持ち(笑)が、どうもセンチメンタルにほんの少しだけ揺らぐのを感じるのである(笑)


ともあれ、イチローはやがて、オマール・ビスケールの401盗塁も、クレイグ・ビジオの414盗塁も、トリス・スピーカーの436盗塁も、ロベルト・アロマーの474盗塁も、ウィリー・キーラーの495盗塁も、ルイス・アパリシオの506盗塁も、追いつき、並び、そして、追い越していくことになる。

クレイグ・ビジオの映像と記録を見ながらしみじみ思う。

誰かの記録を超えていく、という作業は、能力比較として、ある選手が、過去の選手より「上の」選手になったことを証明することで、過去を凌駕すること、ではない。
そうではなく、以前の記録に並び、そして超えていくときに、自分が超えていく選手が持っていた、デビューできた喜び、ケガの苦さ、スランプの苦しみ、記録達成の歓喜、引退の安堵と哀しみ、そういうプレーヤーとしての長い歴史のエスキスを、ほんの少しだけ自分の一部としてもらい、やがて野球の歴史の地層に共に折り重なって土に還っていく日をめざして、さらに歩き出していく、ということだ。
ジョージ・シスラーのシーズン最多安打も、オマール・ビスケールやクレイグ・ビジオの通算盗塁数も、イチローはそうやって超えていくのである。

これは、単なる文字の上のセンチメンタリズムではなくて、実際にそうだ。だからこそ、イチローとオマール・ビスケールの数字が並んでいるをしみじみと眺めたくなるし、保存しておこうと思うのだ。






damejima at 18:29

June 11, 2011

ひさびさにイチローのいないマリナーズのゲームを見て、いやぁ、これほどタメになるとは思わなかった(笑)

たぶん、日本人らしいネガティブ思考からどうしても抜けだせない巷のイチローファンの皆さんや、イチローの歴史的な業績の意味のわかってない日本の無能な解説者の皆さんが、このゲームをどう評価したのか、そんなことは知ったことではない。
ブログ主は、正直いって、他人の意見など聞く必要をまるで感じないほど、「ある確信」をもってゲームを見終えることができて、たいへんに喜んでいる(笑)


わかってしまえば簡単だ。
イチローが、アメリカ、なのだ。

わかるかな? もう一度、言おうか?
イチローが、アメリカなのだ。


理解できるように説明できるといいのだが、理解できなければ、それはそれでしかたがない(笑)こんなに丁寧に説明ばかりしているブログを読んで、わからない人が悪い。


イチローのいないマリナーズ」のやっている、あのスポーツ。
あれは「アメリカのどこにでもある、平凡な野球」だ。

と、同時に、それは、2000年代中期に実際にマリナーズで行われていた、フリースインガーだらけの、「かつてのマリナーズ」でもある。また、飛ぶボールでホームラン競争を故意に演出していた1990年代MLBの延長線上にある野球、でもある。
打者は、来た球のうち「打てる球は打ち、打てない球は打てないまま、ゲームを終わる」。投手も同じだ。「打たれる球を打たれ、打たれない球は打たれないで、イニングを消化し、ゲームが終わって」いく。


もう十分説明したつもりだが、これでもまだわからない人がいるだろうか。だとしたら、どうたとえれば、わかるだろう?

絵でいえば
「 精彩がない 」「 眠たい 」

音楽でいえば
「 どこにも抑揚がない 」
「 リズム感がない 」
「 グルーヴがない 」

音楽が聞こえてこない。ロックでもなければ、クラシックでもない。まして演歌でもない。まるで音を消してプレーする「無音のスーパーマリオブラザース」だ。
たとえばジャスティン・スモークはアメリカ南部の大学の出身だ。だが、彼のプレーからサザン・ロックは聞こえてこない。


イチローには、音楽がある。

たとえば、12音技法を創始した現代音楽の作曲家であるシェーンベルクはアメリカの映画音楽に対して多大な影響を与えたことでも知られているが、イチローのときとして型破り、破天荒なプレーぶりは、シェーンベルクに通じるものがある、と、かねがね思っている。
イチローは、荒々しく淫らなロックであり、コブシのききまくった演歌であり、ときには武満徹やシェーンベルクのような現代音楽として響くこともあり、また時には爆発するパンクでもあり、うねるラップであり、果ては、「シンコペーションそのもの」であると思えるときもある。


イチローが2001年にアメリカに渡って以来、実現し続けてきたのは、飛ぶボールとドーピングでホームラン時代を無理やり演出していた1990年代のような野球ではない。
もう何度も書いてきたように、ひとつには、20世紀初頭に途絶えていたタイ・カッブ時代の野球のリバイバルでもあり、また一方では、ちょっとありえない守備センス、ワンバウンドにすら手を出す特殊で過剰すぎる打撃感覚、過敏なほどのバットコントロールと選球眼、スピーディーだがいつ走るのかわからない独特の走塁感覚、それら全てを「人力(じんりき)だけ」でこなす、野球という名の「サルティンバンコ」だ。

これこそが言葉どおりの意味での「Show」だ。

カートゥーンのMGM作品「トムとジェリー(TOM and JERRY)」でいえば、90年代の野球が「野暮ったいトム」なら、イチローは「何を考えているのかよくわからないジェリー」だ。守備、攻撃、走塁。ゲームのどこを見ても、イチローの姿が右に左に、そこらじゅう跳ねまわっている(ような気分になる)のである。


そう。
イチローの「他人にない特殊さ」「自由さ」そのものが、むしろ本来の「ショーアップされたアメリカ」だ。スターを必要としないアメリカなんて、アメリカじゃない。


それが、ひさびさにイチローのお休みによってどうみえたかというと、
見えたのは、既視感しか感じない、精彩のない、平坦なベースボールであり、音楽のない、ただ勝ち負けを決めるだけのスポーツがそこに見えた。

打って、休んで。守って、休む。
打って、休んで。守って、また、休む。
たったそれだけ。


今日のゲームはイチローにとって、とても重要なゲームのひとつになったことと思う。

なぜなら「自分のいないマリナーズが見えた」はずだからである。たぶん、自分がMLBでも(もちろん日本でも)どれだけ他のプレーヤーとかけ離れたセンスで野球をやってきたか、痛感したことと思う。

それは普段は見えずらい「自分の姿」を見ることのできる、ひとつの効果的な方法でもある。
たまには「肉の入っていないスキヤキ」を食ってみないと、ファンもプレーヤーも、そしてなによりイチロー自身も、「肉がスキヤキに入っている意味」がわからなくなる。


もう一度言っておこう。
大事なことだ。


いまやコンテンポラリーな「アメリカ」なのは、
シアトル・マリナーズではない。
イチローだ。



たとえばオールスターだが、その時点で成績のいい選手をみんなで選ぶ「お受験」みたいなものと、自分勝手に勘違いしている幼稚園の受験生みたいな人たちを大勢みかける。


バカ言うなって(笑)

「スター」というのは、スキヤキの「肉」だ。
スキヤキは、「肉」の味を美味しく味わうために作られた料理だ。シラタキのためにあるんじゃない。


ブログ主は、今日のシアトル・マリナーズのような、「和風味の、水っぽい淡白な牛丼」みたいな腑抜けた食い物が大嫌いだ。シラタキの水っぽさだけしかない和風牛丼野球なんか、どうでもいい。

今日でよーくわかったこと。

イチローは、もっと自分のカラダが欲するままに、好きなようにやったらいい。頭で考えるより、体を自由に動かすほうが早い。
好きなだけ空振りして、好きなときに好きなだけ走って、気にいらない判定には悪態をついてやり、退場させられても涼しい顔で退場して、たまにはお気に入りの好投手の球を無理やり強振してスタンドにブチ込んでやれば、それでいい。

そう。キミは優等生でなくていい。
カラダにまかせてみる。カラダを信用してみる。
カラダの求めるだけ、好きなように、
野球とセックスすればいいのだ。

遠慮なんか、いらない。






damejima at 17:42

March 02, 2011

ホノルルで2月28日に与那嶺要さん(ウォーリー与那嶺、Wallace Kaname Yonamine, born June 24, 1925)が逝去なさった。享年85歳。
Wally Yonamine, 85, Dies - Changed Japanese Baseball - NYTimes.com

Wally Yonamine Minor League Statistics & History - Baseball-Reference.com

プレーヤーであれ、ファンであれ、我々は、先人に築き上げでもらったベースボールの文化的経済的な基盤があってこそ、楽しさを享受できている。だから、先人の足跡へのリスペクトなしに、野球を文化として考えることはできない。
戦後初の外国人選手として、戦後の日本野球の、発展というより、「戦後の日本野球を根本から変えてくれた恩人」のひとりであり、大きな功績のあった偉大な先人である与那嶺さんの逝去を心から悼むとともに、その素晴らしい足跡の片鱗に触れておきたいと思う。

お名前をどう表記するか迷う。
これまで日本では主に漢字で表記されてきたわけだが、マウイ島生まれの与那嶺さんはもともとアメリカ国籍の日系二世であり、戦後日本で初めてプレーした外国人選手としての業績も後世に讃えられてしかるべきなのだから、亡くなられた今となっては、漢字の「与那嶺さん」ではなく、同じマウイ島出身で日系4世のカート・スズキの名前をカタカナ表記するのと同じように、カタカナ表記で「ヨナミネさん」とさせていただくのが、これからはふさわしいように思う。
Wally Yonamine - Wikipedia, the free encyclopedia

Wally Yonamine Minor League Statistics & History - Baseball-Reference.com


まず、マウイで生まれた日系二世であるヨナミネさんは、野球選手である前に、日本人の子孫として初めて、プロフットボールプレーヤーになられた方だ。1946年に創立され、今ではフットボールの名門となったSan Francisco 49ersで、47年にランニングバックとしてプレーされている。(49ersがNFLに参加するのは1950年になってからのことで、チーム発足当時は別組織に属していた。だからヨナミネさんを「日系人初のNFLプレーヤー」と呼ぶのは多少正確さに欠ける)
近年、NFLにチャレンジする日本人の挑戦がなかなか成功しないのをみても、ヨナミネさんがフットボールの花形ポジションであるランニングバックとしてプレーできたという事実が、いかに素晴らしい快挙かがわかるし、誇りに思う。


フットボールプレーヤーとして足の速さが絶対条件であるランニングバックをつとめていたことでもわかるように、ヨナミネさんのプレーのひとつの特徴は、イチローと同じく、その「快足ぶり」にあった。

そして、そこに、ヨナミネさんが「戦後の日本野球に持ち込んだもの」があった。(つまり、ある意味で、「ヨナミネさんが戦後日本に持ち込んだタイ・カッブ時代のアグレッシブな野球」のうち、「スピードの部分を、イチローが21世紀のアメリカで、MLBに甦らせた」ともいえる)
ヨナミネさんは、激しいスライディングだけでなく、セフティバントを日本に導入したことでも有名。


ヨナミネさんの通算盗塁数は、163。それほど多くはない。
だが、なんといっても目立つのが、通算11回も記録したホームスチールだ。これは、日本プロ野球歴代1位。(2位は黒沢俊夫さんの10回)
加えて、ヨナミネさんは、1951年9月12日に、同一イニングに二盗、三盗、本盗を決め、1イニング3盗塁という、とてつもない盗塁記録も打ち立てている。


ちょっとMLBでのホームスチール記録もみてみよう。
回数では、案の定、遠慮のないアグレッシブなスライディングで有名だったタイ・カッブが、54回で、断トツのトップだ。
イチローにシーズン安打記録を抜かれたジョージ・シスラーも20回で、第8位。やはり、あの時代の選手はみんな走れる。あの小太りのベーブ・ルースだって、通算10回もホームスチールをしている。
MLB歴代ホームスチール記録
Stealing Home Base Records by Baseball Almanac

ホームスチール名人のヨナミネさんもアグレッシブな走塁で知られているプレーヤーだから、ヨナミネさんとタイ・カッブ、ホームスチールの名手2人のプレーには実は共通点が多い。
1951年にヨナミネさんが記録した「同一イニングに、二盗、三盗、本盗」という記録も、タイ・カッブはなんと4回も記録していて、ア・リーグ最高記録。これは、同じく4回記録しているナ・リーグのホーナス・ワグナーと並んで、メジャー記録ともなっている。
MLB歴代 同一イニング二盗、三盗、本盗 記録
Players who have stolen second base, third base and home in the same inning


「まさか」という場面でホームベースに突入してくる単独ホームスチールは、ある意味、野球の華だと思うし、ブログ主は非常に好きだ(笑)

ちなみに、足が遅いことで知られる元捕手の野村克也氏は7回ものホームスチールを成功させている一方で、日本の盗塁キング福本豊氏は7回試みて、わずか1回しか成功していない。バッテリーの油断を突く必要があるホームスチールが、必ずしも足の速さだけで決まるプレーではないことを、よく表している。

タイ・カッブは、シングルヒットを二塁打にしてしまうことでも有名だったが、その秘訣を後に明かして「外野手がボールを利き腕で処理するかどうかを、いつも注意深く観察していたのさ」と言っている。
ヨナミネさんが、盗塁数のキングではなくて、ホームスチールの稀代の名手だったのは、相手の隙を突くことで有名だったタイ・カッブと同じように、どんなプレーにおいても気を抜かず、常に相手の気の緩みを許さず、アグレッシブな全力プレーをし続けたからだと思う。

こうしてみると、首位打者を3回獲得し、走れて、バントも上手いヨナミネさんは、現代的なリードオフマンとして、イチローの大先輩でもある。

素晴らしい先達を持てたことを喜ぶとともに、
ご冥福を心から祈りたい。


Youtubeで見られるホームスチール
ジャッキー・ロビンソン
YouTube - Jackie Robinson Steals Home
アーロン・ヒル
YouTube - Aaron Hill stole home
ジャコビー・エルズベリー
YouTube - Jacoby Ellsbury Steals Home
ジェイソン・ワース
YouTube - 2009/05/12 Werth steals home

MLB公式サイトの動画で見られるホームスチール
クリス・ネルソン(COL)
Baseball Video Highlights & Clips | CIN@COL: Nelson steals home to put the Rockies ahead - Video | MLB.com: Multimedia

その他のサイト
オマー・ビスケール
オマー・ビスケル ホームスチール 野球動画まとめ - 動画共有サイトzoome






damejima at 08:45

January 05, 2011

とあるところ、というか、いつもの某巨大掲示板だが(笑)、そこで元日にNHK BS1で放映されたケン・バーンズ"The 10th Inning"(以下 NHK版と呼ぶことにする)について、「オリジナルに手を加えて放送しているのではないか?」という書き込みを見て、多少気にかかったので検証してみようという気になった。

やっとNHK版が手に入ったので、英語版DVDを使って比較してみることにした。

比較方法は、以下のとおり。
1 2つのソースを同時に流す
2 ソース同士の相違点が見つかりしだい、両方を止める
3 ソースAのもつ相違点の映像が、他方のソースBにあるかないかを探す
4 原因がわかり次第、1~3を再開

なんとも原始的な方法だ(笑)あまりにも原始的すぎて、ものすごく手間がかかる(苦笑)途中でめんどくさくなったので、NHK版の第1回、第4回だけを検証することにした。根気がなくて申し訳ない(笑)
検証したNHK版の第1回、第4回は、オリジナルでいうと、2010年秋の第1夜放送の前半部と、第2夜放送の後半部ということになる。


結論からいうと、

1 NHK版は、オリジナル版とまったく同じものではない
2 NHK版は、オリジナル版のあちこちをカットすることで出来上がっている
3 ブログ主の検証するかぎり、NHK版に「オリジナル版には存在しないカットの追加」あるいは「映像の意味を大きく変えるような、影響力の大きいカットのいれかえ」は見られない



NHK版が「オリジナル版からカットしたシーン」の主なパターンは、主に以下の5つのパターンからなる。

1 ステロイド問題だけに限らない様々なテーマに関するコメンテーターのコメント(コメントの一部だけをカットするケースはみられなかった。カットする場合は、コメント全体がカットされている)
2 ステロイド問題に関するMLB選手のスーツ姿の証言シーンの大半
3 マニー・ラミレスの50日間出場停止に関係するシーン
4 コルクバット問題に関連するコメントの一部
5 チャプター開始部分によくあるイメージ的なイントロダクションの一部



