2000年代以降のヤンキースのチーム編成ミス、長期的衰退

2018年4月8日、MLB史上10数人しか達成していない「複数回の1試合5三振 "platinum sombrero" 」を移籍後わずか1週間で達成した精鋭、ジャンカルロ・スタントン。
2016年8月10日、一塁手・DHの存在価値を見失いつつあるMLB。
2014年11月25日、ナ・リーグ有力チームの「落穂ひろい」でチーム再建をはかろうとしてきたア・リーグのこの5年間の惨状と、「田中貯金」を食いつぶしただけの2014ヤンキース。
2014年10月27日、90年代末NYY、2010年代SFGの「生え抜き選手層」は、誰が作ったか。変わりつつあるメディアのBrian Sabean評。
2014年9月24日、今思えば、ジーターの「シーズン」は、「2012年ALCSの途中退場」で終わっていたのだ、と思う。
2014年9月21日、フィル・ヒューズ自身が語る「フルカウントで3割打たれ、26四球を与えていたダメ投手が、被打率.143、10与四球のエースに変身できた理由」と、ラリー・ロスチャイルドの無能さ。
2014年9月19日、「FA偏重、若手軽視、育成軽視」のチームが招いた凋落。アダム・ジョーンズとダグ・フィスターの転進。
2014年2月2日、内野手の整備を通じてテキサスをポストシーズン常連チームに押し上げることに貢献したマイケル・ヤングの「キャプテンシー」は、内野崩壊とカノー流出を食い止められないデレク・ジーターの見かけ倒しのキャプテンシーよりはるかに優秀だ。
2013年10月17日、「左右病」と「プラトーン」の決定的な違い。「左右病監督」が結局はオーダー固定に向かうのはなぜか。
2013年10月5日、「2012年9月」に表面化していた長期的問題に対する対応を完全に間違えたヤンキース。
2013年10月3日、ヤンキースにおけるイチロー打順+守備位置 全データ。
2013年10月1日、デビッド・ブライスのみせた「右打者のアウトローにボール球を投げない快投」を、ボストン戦におけるヤンキース先発陣の配球と比較する。
2013年9月27日、偉大な野球選手には最後のスピーチを、インタビューや会見場などではなく、スタジアムで語る機会を設けるべき。
2013年9月25日、ポジション別wOBAからみた平均的なチーム編成と、かつてのヤンキースの特殊構造との比較。その「アドヴァンテージ」を実はまるで理解していなかった2013ヤンキースの編成の崩壊。
2013年9月19日、「2000年代中期までのドラフト上位指名の成果」と、「2010年代の選手層の厚み」との関係。「もともと育ちの悪かった植物」に、突然、大量の肥料を与えだしたヤンキース。
2013年9月18日、ニューヨーク・ポストのケン・ダビドフが書いた「2012年冬のヤンキースの失敗」についての浅はかな記事を紹介しつつ、ジラルディの選手起用のまずさがチームバッティングを「冷やした」証拠となるデータを味わう。
2013年9月9日、イチローのバッティングを常に「冷やし」続けてきたジョー・ジラルディの不合理な起用ぶりを、この際だから図に起こしてみた。
2013年9月7日、今の『From-Hand-To-Mouth-Baseball』のヤンキースが勝つことが、本当に「野球の価値を高め、同時に、次の世代に野球の意義を伝える」ことになるのか。
2013年8月8日、自分の属した時代に別れを告げる辛さ。Greedy Pinstripesの素晴らしい記事に拍手を贈る。
2013年8月5日、「生え抜きの成長、黄金期、ステロイド、そして衰退」 正しいヤンキース30年史。
2013年7月29日、かつてColumbus ClippersのピッチングコーチだったNeil Allenが支えるタンパベイ投手陣と、ヤンキースのマイナーとの差。イチローが投手の宝庫タンパベイ・レイズから打った4安打。
2013年5月29日、1999年に若いリベラやジーターに『ミセス・ロビンソン』を歌ってきかせたポール・サイモンが、新ヤンキースタジアムのサブウェイ・シリーズで観たイチローの2本のヒットに香る「過渡期ヤンキースでアイデンティティを探す難しさ」

April 09, 2018

ジャンカルロ・スタントン

MLBで「1試合に4回三振する」ことを、スラングで "Golden Sombrero" (ゴールデン・ソンブレロ)という。

"Golden Sombrero" のMLB歴代ランキング1位は、「26回」(プラチナも1回記録)のライアン・ハワードがダントツだが、シーズン三振記録でMLB第2位の222三振(2012年)をもつアダム・ダンが「19回」、名誉あるMLBレコード、シーズン223三振(2009年)をもつマーク・レイノルズが「16回」記録していることからわかるとおり、 "Golden Sombrero" は、「アダム・ダン的バッター」、つまり「ホームランばかり狙って強振して三振を繰り返す低打率のホームランバッター」の勲章でもある(笑)
参考記事:2014年10月20日、やがて悲しきアダム・ダン。ポスト・ステロイド時代のホームランバッター評価の鍵は、やはり「打率」。 | Damejima's HARDBALL

「MLB全体でのシーズンGolden Sombrero回数」が最高に達したのは、「2016年の172回」であり、今のMLBがありえないレベルの『三振の世紀』に突入していることがよくわかる。
参考記事:2017年2月4日、「三振の世紀」到来か。2010年代MLBの意味するもの。 | Damejima's HARDBALL

Golden Sombrero
MLB歴代ランキング BEST 5


ライアン・ハワード 26回(他にプラチナ1回)
レジー・ジャクソン 22回(他にプラチナ1回。通算2597三振は歴代第1位)
ジム・トーミ 20回(通算2548三振 歴代第2位)
アダム・ダン 19回(通産2379三振 歴代第3位)
ボー・ジャクソン 19回

Golden sombrero - Wikipedia


これがさらに、「1試合5三振」となると、「ゴールドより上」ということで、 "Platinum Sombrero" (プラチナ・ソンブレロ)というネーミングになる(笑)
オリンピックのマークが「五つのリング」でできていることにひっかけて "Olympic Rings" という言い方もあるらしい。

これまでこの名誉ある "Platinum Sombrero" を「キャリアで3回以上達成した野手」は、100年の長い歴史をもつMLBでも「たった2人」しかいなかった。サミー・ソーサと、1990年代のセントルイスでプレーしたRay Lankfordである。

だが今年、新たにひとりの「精鋭」が加わるかもしれない。
ジャンカルロ・スタントンである。


「複数回」のPlatinum Sombrero達成者
通算3回以上達成」は過去2人のみ

サミー・ソーサ 4回 通算回数のMLB記録
Ray Lankford 3回
1998年に1シーズン3回記録。「1シーズンの記録」としてMLB記録。Ray Lankford Stats | Baseball-Reference.com

2回
ジャンカルロ・スタントン、ジム・トーミ、マーク・テシェイラ、ロン・スヴォボダ、リッチー・セクソン、ジョージ・スコット、アレックス・リオス、ベニー・カウフ、アンドリュー・ジョーンズ、クリス・デイビス、ディック・アレン


「1シーズン2回のPlatinum Sombrero」は他にも達成者が10数人いるが、シーズン始まって「わずか1週間での達成」は他に例がない。スタントン、「期待」を裏切らない男である。


なお、これまでわずか8人しかいない「1試合6三振」を "Titanium Sombrero" (チタニウム・ソンブレロ)、「1試合7三振」を The Diamond Sombrero”(ダイヤモンド・ソンブレロ)、「1試合8三振」を "The Plutonium Sombrero" (プルトニウム・ソンブレロ)と表記しているサイトがあるが、それぞれが本当にそういう名称で呼ばれているかどうか定かでない(笑)
(ただし、メジャーの記録ではないものの、「1試合8三振」という記録自体は実在していて、ロイヤルズ傘下のsingle A, Lexington LegendsのKhalil Leeが2017年に記録している)

データサイトの老舗Baseball ReferenceにもGolden Sombreroという言葉の説明ページが存在していて、1試合6三振のTitanium Sombreroという単語が記載されているところを見ると、「チタニウム・ソンブレロ」まではオーソライズされているのかもしれない。



ジャンカルロ・スタントンがこの2018シーズンに、あと1回「1試合5三振」を記録すると、Ray Lankfordと並んで「1シーズン3回のPlatinum Sombrero」で、MLBタイ記録となる。
また「今シーズン中に、あと2回」記録すると、MLB史上初の「1シーズン4回のPlatinum Sombrero」となり、また「キャリア通算4回」はサミー・ソーサと並んでMLBタイ記録となる。
さらには、「引退までに、あと3回」記録すると、「キャリア通算5回」となって、これはサミー・ソーサすら抜き去り、堂々MLB新記録となる(笑)


今シーズン、ジャンカルロ・スタントンのバットから目が離せない(笑)

damejima at 21:32

August 11, 2016

マーク・テシェイラプリンス・フィルダーという2人の一塁手が引退することになった。彼らが「高額サラリーの不良債権一塁手」であることは偶然ではない

(実は、この記事、2016年6月に書き始めていたものだ。だから、この2人の引退を前提に書いたわけではない。なんとも象徴的な8月だ。
また最初にことわっておきたいが、以下の文章は「マーク・テシェイラが一塁手として二流の役立たずだった」と言っているのでは、まったくない。むしろ彼は、怪我に悩まされなければ、2000年代以降で最も優秀な一塁手だったと思うし、ブログ主は今でも彼のファンだ)

一塁手とかDHに得点力を依存する時代は終わっていることに気づきもせず、常識にとらわれたままチーム編成をしているような馬鹿なチームは終わっていくのだ。

2016ナ・リーグのポジション別WAA
2016ナ・リーグ ポジション別WAA
2016 National League Season Summary | Baseball-Reference.com

2016ア・リーグのポジション別WAA
2016ア・リーグ ポジション別WAA
2016 American League Season Summary | Baseball-Reference.com

2つのグラフは2016年6月時点でのポジション別WAA(=勝利貢献度を表わすWARの算出のための数値)を表している。データが少し古いのはとりもなおさずこの記事を2016年6月に書き始めたなによりの証拠だ(笑)

青色の円は「プラス」赤色の円は「マイナス」を示し、また、円の「大きさ」が平均をどれだけ上回っているかという値を示している。
注:評価は打撃だけでなく「守備」も含めたものになっている。だから、例えばDH制のないナ・リーグでは投手の評価に「打撃を含む」し、一方、DH制のア・リーグでのDHの評価は「打撃のみ」で決まってくる。


見た目から、まず以下のようなことがわかる。

●両リーグ共通の「貢献度の高いポジション」は
 先発ピッチャーセンターサードセカンドなど

●逆に、両リーグ共通の「貢献度の低いポジション」は
 キャッチャーファーストレフト

●ナ・リーグのゲームはほとんどが先発投手の出来に左右される

「頼れるDH」なんてものはいまや、ほんのわずかしかいない

一塁手は、もはや「スラッガーの定番ポジション」とはいえない


項目の中で、ブログ主が最も印象深いと思うのが
一塁手とDHの「地位の低下」だ。


今のMLBは、センター中心に外野手の活躍が目立つ。

ブライス・ハーパーマイク・トラウトジャンカルロ・スタントンだけでなく、売り出し中のデクスター・ファウラージョージ・スプリンガーマーセル・オズーナムーキー・ベッツジェイソン・ヘイワードも外野手だし、既存のヴェテランにも、ホセ・バティースタアダム・ジョーンズユニエス・セスペデスアンドリュー・マッカチェン、そしてもちろんいうまでもない天才イチローと、沢山の人材がいる。


他方、ファースト、サードなど、「従来スラッガーの定番と考えられてきたポジション」の選手層はもはやペラペラに薄くなっている

例えば一塁手だが、ポール・ゴールドシュミットジョーイ・ヴォットーとか、中身の濃いスターが全くいないわけではないにしても、外野手と比べると層の薄さは歴然としている。(サードが本職と思われがちなミゲル・カブレラはメジャーデビューは外野手で、もともとショート出身。サードやファーストが本職ではない)
今の時代の一塁手は、例えば打線の強力なトロントでは1軍半クラスのハンパ選手でしかないジャスティン・スモークがファーストを守らせてもらえるように、「他に与えるポジションがないからファースト」とか、「多少打てるが、守備が下手だから、しょうがなく一塁手」とかいう「とりあえず一塁手」が増えている。

三塁手の選手層にしても、エイドリアン・ベルトレ、ジョシュ・ドナルドソン、マニー・マチャド、カイル・シーガーなどがいるとはいえ、選手層はもはやイメージほど厚くはない。(そういえば、引退するアレックス・ロドリゲスなんていう名前のクズ野郎もサードだった)


では、もともと守備意識の強いポジションである「セカンド、ショート、キャッチャー」はどうだろう。「攻守に秀でた選手」はどのくらいいるか。

セカンド、というと、ロビンソン・カノーやベン・ゾブリスト、チェイス・アトリーなどが思い浮かぶ人がいまだに多いわけだが、いまの時代のMLBで「二塁手のWAA」を引き上げているのは、ジェイソン・キップニスディー・ゴードンホセ・アルトゥーベなど、20代の若手二塁手であって、けしてロビンソン・カノーが彼の巨額サラリーに見合った貢献をしているわけではない。

ショートにしても、デレク・ジーターが引退し、トロイ・トゥロウィツキーなどにも精彩がなくなったことで、打てるのはクロフォードとかボガーツくらいだし、「攻守に秀でたショート」なんてものをだんだんみかけなくなってきた。

キャッチャーにしても、ジョニー・ベンチマイク・ピアッツァイヴァン・ロドリゲスジョー・マウアーとか、「打撃にも守備にも秀でた名キャッチャー時代」がかつては存在した。
だが今となっては、マウアーの後継者ともいうべき存在だったバスター・ポージーが一塁手に転向してしまって、すっかりキャッチャーは「守備専用ポジション」として定着してしまった感のほうが強い。
今キャッチャーはどこのチームでも「別に打てなくていいから、とりあえず球をしっかり受けといてくれ」という「とりあえずキャッチャー」が当たり前になった感じがある。


こうして眺めてみると、ブライアン・マッキャンとかマーク・テシェイラ、アレックス・ロドリゲスなど「中古のヴェテラン」に大金を注ぎ込んでチーム編成をしてきたヤンキースの選手編成コンセプトが、どれだけ「時代遅れで、馬鹿げたものか」が、よくわかる。
たとえで言うなら、「本人は最先端ファッションを大金出して買い集めたつもり」だが、実際にやっていることといえば、「他人が着たおしてヨレヨレになった古着を買い集めて、おまけに、それを滅茶苦茶なコーディネートで着てみせて、毎日街を鼻高々に歩きまわっている、壊滅的に時代感覚が衰えた、センス皆無な老人」そのものだ。ダサいこと、このうえない(笑)

ヤンキースにおけるマーク・テシェイラの劣化は何年も前からわかっていたことだが、プリンス・フィルダーにしても、今のテキサスにフィルダーとチュ・シンスとハミルトンがいなければもっと早く首位奪還できていたはずであって、ノーラン・ライアンなきあとのジョン・ダニエルズの大型補強はことごとく失敗だ。


