他のスポーツ、オリンピック

2018年9月9日、セリーナ・ウィリアムズと、アメリカの大手スポーツメディアの一部の記者、会場の観客は、「負けた理由」がセリーナ自身にあることを潔く認め、勝者を讃えない恥知らずな行為の数々を謝罪すべき。
2018年2月25日、「常呂町」の20年目の銅メダル。 〜 五輪選手が集結していた第23回日本選手権
2018年2月15日、「人は気持ちの切り替えなどできない。だが、『変換』はできる」 〜 平野歩夢の言葉から学ぶ、アスリートのためのメンタル・トレーニングの第一歩。
2017年5月30日、タイガー・ウッズが「見失った」もの。「見つけるべき」もの。
2015年3月10日、『父親とベースボール』番外編 シラキュース大学のJim BoeheimがNCAAから数々のペナルティを受けた話と、「MLBにおけるアフリカ系アメリカ人の減少」との関係
2015年2月3日、サッカー日本代表監督ハビエル・アギーレ解任の背景にある「2011年のサッカーにおける世界的な八百長摘発」と、それをあえて見なかったものとしてきた日本のスポーツメディア。
2014年3月20日、消えることのないサッカー・ワールドカップ利権とFIFAの腐敗臭。
2014年3月9日、Give Peace a chance for athletes in Sochi Paralympic Games.
2014年2月20日、1938年ヨーロッパからの帰路、船上で亡くなられた嘉納治五郎翁の亡骸がなぜ「五輪旗に包まれて帰国した」のか。
2014年1月3日、無病息災な1年であるために。「超低速でコケる」ことの危険性。
2013年12月19日、猪瀬直樹の選挙責任者で、当選の見返りに猪瀬が「2020東京五輪の要職」と「首都大学東京理事長」の座をくれてやった川渕三郎は、不祥事に連座して職を辞すべし。また「新・国立霞ヶ丘陸上競技場のデザインコンペ」はやり直すべし。
2013年9月7日、2020年夏季五輪、「東京」に決定! 東京五輪までに野球・ソフトボールを五輪競技に復活させるべき。
2013年2月16日、9月に五輪競技に選んでほしいのは、ソフトボールも同じだ。
2013年2月3日、「人と違うことをする」ということ。
2013年1月27日、マラソンブームに便乗した、あまりにもずさんな「富士山マラソン」から、「日本の新しい景観美」に至る、長い道のり。
2011年1月10日、氷点下のシアトルの熱い話題といえば、なんといっても史上初の「負け越して地区優勝・プレーオフ進出」のシーホークスが、去年の王者セインツを撃破したこと。
2010年11月4日、プロ・サーファー、アンディ・アイアンズの死。Wear Blue For Andy Irons On Friday.
2010年9月29日、砲丸投げと、野球と、徳島県。

September 10, 2018

年をとると、怒りっぽくなる人がいる。

想像だが、自分の体が若いときのように言うことをきいてくれなくなったり、周囲が自分のことを年寄り扱いすることで、周囲の自分への評価の低さと、まだまだ若いつもりでいる自分のセルフイメージが、実はまったく一致していないことに気づかされて、それが気にいらないのかもしれない。

とはいえ、自分の責任を認めたがらない人間、自分の衰えを認めようとしない人間には、厳しい言葉をちゃんと発しておかないと、モノゴトは真っ直ぐにならない。でないと、モノゴトは間違ったまま、曖昧なまま、固定され、歴史になってしまうのである。それは間違っている。

だから自分は、モノゴトをきちんとしておきたいから、あえて以下のような「四角い、尖った言葉」を書くことを自分に課してきた。



テニスの2018全米オープン女子決勝におけるセリーナ・ウィリアムズの行動は見苦しいものだった。
たとえ彼女が試合後の表彰式で、あまりにも礼儀をわきまえない、無礼な観客に勝者を讃えるよう訴えたとしても、だからといって、セリーナ自身の試合中の見苦しい態度を「帳消し」にできると、自分はまったく思わない。


この試合中にセリーナに行われた「3度の警告」は、
それぞれ以下の理由による。

禁止されているコーチによる試合中の選手への助言
ラケットの破壊
レフェリーへの暴言

警告それぞれに、合理的かつ明確な理由があったことは、明らかなのである。

参考
かつてテニス界のスターだったマルチナ・ナブラチロワの意見
Opinion | Martina Navratilova: What Serena Got Wrong - The New York Times

元女子プロテニス選手で現在はNBCリポーターのメアリー・カリロの意見
NBC Sports' Mary Carillo: Serena Williams Acts Like a Bully


アメリカの大手スポーツメディアのMLB担当記者たちなどは、「審判があまりにもクソ野郎だったから、自分たちのスターであるセリーナが負けた」という趣旨のツイートを試合直後からしていたが、それは根本的に間違った認識であり、審判にも、大坂なおみにも、謝罪が必要な無礼さである。


大坂なおみが全米オープンに勝った理由は単純だ。大坂なおみが、かつて女王だったセリーナを上回る、正確で、ゆるぎないプレーをしたからだ。言葉をかえれば、若い選手の理知的でクールなプレーが、ヴェテランの「慢心」に打ち勝ったといってもいい。

以下のゲームスタッツにみられるように、彼女の勝利には1点の曇りもない。大坂なおみは「勝つべくして勝った」のであり、「セリーナが審判に不利な判定を受けたから、勝つはずのない大坂なおみに勝利がころがりこんだ」のでは、まったくない。ありえない。




相手のチカラを凌駕することで合理的に得られた大坂なおみの順当な勝利のあと、不合理で不条理な罵声を浴びせる形となった会場の恥知らずな観客のブーイングには、なんの合理性もない。それどころか、それはある種のレイシズムですらある。


また、試合後のプレス・カンファレンスにおいても、数多くのハラスメントがあったことも忘れてはならない。

栄光ある勝者である大坂なおみに、自滅したセリーナ・ウィリアムズの乱れたふるまいについてコメントするよう、記者たちは執拗に求め、大坂なおみが答えに窮し涙まで流す事態となったことは、言うまでもなく「釣り竿の先にエサを垂らし、大坂なおみがうっかりセリーナに対して批判や暴言をするのを待っているような、悪質な行為」はスポーツマンシップとは完全に無縁のものだ。
また、大坂なおみの「名前」について故意に間違え、何度もゲームの内容と無縁な、愚鈍な質問を繰り返した「最前列の男性記者」などは、新たに誕生した若き女王を見下す尊大な態度、記者としてアスリートに対するリスペクトに欠けた無礼きわまりない態度を、謝罪すべきだ。


なお、今回の大坂なおみが発した sorry という単語について、sorry という単語には「残念です」という軽い意味の場合がある、などと、したり顔で解説しているハワイ大学教授(たぶん日本人)のコメントを見たが、まったく現場の空気をわかってないとしか言いようがない。

そんな辞書的な、進学塾とか高校の教員が中学生相手に受験英語を指導するような紋切り型の解説では、輝かしい勝利者であるはずの大坂なおみが「試合後に何度となく流した涙の説明がつかない」し、また、彼女が「セリーナがグランドスラムを24回勝つことをみんなが期待していたことは、わかってました」と発言したことの「辻褄」がまるであわない。

大事なのは彼女の発言が「どんな感情から発せられたか」、であって、辞書上の解釈など、どうでもいい。今回の勝利が自分の描いていた夢にはほど遠い「後味の悪い決着」をしたことで、心に傷を負った大坂なおみが、事態に一定の距離をおいて、「いやー、残念ですなぁ」などと、ババくさいコメントなど、するわけがない。

大坂なおみは「20歳」で、「当事者」なのである。

文脈と、事態の流れから判断して、sorry という単語の背景に流れている「感情」とは、「残念でした」などという大人びた態度ではなく、なんにでもすぐ謝ってしまう、なんとも「日本人的」な「ごめんなさい」の感情である。



この試合の後味の悪さをつくった原因は、セリーナ・ウィリアムズの間違ったふるまいと、ふるまいの間違いと自分自身が原因である敗北を素直に認めない態度であり、ブーイングした観客の無礼なふるまいであり、一部のメディアの尊大なふるまいだ。
実力はあるが、20歳の、まだナイーブな勝者にネガティブな感情を抱かせたことについて、衰えつつあるオバサンのセリーナ・ウィリアムズ、礼儀と程遠い行動をしておいて無反省な現場の観客、事態の全体像をまったく把握してないクセにセリーナを持ち上げてきたメディアの古い価値観にとらわれて審判批判をしたニューヨークあたりの頭の固いスポーツライターは、大坂なおみに謝罪すべきである。






米ボストン・グローブ
Rules are rules, and Serena Williams went too far this time - The Boston Globe

英タイムズ
Serena has joined the MeToo victims’ cult | Comment | The Times

ニュージーランド・ヘラルド
Peter Williams: Serena Williams' tantrum after Naomi Osaka loss was calculated, cynical and selfish - NZ Herald

英テレグラフ
Serena Williams is not just a bad loser – her dominance of tennis is over

英スカイ・スポーツ
Serena Williams' sexism claims in US Open final are 'unjustified', says Greg Rusedski | Tennis News | Sky Sports

米フェデラリスト
Why Serena Williams Would Probably Have Lost The U.S. Open Anyway

damejima at 09:57

February 26, 2018

カーリング男子日本代表スキップ・両角友佑の五輪を振り返ったインタビューは、読み物としてはなかなか悪くない。
https://pyeongchang.yahoo.co.jp/column/detail/201802250010-spnavi
ただ、カーリングという「日本においては、まだまだ特殊な競技」の、「この20年の歩み」を考えると、彼が語ったことのすべてが全カーラーの意見を代表しているとも思わない。



まず、カーリングというスポーツが「日本においては、まだまだ特殊」ということの意味について書きたい。


もともと「冬季五輪のスポーツ」の選手層は特殊ではある。
というのも、夏季五輪が採用している競技種目が、「1年を通して楽しめるスポーツ」や、「東西南北どんな気候の国でも競技可能な汎用性の高いスポーツ」を中心に構成され、1年を通して練習や競技が可能であることが多いのと比べ、冬スポーツでは「(都市の大規模なスケートリンクを含めて)氷や雪がある場所」と、「寒冷な地域で生まれ育ってきた選手や指導者」が前提になるからだ。

だから、冬スポーツの場合、有力選手の「出身地」が、世界ではカナダやロシア、北欧といった「寒い国」、日本では北海道とか長野といった「特定の都道府県」に片寄るのが普通だし、フィギュアスケートの選手の出身地がスケートリンクや有能な指導者のいる特定都市に片寄ったりするようなことが必然的に起こる。


それでもカーリングの場合、カナダやヨーロッパではテレビのレギュラー番組すらある人気スポーツのひとつと聞くから、けして「特殊なスポーツ」とばかりもいえない。
だが、競技環境が万全でない日本のカーリング環境では、銅メダルのLS北見の選手たち全員の出身地が北海道で、うち3人は「同じ町」に生まれ、中学生時代に「同じチーム(=常呂町ROBINS)」でプレーしていた選手であることからもわかるように、選手層拡大にはもともと大きな制約がある。


そうした競技環境の限界に悩まされてきたカーリングの風向きを変えたのは、北海道常呂町出身で、カーリングでは日本初のスタープレーヤーとなった小野寺歩林弓枝の登場だった。

2002年ソルトレイク冬季五輪に出場した女子カーリングチーム「シムソンズ」の一員だった小野寺と林は、五輪出場後に日本選手権に出場したが敗退。競技続行のため青森に移住し、新たに「フォルティウス」というチームを結成した。
この小野寺・林コンビを中心とした青森の新チームがトリノ冬季五輪出場を果たしたことで一時的なカーリングブームが起き、カーリングという競技が日本中に知れわたるきっかけを作った。
だが、一時的とはいえ人気を博しながらも、2人は日本選手権終了後に一時的に競技を離れることになり、ブームは一気に終息に向かった。


「トリノ後」、日本におけるカーリングは10数年をかけてたて直し、今回の銅メダルにたどりつくわけだが、紆余曲折を語る上で欠かせないターニングポイントは、おそらくトリノ五輪直後に行われた第23回日本選手権だ。

このイベントは当時の人気コンビである小野寺・林を擁する「青森」で行われ、おまけに五輪直後というタイミングで開催された国内最大の競技大会だったが、にもかかわらず、どういう理由からかはわからないが、「テレビ中継」が無かったのである。
そのため、某巨大掲示板では自主的に「現地情報をネット共有するライブ実況」が行われ、ファンの熱い支持を得たという事実すら残されている。(参考記事:カーリング日本選手権決勝実況スレ

当時の人気ぶりを考えると、このときテレビ中継が無かったことは、たしかに不思議でならない。

第23回日本選手権は小野寺・林コンビのチーム青森の劇的な優勝で幕を閉じたが、その直後、優勝にもかかわらず(なにか他言できない「オトナの事情」があったのだろうが)小野寺・林コンビの競技休養と青森からの離脱が報じられ、日本におけるカーリングブームはいったん終息することになった。


この第23回日本選手権には、小野寺・林コンビの常呂町の後輩にあたる「常呂町ROBINS」という中学生チームが出場していて、オトナたちのチームを大いに苦しめる活躍を見せ、コアなファンの間で話題となった。
その早熟な「常呂町ROBINS」のメンバーのうち、3人、吉田知那美吉田夕梨花鈴木夕湖が、今回の日本初の銅メダルメンバーである。

だから結果的にいえば、シムソンズから出発した小野寺・林コンビが築いたのが第一次カーリングブームだったとすれば、そのチーム青森のトリノ五輪出場メンバーだった本橋麻里(=常呂町出身)が、こんどはオーガナイザーとして、後輩である常呂町ROBINSの骨組みを元に構成したLS北見を10年かけて銅メダルチームへと育てた結果が、第二のムーブメントということになる。



長々と「常呂町出身の女子カーリング選手たちがつないできたリング」について書いたが、それは日本のカーリングが「いかにほんのひとにぎりの、限られた人たちが細々と支え続けたスポーツだったか」を伝えたかったからだ。
今回の銅メダルという偉業は、その「ほんの限られた選手たち」の人生をかけた20年にもわたる長い戦いによってたどりついた高みなのである。

だから今回のメダルは「後継者が育って、競技する地域や競技人口が広がった結果、メダルをとった」という話では、まったくない。
むしろ、「『1990年代の終わりに、ジュニアですでに名声を得ていた北海道の子供たち』が、20年、ふたつの世代にまたがって頑張ってきた結果、とうとう銅メダルという栄誉にたどりついた」というのが事実であって、後継者が育ったといえるほどカーリングの裾野はまだ広がっていないし、むしろ「常呂町の20年」を引き継げるような、有力な後継者、選手層は、まったくといっていいほど育っていないのである。


冒頭にあげた両角君の談話に戻る。


彼は「この10年、何も変わってない」と、競技環境の変化の遅れを嘆く。だがその「何をやっても変わってくれない世界」を相手に、しつこく20年もかけてアプローチし続けてきた女子カーリングは、ほんのわずかな限られた選手層の中から、ついに世界で銅メダルを得る快挙に辿り着いたのである。

これまで、女子選手たちそれぞれがどれほどの数の紆余曲折を味わったことだろう。おそらく選手たちは、カーリングの故郷である常呂町を離れ、スポンサーを得ては失い、チームやパートナーを変え、住む場所すら転々としながら、右往左往する暮らしに耐え、人生を賭けて、今回のメダルという偉業に到達したのである。