NHK版は、オリジナル版をカットすることで出来上がっている。
最も多くカットしている箇所は、具体的には、上の5つのパターンのうち、1番目の「コメンテーターのコメント部分」である。
NHK版は、2日間にわけて放映されたオリジナル版と違って、4パートに分かれているが、オリジナル版を見ていない人は、「NHK版は、ひとつのパートあたり、4つから5つくらいのコメント部分がカットされている」と考えておく必要がある。

ステロイド問題についての変更だが、オリジナル版では、たぶん議会の公聴会かなにか公式の場所での映像だろうと思うが、スーツ・ネクタイ姿のサミー・ソーサ、あるいはマーク・マグワイヤが、鋭い質問に答えさせられている生々しいシーンが結構あるが、これはNHK版には、ない。
また、オリジナルには、MLBコミッショナーバド・セリグ氏がステロイド問題について語ったコメント箇所があるが、NHK版ではカットされている。

さらに、オリジナル版には、マニー・ラミレスの50日間出場停止を伝える新聞を大きく映し出したカットが存在しているのだが、これがNHK版ではきれいさっぱりカットされている。



評価などというものは、見た人それぞれの考え方、価値観に大きく左右される。それだけに、オリジナル版とNHK版の違いをどう考えるかについてのコメントは、あえて避けておきたいと思う。
たとえば、NHK版を見るだけでは、"The 10th Inning"においてケン・バーンズは、ステロイド問題をバリー・ボンズを、ひとり「悪者」にして語っているかのような勘違いした印象をもつ人も出てくるような気もしないでもないが、ケン・バーンズはステロイド問題がバリー・ボンズ個人の問題だという形で描こうなどとしてはいない。



ひさしぶりに"The 10th Inning"を見返してみて、MLB全体のストでファン離れを起こした時期に、カル・リプケンが深夜までファンの相手をし、サインをし続けた行為の尊さをあらためて思い知らされた。(もちろんリプケンだけでなく、当時のプレーヤー、現場の関係者の多くが、ファン離れを食い止め阻ようと、それぞれに地道な努力をしたことだろうと思う)
連続試合出場のような種類の記録が意味を持つには、やはり記録そのもの以外に、その選手がファンから与えてもらって積み重ね続けてきたリスペクトの厚みが加わってこそ、記録として輝く。

だが、残念なことに、そうした「地道だが偉大な行為」があった同時期に、ステロイドによる不自然な筋力アップがあった。また、ステロイドだけではなく、飛ぶボールの採用やストライクゾーンの姑息な操作などもあり、90年代の「不自然なホームラン時代」は、大掛かりに「演出」されていった。
バリー・ボンズの不自然な記録には、ファンの敬意の存在しない荒野がふさわしい。


だが、だからといって、「だからMLBはダメなんだ」とか、「MLBは間違っている」とか、理性のない子供のような短絡をしてもらっては困る。
"The 10th Inning"を見ればわかることだが、当時のスポーツメディアの大半がステロイド問題の指摘をスルーまたは黙認する一方で、スタジアムには、ステロイドの卑劣さ、卑怯さを非難する数多くのファンがいた。
卑劣な行為が公然と行われることもないわけではないのがアメリカだが、それを非難して正そうとする人が多数存在するのもアメリカだ。そういう、立場の違う人が混在して右往左往するアメリカ社会の、泥臭くて、エネルギッシュで、そして、ややこしい部分が、去年で終了した人気テレビドラマの"24”ではないが、"The 10th Inning"の描く「野球
」が面白い理由のひとつだ。
オリジナルの"The 10th Inning"は、けして「野球は神聖だ。だからステロイドで汚すな」と、いい子ちゃんが道徳を主張するために映像をつなぎあわせているわけではない。「酒に溺れたバリー・ボンズの父親」も描くし、「ステロイドに溺れたバリー・ボンズ」も描く。ステロイドの存在はともかく、人間そのものを完全否定してはいないのである。
ドキュメンタリーは裁判所ではない。だから一見すると、「"The 10th Inning"はMLBのさまざまな過ちに曖昧な態度を取り続けている」ように見えるが、そうではない。


ブログ主が少なくともいいたいのは、スポーツでも映像メディアでも、「不自然な演出」は、結局はファンとプレーヤーの夢をないがしろにする、ということ。いつぞやのダメ捕手城島の不自然すぎる3年契約もそうだ。あんな馬鹿げた行為、どうすると押し通せるというのだ。

野球の現場はあくまで「ファンとプレーヤーが出会う場所」であって、オーナーの自己満足のための場所でも、出来そこないの自称スポーツライターの「結論ありきの作為」がありありとわかる未熟な技術を人にみせびらかすための場所でもない。

不自然な演出」は、結局のところ、気分の悪い結果しかもたらさない。それはハッキリしている。






damejima at 18:24

December 30, 2010

このブログでは何度も取り上げてきたケン・バーンズ"The 10th Inning"を、元日にNHK BS1で放映するらしい。もちろん日本語版としての放映、ということになる。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。

この番組を見るなら、このグラフを頭に入れておいてから見るといいと思う。パワー(たとえばホームラン数)と、スピード(これは盗塁だけに限らないが)の相関関係は、MLBの歴史に強く影響しているからだ。もちろん、このところずっと書いてきた「MLBストライクゾーンの変遷と現状の混乱ぶり」にも強く影響している。
メジャーの歴史における盗塁とホームランの関係



メジャーリーグ ~アメリカ社会を映す鏡~
原題:Baseball The 10th Inning
放映時間はすべて日本時間
第1回 2011年1月1日 午後2:00~2:50
第2回 2011年1月1日 午後3:00~3:50
第3回 2011年1月1日 午後4:00~4:50
第4回 2011年1月1日 午後5:00~5:50

(再放送)
11年1月4日 火曜 午後11:00~11:50
11年1月5日 水曜 午後11:00~11:50
11年1月6日 木曜 午後11:00~11:50
11年1月7日 金曜 午後11:00~11:50

1回目は1日に4本連続して放映してくれるわけだが、再放送は4日間に分けて放映される。そのため、再放送を見る人は4日間続けてテレビの前にいなければならない(もしくは、4日間続けて録画しなければならない)これはめんどくさい(笑)
見る人は是非、元日にまとめて見るのが正解だろう。


2010年秋に放映された"The 10th Inning"は、もうとっくにDVD化されて、アメリカの書店の棚にも普通に並んでいたりしていたわけだが、日本語版については、こうしてテレビで放映されるということは、発売予定がないということだろうか?(もしくは商売大好きなNHKが、元日の放映後にDVDとして発売するつもりかもしれないが)

たくさんあるドキュメンタリー作家ケン・バーンズの秀作のうち、野球に関するものは、ほかに"Baseball"があるが、これにしても、アマゾンでの検索結果を見る限り、英語版(このDVDはスペイン語のナレーションをチョイスできる)は日本国内でも入手できるが、日本語版は出ていないようだ。


ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:MLB史におけるイチローの意義、ケン・バーンズ

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月10日、"The Tenth Inning"後編の語る「イチロー」。あるいは「アラスカのキング・サーモンはなぜ野球中継を見ないのか?」という考察。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月11日、イチローも登場するらしい9月末公開のスポーツドキュメンタリー"The Tenth Inning"を作ったケン・バーンズの横顔。彼の考える「MLB史におけるイチロー登場の意義」は、このブログと同じ。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月20日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーが、"The Tenth Innning"のケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックが行った「イチローインタビュー」について当人に取材して書いた記事の、なんとも哀れすぎる中身とタイトル。






damejima at 15:16

October 30, 2010

new zone and old zoneこれはフロリダのSt. Petersburg Timesの「2001年以降の新しいストライクゾーン」についての記事(Sports: Baseball adapts to a new zone)に添付されているイラスト。元記事では、点線で示されているのが、2000年までの「古いストライクゾーン」赤い太線で示されているのが、「新しいストライクゾーン」、と説明されている。

「説明されている」と、ちょっと曖昧な、奥歯にモノがはさまった言い方をしたのには理由があって、このイラストだけ見た人は、「最近のMLBのストライクゾーンは、アウトコースが狭くなって、高目を広くした」だけで、「低めのストライクゾーンは、近年、まったく変更が加えられていないと、誤解する」のではないかと感じるからだ。

「低めは変更なし?」
そんな馬鹿な。
「低め」だって「ボール1個分」広くなっている
1996 - The Strike Zone is expanded on the lower end, moving from the top of the knees to the bottom of the knees.
Umpires: Strike Zone | MLB.com: Official info


元記事は各チームがフロリダでスプリング・トレーニングをしている最中の2001年2月27日に書かれた。
セント・ピーターズバーグはもちろんフロリダのタンパベイ・レイズの本拠地だが、春先には暖かいフロリダでたくさんのチームがキャンプする。
2001年にMLBのストライクゾーンが大きく変更されるにあたっては、キャンプ中の各チームをアンパイアが手分けして訪問し、この「新しいストライクゾーン」について確認して回った。

非常に偶然だが、この記事には、2010年NLCSでさんざんアンパイアの低めのコールに文句をつけて問題を起こしてばかりいるパット・バレルが登場する。どうもフィラデルフィアの新人時代のバレルが、2001年2月にアンパイアJim McKeanからこの「新しいゾーン」について懇切丁寧に指導を受けたのが、偶然記事になっているらしい。
なにやら非常にむかつく。
パット・バレル、おまえはそもそも「ルールブック通りの新しいストライクゾーン」しか知らないはずの選手のクセに、どういう了見で低めに文句つけるんだ?と、言いたくなる。


こういう「低めも広くなった(はずの)新ゾーンしか知らないはずの選手が、低めのストライクにいちいち文句をつける」なんていう、おかしな現象が起こるのも、実は、MLBのアンパイアの中に、「この『2001年以降、新しいストライクゾーン』を徹底していこうとせず、むしろ故意にか何か知らないが『2001年以前の古いストライクゾーン』のままコールしようとしているとしか思えないアンパイア」が現実に存在しているからだと、ブログ主は思っている。(2010NLCSでアンパイアをつとめたJeff Nelsonもそのひとり。どういうわけか、サンフランシスコのゲームにはこういう「ステロイド時代風のコール」をしたがるアンパイアが多い)
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月21日、ちょっと心配になるロイ・ハラデイの「ひじ」と、「アンパイアのコール」。今日の球審は、今年8月、これまで一度も退場になったことのないニック・マーケイキスと、監督バック・ショーウォルターを退場にしたJeff Nelson。


2001年以降にストライクゾーンが大きく変更になったのは、MLBのステロイド規制に重い腰を上げたコミッショナー、バド・セリグ氏の意向によるもの。
これまでもイチローのメジャーデビューが、いかにステロイド禁止以降のMLBを象徴しているかという点については、何度も繰り返し記事にしてきた(ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:MLB史におけるイチローの意義、ケン・バーンズ)。
「ステロイド時代には、アウトコースが意図的に非常に広くされ、高目はとらなかったが、イチロー時代以降、ルールブック通りのストライクゾーンに変更された」という点も、「イチロー時代のクリーンさ」をよく象徴している。


「ステロイド時代のストライクゾーン」と「イチロー時代のストライクゾーン」は、そもそも時代背景からして、まったく違う。
ステロイド時代のMLBは、ステロイド打者に「飛ぶボール」を与えるなどして、ホームランの多発を演出し、集客を高めるかわりに、投手には「投手有利な、広いストライクゾーン」を与えて、帳尻を合わせた、といわれている。
つまり、打者に有利すぎるステロイド時代には、ストライクゾーンを「横長」に拡張して、例えばアウトコースに数インチもはずれているボール球でも「ストライク」と投手有利に判定することで、「投手のストライクのとりやすさと、打者のパワーの帳尻をあわせた」わけだ。

これに対して、イチロー以降の「ステロイド禁止。飛ばないボール。スピード重視」のMLBは、ストライクゾーンを「ルールブック通りの、縦に長いストライクゾーン」に戻そうとしている

もちろん、ケン・バーンズが「イチローはクリーン」という言葉で表わそうとしている2001年以降のベースボールは、ルールブックどおりのストライクゾーンの、揺るぎないベースボールである。
(まぁ、だからこそ、ランナーが出るとアウトコース低めのサインばかり出しているダメ捕手城島は、ステロイド時代的なストライクゾーンに毒されたキャッチャーであって、2001年以降のMLBには絶対に来るべきではなかった典型的なキャッチャーという言い方ができるわけだ)


だが、残念なことに、
ストライクゾーンの揺らぎ」は、2001年で全て解消したわけでもなんでもない。むしろ2010年になっても、アンパイアのコールには、いまだに「古いゾーン」と「新しいゾーン」が混在している。
頑固に「古いゾーン」を使い続けているアンパイアもいれば、素直にMLBの指導方針の変更に沿って「新しいゾーン」にのりかえたアンパイアもいる、という混乱した状況では、「判定の個人差」はかえって広がってしまう

だとすれば、かえってアンパイアの判定は、かつてないほど「個人差」に強く左右されてしまっている現状もあるだろうと、ブログ主は考える。

新ゾーンの講習を受けるデトロイト監督フィル・ガーナー(2001年)これは、最初に挙げた2001年の記事に添付されている、別の写真。アンパイアのJerry Layneが、当時のデトロイトの監督フィル・ガーナーをわざわざ打席に立たせて、「膝元のストライク」について講習をしている。

つまり、1996年の変更で「ボール1個分、低くなったはず」の、「低めのストライク」は、この記事が書かれた2001年のスプリング・トレーニングの時点でも、わざわざこうしてスプリング・トレーニングで忙しい監督を捕まえて講習をしてみせないといけないほど、十分に周知徹底されてはいなかった、ということ。もちろん、実際のゲームでもきちんと運用されていたとは言えない。

続きは次回。






damejima at 15:21

October 15, 2010

2010ポストシーズンも既に4チームだけが残っているわけだが、選手層が薄いのに、ただ打つだけ、ただ投げるだけの放任主義の野球しかできないチームは敗退し、「やれることは、なんでもする」アグレッシブなチームだけが生き残った、という気がしている。

ケン・バーンズがなぜ"The Tenth Inning"で、「ポスト・ステロイド時代」といえる2001年以降のMLBにおいて、打って、守って、走れるイチローの存在意義を重要視して描いたかを、痛いほど痛感するシーンが非常に目立つ。



このポストシーズンでは、打てないチームが多い。
と、いうのも、今年のポストシーズンは「真の意味での好投手」が揃っていて、レギュラーシーズン以上の激しい「投高打低」になったからだ。

「有名ピッチャーがポストシーズンにズラリと顔を揃えられるようになった」のにはハッキリした理由がある。
かつてトロントにいたロイ・ハラデイや、クリーブランドにいたクリフ・リーC.C.サバシアのような「地区優勝できそうもない下位チームで頑張っていた真の意味で2000年代を代表する名投手たち」が、続々と「常に優勝争いするチーム」に移籍して、いまや常勝チームの投手陣の大黒柱となったからだ。
もし将来、今年のポストシーズンに進出していないチームに属する有力投手、例えばフェリックス・ヘルナンデスウバルド・ヒメネスザック・グレインキーなどが将来、毎年優勝争いできるチームに移籍することがあれば、こうしたポストシーズンの投高打低傾向はさらに高まるだろう。
また、有力チームの若手ピッチャーの急成長も、投高打低に拍車をかけた。タンパベイのメジャー3年目デビッド・プライス、ヤンキースのフィル・ヒューズ、他にも(ポストシーズンには進出できなかったが)ボストンのバックホルツレスターなどもリーグの顔になりつつある。
もう、いつまでもステロイダーのロジャー・クレメンスのようなプレーヤーがポストシーズンの主役を張る時代ではない。