「成長の止まった分野」に資源を集中していたら、企業は消滅してしまう。当たり前の話だ。
投資の最適化のルールというものは、「限りある投資を、事業を構成する分野それぞれにおいて見込まれる収益やサービスに見合った割合において実行すること」だ。もちろん、将来の収益確保のために、まだ利益を生み出してはいない新分野に投資することがあるにしても、それは先行投資という意味なだけであり、長期的な収支は「最適化ルール」から外れない。
例えばIT企業が、卓球台を購入したり、オフィスでペットを飼ったりすることにしても、それが許されているのは「社員のリフレッシュのアイデアとして一定の意味はあるから」であり、なにも2017年シーズンにアレックス・ロドリゲスが野球をまるでやらなくても20Mもらえるのと同じように、「毎日卓球だけやって帰宅するアホ社員でも、高額なサラリーがもらえる」という意味ではない。
同じように、新聞のような印刷メディアを買わなくなってきた、そんな時代に、新聞広告に大量の広告費を投資するようなことをしても、なんの意味もない。人の目に触れない広告にカネを払う価値など無いからだ。

こんなこと子供でもわかる。わかるはずだが、そういうことをいまだにやっているマネジメントは確実存在する。
野球という「世界で最も巨大かつ数値化によるデータ管理が進みつつあるスポーツビジネス」においても、あいかわらず「ミスとしかいいようがない投資」「凡庸なマネジメントによるミス」が横行している。


確かに、プレーひとつひとつの「価値」が数値化・可視化され、細かく評価されだしている、それは事実だ。
だが、OPSのようなデタラメな指標、パークファクター、守備補正の根本にある「いい加減さ」でもわかるように、その「価値判断をする人間の判断力そのもの」は実はいまだに正確になど、なっていない。


ブログ主はむしろ「野球におけるスポーツ数値化の流れは、いまや停滞し、それどころか頭打ちになっている」と考える。

プレーを数字で分析する行為が流行したせいで、今の野球ではあらゆる点がきちんと合理的に価値判断されている、などと思っている人がいるかもしれないが、ブログ主に言わせれば、そんなものは「真っ赤な嘘」だ。
実際にやっていることといえば、「ニセモノで、出来損ないの数字」を使い、ひとつひとつのプレーに「間違った価値判断」を下し、ビリー・ビーンがそうであるように「プレーヤーの評価を大きく間違え」、ジョシュ・ハミルトンやプリンス・フィルダーのような「ウィークポイントがすでに全球団に知れ渡っている有名選手」に大金を投資するようなミスを犯して、チームを弱体化するような間違った行為が日常的に行われている。


他方、これは困ったことなのだが、「商品の質と価格が必ずしも比例せず、質の悪いものの価格がむしろ高騰する」というような事態は、たしかにある。

例えばだが、アイク・デービスがそうであるように、「ロクな一塁手がいなくなってきたことによって、かえって、平凡な一塁手にすら希少価値が出てきてしまい、二流のプレーしかできない平凡な一塁手やDHの価格までもが高騰する」というような悪例が少なからず見受けられるのだ。
MLBのようなスポーツマーケットでは「限られた人材を多数のチームが取り合う売り手市場」なので、質がまるで見合わないのに、希少価値のみが理由で質の悪い選手の価格が高騰する例は少なくない。


だが例えば、突然の地震でびっくりした人がミネラルウォーターやガソリンを買い占めることで一時的にそれらの小売価格が暴騰したとしても、やがて事態が落ち着けば、高値で買い占めた人間は損をこうむることになる。
つまり、希少価値のせいで二流の一塁手が大金を稼ぐなんて事態は、長続きしない、ということだ。


それでも、近い将来ヤンキースはどこかの一塁手とか三塁手に大金を払うことだろう(笑)そうなったとき、彼らにはどこかのブログ主が冷笑しながら眺めていることを必ず思い出してもらいたいものだ(笑)

damejima at 12:43

November 26, 2014



ステロイド時代がタテマエとしては終わり(実際には終わってない。ライアン・ブラウンを見ればわかる)、ワールドシリーズが「1年おきに、サンフランシスコ・ジャイアンツとセントルイス・カージナルスが優勝するためのシリーズ」になってずいぶんと年月が過ぎたが、この5年間、この2チームをはじめ、ナ・リーグ有力チームから、ア・リーグ、特に東地区に高額な長期契約で移籍した選手たちを数えあげてみたことがあるだろうか?(笑)

ラッセル・マーティン LAD→NYY(2011)→PIT→TOR(2015)
エイドリアン・ゴンザレス SDP → BOS(2011)→ LAD
アルバート・プーホールズ STL → LAA(2012)
プリンス・フィルダー MIL → DET(2012)→ TEX
カルロス・ベルトラン STL → NYY(2014)
ブライアン・マッキャン ATL → NYY(2014)
Shin-Soo Choo CIN → TEX(2014)
パブロ・サンドバル SFG → BOS(2015)
ハンリー・ラミレス LAD → BOS(2015)

太字ア・リーグ東地区に移籍した選手
赤色をつけたのは、成績の酷い年

いやはや。酷いもんだ(笑)

これだけ多くのナ・リーグの有力選手たちが、ア・リーグ、特に東地区に移籍した(加えて彼らは日本や中米で選手をあさってもきた)というのに、この5年間というもの、ワールドシリーズの主導権は常にナ・リーグ、サンフランシスコ・ジャイアンツとセントルイス・カージナルスに握られてきたのだ。

最近のア・リーグ、特に東地区、とりわけヤンキースのマネジメントが、どれほど迷走してきたことか。いい加減、自分たちのやってきたことの「失敗」くらい認められないのかね、と言いたくなる。
1958年にドジャースとジャイアンツがニューヨークから西海岸に移転して半世紀以上が経つわけだが、もし「フリーエージェント」というシステムと、ドラフト外の獲得、そして「ありあまるカネ」がなかったら、2010年代のア・リーグ東地区はとっくの昔に日陰の隅に追いやられていただろう。


例えば、温かい料理を冷めて台無しにしてしまってから客に出す「下手クソな料理人」、ヤンキース監督ジョー・ジラルディだ。彼を見ていると「選手操縦の下手さ」がよくわかる。
たとえイチローの調子が上がってヒートアップしていようと、「左投手を打てるのは右打者」などという根拠のない古い野球常識にとらわれて、左投手先発ゲームで起用しようとせず、1試合おきに起用するような意味のないことを繰り返して、打者としての調子を「冷やして」しまう。
参考データ2013年9月9日、イチローのバッティングを常に「冷やし」続けてきたジョー・ジラルディの不合理な起用ぶりを、この際だから図に起こしてみた。 | Damejima's HARDBALL
なのに、大金を払って獲得した選手は、払った金がもったいないとばかりに、ダメなのがわかっていても、しつこく起用し続ける。
また、そういう「怪我もち選手」に限って、ブライアン・キャッシュマンが、ところかまわず大金払って獲得してきてしまう(笑)

まったくもって成金の悲しい性(さが)としか言いようが無い。

チーム総得点とチーム総失点の差が小さいのに、勝利数が負け数より多いという、たったそれだけの理由にもならない理由で、ジョー・ジラルディは監督として有能だとか、わけのわからないことを言っている人を見たことがあるが(笑)、2014ヤンキースの貯金6は、「ひとりで13勝5敗と8つもの貯金を作った、田中将の貯金」を減らしながらもかろうじて維持した、たったそれだけの話だ。
もしも田中将が貯金8を作らなかったら、2014ヤンキースの貯金は総得点と総失点の差からはじきだされるデータ(=Baseball ReferenceでいうPythagorean W-Lなどのこと)どおりのレンジ、つまり「負け越し」「マイナス」に終わって、順位ももっと下だったはずだ。優秀だったのは田中将であって、ジラルディではない。

あれだけの予算を使っても、無能なGMキャッシュマンが「打てないくせに、怪我ばかりする野手」ばかり集めてきてしまい、チームの得点力は上昇しなかったにもかかわらず、提灯持ちメディア代表のニューヨーク・ポストなどは、御用聞きライターのひとり、Ken Davidoffが、「怪我がちなマーク・テシェイラのバックアップ一塁手がきちんと用意できなかったのは、イチローがロスターを占めていたせいだ」などと、とんでもなく的外れな、いいががり記事を書いたりしている(笑)
A-Rod can cause same first-base problem that Ichiro did | New York Post
体がもともと弱いのか、準備運動が足りないのか、アナボリック・ステロイドの副作用なのかしらないが、法外なサラリーをもらっているマーク・テシェイラが怪我がちなのは、マーク・テシェイラ自身のせいであり、そういう怪我もちなのがわかっている選手に大金を払う契約をしながら、バックアップの内野手を準備しないままシーズンインするのは、もちろんGMブライアン・キャッシュマンのせいなのに、記事には、テシェイラのフィジカルの弱さやキャッシュマンの無能さを批判するどころか、キャッシュマンのキャの字すらすら出てこないのだから、おそれいる(笑)

damejima at 10:19

October 28, 2014

オールドスクール
現代のデータ分析をわかってない旧式な野球
ヴェテランを重視し過ぎ

これが、これまでの典型的なサンフランシスコ・ジャイアンツGM Brian Sabean評だ。

2010年以降ワールドシリーズに1年おきに3度も登場し、3度とも勝っていながら、いまだに「バリー・ボンズがMLBから消去されて以降に、ジャイアンツのチームカラーを一新したBrian Sabeanの仕事ぶり」を評価したがらないメディアは少なくない。
さらにいえば、ポスト・バリー・ボンズ時代のSFGの「独特の勝ちかた」が好きになれないライター、ジャイアンツはデータ軽視のオールドスクールの「はず」だからSFGは嫌いと勝手に思い込んでいる「データ分析出身ライター」もけして少なくない。

だが現実を見てみれば、2014ワールドシリーズを戦っているSFGの内野はキャッチャー含めて全員が生え抜きの若手で構成されている。Brian Sabeanがヴェテラン重視だった時代は、はるか昔に終わっているのである。
また、データを重視しないという風評についても、2012年ワールドシリーズ最後の打者となったミゲル・カブレラを、スライダーピッチャー、セルジオ・ロモがストレートで見逃し三振させた場面について書いた記事でわかるように、SFGはMLB屈指の「相手チームの得意分野、やりたいことを探りあて、封じ込める、卓越したスキルをもったチーム」だと思う。

それでも、Brian Sabeanを「オールド」と決め付けたがる風潮は、ジャイアンツのワールドシリーズ視聴率に影響するほど(笑)根強い。
原因はおそらく、Brian Sabeanが1990年代にヤンキースで、スカウトとして後に「コア4」と呼ばれることになるヤンキースの将来の中心選手(ジーター、リベラ、ポサダ、ペティット)のような若い有望選手をまとめて獲得した仕事と、2000年代後半のジャイアンツGMとしての仕事の両方を、ほとんど認識しないまま批判ばかりしてきた人間がメディアに多いせいじゃないだろうかと思う。


だが、このところ少し風向きが変わってきた。

というのは、かつてはまるで評価されなかったヤンキース・スカウト時代の実績に「ごく一部のライター」(それもあまり有名でなく、野球専門サイト所属でもないライター)が気づいて(笑)、彼を持ち上げる記事を書き始めているからだ。
例:NY TImes Brian Sabean, in Front Office, Is a Giant Among Giants - NYTimes.com
Brian Sabean's formula for the Giants: Tough, gritty, determined - San Jose Mercury News

まぁ、たしかに、「育成にとんと興味を示さないヤンキースに、コア4をスカウトしてきて、1990年代末の黄金時代を築いたこと」についても、そして「ジャイアンツGMとして、2000年代後半のドラフトで次世代の若手を揃え、ポスト・バリー・ボンズ時代の新しいチームカラー導入に成功して、2010年以降ジャイアンツ黄金時代を築いた」ことにも、Brian Sabeanが関わったのは確かだ。

だが、だからといって、「ありとあらゆることが、Brian Sabeanの功績だ」という話か、というと、それはちょっと言い過ぎだ。

早計な決め付けが大好きなメディアに「全部が全部、Brian Sabeanの功績」だということにされてしまう前に、どの時代に、誰が、どんな役割で仕事をし、その黄金時代を支えたのか、わかる範囲でだが、書いておこうと思う。けしてブログ主の得意分野ではないが、どうせ誰もやらないだろう(笑) 多少間違いや不十分さがあるかもしれないが、資料を後世に残さないよりマシだ。

90年代末ヤンキース黄金期を用意した人物たち

Gene Michael(GM)
関連記事:2013年8月5日、「生え抜きの成長、黄金期、ステロイド、そして衰退」 正しいヤンキース30年史。 | Damejima's HARDBALL
詳しくは上のリンク記事を読んでもらいたいが、Gene Michaelは、ヤンキース監督として、1981年に「80年代における唯一のワールドシリーズ進出」を果たした人物であると同時に、1990年にヤンキースGMとなって以降、92年にバック・ショーウォルターを監督に据え、彼とともに「若い人材を育て上げる」という、それまでのヤンキースになかった「新しいチーム編成方針」を創造した人物でもある。彼の素晴らしい業績は、1990年代末のヤンキース黄金期となって見事に結実した。
黄金期のキープレーヤー、バーニー・ウイリアムスがオーナーシップの気まぐれによってトレードされそうになったとき、ショーウォルターとともに阻止したことでも有名。

Buck Showalter(監督)
関連記事:2012年4月29日、長年の課題だった投手陣再建を短期で実現しア・リーグ東地区首位に立つボルチモア (1)ボルチモアはどこがどう変わったのか? | Damejima's HARDBALL
現職は、2010年就任のボルチモア・オリオールズ監督。2014年地区優勝。かつてボストン黄金期の選手層を用意した実績をもつ現GMダン・デュケットとともに、パワーだけはあるがクオリティがあまりに雑で、低迷続きだったボルチモアを、とうとう地区優勝できるチームに変身させることに成功した。当初のボルチモアの投手コーチは元シアトルのリック・アデア。
このショーウォルターが、1990年代にヤンキースの若手を、2000年代初期にテキサスの若い才能を整備したことによって、これら2つのチームが優勝争い常連チームになる基礎を築いたことは明らか。

Brian Sabean(スカウト)
現在はサンフランシスコ・ジャイアンツGMだが、1990年代はGene Michael時代のヤンキースでスカウトをしていた。GM・Gene Michaelの「若手育成路線」を支え、後に「コア4」と呼ばれることになるデレク・ジーターマリアーノ・リベラホルヘ・ポサダアンディ・ペティットなどとの契約をまとめて、ヤンキース黄金時代の基盤を築くことに貢献。

