野村克也

2009年10月23日、 力が尽きるまで戦うのが、彼らの幸せ。〜74歳老将のラストゲーム
2009年3月10日、楽天・野村監督は9日韓国戦の城島のダメ・リードを批判した。
2009年1月24日、名捕手野村、城島に「ダメ捕手」の烙印

October 25, 2009





2009年の早春にNHKで放送された第2回WBCでのイチローを扱ったアーカイブでよく知られているように、日本ハムの稲葉は、彼が最年長プレーヤーだった第2回WBCで、打撃不調に悩む孤高の男イチローに意を決して声をかけ、イチローのソックスを真似た数人の若手プレーヤーたちとともに、イチローの不振脱出のきっかけを作った。たいへんにキャンプテンシー溢れるプレーヤーである。

その稲葉、2009年秋には、どういうわけか、楽天監督を勇退する野村克也氏の「両チーム胴上げ」の輪の真下にいた。

野村率いる楽天は、最後にエース岩隈をセットアッパーとして投入することまでして、「力尽きるまで戦ったこと」は誰の目にも明らかだった。

だが、岩隈はホームランを打たれて最後の矢は尽き、このゲームを最後に野村はチームを去った。

日本ハム投手コーチで、野村氏がかつて監督を務めていたチームのひとつ、ヤクルトの出身で、メッツなどに在籍した元メジャーリーガー吉井が野村氏に握手を求めに足早に駆け寄る。野村氏と同じキャッチャー出身で、BSのMLB解説もつとめていた梨田氏が、勝利した日本ハム監督であるのに、負けた野村氏のもとに握手を求めに行った。

負けた監督は数度、宙に舞った。

胴上げが終わると74歳の老将は帽子をとりファンに挨拶を済ませ、ひとりダグアウト奥に消えていった。
選手たちはお互いを称えあい握手とハグをかわし続けたが、やがて彼らも両サイドのダグアウトに別れていった。

彼らがグラウンドでふたたび会うのは、
雌雄を決するこの場所に立った日、のみ、である。



力尽きるまで戦うのが彼らの幸せ。
まったく幸せな男たちである。

damejima at 07:14

March 11, 2009

野村監督が先日の完封負けした韓国戦の失点について口を開いた。その内容はまさにこのブログで試合中に述べた通りのもの。我が意を得たり、である。

2球続けてシュートを放らせ、タイムリーを打たれた城島の責任は重い。
前の記事でも言ったことだが、打者の1巡目で決め球のシュートを見せて打ち取った、ということは、次の打席ではその球種はもう100%は通用しはしない。プロの打者とはそういうものだ。まして2球続けて投げさせるなど意味がない。
岩隈にとってシュートは決め球のひとつだが、こうしたくだらないプロセスで好投手の決め球が壊されていくのでは、投手はたまったものではない。決め球を打たれれば、投手は気分が悪いし、チームに試合の流れが来るはずもない。メジャーの投手たちが城島を信用などしない理由がよくわかる。たまさか打ったヒットくらいで、取り返しなどつかない。
城島のヒットはほんのマグレだが、岩隈のシュートやフォーク、松坂のスライダー、ダルビッシュのスライダー、渡辺のカーブなど、主力投手の決め球の使い方、相手チームへの見せ方は、WBCの結果を左右する大事なファクターだからだ。
決め球を次々に潰していく城島は代表捕手失格である。

ノムさん、侍ジャパンに愛の大ボヤキ
http://www.sanspo.com/baseball/news/090311/bsh0903110503000-n1.htm
四回のタイムリー、あれは城島が悪い」。四回一死一、二塁で迎えた4番・金泰均に、初球のシュートをファウルされたあと、2球目のシュートを打たれ「外のスライダーでも放っておけばよかった。前の打席はシュートで打ち取ってんだから。大ヤマを張られて待ち構えているところにシュートか…」とぼやいた。
(太字は当ブログで添付。記事は3月11日付けだが、野村監督がインタビューに答えたのは10日であるため、表題を10日表記とした)

参考
2009年3月9日、1巡目で手の内を全て晒してしまった城島は4回ランナーを貯められタイムリーを打たれた。
http://blog.livedoor.jp/damejima/archives/836550.html



damejima at 11:11

January 25, 2009

野村監督が「捕手・城島」にダメ出しするのは、これが初めてではなく、かねてからの主張で、何度もこの手の話はしている。
当ブログとしても、野村氏支持なのは言うまでもない、と言いたいところだが、できればWBCには正捕手として出場して、目一杯恥をかいてもらいところであり、迷うところだ(笑)
まぁ打力などといっても、その打力自体、メジャーで打率2割しか打てない、そんな男なわけで、リードは期待できない、打てない、走れない、何もない、なぜ何の取り柄もない捕手がなぜWBCに呼ばれるのか、それ自体、謎で、いまからWBCが本当に楽しみなのだ(笑)

http://sports.yahoo.co.jp/news/20090124-00000022-ykf-spo.html
「(WBCで原ジャパンが)阿部や城島にマスクをかぶらせるようなら負ける。キャッチャーに打力は要らない」
「(城島と阿部の)2人はあくまで打つことが主眼の選手。今回のWBCでは、リードを最優先に観察力のある捕手を起用し、どうにか最終回まで相手を0点に抑えるような戦い方をしないと、勝ち目がない。0点に抑えている限り負けることはないですから」と指摘したという。



damejima at 03:47

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