そんなわけで2010ポストシーズンのチーム打率は非常に低い。(ヤンキースを除く)
化け物的なチーム打率(.314)のヤンキースと、まあまあなテキサス(.254)を除けば、残り6チームの打率は軒並み.220以下で、アトランタなどは.175で、ハラデイにノーヒット・ノーランを食らったシンシナティにいたっては、たった.124しか打率を残せなかった。
出塁率にしても、ヤンキース(.354)と、フィラデルフィア(.301)が3割を越しているだけで、他のチームは軒並み2割台後半。出塁率でもアトランタは.214、シンシナティにいたっては,160しかなく、これでは勝てるわけがなかった。

レギュラーシーズンは、ぶっちゃけ、強豪チームは弱小チームとの対戦で楽勝を続けられることも多い。

だが、有名投手がズラリと揃うようになったポストシーズンでは、打者はもう好きに打たせてはもらえない。言い方をかえれば、ポスト・ステロイド時代で、有名投手が揃い踏みする投高打低のポストシーズンにおいては、もはやバッティングは、ある意味「水物」であり、「運」でしかない


だからポストシーズンを勝ち抜こうと思ったら、(ヤンキースのようなチームは除いて)もうバットに頼るだけでは足りない。必要なら、エンドラン、盗塁、四球、バント、やれることはなんでもやらないと勝てないと思うし、また逆に、相手チームの「なんでもあり攻撃」を封じ込めるフィールディング(守備)の重要性も非常に高いことが、このポストシーズンで浮き彫りになりつつある、と思う。

例1)
「走塁」「盗塁」の重要性

足を使って勝ったテキサスのロン・ワシントン監督はゲーム後に
"Baserunning. It's always been important to us. That's our style of baseball."と、「走塁を重視するのがレンジャーズの野球スタイル」と語ったが、対戦相手の監督ジョン・マドン
"That's three runs right there that's typically the kind of runs we score,"
「あの3失点は、まさにウチがやってきた典型的得点スタイル」と、タンパベイもテキサス同様に、走塁で得点を増やして勝ってきたチームであることを語っている。

例2)
「失われつつある芸術」、外野手の強肩

先取点が重い意味をもつ投高打低のポストシーズンの割には、ランナーがセカンドにいるときの外野フライで、外野手が雑なバックホームをして、あっさり犠牲フライにしてしまうシーンをよく見かける。
(たしかテキサスのセンター、ハミルトンだったかと思うが)バックホームを大暴投したゲームがあったが、ああいうのこそ、アウトにしていたらファンも大喜びなのに、本当にもったいない。「これがイチローなら・・・」と、つい思わずにいられない。

イチローの強肩については、デンバー・ポスト紙のジム・アームストロングがこんなことを言っている。
「(外野手の強肩は)もはや失われた芸術だ。だがシアトルのイチローにはそれがある
強肩でコントロールもいい優秀な外野手が減ったことで、バックホームでセカンドランナーを刺せる時代は本当にもう終わってしまうのだろうか。それはともかく、「金のとれるスローイング」のできる強肩外野手の存在が、ポストシーズン進出チームにとって、ひとつの武器になることには変わりない。

例3)
投手の守備力

どのゲームか、ちょっと忘れたが、打たれた直後の投手がボーっと突っ立ったままでいて、バックホームのカバーリングが遅れて失点するシーンがあった。
極端な投高打低のポストシーズンでは、守備側は、送りバントの成功阻止、内野安打の阻止、きわどいダブルプレーの完成など、攻撃側の「足を生かした進塁や得点」をできるだけ封じこめる必要がある。
だからインフィールドでのゴロの処理やカバーリングは非常に大事であり、その意味では、投手の守備責任もけして軽くない。

例4)
監督の選手起用の無駄

選手起用で、ひとつ気になったことがある。それは「選手層が薄いチームほど『やたらと選手交代すること』」だ。
例えばボビー・コックスのアトランタなどは、DHのないナ・リーグのチームだから、代走、代打、投手交代、選手を数多く代えていくわけだが、どうも見ていて「選手を代えたことで得られる効果」が低く見えてしかたなかった。
この現象は敗退チームに共通してみられる特徴のような気がした。

うまく説明できる「たとえ」が見つからないのだが、例えば、ゲーム終盤に、3打席凡退している打率2割ちょっとの下位のバッターに、ほとんど同じ打率の打者を代打に出す、とする。だが、その代打は、だいたい凡退に終わる。
ブログ主の発想としては、ただでさえ緊張するポストシーズンのゲーム終盤で起用され、さらに勝ちゲームに登板するブルペン投手といきなり対戦させられて、ポンとヒットが打てる控え選手など元々ベンチにいるはずもない、と考える。むしろスタメンで出ていた選手のほうが、それまで3打席凡退していても、4打席目にようやくヒットを打つか、四球を選んでくれる可能性があるかもしれない。
また、ブルペンの選手層が薄いチームが、防御率のたいして変わらないブルペン投手を、それこそ片っ端から投入するシーンも見たが、むしろブルペンの層が薄いチームこそ、もっと疲労の蓄積を考慮して投手を起用していかないと、登板過多で「ブルペン投手全体の疲労蓄積」は、あっという間に起こり、ゲーム終盤に逆転負けするパターンから抜け出せなくなる。



テキサスを見て、「これは強い」と感じた。
彼らは、必要だと思えば初回から平気でバントをする。盗塁もできる。走塁も抜け目ない。必要ならホームランも打てる。守備がいい。つまり、打撃、守備、走塁、どれをとっても、そのとき、そのときのシチュエーションに応じて、必要なプレーを自分で考え選択できる判断力や、イレギュラーな事態に即座に対応できる柔軟性があって、なおかつ難易度の高いプレーを実行できる高い技術も兼ね備えた選手がたくさんいる。

負けるチームは往々にして、狙い球も特に決めず、ただ漫然とスタメン打者に自由にバットを振り回させて、四球も選ばず、無得点イニングをダラダラ、ダラダラと積み重ねる。そして、あれよあれよという間にゲームは終盤になる。そこではじめて焦った監督、代打、代走、代打、代走。選手をやたらと代える。気がつくと、ベンチは空っぽ。最終回のフィールドに立っているのは控え選手ばかり。そういう雑な戦略では、この「投高打低のポストシーズン時代」を勝ち抜けるわけがない。


もう一度言うと、このポストシーズンが象徴するのは、なんといえばいいか、「ただ打つだけ」「ただ投げるだけ」の時代は終わった、ということだ。

「やれることはなんでもやらなければ勝てないゲーム」の中では、「明らかなヒット」、「明らかなアウト」だけが発生するわけではない。バント、エンドラン、盗塁、けん制、カバーリング、挟殺プレー、バックホーム、タッチアップ、とにかくなんでもありなのだから、目の前に来たゴロやフライを捕って送球していれば済まされる、そんな単純なゲーム展開ではない。、
むしろ「ヒットかアウトか、どちらとも決まらない曖昧な打球」、「アウトかセーフか、やってみなければわからない曖昧なプレー」など、「中間的で、曖昧なインプレー状態」が多発する。
こうした「曖昧なプレー状態」においては、守備側が好プレーをすれば「アウト」に、攻撃側が良いプレーをすれば「ヒット(または進塁や得点)」になる

どちらに結果が転ぶかは、プレー次第なのだ。

こうした「曖昧なプレー状態」は当然、プレーヤーの小さなミスを誘発するわけだから、「中間的なプレー状態」は、さらにその枝葉として、さまざまな予測もつかないイレギュラーなプレーを発生させてくる。


こうした「『曖昧なプレー状態』が多発し、プレーの結果がどう出るか予測しにくい、なんでもありゲーム」でプレーする選手は、監督の指示どおり動くだけでは足りない。
その場、その場での「自主的判断」によって、「ひとつでも多くの塁を奪い、ひとつでも多くのアウトを相手から取る」必要がある。
だから、イチローのような、自分の頭で判断できて、打てて、守れて、走れるプレーヤーが必要になるわけだが、そういうことのできる選手は、実際にはそう多くは育っていないのが今のMLBだということは、今年のポストシーズンを見ていると、嫌というほどよくわかる。






damejima at 14:11

October 12, 2010

ケン・バーンズの"The Tenth Inning"が2010年9月28日・29日にPBSで放映された(Baseball The Tenth Inning: Home | PBS)が、イチローが登場する29日放映の後編のコンセプトは

2001年という年と、それからの10年が
 アメリカと、メジャーリーグベースボールにとって、
 どれほど大きな意味があったか、を描く」

という点にある。


もう少し詳しく説明しておかないとわかりにくいだろう。

"The Tenth Inning"後編は、イチローを 「バリー・ボンズの対極に位置する究極的プレーヤー」としてとらえている。
つまり、ボンズを、90年代末までのステロイドによるホームラン量産時代の象徴、イチローを、ボンズ時代とは対極にある2001年以降の「ポスト・ステロイド時代」のベースボールの象徴としてとらえ、「イチロー」の代表する「クリーンなベースボール」に対してアメリカ野球史における非常に重い位置付けを与えている。(ただしボンズを完全否定して番組構成しているわけではない)そのため、29日の後編では、"Ichiro"という独立したチャプターがイチローに与えられている。

また"The Tenth Inning"後編は、2001年の同時多発テロで大きなダメージを受けた「アメリカの傷」にとってベースボールが果たした「癒し」の意味を、バリー・ボンズとイチローを対極的な存在として象徴的に扱う構図の中で描きだしている点にも、大きな特徴がある。
バリー・ボンズがアメリカにもたらしたものが「劇薬の痛み止めによる熱狂」だとすれば、イチローがもたらしたのは「ベースボールの歴史の本流への回帰による癒し」ということになる。
まぁ、劇薬による痛み止めと、自然やスローライフによる癒しとの違いとでも思っておけばいいと思う。
(ちなみに日本には、第二次大戦で荒廃していた人と人との繋がりを復活させたキャッチボールの素晴らしさについて故・寺山修司氏が書かれた名文がある。野球とボクシングの好きだった寺山氏は1983年没で、イチローは1973年生まれ。)



2001年9月11日の同時多発テロで、MLBのゲームは1週間中止されたが、再開された直後、テロで傷ついた心を抱えたアメリカは、バリー・ボンズによるマーク・マグワイアのホームラン記録70本の更新に熱狂した。
("The Tenth Inning"にはもちろんジョー・トーリがニューヨークの消防のキャップをかぶっているシーンも収録されている)
だがその後、90年代末以降の「ベースボール」が、ボンズやマグワイアのホームラン量産を含めてステロイドまみれであることがわかり、2007年のミッチェル・レポートは多数のプレーヤーの不正を告発した。
1998年にはナ・リーグでマクガイヤとサミー・ソーサがホームラン王争いを演じ、ア・リーグでは1998年から2000年までの3年間、後にステロイド問題を起こすロジャー・クレメンスアンディ・ペティットのいたヤンキースが3年連続ワールドチャンピオンを独占したが、2001年以降はワールドシリーズの優勝チームは毎年入れ替わるようになり、ホームラン王の打つホームラン数は一気に下がった。(こうした現象の背景には、球団間の戦力格差是正や収益再分配のためにMLBコミッショナーのセリグ氏がとった改善策の効果もある)


"The Tenth Inning"が主張するのは、
テロで傷を負ったアメリカが、心を癒すために帰るべきホーム・スイート・ホーム、幸福な家族の時間は、実は、ボンズ、マグワイア、サミー・ソーサなどがホームランを争った90年代末のアメリカ野球ではなかったはずだ、ということだと思う。
アメリカを本当の意味で癒すのは、そういう「ステロイドまみれの劇場」に熱狂することではなく、アラスカのキングサーモンがやがては故郷に帰るように、ベースボールという大きな歴史を創造してきた本流に帰ることだ、というのが、"The Tenth Inning"が主張する「9・11同時多発テロ以降のアメリカ野球」だろう。
(だからこそケン・バーンズはイチローの特徴を「クリーンさ」だと言っている。ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月20日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーが、"The Tenth Innning"のケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックが行った「イチローインタビュー」について当人に取材して書いた記事の、なんとも哀れすぎる中身とタイトル。

イチローのチャプターでは、ウィリー・キーラージョージ・シスラータイ・カッブなど、ベースボール創世期の名プレーヤーの名前が出されて、イチローの業績の意味が説明されている。

"The Tenth Inning"によるイチローの評価は、ボンズがマグワイアの記録を破ったような「他のプレーヤーの記録の更新」にあるのではない。
そうではなくて、大事なのは、
この10年イチローが持続し続けてきたプレースタイルによって
ファンの誰もが忘れていた、100年前のアメリカでベースボールが出来た頃のフィーリングやスピード感」を、まるで何かの魔法のように現代アメリカの地表に掘り起こして、「ほら、これが90年代末に皆さんが忘れていたベースボールの原型であり、ここが皆さんの還る源流なんですよ」と示してみせたこと
にある。



ベースボールという大河の源流はどこだろう。
それはケン・バーンズの前作"Baseball"を見れば、
よくわかる。

"Baseball"という作品はただの歴史年表とは違う。
この作品が教えてくれるのは、アメリカとアメリカの歴史にとって「ベースボール」は、まるで「自分と自分の大切な家族とのかかわりを語る長い長い物語」のような、ノスタルジックでベーシックな関係だということだ。
ケン・バーンズの長い物語では、タイ・カッブやベーブ・ルースをはじめ、たくさんの名プレーヤーが登場するが、彼らのプレーや記録はベースボールとアメリカの歴史の背骨であるにしても、名プレーヤーもファンも、歴史という大きな存在の一部にすぎないことには変わりがない、という立場が貫かれている。
だから、両親と子供の野球観戦の場面ひとつとっても、普通の家庭で、まるで遺伝子が親から子に伝わるように、ベースボールの楽しみが両親から子供に大切に伝えられてきた「家族の文化」であることが描かれる一方で、MLB関係者たちや過去の名プレーヤーも、普通の親子とまったく同じように、「子供の頃、両親にボールパークに連れていってもらったり、一緒に野球をやった思い出の素晴らしさ」を目を輝かせて語るのである。
プレーヤーも、彼らのプレーを楽しみつつ大人になり、さまざまな形でアメリカの歴史を支えた人々も、全くかわりなく、同じアメリカの一部であって、両者の間になんの優劣も本来存在していないことを、ケン・バーンズはそれぞれの時代の音楽と映像の積み重ねで描いている。


だから、うまく言えないが、"Baseball"が語る「アメリカとベースボールの100年」は、野球という競技の100年の歴史的概説などというつまらないものではなくて、"Baseball"の国に生まれ、育ち、家族をもうけて、やがて死んでいった人たちが、平凡に、しかし素晴らしく積み重ねた歳月の考古学なのだと思う。

"Baseball"の国には、他のどの国とも変わらない一時的な熱狂があり、戦争、事故、自然災害、さまざまな不幸もある。ここには他のどの国とも変わらない多くの間違いもあるが、他のどの国にも負けないほど多くの正しさもある。
けれど、結局はいつの時代も、どの国でも、生まれ、育ち、家族をもうけて、死んでいく人間の営みの幸せは変わらない。


川で生まれて大洋に出ていき、やがては生まれた川に帰るサーモンの一生と、われわれ人間の一生、どこが違うのか?