Neil Allen(AAA・Columbus Clippersの投手コーチ)
関連記事:2013年7月29日、かつてColumbus ClippersのピッチングコーチだったNeil Allenが支えるタンパベイ投手陣と、ヤンキースのマイナーとの差。イチローが投手の宝庫タンパベイ・レイズから打った4安打。 | Damejima's HARDBALL
長くヤンキースのさまざまなマイナーで投手育成の要職をこなしてきた人物。2003年、04年、06年には、コア4を生んだヤンキース傘下の伝説のマイナー、Columbus Clippersの投手コーチをつとめた。マイナー時代の王建民にシンカーを教えたのも、この人らしい。
ブライアン・キャッシュマンの2000年代ヤンキースが、Gene Michaelが築いた「若手育成路線」を捨て、選手編成方針を「FA選手を買う」方向へ転換したため、ヤンキースは、1997年以降28年間も傘下に置いてきたColumbus Clippersを2006年に手放してしまう。
それをきっかけにNeil Allenもヤンキースを離れ、翌2007年にタンパベイのマイナー、Durham Bullsの投手コーチに就任した。Neil Allenとヤンキースとの絆は断たれ、その一方でタンパベイに投手陣躍進の機会が訪れた。
Columbus Clippersを手放したこと、そして、Neil Allenのようなマイナーの経験あるコーチを失ったことは、ヤンキースの2000年代以降のファームシステムが「80年代の貧弱さ」に戻ることを意味しており、2000年代以降ヤンキースの若手の才能がまったく開花しなくなったことの「謎解き」がここにある。

2010年代ジャイアンツ黄金期を用意した人物たち

Brian Sabean(GM)
データ:San Francisco Giants 1st Round Picks in the MLB June Amateur Draft | Baseball-Reference.com
スカウト出身で、1996年以降、現職。バリー・ボンズなどによる「90年代末のステロイド・ホームラン時代」をモロに経験したGMでもあるが、2003年、2012年のSporting News Executive of the Yearを受賞したことでわかるように、2000年代以降はチーム編成の路線を変更、ドラフトで最も実績を挙げたGMのひとりとなった。
2002年マット・ケインに始まり、2006年ティム・リンスカム、2007年マディソン・バムガーナー、2008年バスター・ポージー、2011年ジョー・パニックと、2010年代のジャイアンツ黄金期に主力選手として活躍する若手選手を指名し続けてきた。彼ら全員がそれぞれの年度における全米1位選手ではなかったところに、セイビアン独特のこだわりと目のつけどころの良さが感じられる。
もし世間がこれまで言ってきたように、この人が「まったく若手をかえりみない、ヴェテラン重視なだけのGM」だったとしたら、ジャイアンツの5シーズンで3回のワールドシリーズ制覇などという輝きの季節は訪れなかった。

Bruce Bochy(監督)
近年のボウチーの偉大な功績については、もう細かくあれこれ書く必要はないので、短く書く。
キャッチャー出身。フランス生まれで、フロリダ育ち。GM Sabeanとは家族を含めた親交があり、ボウチーの妻は、Sabeanに息子ができたときのドゥーラ(付添い人)であり、名づけ親でもある。
いわずとしれた、ポストシーズンの魔術師。名監督なのは既に間違いなく、このまま実績を積み重ねていけば、いずれ殿堂入りまであるだろう。

John Barr(スカウト担当重役、球団副社長)
データ:San Francisco Giants: Front Office
ニュージャージー出身。球団重役だが、GM就任前のBrian Sabeanと同じく、スカウト専業のキャリアを歩んできたスカウトのプロフェショナルでもある。1984年メッツを皮切りに、1989-90ボルチモア(マイク・ムッシーナ)、1991-93サンディエゴ、1994-97メッツ(AJバーネット、テレンス・ロング)、1998-2007ドジャース(ラッセル・マーティン、エドウィン・ジャクソン、ジョナサン・ブロクストン)を経て、サンフランシスコにやってきた。
ジャイアンツでのキャリアは6年目。スカウト担当として、2008年バスター・ポージーのほか、ブランドン・クロフォードブランドン・ベルトなどの獲得に携わった。2009年にProfessional Scouting Hall of Fameに選出。


注:Sabeanという名前の「読み」について

Brian Sabeanという名前は、マーク・テシェイラやブライアン・マットゥースほどではないにしても、日本語で表記するのが難しい名前のひとつではある。
このブログでは、耳ざわりがいいという理由で「ブライアン・セイビアン」としているが、もし原音に忠実にカタカナで書こうと思うなら、本来は「サビアン」と書くのが最も近いだろうし、歴史的にも辻褄があう、とは思う。(ちなみに彼自身はニューハンプシャー生まれだが、アメリカでSabean姓をもつ人たちの大多数が1940年代以降のマサチューセッツ(=ニューハンプシャーの隣の州)に記録があることから、近い先祖がマサチューセッツの移民の出である可能性は高い)

よく彼の名前を「サビーン」と表記したがる人がいるが、何を根拠にそんな表記が出てきたのか知らないが、それについては以下の理由から同意できない。


欧米人の名前は「聖書に起源をもつ名前」が多数あるが(例:ジョン=イエスの弟子ヨハネ、マイケル=大天使ミカエル)、旧約聖書に「シバの女王」という有名な人物が登場する。「シバ」というのはアラビア半島南西(今のイエメンあたり)に栄えた古代国家の名前で、表記は、英語なら "Sheba(シバ)" だが、ヘブライ語の英語転写では "Saba"(サバ)となる。
「Saba国の人」あるいは「Saba国の言語」を意味する言葉として、"Sabaeans" あるいは "Sabeans" という単語があり、その発音をカタカナで無理に表記してみると「サビアンズ」という感じになる。

"Sabeans" という言葉の、「接尾辞 -an の読み」は、「American」を「アメリカン」、「Canadian」を「カナディアン」、「Hawaiian」を「ハワイアン」と発音する原則と同じで、「アン」と読む。

だから、もし仮に "Sabean" という名前が旧約聖書由来だとすると、「サビアン」とか、「セイビアン」とか読む可能性はあっても、「サビーン」とはならない。(ただし、残念ながら "Sabaeans" あるいは "Sabeans" が、Brian Sabeanの姓の由来かどうかまでは、完全には確かめられなかった)

別資料:
Sabean Name History, Name Meaning and Family Crest
Sabean is an ancient Anglo-Saxon surname that came from Sabinus and Sabine.
この資料は「Sabeanという名前」のオリジナルの形はSabinusあるいはSabineであって古代ローマに起源があるとしているが、ブログ主は賛同できない。
たしかに、ユリウス・カエサルの有名な手記『ガリア戦記』にSabinus(サビヌス)という名の人物が登場するし、古代ローマにSabine(サビーヌ)という地名もある。
だが、古代ローマの姓の末尾につく「-us」という接尾辞は、「出身地」あるいは「出身家系」を意味するケースがあるため、Sabinusという名前をさらに遡ることができるはずであり、旧約聖書に登場するSaba(サバ)という地名、あるいは、Sabaゆかりの家系と無関係だとは必ずしも断定できないのである。


damejima at 11:23

September 24, 2014

イチローがヤンキースに移籍した2012年をあらためて思い出している。

あれはヤンキースがシーズン終盤に失速して2位ボルチモアの強烈な追い上げを食らい、あわてふためいたシーズンだった。何度も書いてきたことだが、ラウル・イバニェスとイチローの奇跡的な活躍が、足がほとんど止まりかけていたヤンキースの背中を押して前進させ、食い下がるボルチモアをなんとか振り切って地区優勝を果たしたのだ。
この何年もの間、実は、ヤンキースのスタメンはたいした仕事をしてこなかった。だからこそ、いつも夏にあわてて選手を補強し、そういう「後からやってきた選手」が想定以上の活躍でもしないかぎり、地区優勝なんかできない。ヤンキースはそういうチームだっだ。

2012年9月20日、『イチロー・ミラクル・セプテンバー』全記録(1)9月19日トロント・ダブルヘッダー全ヒット。東海岸が初体験する「ゲップが出るほどのイチロー体験」のはじまり、はじまり。 | Damejima's HARDBALL

2012年9月28日、『イチロー・ミラクル・セプテンバー』全記録(2)9月21日オークランド戦以降の「魔法」 〜イチローがアメリカで「ウィザード」と呼ばれる理由。 | Damejima's HARDBALL


あの2012年は、いうまでもなく「ヤンキースの主力選手全体が、投手・野手に関係なく衰えてしまい、なおかつ、短期での自力復活は全くありえない」ことが明確になったシーズンだったわけだが、2012年あたりでは、たとえそれを声を大にして言ったとしても、ちゃんと耳に入って理解できる人はまだ少なかった。
というのも、当時はまだ「グランダーソン、Aロッド、スウィッシャー、テシェイラ、この4人だけでもホームランを120本以上打てるんじゃないか」だのなんだの、ありもしないことを信じ込みたがっている「現実を直視できない、頭の悪い人」が、GMや監督はじめ、ヤンキース関係者にも、NYメディアにも、ヤンキースファンにも、山のようにいたからだ。
そういう人たちは、例えばグランダーソンやAロッドがシーズン終盤の勝負どころでまったく働かず、ポストシーズンのデトロイト戦ではついにスタメンから外れされて、ベンチからゲームを眺めている、なんて光景をまるで想像もしてなかったし、そうしたみじめったらしい光景を見た後ですら「来年こそ彼らはやってくれる。そうに違いない」程度に思っていた。

もちろん、2012年だけでなく、2013年も2014年もずっとそうだったわけだが、彼らのような使えないスタメンを見切るタイミングが遅れた原因は、いつものように「決断力の無い監督ジラルディの判断の遅さ」だった。


その後、当然のことながら、2012年の選手の大半はこの2年の間に、ほとんどが引退するか、移籍した。
2012年シーズン後にラッセル・マーティン、ラウル・イバニェス、ニック・スウィッシャー、フレディ・ガルシア、ラファエル・ソリアーノなどがいなくなり、さらに2013年終了後にはマリアーノ・リベラ、アンディ・ペティット、カーティス・グランダーソン、ロビンソン・カノーなどがいなくなった。
野手で残っているのは、ガードナー、ジーター、イチロー、テシェイラくらいのものだ。

移籍した選手で、2014年にマトモに活躍できたのはロビンソン・カノーくらいしかいないが、ヤンキースはその「ヤンキース在籍選手のうち、今後とも主力として長期的に活躍できるであろう、ほんのわずかな選手であるはずのロビンソン・カノー」にどうしたものか再契約を提示しなかったために、ヤンキース生え抜きで、ヤンキースと再契約するつもりが十分あったのカノーを心底怒らせ、落胆させた。


ヤンキースがデトロイトに4連敗した2012年ALCSの第1戦と第4戦、2つのスタメン表は、2000年代ヤンキースの末路を象徴するデータだと思う。(数字は2012ポストシーズンの打率などの打撃成績)

2012ALCS 第1戦
Jeter .200
Ichiro .353
Cano .056 18打数1安打
Teixeira .200 .
Ibanez .231
A-rod .111 9打数1安打
Swisher .250
Granderson .000 11打数ノーヒット
Martin .143

第4戦
Ichiro
Swisher
Cano
Teixeira
Ibanez
Chavez
Martin
Gardner
Nunez


ALCS第1戦にあった、ジーターグランダーソンAロッドの名前が、第4戦のスタメン表にない。ジーターは怪我、残り2人はスランプで、スタメンを外れていた。そして10月のロビンソン・カノーに精彩はない。


ジーターにとっての2012年終盤は、足首のケガを押してチームのために出場し続けた辛いシーズン終盤だったわけだが、デトロイトとのALCS第1戦でついにチームメイトの肩を借りなければ歩けないほどの状態になり、途中交代せざるをえなかった。その後のジーターは第2戦以降も出場できず、チームのポストシーズン敗退をベンチから見守った。

この途中交代のときのジーターの「まるでジーターらしからぬ様子」について、イチローがコメントしている。

Usually Derek is the most upbeat person, always saying “Get ‘em tomorrow, another game tomorrow” stuff like that, always a real positive influence. But that night was the first time that I saw him say, “I don’t have a game tomorrow.” Seeing Derek Jeter like that was a moment that I’ll never forget.
「普段のジーターはすごく楽天的。どんなときでも 『明日がある。だから明日また頑張ろうぜ』みたいなフレーズで、チームメイトにほんとにポジティブな影響を与えてくれる。でもあの夜(=デトロイトとの2012ALCS)、そんな彼が「僕には明日ゲームがない・・・」と言うのを初めて見た。ああいうジーターを見たことは、僕にとって忘れられない瞬間だった」

Sweeny Murti: Favorite Derek Jeter Stories From The Yankees Clubhouse « CBS New York


翌2013シーズンのジーターは、足の怪我が十分治りきっていないにもかかわらず、「復帰してはDL入り」を何度も何度も繰り返し、キャプテンらしからぬ「焦り」を隠そうとはしなかった。
この2013年の「復帰を焦るジーター」は、イチローファン視点だけから正直に言わせてもらうと、彼が復帰するたびに、打順から守備位置からなにから、現場の選手起用が非常に混乱する、とても迷惑な存在だった。


カーティス・グランダーソンは、オースティン・ジャクソンのようなデトロイト時代のプレースタイルから、ヤンキース移籍後に「インコースのストレート系だけをフルスイングする」などという極端な手法で一躍ホームランバッターに変身を遂げたわけだが、そうした彼の極端な狙い打ちが他チームにスカウティングされ、通用しなくなったのが明確になったのが、この2012年だった。
Aロッドは、ドーピング問題が発覚してその後のシーズンを棒に振ることになった。


今思えば、ジーターの「シーズン」は、あの「2012年ALCSの途中退場」で終わっていたのだ、と思う。そしてたぶん、彼自身それを当時からわかってもいただろう、と思う。(ちなみに「シーズン」という言葉には、「旬」とか「最盛期」という意味もある)

誰もいなくなったのを見届けて、最後に自分が出て、ドアを閉める。それもキャプテンとしての仕事だと思うから、彼はこの2年の「余白」を頑張ってきたに違いない。

お疲れ様、デレク・ジーター。

さよなら。
デレク・ジーター。



damejima at 05:10

September 22, 2014

今はミネソタのエースになっているフィル・ヒューズがまだヤンキースにいた2013年に、こんな記事を書いて彼の才能の無駄遣いを惜しんだ。

フィル・ヒューズはア・リーグで「最も初球ストライク率の高いピッチャー」で、同時にまた「カウント0-2に追い込む率が最も高い投手」である。
にもかかわらず、どういうわけか「打者ひとりあたり、最も多くの球数を投げるピッチャーのひとり」でもある。(2013年6月14日現在)

要するにフィル・ヒューズは、「初球に必ずといっていいほどストライクを投げる」し、「バッターを追い込むのが、誰よりも上手い」が、同時に、「どんなバッターにも、必ず4球以上投げてしまう」という、勝負どころで真っ向勝負に行けない、典型的な「ひとり相撲」タイプのピッチャーだということだ。

ヒューズは打者を追い込んむところまではいいが、そこからがダラダラ、だらだら、やたらと長い。バッターを追い込んだら、彼は、必ずといっていいほどアウトコース低めあたりに「釣り球のつもりの変化球」、シンカーやスライダーを投げたがる。
ところが、この釣り球、まるで効果がなくて、バッターは余裕で見逃してくる。だから、せっかくカウント0-2にしたのにボールばかり増えて、うっかりすると、0-2からフルカウントにしてしまうことも、けして少なくない。