五輪と日本選手権の順番が違うと怒る気持ちもわからないではない。だが、かつてのカーリングブームにおいては、両角君が主張する「五輪後に日本選手権」という開催順序だったにもかかわらず、「ブームは去った」のである。事は単純ではない。ことにマスメディアの気まぐれすぎる対応ぶりは、今も昔も変わってはいない。

彼の正論を否定しようとはまったく思わないが、正論を吐くことも時には大事であるにしても、10年と言わず、20年、30年と、10年単位で自分を信じて頑張り続けてみること。それが最も大事なことなんじゃないか。そう思う。



今回のメダルは、ほんの少数の人たちが、実に20年もの歳月をかけて「10年にひとつだけしか上がらせてもらえないような階段」を上がる努力をしたことの結実だ。
これまで女子チームの後塵を拝し続けてきた男子カーリングには、最低あと10年、現実的にはあと20年くらいは努力し続けてもらうとして、それ以外の人たちは、「10年にひとつだけしか階段を上がらせてもらえないような、あまりにもノロいペース」を作り出してきた責任が、いったい「誰に」あるのか、いい機会だからゆっくり考えてみるといい。

damejima at 16:43

February 16, 2018



あまり、というか、
ほとんど日本人スポーツライターを褒めた記憶がない。

だが珍しく、このインタビュアーはなかなかいいと思う。いろいろと考えさせられるものを引き出すことに成功している。



スポーツではよく、「気持ちの切り替えが大事だ」などという。
だが、その言葉がどれだけ無意味か、このインタビューを読んでわかった。


わかったことの最も大事な要点は、こうだ。
実は、人は「感情」を切り替えることができない。


なぜなら
一度発生した「強い感情」は、簡単には消去できない
からだ。(だからこそ「クール」という価値がある)


多くの感情、特に、怒りや悲しみ、極度の欲求や緊張といった、「ヘビーな重さをもつ感情」は心に溜まりやすい。人の心という「泉」の底には、そうした「残渣」や「澱(おり)」が日々たまっていく。「ストレス」とは、心に溜まった「ゴミの重さ」のことだ。
ことにトップアスリートは「他人と競うこと、果てしない緊張の場面に晒され続けることが当たり前にあるような、特殊な生活を強いられる人種」なので、よけいに心のゴミがたまりやすい。


多くの人は、激しすぎる怒りや、強すぎる悲しみなど、「鉛のように重い感情」に晒されると、カラダ全体が泉の底に沈んでしまう。
そうならないよう、周囲の人は「気持ちを切り替えろ」などと言葉を発したがるわけだが、繰り返しになるが、そのアドバイスは実は無意味だ。感情を消去しようと思えば思うほど、その感情はむしろアタマをもたげてきてしまうことが少なくない。


だが、「感情の消去」を目指すのではなく、
別の形に変換して、放置してしまう」のなら、
どうだろう。

よほど、やりやすい。
できもしない「消去」を目指して、かえって疲れるのではなく、「変換」すること。そのほうが簡単なのだ。


これが、誰かが平野君の言葉を引き出してくれたことで「わかったこと」だ。ありがとう。メンタルに傷を負っている社会人や学生にも、この記事を贈りたい。

damejima at 18:41

May 31, 2017

タイガー・ウッズがフロリダのパームビーチで逮捕されたときの「人相の酷さ」が話題になっている。


たしかに自分も逮捕時の彼の顔を「見るに耐えない」とは思うし、それをツイートもした。

だが、彼の痛々しい人生そのものを 「論ずるに値しない」 とは、まったく思わない。

例えば、タイガー・ウッズについての本を何冊も書いているような自称スポーツライターが「裏切り」だのなんだのと、まるで「ケバいホステスさんが連れ歩く醜いチワワのようにキャンキャン吠えて」いるが、何の意味もない。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
【速報】タイガー・ウッズ逮捕!:もはや許されない「2度目の裏切り」--舩越園子 | 新潮社フォーサイト
こんなレベルの脳で、よくアスリートのことを書けるものだ。他人様の業績と人生を利用して儲けてきたにすぎない三流ライターが、言うべきこと、言うべきでないことの区別すらつかないのか。


心が乾いた子供のまま、オトナになった彼」がやるべきだったことの最初のひとつは、簡単なことだったはずだ。

自分を幸せにしてやること、だ。

それは同時に彼が、人生の出発において必ずしも「幸せではなかった」ことも意味する。


すべてを手に入れたはずの彼は、突然つまづいた。

「え? あれだけ有名になってカネも稼いだんだし、こんどは自分を幸せにするんじゃなく、家族や両親を幸せにするべきだし、社会貢献だって大いにすべきだろ。」

などと、思うかもしれない。


いやいや。それは、まったく間違ってる。
人生ってものが、まるでわかっちゃいない


まとまるには時間がかかるが、今の時点で思うことだけ書けば、今のタイガー・ウッズは、「自分を幸せにする方法や方向性」を模索しながら「さまよい歩き続けて」きて、その長い過程において失敗する中で、今の彼は「いったいどういう状態が自分にとっての幸せか」すら見失っていると思う。
そして、彼が道に迷った「起点」はおそらく、彼の中にもともとあった「亀裂」だろう。ここでいう「亀裂」とは、精神分裂病の意味ではない。むしろ「両親との関係性」を中心にした、文化的あるいは人種的な意味だ。


彼にこうアドバイスする人がたくさんいたことだろう。

家庭を持て、タイガー」と。


でも、そうだろうか?

家庭をもつことは実は「誰にでも」できる。
しかし、本当に人は「家庭のもつ、はかりしれない価値」に気づいて家庭をもっているだろうか。なんとなく「成り行き」で「家庭と称する集合体を築いただけ」の人があまりに多くはないだろうか。そんな未熟な行為で、その人は本当に「幸せな家庭」を実感できるだろうか。

ブログ主は、そうは思わない。

「多くの人がそうするから」という単純な理由だけで家庭をもち、「家庭のもつ、はかりしれない価値」に気づかないまま、「自分Aと自分Bの間に生じる摩擦」によって、自分自身と家庭の両方を傷つけている、そういう人が大勢いるとブログ主は考える。


たとえば、彼タイガー・ウッズは「アスリート」である。
そして、「アスリートにとっての幸せ」というものは、「もともと家庭と別のところ」にある

このことをしっかり「認め、共有すること」がアスリートにとって「重要な出発点」だし、認めないことには出発できない。それは理屈ではない。家族のありがたみを本当に実感するのは、もっとずっと先の「終点」であり、「出発点」でなくていい。


たしかに、「家族を幸せにしたい」と思うこと、それ自体は誰もが考えるべき、とても重要な人生のキーポイントだ。
だが、もしその行為が表面的な道徳感だけであり、家庭をもったことが「自分に足かせをはめただけ」の意味にすぎず、心の奥底では逆に「家庭というモラルが自分を縛りつけている」などと感じて生活しているなら、その人は少なからず「仮面をかぶっている」にすぎない。
そういう人は「家族という素晴らしいユニット、家族という素晴らしいチームを、心の底から楽しんではいない」。


本来、「家族であるということ」は、他人から強制されるモラルでもなければ、目的でもないのに、である。


おそらく、タイガー・ウッズが家庭をもった最初の理由は、彼にとってどうしても必要だったから、ではない。彼の最初の家庭は、彼の中のアスリートとしての乾きを潤してはくれなかったし、彼自身も家庭を潤してはいなかった。


誰にとっても人生はある部分において、とても痛々しいものだ。

今のタイガー・ウッズは、自分のことすら愛してはいない。自分のことを愛していない人間のやることは、眼をそむけたくなるほど、限りなく無様(ぶざま)だ。


だが、それを嘲笑う(あざわらう)ことは、自分にはできない。
自分も少なからず痛々しい人生を生きてきたからである。

タイガー・ウッズが人生を心から楽しむことの意味や方法を知るには、まだまだかなり時間がかかると思うが、しかしだからといって、それを知るのに、人生において遅いということはない。

たとえ彼がプレーヤーとして昔の姿で復帰できなくても、それはそれでいい。ブログ主は彼に「ひとりの人間として」、本当の意味での「頼れる父ちゃん」になれるよう頑張ってもらいたいと思うのである。




damejima at 04:56

March 11, 2015

ゾーン・ディフェンスのオーソリティとして知られ、殿堂入りもしているシラキュース大学のバスケットボール・コーチ、Jim BoeheimがNCAAからペナルティを受けた。(彼の名前のカタカナ表記は、ボウハイム、ベーハイム、ボーハイムなど、いくつかの綴り方がある。めんどくさいのでアルファベットにした)

Jim Boeheim

この人、アメリカ代表バスケットボールチームの「現役アシスタントコーチ」という肩書が示すとおり、バスケット界の大物のひとりであり、有名人でもあるのだが、どういうわけかこの件、他の多くの「ネガティブなスポーツニュース」と同様、日本ではほとんど報道されない。
NCAA suspends Jim Boeheim for nine games, cuts Syracuse Orange scholarships - ESPN

NCAAによるペナルティの中身はこんな感じだ。
●Boeheimの9ゲームの出場停止
●シラキュース大学のスポーツ奨学金を12削減
●108勝の勝利記録の抹消
(=2004-07と2010-12シーズンのバスケットボールと、2004年、2005年、2006年のフットボールが含まれる)

※上記に加えて、大学側の自主的判断でACC(Atlantic Coast Conference)トーナメントを含むポストシーズン出場を辞退することになった

けっこう重いペナルティだと思う。なんせBoeheimはNCAAバスケットの最多勝記録を持っているヘッドコーチなのだ、108もの勝利をチャラにされる処罰の重さはけして軽くない。(つまり、Boeheimとシラキュース大学が非常に重い処罰を受けなければならないだけの「重い違反を犯してきた」という意味)
また奨学金削減にしても、当然来期以降のシラキュースのリクルーティングに直接影響するわけで、チーム力そのものの低下につながるのは間違いない。

NCAAが問題にした「シラキュース大学のスポーツ選手の度重なる違反」とはどのようなものか。シラキュース大学が2001年に遡って行った「自己申告」によれば、以下のようなものらしい。
学業における不正行為
過剰な利益供与
ドーピング検査ポリシーの順守違反
許容されないレベルの援助行為
学業における許されざる援助行為

なにやら奥歯にモノがはさまったような、遠回しな言葉ばかり並んでいてわかりにくい。要するに、学業面ではテストで「ゲタ」をはかせてやり、レポート丸写しやカンニングのような不正行為も認めてやり、ドーピング検査は適当にスルーしてきたばかりか、かなりの金額の「お小遣い」や「裏金」も渡していた、というようなことだろう。

ニューヨーク州のこの私立大学は、卒業生から有名人をリストアップしているだけでこの記事が終わってしまうような有名校だが、なんとも三流なことをやってのけたものだ。(というか、シラキュースって「その程度」だったんだなと思う)


それにしても、あのシラキュースですら、スポーツさえやっていれば、卒業させてくれるどころか、裏金までくれるなんて事実が、スポーツファンとして残念でないわけがない。

というのは、『父親とベースボール』というシリーズで書いたように、MLBでアフリカ系アメリカ人プレーヤーの数が目に見えて減ってきていることの社会背景のひとつに、「野球での奨学金数が減らされている」という問題があるからだ。(うろ覚えだが、たしか野球の奨学金数は「11」だったように記憶している。これではスタメン9人と控え先発投手くらいしか奨学金がもらえない)

なぜアメリカで「野球で奨学金をもらえる人数が減らされた」のかは、まだ十分調べてないのでわからないのだが、少なくとも言えるのは、もしバスケットやフットボールなどのほうが「現在では奨学金がもらいやすいスポーツ」ならば、そちらに優秀な人材が流れてしまうのは当然だ、ということだ。


そうした状況がある中での、「シラキュース大学事件」である。
そんな不正を、シラキュースのバスケットですらやってるのか。それなら、野球の奨学金の数を元に戻せ」と、ついつい大きな声で言いたくなる。

damejima at 19:42

February 04, 2015

国際サッカー連盟と契約のある世界的な八百長監視機関が日本サッカー連盟に活動自粛を警告していたにもかかわらず、活動を続けてきたサッカー日本代表監督ハビエル・アギーレがスペインでの八百長関与疑惑で解任されたわけだが、彼の八百長関与が取り沙汰されているゲームは、「2011年」のスペイン1部リーグ最終節、レバンテ対サラゴサ戦で、この「2011年」という部分にちょっとした意味がある。

というのは、この「2011年」という年が、下記に示す大量の事例でわかるとおり、「サッカーに蔓延し続けている八百長事案が大量に摘発されたり、裁判が始まったりした、サッカー八百長摘発元年」ともいえる年だったからだ。
アギーレ八百長関与疑惑の概要:
2011年当時、アギーレ率いるスペイン1部リーグのサラゴサは2部降格危機にあったが、最終節で(レバンテに2―1で勝ち、1部残留を決めた。(「降格危機チームがリーグ最終節の奇跡的な勝利で危機をのがれる」なんてのは、サッカーの典型的な八百長パターンのひとつ)
報道によれば、試合前までに、サラゴサ会長、アギーレ監督、選手に、総額96万5000ユーロ(約1億2900万円)にのぼる不自然な金銭のやりとりがあり、スペイン検察はアギーレの銀行口座においても「計8万5000ユーロの振り込み」があった後「引き出された」という口座記録を確認している模様。事件の告発状は既に裁判所に受理され、40人以上が告発されている。

もし、仮に野球のWBC監督が在任中に八百長事件で捕まったら、世間はどう思うか。そういう風にちょっと考えればわかることなわけだが、日本代表監督が八百長事件にからんだ可能性があるとして在任中に辞任させられる、なんてことは、間違いなく「事件」そのものなのだが、さっぱり自覚のない人が大勢いる。

それどころか、不思議なことに、「2011年という年が『サッカー八百長大量摘発イヤー』だった事実」、あるいは、2013年にユーロポール(欧州警察機構)が、ワールドカップ予選や欧州チャンピオンズリーグなどを含め、大小680試合ものゲームに八百長疑惑があり、15カ国425人が関わっていると指摘したこと、これらの事実をきちんと念頭に置いて、世界のサッカーが既に八百長まみれであることを、今回のアギーレ辞任騒動にきちんと関連づけて解説した日本のスポーツメディアを(下記の産経のようなごく一部の例外を除いて)ほとんど見ないのである。


ナショナルチームの現役代表監督が八百長で訴訟を起こされて辞任なんてことが起こる原因は、ランス・アームストロング事件が明らかになっても何も変わらない自転車業界や、リタ・ジェプトゥーの資格停止などケニアのドーピング・スキャンダルをあえて看過してこれまで通りの通常営業を続けようとしている世界のマラソン業界などもそうであるように、それでなくても低下しつつあるサッカー人気が不祥事によってさらに低下するのを心底おそれる日本サッカー協会とメディアが、サッカーに蔓延し続ける賄賂、ドーピング、八百長といった不正の数々にあえて目をつぶったまま、ポジティブなニュースのみを扱い続けようと故意にやってきたところに、そもそもの問題があった。

サッカー界で近年発覚した主な八百長事件
(以下2011年発生事例赤字で示す)

中国 33人が永久追放、協会幹部も重い懲役刑
2002年日韓ワールドカップでもレフェリーを務めるなど、中国サッカーにおける第一人者といわれていた有名レフェリー、陸俊(ルー・ジュン)を含む4人が、収賄などで禁固刑実刑判決を受けた。
ルー・ジュン審判員は、1999年〜2003年の複数の試合で、一方のチームにのみ有利な審判をした見返りに、計81万元(日本円で約1000万円相当)の賄賂を受け取っていた。ルー審判員は収賄で禁錮5年6月と10万元の個人財産没収、他の3人は3年6月から7年の禁錮刑。
こうした賄賂事件には、同国トップリーグ「サッカー・スーパーリーグ(中国超級聯賽)」に所属する「上海申花(Shanghai Shenhua/上海申花聨盛足球倶楽部)」を含む複数のクラブが関係したといわれ、2013年に中国サッカー協会は、33名を永久追放、25人を5年間の資格停止するとともに、上海申花の2003年のリーグ優勝の剥奪と100万元の罰金、2013シーズンのリーグ戦での勝ち点マイナス6からのスタートとしたほか、合計12ものクラブを処分した。