答えは簡単だ。
人間には「ベースボール」があり、サーモンにはない。
それ以外は、何も変わりない。
(こんなことを言うとジェラルド・アーリーならたぶん、「サーモンには、ベースボールもないが、ジャズもないだろ!」とか不満を言うだろう(笑)ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月20日、ケン・バーンズの"The Theth Inning"の放映を来週に控えて、ちょっと彼の作品”Basebali"第1回冒頭のジェラルド・アーリーの有名な言葉を見直してみる。


サーモンは帰る川をわかっているが、人間は、もしどこに帰ればいいかわからなくて困ったら、どうすればいいか。
「ベースボール」という大河の源流に帰れればいい。
簡単にいえば、そういうことを、イチローの2001年以降の10年という歳月とプレーが教えてくれた、と、今回の"The Tenth Inning"は語っているのである。






damejima at 04:49

September 27, 2010

ピート・ローズという野球賭博で永久追放になった人が、イチローのことをとやかく言っているようだが、ちょっと笑ってしまう(笑)

通算長打率
イチロー   .430
ピートローズ .409

【MLB】トーリ監督「ローズより優れた才能」とイチローを絶賛 - MSN産経ニュース


どうして、たとえば長打率という誰にでもわかるハッキリした数字があるのに、「オレのほうが長打を打ってる」なんてテキトーな嘘を公然と言ってのけられるのか。不思議なおヒトがいるものだ。
さすが、賭博で永久追放になった人なだけのことはある。


ハッキリしておいてくれたまえよ。オッサン。
通算長打率はイチローのほうが高い。


どうしてこういう笑い話みたいなことになるか、面倒だが、多少細かく説明しよう。

イチロー
(メジャー9シーズン+2010年シーズン9月26日まで)
二塁打   228本
三塁打   68本
ホームラン 84本 
Ichiro Suzuki Batting Statistics and History - Baseball-Reference.com

ピート・ローズ(24シーズン)
二塁打   746本
三塁打   135本
ホームラン 160本
Pete Rose Batting Statistics and History - Baseball-Reference.com

実数としてはメジャー生活が長いローズが上回る。だが、これを「1シーズンあたりの長打数」「長打1本あたりの打席数」に換算してみると、まったく様相が変わる。
こんな数字になる。

シーズンあたり長打数
イチロー(9シーズン+2010年シーズン9月26日まで)
二塁打   22.8本
三塁打   6.8本
ホームラン 8.4本

ピート・ローズ(24シーズン)
二塁打   31.08本
三塁打   5.63本
ホームラン 6.67本


1本の長打を打つのに要した打席数
イチロー(7301打席=2010年シーズン9月26日まで)
二塁打   32.02打席
三塁打   107.37打席
ホームラン 86.92打席

ピート・ローズ(15861打席)
二塁打   21,26打席
三塁打   117.49打席
ホームラン 99.13打席


どうだ。
二塁打以外、すべてイチローがピート・ローズより質的に勝る。「ピート・ローズがイチローより長打力がある」などと言える根拠など、むしろ、どこにも無い。
出塁率についても、ほぼ同じ通算スタッツのピート・ローズにとやかく言われるような筋合いはないし(通算出塁率 イチロー.376 ローズ.375)、二塁打数の違いにしても、イチローの盗塁数の多さと、メジャー最高レベルの盗塁成功率、併殺打の少なさなどをきちんと考慮すれば、ピート・ローズ程度の二塁打数くらい、別にたいしたことはない。

イチローは、既にピート・ローズの2倍以上の数の盗塁を成功させており、盗塁成功率は実に81.3%(2010年9月26日現在)と、80%を越えている。成功率に関してだけいえば、75.34%のルー・ブロック、80.76%のリッキー・ヘンダーソンすら越えている。ア・リーグ記録はWillie Wilsonの83.3%(300以上の企図数)だから、イチローは盗塁成功率のア・リーグ新記録も狙える位置にいる
ナ・リーグの歴代最低盗塁成功率57.1%を記録し、40数%もの盗塁を失敗して、せっかくのヒットを数多く無駄にし続けたピート・ローズに、別に何を言われようと、別に痛くも痒くもない。
Lou Brock Statistics and History - Baseball-Reference.com

Rickey Henderson Statistics and History - Baseball-Reference.com


通算出塁率
イチロー .376
ピート・ローズ .375


盗塁数
イチロー    382(失敗数 88 成功率 約81.3%)
ピート・ローズ 198(失敗数 149 成功率 約57.1%

(注;盗塁企図数200以上の全プレーヤーのうち、ピート・ローズの盗塁成功率57.1%は、ナ・リーグの歴代最低記録 ちなみにア・リーグ歴代最低は、ルー・ゲーリッグの50.2%だが、彼はホームランバッターだし、参考にはならない。102回成功、100回失敗)
Stolen Bases Records by Baseball Almanac


シーズンあたり盗塁数
イチロー 約38.2回(=2010年シーズン9月26日まで)
ピート・ローズ 8.25回

イチローのヒットに、382もの盗塁数を重ねあわせて考えてみれば、両者の出塁状況の大差は、さらにわかりやすい。
イチローは228本の二塁打以外に、382回もセカンド(あるいはサードへの盗塁)を陥れて、チームに多数の得点チャンスを与えてきた。つまり、イチローがバット(二塁打)と足(セカンドまたはサードへの盗塁)で得点圏の塁を新たに陥れた総数は10シーズン通算で600回以上にもなっていて、1シーズンあたりに直すと60回以上にもなるのである。
同じことをピート・ローズについて計算してみると、二塁打が1シーズンあたり約31本、盗塁が1シーズンあたり約8回だから、合計しても、1シーズンあたり40回にすら届かず、イチローの3分の2しかない。
シーズンあたり、わずか8回ちょっとしか盗塁しないピート・ローズでは、シーズンあたりの盗塁数が約40にも及ぶイチローのチャンスメイクの超絶パワーの比較対象にもならないのである。


そして、イチローの盗塁の芸術品たる所以は、盗塁失敗がわずか88回しかなく、盗塁成功率がメジャー最高クラスの81.3%にも達していることにもある
一方で、ピート・ローズは、盗塁数が24シーズンでわずか198しかないにもかかわらず、およそ40%以上もの盗塁を失敗している。(しつこいようだがピート・ローズの盗塁成功率57.1%は、盗塁企図数200以上でのナ・リーグ歴代最低記録

さらに、考慮すべきなのは「併殺打の数」だ。
イチローはメジャー10シーズンでわずか46しか併殺打を記録していない
他方、ピート・ローズの併殺打数通算で247もあり、アウトカウントをおよそ500も無駄に生産している。ピート・ローズは、1シーズンあたりイチローの約2倍の併殺打を打ち、実数ではイチローの約5倍の数の併殺打を打って、大量のアウトカウントを無駄に生産しているのである

つまりピート・ローズの生産したアウトカウントは、盗塁死において149、併殺打で約500足らずあるわけだから、この2つのケースの合計で「ピート・ローズが、自分のプレーミスでいたずらに増やしたアウトカウント数」は、なんと合計650もの数になる。
韋駄天イチローは常に全力プレーで1塁を駆け抜け続け、数々のダブルプレーを阻止し、数々の内野ゴロを内野安打化してきたわけだが、それはイチローが自分の快足を生かして無駄なアウトカウントを減らし、アウトさえヒットに変えたという意味であり、その数は相当数にのぼることの重要性を忘れてもらっては困る。


両者の差は
スピードの違い、
プレーの正確さの違い。
そしてクリーンさの差
」である。

これらの差は、すべてMLBの歴史的変化が背景にある。
たった1本のソロホームランを打つために20回も30回も三振するバッターが現代野球を作ってきたのではなく、スピードスター、イチローがメジャーの野球を変えた、といわれる所以(ゆえん)が、この「スピード」、そして「クリーンさ」にあると、何度説明すればわかるのだろう?
一度ケン・バーンズにでも、メジャーの歴史の大きな流れの変化について聞いてくるといい。

イチローとピート・ローズ、どちらが質の高いプレーをしてきたか?
考えるまでもない。


ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月11日、イチローも登場するらしい9月末公開のスポーツドキュメンタリー"The Tenth Inning"を作ったケン・バーンズの横顔。彼の考える「MLB史におけるイチロー登場の意義」は、このブログと同じ。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月15日、イチローにケチをつけようとして大失敗したRob Dibbleと、イチローを賞賛したRob Neyer、「2人のRob」のどちらが「いまどきの記者」か。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月16日、ちょっと忘れっぽくなっているらしいピート・ローズ氏が、かつてスポーツ・イラストレイテッドの Joe Posnanskiに語ったことの覚え書き。

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月20日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーが、"The Tenth Innning"のケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックが行った「イチローインタビュー」について当人に取材して書いた記事の、なんとも哀れすぎる中身とタイトル。


そう。
むしろ「二塁打をやっと打てるくらいで、長打は言うほど多くもないのに自慢したがり、足はそれほど速くないのに盗塁しては失敗ばかりして、併殺打もかなり多く、無駄なアウトカウントを増やすことに無頓着だった、見栄っ張りの雑なプレーヤー」に、いまさら何を言われようが、別に気にしないのである。






damejima at 19:33

September 21, 2010

いやー。これは面白い記事だ。
ちょっと褒めているのとはニュアンスが違うけれど(笑)
面白い。絶対に読むべき記事。


シアトルの地元紙シアトル・タイムズの、無難な記事を書くしか能がなく、ちょっと保守的なコラムニスト、スティーブ・ケリーが、"The Tenth Inning"の制作にあたって、ケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックイチローに行ったインタビューについて、なんとも哀れな記事を書いている。
正直、普段は無難な記事しか書かない人が、よくこんなあからさまな記事を人前に出したものだと思う。自分の欠陥を人前に晒したがるアメリカ版 太宰治か、とでも言いたくなる(笑)
Steve Kelley | Maybe all Ichiro owes us is hits | Seattle Times Newspaper



まずは、ケン・バーンズのコメント。
"There are so many factors," documentarian Burns said of the aloof Ichiro. "He needs to maintain, for the Japanese, the sense that he hasn't become Americanized. And he's so internally disciplined that, I think, his day-to-day relationship with the press isn't so important."

イチローを日々取材するプレスの一員であるスティーブ・ケリーを目の前にして「思うに、イチローが日々報道陣とどういうやりとりをするか、なんてことはさぁ、たいした問題じゃないんだ」と容赦なくコメントするケン・バーンズには、思わず膝を打ったし、思わず笑わせても、もらった(笑)
さぞかし、これまでシアトル・タイムズはじめ、必ずしもイチローに味方ばかりしてきたとばかりもいえない地元シアトルの「野球しかわからない新聞記者サンたち」は、心中、ヒートアップしたに違いない(笑)あー、可笑しいったらありゃしない(笑)
ケン・バーンズはさらに続けて「30年代の名女優グレタ・ガルボも、なんにも話さない人だったでしょ? イチローもそうだよね? だからこそ、話を聞いてみたくなるんじゃん。アンタ、わかる?」というような話をまくしたてていく(笑)

"He's negotiating a hugely different culture with a language that is so completely different and doing something at a level that few people have ever done," Burns said. "It's tough for (sportswriters), but we all get to enjoy the show."

"You know what they said about Joe DiMaggio," Burns said. "He owes us nothing but hits. And maybe, in the end, for as much as our media culture needs more, maybe Ichiro owes us nothing but hits."

Burns calls him Greta Garbo.

"He's so well known," Burns said. "And if you asked, of all the actresses of the thirties who was the most famous, your answer would be the one who never talked. It's a mystique."


スティーブ・ケリーが、ケン・バーンズとリン・ノビックに話を聞き、その感想みたいなものを書きつらねていくこの記事のタイトルは、Maybe all Ichiro owes us is hitsというのだが、読めばわかるのだが、この記事タイトルは、ケン・バーンズがジョー・ディマジオを引き合いに出してイチローについて語った言葉を、スティーブ・ケリーが貧弱にパクっただけのタイトルだ。このことは、絶対に頭に入れて、この文章を読むべきだろう。
なぜなら、この文章には、全米レベルではまったく無名の地方記者でしかないスティーブ・ケリーが、全米の有名人であるケン・バーンズに対して、同じく全米の有名人であるイチローについて話を聞くときの「なんともあからさまで、陰湿なヒガミ根性」が、たっぷりすぎるくらい入っていると思うからだ(笑)

インタビューした相手の言葉を貧弱にパクって自分の記事のタイトルにしてしまうスティーブ・ケリーは、実は、全米の有名人ケン・バーンズを前にして、これまで彼ら地元紙の記者たちが「イチローが野球というものを越えたアメリカ史クラスの存在であることに気づきもせず、イチローの野球における表面的にすぎないこと、うわっつらについてだけ、これまでとやかく、つべこべ書いてきただけであることを、とうとうあからさまにしてしまっている。
また、なお痛いことに、地方記者スティーブ・ケリーの筆力では、ケン・バーンズやイチローのようにアメリカ史に残ることなどありえない、という「お互いの立ち位置の違い」が、この記事のよって非常にあからさまになってしまっている。

哀れな「地方記者」スティーブ・ケリーの心は、おそらく相当痛んだに違いない(苦笑)


"There are so few players in every generation that are for the ages," Novick said, "and Seattle is lucky enough to have one like that on their team for a long time. You've been lucky to see him here for all these years. As a Yankee fan I feel the same way about Derek Jeter and Mariano Rivera."

こう語ったのは、リン・ノビックだが、おそらくスティーブ・ケリーにしてみたら、心底から屈辱的な感じがしたのではなかろうかとブログ主は思っている(笑)
なぜなら、リン・ノビックのこの言葉は、イチローをいつでも取材できる立場にあった地元メディアのライターの立場からしてみれば
「ヤンキースのジーターのように、これだけの歴史的な選手が身近にいて、きちんと彼のMLB史的な意味の取材もせず、また、彼の野球を超えたアメリカ史的な存在意義に気づきもしないで、それでよく『記者』がつとまりますね?」と、
正面切って言われたも同然だ
と、ブログ主は思うからだ。


"We see baseball as a prism through which we can see refracted much more than games won and lost," Burns said. "And really, steroids is the reason we wanted to do this. It wasn't obligatory. It wasn't like we said, 'Let's do the bad stuff, so we can get to the good stuff.' We wanted to tell a complicated 'Tenth Inning.'

"But can we just agree that baseball is the best game ever? It's an incredibly different game. It's so different from all others and it's been with us since our beginning. So it really is a reflection of who we are, more than any other game."


それでも、ケン・バーンズもリン・ノビックも、スティーブ・ケリーになんの遠慮も容赦もなく、コメントする(笑)
バーンズは、イチローをたとえるのに、ジョー・ディマジオだけでなく、グレタ・ガルボまで引き合いに出しただけでなく、野球専門記者を前にしてMLBの歴史の解説まで披露している(笑)

バーンズにここまで言われて、スティーブ・ケリーは、最後に悔しまぎれに、短くつぶやいた(笑)

And in this most American game, Ichiro, a player from Japan, has touched fans with his legs and his genius. Maybe all he has ever owed us is hits.