引用元:2013年6月15日、本当に「初球はストライクがいい」のか。打者を追い込むだけで決めきれないフィル・ヒューズの例で知る「初球ストライク率が高いからといって、 必ずしも防御率は下がらず、好投手にはなれない」という事実。 | Damejima's HARDBALL


そのフィル・ヒューズ、ミネソタに移籍してからは見違えるようにピッチング内容が良くなっているわけだが、その「変身理由」を彼自身がFangraphに語っている。
Phil Hughes Finally Found the Right Breaking Balls | FanGraphs Baseball

非常に面白い記事なので具体的な部分は元記事を読んでもらうとして、要点を箇条書きにしてみる。
●「ストライクゾーンで勝負する」と、自分に言い聞かせて投げている
●投げ方を変えた4シームが垂れなくなったことによって、ライジング・ファストボールともいうべき、威力あるストレートに変わった
●しっくりいってなかったスライダーを投げるのをやめた
●カーブのリリースポイントを変えて威力を高め、試合で多用
●カットボールを使うカウントを変え、決め球に使う

記事を見たらビックリすると思う。ボールの握り方から、球種を使うカウントに至るまで、「自分の手の内」をかなり具体的にさらけだしたインタビューだからだ。
MLBの先発投手が、まだシーズンが終わったわけでもないのにこれほどまでに自分のピッチングの具体的な部分を喋るのは、とても珍しい。ヒューズはよほど今の自分に自信があるのだろう。


2013年に書いた記事で最も重要な指摘は、「フィル・ヒューズは、初球からストライクを積極的に投げ込んで打者を2ストライクの状態に追い込むという点だけは、ア・リーグトップの才能のある先発投手だが、同時に、彼は残念ながら『せっかく追い込んだ打者をまるでアウトにできないダメ投手』でもある」という点だった。

こうした意味不明なことが起きていた原因は主に、「2ストライクと追い込んだ後に、最初からボールとわかっている球(特にスライダー)を連投して、自分でカウントを悪くすること」にあった。ヤンキース時代のヒューズのアウトコースの釣り球は、打者に常に余裕で見逃されていた。

ちょっと2013年、2014年のカウント別データ(被打率、与四球数、K/BB)を見て比較してもらおう。

まず、2013年。本来フルカウントというのは投手有利、打者不利のカウントのひとつだが、2013年のフィル・ヒューズは、2ストライク後の被打率がどれもこれも高すぎた。フルカウントでの被打率などは「3割」に届きそうな、ありえない数字になっている。
フィル・ヒューズ 2013年
After 0-2 .245 8四球 K/BB 8.63
After 1-2 .276 15四球 K/BB 4.87
After 2-2 .273 22四球 K/BB 2.36
full count .292 26四球 K/BB 0.58
Phil Hughes 2013 Pitching Splits | Baseball-Reference.com

こんどは同じデータを、ミネソタ移籍後の2014年でみてみる。あらゆる点で、2014年のフィル・ヒューズが「2013年とは別人」なのがわかる(笑)

フィル・ヒューズ 2014年9月21日現在
After 0-2 .175 2四球 K/BB 53.00
After 1-2 .197 5四球 K/BB 21.80
After 2-2 .197 8四球 K/BB 6.13
full count .143 10四球 K/BB 1.30
Phil Hughes 2014 Pitching Splits | Baseball-Reference.com


次に、ヒューズの使っている球種を2013年と2014年で比べてみる。以下のごとく、今年のヒューズはスライダーをまったく投げなくなり、チェンジアップも減り、かわりにカットボールが増えていて、まさに彼がFangraphのインタビューで語ったとおりの内容になっている。
かつてシアトル時代のダメ捕手城島もそうだったが、「打者を追い込んで、後は、アウトコース低めのスライダーをボールゾーンに投げてさえいれば打者はうちとれる、などというような低脳でワンパターンな配球など、MLBでは通用しないのである。
Pitch Type(球種)
2013 FB 61.5% SL 23.8% CU 8.6% CH 5.4%
2014 FB 64.2% CT 21.0% CU 14.6%

Pitch Value(球種ごとの効果)
2013 FB -13.4 SL -4.8 CH -5.1
2014 FB 11.6 CT 1.3 CB -2.3 -2.2
Phil Hughes » Statistics » Pitching | FanGraphs Baseball


フィル・ヒューズの使う球種を過去にさかのぼると、彼がスライダーを多投するようになったのは2013年のことだが、「スライダー多投」は彼のピッチングを悪化させただけに終わっている。
2014年のヒューズを変身に導いたピッチングの改善が、果たして彼単独の判断によるものなのか、それとも、ミネソタのピッチングコーチの助力によるよるものなのかは、このインタビューだけではわからない。

ただ、まぎれもない事実としていえることは、ヤンキース時代にフィル・ヒューズが長年抱えてきたピッチングの『あからさまな欠点』を、ヤンキースのスタッフではいつまでたっても修正できなかったのに、他チームに移籍したら、1シーズンもかからずに修正できた、ということだ。
このことからわかるのは、2010年11月からヤンキースのピッチングコーチをつとめてきたラリー・ロスチャイルドがどれほど「無能な投手コーチ」であるか、そして、ただでさえ数が少ないヤンキースはえぬきのプロスペクトの才能も欠点も、その修正方法も見抜けないまま、安易に他チームに放り出してしまうGMブライアン・キャッシュマンが「見る目のないマヌケなGM」だ、ということだ。

damejima at 10:13

September 20, 2014

2人の元シアトルのプロスペクト、アダム・ジョーンズ(BAL)と、ダグ・フィスター(WSN)の所属球団が、それぞれ地区優勝した。心からおめでとう、と言いたい。
今はコンテンダー(=優勝争いできるチーム)の主力選手となっている彼らだが、その2人がかつてシアトルでどういう扱いを受けていたか、今となっては忘れてしまった人もいることだろう。

言うまでもなく、この2人の有望選手が「シアトルを出た理由」は偶然などではなく、背景に今も変わらず続く「シアトルの若手育成能力の無さ」と、「ジェネラル・マネージャーの無能ぶり」がある。
アダム・ジョーンズとフィスター、2人に関していうと、2004年以降のセンターの選手起用における失敗、そして2000年代から近年まで一貫して行われ続けた「FA補強の失敗の連続と、有望先発投手の放出の連続」の両方が深く関係している。


アダム・ジョーンズ移籍の背景にある
シアトルの「2000年代センター問題」


アダム・ジョーンズは2008年2月8日、エリック・ベダードとの交換トレードで、クリス・ティルマン、ジョージ・シェリル、現在広島で活躍中のカム・ミッコリオ(来日後の登録名は「ミコライオ」)などとともにボルチモアに移籍した。
その後、ゴールドグラブ 3回(2009、2012、2013)、シルバースラッガー 1回(2013)、オールスターゲーム選出 4回(2009、2012、2013、2014)と活躍し、今ではゴールドグラブの常連だったエンゼルス時代のトリー・ハンター的な「ア・リーグを代表するセンター」であり、押しも押されもしないボルチモアの中心選手だ。

シアトル時代のアダム・ジョーンズは2003年MLBドラフトで1位指名(全体37位)を受けたプロスペクトだが、当時を知らない人は「ドラフト1位なんだし、さぞデビュー前はシアトルの秘蔵っ子として大事に扱われていたのだろう」と思い込んでいるかもしれないが、当時を知っている人なら、そんなこと考えもしない。

なぜなら、シアトル時代のアダム・ジョーンズはかなりいい加減な扱いを受けていたからだ。

シアトル時代のAJのメジャー経験は、彼が20歳、21歳の2006年、2007年の2シーズンだが、いずれも夏以降に申し訳程度にちょろっと使われただけにすぎない。
しかも、使われたといっても、2006年の9月以降と、2007年のかなりの部分が「代打」「代走」「守備固め」としての出場で、とてもとても「次世代のチームを担うトッププロスペクトとして華々しく扱われた」とはいえないどころか、むしろシアトル時代のアダム・ジョーンズは「単なる外野のユーティリティの若造」程度の軽い扱いしか受けていなかった

2006年の出場ゲーム:Adam Jones 2006 Batting Gamelogs | Baseball-Reference.com

2007年の出場ゲーム:Adam Jones 2007 Batting Gamelogs | Baseball-Reference.com


こうしたアダム・ジョーンズのひどい扱いの背景には、2000年代中期のシアトルのチーム編成が極度に迷走していたことが原因の、「センター」のポジションの不安定さがある。

2000年代初期、シアトルのセンターは、グリフィーとのトレードでシンシナティからシアトルにやってきて、2001年、2003年にゴールドグラバーとなった、センターの名手マイク・キャメロンがいたから非常に安定していたが、そのキャメロンがFAでメッツに去ると一気に不安定化してしまう。
アダム・ジョーンズがメジャーデビューした2006年にしても、ブルームクイスト、ジェレミー・リードなど計8選手がセンターを守ったことでわかるように、2000年代中盤になってもシアトルのセンターはまったく固まっていなかった。

翌2007年になると当時のシアトルの無能GMビル・バベジは、FA外野手のホセ・ギーエンを連れてくる。
だが、このギーエン、なんとセンターを守れない外野手だったため、2007年はライトの魔術師イチローがセンターに回って、センターでもゴールドグラブを獲り、ギーエンはライトを守った。
だが、結局ギーエンは1年プレーしただけでいなくなってしまい、翌2008年になるとセンターが固定できない2006年の状態に逆戻りしてしまい、再びジェレミー・リードなど4人が交代でセンターを守った。

2000年代終盤には無能GMジャック・ズレンシックがお気に入りのフランクリン・グティエレスをセンターに固定したが、そのグティエレスにしても体質のあまりの弱さと打撃の平凡さ、肩の弱さから結局失敗に終わったことは知っての通りだ。


こうしたセンター守備の右往左往ぶりは、シアトル・マリナーズというチームが「これまでいかに理解不能なことばかりしてきたか」という証拠のひとつだ。
誰しも思うことだが、シアトルがそれほどまでにセンターの起用に四苦八苦していたのなら、なぜドラフト1位ルーキーの若いアダム・ジョーンズを大事にして、センターに固定して育てればよかったのだ

だが実際には、今も昔も若手育成能力の皆無なシアトルは、AJにマトモなプレー機会を与えず、挙句の果てに無能GMたちの選手獲得の失敗の連続で先発投手が足りなくなったために、後のゴールドグラバーを先発投手獲得のコマにして安売りしてしまうのだから、開いたクチがふさがるわけもない。


ちなみに、2000年中期にシアトルの外野の「控えの控え」だったチュ・シンスがライトのポジションでメジャーデビューできなかったのは、同ポジションにイチローがいて邪魔したからだなどと、「とんでもない嘘八百の言いがかり」をつける人がいる(笑)

わかりきったことを解説するのも馬鹿馬鹿しいが、まず、これは当然の話だが、2004年にジョージ・シスラーのシーズン最多安打記録を更新して波に乗りまくるイチローのレギュラーポジションを奪う可能性が、当時シアトルの外野の控え選手だったアダム・ジョーンズ以下の存在で、「控えの控え」に過ぎないチュ・シンスにあるわけがない。
次に、以上の記述でわかると思うが、イチローとイバニェスが固定されていた2000年代中期のシアトルの外野のポジションで、控え選手がレギュラーを得られる可能性があったポジションは、「キャメロンがいなくなって以降、適任者がいないセンター」であって、「ライト」ではない。
その「センター」にしても、本来なら最も適任者であるはずのアダム・ジョーンズですらロクに守らせてもらえないほど、当時のシアトルのチーム編成は「若手を育てる能力もなく、才能を見抜く目もまるで持ちあわせていなかった」のだから、当時の控え外野手アダム・ジョーンズ以下だったチュ・シンスが、2006年当時のシアトルで「空いているセンター」を守れる可能性など、無いに決まっている。

また、ホセ・ギーエンが入団したことでイチローがセンターに回り、ライトに空きが生じていた2006年には、ギーエンの成績次第でアダム・ジョーンズやチュ・シンスなどの若手にもライトを守るチャンスが生じた可能性もないではなかったわけだが、実際には実現していない。
なんせ当時のシアトル・マリナーズは、センターが本職なはずの自前のプロスペクト、アダム・ジョーンズにすらセンターを守るチャンスをやらなかったくらいだ。といって、シアトルはチュ・シンスをセンターに回すわけでもなく、「センターが守れない」ホセ・ギーエンを連れてきてしまい、天才外野手イチローのいたライトにギーエンを置いてしまうのだから、これら全てはチーム編成の責任であり、と同時に、単にチュ・シンスに外野のレギュラーポジションを奪いとるのに必要な「アダム・ジョーンズより上であるという評価」がされるほどの実力がなかっただけのことでもある。


ただ、勘違いしてはいけないと思うのは、ドラフト時のアダム・ジョーンズの評価は、ジョー・マウアーやスティーブン・ストラスバーグ、ブライス・ハーパーのような「その年のドラフトの目玉選手」だったわけではないし、全米トップテンの評価だったというわけでもない、ということだ。
彼はあくまで、2003年ドラフト全体37位の、それも「補足指名」による1位指名選手であって、2003年ドラフトで1位指名されたのは「37人」だったから、1巡目37位のアダム・ジョーンズは「2003年のドラフトで最も最後に指名された1巡目指名選手」なのだ。

もう少し詳しく書くと、2002年ドラフトでのシアトルは、イチローが入団した2001年にぶっちぎりの勝率で地区優勝していたために、上位指名権を持っていなかった。そのためシアトルは「全体28番目」というかなり遅い順位で、当時高校生だったJohn Mayberryを1位指名した。
だが、そのMayberryが入団拒否し、スタンフォードに進学してしまったために、シアトルに「1位指名選手が入団しなかったことへの補償」として「補完指名権」が発生した。それが翌2003年ドラフトでの「アダム・ジョーンズの全体37位指名」だ。
この「補完指名権」は「最初の30人の指名を終わった後で行われる補足的な1位指名」なわけだから、実質的にアダム・ジョーンズは2巡目以降の指名レベルだった、といえなくもない。

MLBドラフトにおける「1巡目指名」
実際のMLBドラフトの1巡目指名では、必ずしも30球団が1人ずつ、合計30人が順に指名されるわけではない。
さまざまな理由から上位指名権が移動したり、補完指名権が発生したりすることによって、結果的に複数の1位指名権を所有するチーム」が出現することが多い。
したがってドラフト1巡目の最初の30人の指名においては、ひとつのチームが2人以上の選手を指名することもあれば、逆に「その年に1位指名権を全く持たないチーム」も出現することになる。(例えば2002年ドラフトでは、オークランドが1巡目で8人を指名して『マネーボールドラフト』と呼ばれた)

上位指名権が移動する例:
これは既に改正された古い制度だが、かつては、有力選手がフリーエージェントで他チームに流出すると、元の所属球団(=流出球団)が、FA選手を獲得した球団が所有しているドラフトでの「上位指名権」や「補完指名権」を獲得できるという制度があった。
この場合、どのFA流出選手にどの順位のドラフト指名権が付随するかは、その選手の「格付け」や、流出球団の地区順位・年棒調停など、諸条件によって決まる。(FA選手の格付けは、スポーツ選手の格付け専門機関であるElias Sports Bureauによる。「タイプA」、「タイプB」など、タイプという呼称が使われる)