サッカーの闇賭博が横行している中国では、当局が2009年から摘発に乗り出し、2年もの長期捜査によって複数のサッカー協会幹部を含むクラブ首脳から、監督・選手に至るまで、50名以上の逮捕者を出し、2011年12月から逮捕者の裁判が開始された。
サッカー協会幹部がらみの裁判では、2012年に相次いで厳罰が言い渡されており、元・中国サッカー協会審判員委員会主任、張建強が懲役12年、元・同協会副会長、楊一民が懲役10年6カ月、元サッカー協会副会長で国家体育総局サッカー管理センター主任の南勇が懲役10年6カ月などとなった。
 
韓国 41人が永久追放、韓国選手10人に1人が八百長に関与
2011年7月に元代表選手を含む50数人にも及ぶ元・現プロサッカー選手が、サッカーくじを悪用した八百長に関与したとして起訴。この「50数人」という人数は、外国人を除くと約600人が所属している韓国Kリーグ所属プロ選手の「ほぼ1割」。「選手約10人に1人が八百長に関与した」計算になる。
同国検察は、2010年6月〜2011年4月の21試合について、選手が故意に試合に負けて金銭を受け取った事実を確認したとし、複数の代表経験者を含め、国内リーグの看板スターまでもが買収や脅迫によって八百長にかかわったことが判明。2013年1月に国際サッカー連盟は、Kリーグ41人の選手を永久追放した。
Kリーグ八百長事件 - Wikipedia

2002年ワールドカップ韓国対イタリア戦の疑惑の審判
エクアドル人のバイロン・モレノ

モレノは、八百長試合が確実視されている2002年W杯の韓国対イタリア戦で、イタリアのトッティに2枚のイエローカードを出して退場させ、延長戦でもイタリア起死回生のゴールを「オフサイド」と判定し、イタリア人の激怒をかったことで超有名なエクアドル人審判。
同2002年エクアドル1部リーグのLDUキト対バルセロナSC戦の後半ロスタイムにホームチームが同点にするまで延々と笛を吹かず、異常に長いロスタイムをとった件で、20試合の資格停止。さらに資格停止から復帰直後の3試合目、こんどは同国リーグ第13節クエンカ対キト戦で主審としてアウェイの選手にばかり3人にレッドカードを出して、モレノは1試合の出場停止処分となって、直後に審判を引退した。
なお引退後のモレノは2010年9月にニューヨーク・ケネディ国際空港でヘロイン大量所持容疑で逮捕され、懲役30ヵ月の刑で服役。2012年12月にエクアドルに強制送還されている。

アルゼンチン人監督エクトル・クーペルの関与した
アルゼンチンとスペインでの八百長

アルゼンチン人監督エクトル・クーペルはかつてスペインのバレンシア(1999〜)、イタリアのインテル(2001〜)、スペインのマジョルカ(2004〜)などの監督を歴任した人物だが、2012年1月イタリア検察当局の取り調べに対して、アルゼンチンとスペインのリーグ戦2試合ずつ、合計4試合での八百長関与と、イタリア・ナポリのマフィアから20万ユーロを受け取ったことを認めた。

イタリア 八百長が恒例行事のセリエA
2010年ナポリ対サンプドリア戦での八百長で、ナポリ主将DFパオロ・カンナヴァーロ、DFジャンルカ・グラーヴァに6カ月の出場停止処分、GKマッテオ・ジャネッロに3年3カ月の出場停止が言い渡され、ナポリに勝ち点2剥奪と7万ユーロの罰金が科された。この八百長試合の結果、サンプドリアはチャンピオンズリーグ予選出場権を手にした。
2011年8月には、かつてアタランタ主将だった元イタリア代表クリスティアーノ・ドニが、アタランタ所属時の八百長で逮捕。3年半の資格停止処分になり、アタランタにも勝ち点マイナス6の処分が下された。同選手は主にイタリア・セリエAに所属した選手だが、2005-2006シーズンには八百長事件関与を認めたアルゼンチン人監督エクトル・クーペルが監督をつとめていた時代のスペイン1部リーグ・マジョルカに所属していた。
2012年04月には、DFアンドレア・マジエッロが八百長でイタリアの捜査当局に逮捕。同選手はASバーリに所属していた2011年に、対レッチェ戦(2-0でレッチェ勝利)で故意にオウンゴールを行ったことで報酬18万ユーロを受けとったと供述した。
(ちなみに、深刻な財政難に悩むセリエAは、2016年からチーム数と選手数の縮小に踏み切る予定で、1部リーグは20チームから18チームに縮小される)

トルコ フェネルバフチェなどの処罰
イスタンブール警察が行った大規模な八百長捜査で30人以上が逮捕。その中には、トルコの最有力チーム、フェネルバフチェの会長、有力チームのひとつトラブゾンスポルの副会長や、ウミト・カランら現役3選手が含まれ、他にも解説者も含めた関係者多数が取り調べを受けた。
現地報道では、「2008年から2010年までのリーグ戦の少なくとも17試合」で八百長が行われていたと報道。フェネルバフチェとベジクタシュによるスーパーカップがキャンセルとなり、またリーグ戦開幕が1カ月延期となった。また、フェネルバフチェはチャンピオンズリーグへの出場停止処分を受けた。

トルコでの国際試合2試合における
審判6名(ボスニア人、ハンガリー人)の永久追放

2011年にトルコで行われた、エストニア対ブルガリア、ラトビア対ボリビアの2試合の国際親善試合は、ゴールすべてがペナルティーキックによるという疑惑だらけの試合だったが、国際サッカー連盟の調査の結果、ボスニア人審判シニシャ・ズルニッチら3名と、ハンガリー人審判クリスティアン・セレメツジら3名、計6名のレフェリーが永久追放になった。

ベルギー ポール・ピュトの証言
2013年に川島永嗣が所属していたベルギー・リールセの元監督ポール・ピュト氏がフランス・フットボール紙に「ベルギーで八百長を強要された」と証言。同氏は2005年にベルギーで発覚した八百長問題に関わったとして一時永久追放処分を受けた経験があり、後に控訴審を経て3年に減刑された経験をもつ。

ドイツの「ブンデスリーガ・スキャンダル」
ドイツ2部リーグ審判ロベルト・ホイツァーが大規模な八百長への関与を自供したことがきっかけで明るみになったスキャンダル。クロアチアの犯罪組織につながるギャンブルビジネス関係者が裏で糸を引いていたといわれ、2004年に行われた13試合が八百長の対象となった。ホイツァーはじめ、Dominik Marks、Torsten Koopなどの審判と、ヘルタ・ベルリンの3選手、賭けを行うカフェの関係者などが処分され、ホイツァー自身にも永久追放と懲役2年5カ月間が言い渡された。
Bundesliga scandal (2005) - Wikipedia, the free encyclopedia

赤道ギニア アフリカネーションズ・カップ
アフリカネーションズ・カップ準々決勝で、ホスト国の赤道ギニアがチュニジアと対戦し、1点ビハインドで迎えた試合終了間際の後半アディショナルタイムに赤道ギニアが得たPKによって延長に突入、延長で赤道ギニアがさらに追加点を挙げ勝利した事件。
アフリカサッカー連盟(CAF)は赤道ギニアに不審な勝利をもたらしたモーリタニア人主審ラジンドラパルサド・シーカーンに6か月の活動停止を言い渡し、アフリカサッカー連盟におけるトップレフェリーの地位を剥奪。同審判は国際試合で笛を吹けなくなった。

ガーナ 2004年アテネ五輪の対日本戦
ジャーナリスト、デクラン・ヒル氏の著書『黒いワールドカップ』で明かされた2004年アテネ五輪のガーナ対日本戦の事件。日本戦を前にガーナは2試合を終え2位で予選勝ち抜けに有利な状況にあり、加えて最終節は既に予選敗退が決まり消化試合となっている日本との試合だった。当然、賭けのオッズは「ガーナ勝利」、「ガーナ勝ち抜け」に傾いたが、実際の試合は1-0で日本勝利に終わり、ガーナは総得点でイタリアを上回れずに3位に転落、予選敗退した。この八百長事件に日本側は関与しなかったが、ガーナ代表主将のスティーヴン・アッピアーが大会中に八百長フィクサーから金銭を受け取ったことを認めているという。

南アフリカ W杯前の親善試合
2012年12月、南アフリカサッカー協会会長カーステン・ネマタンダニ、同協会CEOデニス・マンブルを含む5名が八百長に関与したとして逮捕。2010年ワールドカップ前の数週間に南アフリカチームが行った国際親善試合(タイ、ブルガリア、コロンビア、グアテマラ)において、アジアの八百長関係者の利益となるよう、試合結果を操作した可能性があるとされた。(タイ戦は4-0、グアテマラ戦は5-0、コロンビア戦は2-1でそれぞれ勝利、ブルガリア戦は1-1で引き分け)
この事件が発覚したのは、フィンランドでの八百長事件で有罪判決を受けたシンガポール国籍のインド系住民ウィルソン・ラジ・ペルマル容疑者がFootball 4U Internationalという名義の会社を舞台に起こしていた八百長事件の数々をFIFAが精査する中で、同容疑者が2010年5月にワールドカップ直前の南アフリカで行われた南アフリカ対コロンビア戦でニジェール人審判を買収した八百長事件に、南アフリカサッカー協会の関与が判明したことによるもの。

産経WESTが以下の記事で羅列した
フィンランドギリシア等の八百長
【サッカーなんでやねん】中国系実業家も暗躍する八百長シンジケート…アギーレ疑惑は序の口、世界サッカー包む深い闇(1/3ページ) - 産経WEST
フィンランド アジア系黒幕の逮捕
同国ゴシップ紙が、2005年にフィンランド国内リーグのクラブの株式を取得したアジア系実業家が黒幕となって行われた2007年の八百長で、同国選手が故意に負けて1万ユーロを受領したと認めるインタビューを掲載。2011年には国際的な八百長シンジケートの黒幕の一人として、シンガポール国籍のウィルソン・ラジ・ペルマル容疑者が逮捕され有罪となり、他にも選手9人がトレーニング中に拘束される事態に発展した。
ギリシア オーナーによる脅迫と買収
国内クラブのオーナーが脅迫や買収の罪で告発され、2013年に4年6カ月の実刑判決。

同記事は他にイングランドハンガリーでの八百長事件を指摘。

ユーロポールが2013年に指摘した
ヨーロッパ・サッカーにおける八百長


ヨーロッパ全域で行われた380試合と、南米やアフリカで行われた約300試合、合計680試合が捜査対象。八百長疑惑がもたれている試合の中には、ワールドカップの予選(アフリカ2試合、南米1試合)と、欧州チャンピオンズリーグ関連の試合が含まれており、ヨーロッパでの380試合は15カ国425人の選手・審判が関与したとみられている。

UEFA関連の試合で八百長疑惑をかけられたのは2試合。うち1試合は過去3〜4年以内にイギリスで開催された試合らしいともいわれたが、詳細は判明していない。一部報道では、ハンガリーのブダペシュト・ホンヴェードが、UEFAヨーロッパリーグ予選のフェネルバフチェ(トルコ)との試合で八百長を行った疑いを持たれているとの報道もあった。また、ヨーロッパの380試合のうち、79試合がトルコ、70試合がドイツ、41試合はスイスで行われたという説があるが、これも定かではない。

ユーロポールの会見によれば、1年半にわたるかつてない規模の八百長捜査が行われ、「シンガポールに拠点を置く犯罪組織による組織的犯罪」との見方が示された。その犯罪組織は、八百長によって推定800万ユーロもの利益を上げ、また選手などに報酬が賄賂として支払われたと報道されており、賄賂最高額はオーストリアで支払われた14万ユーロとみられている。


「八百長が行われやすい試合」、というのは、サッカーというスポーツのシステム上、確実にある
なぜなら、現状のサッカーのシステムそのものが「そういう風にできている」からだ。そして、厳しく言わせてもらえば、サッカー界はその「システムそのものの欠陥に原因があることがわかりきっている腐敗」を、システムの変更という形で改善してはこなかった。だから、現在の八百長の蔓延は、サッカー界の隅々にまではびこる不正の数々をこれまでずっと見過ごし続けてきた歴史がまねいた結果だ。

「八百長が起こりやすい試合」は、パターンがはっきりしている。

最も多いのは、その試合の勝利が「クラブの収入を左右する試合」での八百長だ。
例えば「1部リーグに残れるかどうかが決まる試合や、「チャンピオンズリーグに出られるかどうかが決まる試合」がそれにあたる。(前者の例が、アギーレが関与したといわれている2011年スペイン1部リーグ最終節レバンテ対サラゴサ戦。後者の例:2010年セリエA ナポリ対サンプドリア戦)
元アルゼンチン代表MFマティアス・アルメイダが「セリエAのリーグ優勝がかかった2001年パルマ対ローマ戦で、パルマはわざとローマに負けてやり、ローマが優勝した」と証言しているように、「リーグ優勝が決まる試合」ももちろん例外ではない。
サッカーではシステム上、1部リーグに残留するかどうか、あるいは、チャンピオンズリーグに出られるかどうかで、「クラブの収入」がとてつもなく違ってくる。だから、こうしたケースでの八百長は、「クラブ主導」で行われる。
このケースの中でも、とりわけ八百長が多発するのは「1部リーグ陥落のかかった試合」だ。特に、対戦カードの負けてもらう側のクラブが「すでに降格が決まっている」あるいは「すでに残留が決まっている」ケースなら、なおさら八百長が行われやすい。「すでに降格や残留が決まっているチーム」には負けてやることになんのデメリットもないのだから、八百長が成立しやすいのも当然だ。

2つ目のケースは、国際親善試合だ。
「親善試合はガチの試合じゃないんだし、八百長など必要ないだろう」と思うかもしれないが、それは甘い。
スポンサー頼みのビジネスモデルしか成り立たないサッカーという世界では、「あっという間に結果が出て終わってしまう本番での勝ち負けよりも、むしろ親善試合でこそ、いいところを見せておいて、本番に向けた期待感を煽り続け、スポンサーやファンの関心を長期にわたって維持しておくこと」のほうが、はるかに重要なのだ。説明するまでもない。だからこそ日本代表だって、「弱い外国のチームとやたらと親善試合をやって、大勝するところばかり世間に見せつけたがる」のである。
だから、このケースでの八百長は、多くが「ホスト国のサッカー協会主導」で行われる。

3つ目のケースは、サッカー特有の「賭け」にまつわるケースだ。
これは上に書いたフィンランドや南アフリカ、ドイツの例をみればわかるとおり、賭けに深くかかわる「アンダーワールドの人物」が主導して審判や選手を買収し、試合結果を左右する。


このように、不正がおこりやすい試合には「特定のパターン」がある。
だから、アギーレのような「未知の人物」を監督に採用する場合の「不正関与の有無」を吟味する調査の方法論は、まずは監督キャリアにおいて「リーグ降格をかろうじてまぬがれた『きわどい経験』」、あるいは、「リーグ降格をかろうじてまぬがれたチームが奇跡的に残留を決めた試合で、対戦相手の監督をした経験」の有無を調べ、そうした経験が無ければ次の調査に向かい、もしあるなら、その試合の得点経緯がどのくらい信頼に足るものであるか、ビデオでも見て検討してみるだけのことだ。もちろん、「チャンピオンズリーグに進出することが決まったゲーム」「リーグ優勝が決まったゲーム」などについても調査対象にすべきだろう。