(笑)

あのさ。
いまさらそんなコメントを書いてどうするんだ、スティーブ・ケリー。そんなこと、とっくにわかってないと、ダメだったんだぜ?あんたたち。
と、ブログ主は、スティーブ・ケリー側に言ってやりたい(笑)
ケン・バーンズとリン・ノビックのコメント部分の力強さに比べて、なんとスティーブ・ケリーの書いた部分の「貧弱な」こと(笑)



このやりとりを追っていると、たいへん直撃で申し訳ないが、しょせん野球しかわからない記者は、野球記者以下の存在でしかないこと、が、よくわかる。
シアトルの野球記者たちが「野球史に残るような存在になれない」のは、ましてや「アメリカ史に残る存在になどなれない」のは、彼らが野球しか知らないからではない。
イチロー「あくまで野球を通して」懸命にプレーし続けることで、ついには「野球の枠を超えてしまい」、さらに「アメリカ史にも名前を残すような」存在になろうとしている。
そのイチローがもつ「ワン・アンド・オンリーな、何か」について、スティーブ・ケリーはじめ地元記者たち(加えて、日本の野球記者だってそうだろう)が、普段から十二分な敬意を払い、敬意を前提にした取材を行ない、本質的な何かを文字にしようと必死に務めてきたわけではなく、ただただ「野球のゴシップについて、あれこれ、グタグタ書くだけの職業記者でしかなかった」記者たちが、全米クラスの実力派作家に取材している最中に、足元をみられた話し方をされて屈辱を受けるのは当然のことだ。



スティーブ・ケリーもこれで思い知ったのではないか。
自分たちはイチローについてあれこれ書くのは、実は無理だ。なぜなら、ケン・バーンズのようにイチローを見る能力が無いからだ」と。

視野の狭い人間に残すものは、ヒットの数くらいで十分だ。
Maybe number of hits is enough for narrow person in view.
イチローの偉業は「ヒットの数」などという、小さいものではない。ケン・バーンズも言っている。「彼は野球を変えた」と。






damejima at 19:03
セーフコで始球式をするケン・バーンズセーフコ・フィールドで始球式をするケン・バーンズ
いよいよ映像ドキュメンタリー作家Ken Burns(ケン・バーンズ)の"The Tenth Inning"の全米放送が来週28日、29日に迫ってきた。ちょっとドキドキしながら、復習をかねて、"The Tenth Inning"(10回)に至るまでの9イニング、つまり、ケン・バーンズがMLBの歴史を描いたドキュメンタリー、"Baseball"(Baseball (TV series) - Wikipedia, the free encyclopedia)を見直してみた。
"The Tenth Inning"公式サイト
Baseball The Tenth Inning: Home | PBS

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月11日、イチローも登場するらしい9月末公開のスポーツドキュメンタリー"The Tenth Inning"を作ったケン・バーンズの横顔。彼の考える「MLB史におけるイチロー登場の意義」は、このブログと同じ。


"Baseball"は1994年に9夜にわたって全米で放映されたドキュメンタリーで、9つのパートに分かれている。
第1回は1st Inning - Our Gameというタイトルで、1994年9月18日に放送された。主にこのシリーズへのイントロダクションとして、さまざまなコメンテイターが登場し、野球というスポーツの起源について語るだけでなく、「アメリカ史、アメリカ人にとって、野球とは何か」という困難な問いに答えている。

冒頭部分にコメントを寄せているひとり、Gerald Early(ジェラルド・アーリー)は、1994年に全米批評家協会賞をとっているアメリカ文化批評家で、アフリカ文化の研究者だが、実はケン・バーンズの"Baseball"や"Jazz"の監修者もつとめている。
その野球にうるさい彼が"Baseball"の第1回の冒頭で、アメリカ史にとっての野球の意味について、こんな言葉を残している。

"I think there are only three things that America will be known for 2,000 years from now when they study this civilization: the Constitution, jazz music and baseball. They're the three most beautifully designed things this culture has ever produced."
「2000年後、もし誰かがアメリカの文明を学ぼうとしたら、アメリカが残せるものはたったの3つだ。合衆国憲法ジャズ、そしてベースボール。この3つが、我々の文化が作り出したものの中で、最も美しくデザインされている

この言葉を引用しているサイトの例
Baseball History: 19th Century Baseball
The Importance of Jazz in American Culture - Jazz & Moreなど多数


この言葉がいったいどれだけのウェブサイトで引用されていることか。多くの人々がこの言葉から出発して、野球を語り、ジャズを語り、そしてアメリカを語ってきた。
ケン・バーンズのドキュメンタリーがいかにアメリカ人に影響力があるか。"Baseball"がいかに影響力のあったドキュメンタリーであったかがよくわかるし、そして、このジェラルド・アーリーの言葉の影響力も非常に大きいものがあった。


たとえば、もし日本でMLBの歴史を紹介する番組を作るとしたら「タイ・カッブやベーブ・ルースのエピソードや、ホームランを打つシーンが延々と続くような安っぽい作り」になってしまうだろう。

だが"Baseball"は違う。
第1回1st Inning - Our Gameの冒頭にたしかにタイ・カッブの顔写真はじめ、ベーブ・ルース、サンディ・コーファックス、ジョー・ディマジオ、さまざまなプレーヤーは出てくるが、彼らは名前の字幕さえ全く出てこないし、ナレーターが彼らの名前を連呼することすら、ない。
このドキュメンタリーにとって大事なことは、誰もがわかりきっているプレーヤーの名前を表示することではなく、「アメリカの歴史の背骨に、ベースボールをきちんと位置づけること」である。名選手紹介のような安っぽいものをケン・バーンズが作っているわけではないから、当然だ。

だからこそ、このドキュメンタリーに出てくる選ばれるプレーヤーになることは、単に「成績の良かった選手」ではなくて、ジェラルド・アーリーがいう「アメリカが2000年後の人々に残せる3つ」に含まれている選手かどうかが、厳しく問われる、という意味になるのである。

どうみても「2000年後にアメリカ史の一部として語るべき選手に選ばれること」は、単にクーパーズ・タウンの野球殿堂に入ることよりもずっと難しいと、思う。






damejima at 17:48

September 17, 2010

スポーツイラストレイテッドのJoe Poznanskiが書いたイチローに関する記事を紹介したのは、今年2010年3月だ。その中にこんな記述があったのを、ちょっと思い出した。
(注:Joe Poznanskiの経歴については下記の記事に詳しく書いたので省略
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年3月26日、The Fielding Bible Awards選考委員で、2007年CASEY Awardを受賞しているスポーツ・イラストレイテッドのJoe Posnanskiがイチローを絶賛した記事の翻訳を読んでみる。
また、Joe Poznanskiの元記事全文の日本語訳は、あるサイトがネット上に公開している。他サイトに迷惑をかけたくないので、URLを出すのは控えたい。日本語で元記事を読みたい方は、検索エンジンで「イチローのようなプレーヤーはこれまでいなかった」とでもキーワードを入れて探すと出てくるので、そちらでどうぞ)


Pete Rose once told me that nobody -- NOBODY -- was going to break his hit record and, to punctuate the point, added: "And you can tell Ichiro he can count his hits in Japan."
ピート・ローズはかつて私に、「誰も、そう『ただの一人も』、僕の安打記録を打ち破ることはないだろう」と語った。彼は自分の主張をさらに強調するように、こうも付け加えた。「なんならイチローに『どうぞ日本でのヒット数をカウントに入れてもらって構わないよと(僕が言ってると)伝えてくれよ。」(注:カッコ内はブログ側の補足文)


ピート・ローズさん、あなた、こんなこと言ってましたっけね(笑)なのに、どういうわけでイチローの日本でのヒット数についてグダグダ言い出したのかな。まぁ、人間、年とると忘れやすくなるからねぇ。だから、このブログが過去を掘り起こしてみましたよ、と。(笑)
ま、Joe Poznanskiの予測(when it comes down to it, I suspect that Pete Rose doesn't really want to count Ichiro's hits in Japan.)どおりというところか。

さて、Joe Poznanskiは、36歳というイチローの年齢に着目して、「経歴と年代の異なるプレーヤー同士を、36歳時のヒット数」で横一線に比較してみている。


Well, of course, they played shorter seasons in Japan. But, by my count, Ichiro had 1,278 hits in Japan. That would give him 3,308 hits for his career.
もちろん、日本の野球シーズンはメジャーよりも短い。私の計算では、イチローの日本でのヒット数は1278安打。それを加えたイチローのキャリア通算安打数は3308安打となる。

Pete Rose entering his 36-year-old season? He had 2,762 hits. That would be 546 fewer hits.
36歳を迎えたピート・ローズの安打数? 2762。イチローより546少ない。

In fact, counting Japan, Ichiro has more hits than anyone had entering their age-36 season:
日本でのヒット数をカウントに入れると、イチローの36歳でのヒット数は、36歳を迎えてプレーした、他のどんなプレーヤーよりも多い。

1. Ichiro Suzuki, 3,308
2. Ty Cobb, 3,264
3. Robin Yount, 2,878
4. Rogers Hornsby, 2,855
5. Tris Speaker, 2,794
6. Stan Musial, 2,781
7. Pete Rose, 2,762
8. Derek Jeter, 2,747
9. Mel Ott, 2,732
10. Sam Crawford, 2,711


そしてJoe Poznanskiはこの記事の結論として、「私はイチローに似た選手をまったく考えつかない。まさにオンリー・ワンの選手だ」と絶賛している。
この意見自体にはブログ主も賛成だが、それでも、あえて1人選べと言われたら、ブログ主なら今の時点で即答できる答えがある。

Ty Cobb.

すみませんね。ピート・ローズさん。
いまイチローの比較対象は、あなたの単純な「ヒット数」じゃなくて、メジャーの歴史の変革期におけるイチローの意義であり、球聖タイ・カッブなんですよ。
すみませんね(笑)
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。






damejima at 10:45

September 16, 2010

なんだろうね。いったい。


日本のスポーツ紙に限らずメディアの一部に、どうかしてイチローのことをこきおろしそうと、無駄に日夜奮闘しているアホな層があるのはわかっているが、それにしたって、アメリカの記事をリメイクして、しょうもない記事を書くくらいしか能がないのは、どういう頭の悪さなのかと思う。
そんなことでイチローの業績の輝きがどうかなると本気で思っているのだろうか(笑)


野球賭博にかかわったとしてMLBを永久追放になり、2004年の自伝で賭博への関与もハッキリ認めているピート・ローズが、どこでどう遠吠えしようが、彼を永久追放にしているはずのシンシナティ・レッズが、わざわざMLBの許可をとって彼のことを表彰までしてピート・ローズを復権させようと画策しようが、そんなもの、ほっとけばいいのである。

そういえば、かつて、イチローがメジャーデビューする年、2001年2月20日に「イチローが首位打者とったら裸でタイムズ・スクエアを裸で走ってやる」とか大見得を切って、大恥かいた記者がいた。かつてESPNにいたRob Dibble(ロブ・ディブル)だ。
実はディブルという男、「ピート・ローズと同じシンシナティ・レッズでピッチャーとしてデビューし6年在籍していた元メジャーリーガー」である。こうしたシンシナティ・レッズ関係者が、いかにピート・ローズを擁護したがっているか、復権させたがっているか、あるいはイチローを目の敵にする理由も、これでわかるだろう。


その「恥かき男」、その後どうなったか、
知らない人も多いだろう。

Rob Dibbleはその後、2008年にFOXと契約するためにESPNを辞め、さらに2009年にはMASN(Mid-Atlantic Sports Network、ワシントン・ナショナルズとボルチモア・オリオールズが所有するネットワーク Mid-Atlantic Sports Network - Wikipedia, the free encyclopedia)と3年契約をかわして、ナショナルズ担当キャスターになった。
だが今夏に、女性に対する性的差別発言で問題になっただけでなく、こともあろうに、MASNを所有するワシントン・ナショナルズの期待のホープ、ステファン・ストラスバーグに関する暴言(ケガをして登板できないでいるだけなのに、Rob Dibbleはストラスバーグが登板しないことを4文字系の汚い言葉で批判した)を吐いて、MASNにクビにされたのである。
(この事件はMLB公式サイトでも記事になった。TV analyst Dibble won't make road trip | MLB.com: News 公式サイトまでもが記事にしたことで、今後ボブ・ディブルがMLB関連の要職につけるとは思えないが、先行きは不明)

ま。ピート・ローズと彼の擁護者たちがどうあがこうが、「彼のヒット数は、もう1本たりとも増えることはない」(笑) ほっておくことだ。



さて、アメリカのグーグルで、Rob のあとに一文字、n という単語をを入力してみてもらいたい。
検索候補の筆頭にあがってくるのは、Rob Neyerという名前である。「Rob Nなんたら」という名前の人が全米に何百万人いるかは知らないが、その中で最も世間に名前を知られているのがRob Neyer、というわけなのである。
それが、セイバーメトリクス創始者ビル・ジェームズが、the best of the new generation of sportswritersと賞賛するESPNのRob Neyer(ロブ・ナイアー)だ。
彼はFielding Bible Award(フィールディング・バイブル賞)の選考委員のひとりでもある。
Rob Neyer - Wikipedia, the free encyclopedia

Rob Neyerの個人サイト
RobNeyer.com | Baseball Writing, Baseball Books and Baseball History
Fielding Bible 2009の選考委員の顔ぶれ
Fielding Bible Award 2009

野球専門記者であるRob Neyerは、つい最近イチローの業績を賞賛する記事を書いている。彼にいわせれば、「もしもイチローがカリフォルニア生まれなら、ピート・ローズの記録を抜いていた。だから、イチローの記録は、日本時代も含めて、賞賛されていい」ということになっている。(ちなみに、彼は別にピート・ローズの記録を貶す主張をしたことがあるわけではない。むしろデレク・ジーターと比較して、ピート・ローズを賞賛する記事を書いたことさえある)
If Ichiro had been born in California ... - SweetSpot Blog - ESPN
この記事は「もしもイチローがカリフォルニア生まれなら」と、ちょっと風変わりなタイトルなのだが、なぜカリフォルニアと限定しているのか?誰も書かないので、書く(笑)
確かめたわけではないが、たぶんこれは、アメリカ人なら大抵知っている1965年のビーチ・ボーイズの大ヒット曲「カリフォルニア・ガールズ」にでてくる「素敵な女の子がみんなカリフォルニア・ガールズだったらいいのにね」という歌詞をもじったものだ。
だから「カリフォルニア」という地名を挙げたことに、たいした意味はない。「もしもイチローがアメリカ生まれなら、ピート・ローズの記録なんて問題なく抜いていたさ。そうだろ?」とでもいうような意味だ。

今は有名ライターのひとりになったRob Neyerだが、ライターとしての評価を固めるまでには紆余曲折があった。それにはいくつか理由がある。
Rob Neyer - encyclopedia article about Rob Neyer.
Neyer's statistical analysis often finds him at odds with many, though not all, ESPN writers, who prefer more "traditional" types of baseball writing and generally eschew newer statistics such as OPS+, VORP, and WARP.


Rob Neyerは、2001年に「デレク・ジーターなんて、守備はたいして上手くない」という主旨の話を公言して、ヤンキースファンを激怒させた(笑)
セイバーメトリクス的なデータに慣れた今のMLBファンにしてみれば、「ジーターの守備には、ちょっとしたポカが多い」という話は、納得する人も多い。
だが、2001年当時のメジャーファンおよびスポーツメディアにしてみれば「デレク・ジーターは守備の名手で、ゴールドグラブあたりまえ。ジーターの守備を貶す?ありえない!」というのが常識だったわけで、そりゃ、許しがたい暴言であっただろう(笑)

去年、勝利数がたいしたことがないザック・グレインキーがサイ・ヤング賞を獲ったが、これもほんのちょっと昔なら、グレインキーの成績を「所属するカンザスシティ・ロイヤルズのチームとしての弱さ」を考慮して補正することなどなく、単純に防御率や勝利数だけで判断されて、グレインキーではなくCCサバシアか誰かが受賞していたことだろう。
それくらい、ちょっと昔と、今とでは「選手の評価基準が違ってきている」わけで、その評価基準を一変させつつあるのがセイバーメトリクスなのだ。Rob Neyerのようなセイバー系のライターの発言力は年々強まりつつある。


ただ、セイバー系ライターの発言力が強くなるのを、アメリカの野球記者全員が全員、歓迎しているわけではない。
2007年に、Rob Neyerと全米野球記者協会(BBWAA)との間にトラブルがあった。要約していえば、「Rob Neyerのような『記事を発表するホームグラウンドが、新聞ではなくて、インターネットであるような新世代の記者』は、実際にボールパークに行って、全米野球記者協会が規定する数のゲームを見ていない。だから、彼らが殿堂入り選手の投票、サイ・ヤング賞やリーグMVPの選考といったBBWAAの重要事項に関わるのは、どう考えてもおかしい」という異論が出たためだ。
まぁ、たぶん、BBWAAに昔からいる新聞記者系の人々にいわせれば、「おまえら、気にいらねぇな。いい気になってんじゃねぇぞ」という、単純なやっかみがあるのだと思う。この件の決着は、2008年にRob Neyerら、セイバー系ライター側の勝利に終わっている。
Baseball Writers Association of America - Wikipedia, the free encyclopedia


新聞に頼らない新世代の野球記者であるセイバー系ライターたちは、データにも、メジャーの歴史にも詳しいが、彼らはのきなみイチローの業績を「オンリーワンな存在」と高く評価している。
同じRobはRobでも、イチローにケチをつけようとして大失敗したRob Dibbleと、イチローを賞賛したRob Neyer、どちらが「いまどきの記者か」。
考えなくてもわかるだろう。






damejima at 20:28

September 12, 2010

先日、MLB史における盗塁とホームランの相反関係を記事にしたばかりだ。イチローのデビューがメジャーの歴史に与えたはかりしれない影響に関するまとめとしては、ちょっとした出来だとかいう小さい話ではなくて、メジャー史におけるイチローの立ち位置の説明としては、このコンセプトがちょっと決定版かなとすら、自負している。
タイ・カッブ、リッキー・ヘンダーソンの後継者」としてイチローを考えないと、イチローがいまMLB史で占める位置の重要性は理解できないと思っているからだ。長いメジャーの歴史とイチローの繋がりの物語を一気に読み解く鍵が、「盗塁とホームランの関係」だというわけである。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。