ダグ・フィスター移籍の背景にある
シアトルの「若手先発投手の安売りセール」


ダグ・フィスターは、ビル・バベジが2006年ドラフト7巡目で指名し、ジャック・ズレンシックが2011年にチャーリー・ファーブッシュ、チャンス・ラフィン、キャスパー・ウェルズなどとのトレードで、デビッド・ポーリーとともにデトロイトに放出した。

シアトル在籍最後のシーズンとなった2011年前半は「3勝12敗」という惨憺たる成績だったが、これはERA3.33、WHIP1.171という数字が示すように、フィスターはいいピッチングをしていたが、単に貧弱すぎるシアトル打線の援護がないために勝てなかった、ただそれだけのことであり、事実7月末に移籍した先のデトロイトでフィスターは、「8勝1敗、0.839」という驚異的な数字を残し、地区優勝を経験している。

数字に弱い無能なGMズレンシックは、フィスターがタイガース、さらにはナショナルズと、彼が地区優勝チームの主力ローテ投手のひとりとして活躍できるほどのポテンシャルを持っていたことを、シアトル在籍時の簡単な統計数字から読み取る能力すら持ち合わせていなかった。デトロイトへのトレードは安売りそのものであり、このトレードは空前の大失敗といえる。


このフィスターのトレードについても、アダム・ジョーンズのトレードの背景に、2000年代のシアトルがセンターの選手起用で重ねたミスがあるのと同様に、その背景に「シアトルが2000年代中期以降ずっと続けてきたローテ投手陣の構築失敗」がある。
もっと具体的にいうと、「自軍のマイナー上がりの才能ある投手の軽視」と、「トレードによる先発投手放出の連続」だ。


2001年にMLB史上最高の116勝を挙げ、最強だったはずのシアトルが「地区最下位に沈む弱さに急激に下降した」のは、2004年のことだ。この2004年の直前、2003年11月にはビル・バベジがシアトルのGMになるという「事件」(笑)があった。
2004年はバベジがGMに就任して最初のシーズンであり、このときはまだ誰も「バベジが史上最悪のGMのひとりであること」に気づいてはいなかった(笑)

2000年代中期にシアトルが地区最下位に沈むようになった理由のひとつはローテ投手陣の極端な弱体化だが、シアトルの選手層、特にローテ投手の顔ぶれを「2000年代初期」と「2000年代中期」で比べてみると、そこに『非常に大きな違い』があることに誰でも気づかなくてはならない。

シアトルの選手層の「質的」変化

2000年代初期:多くがドラフトで獲得して自前で育成した選手や、シアトルでメジャーデビューした選手で形成

2000年代中期以降:FA選手との契約や、若手選手の放出によるトレードに依存し、ドラフト後の育成でほとんど収穫なし


例えば、2004年のローテ投手には、メッシュ、ピニェイロ、ライアン・フランクリンなど、シアトルで育ってきた投手たちの名前が並ぶ。フレディ・ガルシアにしても、MLBに入ったのはドラフト外でヒューストンだが、メジャーデビューはシアトルだ。
このことでわかるように、2000年初期のシアトルの選手層には、「シアトルで育った選手」に可能な限りこだわって、なおかつ、勝ててもいたという大きな特徴がある。

もちろんシアトルでメジャーデビューしているイチローも、シアトル市民にとってみれば「シアトルで育った新人」のひとりだ。

2001年の116勝シーズンにシアトルの観客動員がMLBトップに輝いた理由は、単に「勝ち数が多かったこと」だけが理由ではなくて、「シアトルゆかりの選手が数多くいるチームで優勝できたこと」にあることは、地元メディアですらきちんと語ってこなかった。
(だから「FA偏重になって負け続けた時代に、観客が離れていっている理由」を誰も気づかなかったし、地元メディアすらきちんと指摘しなかった。彼らは「勝てばそのうち観客は戻るさ」くらいに思っていたと思う)

参考記事:2013年3月1日、「イチローは僕のヒュミドールなんだ」 〜 マイク・モースだけにしかわからない「『イチローのいるシアトル』の甘く、ほろ苦い香り」 | Damejima's HARDBALL


「幸福な2000年代初期」に対して、
「不幸な2000年代中期以降」は、なぜ起こったか。

例えば2007年、2008年あたりのローテ投手をみると、ウオッシュバーン、ホラシオ・ラミレス、バティスタ、ジェフ・ウィーバー、バティスタ、シルバ、ベダード、イアン・スネルなどであり、ヘルナンデス以外の先発投手の獲得のほとんどが「FA選手」だ。(一部は自軍の有望選手との交換トレード
野手にしても、リッチー・セクソンやエイドリアン・ベルトレが典型だが、FA選手との契約と、その失敗例が掃いて捨てるほどある。

当然ながら、FA選手との契約にはカネがかかるし、それだけでなく、彼らは成績が最悪になっても契約で守られ、マイナーに落としたりスタメンを外したりすることが簡単にはできないことが多い。だから彼らが活躍しても、しなくても、若手の出場機会は減ることになる。
チーム財政が苦しければ、新たな選手獲得の予算が限られてくるチーム側としては、FA選手が期待はずれに終わったときに、さらに新たな選手を獲得してくるためには、若手をトレードの「エサ」にするしかなくなる。
こうして、「金銭と、ドラフトの上位指名権という犠牲を払って高額契約したFA選手が期待外れに終わる。チームはドラフトでいい選手がとれず、予算の自由度も減り、こんどは既存の若手をエサに選手を獲ってこようとする。そのFA選手がまた期待外れに終わると、また別のFA選手に手を出す。そうして失敗し続けた上に、ドラフト上位指名もできない年度が続く」という、「典型的な悪循環」が生まれる。

実際、こうした「FAでシアトルに入団した先発投手」のほとんどは、前例がないほどの大失敗か、それに準ずる程度の平凡な成績に終わり、その一方で、シアトルが放出した有望選手たちは、ようやくゲームに出場できる機会を得て経験を積んだ結果、大きく成長を遂げるという、シアトル特有の奇妙な現象が2000年代中期以降に生まれることになった。

「放出した選手が必ずといっていいほど活躍する」という奇妙な現象はけして「偶然」などではないのである。
参考記事:2013年6月2日、GMズレンシックの仕業によるシアトル・マリナーズ 「2013年版 ポジション別 崩壊目録」 (2)投手編 | Damejima's HARDBALL


こうしたバベジ時代、ズレンシック時代共通の「FA重視、ドラフト軽視、若手育成軽視」のチーム編成手法は、2000年代初期までの「強い地元チーム」に熱狂してきたシアトルのファン心理を急激に冷めさせ、チームから著しく遠ざける結果をまねいた。

その後、MLBのスタメンクラスの実力もない若手選手に機会を与えるフリをしてイチローを追い出す口実にしたズレンシックとエリック・ウェッジの悪質な戦略は、成功もしないし、観客もそれを評価せず、観客はますますスタジアムから離れる結果になった。
(だからこそ、「シアトルで育ったイチロー」がデイブ・ニーハウスにとっての『ラスト・マリナーズ』だったわけだ。参考記事:2010年11月15日、デイブ・ニーハウスにとっての「ラスト・マリナーズ」。 | Damejima's HARDBALL

こうしたFA選手偏重の選手獲得、選手起用によって、2000年代のシアトルからアダム・ジョーンズ、ダグ・フィスター、ブランドン・モローなどの若手(あるいはマイク・モース、ラファエル・ソリアーノのような活躍が期待できる選手)が次々に離れていく一方で、給料が高い割に成績がふるわないFA選手ばかりがチームにたまっていき、それとともにチームの観客動員は2万人のラインに向かって一直線に下降していった。


こうして眺めてみると、2000年代中期以降の「FA重視、若手軽視、育成軽視のシアトル・マリナーズ」は、ある意味で、「コア4」の時代が終わりつつあるのがわかっているのに、若手を育てもせず、ステロイドのインチキ野球に頼り続けながら他チームから大物FA選手を集め続けて没落していったニューヨーク・ヤンキースの2000年代中期の軌跡と、まったくもって瓜二つだ。

damejima at 10:16

February 03, 2014

引退したマイケル・ヤングについて、FoxNews.comのライターが "Michael Young: A poor man's Derek Jeter " と題する記事を書いている。日本語に訳せば、「劣化版デレク・ジーターのマイケル・ヤング」という意味だ。
Rounding Third: Michael Young: A poor man's Derek Jeter | Fox News


書いたやつは出てこい。と、言いたい。馬鹿野郎
どこを見てモノを言ってるんだ。わかってないにも程がある。

ヒットの本数や打率などを比べる程度の議論で、何がわかる。こういうくだらない記事を書くときに限って無記名記事にしやがる。引退する名プレーヤーの業績を矮小化する記事を書くときくらい、記名記事にしやがれ。

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マイケル・ヤングはデビュー当時、二塁手だった。

彼が1997年ドラフトでMLBに入ったのは、テキサスではなくトロントだ。トロントのマイナーでセカンドを守り、その後トレード移籍したテキサスで二塁手としてメジャーデビューを果たした。
ヤングのMLBデビュー時、テキサスのショートには守備でも名手と評価されていたアレックス・ロドリゲスがおり、ヤングはAロッドとの二遊間守備から多くを吸収した。


2004年、マイケル・ヤングは志願して遊撃手になった。

彼は2008年まで腐ることなくショートを守り、2008年についに遊撃手としてゴールドグラブを手にした。また彼は、遊撃手だった2004年から2007年までの間、4シーズン連続でシーズン200安打を達成して気を吐いた。

彼が遊撃手に志願したのは、ヤンキースとのトレードでショートを守るAロッドが去り、かわりにヤンキースの二塁手だったアルフォンソ・ソリアーノがテキサスにやってきたからだ。
マイケル・ヤングはチームのためを思い、二塁手から遊撃手へのコンバートを志願した。テキサス在籍中のソリアーノは2004年〜2005年にセカンドを守り、その間、何の問題も起こさなかった。
その後ソリアーノは2006年、トレードでナショナルズに移籍するが、そこで大きなトラブルを起こしている。外野手へのコンバートというチーム方針を嫌がって出場拒否したのだ。ソリアーノは結果的にコンバートを受け入れたが、この2006年のトラブル以降、緊急措置で守備する場合を除いて、ソリアーノがMLBで内野守備につく機会そのものが消滅した。


2006年、二塁手ソリアーノがトレードでいなくなったが、マイケル・ヤングは二塁手に戻れなかった
というのも、テキサスがセカンドをまかせたのは、もともと二塁手だったマイケル・ヤングではなく、新人イアン・キンズラーだったからだ。
だが、マイケル・ヤングは腐ることなく、二塁手の先輩として、打力は十分だが守備に不安のあるキンズラーに、さまざまな守備面のアドバイスを惜しまなかった。(ブログ主に言わせれば、「劣化版デレク・ジーター」といえるのは、マイケル・ヤングではなく、守備に不安のあるイアン・キンズラーだ)


2009年、マイケル・ヤングは三塁手になった。新人エルビス・アンドラスに遊撃手を譲ったのだ。
度重なるコンバートに、さすがのマイケル・ヤングもブチ切れて、チームにトレードを志願した。だが、最終的にはヤング側が折れた。
それでも彼は、ストレスのたまる2009シーズンに打率.322を打ち、6年連続オールスターに出場を果たしている。さすがというほかない。


2011年、マイケル・ヤングはDHになった。チームが名三塁手と名高いエイドリアン・ベルトレを獲得してきたからだ。
当然のことだが、忍耐強いマイケル・ヤングの堪忍袋はもはや完全にブチ切れてしまい、チームにトレードを強く志願した。だが、またしてもヤング側が折れることで事態は決着した。それでも彼は、2011シーズンに自己最高打率.338、キャリア6度目のシーズン200安打となる213安打をマークしている。
その後、マイケル・ヤングは2011年2012年と、40試合前後で一塁手としてスターターをつとめるなど、DH兼内野のユーティリティという立場に甘んじることになった。
Fangraphなどでみると彼の守備評価点はマイナス79.4と、MLB最低クラスになっているが、これは主にDH兼ユーティリティに回された2011年以降の数字があまりにも悪いためであって、彼の守備が最悪なわけではない。
(ちなみに、同じ2000年から2013年でライトの守備をみると、グティエレス68.3に続いてイチローが67.0で第2位。グティエレスの数字はほとんどがセンターとしての評価だから、ライトではイチローが1位。少なくともイチローが引退したとき、守備でデレク・ジーターと比較されることは全くありえない)


2012年、マイケル・ヤングは、ついにテキサスを去った。

マイケル・ヤングが去る直前、テキサスの内野陣は、キンズラー、アンドラス、ベルトレと、まさにヤングの長年の忍耐が育んだラインアップとなり、チームは2010年2011年と、2度のワールドシリーズ進出に成功した。
だが、マイケル・ヤングのいなくなった2012年のテキサスは、シーズン終了直前、予算の少ないオークランドに地区優勝をさらわれることになった。そしてテキサスは結局二塁手イアン・キンズラーをデトロイトに手放した。

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テキサス・レンジャーズというチームは近年、2010年・2011年と、2シーズン続けてワールドシリーズに進出し、ア・リーグ屈指の有力チーム、ポストシーズン常連チームのひとつとみなされるようになってきたわけだが、こうしてあらためて振り返ってみれば、テキサスの攻守の戦力の基礎となる内野の不動のレギュラーたちが、ひとつにはマイケル・ヤングの度重なる妥協のおかげで整備できたことは、火を見るより明らかだ。


例えば、これと同じ意味の検証を、ヤンキースの内野陣の崩壊とデレク・ジーターについて見てみてもらいたい。そうすればマイケル・ヤングが「劣化版デレク・ジーター」などではないことなど、簡単にハッキリする。

参考記事:
Damejima's HARDBALL:2013年8月5日、「生え抜きの成長、黄金期、ステロイド、そして衰退」 正しいヤンキース30年史。

Damejima's HARDBALL:2013年9月19日、「2000年代中期までのドラフト上位指名の成果」と、「2010年代の選手層の厚み」との関係。「もともと育ちの悪かった植物」に、突然、大量の肥料を与えだしたヤンキース。

Damejima's HARDBALL:2013年9月25日、ポジション別wOBAからみた平均的なチーム編成と、かつてのヤンキースの特殊構造との比較。その「アドヴァンテージ」を実はまるで理解していなかった2013ヤンキースの編成の崩壊。

Damejima's HARDBALL:2013年10月5日、「2012年9月」に表面化していた長期的問題に対する対応を完全に間違えたヤンキース。

よくデレク・ジーターをほめちぎりたがるヤンキースファンやメディアのライターがいるわけだが、マイケル・ヤングの引退までのチームへの献身ぶりやチーム成績の向上ぶりと比較するなら、近年のデレク・ジーターの「キャプテンシー」なるものが、近年のヤンキースの内野の崩壊ぶりでわかるように「実は、チームの結束にとって、それほど効果はなかった」ことが明確にわかるはずだ。