このくらいのこと、誰だって思いつくし、時間もかからない。

しかし、日本サッカー協会はそんな単純なことすらやらなかった。(スペインリーグにいたアギーレを選んだ責任者はおそらく、スペイン通の原博実だろう)
それが単純に人を信用しすぎた結果なのか、もっと深刻な意味があるのかは別にして、あれだけ賄賂とドーピングと八百長にまみれたスポーツだというのに、サッカー協会も取り巻きメディアも、サッカーの「汚れぶり」にまったく自覚がないかのようにふるまっているのには困ったものだ。

2011年にあれだけの数の八百長が指摘され、さらに2013年にはユーロポールにサッカーにおける大規模な八百長の存在を指摘されたにもかかわらず、一切マトモには報道してこなかった日本のスポーツメディアにも多くの責任がある。
彼らはそもそも、度重なる大規模ドーピングスキャンダルに業を煮やしたヨーロッパで、スポーツをめぐる刑罰(八百長だけでなく、ドーピングも含む)が、多くの国(例えばドイツ、オーストリア、スペイン、イタリア等)で「刑事罰」として重罪化されつつあったこと自体を知らなかったし、知ってからも他人事のように軽視し続けてきた。
もともとスポーツメディアが「スキャンダルを大規模報道しないまま看過して、故意に風化させようとするケース」はけして少なくないわけだが(例:近年のヨーロッパにおける大規模なドーピングスキャンダルの大半、最近の英国競馬・オーストラリア競馬等における大規模ドーピングの発覚、ロシア、ケニアなどの陸上競技における集団的・組織的なドーピングなど多数)、それにしたって、いくらなんでも無自覚すぎる。

FIFAからのスポンサー離れ、世界的に深刻なサッカークラブの財政難、サッカー大国といわれてきたブラジルでのサッカーの不人気ぶり、Jリーグ人気の壊滅などを見ても、まだ、ワールドカップ誘致の際の贈収賄も含め十数年発覚し続けてきた数々の不正(賄賂、ドーピング、八百長)を看過しても大丈夫だ、世界的な人気スポーツだから問題ない、などと寝言を言い続け、やることといったら、「次の代表監督が誰なのか」ばかりで、問題点も責任も、誰も指摘しないのだから、これではスポーツ・ジャーナリズムなんてものはサッカーには存在しないと断定されてもしかたがない。当然だろう。

damejima at 20:23

March 21, 2014

Jack Warner
イギリス紙デーリー・テレグラフが、トリニダード・トバゴ出身の元FIFA副会長ジャック・ワーナー(Jack Warner 写真:上)とその家族が、2022年サッカーワールドカップ・カタール大会の招致決定後、不正の数々で既に2012年に永久活動停止処分になっているカタール出身の元アジアサッカー連盟会長、元・FIFA理事のモハマド・ビン・ハマム氏の経営する会社から約200万ドル(約2億円)を受け取っていた、と報じている。

ちなみに、日本ではほとんどロクに報道されないが、ワールドカップをめぐ贈収賄はじめ近年のFIFAの不正の大半を暴いてきたのは、イギリスのテレビメディアであり、度重なるワールドカップ招致失敗によって裏側にある「FIFAの腐敗」に気付いて不正の仕組みを全てえぐりだそうとするイギリスの憤りは凄まじいものがある。
Qatar World Cup 2022 investigation: former Fifa vice-president Jack Warner and family paid millions - Telegraph
このワーナーという人物について少し調べてみる。


ジャック・ワーナーは、FIFAの実力者のひとりとして、贈収賄、汚職、横領、チケットの横流しなど、数えきれないほどの金がらみのスキャンダルを起こしてきたといわれている人物だ。

北中米カリブ海サッカー連盟会長の職にあったワーナーは、例えば2006年ドイツ大会、2010年南アフリカ大会では、ワールドカップのチケットをダフ屋に横流しして巨額の利益を得たとされている。(ちなみに、ワーナーによるチケット横流し疑惑がもたれている大会は、この2つだけではない)

また2010年のハイチ大地震でワーナーは、FIFAがハイチのサッカー再建のために寄付した25万ドルを横領した疑惑をもたれている。また、後述するがイングランド・フットボール協会の元会長デービッド・トリーズマンのイギリス議会証言によれば、ワーナーはイングランド・フットボール協会に対してもハイチ大地震支援と称して金銭の拠出を要求したらしい。

さらに2011年6月に行われたFIFA会長選では、ワールドカップのカタール招致においてワーナーに賄賂を渡していたとされているカタール出身のFIFA元理事、アジアサッカー連盟会長モハマド・ビン・ハマム理事が立候補していたが、ワーナーとハマムの間での買収疑惑が指摘されたために両者そろってFIFAから資格停止処分を受けたため、ハマム理事はFIFA会長選への出馬を断念、他方、ワーナーはFIFA副会長を辞任している。

Mohamed Bin Hammamカタール出身の元FIFA理事
Mohamed Bin Hammam

この2011年FIFA会長選は、結局のところ、カタールのハマム理事の出馬断念によって、それまで3選を果たしてきていたスイス出身のゼップ・ブラッターの4選で終わるわけだが、そのブラッター自身にしてからが、2006年に、IOC会長サマランチの不正疑惑を追及したことでも有名なイギリスのジャーナリスト、アンドリュー・ジェニングズによって、英国BBCの有名な調査番組 "Panorama"の中で、サッカー界から1億ポンド(約140数億円)以上の賄賂を受けとり、スイス警察から取調べを受けている、と報道されているのだから、始末が悪い。

Andrew Jenningsスコットランド出身のジャーナリスト
Andrew Jennings
ちなみに、2012年の報道によれば、ブラッター自身が「当時は違法ではなかった」と発言しており、FIFA会長としてカネを受け取ったことを追認している。
FIFAの巨額収賄疑惑、ブラッター会長「当時は違法ではなかった」|最新海外サッカーニュース|スカパー!サッカー中継



David Triesman元イングランド・ワールドカップ招致委員会委員長で、元イングランド・フットボール協会会長のデービッド・トリーズマンは、イギリスサッカー界の悲願であるワールドカップ招致をまかされた人物だが、こうしたFIFA内部の不正を知っていた事実を2010年にイギリスのマスメディアに暴露されてしまい、両方の職を辞任した。

トリーズマンは、イギリス議会下院の調査委員会における聴聞において、FIFA副会長時代のワーナーが、イングランドサッカー協会に対して、トリニダード・トバゴに学校を建設する費用を支払うよう依頼してきた、あるいは、大地震で被害をこうむったハイチにおけるワールドカップのテレビ放映料の買収のために5万ポンドを払うよう依頼してきた、などの証言を行っている。
またトリーズマンは、こうしたワーナーの不正の要求以外に、タイ出身のFIFA理事ウォラウィ・マクディ(この人物はなんと、FIFAの女子サッカー部門を仕切っている責任者だ)が、「イングランドがワールドカップ招致の票を欲しければ、英国でのテレビ放映権の一部をもらいたいと持ちかけてきた」とか、パラグアイ出身のFIFA理事ニコラス・レオスが「英国の爵位を欲しがった」とか、ブラジルサッカー連盟会長でFIFA理事のリカルド・テイシェイラが「ワールドカップ招致の票が欲しいなら、見返りとして何をくれるのか、オファーしてくれと言ってきた」などと、FIFA理事たちの「収賄体質」の数々を暴露している、という。
資料:汚職疑惑で揺れた国際サッカー連盟(FIFA) ―英メディア報道が一石投じる : 小林恭子の英国メディア・ウオッチ


2000年代のワールドカップ招致に関しては、ほぼすべての大会で膨大な贈収賄事件が存在するようだが、それだけでなく、2000年以前のFIFAの活動全体についても連綿とした汚職の歴史が指摘されている。

Havelange例えば2013年に、かねてから賄賂を受け取っていた疑いが持たれていたブラジル出身のFIFA名誉会長ジョアン・アベランジェが辞任している。
7代目FIFA会長であるアベランジェは、既に経営破綻しているFIFAの国際スポーツマーケティング会社ISLとの間で、ワールドカップのテレビ放送権を巡る贈収賄に関与していたことが、FIFA倫理委員会の調査によって明らかにされている。
だが、それだけではなく、かつてFIFA会長として長期にわたって在任していた1974年〜1998年の間にも、多くの汚職にかかわっていたことが指摘されているのである。
ちなみに、元イングランド・ワールドカップ招致委員会委員長のデービッド・トリーズマンに「ワールドカップ招致の票が欲しいなら、見返りとして何をくれるのか、オファーしてくれ」と発言し、FIFA理事を辞任した元ブラジルサッカー協会会長のリカルド・テイシェイラは、このアベランジェの娘婿にあたる。
FIFAのマーケティング会社ISLは、第7代FIFA会長アベランジェ、その娘婿テイシェイラ、パラグアイ出身のFIFA理事ニコラス・レオスに対して、1992年から2000年までの間、ずっと賄賂を払い続けていたことがわかっている。

Ricardo Teixeira元ブラジルサッカー協会会長
Ricardo Teixeira

この記事に名前を挙げた人物たちの大半は、FIFAのトップ、あるいは、アジア、北中米、南米といった、大陸レベルのサッカー連盟のトップなのだから、サッカー・ワールドカップがいかに「カネと不正にまみれた腐敗した世界」か、わかるというものだ。

damejima at 01:26

March 10, 2014

Give Peace a chance for athletes in Sochi Paralympic Games.


健常者のオリンピックだけが、オリンピックなのか。
いや。そうではない。


ソチで行われようとしているパラリンピックの選手たちは、栄光を夢みてこの日を目指し、それぞれが苦しい練習に耐えてこの日を迎えた。

健常者のオリンピックが終わったら、もう重要なことはすべて終わったのだから、こんどは政治の色を前面に押し出し、国と国が押し合いへし合い、せめぎあう。

そんなことでは、いけないのだ。


何ができるわけでもない。だが、意見を言うことはできる。
どこの国が正義で、どこの国が悪者か、なんて
そんなこと、どうでもいい。

パラリンピックに参加するアスリートたちに
実力を十二分に発揮して競いあうための
平和な競技の場と時間を与えてあげてほしい。

Give Peace a chance for athletes in Sochi Paralympic Games.





damejima at 08:41

February 21, 2014

2020年に東京で夏季オリンピックが開催されることになったが、これは東京で何回目のオリンピックか、おわかりだろうか。

正解は「3回目」だ。

というのも、
1964年の第18回夏季オリンピックと、2020年に行われる予定の第32回夏季オリンピック以外に、第二次大戦を前に中止された1940年の第12回東京オリンピックが「みなし開催」としてカウントされるからだ。(つまり、オリンピックの開催回数は、開催自体が決定していれば、たとえ中止されても開催回数としてカウントされ、リセットされない)
1940年東京五輪を返上する至急電開催が予定されてた東京オリンピックの返上決定を各国宛に打電した至急電の現物(1938年公文書) via 大会返上 - 歴史公文書探究サイト『ぶん蔵』 BUNZO

1940年の幻の東京五輪で予定されていたマーク図案(左の画像)
1940年の幻の東京オリンピックで予定されていたマークのデザイン案

1940年の東京オリンピック開催がなぜ中止に至ったのか。その詳しい経緯は他サイトでも見て、自分なりに検証してみてもらいたい。(中止に至った原因は戦争のためとかいう単純な説明だけで終わる話でもない。なぜなら中止すべきという意見は外国だけでなく、日本国内にもあったからだ)
少なくとも、1940年のオリンピック招致の成功に尽力された人物が、日本人初のIOC委員(1909年就任)だった嘉納治五郎翁であったことは、ぜひ知っておいてもらいたいと思う。
日本人の歴代IOC委員:国際オリンピック委員会 - Wikipedia


「1940年の幻の東京オリンピック」がどういう開催を目指していたかについての詳細な資料は、例えば英語版Wikiに掲載されているリンクが詳しい。当該Wikiのページ下段にある "References" という項目にリンクがあるが、リンク先のpdf(英語)がなかなかいいのである。(http://library.la84.org/6oic/OfficialReports/1940/OR1940.pdf ブログ注:リンク先がpdfであるため、直リンを避けておいた)
1940 Summer Olympics - Wikipedia, the free encyclopedia
このpdfには、開催にこぎつけるまでの詳しい経緯、招致する日本側の主要メンバーの氏名や写真、さらには、予定されていた競技スケジュールの全てまでもが、資料としてきちんとまとめられている。さらに、エジプトのカイロで開かれた1938年のIOC総会の帰路、シアトルで乗船した氷川丸の船上で客死された嘉納治五郎翁のご遺体がオリンピック旗に包まれて横浜に戻ってこられたときの写真まで掲載されている。よくぞこれだけ集めたものだ。

カイロから横浜に戻った嘉納治五郎氏の亡骸


嘉納治五郎翁を、「昔の柔道家のひとり」くらいに思ってる人が多いかもしれない。

だが、翁は日本人初のIOC委員で、「日本のスポーツの父」というべき存在であり、1940年のオリンピック招致成功も氏の功績なのである。シアトルから横浜に向かう船上で亡くなり、無言の帰国となって故国に戻ってきたご遺体が五輪旗に包まれているのは、翁の悲願であった東京での夏季五輪の招致成功に対するリスペクトを示している。

1940年の幻の札幌冬季五輪で予定されていたメダルデザイン注:1940年の夏季五輪招致の成功においては、実は札幌での冬季五輪招致にも成功していて、もし実現していれば夏・冬の五輪同時開催だったのである。(画像は、1940年幻の札幌冬季五輪で予定されていたメダルデザイン。札幌市公文書館所蔵)
夏季同様、冬季五輪も中止され、幻の開催となったが、第二次大戦後の1972年に再度招致に成功し開催された。1964年東京五輪で使われた駒沢陸上競技場も、戸田漕艇場も、元をただせば、実は「幻の1940年東京五輪」で予定されていた競技会場であるように、日本で開催に至った1964年と1972年の2つのオリンピックには、かつて幻に終わった「1940年の2つのオリンピック」の「遺伝子」が受け継がれているのである。



日本でもこの1940年のオリンピック招致成功が日本における初めてのオリンピック招致成功だったことを知っている人自体が減ってしまっているわけだが、1940年の五輪招致成功は、日本初どころか、「アジアで初」、そして「有色人種の国として初」という、とてつもない偉業だったのであり、このことはもっと多くの人に認識され、記憶されていい事実だと思う。

考えてみてほしい。
嘉納治五郎翁がオリンピック招致を成功させた「1930年代」という時代は、欧米以外の「独立国」自体が今よりはるかに少ない時代なのである。
欧米以外の「独立国」がそもそも少ないこの時代に、さらにIOCの国内委員会(=今の日本でいうところのJOC)をもつ独立国は、日本、中華民国(台湾)、アフガニスタン程度しかなかった。
これらの国以外にも、英領インド、米領フィリピンなど、欧米以外でIOCの国内委員会をもつ「地域」はほんのわずかにあったが、それらはいずれも1930年代当時はまだ「独立国」ではなかった。(インド独立は1947年。フィリピン独立は1946年)