その記事を書いた翌日だったか、まったく意図してなかったことなのだが、偶然にも「MLBのステロイド汚染時代とイチローのメジャーデビューの意義」についても触れたドキュメンタリー番組が、9月28日・29日の2日間にわたって、PBSで全米向けに放映されることになった、というニュースが流れてきた。

エミー賞を既に7回受賞したケン・バーンズの"The Tenth Inning"である。

ケン・バーンズが考える「MLB史上におけるイチローの存在意義」も、このブログと全く同じコンセプトらしいので、ちょっと彼のことを紹介してみる気になった。
The Tenth Inning公式サイト
Baseball The Tenth Inning: About the Film | PBS

PBSのリリース
LANDMARK KEN BURNS SERIES “BASEBALL” UP TO BAT IN FALL 2010 ON PBS New Episode THE TENTH INNING Chronicles the Sports Past 15 years
注;セサミ・ストリートの制作で知られるPBSは日本のチャンネルでいうと「NHK教育」にあたる。
だがNHKが、国営でありながら、視聴者から徴収した受信料とかいう「利用料」で運営されている、ある意味の「有料放送」(笑)あるのに対して、PBSは連邦政府や州の交付金、寄付金、広告ないしは企業からの寄付などで運営されているのがまったく違う点。



それにしても、なんで日本のメディアっていつも「この程度」なんだろう。
まだ日本での放映が決まってない"The Tenth Inning"が全米で放映されるというニュースを報道するのは、まぁ、今後の日本での放映のためになるからいいとして、ケン・バーンズという映像作家がどんなグレードの人なのか、こんどの作品がなぜこういうThe Tenth Inning"というタイトルになっているか、なんてことについても、きちんと紹介しておかないと、日本では意味がわからないし、「アメリカの背骨」を一貫して描いてきたケン・バーンズ作品にイチローが登場することの凄さがわからないと思う。
もったいない。


ケン・バーンズは1953年生まれ。アメリカでは非常に有名なドキュメンタリー映像作家・映像プロデューサーだ。
1990年のThe Civil War、1994年のBaseballなどで、過去にエミー賞をもう7回も受賞し、アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にもThe Statue of Liberty(1985、第58回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート)、ブルックリン・ブリッジ(1981、第54回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート)と、2度ノミネートされている。The Civil Warなどは、もう20年も前の作品なのに、何度も何度も再放送されているようだ。

彼がこれまで取り上げてきたテーマにはひとつの共通点があるのだが、作品タイトルを並べてみるので推理してみたらどうだろう。
ブルックリン・ブリッジ(1981)、南北戦争(1990)、野球(1994)、トーマス・ジェファーソン(1997)、ジャズ(2001)、ナショナル・パーク(2009)。

そう。
ケン・バーンズの描くテーマは一貫して「アメリカの背骨」である。
建国当初のアメリカがどういう風に成り立ったか。スポーツ、音楽を初めとするアメリカ独自の文化。アメリカの自然と風土。アメリカ建国の偉人。
つまり、アメリカという国の骨格が、どんな文化、歴史、自然、人間から成り立ってきたか、ということを、彼は映像作家として探求し続けている。
彼の描く「アメリカという国は、こういう骨格で成り立ってきている」というドキュメンタリーがアメリカ市民に広く深く受け入れられているということは、ケン・バーンズが「アメリカの歴史の語り部(かたりべ)のひとりとして、オーソライズされている」という意味なのだ。
だからこそ、ケン・バーンズが描くBaseballにイチローが入ったということは、「イチローというひとりの日本人野球選手が、既にアメリカの歴史、それも、『歴史の背骨』の一部になった」、という意味なのだ。



また、ケン・バーンズがドキュメンタリー作家として有名なのは、彼の作品の質の良さだけではなくて、「過去」というものを取り上げることの多いドキュメンタリー制作上のスタンダード・テクニックのひとつを創造した、という点も大きい。
アメリカのアップル社の製品であるiPhotoiMovieというソフトのメニューにも取り入れられ、またiPodのメニューにもある「ケン・バーンズ・イフェクト(ケン・バーンズ効果)」という映像を編集するときのテクニックがある。
これはもちろんケン・バーンズの映像テクニックから名づけられたイフェクトで、90年にThe Civil War(南北戦争)を作品化したとき、ビデオなど無い時代の話をを映像で表現するために、ケン・バーンズが、南北戦争時のたくさんの写真を収集して、その動かない写真を動画の世界でなんとか効果的に見せようと開発した映像テクニックだ。

いくら言葉で説明してもわからないだろう。
だから、下記のリンクをクリックして、自分の目で確かめてみてほしい。「あれ? これって、ほとんどのドキュメンタリーで使ってるテクニックじゃん?」と誰でも思うはずだ。(リンク先の右側にDemonstration of the Ken Burns Effect in video form.というコメントのついた部分があるから、その上の矢印をクリック)
つまり、それくらい世界中でポピュラーなドキュメンタリー映像の根本テクニックを、ケン・バーンズが開発した、ということだ。
Ken Burns Effect - Wikipedia, the free encyclopedia


この9月公開の"The Tenth Inning"がこういうタイトルなのは、1994年公開の"Baseball"という「9つのパートからなる作品」の続編というか、まとめとしての「10番目の作品」だからだ。
"Baseball"は、"The Tenth Inning"と同じように9月に公開された。「9つのパート」からなる作品で、それぞれのパートが、1st Inning(1回)、2nd Inning(2回)と順にタイトルをつけられて、9日間にわたって公開されている。(日本でも、2002年3月22日から同30日にかけて「アメリカ大リーグ〜歴史をつくった人々」というタイトルでNHK-BSで放映されたが、これは短縮版で、内容がカットされている)
Baseball (TV series) - Wikipedia, the free encyclopedia

ケン・バーンズが"The Tenth Inning"において、どういう意図でイチローを映像に取り込んでいるのかは、実際に番組を見ていないから、まだわからない。
だが、どうもリリースなどを見るかぎり、ペドロ・マルチネスをかなりフィーチャーしているようなので、ペドロを取り上げた部分にでも出てくるのかもしれない。


いずれにしても、知ってもらいたいと思うことは、イチローの存在価値は、とうの昔に、「日本のプロ野球からメジャー挑戦した選手たち、なんていうレベルで話すようなレベルではなくなっており、「世界の野球史でもあるメジャー史にとって、イチロー登場はどんな意義があったか」を論じる、そういうレベルにある、ということだ。

もう一度書いておこう。

ケン・バーンズが描くアメリカにイチローが入った、ということは、「イチローは既にアメリカ史の一部だ」ということなのだ。


ESPNのシニア・ライターRob Neyer
「もしイチローがカリフォルニア生まれなら、ピート・ローズを越えている」という主旨のコラム
If Ichiro had been born in California ... - SweetSpot Blog - ESPN






damejima at 12:45

September 10, 2010

通算盗塁数のメジャー記録1406をもっているリッキー・ヘンダーソンがメジャーデビューしたときに所属していたアスレチックスが「1イニング2ダブルスチール」という滅多にない記録をうちたてた記事を書いたばかりだが、野球というスポーツの歴史を振り返ってみると、盗塁とホームランは相反する歴史をもっている。

メジャーの歴史における盗塁とホームランの関係

これはメジャーの歴史における1ゲームあたりの盗塁数(SB/G)と、1ゲームあたりのホームラン数(HR/G)をグラフ化したもの。ひと目でメジャーのプレースタイルの変遷がわかる。非常に優れたグラフだ。
Stolen base - Wikipedia, the free encyclopedia


「球聖」タイ・カッブ時代
創生期の野球は、盗塁が非常に盛んで、スピーディで緻密な野球をしていたらしい。この時代、最大のヒーローは、いうまでもなく、通算安打数4189、通算打率.366で歴代ホール・オブ・フェイマーの中で第1位を誇る安打製造機にして、歴代4位の盗塁数897のスピードスター、「球聖」タイ・カッブである。
ホール・オブ・フェイマーの打撃比較
Hall of Fame Batting Register - Baseball-Reference.com

球聖タイ・カッブスライディングするタイ・カッブ。ベンチ前でスパイクを研いだエピソードは有名。相当スライディングがえげつなかったらしい。



カッブは、MLB史上4位の892盗塁を記録していて、1イニングで二盗、三盗、本盗を決める「サイクル・スチール」を通算4度も達成していて、現代のスピードスターであるイチローと、プレースタイルに多くの共通点がある。

1936年に第1回の殿堂入り選手を選ぶ投票が行われたが、このとき殿堂入り第1号選手に選ばれたのは、前年に引退したばかりのホームランバッター、ベーブ・ルースではなく、投票した226人のうち最高の222票、98.2%の票を得たスピードスター、「球聖」タイ・カッブだ。
この殿堂入り投票では、総投票数226のうち「75%以上の得票」である170票以上が必要だったが、それを集めることができたのはタイ・カッブ以外にベーブ・ルース(222票)、首位打者8回の"The Flying Dutchman"ホーナス・ワグナー(215票)、当時fadeawayと呼ばれた変化球(現在のスクリューボールといわれている)で通算373勝、2度のノーヒッターを達成した"Big Six"クリスティ・マシューソン(205票)、通算417勝の剛腕"The Big Train"ウォルター・ジョンソン(189票)の、合計5人だけだった。
ノミネート選手の中には、あのサイ・ヤング(111票)、ロジャース・ホーンスビー(80票)、ジョージ・シスラー(77票)、ルー・ゲーリッグ(51票)、ウィリー・キーラー(40票)と、日本でも名前を知られているMLBの超有名殿堂入り選手が数多くいたわけだが、タイ・カッブはそのあらゆる有名選手を抑えて得票第1位に輝いたのである。
タイ・カッブが記録した得票率98.2%は、トム・シーバーが1992年に98.8%の得票率で殿堂入りするまで、半世紀以上も破られなかった。
これまでタイ・カッブの98.2%以上の得票を得て殿堂入りしたのは、98.8%のトム・シーバー、 98.79%のノーラン・ライアン、 98.53%のカル・リプケン(野手としては史上最高の得票率)、メジャーの長い歴史の中でも、この3人しかいない。
1936 Hall of Fame Election - BR Bullpen


ベーブ・ルースと「ホームランの出やすい球場」の時代
野球創生期の「タイ・カッブの時代」を大きく変えたのが、ベーブ・ルースの登場だという話はよく言われることだが、その話をするとき、「ホームランの出やすい新球場の建設」や「1920年以前の『飛ばないボール』とは全く違うボールの採用」がホームラン量産時代を支えたことは、これまであまり日本のスポーツメディアではきちんと触れられてこなかった。
ヤンキースが、ボストンからルースが移籍してきた当時ホームグラウンドにしていたのは、左右両翼が極端に狭いためにホームランが出やすく、「ポール際ならポップフライでもホームランになる」といわれたポロ・グラウンズだが、この球場を手本に、ヤンキースが1923年にライト側だけが異常に狭い旧ヤンキースタジアムを建設したことで、大衆をホームランに熱狂させる時代がやってきたのである。
この時代の変化は、上のグラフにハッキリと表れている。1910年代から20年代にかけてゲームの盗塁数は激減、その一方で、ホームランの数は右肩上がりに増加していった
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年8月25日、セーフコ、カムデンヤーズと、ヤンキースタジアムを比較して、1920年代のポロ・グラウンズとベーブ・ルースに始まり、新旧2つのヤンキースタジアムにも継承された「ポール際のホームランの伝統」を考える。

Polo Groundsポロ・グラウンズ
Clem's Baseball ~ Polo Grounds

旧ヤンキースタジアム旧ヤンキースタジアム
Clem's Baseball ~ Yankee Stadium

タイ・カッブとベーブ・ルースの
目指すプレースタイルの違い

球聖タイ・カッブと、ベーブ・ルースがお互いをけなしあっていたことは有名な話だ。
カッブが「野球本来の面白さは、走塁や単打の応酬にある」と批判すれば、ルースは「客はオレのシングルヒットじゃなく、ホームランを見に来ているのさ」とやり返している。
だが、これは両者の「能力の差」ではなくて、単に「好みのプレースタイルの違い」である。なぜなら、2人とも、ヒットを積み重ねる能力もあれば、ホームランを打つ能力も欠けていたわけではないからだ。
例えば、タイ・カッブは、ホームランをもてはやしだしたマスメディアにイライラして「ちょっと見せたいものがある」とあらかじめ試合前に宣言しておいてゲームで1試合に3本のホームランを打ってみせたことがあり、また、首位打者、ホームラン王含めて打撃全タイトルを同時にとったことさえある万能選手だった。(このへんは「イチローは実はホームランも打てる」とよく言われるのと非常に似ている)また、一方のルースも、シーズン打率.393を打ったことがあり、アベレージヒッターとしての能力もあった。
つまり、タイ・カッブは「シングルヒットだけしか打てない打者」ではなかったし、一方、ルースも「打率は低いくせに、ホームランばかり狙っている扇風機」などではなかった。

ベーブ・ルースは1895年生まれでタイ・カッブよりずっと若くて、第1回殿堂入り投票前年の1935年まで現役だったから、既に野球創生期の偉人であったタイ・カッブより当時の評価がほんの少し低い傾向にあったことは、しかたない面がある。(ちなみに第1回の殿堂入り投票時のルースは殿堂入りノミネートに必要な引退後5年経過という条件を満たしていなかったが、特例でノミネートされた)

ちなみにイチローがシーズン最多安打記録を更新したジョージ・シスラーは1893年生まれで、やはり1886年生まれのタイ・カッブよりも年下で、全盛期もタイ・カッブより10年ほど遅い。(シスラーの殿堂入りは1939年)。

ジョージ・シスラー

スピードとテクニック系の選手だったシスラーは、不運なことに、ホームランが非常にもてはやされだしたベーブ・ルース時代と全盛期が重なってしまっている。そのため、彼のヒットを積み重ねた業績は1920年代以降のホームラン時代には、時代に埋もれてしまう不幸さがあった。かえってシスラーのようなタイプの選手は、ベーブ・ルース時代ではなく、タイ・カッブ時代に全盛期を迎えていれば、輝かしい業績を軽視されるような不運な目にあわずに済んだだろうと思う。
2004年のイチローによるシスラーのシーズン最多安打記録の更新は、もちろん、シスラーの正当な再評価、名誉ある業績の掘り起こしに繋がったわけで、シスラーの遺族がイチローの記録更新をかえって喜んだのも頷ける。


上のグラフでみるとわかるように、ベーブ・ルース以降1950年代までは「盗塁が少なく、ホームランの多い時代」が続く。
その証拠に、1950年にドム・ディマジオ(1955年に殿堂入りしたジョー・ディマジオの弟で、ボストンの選手)が「たった15盗塁」で盗塁王になったりしている。だから、この「ほとんど盗塁しない時代」にどんなタイプの選手がもてはやされたかは説明しなくてもわかると思う。


時代を変えたスピードスター、
ルー・ブロック、リッキー・ヘンダーソン

「MLBから盗塁が消えた時代」は、1960年代から70年代かけて急速に終わる。1ゲームあたりの盗塁数が右肩上がりに増えていき、1試合あたりの盗塁数とホームラン数の差は急激に縮まっていく
そして1980年代になると、盗塁は試合運びをする上で非常にポピュラーな戦術に返り咲いた
これは明らかに、74年に118盗塁を記録し、それまでのメジャーのシーズン盗塁記録を塗りかえた、通算盗塁数938で歴代2位のルー・ブロック(1985年殿堂入り)や、80年、82年、83年に100盗塁以上を記録し、82年の130盗塁でルー・ブロックの記録を塗りかえたリッキー・ヘンダーソン(2009年殿堂入り)の活躍があってのことだと思う。