そもそもジーターのショート守備の評価は低い。それは足の怪我が原因で衰えたのではなく、怪我をする前からそうだ。ゴールドグラブ受賞歴にしても、疑問を呈する専門家は多かった。だが、それでもジーターはショートに居座り続けてきた。

ヤンキースでは、チームが長年に渡って活躍を続けるための骨格として、特に守備面で重要な役割を果たすはずの内野手に、「レギュラークラスの実力を持った生え抜き内野手」が、(カノーを除いて)結局ほとんど育っていない。さらに言えば、「若手の育成システム」そのものがほとんど崩壊している。そのため、今後チーム内で内野手を育て上げることはほとんど不可能な状態にある。

2013シーズン中に、ジーターの足の故障が完全に癒えきっていないのは明らかであったにもかかわらず、度重なる無理な復帰と休養の繰り返しによって、チーム低迷に拍車をかけた

ポストシーズンを逃した2013シーズン後、「レギュラークラスの生え抜き内野手」としてヤンキースの唯一の貴重品だったはずのレギュラー内野手ロビンソン・カノーの流出阻止において、キャプテンであるジーターの存在はほとんど役に立たなかった。コア・フォーというお題目も、カノーにとっては結局のところ「オマージュ」であり、「追憶」でしかなかった。


もう一度、ハッキリ書いておく。

マイケル・ヤングがチームに「残した」功績は、無記名記事を書くライター風情に劣化版デレク・ジーターなどと公然と呼ばれるような、スケールの小さいものではない。
「マイケル・ヤングがテキサスに残していったもの」は、在籍時の守備貢献だけでも、在籍時のバッティングの数字だけでもない。移籍選手がチームに残してくれたものだってあるのだ。

そんなことさえわからずに、「マイケル・ヤングがデレク・ジーターに勝っていたのは、アヴェレージ・ヒッターとしてヒットを打つ能力だけ」なとと、軽はずみな文章を書くライターに、敬意など必要ない。

damejima at 09:47

October 18, 2013

不幸なことに、エリック・ウェッジといい、ジョー・ジラルディといい、近年イチローの上司になる監督には、どういう巡り合せかわからないが、いわゆる左右病監督が多い。

ちなみに、ここでいう「左右病」とは、根拠もなく昔の野球用語でいう『ジグザグ打線』に執着したがる監督、つまり、「打撃スタッツ、そのチームの選手構成、予算、チームの伝統的オーダー、スタジアムの形状など、数字的な裏付けがどこにもないのに、左打者と右打者を交互に並べた打線を常に組み続けることにパラノイア的なまでの執着を示す監督に対する揶揄」を意味している(笑)


困ったことに、「左右病」という言葉はもともと俗語なので、厳密な意味など決めようがない。しかしそれでも、「左右病」と、アール・ウィーバーやケーシー・ステンゲルの「プラトーン・システム」とを同一視するわけのわからない意見に、同意するわけにはいかない。
なぜなら、「左右病」という病には「汎用性を追求する結果、やがてはスタメン固定に行き着く」という特徴があるからで、そこが「専門性を追求するため、常に流動性を確保しようとする」ことを大前提とするプラトーン・システムと決定的に異なるからだ。


「打者を、左、右、左、右と、交互に並べる戦術」には、「左右、どちらの投手が出てきても、自軍はどのイニングにおいても、『最低ひとりおきには、その投手に対応できそうな打者が打席に入れる打順』を準備しておくことで、相手投手に常にプレッシャーをかけ続け、打ち崩そうとする意図」がある。
もう少し平たくいいかえると、「左打者と右打者を交互に並べておけば、相手投手が左だろうと右だろうと、あらゆるイニングで、どうにか打てる打者が最低ひとりは打席に入るから、毎イニング、チャンスが生まれる可能性をもてる」とでもいうような考え方だ。(逆にいうと、毎回必ず凡退しそうな打者が打席に入る、という意味でもある)

言うまでもなく、こうした「左右病思考」の根源にあるのは、「右投手を打ちやすいのは左打者であり、左投手を打ちやすいのは右打者である」だのという、太古の昔のコンピューターのような、凝り固まった考えだ。(言うまでもないが、この原則は必ずしも打者全員には、あてはまらない)
ここで特筆して覚えておくべきなのは、そもそも「左右病監督」の思考回路には「左投手の得意な左バッター」や「右投手の得意な右バッター」という「例外」が、まるで「想定されてない」ことだ。また、さらに興味深いのは、思考回路にそういう「例外」が想定されてない人間の視界には、例外的バッターそのものが「映像として、映ってすらいない」ことだ。


だからこそ、「左右病監督」の行き着く先は「スタメン固定」に向かうことになる。
なぜなら、「左右に並んでいると効果がある」と信じ込んでいる左右病監督の打線は、下手にスタメンの並びをいじってしまっては、その大事な「骨董品のような並び」が壊れてしまう(と、彼らが考える)からだ。彼らは「左右交互に並べておけば、あらゆるシチュエーションに対応できる」と思い込んでいる。(だからこそ、ウェッジのシアトルとジラルディのヤンキースはまったく同じ「貧打」という末路をたどった

壊れて困るものは、けしていじろうとしないし、いじらせない。
それが頭の固い人間の常だ。


ひるがえって「プラトーン・システム」だが、実施スタイルはさまざまあるにしても、基本は「相手の先発投手の左右にあわせて、それぞれに専用オーダーを用意すること」であったり、あるいは「ひとつのポジションに複数選手を用意して、かわるがわる起用すること」であったりするわけだから、「スタメン固定に向かう」どころか、むしろ根底には「使う選手の大幅な流動化、マルチファンクション化」の発想がある。

だから、いくら現象面が似ているからといっても、時間がたてばやがて使う選手が固着していきやすい「左右病」と、あくまで相手投手の攻略に最適対応できるメンバーを追求し、流動し続けるのが真髄である「プラトーン・システム」の追及する合理性を同一視することは、あまりに馬鹿げている。


ちなみに、オークランドでボブ・メルビンがやっている「オークランド風プラトーン」といわれているものがある。
これは、まずオーダーの軸として、打順とポジションを固定し、毎日上位打線として出場するeveryday player(クリスプ、ラウリー、ドナルドソン、レディック、セスペデス等)を打線の軸にして、そこに、投手が左か右かによって起用を変える「プラトーン的な2つのグループ」(左投手用:フライマン、カヤスポ、ノリス、クリス・ヤング 右投手用:モス、セス・スミス、ヴォグト、ソガード)を組み合わせる、というものだ。

またメルビンはそれだけでなく、2013ALDSのバーランダー先発ゲームの例でわかるとおり、(それが本当に効果的だったかどうかは別にして)右投手攻略のために左バッターを平気で6人並べることもいとわない。
なぜなら、もし「右投手を打ちやすいのは左バッター」ならば、ジラルディがやるように「左右と交互にならべる」なんて中途半端な対応をするより、「打てる確率がより高い左打者だけを、可能な限りたくさん並べておく」ほうが、より目的に近い結果を得られるはず、と、合理性追求魔王メルビンは考えるからだ。


「永遠の左右病」ジラルディも、もしかすると、プラトーンをやっている「つもり」だったりするかもしれないが(失笑)、ジラルディの「左右病打線」は、上の例でわかるとおり、メルビン風プラトーンとはまるで違う。
ジラルディとメルビンの「違い」は、ルアーフィッシングでたとえるなら、「なんでも釣れる汎用性の高いルアーを、たったひとつだけ用意して、あらゆる魚種を釣ろうとするアングラー」と、「釣りたい魚それぞれの専用ルアーを、それも天候の違いやシチュエーションの違いに応じて、必要な数だけ揃えて釣りをするアングラー」の「違い」、みたいなものだ。
結局は自分のお気に入りを固定的に使って左右に並べているだけのウェッジやジラルディのような「固着的」な左右病と、相手投手攻略のための最も効果的な打者を並べるためなら、たとえ毎試合でも打線を組み換えて対処しようとする「流動性」前提のメルビンのような現代風プラトーンとを、いっしょくたにする意味がわからない。


もし仮に、ジラルディが2013ヤンキースで「ボブ・メルビン風プラトーン」をやったとしたら、スプリングトレーニングかシーズン序盤に打撃成績のよかった選手数名を「every player」としてピックアップして、残りの野手を左投手用、右投手用と振り分けてオーダーを考えることになる。
そうなるとオールスター前のヤンキースの場合は、ガードナー、左投手でも打てるイチロー、そして主軸打者のカノーと、上位に打撃成績のいい左打者が3人並ぶことになる。それでも、イチローは左も打てるし、そもそもヤンキースタジアムの形状は左有利だから、何の問題もない。
もし仮に、イチローが「メルビン風プラトーン」でいうevery playerではないと判断するにしても、左打者のほうがより打てるイチローを「右投手用オーダー」に入れるような不合理な処遇は、言うまでもなく馬鹿げた行為だ。
だが、その馬鹿げたことを人前で堂々と実行したのが、ジラルディだ。
ジラルディは、打てようが打てなかろうが、左打者を3人並べることをとことん回避したがったし、また、打てようが打てなかろうが、常に右バッターを2番に挟みたがって、必死に合理性のない左右病打線の維持に執着し、左打者を打てるイチローを右投手だけに起用する馬鹿げた行為を恥ずかしげもなく続けてポストシーズン進出を逃した。




さて、長い余談はさておき。
ここからは、「左右病監督」のやりそうな典型的オーダーを考えてみることにする。


最初のステップとして、「監督が左右病かどうか」を抜きに、「MLBでよくみかけるオーダー」がどういう思考力学からできるのかを考えてみたい。

まずは主軸打者を決めてみる。
ポジション別wOBAからわかるように、打線の主軸は、教科書的になってしまうが、やはり「一塁手」または「三塁手」であることが多い。(もちろんボストンやカンザスシティ、ホワイトソックスのように、DHが4番というチームもあるが、優秀なDHが減っているために、けして多数派ではない。ホワイトソックスがキューバの一塁手アブレウと契約したのは、DHが4番を打つ状態を解消したいという意識のあらわれ。また2013ヤンキースは「3番の二塁手」が主軸だったが、これは明らかに「本来の主軸打者が不在であること」を示している)
資料記事:Damejima's HARDBALL:2013年9月25日、ポジション別wOBAからみた平均的なチーム編成と、かつてのヤンキースの特殊構造との比較。その「アドヴァンテージ」を実はまるで理解していなかった2013ヤンキースの編成の崩壊。

主軸打者になりやすい一塁手の多くは左打者、三塁手は右打者だ。だから
多くのチームの打順で、「一塁手と三塁手を、3番と4番に、どう並べるか」によって、以下の「2つのパターンの典型的オーダーの、どちらか」を選択するケースが多いことになる。
(ARIのような「一塁手が右打者のチーム」では、右の強打者がダブるのを避ける意味でサードに強打者を置くモチベーションは低い。また、以下では「3番と4番のどちらが中心打者か」という議論は捨象する)

パターン1)一塁手を3番、三塁手を4番
(例 TB CHC ジグザグにしやすいオーダー
 TEXの4番は右のベルトレだが、打順は左右病ではない)
1番 左
2番 右
3番 左 一塁手
4番 右 三塁手 例:ロンゴリア
5番 左


パターン2)三塁手を3番、一塁手を4番
(例 DET STL PIT LAD NYM WASなど
 典型的なジグザグにはなりにくい)
1番 左(スイッチを置くケースも稀にある)
2番 右(スイッチヒッターであることも多い)
3番 右 三塁手 例:ミゲル・カブレラ
4番 左 一塁手 例:フィルダー、デービス
5番 右(スイッチを置くチームもある)


まず「三塁手を3番、一塁手を4番に置くパターン2」で、
打順の「1番・2番」に注目してもらいたい。

特に投手が打席に入るナ・リーグでいえることだが、一塁手に名の通った左のスラッガーが多いリーグだけに、左の一塁手の打順を、9番の投手から最も遠い4番に置くパターン2をとるチームは少なくない。
今シーズンのポストシーズン進出チームでみても、STL(マット・アダムス)、PIT(モーノー)、LAD(エリドリアン・ゴンザレス)などの例がある。また、ア・リーグでもDET(フィルダー)の例があるが、フィルダーはもともとナ・リーグの典型的な一塁手だ。
(ARIのゴールドシュミットのように「一塁手が右利き」の場合、「一塁手を3番に置くパターン」もある。この場合は三塁手がスラッガーである必要がなくなるが、ARIには珍しい「右投左打の三塁手」エリック・チャベスが在籍しているため、「3番右の一塁手、4番左の三塁手」というレアなパターンが成り立つ)

「3番4番が右・左」の場合、監督がただ打線をジグザグ化したいだけの人物なら、1番2番を「右、左」にしておくだけで事は済むわけだが(ARIは実際に右左右左)、実際のチームに照らしてみると、むしろ1番は左で、1番から「左、右、右、左」にするチームが圧倒的に多い。

というのも、もともとこの三塁手を3番、一塁手を4番に置くパターン2には、ちょっとした難点があって、たしかに1番2番を「右、左」にしておけば上位打線はすんなり1番から4番までジグザグ化できるわけだが、それだと「右打者が1番」になってしまうのだ。
過去の統計で「左打者のほうが右打者より打撃成績がいい」ことが知られている。実際のチームでも、「よりファーストに近い左バッター」に1番を打たせるチームは多い。
いいかえると、「右の三塁手が3番、左の一塁手が4番を打つオーダー」において、「打線をジグザグ化するという、ただそれだけの目的のために1番を右打者にする、などという強引なやり方で、無理矢理に上位打線をジグザグにしている実例など、ほとんどない」のである。

資料:ここ50年間の左打者と右打者の打撃スタッツ比較例
左打者と右打者ではどちらが打てるか?