つまり、当時は、欧米以外の世界の大半、とりわけアフリカとアジアは、「独立国」ではなく、「植民地」だったのである。

(ブログ注)そしてもちろん、1940年の東京オリンピック開催が決定した1930年代末、アメリカ国内にはまだアフリカ系アメリカ人の公民権運動などまったく存在していない。1940年代の第二次大戦時どころか、1950年の朝鮮戦争時のアメリカ軍においてすら、従軍するアフリカ系アメリカ人に対する人種差別は存在した。(参照例:Tuskegee Airmen


そんな「世界がまだ自由になれなかった時代」にあって、欧米以外の、それも、「アジア」の、「有色人種」の、しかも「独立国」が、「IOCの国内委員会」を持ち、IOCに委員を送り出していること、それ自体がいかに凄いことだったか。

そうした日本のスポーツがまだまだ困難だった時代に、嘉納翁は夏季オリンピック招致に成功しているのである。
翁の考えるスポーツの未来がどのようなものだったか、翁がオリンピック開催を通じてどんなことを目指しておられたのか、きちんと知りたくなってくる。

少なくとも世界中のスポーツ関係者に記憶し続けてもらいたいと思うことは、「オリンピックにおける有力アスリートの大半が欧米各国で占められてきた冬季オリンピックでの各種競技(フィギュア、スノーボード、カーリングなど)、あるいは、夏季競技のフェンシング(太田雄貴 注:フェンシングは夏季五輪の競技種目から一度も外れたことのない伝統ある種目のひとつ)や、馬術(西竹一)、ソフトボールなど、「欧米各国が長らくメダルを独占・寡占してきた競技」において、どれほど多くの日本人アスリートが壁に立ち向かい、風穴を開けてきたことか、ということだ。
つまり、日本のアスリートがオリンピックで残してきた足跡のある部分は、まさにオリンピックというスポーツイベントが、単に欧米だけの専有物ではなく、真の国際イベントとして近代化するための重要なステップだったのである。

だからこそ、嘉納翁が1940年のオリンピック招致の成功で達成していた「西洋の壁を破る努力」は、幻のオリンピックとして忘却されるべきではないし、いまも昔と変わらず、ほかならぬ東洋の日本において継承され続けていると、自負と自信をもっていえる。


いうまでもないことだが、
かつて1940年のオリンピックを招致するスピーチで、「日本が遠いと言う理由で五輪が来なければ、日本が欧州の五輪に出る必要はない」とまで妥協なしに言い切ったという嘉納治五郎翁は、押しも押されぬJapanese Legendなのである。

第3代IOC会長バイエ=ラトゥールと会談する日本のIOC委員・副島道正
(写真)第3代IOC会長アンリ・ド・バイエ=ラトゥール氏と会談して説得にあたる日本のIOC委員・副島道正氏(副島氏は日本で4人目にあたるIOC委員。会談会場となったHotel Aldonは、ベルリンの高級ホテル。日本側が五輪招致に費やした費用は当時の円で90万円以上といわれている)
ベルギー出身のバイエ=ラトゥールは、当時ヨーロッパを覆いつつあったファシズムの圧力にも屈せずIOCの運営にあたった人物だが、当時の日本のスポーツ関係者はラトゥール氏を1936年に日本に招くなどして、正面から説得を試み、正々堂々と開催への同意をとりつけている。事態を打開し、不可能とも思える偉業を達成できたのは、現代のようにIOC委員に対する接待などではなく、粘り強い交渉によるものだ。

damejima at 03:58

January 04, 2014

ミハイル・シューマッハ氏のスキー事故が時速10キロ程度の低速のときに起きたと聞いて、なるほど、と思った。(事故の詳細な経緯は知らないし、かつ興味があるわけでもないが)


よく思いだしてみれば、自分もMTBなどで何度も酷いコケかたを経験してきた中で、最も強烈なコケかたをしたのは、高速走行時ではなく、むしろ、超低速でコケたときだった。
油断してよそ見しながら走っていて突然コケたのだが、もう本当に、受け身どころか、考える間もなく「あっ」と思った瞬間にはもう、顔面がアスファルトに激突していた。

その激突がどれほど強烈だったか、どう表現すると他人様にわかってもらえるだろう。コケた直後に最初にやったことといえば、今でも忘れない。「指で鼻の隆起がまだ残っているかどうか確かめた」ほどなのだ。
どういう角度で自分が落下したのかすら、まるで記憶にない。ただ、「鼻が無くなってしまっているかもしれない」と真剣に思えたほど、顔面がまっすぐ地面に叩きつけられたことだけはわかっていた。
幸いなことに鼻は「ついていた」。顔を血だらけにしたまま、地面にへたりこんでいるしかなかったが、鼻がついていたことに心からホッとしたのを、よく覚えている。


いままでは、なぜあのとき顔面から地面に激突しなければならなかったのか、理解できていなかった。だが、シューマッハ氏のおかげでやっと多少理解できた。

高速走行時にコケたケースを思い返してみると、なんだかんだいっても「カラダ全体で転がる」ことができた。また、カラダ全体で投げ出されて地面に「着地」するまでの間、ほんのわずかな瞬間ではあるが「考える時間」があるから、カラダ全体で転がる事態に備えて多少なりとも「カラダを丸めること」や「アタマを保護するように転がること」ができていた。

つまり、高速走行時にコケるときには「カラダ全体が一気に前方に投げ出される」から、「パワー」や「加速度」がカラダに残されている。だから「高速走行時にコケたときのほうが、かえってカラダ全体で転がってショックを分散することが可能になる」ことがあるわけだ。
(もちろん、だからといって、高速でコケるほうが安全だ、などとは口が裂けてもいえない。高速でコケることそのものは非常に危険だ。だが、運動神経の非常に優れたシューマッハ氏のことだから、もし高速滑走中のゲレンデでの転倒なら、むしろ上手に転がって大事故を避けていたのではないかと思うわけだ)


対して、「超低速の自転車で突然コケること」は
原理がまるで違う。

超低速の自転車で突然コケるケースでは、「足がペダルにのった宙ぶらりんな状態のまま、コケる」ことになる。この、「足のふんばりがまったくきかなくなっている状態で、超低速でコケること」が、非常に危険なのだ。

超低速走行時の足のふんばりがまったくきかない状態で、もし突然自転車が停止する(あるいは足元がすくわれる)と、カラダ全体に十分な加速度が蓄えられてはいないわけだから、アタマの重量が非常に重い人間のカラダは、意識する間もなく頭部から瞬時に地面に叩きつけられてしまいかねない。たぶん、バイク乗りのいう「握りゴケ」にちょっと近い。
高速走行時なら、コケた後、カラダ全体でゴロゴロ転がってショックを分散することが可能だが、超低速だからこそ、それができないのだ。

スケートでいえば、もし速度がついている状態でコケたなら、加速度を利用し、カラダ全体で氷上を滑っていけば、身体に大きな衝撃が加わるのを避けられる可能性がある。
だが低速でコケると、足元をすくわれたカラダは宙を大きく舞って、腰や頭部など、重量のある部分から固い氷の上に落ちてしまう。これは、雪に慣れていない都会人が1年に1度あるかないかの積雪の時に恐々ゆっくり歩いているとき、カラダ全体が宙に舞い上がるようにコケて骨折するのと似ている。スノーボードでの死亡事故も緩斜面での事故が圧倒的に多いと聞く。


いままで、足元のおぼつかないお年寄りが風呂場やキッチンなどでコケて骨折したというニュースを何度も聞いたことがある。性格のよくないブログ主などは、正直に言うと、ゆっくりしか歩けないはずのお年寄りがどうして骨折するほどのコケかたをするのだ、骨が弱ってるのが本当の骨折の原因じゃないのか、などと、いままで無責任に思ってきた。
だが、やっと「超低速で突然コケるがゆえに危険であること」が多少は理解できたように思う。

新春早々、コケるのなんのと、縁起でもない記事を受験生には申し訳ないとは思うが(笑)、今までの自分の無理解を反省するためと、世間に注意を喚起して少しでもお役に立つためだから許してもらいたい(笑)


超低速だから大怪我しないのではない。
「超低速だからこそ、大怪我しやすい」のである。
油断めさるな。心の備えあれば、憂いもなくなる。

2014年が皆様にとって家内安全で無病息災な年であることを、心からお祈り申し上げたい。

damejima at 14:20

December 20, 2013

ニンゲンの脳で考えられる中では最悪のなりゆきで、世にも情けない辞め方をした猪瀬直樹だが、猪瀬が退陣にあたって相談したという「2人の人物」のうち、ひとりが自分の親分である石原慎太郎なのはともかくとして、もうひとりが、どういうわけか「川淵三郎」だというのには、誰でも奇異な感じを受ける。

さかのぼると、猪瀬は、2012年11月の東京都知事選挙出馬にあたって、どういうものか「政治の専門家でもなければ、まして、選挙対策の専門家でもない」、いわば「素人そのもの」に見える川淵三郎を自分の選挙対策責任者に指名している。
もちろん、このこと自体が「不自然きわまりない話」なわけだが、さらに今回の辞任でわかったのは、「猪瀬にとって、川淵は、自分の進退まで相談するような『非常に比重の重いパートナー』だった」ということだ。
この「猪瀬と川淵の関係の不自然さ」は、誰の想像をも上回る。


猪瀬は、都知事選に楽勝した後、自分のブレーンたちに、いわば「選挙協力の見返り」として、多くの「東京都がらみの仕事」を回してやっている。明らかに、「あっせん行為」である。(この行為は同時に、「非・猪瀬」である人間を東京都がらみの仕事から締め出す行為でもあった)

特に、選対責任者だった川渕に対して、猪瀬は、それが「都知事選に勝たせてもらった報酬」であることが、あまりに「あらからさますぎる」といえるほどの、「東京にまつわる要職」を報酬として与えている
報酬のひとつが、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会の「副理事」の座(2013年1月30日付承認)であり、そしてもうひとつが、公立大学法人首都大学東京の「理事長」の椅子(2013年4月1日付)だ。
2つとも、「東京に深く関わる仕事」という点であり、明らかに「猪瀬の任命権限」に基づく「指名」だ。

こうした「東京都の仕事を自分のブレーンに優先してあっせんする行為」が、「人事という形で行う 『キックバック』」なのは明白だ。

東京の五輪招致活動に対して、日本サッカー協会は、JOCのような直接オリンピックとかかわる組織でもないというのに、協会トップをわざわざ南米のブエノスアイレスくんだりまで派遣したりして、「異常なほどの協力ぶり」をみせている。これは当時すでに周囲から奇異の目で見られ、新聞ネタにもなっている。
こうした「サッカー協会の東京都に対する異常な献身」は、徳洲会の選挙手法と同じで、言うまでもなく「川淵の指示」によるものだろう。つまり「都知事選のキックバックの、そのまた恩返し」というわけだ。謎さえ解ければ、話はわかりやすい。
猪瀬にとっての日本サッカー協会が、いわば手足のごとくに使える手下みたいなものであるとするなら、猪瀬がサッカー協会が頻繁に利用する「国立霞ヶ丘陸上競技場の建て替え」案件にクチを挟まないわけがない。

記事:異例!日本サッカー協会、代表戦より五輪招致優先 - スポーツ - SANSPO.COM(サンスポ)

資料:東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会 第3回評議会の内容/2013年1月30日付
資料:東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会 理事リスト
資料:公立大学法人首都大学東京 - Wikipedia


猪瀬が川淵に与えた2つの「東京にかかわる仕事」、オリンピック・パラリンピック招致委員会副会長と、首都大学東京理事長の「任命権」が、はたして「東京都知事」にあるのかどうか、そこまでは残念ながらわからないのだが、この2つのポストがどちらも「東京」に非常に深く関係する仕事であることからして、なにも調べなくとも、猪瀬が最低でも「事実上の任命権」(実際には、たぶんハッキリとした「任命権限」)を持ち、猪瀬の直接の意向から任命した人事であることは、おそらく間違いない。

この「2つの猪瀬人事」で特に驚くのは、オリンピック・パラリンピック招致委員会の人事に関する「猪瀬の発言力の大きさ」だ。
オリンピック、といえば、東京都単体の事業というより、「国の事業」というイメージをもつ人が多いだろう。
だが実際はそうではない。東京都知事である猪瀬は、招致委員会がすでに旗揚げしてしまっている後からでも「招致委員会副会長という要職に、自分の選挙対策責任者という、いわば『身内』の人物を押し込むことができる」、そういう「発言力」、「人事決定権」を持っていたのである。
資料:2013年10月時点の猪瀬発言
「(組織委員会の)人選は首相がやるわけではなく、僕のところでやる」
「組織委というのは都とJOCでつくるもの」


このように、猪瀬が東京都の事業、特に五輪招致に関して、かなり強力な人事決定権を持ち、実際かなりの頻度で人事を決めてもいただろうと推測できるからこそ、国立霞ヶ丘陸上競技場の新築のためのデザインコンペについても、猪瀬は相当の「発言力」を行使していただろうと思われるのだ。
この事業は本来なら、文部省の外郭団体である日本スポーツ振興センター(JSC, Japan Sports Council)が主導する仕事のはずだが、おそらく実態としては、かなりの部分が、都知事である猪瀬とそのブレーンたちに振り回されていたに違いない。

猪瀬の都知事当選を祝うパーティーの記事によれば、この席に出席したのは、選対責任者である川淵はもちろんだが、後に新・国立霞ヶ丘陸上競技場のデザインコンペ審査委員長となる安藤忠雄の姿もある。つまり、彼はコンペがある前から、もともと「猪瀬のブレーン」のひとりなのである。
そしてさらにいえば、安藤忠雄は、川淵同様、「東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会」のメンバーのひとりでもある

だから当然ながら、国立霞ヶ丘陸上競技場の新築のためのデザインコンペには、都知事である「猪瀬の意向」が少なからず働いていた、と考えるのが自然だ。この建て替えに先んじて「風致地区における建築物の高さ制限を大幅に緩和した」のが、ほかならぬ東京都であることからも、それはうかがえる。
たとえ国立霞ヶ丘陸上競技場が、国の外郭団体である日本スポーツ振興センターの管轄施設であろうと、そこには五輪招致がらみのデザインコンペには、十分すぎるくらい「都知事である猪瀬の意向」が働いていたのはおそらく間違いないだろう。


こうして眺めてみると、ある意味、どこかの独裁国家や時代劇の悪代官のような「コネにまみれた政治手法」だが、このことは、もし今回の猪瀬の不祥事がなかったなら、誰もたぶん詳しく調べなかったと思うし、また、指摘されることさえなかっただろう。
残念ながら、自分自身も含めて、「人間の監視力」というものは、実は、ことほどさように「甘い」のである。


だからこそ、あらためて次のことを提案したい。
目的は、2020年の東京オリンピックから「猪瀬のコネの影響力」を「誰の目にも明らかな形」で排除することである。猪瀬だけを排除しても、「猪瀬のコネで招致委員会に入った人物たち」が大量に現場に残るのでは、まるで意味がない

1)川淵三郎は、任命者である猪瀬が「責任から逃げた」のだから、のうのうと要職の座に居座ることなく、さっさと全部の職を辞退すべき。

2)猪瀬の意向が働いていたのが明らかな「国立霞ヶ丘陸上競技場の新築のためのデザインコンペ」は、審査員を変え、新たにやり直すべし。

参考記事:Damejima's HARDBALL:2013年10月29日、国立霞ヶ丘陸上競技場は、「同じ場所で建て替える」などという二番煎じのお茶をさらに温め直すような発想を止め、違う場所に新設すべき。

参考記事:Damejima's HARDBALL:2013年11月5日、「8万人収容のモンスターレベルの陸上競技場」を、「8万人収容のフットボール場」と同列に語っている国立霞ヶ丘陸上競技場建て替え話の馬鹿馬鹿しさ。