盗塁するリッキー・ヘンダーソン盗塁するリッキー・ヘンダーソン
ベーブ・ルースなら「客はオレのシングルヒットじゃなく、ホームランを見に来ているのさ」と言うだろうが、リッキー・ヘンダーソンなら「いやいや。今は時代が違うだろ。今の客はオレ様の盗塁を楽しみに球場に来るのさ」と言い返すところだろう。我々が出塁したイチローを見るとき、「早く盗塁しないかな」と待ちあぐねながらテレビに釘付けになっているのとまったく同じである。
リッキー・ヘンダーソンも、ホームランを20本以上打ったシーズンが合計4シーズンあって、タイ・カッブもそうであったように、彼もまた「シングルヒットしか打てない打者」ではなかった。


2000年前後の薬物ホームランフィーバーと、
その後のドーピングへの幻滅

1998年から2001年にかけて、マーク・マクガイアサミー・ソーサバリー・ボンズといったホームランバッターによるホームラン記録の更新フィーバーの時代がやってくる。
日本でもサンフランシスコの球場の外で、ボートやカヌーに乗ってホームランボールを拾いに来ている野球ファンの映像が何度も流されたものだ。
しかし次々とステロイド使用による彼らの不正ぶりが告発されたことで、近年では彼らのホームラン記録の正当性そのものが疑問視されている。


タイ・カッブ、リッキー・ヘンダーソン、イチロー
歴史を変えたスピードスターたち

1980年に始まったシルバースラッガー賞という賞がある。
この賞、なまじ「スラッガー」とタイトルについているばっかりに、「ホームランをたくさん打つと、もらえる賞だ」と勘違いしている人が非常に多い。あるいは、イチローがシルバースラッガー賞を何度も受賞していることにいちいち異議を唱えたがるアホウもいる。

だが、例えば球聖タイ・カッブは通算117本しかホームランを打っていないが(しかも、その多くはランニング・ホームランらしい)、もしあの時代にこの賞があったら、少なく見積もっても10数回受賞したことだろう。
また、盗塁のキング・オブ・キングス、リッキー・ヘンダーソンは、通算3回シルバースラッガー賞を受賞しているわけだが、その内容を見れば、ドーピングが騒がれて個人のホームラン数がかなり減っている近年のMLBからしても、「これは凄い」という数字の成績でもない。81年などは「こんな成績でよく獲れたな」という感じの数字だ。
リッキー・ヘンダーソンの3回のシルバースラッガー賞も、盗塁を含めた打撃成績全体の貢献度を見てのものだろう。シルバースラッガー賞とは、そういう賞である。
リッキー・ヘンダーソンの
シルバースラッガー賞受賞シーズンの成績

81年 打率.319 135安打 6ホームラン 35打点 56盗塁
85年 打率.314 172安打 24ホームラン 72打点 80盗塁
90年 打率.325 159安打 28ホームラン 65打点 65盗塁
参考)イチローのシルバースラッガー賞受賞年の成績
01年 打率.350 242安打 8ホームラン 69打点 56盗塁
07年 打率.351 238安打 6ホームラン 68打点 37盗塁
09年 打率.352 225安打 11ホームラン 46打点 26盗塁

「ホームランだけが野球というスポーツの攻撃スタイルだ」という決めつけは、単なるガキくさい思い込みにすぎない。「野球 イコール ホームラン」というベーブ・ルース時代に作られた商業色の強いイメージに捉われたままの人が、いかに多いことか。
むしろ、近年のシルバースラッガー賞の受賞者のホームランバッターには、薬物問題で実際に処罰を受けた「まがいもの」「つくりもの」のプレーヤー(たとえばボンズ、マクガイア、ジオンビー、テハダ、他にも大勢いる)があまりにも多い。


これを書いていて、ほんとうに2001年のイチローの鮮烈なメジャーデビュー登場がメジャーの歴史にいかに大きなインパクトを与えたか、その意義を考えずにはいられない。
イチローの登場は、単に、シスラーのような大過去の偉大なプレーヤーの記録を掘り起こしただけではなくて、ルー・ブロックやリッキー・ヘンダーソンが「盗塁」というタイ・カッブ時代の野球の価値ある宝をあらためて掘り起こしたように、2001年までの薬物を使用しつつホームラン競争に明け暮れていた「薬物ホームラン時代」に終止符を打ち、新しいクリーンなスピード時代の幕を、イチローが開けたのだ。

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damejima at 07:16

August 26, 2010

8月のヤンキースとの3連戦で1試合2本のホームランを打ったイチローが、ヤンキースタジアムについて軽くコメントしていたが、セーフコ・フィールドとヤンキースタジアムの違いが気になって、ちょっと画像をこしらえてみた。
元データ:Clem's Baseball ~ Stadiums by Class

ただ、以下の2つの理由から、どの画像も「お遊びレベル」だ、ということを忘れて欲しくない。この画像だけを元にあれこれモノを言ってもらっても責任は持てない。
理由の1つ目は、元データの平面図(Clem's Baseball ~ Stadiums by Class)が「どの程度の正確さで作成されているか」、それがわからない、ということ。
2つ目の理由は、「球場の大きさは、必ずしも公称どおりの大きさ、公式に発表されている数値どおり作られているとは、限らない」ということがある。かつて観客席の数が公称の数字と実際の席数が異なる、なんてこともよくあったわけだが、残念な話である。

そういう制約があることを心得た上で、まぁ暇つぶしにでも眺めてもらいたい。


右打者天国のカムデンヤーズ
セーフコよりさらに左打者天国のヤンキースタジアム


カムデンヤーズ、セーフコ、新ヤンキースタジアム、この3つの球場はいずれも、1992年以降に大流行したネオ・クラシカル(新古典主義)のボールパークに分類されている。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年8月21日、ボルチモアのカムデンヤーズは、セーフコのお手本になった「新古典主義建築のボールパーク」。80年代のクッキーカッター・スタジアムさながらの問題を抱える「日本のスタジアム」。

セーフコ、カムデンヤーズ、ヤンキースタジアムの比較セーフコ、カムデンヤーズ、ヤンキースタジアムの比較図(オリジナル Copyright © damejima. All Rights Reserved.)
赤:セーフコ
緑:カムデンヤーズ
青:ヤンキースタジアム

こうして3つの球場を同じ平面に並べてみると、いくつかわかることがある。

セーフコとカムデンヤーズは、外野フェンスの形状が基本的に非常によく似ている。直線的で硬質なフォルムで、凸凹の位置も全体として似ている。それに比べ新ヤンキースタジアムは新古典主義に特徴的な左右非対称の球場ではあるが、外野フェンスは弧を描いた曲線的フォルムで、直線的な部分がない。
新古典主義のボールパークにもいろいろあって、ほとんどはセーフコやカムデンヤーズのような「直線的なフォルム」の球場が多いが、中には、新ヤンキースタジアム、ブッシュ・スタジアム、グレート・アメリカン・ボールパークのように「曲線的フォルム」をもつ球場も少数だがあるのである。

カムデンヤーズ、セーフコ、新ヤンキースタジアム、のうち、左中間がもっとも広いのはヤンキースタジアム。右中間がもっとも広いのはカムデンヤーズ。セーフコはそれぞれの中間である。シアトルからボルチモアに移籍した右打者のアダム・ジョーンズは、右打者地獄のセーフコよりも、右打者天国のカムデンヤーズのほうが幸せかもしれない。

カムデンヤーズを紹介した前記事(ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年8月21日、ボルチモアのカムデンヤーズは、セーフコのお手本になった「新古典主義建築のボールパーク」。80年代のクッキーカッター・スタジアムさながらの問題を抱える「日本のスタジアム」。)で、「右打者に有利なカムデンヤーズと、左打者に有利なセーフコは、好対照な球場」と紹介したのだが、ヤンキースタジアムは、その左打者有利のセーフコより「さらに左打者に有利にできている」といえそうだ。


ヤンキースタジアムの
「狭いポール際のホームランの伝統」


セーフコとヤンキースタジアムの2つだけを比べてみると、面白いことがわかる。

セーフコ、ヤンキースタジアムの比較セーフコ、ヤンキースタジアムの比較図(オリジナル Copyright ���2010 damejima. All Rights Reserved.)

赤:セーフコ
青:ヤンキースタジアム

新ヤンキースタジアムは左中間が広く、セーフコは右中間が広いという特徴があるのだが、そんなことより注目してもらいたいのは「新ヤンキースタジアムのポール際が急激に丸まった形になっていて、その結果、両翼がたいへん狭いこと」だ。

たしかに新ヤンキースタジアムの左中間は広い。382フィートから最深部では399フィート、約121.6mもある(ことになっている)。
だが、なぜかレフトのポール際だけは318フィートしかなく、331フィートあるセーフコのレフトに比ると、新ヤンキースタジアムのほうが13フィート(約3.96メートル)も短い。
こうした現象はライトポール際ではもっとひどくて、セーフコ326フィートに対して新ヤンキースタジアムは314フィート(約95.7m)しかなく、新ヤンキースタジアムのほうが14フィート(約4.27m)も短い。

両翼95mの球場、というと、日本のプロ野球セ・リーグでいうなら「両翼が約90mしかない神宮球場よりはさすがに広いが、甲子園とほぼ変わらない程度の狭さ」ということになる。日本でもドーム球場のほとんどが国際試合の規格にあわせて両翼100メートルある今の時代(セーフコも両翼100メートル前後)に、両翼95メートルでは狭すぎる。

両翼の広さがほぼ同じ新ヤンキースタジアムと甲子園の形状の違い(Copyright ���2010 damejima. All Rights Reserved.)
ヤンキースタジアムと甲子園の比較赤い太線が甲子園球場。両翼の大きさはほぼ同じ2つの球場の形状を重ねてみた。新ヤンキースタジアムはセンターが非常に深く、左中間、右中間が狭い。特に右中間がつぶれた形をしている。甲子園は逆にセンターが浅く、左中間、右中間が深い。
だが2つの球場がどちらもポール際のフェンスが急激に丸くなっている。そのため、両翼が非常に狭いという点では、2つの球場はそっくりだ。

この「ポール際が急激に丸くなっていて、両翼が狭い新ヤンキースタジアム」は、ある意味「1920年代のベーブルース時代以来続いている、ヤンキースの伝統的な球場の構造」でもある。

ロビンソン・カノーのホームラン・チャート
ロビンソン・カノーのホームラン・チャート
(新ヤンキースタジアム、通算)
レフトポール際に注目。Robinson Cano Hitting Chart | yankees.com: Stats

新ヤンキースタジアムのポール際の狭さには、ヤンキースの歴史が詰まっている。

ベーブルースがレッドソックスからヤンキースに移籍してきた1920年に使っていたのは、当時ニューヨークに本拠地があった時代のジャイアンツ(現在のサンフランシスコ・ジャイアンツ)が使っていたポロ・グラウンズ
この球場は長方形だったため、センターがなんと483フィート、約147.2mもある(日本の主要な球場のセンターは116〜117m)のに対して、左右両ポールまでは、センターの半分程度の広さしかない(左279フィート 約85.0m、右257.67フィート 約78.5m)という異様な形の球場で、本当かどうかは確認してないが、なんでもポール際ならポップフライでも本塁打になったらしい。

ヤンキース移籍後のベーブ・ルースはこの「ポロ・グラウンズのポール際の異様な狭さ」の恩恵を受けたといわれていて、移籍してきた1920年シーズンに54本ものホームランを打った(前年は29本)。史上初のホームランバッターの登場ともいえるルースの人気沸騰で、ヤンキースもメジャー史上初の年間観客動員100万人を突破した。
だが、人気を奪われたポロ・グラウンズの主であるジャイアンツ側はこれを心よく思わず、ヤンキースに「1921年以降のポロ・グラウンズの使用差し止め」を言い渡したところ、ヤンキースはポロ・グラウンズからハーレム・リバーを渡ってちょうど反対側に、ライト側が異様に狭く、またポロ・グラウンズと同じようにライトポールまでの距離が極端に短い旧ヤンキースタジアムを建設した。

つまり、1923年開場の旧ヤンキースタジアムは、単にライト側がレフトに比べて異様に狭いというだけではなくて、「両翼のポール際が異様に狭いというポロ・グラウンズの非常に特殊なフィールド形状」を踏襲して、「ベーブルースのホームランのためにライト、およびライトポール際が異様に狭くしていある」球場というわけだ。旧ヤンキースタジアムのライトポールは296フィート、約90.2mしかなく、現在の神宮球場くらい狭い。
だからこそ「新ヤンキースタジアムでポール際が急に狭くなっていてホームランが入りやすいのも、ポロ・グラウンズとベーブ・ルースの1920年代に始まって、旧ヤンキースタジアムでもしっかりと継承された、ヤンキースの古くからある伝統的な球場のつくり」というわけなのだ。

Polo Groundsポロ・グラウンズ

Clem's Baseball ~ Polo Grounds

旧ヤンキースタジアム旧ヤンキースタジアム

Clem's Baseball ~ Yankee Stadium

セーフコと球場のつくりが似ているカムデンヤーズと、新ヤンキースタジアムを比べてみると、基本的な部分ではやはり、左中間は新ヤンキースタジアムが広く、右中間はカムデンヤーズのほうが広いが、ポール際に関してだけは、やはり両翼ともに新ヤンキースタジアムのほうが狭くなっていることがわかる。
なにも、新ヤンキースタジアムと形状が特別違う球場を探し出してきて、新ヤンキースタジアムをけなしたり、おとしめたりしているわけではないのだ(笑)

カムデンヤーズ、ヤンキースタジアムの比較カムデンヤーズ、ヤンキースタジアムの比較(オリジナル Copyright © damejima. All Rights Reserved.)