実例で多いのは、1番から4番を「左、右、右、左」にするケース。典型的なのはドジャースだ。

デトロイトは、珍しく1番バッターが右打者のオースティン・ジャクソンで、さらにハンターも獲ったから、右右右左と、右ばかりになっている。左右病の蔓延する中、これはかなり珍しい。まぁ、これはたぶん単純な話で、監督リーランドが左右病じゃない、というだけの話だろう(笑)
(ただ、2013ALCSの最中にリーランドは、打てない1番の右打者ジャクソンに業を煮やして下位に下げ、上位打線の打順をひとつずつ繰り上げるという荒業に出た。まぁ、リーランドも、この右打者が続く特殊な打順で万全だと思っているわけでもないようだ)

中には、2番に、純粋な右打者ではなく、スイッチヒッターを置くことで打線にスパイスをきかせることに成功しているチームもある。セントルイスのカルロス・ベルトランや、ピッツバーグのニール・ウォーカーなどがそうだ。
これは、2番にスイッチヒッターを置くことで、2番3番と右が続くのを避け、打線により広いバリエーションをもたせるちょっとした工夫だが、これがなかなか思いのほか効果があることを示している。クリーブランドでも、ニック・スイッシャーがたまに2番を打つことがある。

ボルチモアの打順はちょっとした特殊性があって、左の一塁手クリス・デービス、右の外野手アダム・ジョーンズと、左右の強打者がバランスよく揃っているにもかかわらず、思いのほか打順には苦労が多い。
ジグザグ好きのジラルディがボルチモアの監督なら、「1番左のマーケイキス、2番右のマチャド、3番左デービス、4番右ジョーンズ、5番スイッチのウィータース」とジグザグに組んで終わりにしそうだが(笑)、ならば、それで162ゲームいけるかというと、案外そうでもない。
というのも、左の一塁手クリス・デービスは、確かにホームランは打ちまくってくれるが、残念なことに、3番タイプではないからだ。おまけに、打率が極端に悪化する時期が必ずといっていいほど来る。
では、デービスを4番に置いておけば打順は絶対的に安定するか、というと、上の「一塁手が4番」という例ではないけれど、どういうものか、こんどは1番がどうも安定しなくなる。ロバーツも衰えたし、マクラウスもイマイチ。そもそもボルチモアには、マーケイキス不在時の穴を埋められる1番向きのバッターはいないのだ。
そんなこんなで、ボルチモアの打順は常にフラフラする。


グダグダと横道にそれてばかりいるが(笑)、要するに言いたいのは、打線をジグザグ化することを至情の快楽、生き甲斐としている「左右病監督」にとっての理想的なオーダーは、打線の並びが複雑化する傾向のある「三塁手に3番、一塁手に4番をまかせるパターン」ではなく、こむつかしいことなど何も考えなくても、打線をすんなりジグザグ化できて、なおかつ長期間にわたって固定化できる「三塁手に4番をまかせてジグザグ化するパターン」のほうだ、ということだ。

「永遠の左右病」ジラルディの思考回路の中では、怪我とステロイドさえなければ、すんなりヤンキースは「本来の、左打者と右打者が交互にきちんと並んだ打線」を取り戻すことができて、ワールドシリーズにすら出られそうだとか思っているのかもしれない(笑)

「左右病患者」ジラルディの「思考回路の中にだけ」存在している「本来の」ヤンキース
1番 左 ガードナー
2番 右 「本来」なら、ジーター
3番 左 カノー
4番 右 「本来」なら、Aロッド
5番 左 「本来」なら、テシェイラ


だが、ジラルディやニューヨークメディア、ブロガーなどの「思考回路の中にだけ存在している、『本来の』ヤンキース打線」とやらが、近年、一度でも理想形で機能したことがあるか。


まぁ、言わせてもらえば、老化し、怪我にまみれ、ステロイドの抜けたヤンキースでは、ジラルディの思い描くような「思考回路の中にだけにしか存在しない左右病打線」は、単なる「絵に描いた餅」でしかない。
編成予算の大半をくいつぶしている「怪我がちな高額サラリーのスペランカー」を常に複数かかえながら、それでもジラルディが「理想的な左右病打線」とやらにこれからもこだわり続けるなら、本来必要だった質と数の2倍の選手補強が必要になるのなんて、当たり前に決まっている。なぜって、Aロッドもジーターもテシェイラも、給料もらうだけで働かないからだ。

世の中の、どこに、昔のジータークラスの打てるショート、他チームの主軸を打っている三塁手にひけをとらない三塁手、テシェイラクラスの攻守を両立できる一塁手、これらすべてのポジションで、「本人と、本人が怪我だの出場停止だので休んでいる間の補強選手」という意味で、それぞれ「2人ずつ」雇えるチームがあるというのだ。

馬鹿も休み休み言ってもらいたい。

ヤンキースは本来なら「チーム力が下がって当たり前」のチームだ。なのに、そんなチームで「打者を左右に並べるなどという、たわいない、たいして効果があるわけでもない、無駄なこだわり」を続けている監督が「害毒」でない、わけがない。

damejima at 13:26

October 06, 2013

2013年のヤンキースの「凋落」の原因は、長期的には、これまで何度か書いたような1990年代に育成した選手たちに頼り切ってきたチーム構造自体の「老朽化」と、実績のあったマイナー球団を手放したこと、ドラフトでの不手際、若手育成の遅れなど、老朽化対策の酷さにあるが、それ以外にも原因はある。
そのひとつは、以下にみるように、2012年レギュラーシーズン終盤に既に表面化していたさまざまな問題に対する対応を、「そのほとんど全てにおいて間違えたこと」にある。(選手名の後の数字は、それぞれの年度のサラリー。単位は100万ドル)

例:2013年9月の月間打率
テシェイラ .125(出場4ゲーム)
アンドリュー・ジョーンズ .133
グランダーソン .214
チャベス .222
Aロッド .261

2012年9月にボルチモアに激しく追い上げられて地区優勝が危うくなったヤンキースは、打順を大きくいじったが、そうせざるをえなくなった原因は、ひとつやふたつどころではなくて、以下に並べたてたように、それこそ「数限りなく」あった。
それは簡単にいえば、高額サラリーの主力打者の大半が、怪我をしていたか、不振にあえいでいたという、どこにでもある話だが、問題だったのは、彼らの怪我や不振が、実は、「すぐに元に戻る性質のものではなかった」ことだ。
以下にみるように、彼らの怪我や不振が実は、「シーズンをまたいで影響が出るほどの長期的な怪我、長期的な不振」だったにもかかわらず、ヤンキースはその影響がどの程度の時間続いていくのかについて、甘くみていて、対応のほとんどを誤った。


内野手

マーク・テシェイラ
2012年22.5M 2013年22.5M(2016年まで同額)
彼の超高額な年収と、一塁手というポジションは、マーク・テシェイラがクリンアップに常駐し、常にハイグレードな打撃成績とプレーを披露「すべき」プレーヤーであることを意味している。
だが、テシェイラの怪我は一時的なものではなく、おそらく「慢性的な怪我」で、彼がいわゆる「スペランカー化」しつつあることを意味している。
2012年は、8月に左ふくらはぎを痛めて欠場。123ゲームに出場したものの、ボルチモアに猛烈に追い上げられた「2012年9月」には欠場が続き、まったく戦力にならなかった。2013年も、6月1日にいちど戦列復帰したものの、わずか2週間(15ゲーム)プレーしただけで再度離脱。手術を経て、2014年にプレーできるかどうかすら不透明になってしまっている。
チームは、テシェイラの穴を埋めるために、1.25Mという安価な単年契約でライル・オーバーベイを獲ってくることで、なんとか臨時の一塁手を確保した。
だが、だからといって、「怪我がちなテシェイラに、2016年まで毎年22.5Mずつ払い続けなければならないという超高額不良債権」がゼロになってくれるわけではない。これからも怪我でたびたび長期欠場しそうなテシェイラの処遇は、Aロッド問題に並んで、ペイロールを硬直化させる問題になるのは確実だ。

デレク・ジーター
2012年16M 2013年17M 2014年はプレーヤー・オプションで8M(各種ボーナスで最高17M)
ガードナーがいなかった2012年、どうしても運動量の多くなる1番を打ち続けて地区優勝に貢献したが、足の怪我を抱えているのがわかっても、休養せずプレーし続けた「キャプテンとしての頑張り」が、残念ながら結果的にアダとなった。
ボルチモアに追い上げられた「2012年9月」の後半、怪我を抱えたままのジーターのWPAは、マイナス.501。パフォーマンスは明らかに低下してしまっており、ボルチモアの追撃を振り切ることに貢献してはいない。
その後も怪我の再発に悩まされるようになったジーターは、2013年に合計4度にわたって戦列復帰を繰り返したが、そのたびに故障を招き、結果としてシーズン全体を棒に振った。
レジェンドである彼が「復帰と欠場」を繰り返すと、当然ながらチームは復帰のたびに打順や使う選手を大きく入れ替えざるを得ない。だが、心苦しい言い方にはなってしまうが、今の年齢のジーターでは、短期的な復帰を繰り返しても、体調面や湿ったバッティングは元には戻らない。現実に2013年の彼の打撃成績は、彼の過去の実績にも、2番という打順にも、ふさわしいものではない。
だから、あえて直言すると、ジーターの「復帰と欠場の繰り返し」は、結果的には「チームの打撃力低下の原因のひとつ」を作ったといわざるえない。ジーターが自分の怪我と向き合って、「きちんと怪我を直してから復帰するという決断」を下さなかったことは、ハッキリ言えば「判断ミス」である。

アレックス・ロドリゲス
2012年29M 2013年28M 2014年以降、25M、21M、20M、20M(ホームラン数のボーナス次第で最高30M)
これだけの超高額サラリーにもかかわらず、2012年は死球による骨折(7月)、2013年は股関節手術(1月)で、この2シーズン、チームの好調期の大半を欠場している。加えて、ステロイドの処罰による長期欠場も確実。
2012年9月」、Aロッドの復帰は9月3日だが、9月全体でWPAはマイナス.209で、29Mという彼の莫大なサラリーに見合うような長打は皆無だった。
また、ポストシーズンのボルチモアとのALDS、デトロイトとのALCSでも、トータル打率.120、WPAマイナス.922の悲惨な結果に終わり、ALCSの行方を決める第5戦では、スタメン落ちを味わっている。

GMキャッシュマンは、Aロッドの穴埋めとしてエリック・チャベス以外に、2012年ケイシー・マギー、2013年ケビン・ユーキリスと、2年続けて「代役」を雇ったが、いずれも失敗に終わっている。特に、テシェイラと同様の怪我がちな選手であることがわかりきっているユーキリスをあえて雇ったことは、GMとして明らかに「大きなミス」であり、単年12Mという大金をかけた補強だったにもかかわらず、代役ユーキリスのDL入りで「代役の代役」を探すハメになった。

ケイシー・マギー
2012年トレード
7月にシアトルでヘルナンデスにぶつけられて骨折したAロッドの代役のひとり。ピッツバーグから2012年7月末に緊急補強されたが、22試合出場で打率.151に終わり、活躍できないまま、シーズン終盤のAロッド復帰によって出場機会を奪われた。
だが、その復帰したAロッドにしても、上で書いたように、その打撃成績は彼の超高額サラリーにみあうものでは、まったくなかった。

参考:ケビン・ユーキリス
2013年12M
ステロイドの処罰問題を抱える上に、怪我も多いAロッドの代役のひとりだが、当のユーキリス自身が、テシェイラ同様の「スペランカー」であることは、MLBファンならたいてい知っている。
実際ヤンキースでも、ユーキリスは4月30日、6月14日にDL入りした挙句に、手術を受けることになって、わずか28試合の出場、打率.219にとどまり、ユーキリスに払った「12M」もの大金は、虚空に消えることになった。


外野手

アンドリュー・ジョーンズ
2012年2M
主にレフトを守った外野のユーティリティだが、シーズン終わってみれば、打率.197の成績。問題の「2012年9月」を見ると、打率.133と、さらに酷い。シーズン終盤に驚異の活躍をみせた同じポジションのラウル・イバニェスがMLBに残って翌年29ホーマーを打ち、シーズン終盤にベンチを温めていたジョーンズが日本に都落ちしたのは、当然の結果。

その後ヤンキースは、「2013年はレフトを誰にまかせるのか」という問題の解決において、ミスを犯し続けた
ジョーンズに見切りをつけたのはいいとしても、イバニェスに再契約をオファーすることもしなかったために、「ヤンキースのレフトを誰にするのか」という問題は、そっくりそのまま2013年春まで残ってしまった。
そこでGMキャッシュマンが手を出したのは、エンゼルスの不良債権バーノン・ウェルズ。しかも2年契約という「奇策」だった。だが、結果的にウェルズの活躍期間は短く、奇策は失敗に終わり、2013シーズン終盤にウェルズはベンチウォーマー化した。
キャッシュマンは、2年契約を結んでしまったウェルズを処分できないまま、2013年7月に外野手アルフォンソ・ソリアーノを追加補強したため、「レフトの補強が二重に重なった状態」を招いてしまい、ヤンキースの「内野手は足りないのに、外野では選手がダブついている」という、わけのわからない状態に、さらに拍車がかかった。

カーティス・グランダーソン
2012年10M 2013年15M
「8月の打率.196、6HR」、「9月の打率.214、9HR」という数字が示す通り、「2012年9月」のグランダーソンは良くなかった。
当時の彼は、相変わらずストレートだけを狙い打つ打法を執拗に続けていたが、対戦相手のスカウティングが進んだことが原因で、それまでのシーズンのようにホームランを量産できなくなり、逆に、簡単に三振がとれるバッターと考えられていた。9月19日トロントとのダブルヘッダー以降のシーズン終盤の打率は「.203、4HR」。スラッガーでもなければ、かといってシュアな打撃とも言い難く、最終的にはベンチウォーマーに。

それにしても不思議なのは、チーム方針として、2013シーズン以降は生え抜きのガードナーをセンターに定着させる方針をヤンキースがとったというなら、「余ってしまう外野手の筆頭」は、本来なら「ガードナーと同じセンターを守るグランダーソン」のはずだ、ということだ。つまり、2013ヤンキースでは、レフト(ウェルズとソリアーノ)がダブっているだけでなく、センター(ガードナーとグランダーソン)もダブっていたのである。
2013年以降のグランダーソンは、ジョシュ・ハミルトンがそうだったように、他チームのスカウティング能力の発達によって、2011年までのようなスラッガー的な長打力を発揮できなくなるのは確実だったのだから、2013年のグランダーソンの打撃成績が底を見ることで彼の市場価値が無くなってしまう前に、2012年オフに、足りない選手、例えば先発投手やキャッチャーを獲得するためのトレードの駒にすることだって不可能ではなかったわけだが、ヤンキースは結局のところいたずらにカネをかけては外野手を補強して、「ソリアーノとウェルズ」、「ガードナーとグランダーソン」を、両方とも宙ぶらりんなまま放置したため、「外野以外はどのポジションも人材が足りないのに、外野だけがダブつている」という「戦力の不均衡」を招いて、ポストシーズン進出を逃した。
2013年は、さぞかしグランダーソンにとって消化不良のシーズンだっただろう。センターにどうしても生え抜きのガードナーを定着させたいのなら、レフトにソリアーノを使うとすれば、本来必要な決断は、単に「ライトを誰にするか」ということだけなはずだが、もともとグランダーソンにはコンバートしてライトをまかせられるほどの強肩はない。だから、彼を宙ぶらりんにしておく必要は、最初からどこにも無かった。

参考:アルフォンソ・ソリアーノ
2013年18M(うち16.2Mはカブス) 2014年18M(うち13Mはカブス)
GMキャッシュマンは、外野手アンドリュー・ジョーンズの穴を埋めてくれたイバニェスに再契約を提示しなかった。そのかわりに彼が手を出したのは、エンゼルスで巨額の不良債権外野手バーノン・ウェルズで、サラリーは、一部がエンゼルス負担。キャッシュマンがさらにもうひとり手を出した外野手ソリアーノのサラリーも、残債36Mのうち、29.2Mがカブス負担になっている。
これらの事例を見て「やり手のジェネラル・マネージャーだ」と思うかもしれないが、選手をこうした複雑な負担の形で抱えこんだからには、ヤンキースはそう簡単には処分できないはずだ。つまり、「もういりませんから、どこへでも出ていってくれ」とは簡単に言えなくなる。
エンゼルスやカブスは「給料はこちらでほとんど負担するから、どうか早く持ってってくれたまえ」と、不利な条件であるのを承知で取引に応じているわけだから、もしヤンキース側が「やっぱりこの選手、使えないじゃん!」となったとしても、ヤンキースがどこかのチームに「エンゼルスやカブスのサラリー負担という取引条件を付帯したまま放出する」などという都合のいい取引は、契約上できないのである。
また、もしウェルズやソリアーノの契約に「ロスターを保障しますよ」という条項が含まれていたりしようものなら、ヤンキースはどんなに彼らの成績が下がろうと、必ずロスターに残さなくてはいけなくなる。