ちなみに、猪瀬が徳洲会がらみの不祥事に際して、すでに売却予定だった「東電病院」にまつわる便宜供与を図ろうとしていたかどうかについて、いろいろと憶測記事が出ている。
徳田虎雄氏が東電病院の取得意向伝達 猪瀬知事、虚偽答弁か:朝日新聞デジタル

この件については、なぜまた突然「東京電力」という名前、あるいは病院の売却話が、都知事である猪瀬に関連して出てくるのか、理解できない人も多いだろう。
しかしながら、その一方では、「電力各社とサッカーとの深いつながり」を知っていて、ハハンとうなづいた事情通の人もいる。


例えば、2002年に日本で行われたサッカー・ワールドカップの「組織委員会」を構成した「人物たち」について、国立国会図書館の行っているインターネット資料保存事業の一環として、当時のウェブデータが保存されて残っているから、見てみるといい。この「サッカーイベント」に、どれほど多くの「電力会社幹部」が幹部として関わっていたか、わかるはずだ。
当時のJAWOCのウェブサイト : 国立国会図書館アーカイブ

(まぁ、だからこそ、かつて東日本大震災のときに、蓮舫のような「電力が足りないから、野球のナイターを止めろ」と大合唱したアホな連中に、即座にこのブログで「馬鹿なこと言うな」と言い返した、ということがある。
そもそも原発事故で結果的に電力が足りなくなったことの責任の一端が、サッカーやコンサートホールなどを「エサ」にしながら、原発を自然災害の被害の及ぶ可能性のある危険な場所に作り続けてきた電力会社自身にあったとするなら、電力供給量低下の責任を、まず最初に「野球」に負担を求めるのは「お門違いも甚だしい」のである)
Damejima's HARDBALL:2011年3月20日、極論に惑わされず、きちんと議論すべき日本の球場の電力消費。


電力会社とサッカーのつながり」は、例えば、東日本大震災における福島第一原発の事故で有名になった、サッカーのトレーニング施設である「Jヴィレッジ」や、九州電力玄海原発のある佐賀の「サガン鳥栖」というJリーグのチームをみても、ある程度わかる。

原子力発電所の建設される「土地」に、さまざまな形で「国や電力会社からカネが落ちる仕組み」があることは、原発事故後の報道のおかげで知られるようになったわけだが、実はこうした「原発の立地する地元に対する恩恵」は、なにも「現ナマ」ばかりではなく、陸上競技場などの「スポーツ施設」や、コンサートホールや公民館などの「公共施設」の建設費や維持費についても、かなりの額の援助が出ている。
というより、もっとハッキリいうと、かつて福島県知事が証言しているように、電力会社は、原発を建設したい土地の地元自治体に対して「あんたたちの土地にプロサッカーチームを作ってやる。だから、その見返りに『原発』を作らせてくれ」というオファーまで、実際に行っているのである。
つまり、「何が欲しいのか、言ってくれ。サッカースタジアムでも、陸上競技場でも、公民館でも、こっちで全額負担で作ってやる。だから、そのかわりに原発を作らせろ」という、なんとも凄まじいオファーをしているのだ。(そして実は、そうした原発の立地する地元に建ててやる公共建築物の費用というのは電気料金に上乗せされている。だから、実は電力会社は最終的には何の負担もしていない

こうした「電力会社の腹の痛まないオファー」の結果、故意に生みだされてきたプロサッカー選手は数多くいる。たとえば、今はもう廃部になっている東京電力女子サッカーチームの選手は、スポーツ選手でありながら福島の原発で働かされてもいた。また、福島のJヴィレッジの建設費は、最終的に首都圏の電気料金に上乗せされ、首都圏の一般人が知らない間に電気代の名目で強制負担させられた。
Jヴィレッジ18年再開へ サッカー施設で、東電検討 東京五輪での活用視野 - MSN産経ニュース

こうして電力会社の意向に沿って作られた地方のJリーグのチームでは、練習場所として使う天然芝のスポーツ施設の利用料が「異様に安く」設定されているケースもある。
税収からの補填を除いた経営実態としていえば、Jリーグのチームは赤字チームだらけだが、もし本番さながらの練習ができる天然芝のグラウンドが「スタジアムの建設費や維持費を度外視した価格」で非常に安く確保できるなら、当然ながら、そのチームは限られた予算を選手確保や遠征費に回せるわけだから、当然、そのチームは躍進する。まぁ、いってみれば「予算上のドーピング」みたいなものだ。
つまり、「市場原理に基づかない破格のグラウンド使用料」のような、「見えない原発関連の補助」があるということは、電力会社がサッカーチームを、言葉は悪いが、「間接的に飼いならしている」ことになるわけだ。もっとハッキリ言わせてもらえば、「原発がサッカーチームを支えているようなケース」が実際にあるのである。

また、電力会社が地元プロサッカーチームのスポンサーになることもある。これなどは、スポンサードといえば聞こえはいいが、電力会社は別にサッカーに広告効果など期待してはいない。実際にやっているのは「プロサッカーチームという、地元の人たちが騒ぐための『宴会』の経費を負担してやっている」ようなものなのだ。

もちろん、例えばサガン鳥栖ファンの方々に責任はない。
だが、心証を害する可能性を考慮しても、あえて明言させてもらうと、鳥栖という土地の人口や税収の大きさを冷静に考慮するなら、もし原発関連の「出資」や「投資」の支えがなければ存在しえないプロスポーツチームではある。
九州電力やらせメール事件 - Wikipedia


東電病院の件は、こうした、猪瀬と猪瀬のブレーンたちの人間的なつながり、サッカーと電力会社の利権のやりとりの構図の中で起きている。

そもそも、東京都は東京電力の筆頭株主なのだ。(東京電力[9501] - 大株主 | Ullet(ユーレット) そして、猪瀬は、都知事になって以降、東京電力に株主総会で東電病院売却を迫っていた、と聞く。
と、なると、これはただの推測に過ぎないが、もしかすると猪瀬は、東京電力の筆頭株主である東京都知事の立場を利用して、福島第一原発で事故を起こした東電の社会的責任を追及する裏側で、東電病院の売却先を決める「利権」を手にし、徳洲会に「東電病院の買収をあっせん」しようとしていた可能性があるのではないか。
そうなると、例の「5000万円のカネ」は、単なる選挙資金の貸し借りなどではなく、実は東電病院を売買する「あっせん料」として受け取った「手数料」だった可能性
が浮上してくる。
もしこの邪推が正しければ、この「5000万円の授受」は、公職選挙法違反などではなく、立派に「贈収賄事件」だ。


なんせ、猪瀬が最も大好きな政治手法は、
コネ」と「バーター」だ。
可能性はゼロではない。

damejima at 11:01

September 08, 2013

 
2020TOKYO

2020年夏季オリンピックが東京に決まった。

2020年、というと、7年後。アスリートにとって、「7年」はけして短くない。それどころか、今の時点でトップアスリートの位置にいる人は2020年オリンピックの主役ではなく、むしろ「これから出てくるアスリート」こそがメインキャストになる。遠い先に行われるオリンピックに向けて新しい芽を尊重する気持ちが無ければうまくいかない。

ソフトボール日本代表 北京五輪金メダル

2020年には野球とソフトボール、特にソフトボールが五輪競技に復活しているように、関係者は死にもの狂いで努力を重ねてもらいたい。「レスリングの復活が当確」という話があるが、それはそれ。野球とソフトボールのさかんな国、日本でのオリンピック開催が決まったのだから、競技を、レスリング以外にもうひとつ復活させることくらい目指して必死にロビー活動するのが当然だろう。(もちろん、日本での夏季五輪開催決定を必死に邪魔してくれた国のテコンドーとかいう、五輪競技に残っていること自体が不自然なマイナー競技を五輪から外すことで解決するという手もある)


ありがとうトルコ、ありがとうスペイン。
2020年東京で会いましょう。


第1回投票結果
---------------------
東京 42票
イスタンブール 26票
マドリッド 26票
(再投票の結果、イスタンブールが決戦投票に進出)

決戦投票結果
---------------------
東京 60票
イスタンブール 36票




赤飯スタンプ

damejima at 05:32

February 17, 2013

ソフトボール日本代表 北京五輪金メダル

今回明るみになったレスリングのオリンピックからの除外騒動では、日本でもかなりの人たちがオリンピックそのものになにか幻滅に近いものを感じたようだ。ブログ主も、オリンピックで日本が支払わされている放映権料の他国と比べた異常な高さといい、オリンピック憲章違反を犯した韓国サッカー選手へのメダル授与といい、なにか「シラけたもの」を感じさせられた。
こんなにスゴイ ロビー活動の実態(ゲンダイネット) - livedoor スポーツ

【サッカー竹島問題】保留の五輪銅メダルを授与 領有主張の韓国選手に - MSN産経ニュース

オリンピックというのは、なにか世界を代表するスポーツ大会のように見えているが、実のところ、ヨーロッパ中心のリージョナルなスポーツ競技大会にすぎないのではないか、という意見すら聞こえてくる。(なのにロビー活動という名の利益供与を受ければヨーロッパで誕生した伝統あるレスリングの除外に傾いたりするのだから支離滅裂でもある)
西欧中心という意味だけでいうと、IOCというのは、FIFAやUCI(=国際自転車競技連合)や、F1の競技団体などと似た利権集中組織をもっている。
そこにアジアの一部やアフリカなどから、「利権のおすそわけ」を求めてロビー活動と称する「利権家」が集まってくる。


この先の展開の可能性のひとつとして、アメリカやロシアなどといったレスリングの盛んな国から、レスリング除外批判が集まることで、批判をかわそうとか考えそうな接待まみれ団体、IOCが、2013年9月に決まる2020年五輪の残り1枠の競技種目決定にあたって、レスリングを「故意に」選ぶことは、十分に考えられる。
レスリング五輪存続に光 IOC理事会で有力3候補案浮上 (スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

だが、関係者はたぶん言いづらいだろうが、ハッキリ言っておけば、もしレスリングが選ばれ直しても、それで「やれやれ。よかったね」などとは、まったく思わない。


というのは、9月に決まる「残り1枠」を争っているのは、なにもレスリングだけではないからだ。

「野球・ソフトボール」や「空手」など、日本が得意とするスポーツは他にもある。五輪競技に選ばれるのを首を長くして待ってきた関係者にしてみれば、レスリングを一度除外しておいて、批判されたら選び直すなどという茶番に巻き込まれたのでは、たまらないだろう。
だが、だからといって、「レスリングを五輪に戻せ」的な空気の中で、「ウチだって、オリンピックに選ばれたいんだ」などとは大声では言いづらいだろうし、困った話だ。


なにも、野球が五輪種目に復帰してほしいから言うのではない。

むしろ個人的には、今回の騒動で、野球という歴史的にもう十分商業的に確立してきた競技にとっては、オリンピックなんていう利権にふりまわされるアマチュアの祭典は、もはやどうでもいい、という気さえする。あくまで個人的には、もし9月に「野球・ソフトボール」が選ばれなくても、別に何の感想も持たないだろう。「ああ、そう」で、おしまいだ。

もちろん、野球が五輪競技にふさわくない、とは、まったく思わない。MLB、それに個人レベルでも、野球を国際的に普及させる施策が、あちらこちらで始まっている。

だが、野球というのは幸いにして、もともとオリンピックや国際大会に頼りきってようやく成り立っているスポーツではない。野球は、国内ではまるで人気がないのに、ワールドカップ的な国際大会や海外でのわずかな活躍を虫メガネで拡大して報道することで、かろうじて「盛りあがっている印象」をもたせているような、マイナーなスポーツではない。


だが、ソフトボール
これは別だ。

あれだけ日本中を沸かせてくれた北京オリンピックの上野由岐子投手以下、日本代表の熱い頑張りは、忘れるどころか、いつも頭にある。ソフトボールという面白い競技をオリンピックという大舞台に早く復帰させてやれないものか、つねづね願ってもきた。

そこへ今回のレスリング騒動だ。冷遇されているソフトボール、野球、レスリング、(ついでに言えば、採点に首を傾げることの多かったフィギュアスケート、ルール変更に泣き続けてきたスキー複合や柔道)どれもこれも日本やアメリカでさかんなスポーツである。このおかしな状況に、ちょっとは気づけよといいたくなる。



とりあえず今は、自立が進んでいる野球はともかく、ソフトボールのために言っておきたいと思うのだ。

9月に五輪競技に選んでほしいのは、ソフトボールも同じだ。と。


頑張れ、ソフトボール。






damejima at 10:43

February 04, 2013

Think Differentなランナー

Here’s to the crazy ones.
The ones who see things differently. - Steve Jobs

damejima at 01:15

January 28, 2013

週末ともなると日本のどこかで必ずマラソン大会が開催され、テレビ中継も毎週のようにあるほど、日本のマラソンブームは勢いが衰えないらしい。同じ日に複数のマラソンが開催されることも、けして珍しくない。

マラソンブームは、同時に「マラソン大会開催ブーム」という意味でもあるわけだが、これだけ大会が乱造され続けると質が落ちて、運営の最悪な大会というが続出してくる。
たとえば「第1回京都マラソン」は、2億3100万円もの赤字を出して、しかたなく公費(つまり税金)で穴埋めしたらしいが、カネの問題ならまだいい。第二東名が完成する前に行われた「ふじのくに新東名マラソン」などは、主催者側の給水の不手際によってランナー多数が脱水症状になり、リタイアが続出したという。水の用意が無いマラソン大会なんてものは、不手際というより傷害事件に近い。
さらに最悪だったといえるのは、「第1回富士山マラソン」(旧名『河口湖日刊スポーツマラソン』)。身の丈に合わない計画性皆無な大会を主催したのが原因で、1万数千人の大会参加者のうち、なんと5000人もの大量のランナーが「スタートそのものに間に合わないどころか、現地に到着することすらできない」という大失態を演じた。
大会レポ − レポート&評価・第1回富士山マラソン(旧河口湖日刊スポーツマラソン)(2012年)


富士山マラソンの運営の「あり得ないレベルのずさんさ」を人から聞かされて、日本の誇る霊峰富士がなぜ世界遺産に登録できないかがちょっとわかった気がする。
そして、「野球」という万単位の客を毎日のように集め続けてきたスポーツが、いかに合理的かつ安全に運営されてきたかが、あたらめてわかった。(これには、ブログ主が地方分権主義なんてものをまるで信用してないせいもあるかもしれない)



ボストン、シカゴ、ロンドン、東京。2万人を超えるランナーを集めるような大規模なマラソン大会は、すべて「大都市」で行われている。
大都市でこそ、大規模マラソンイベントが成り立つ理由」は、「都会には人がたくさんいるから、カネがたくさん集められる」などという、せせこましい商業上の理由ではない。「インフラのしっかりしている大都市だからこそ、大規模なヒトの移動に、ビクともせず、問題が起きにくい」からだ。

大都市というものは、毎日、何百万人もの人間を輸送し続けていて、盤石な公共交通機関や道路網と、それを運営管理するソフト面のノウハウが十分に整備されている。都市は「大量の人間が一時的に集まること」に慣れているのだ。だから、たとえ3万人や4万人程度の数のマラソンランナーが一ヶ所に集中したからといって、交通機関がマヒするような事態は起きない。


日頃忘れてていることだが、野球というスポーツもシーズン中、毎週のように、それも連日、万単位の観客を集めている。そういう意味では、「野球とは、年間の半分もの長期にわたって、毎週3日間ずつ大規模マラソンを連続開催し続けているような、超がつくほどの大規模スポーツ」なわけだ。