緑:カムデンヤーズ
青:ヤンキースタジアム






damejima at 14:55

August 23, 2010

イチローがメジャーに移籍して圧倒的な勝率をあげて地区優勝した2001年に、マリナーズ監督としてア・リーグ最優秀監督賞を受賞しているスウィート・ルー、こと、ルー・ピネラがカブスの監督を退任した。
【2月24日】1999年(平11) イチロー「1日で帰りたくなくなった」(野球) ― スポニチ Sponichi Annex 野球 日めくりプロ野球09年2月

彼の監督としての手腕の評価や、マリナーズ時代の華々しい実績などは、どうせたくさんの人が論じるだろうし、いまセンチメンタルになっても何も始まらないので、このブログでは、彼がヤンキース在籍時代にレフトとして全ゲームにスタメン出場し、ドジャースを相手に見事にワールドシリーズチャンピオンになった1977年のワールドシリーズの第6戦でもリプレイしてみることにする。
第6戦が行われたのは1977年10月18日で、ここまでヤンキースの3勝2敗。1986年以前の奇数年のワールドシリーズだから、DH制がなく、ヤンキースの投手たちはすべて打席に立った。
October 18, 1977 World Series Game 6, Dodgers at Yankees - Baseball-Reference.com


1977年のピネラは、カンザスシティ・ロイヤルズからヤンキースに移籍して4年目のシーズンで、103ゲームに出場して、339打数、47得点、45打点、12ホームラン。ヒットは112安打で、打率.330、OPS.876と、堂々たる成績のレギュラーシーズンだった。この1977年の打率.330は、結局ピネラのキャリアハイになり、ホームラン12本もキャリアハイ。
ポジション別の出場試合数は、DH43、ライト27、レフト24、ファースト1で、73年にア・リーグで始まったばかりのDHを最も頻繁につとめた。
当時のヤンキースでの彼のポジションはいちおう「ユーティリティ」という位置づけだが、ワールドシリーズも6試合すべてに出場しているように、単なる「守備要員の控え選手」あるいは「守備に全くつかないDH専門打者」という意味のプレーヤーではなく、守備も打撃も信頼された堂々たるレギュラーだったといっていい。
翌年1978年にピネラはレギュラーシーズンに130ゲーム出場、ワールドシリーズも全て出場して2年連続優勝。1979年もレギュラーシーズン130ゲームに出場している。
Lou Piniella Statistics and History - Baseball-Reference.com


さて、
この試合のプロセスをたどる前に、このゲームと大いにかかわりのあるワールドシリーズにおけるDH制の変遷の歴史をちょっと確かめておこう。

MLBのレギュラーシーズンで最初にDH制が認められたのは、1973年ア・リーグが最初だが、当初ワールドシリーズに関してだけは1973年以降もDH制は採用されていなかった。
初めてワールドシリーズでのDH制が認められたのはア・リーグでのDH制採用から3年たった1976年。だからワールドシリーズでのDH制は35年程度の歴史しかない。
しかもワールドシリーズでのDH制の採用当初は「偶数年でのみ、DH制採用」という「隔年DH制」であり、現在のようにホームチームにあわせてDHがあったりなかったりする制度になったのは、1986年以降。ワールドシリーズにおけるDH制度が現在の形になってから、実はまだ約25年ほどしかたっていないのである。
World Series - Wikipedia, the free encyclopedia

だから、「奇数年」のワールドシリーズである1977年のワールドシリーズには、そもそも「DH制がない」つまり、当時は既にDH制度があったア・リーグチャンピオンである77年のヤンキースは、レギュラーシーズンは「DHあり」で戦ったが、「ワールドシリーズだけは全ゲームをDH無しで戦った」。
77年のレギュラーシーズンではDHとしての出場ゲーム数が最も多かったルー・ピネラが、ワールドシリーズでは、DHではなくレフトとして全ゲームにスタメン出場しているのは、そのためだ。
ちなみにピネラのワールドシリーズでの打順は、ヤンキースタジアムでのゲームはすべて「7番レフト」だが、ドジャースタジアムで行われた第3戦、第4戦では「5番レフト」と、4番レジー・ジャクソン(彼の44番は永久欠番)の後ろのクリーンアップまで任されている。いかに、監督ビリー・マーチン(現役時代の彼の1番は永久欠番)のピネラに対する信頼が厚かったかわかる。


第6戦の先発は、ヤンキースがレギュラーシーズン17勝13敗、防御率3.88で77年シーズン途中にオークランドから移籍してきたばかりのMike Torrez(キャリア通算185勝160敗)。ドジャースがレギュラーシーズン12勝7敗、防御率2.62のBurt Hooton(キャリア通算151勝134敗)。


第1打席 ライトフライ
ルー・ピネラの第1打席は、2回裏。初回にドジャースのタイムリー三塁打で2点をリードされたヤンキースは、この回の先頭4番レジー・ジャクソンが四球で歩くと、5番のクリス・チェンブリスに2ランが出て、同点。その後、1死ランナー無しでルー・ピネラに打席が回ったが、浅い右中間のライトフライ。

第2打席 犠牲フライ(打点1)
4回裏。3回裏にドジャースの4番レジー・スミスにソロ・ホームランを打たれてまたも1点リードされていたヤンキースの4回は、ランナーを1塁において、4番レジー・ジャクソンが初球を逆転2ラン。4-3と、この試合はじめてヤンキースがリードした。
さらに2回裏にホームランを打っている5番チェンブリスに二塁打が出て、サードに進塁した1死3塁で、ルー・ピネラに打席が回った。ピネラはレフトに犠牲フライを打ち、ランナーが帰ってきた。スコアは5-3。ピネラの堅実な打撃で点差は2点に広がった。

第3打席 センターフライ
第3打席は6回裏。
5回裏にはランナーを1人おいて、またもレジー・ジャクソンが初球を2打席連続の2ランホームラン! ヤンキースが7-3と、点差を4点に広げていた。6回裏、ピネラは2人目の打者として登場したが、センターフライに終わり、その後三者凡退。

第4打席 ファウルフライ
ピネラの第4打席は8回裏。このイニングの先頭打者4番レジー・ジャクソンが、なんと「3打席連続初球ホームラン」! 点差は5点に広がり、スコアは8-3に。この日のレジー・ジャクソンは4回打席に立って、四球、3ホームラン、5打点。7番ピネラは2死ランナー無しから打席に立って、1塁側のファウルフライに倒れた。


結局このワールドシリーズのMVPはいうまでもなく「ミスター・オクトーバー」 レジー・ジャクソンだったわけだが、ルー・ピネラも有能なバイ・プレーヤーとして十分な貢献をした。(22打数6安打3打点)
ちなみにレジージャクソンは「3打席連続初球ホームラン」という離れ業をやってのけたのだが、実はこの前の第5戦の最終打席がホームランだったので、あわせて「ワールドシリーズ 4打席連続ホームラン」という偉業を達成している。


このワールドシリーズに出場したのは、「ミスター・オクトーバー」レジー・ジャクソン、後に日本のプロ野球巨人でプレーしたレジー・スミスだけでなく、多数の才能ある選手が出場した。
投手では、ヤンキースの永久欠番(49番)投手で、翌年78年にサイ・ヤング賞投手になる「ルイジアナ・ライトニング」ロン・ギドリー、74年サイ・ヤング賞投手で、5年連続20勝、完全試合を達成し殿堂入りしているキャットフィッシュ・ハンター、この77年のサイ・ヤング賞投手で70年代を代表するクローザーのひとりスパーキー・ライル
野手では、70年ア・リーグ新人王で、この77年のア・リーグMVPも獲得し、生きていれば殿堂入り確実といわれながら飛行機事故で若くして亡くなったが、ジョニー・ベンチと並ぶ名キャッチャーといわれ、キャプテンで永久欠番選手(15番)のサーマン・マンソン(ルー・ピネラはサーマン・マンソンの葬儀で弔辞も読んだ)、ゴールドグラブ三塁手のグレイグ・ネトルズ(シアトルにいたマイク・スウィニーの奥さんは、ネイルズの弟の娘)はじめ、数々の名手たち。

こうした才気あふれるプレーヤーの中で1977年のワールドシリーズの全ゲームにスタメンとして出場したルー・ピネラが、いかに選手として素晴らしい選手だったかは、いうまでもない。


通算打率 .291
ア・リーグ新人王(1969年)
ゲームあたりレンジファクター1位(レフト 1969年)
オールスター出場(1972年)
最多二塁打(1972年 ア・リーグ)
最多アシスト1位(13 レフト 1974年)
守備率1位(レフト 1974年)
最優秀監督賞3回(1995年、2001年、2008年)






damejima at 16:44

March 27, 2010

スポーツ・イラストレイテッド2001年5月28日号表紙2001年5月28日号

BGM「時代は変わる」
ボブ・ディラン

「黒船」
サディスティック・ミカ・バンド

イチローが初めてスポーツ・イラストレイテッド誌の表紙を飾ったこの号は、同誌がMLB、NBA、NFLのそれぞれに選んだ「2000年以降の印象深い表紙ベスト10」にも選ばれている。メジャーデビューしたばかりのイチローが、この号のためのスポーツ・イラストレイテッド側のカバーストーリー取材を断ったことは、イチローファンの間で有名な話である。
イチローが初めてスポイラの表紙になったことについての当時の記事を見ると、日本人スポーツライターの誰も彼もが、いわゆる「スポーツイラストレイテッドの表紙を飾ると良くないことが起きる」とかいう、いわゆるSports Illustrated Cover Jinx (US版Wikiにはこのジンクスの専門ページもあって、誰と誰が、どんな不幸な目にあったかがリストアップされている(笑)Sports Illustrated Cover Jinx - Wikipedia, the free encyclopedia) を心配する老婆心溢れまくりの記事を書いていたのが、今となってはたいへん微笑ましい、というか、馬鹿馬鹿しい(笑)要は当時は誰もまだイチローの活躍に確信がもてなかった、ということだろう。

その、誰もが不安視したイチローの2001シーズンの結果は、どうだったか。もちろん、新人王からMVPからなにから、とれるタイトルを全て獲りまくった、あのてんこ盛りの輝かしい成果。チームはシーズン116勝。
たぶんイチローは世界で最もジンクスに無縁な男のひとりである。この人の持って生まれた星の輝きの強さときたら、そりゃハンパじゃない。

同じ2001年発行の別の表紙には、シーズン73HRの新記録を作ったバリー・ボンズが登場しているが、このことは非常に重い意味がある。なぜなら、今ならステロイダーのボンズがスポーツ・イラストレイテッドの表紙になるなど、絶対にありえないからだ。
ボンズの体格が劇的に大きくなったことについてマスメディアが度々取り上げはじめたのは、この2001年前後からだが、MLBでのステロイドに関する正式な調査報告であるミッチェル報告が出されるのは、2007年を待たなければならない。
2001年段階では、MLBとアメリカメディアはまだMLBのステロイド問題に半信半疑なのである。また、MLBに対して憧れだけを持ったままの日本のメディアは、なおさら、急に体が大きくなってスタンドにバカスカ放り込むホームランバッターに決定的な疑問を投げかけるだけの根拠も、自信もあるわけではなかった。

見た目華奢に見えるイチローのMLBでの将来に誰も確信を持たない。2001年のMLBとは、まだそんな時代だったのである。
そんな時代にメジャーに登場したイチローは、MLBにとってひとつの「ベースボール革命」であり、アメリカ文化に対する「逆・黒船」だったことが、この2001年5月のスポーツ・イラストレイテッドがいみじくも実証するのである。
2001年スポーツ・イラストレイテッド全表紙


スポーツ・イラストレイテッド2002年7月8日号表紙2002年7月8日号

BGM「天城越え」
石川さゆり

メジャーデビューから1年経ったイチローの、この自信の表情。「どうだ。俺がイチローだ」と言わんばかりである。
だが、実際のところ、2001年春にイチローの活躍に半信半疑だったアメリカのスポーツメディアは、2001シーズンのイチローのあれほどの栄光を見た後ですら、いまだに「時代の底流の変化」に気づいてはいなかった。
このイチロー特集号でのカバーストーリーのタイトルが、The Ichiro PARADOXというおかしなタイトルであることでもわかる。スポイラのライターが何を指して「パラドックス」かと言っているかというと、「パワーも、個性も足りない。なのに、なぜあれだけ活躍できるのか?」ということ。
つまり、2000年代初頭のスポーツ・イラストレイテッドは、ステロイドに頼ったパワー・ベースボールの終焉も確信できず、この先の時代がどう変わっていくのかもわからないまま、スポーツ記事を書きちらしている、ということだ。2002年のスポーツ・イラストレイテッドではいまだに「イチローの天才と、彼のもたらす時代の変化が理解しきれてなかった」のである。

だから2002年当時のスポーツ・イラストレイテッドは、イチローの個性の強さ、アクの強さも、才能も、よく知りもしないまま記事にしている。その後オールスターのア・リーグの試合直前のロッカールームで、イチローが選手たちを前に繰り広げる強烈過ぎるスピーチが恒例になることも知らず、2010年になってJoe Posnanskiが「MLBの歴史上、イチローのような選手は見たことがない」とそのユニークさを讃える記事をスポーツ・イラストレイテッドに書くのも、つまり、イチローをアメリカが理解しはじめるのは、まだまだずっと、ずっと先の話なのだ。
時代の先を行く者。それがイチローである。
2002年スポーツ・イラストレイテッド全表紙


スポーツ・イラストレイテッド2003年5月5日号表紙2003年5月5日号

イチローがスポーツ・イラストレイテッドの表紙を飾った回数は、2001年と2002年の2回だと思っている人も多いかもしれない。だが、実際には4回ある。この号では、左上のタイガー・ウッズの隣に、イチローの顔がみえる。時代に影響を与える101人を選んだこの号で、MLBの現役プレーヤーで選ばれたのは、54位のイチロー以外には、62位A・ロッドのみだ。

イチローの表紙登場3回目は、101 Most Influential Minorities in Sportsなんとも意味深な特集号である。なんというか・・・、なんでまたこういうタイトルにしたのだろう?101匹のダルメシアンじゃあるまいし(笑)
マイノリティという単語を聞くと「スポーツ界で最も影響力のある少数民族101人」とか訳して、国連にでも抗議メールを送る人がでてきそうなタイトルだが(笑)、ここではたぶん「有色人種で、スポーツ界で最も影響のある101人」くらいの意味だろう。まぁ、それにしたって、かなり差別感のあるいやらしいタイトルだが。
アジアからは、イチロー以外に、NBAのヤオ・ミン、ゴルファーのパク・セリなど、当時のアジア系有力アスリートが選ばれている。また、アメリカ人の黒人から、人種的に様々な血をひくタイガー・ウッズ、ニューヨーク州ブルックリン生まれのマイケル・ジョーダン、メキシコ系アメリカ人ボクサーのオスカー・デ・ラ・ホーヤ、NBAのレブロン・ジェームズ、テニスのウィリアムズ姉妹などが選ばれている。
2003年時点のレブロン・ジェームズはまだ新人で、NBAドラフトで全体1位でクリーブランド・キャバリアーズに入団したばかり。ヴィーナス・ウィリアムズは、2002年2月に黒人の女子テニス選手として初の世界ランキング1位になったばかり。
イチローの紹介文にはこんなコメントがある。
This Japanese star became the face of globalization in 2001, when he won the AL MVP. He dispelled the long-held notion that only pitchers, not position players, could make the jump from Japan to the major leagues.

全米のスポーツ界が、なんでもかんでも白人(ないしはアメリカ人)で、ステロイドもオッケーなアメリカ中心時代から、グローバルな新世紀に大きく変化しつつあることに、2年も3年も遅れてようやく気づきはじめたスポーツ・イラストレイテッドだが、なにか気がつくのが遅れたことがよほど悔しいのかなにか知らないが、「マイノリティ」と、新勢力を片隅におしやった上で紹介するところが、かつての、どうにも頑固で保守的なスポーツ・イラストレイテッドの体質を表している(笑)
101 Most Influential Minorities in Sports スポーツイラストレイテッドが選んだ101人全リスト



スポーツ・イラストレイテッド2004年10月4日号表紙2004年10月4日号

記事も長くなったので、ちょっと簡単に触れておくことにする(笑)
バリー・ボンズがステロイダーとして、その記録ともども名誉もなにもかもを失って、スポーツ・イラストレイテッドが心から頼れる(笑)アメリカ人スターもいなくなってしまうのかと思われた矢先に現れたのが、イチローと同じ年デビューのアルバート・プーホールズだ。たぶんスポーツ・イラストレイテッドはこれからの10数年、プーホールズを褒めたたえることで、ホームランとステロイド全盛時代を懐かしむという複雑な脳内遊びを継続するつもりだったに違いない。やれやれである(笑)

だが、時代の変化は、そんな姑息な遊びとは関係なく、どんどん進む。
その後、スポーツ・イラストレイテッドのライターも、だんだんに入れ替わりが進んでいく。セイバー・メトリクス系のJoe Posnanskiが加わったことだって、その一環だろうと思っている。スポーツ・イラストレイテッドが記事を書く基準そのものが、これからもっともっと変化していかざるをえないだろう。


いつまでたっても、エラーさえ少なければそのプレーヤーにゴールドグラブを与えてもいいという単純な時代が続くわけでもない。キャッチャーの守備評価にCERAが導入されたりする、そういう時代である。
打つ、守る、走る。イチローの真価が本当の高さで評価されるのは、まだまだこれからだが、そうなる日も、もう遠くない。

4つのスポーツ・イラストレイテッドを見てきてわかるように、日本の至宝イチロー自身のスタンスは2001年から変わっていない。
変わってきたのは、スポーツ・イラストレイテッドとアメリカのスポーツメディアのほうだ。


SI Vault - 54 years of Sports Illustrated history - SI.com






damejima at 23:31

December 15, 2009

Rob Neyer: Selecting the top 100 players of the decade - ESPN

順位を全部挙げて転載してしまっては、選んだ本人に失礼というより、リンクページを見る楽しみがなくなってしまうだろうから、あえて挙げない(笑)クリフ・リーも、グレインキーも、リンスカムも、クリス・カーペンターも入ってないんだが、この記者、大丈夫だろか?(笑)

ちなみに、イチローは・・・・・。(笑)

75位に、Jarrod Washburn、ウオッシュバーンが入っているのが、なんだかうれしい限り。






damejima at 15:11
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  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
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  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
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  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。



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