その大規模スポーツの野球だが、日本の野球においては「富士山マラソンで5000人ものランナーが味わわされた悲惨で不快な体験」は起きたためしがない。
というのは、ボールパークのある大都市には盤石の公共交通機関が存在すること、そして日本の野球主催者に、これまで何十年にも渡って培ってきた豊かな経験があるからだ。球場は、果てしない数の野球ファンを、安全に収容しては、安全に帰宅していただく、そういうルーティーンを果てしなく繰り返してきた。そこには積してきた知恵やノウハウがぎっしり詰まっている。



富士山マラソンの運営のずさんさをネット上の資料やブログでの悪口雑言などからいろいろ集約してみると、5000人ものランナーが置き去りになった原因の根本は、どうやら、「大規模マラソンを、公共交通機関の脆弱な田舎の山間部で開催したこと、さらに気温零度以下の午前8時という早朝スタートに設定していたこと」に、すべての騒動の根源があると思われる。
(ちなみに、この事件は、スポーツメディアである日刊スポーツ主催のイベントなせいで、メディア同士の自主規制が働くのか、報道量が十分ではない。詳しくは当事者であるランナーたちの書き込みの怒りから推測するしかない。最も信頼できるのは、せせこましく自主規制するメディアではなく、当事者の「自発性」だ)


マラソン大会というと、当然ながら、道路は交通規制の影響を大きく受ける。田舎での移動はクルマに頼ることが多いものだが、ことマラソン大会では、クルマに頼ることができない。当たり前のようだが、これは重要な点だ。
それでも「都市で開催される大規模マラソン」なら、地下鉄や鉄道など、「道路の交通規制の影響を受けない公共交通機関」が大量にある。また宿泊施設も有り余るほどある。
地方からやってくる都市の地理に不案内な参加者でも、都心のホテルを余裕をもって予約できるし、都市の住人にしても、最初から公共交通利用による移動を前提にスタート地点に集合してくる。だから結局、誰も慌てる必要がない。

たとえ「大都市のマラソン」が早朝スタートであったとしても、地下鉄や鉄道は、「短時間」かつ「大量」に、スタート地点や沿道に、万単位の数のアスリートたち、その友人や家族といった応援者、さらに主催者やボランティア、見物客をスムーズに移動させることができる。都市はクルマ移動を必ずしも前提としないから、参加者のための大規模な駐車スペースなど、そもそも必要ない。(もし必要になっても、駐車スペースはそれなりにある)

つまり、総じていえば、「都市機能」というものは「数万人単位のスポーツイベント」程度ではビクともしない。


田舎はどうだろう。

たとえ田舎のマラソンであっても、規模さえ「適性」なら、問題は起きない。駐車スペースの必要性も、それほど発生しない。

だが、「富士山マラソン」のような無計画なイベントは、クルマにしか頼りようがない田舎の街に、2万人規模もの「クルマで移動するしかないランナー」をかき集める、という無謀なアイデアなわけであって、「机上で考えたことが、開催地のキャパシティを越え過ぎていること」を、まるで理解できてない。



公共交通機関が無いのと同じ山間部で、しかも、2万人もの人間が早朝8スタートする前提のマラソン大会などというものが、どれだけ「田舎のキャパシティ」を越えているか。これがわからなかった主催者は、スタートさえ切れなかった5000人のランナーはじめ、多くの「被害者」に謝罪すべきなのはもちろんだし、大会規模を身の丈にあった規模に変更すべきだ。


なぜ「早朝スタート」でなければならなかったのだろう。

当日早朝の気温はどうやら0度以下だったらしい。当然スタートを待つ間にランナーたちは寒さに凍え、「ウオームアップ不足」のままスタートを切ることになったはずだ。

主催者がランナーの健康をかえりみない「ドアホなスタート時間」に設定した理由は、想像だが、「『前日に現地入りして宿泊してないと、スタート時間に間に合わないマラソン』に設定しておけば、自然と都会から来るランナーたちは前日から宿泊してスタートに備える。そうなれば、河口湖周辺のホテル・旅館が経済的に潤う」という「商売上の計算」があった、だろう。
また、どうしても当日にしか現地に来れない都会のランナーも多数いるわけだが、そうした参加者の集客については、「当日早朝入りするランナーについては、ホテル旅館と同じように地元河口湖の利害関係者である、富士急行など、交通事業者の観光バスをフルに利用した『弾丸ツアー』を用意すれば一石二鳥で、地元を潤わせることができる」とでも考えたに違いない。


「田舎の、それも早朝に、大量の都会の客を集中させるマラソン」なんてものが、どの程度「地域活性化、万歳!」などというこざかしい計算に基づいていたか知らないが、いかに無謀な皮算用か、よくわかる。
実際に起きたことは、参加者の数10パーセントにもあたる5000人ものランナーが、スタート時間に遅れるどころか、会場に近寄ることすらできなかったという、最悪の事態である。


駐車スペースを考えても、計画のずさんさがわかる。

地下鉄のない土地で行われる2万人規模の「ありえない規模のマラソン」なのだから、前日から宿泊している数千人から1万人前後のランナーと同行者のために、数千台分の「臨時駐車場」が必要になる。もちろん主催者、ボランティア、ゲスト、メディアのためにも駐車スペースが確保されなければならない。
河口湖周辺にどのくらいの数の駐車スペースが存在するのか知らないが、1000台やそこらの駐車スペースでは、これらの「一時的なパーキング需要」をまかなえるはずがない。

たぶんマラソン前日には、主催者があらかじめ用意した臨時パーキングや、ホテル・旅館周囲に細々と点在するパーキングは、前日から宿泊しているランナーたちのクルマで埋め尽くされていたに違いない。
また、前日から現地入りして宿泊し、早朝スタートに準備周到に備えたランナーですら、駐車場のあるホテル周辺からスタート地点まで、早朝の凍えるような寒さの中、延々と歩かされるハメになったのは間違いない。


一方、当日やってくるランナーたちは、どうだったか。

彼らの移動手段には、主に観光バスを利用したパッケージツアーが組まれており、数千人の規模のランナーが観光バスで当日現地に到着する予定だったらしい。
となると、観光バスの数は、バスの定員からして合計100台に及んだはずだが、いったい100台もの数の大型バスを、どこに停車、駐車させておくつもりだったのか。
100台もの数のバスを同時に駐車させるスペース、というと、もし日本の高速道路のサービスエリアに100台のバスを並べた姿を想像するだけで容易にわかることだが、バスだけでサービスエリアの大半が満杯になるほど、とてつもなく広大な面積の駐車スペースを用意する必要だ。

一方、マラソン当日の河口湖畔の駐車スペースは、前泊して現地入りすることを選んだ(というか「選ばされた」)多数のランナーたち、そして関係者とボランティアのクルマによって、とっくに駐車スペースはなかったはずだ。

ならば、当然のことながら、当日入りする100台もの大型バスは、スタート地点からはるか遠くに離れた場所に駐車するしかない。と、なると、当日観光バスで現地入りするランナーは、0度近い気温の中、観光バスの駐車場からスタート地点まで、歩いていくしかない。よほど早く出発しないとスタートに間に合わないし、ウォームアップどころの騒ぎではない。
もし当日の高速道路に多少の渋滞があろうとなかろうと、5000人のランナーは、そもそも「はるか遠く離れた駐車場から、マラソンスタート地点まで歩くしかない」という設定になっていたわけだ。

当日入り組のランナーたちは、早朝、まだ真っ暗な3時だの4時だのという、まだ公共交通機関も動いていない時間に、タクシーかなにかで都心のバス乗り場までなんとかたどり着いてバスに乗せられ、何時間もバスに揺られて現地に着き、気温零度以下の駐車場から、ウオームアップもなしにいきなり歩かされてスタート地点に向かい、高原の朝の零度を越えた程度の寒風の中、午前8時にフルマラソンをスタートする、そういうわけのわからないスケジュールを押し付けられていたはずだ。

無知な主催者はいったいどこでランナーをウオームアップさせるつもりだったのか知らないが、身体を動かすってことは、そんな簡単なものじゃない。


大規模マラソン大会というものは、参加経験のある人ならわかることだが、ほとんどの場合、スタート時点のランナーのカラダは冷えている。(これはマラソン大会すべてが持っている共通の解決すべき課題でもある)
ランナーはスタート前に何十分も、それも立ったまま待たされる。さらに、スタートのピストルが鳴った後も、参加者があまりにも多すぎるために、なかなか走りだせない。マトモに走れるようになるのが、スタートしてから数分〜10数分もかかることも、よくある。(こうした遅延現象は、たとえ規模の小さい大会でも多かれ少なかれ起きる)
まして都市より気温の低い山間部の湖畔の「零度以下の気温」の中で、何十分も待たされて、カラダが冷え切らないわけがない。
前日から宿泊していてマトモにスタートできた幸運な人たちにしても、気温零度、午前8時の冷え切ったままのスタートなんてものが、身体にプラスに働くわけがない。


現実の話は、もっと酷い。
5,000もの人たちは、なんと結局観光バスの中に閉じ込められたまま、スタート場所にすら時間内にたどりつけなかったという。アタマにこないほうがどうかしている。
そもそも、このマラソンの主催者は、日頃スポーツをほめたりけなしたりするのを生業(なりわい)にしている日刊スポーツなのだ。スポーツを誰よりもわかっていてもよさそうな主催者にこういう事件を起こされて、ランナーたちは余計に腹も立ったことだろう。



とかく「地元の人」、というと、「その場所を最も大事にしている人たち」と決めつけてしまうことが多い。

だが、ブログ主は、性格が悪いためかなにか知らないが(笑)、そんな風に思ったことがない。
例えば、富士山周辺に住んでいる人たちが、イコール、「最も富士山を大事にしている人」だなんて思わない。むしろ、(場所にもよるだろうが)「場所をメシの種にしているだけの人」たちが地元民というものだ、というドライな見方は、あながちハズれてないと思っている。

たとえば「海の家」。
ビーチで遊ぶには「海の家」が絶対必要だと考える人たちには、たいへん申し訳ないのだが、あんなもの必要ない。「景観」として、必要ない。
もし冷たい飲み物が必要なら、ビーチ近くの道路沿いにコンビニでも作っておけば十分だ。シャワーを浴びたければ、それこそ地元自治体負担で無料シャワーでも設置しておくほうが、よほど気がきいているし、景観として綺麗におさまる。日よけがほしければ、地元のホームセンターで安くシェードを売っているから、買ってからビーチに来ればいい。海の家などなくても、地元にはカネが落ちる。なんの問題もない。


見苦しい歩道
「景観」という話のついでに言うと、道路沿いやマンションのエントランス周辺の植え込みによく植えられている植物、例えば「ツツジ」も必要ない。
あんな見栄えの悪いものを、よくあれだけの数、植えるものだ。咲いた花がまた、なんとも貧乏くさい。
ああいう粗悪なものを人目につきやすい場所にやたら植えまくった結果できたのが、今の日本の「景観」だ。あんなものを、税金を使って刈り込んでメンテナンスまでしている。そんなことして、何になるというのだ。あんなもの、無いほうがよほど景観がスッキリ見える。
むつかしいことはよくわからないが、道路特定財源から「ツツジのメンテナンス支出」なんてものが出ているのかもしれないが、「道路のツツジ」を消滅されば、ひょっとすると日本のクルマに関して多すぎる税金をカットできるかもしれないではないか。もし「ツツジの消滅」で自動車ユーザーの負担が少し軽くできるなら、それこそ日本を支えるクルマの売り上げの向上につながったりするかもしれない。


何十トンものゴミを不法投棄し続けてきた尾瀬だかの山小屋が、罰金と執行猶予つきの懲役刑を言い渡されたなんて事件もあったらしいが、観光地の関係者にかぎって 「ゴミが増えるのは、ゴミを持ちかえらない観光客のマナーが悪いせいだ」などと、わけのわからないヘリクツを言いたがる。そしてゴミ箱を無くしてしまい、景観劣化の責任を観光客に押しつけたがる。
そういう輩に限って、小汚い看板を街中にならべて、本来美しいはずの日本の山や海の景観を、「どこにでもありがちな観光地」に変えて、自分勝手な商売のタネにしている。
そして、挙句の果てには、富士山周辺の景観の美しさが楽しめるマラソンというキャッチフレーズにひかれて集っただけのランナーに向かって、もてなす側の責任を棚に上げ、「マラソンにクルマで集まってくるマラソン参加者が悪い。バスや電車を使えば、こんなことは起きなかった」などと、わけのわからないことを言った人々のように、自分たちの見通しの甘さを棚に上げて、すべて客とクルマと渋滞のせいにする。

なんでもかんでもクルマのせいにしておけば、ラクができるとでも思っている。日本の自動車関連の税金の異常な高さと同じリクツだ。


田舎に住む人というのは、たいていの場合、「クルマは、ここで生きていく上で不可欠だ」というリクツにのっかって生きているわけだが、いざ無謀なマラソン大会の開催に失敗したら、やれクルマは使うな、電車とバスを使え、前日に現地に来て宿泊しろ、では、話にならない。
そんな都合のいいヘリクツは、田舎民が、日頃はクルマばかり使って便利に暮らすようになったクセに、いざ赤字の電車やバス路線が廃止されるとなると、廃線反対だのなんだの突然拳を振り上げたりする愚かな行為と、なにも変わらない。


どうも言葉でうまく説明できないのが困るが、総じて言うと、近代の「日本の景観」には「独特の無責任さ」があった、と思うわけだ。この「近代独特の無責任さ」は、せっかくの美しい日本の景観を、常に「こぎたない」ものにしてきた。富士山も例外ではない。

例えば「無責任な観光地」では、観光地として景色のいい一等地に立つレストランほど、クソまずい食事を平気で出し、観光地価格の高いカネをとるものだ。
こういうわけのわからないマラソン大会を無謀に強行した河口湖でも、湖畔やマラソンスタート地点近くの「商売上、有利な場所」には、きっと「無責任な店」ばかりがズラリとたち並び、マラソンランナーに、くそマズい料理と観光地価格を押し付けたに違いない。


霊峰富士に限らず、日本の山や海は、「こぎたなく」などない。むしろ日本の山海はもともと、心洗われる美しさであり、世界に胸を張って誇ることができる。だから「地元だから景観を自由にして許される」なんてことはありえない。山もビーチも、地元民だけの所有物ではない。
電気製品の設計ではないが、「こぎたなさ」を途中でやめるのは、簡単ではない。こぎたないものをつくるのは、たやすいが、綺麗にしていくには、手間も時間もかかる。
だが、「近代独特のこぎたなさ」をやめてみると、ブームにつられて粗製乱造されまくっている雑なつくりのマラソン大会が、もっとマトモで身の丈にあったものになり、ビーチは自然な美しさにもどり、道路沿いの「無責任なツツジ」が消えてなくなって、せいせいできたりする。
そうなれば霊峰富士も自然に綺麗になるかもしれない。なんといっても、景観にはヒトの内面が反映するものだ。
富士山を綺麗にするには、登山客の数を適度に制限するのもひとつの方法なのだが、富士山登山のための山小屋では、かつて「ありえないほどの狭さ」で多くの登山客をすし詰めにして寝泊まりさせた時代があったらしいが、最近その「富士山の山小屋のありえないほどの狭さ」は、ようやく多少は改善されたらしい。

客が多ければ多いほど儲かるからオッケー、なんて程度にしかスポーツを考えていない「無責任な地元民」やら、マラソン大会のイロハもわからないスポーツ新聞に、「観光客はゴミを持ち帰れ」「クルマを使うな」とか、わけのわからない「観光地にありがちな無責任なヘリクツ」を言われたくない。


damejima at 10:04

January 11, 2011

いやはや(笑)
シーホークスが去年の王者セインツを41―36で破ってしまうのだから、地の利というのは本当にあなどれない。エースRBマーション・リンチの決勝TDは、ちょっと奇跡的な67ヤードランだった。



去年まで2年続けて10敗以上しているシーホークスは、今年のレギュラーシーズン7勝9敗だが、なんとNFC西地区優勝。こうした「勝率5割に満たないチームの地区優勝」は史上初。また、勝率5割に満たないチームのプレーオフ進出も、ストのあったシーズンの例外を除けば史上初。

ちなみに、MLBではどうも勝率5割以下での地区優勝は一度もないらしい。また日本の例では、2005年の西武、2009年のヤクルトなどが、勝率5割以下でプレーオフ進出して物議をかもすなどしている。
Under-.500 Seahawks shock Saints in 41-36 wild-card win - USATODAY.com

Saturday, January 8, 2011 New Orleans Saints - Seattle Seahawks Box Scores, Game Results & Summary - USATODAY.com


シーホークス建て直しの原動力といわれているのは、今シーズンからヘッドコーチに就任したピート・キャロル。彼はもともとはNFLのヘッドコーチだったが、この10年はUSCを率いて2度全米チャンピオンになり、たくさんの教え子をNFLに送り出してきた名コーチ。NFLには11シーズンぶりの復帰。
Pete Carroll - Wikipedia, the free encyclopedia
ピート・キャロルのツイッター
http://twitter.com/PeteCarroll

Pete Carrollロマンスグレーの2枚目風(笑)
ピート・キャロル

ピート・キャロルのチームマネジメントの特徴は、技術指導的な意味の「コーチング」をするだけでなく、野球のGMのように「リクルーティング」もあわせて行うこと。実際シーホークスは、ピート・キャロルのヘッドコーチ就任にあたって彼にヘッドコーチとしての権限を与えただけではなく、ジェネラル・マネージャー的なリクルーティングの権限も与えて、効率的なチーム再建を図っている。

NSC時代のピート・キャロルの教え子はたとえば、ニューヨーク・ジェッツの若いQBマーク・サンチェス
ジェッツは今年もプレーオフに進出し、残り3秒の場面のFG成功でペイトン・マニングのコルツを破ったばかりだ。サンチェスは、ジェッツがブレット・ファーブの後釜として2年前だかに1巡目指名したQBで、パスのコントロールがあまりよくないが、出身地のロングビーチではメキシコ移民の英雄になっている。
そのサンチェスがUSCに進学する直接の動機となったハイズマン・トロフィー受賞者で、シンシナティ・ベンガルズのQBカーソン・パーマーも、ピート・キャロルの教え子のひとり。

ちなみにマーク・サンチェスは、高校時代に野球もやっていて投手と三塁手ができるらしく、所属するジェッツと同じニューヨークのメッツの本拠地シティ・フィールドでは、2009年の地元開幕ゲームで始球式をやったことがある。



シーホークスの次のゲームは、1月16日にベアーズとの対戦だが、このゲームは残念ながら、シアトルで行われたセインツ戦と違って、シカゴで行われるビジター
さてはて、どうなることやら(笑)






damejima at 20:22

November 05, 2010

アンディ・アイアンズ追悼のためのパドル・サークル


まさか、としか、言いようがない。

なぜ。

Andy Irons 1978 - 2010

【訃報】 元世界チャンピオン、アンディ・アイアンズが死亡 News - ASP Japan Tour - 最新ニュース - ASP Japan Tour

サーフィンはマーケットの小さなスポーツだから、MLB好きのアメリカ通の人でも、彼のことを知らない人は多いと思う。
ハワイのカイルア島出身の彼は、フロリダ出身のケリー・スレーターと並んで、アメリカン・レジェンドの一人。亡くなったのは、テキサス州ダラスだ。


Andy Irons(アンディ・アイアンズ)。
32歳。


11月5日金曜日に彼の追悼のために青色の服を着よう、という話が広がっている。Wear Blue For Andy Irons On Friday.

ニューヨーク生まれで、今年1月に91歳で亡くなったJ.D.サリンジャーの短編に、A Perfect Day for Bananafishというのがある。アンディ・アイアンズはバナナフィッシュになって海に帰ってしまった。
多くのサーファーたちがバドルアウトしていき、沖で手を繋いで円になって、彼の突然の旅立ちを見送った。

130 surfers took part in a service to remember ANDY IRONS
United in grief, 130 surfers form circle in the sea for champion Andy Irons as investigators 'find methadone in room where he died' | Mail Online

Andy Irons – Overdose of drugs led to Andy Irons’ death ! | TellyCafe.com

Surfing champ Andy Irons' death may be an overdose - Game On!: Covering the Latest Sports News

Andy Irons: Speculation About Death of Surfer Intensifies After Prescriptions Found in Room - ABC News

Radio New Zealand : News : Sports : World surfing boss knew of Irons' health problems

Surf champ Andy Irons' death a possible drug overdose - National Celebrity Headlines | Examiner.com


アンディ・アイアンズの死は当初、デング熱によるものと伝えられていた。だが、やや時間がたって、Methadoneによるオーバードーズが原因という見解が報道されるようになっている。(USA Today, ABCなど)


MLBにステロイド問題があり、そして近年のツール・ド・フランスには常に血液ドーピングの問題がつきまとっているように、プロスポーツ、そしてオリンピックをはじめとするアマチュアスポーツ、ありとあらゆるスポーツには、たくさんの、繰り返されてきた薬物問題の存在がある。
薬物の問題からいつも痛感するのは、競技に薬物をもちこむことの是非そのものより(薬物の力で勝つなど、もってのほかに決まっている)、むしろ、「他人に勝つ」という行為そのものが、人間にとって、どれだけ強い麻薬的な行為か、ということ。

つまり人間は、一度「他人に勝つ、という麻薬的行為の味」を覚えたら、なかなかそれを止めることができない。勝利の瞬間、脳内に撒き散らされるあのドーパミンの味を、人は覚え、やがて溺れる。その興奮をとことん味わい尽くそうと、薬物に手を出す者もでてくる。


走る、という行為がそうであるように、サーフィンは、スポーツである一方で、内省的でスピリチュアルな文化、という側面をもつ。ある立場の人にとっては娯楽でしかないが、別の立場の人にとっては宗教であり、また、ある立場の人にとっては哲学になる。
このことはランニングだけでなく、文学や音楽などにしても、同じことが言える。ある人にとっては単なる娯楽でしかないランニングや文学や音楽が、別の立場の人にはドラッグと同等以上の重さと価値をもち、習慣性が存在し、身の破滅を招くこともあり、身を守る哲学にもなりえる。

人は、ランニングや文学から、果ては割り箸の袋のデザインに至るまで、あらゆる人生のアイテムを、宗教やドラッグにしうる。人はいつだって、自分の熱中するものに宗教や哲学を見いだしたがるからだ。そして宗教的恍惚に浸るとき、人はえもいわれない恍惚感を感じる。やっかいな生き物だ。
それがサーフィンであろうが、割り箸の袋であろうが、田舎の鉄道の無人駅だろうが、それは変わらない。人はある意味、自分の歩く道すがらに宗教や哲学を見いださずにはいられない、哀れな弱い存在なのだ。

だからサーフィンだけが特別ということはありえない。サーフィンはたしかに、サーフィンだけは特別、と思いこませるほど魅力あるカルチャーだが、サーフィンは、サーフィンだ。サーフィンが、割り箸の袋より文化的に偉いかどうかは、それぞれの人が自分の価値観で決める。


うまく書けるとは限らないが、アンディ・アイアンズの死因についてきちんと考えを書こう。
もし彼の死がオーバードーズが原因なら、単に軽い病気をこじらせただけの死であるかのように装って、真実を覆い隠す必要など、まったくない。
むしろ、そういう恥ずかしい行為こそ、彼の死の尊厳を冒涜するものだ。もしオーバードーズならオーバードーズと、ハッキリ伝えるべき。もしそれが彼の人生の一部だったのなら、隠すほうがどうかしている。
アンディ・アイアンズが、お坊ちゃま的、いい子ちゃん的サーファーだったのならともかく、彼がそういうタイプでないことくらい、誰だって知っている。いまの現実のビーチは、かつてビーチボーイズが歌ったような牧歌的な世界ではない。アンディ・アイアンズは、シド・ビシャスではないが、フランク・シナトラでもない。

波には本来、良い波も、悪い波も、ない。
海はいつでも海だし、波はいつでも波だ。

もし、「いい子で、サーフィンの上手いアンディ・アイアンズ」だけがアンディ・アイアンズの人生だ、なんて映画があったら、そんなクソつまらないシナリオの映画に用はない。
上手に乗れた波は彼の人生の一部だが、彼が上手に乗れなかった波もまた、まちがいなく彼の人生の一部だ。良い波に乗って勝ったアンディだけがアンディで、良い波に綺麗に乗るのがプロだ、と考えたがる人がサーフィンをビジネスにしているのかもしれないが、そんなのは嘘だし、どうでもいい。

死に様で、彼が波乗りとして築いてきた偉業も死に至ってしまうかどうかについては、例えば音楽の世界で、オーバードーズで死んだミュージシャンの肉体的な死の後、そのミュージシャンの音楽が死に絶えてしまうかどうか、考えるといいと思う。彼の生前のサーフィンが強いものだったのなら、風雪に耐えて生き残るし、そうでないなら死に絶える。それだけのことだ。
また、ガンで亡くなった忌野清志郎が、オーバードーズで死んだミュージシャンより偉くないと考えるくらい馬鹿馬鹿しいことはないのと同じように、オーバードーズで死んだからといって、それを理由に彼を持ち上げる必要もない。


彼は一時ワールドツアーから身を引こうとしていて、復帰を果たしたばかりだった。
彼がツアーから身を引いた理由はよくは知らないが、短すぎる時間の中で勝ち負けを決める「見世物としてのサーフィン」のストレスに無意味さを感じたのかもしれないし、「勝つ」という行為の麻薬的な習慣性を断ち切りたいと願っていたのかもしれないし、よくはわからない。また、ツアーに復帰するにあたって、一度は否定した「ツアーのサーフィン」を再び肯定するにあたって、どういう迷いや割り切れなさ、せつなさを抱えていたのかも、よくはわからない。
かつての世界チャンピオンだったトム・カレンも、ケリー・スレーターも、一度ツアーを止め、そして復帰している。もっといえば、あのマイケル・ジョーダンですら、一度バスケットをやめて、MLBに挑戦していた時期がある。アスリートだけでなく、人の歩いていく道の果てには「迷い」という地雷が、そこかしこに埋まっている。

迷うことは恥でもなんでもない。
人はいつか迷いを自分の身体の一部にしていかないと、パドルアウトした沖から岸に帰ることができなくなり、いつか溺れてしまう、と、そんなことを彼の死因がはっきりしない今は思うのだ。


たしかに、短すぎる競技時間、大会の開催期間の有限なデッドライン、クソみたいな波でも勝ち負けを決める「見世物としてのサーフィン」には無意味さもないわけではない。
じゃあ、短かすぎる人生の中で勝ち負けを決めていく「ぼくらの見世物としての人生」は、どうなのだ。

無意味なのか。

海にも陸にも、逃げ場なんてない。どんな場所にもストレスはあり、どんな場所にも波はあり、良い波もあれば悪い波もある。
そして、どんな場所にも楽園がある。

ぼくらは、自分がいやおうなく乗るべき一度だけの波に、毎日立ち向かう。どう乗ればいいのか。わかっても、わからなくても、岸で見ていても、いつかぼくらの人生は終わってしまうんだ。

だったら。
パドルアウトしないわけにはいかないじゃないか。

Methadone
Methadone - Wikipedia, the free encyclopedia

Kauai






damejima at 07:21

September 29, 2010

まだ未成年の子だけに氏名を挙げていいものかどうか迷ったが、既にたくさんのメディアで取り上げられていることだし、将来楽しみな逸材として挙げてみることにした。(だから、記事タイトルには彼の名前を故意に入れてない)
千葉国体・投てき、期待かかる県勢 悲願の総合制覇目指す - 徳島新聞社


武田歴次君は現在、徳島県美馬中学の3年生で、身長190センチ90キロ。2008年10月26日に横浜の日産スタジアムで行われた「陸上ジュニアオリンピック」という大会で優勝している。当時の身長は184僂肇ΕД屮汽ぅ箸竜録にあるが、それから2年でさらに6センチも伸びたらしい。
砲丸投げ選手の彼がユニークなのは「本来の所属が野球部で、ポジションはキャッチャー。将来の夢はプロ野球選手だ」という点だ。あるウェブサイトでの紹介によると、野球の練習後に砲丸投げの練習を毎日約1時間欠かさず行っているらしい。

190センチを越える強肩の大型キャッチャーなんて、そうそう出てくるとも思えない。キャッチャーのスローイングの基本としては「砲丸投げのように投げる、いわゆる担ぎ投げが基本」といわれるだけに、砲丸投げの選手として既に名選手であるらしい彼が、野球選手として将来どうなるのか、ちょっと楽しみがある。
というのも、野球選手と砲丸投げ、というと、やはり、江夏豊氏の名前を思い出さないわけにはいかないからだ。(以下、基本的に敬称略)


江夏豊氏は中学時代、最初野球部に入部しているものの、いろいろと複雑な経過を経て、陸上部で砲丸投げの選手になった。なんでも、県大会で2位になったこともあるらしく、地肩は相当強かったに違いない。
そんな元・砲丸投げ選手、江夏がプロ野球選手になったのは1967年・阪神だが、最初は誰に教わってもカーブが投げられなくて困っていた。
だが翌68年に、パ・リーグで初のノーヒット・ノーランを達成した林義一さんが投手コーチになり、林さんとの出会いによって江夏は「砲丸投げの担ぎ投げのクセ」を矯正してもらい、カーブも投げられるようになって、大投手への道を歩み始めた、というのは有名な話。
(もちろん担ぎ投げは、キャッチャーのスローイングには向いていても、投手としてはやはりスナップをきかせたスローイングをきちんとマスターすべきだったわけだ。だが、もちろん晩年の西武・伊東のように、キャッチャーでもスナップスローをすることはある)

林義一さんは、徳島県立徳島商業の出身の元・投手。かのスタルヒンと並んで投げる様子がYoutubeに残っている。
1952年4月27日の阪急戦で、パ・リーグ初のノーヒット・ノーランを達成。通算防御率2.66。2008年に残念ながら病没されている。
徳島商業はいうまでもなく、元・池田高校野球部監督の蔦文也さん(2001年4月28日逝去)、元・中日の板東英二氏はじめ、数多くの野球関係者を輩出してきた野球の名門高校だが、林義一さんはその徳島商業からプロへの道を開いたパイオニアの存在である。



現在徳島県の現役中学生である砲丸投げ選手、武田歴次君にとって、徳島の生んだ名選手である林義一さんは、野球選手として超のつく大・大先輩にあたり、また、江夏豊氏は、中学生の砲丸投げの選手として、また、野球選手として、大先輩にあたるわけだが、もしも武田君が徳島商業の正捕手にでもなって甲子園に出場できるような日が来るとしたら、野球はますます面白くなる。

徳島の野球界は、2001年に蔦さん、2008年に林義一さんと、貴重な先人を病魔で続けて失っている。それだけに、ここらへんで新しい選手が伝統ある徳島野球を引き継いで、盛り立てていくべき時期に来ていると思う。
ぜひ、武田君には、ウェイトがあまりにも重くなりすぎないよう気をつけつつ、砲丸も、野球も、しっかり練習してもらいたいものだ。






damejima at 17:12
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  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。



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