そして、当然ながら、バーゲン品には、「バーゲンされる理由」や「賞味期限」がある。野球選手の場合なら、時間をかけて弱点を分析されれば、必ず出てくる「弱点」があるからこそ、バーゲン品として市場に出てくるのであって、そういう選手は「賞味期限」が思いのほか早くやってくることを最初から覚悟しておかなければならない。
ア・リーグ東地区は近年分析的な野球が盛んになっているが、ウェルズやソリアーノがスカウティングされるのに、さほど時間はかからない。彼らの移籍直後のほんの2本や3本のホームランを見て、キャッシュマンを「有能な選手を安く買ってきてくれた、有能なジェネラル・マネージャー」と判断するのは、早計というよりほかない。


投手

A.J.バーネット
放出後も2012年11.5M+2013年8.5Mは「ヤンキース負担」
今年ひさしぶりにポストシーズンに進出したピッツバーグで投げているAJバーネットのサラリーについて、あまり意識してない人が多いようだが、いまだにヤンキースはその大半を払っている。2012年の11.5Mと、2013年の8.5Mはヤンキースもちなのである。もちろん、ヤンキースのペイロールを硬直化させる原因のひとつになっている。
そもそもこの投手に、2009年に年16.5Mの5年契約をくれてやって、合計69.5Mも投資して失敗したGMが、エンゼルスから不良債権ウェルズを買うギャンブルで失敗し、カブスからソリアーノを買うギャンブルで負け分を取り返そうとしたからといって、評価を上げる理由になどならない。



まだまだ書かなくてはならないことがあるにはある。
だが、ヤンキースが「2012年シーズン終盤」に表面化した長期的な問題のほとんどを何も解決できないまま先送りして、いってみれば壊れた窓をきちんと修理するのではなく、ガムテープで紙を貼りつけて急場をしのぐような、安易な対策ばかりやったことが、2013年にせっかく手の届きかけたポストシーズン進出をみすみす逃すような体たらくにつながったことを示すのには、これだけ書けば十分だろう。

damejima at 12:12

October 04, 2013

ヤンキース移籍後のイチローの全スタメン時の打順と守備位置のデータを残しておく。
黄色い色のついた部分がイチローの出場ゲームと打順だ。詳細はパソコン上で画像部分をクリックして別窓で見てもらうしかないが、そのまま見てもらっただけでも、「黄色の部分の移動」をおおまかに眺めるだけで、2013シーズンのイチローの「扱い」がいかにコロコロ変化したか、手にとるようにわかるはずだ。


2012年
(イチロー加入以降のみ)

移籍後、ほとんどのゲームで8番か9番を打たされていたが、9月半ばになってほぼ2番に固定された。イチローの1番起用は4試合、2番起用は10試合。
チームは9月終盤のイバニェス9月22日以降 打率.405 15安打 4HR 9打点)とイチロー9月19日以降 打率.394 28安打 2HR 9打点)の活躍でかろうじてボルチモアの追撃を振り切って地区優勝した。

2012年ヤンキース全打順(イチロー加入以降)
データ出典:2013 New York Yankees Batting Orders - Baseball-Reference.com



2013年

あれほど地区優勝に貢献しながら、イチローの2013シーズンのスタートは6番あるいは7番が中心だった。またヤンキースはラウル・イバニェスについても再契約をオファーせず、彼は移籍先のシアトルで29ホームランを打って気を吐いた。
イチローがようやく2番に固定されるようになったのは、6月中旬以降から7月下旬まで。この時期チームはオールスターブレイクを首位で折り返した。

7月下旬、ジーターの「復帰と休養の繰り返し」が始まる。この「繰り返し」は3度にわたり、そのたびにイチローの打順は「ジーターの不安定な体調しだい」で2番と下位を往復するようになり、そこにソリアーノ獲得が重なり、イチローの起用は「6番または7番」で、しかも対右投手のほうが打率が低いにもかかわらず「先発が右投手だったとき限定」という意味のわからない起用になっていく。
(「右投手限定起用」については、以下の記事がより詳しい 参考記事:Damejima's HARDBALL:2013年9月9日、イチローのバッティングを常に「冷やし」続けてきたジョー・ジラルディの不合理な起用ぶりを、この際だから図に起こしてみた。

結局イチローの1番起用は18試合、2番起用は38試合にとどまった。
2012年にヤンキースの2番を打った選手は、5人しかいなかったが、2013年はなんと3倍、「のべ15人」を数え、いかに今年のヤンキースが打順をいじくり倒したかがわかる結果になっている。2012年は「20人以上の選手が打った打順」はひとつもなかったが、2013年は、6番を20人、7番を21人の選手が打っている。

2013年ヤンキース全打順
データ出典:2012 New York Yankees Batting Orders - Baseball-Reference.com

damejima at 01:37

October 02, 2013

ポストシーズン進出をかけたタンパベイ対テキサスのワンデープレーオフは、予想どおりタンパベイの勝利に終わったわけだが、なんといってもサイ・ヤング賞投手デビッド・プライスの堂々たるピッチングが光った。
3点リードの9回裏を迎える前、ブルペンではクローザーのフェルナン・ロドニーが肩をつくっていて、テキサスのベンチも、見ているファンも、「ロドニー登場か?」と思ったわけだが、結局監督ジョン・マドンはプライスにゲームを託す英断を下し、プライスはこの大事なゲームをひとりで投げ切ってしまった。この日のマドンとプライスには、さすがに脱帽した。


プライス好投の理由は、なんといってもテキサス打線にストライクゾーンで勝負し続けたことにあるし、しかも彼は安易にアウトローに球を集めるような、逃げのピッチングをしなかった。これが本当に素晴らしい。(詳しいことは下記に挙げたデータを見てもらいたい)

タンパベイの投手たち全体の配球が、「ストレート」と「チェンジアップを使った緩急」という共通のコンセプトを持っていること、そして、先発投手のほとんどがボールになる釣り球を多投するようなワンパターン配球に頼らず、ストライクゾーンで真っ向勝負してくる傾向にあることは、以下の2つの記事で書いた。
参考記事:Damejima's HARDBALL:2013年7月29日、タンパベイとヤンキースのマイナーの差。イチローが投手の宝庫タンパベイ・レイズから打った4安打。

参考記事:Damejima's HARDBALL:2013年8月1日、タンパベイ投手陣の共通した持ち球である「チェンジアップ」に狙いを絞って、ジェレミー・ヘリクソンを打ち崩したアリゾナ。粘りこめばストライク勝負してくれるタンパベイ投手陣。


2013年9月30日のデビッド・プライス

右打者への攻めをリストアップしてみた。(左打者についてはリンク先にデータがある)最も注目してほしいのは、図でいう「右下の部分」、つまり、右打者のアウトローにほとんどドットが無いことだ。
緑色の三角形のドットは「バッターが見逃して、ボールとコールされた球」を意味するが、アウトローにはドット自体ほとんどない。
また、アウトコースのボールになっている球は、その大半が、よくある「低め」ではなく、「高め」に投じられている。このことにも意味がある。というのは、対戦相手のテキサス打線のほぼ全員が「典型的なローボールヒッター」だからだ。デビッド・プライスは、コントロールミスした低めの球を強振されるようなイージーミスを犯さなかった。

2013年9月30日デビッド・プライス対右打者
2013年9月30日 TB vs TEX : BrooksBaseball.net: PITCHf/x Tool | Strikezone Maps


以下に比較のために、ボストン戦におけるヤンキースの先発投手のデータを挙げる。すべて「右打者」に対してのものだ。(左打者へのデータはリンク先にある)
いかにボストン戦のヤンキース投手陣がアウトローに逃げる配球ばかりしているかがわかると思う。


比較1
2013年9月14日 NYY vs BOS
投手:サバシア
9被安打4四球、5失点。

最近のサバシアの勝負弱さは、上のプライスと比較するまでもない。ピンクの楕円で示した部分、つまり、図のアウトコース(=右の部分)と、低め(=下の部分)に、大量のボール球を示す緑色のドットがある。いかに球速の衰えたサバシアがボストンの右打者とマトモに勝負できていないか、ひとめでわかる。

2013年9月14日サバシア対右打者
2013年9月14日 NYY vs BOS : BrooksBaseball.net: PITCHf/x Tool | Strikezone Maps


比較2
2013年8月18日 NYY vs BOS
投手:サバシア
7被安打5四球、6失点。

緑色のドットが、図の右と下に大きく分散して偏っている。配球が「右打者のアウトロー」に偏っていたことが、ひとめでわかる。これで5四球ではどうにもならない。
本来のサバシアの右バッターに対する配球のポイントは、インロー(=図でいう左下)へのカーブでストライクをとれるかどうかにあると思っているのだが、このデータを見る限り、インローにそこそこの数のボール球が、あるにはある。
おそらくは、インローに投げた変化球の多くが「垂れてしまって、コーナーに決めきれていない」あるいは「打者に簡単に見切られるほど、最初から軌道がボールに見えている」のだろうと思う。

2013年8月18日サバシア対BOS右打者
2013年8月18日 NYY vs BOS : BrooksBaseball.net: PITCHf/x Tool | Strikezone Maps


比較3
2013年9月13日 NYY vs BOS
投手:黒田
8被安打2四球、5失点。

このゲームでの黒田は5失点しているが、2四球と、四球数自体は少ない。こういう黒田の登板について「少なくとも丁寧に投げていた」などという、わけのわからない評価を下す人がいたりするが、ブログ主はまったく同意しない。
見てのとおり、図の左側半分にドットがほとんどない。つまり、このゲームの黒田は「右打者のインコース」にほとんど投げていないのである。アウトコースオンリーの逃げの配球であることは、火をみるより明らか。これでバットコントロールのいいボストンの右打者が抑えられるなら誰も苦労しない。
こうしたデータが出現すること自体、珍しい。シーズン終盤に勝ち星がないのも当然だろう。

2013年9月13日黒田対BOS右打者
2013年9月13日 NYY vs BOS : BrooksBaseball.net: PITCHf/x Tool | Strikezone Maps


damejima at 03:16

September 28, 2013

ホーム最終戦を終え、ヤンキースタジアムのダグアウト裏への階段を下りていくマリアーノ・リベラの後ろ姿を見ていて、「なにか、もの足りない」。そんなことを思った。

ホーム最終戦で彼に、インタビューでも会見でもなく、
スピーチする機会を設けてやるべきだ、と思ったからだ。


ルー・ゲーリッグの有名なスピーチは、「スタジアムの中」で行われた。彼の引退の言葉が長く語りつがれている理由は、実は語った言葉にあるのではなく、「語った場所」にあった。(ちなみに、スピーチが行われたのは1939年7月4日で、ファイナルゲームである4月30日ではない)

Lou Gehrig

ゲーリッグが、スタジアムの中で、マイクに向かって語ってくれたために、その言葉は「病いの中にあるゲーリッグが、ファンに差し出してくれた一葉の手紙」のようなものとしてファンのもとに直接届き、だからこそ、その「遺言のような言葉」をファンは胸の中に大事にしまいこむことができた。


マリアーノ・リベラのホーム最終戦では、ゲーリッグのようなスピーチスタイルをとらず、普段どおりインタビュアーがリベラにマイクを向けて英語で話かけ、リベラは「インタビュアーの問いに答える形」で「英語で」話したわけだが、正直、あれはない。
リベラとファンのための濃密な時間を、インタビュアーのマイクの前や、プレス相手のカンファレンスルームの中などではなく、フィールドの中で作るべきだった。
また、今の時代はアメリカ国内のスペイン系住民やカリブ海周辺のスペイン語圏にたくさんのMLBファンがいる時代なのだし、リベラがスペイン語で語る場面もファンに披露すべきだった。


9回の投手交代をジラルディ自身が告げに行くのではなく、マイナー時代から長年一緒にプレーしてきたペティットとジーターに行かせたことを、なんて素晴らしいアイデアだ、あれでもう十分だと思って涙した人や、リベラがマウンドのダートを両手ですくいとる姿で十分だ、他に何も必要ない、などと思った人がいたかもしれないが、ブログ主は、よくそんな淡泊な考えでいられるな、としか思わない。


本当に美味いものなら、その真髄を飽きるほど食い倒してこそ人生だ、と考えるのが、ブログ主の「真髄」である。


目の前のことばかり見て、将来を考えずに時間を過ごして、「次の時代をあらかじめ用意しておくこと」に失敗したヤンキースが、今シーズンを「終わっていくヤンキースの送別」のためだけに使い果たそうと決めたのなら、半端な若者など使わずに、とことん送別会をやり尽すべきなのであって、ジラルディを先頭に中途半端なことばかりしているのは、今の彼らが「旨いものの本当の食べ方を知らない」証拠である。
リベラはMLB史上の至宝であって、ヤンキースだけのものだとは思わないから言わせてもらうと、残念なことに、今のヤンキースは、リベラの最後の勇姿という素材を、本当の意味で上手に料理して、最高の形で客に出せた、とは、お世辞にもいえない。
(もちろん、リベラ自身がスピーチを固辞した可能性もあるわけだが、ルー・ゲーリッグだって周囲の要請に応える形ではじめて言葉を発したわけであって、うまく名場面をつくるのには周囲の努力が不可欠なのだ)


パラグラフの中で同じ言葉が繰り返されるのを嫌うのと同じように、ルー・ゲーリッグの形を踏襲することは、ゲーリッグとリベラ、2人の権威や彼らへの敬意を損なうから避けるべきだと考える人がいても、それはそれで不思議ではないが、ならば問いたい。

リベラがファンに語りかける場所、それが「マウンド」でなくて、他のどこなら彼にふさわしいのか。

ブログ主はまったく思いつかない。

damejima at 09:59

September 26, 2013

以下にwOBAのデータを挙げるように、平均的な野手編成は、いくら生き馬の目を抜くMLBとはいえど、いまだに基本的には「ファーストとサードに強打者を置いて中心に据え、外野手を肉付けし、最後に守備重視のキャッチャー、ショート、セカンド」というようなものだが、それにくらべて、1990年代末から2000年代にかけてのCORE4世代のヤンキース打線の構造は「非常に特殊」だった
というのは、教科書的にいえば守備的なポジションとして扱われていて、打てなくてもおかしくないはずの「キャッチャー」と「ショート」に、2人も「打てるプレーヤー」が揃っていたからだ。

今のア・リーグで、これら2つのポジションにポサダやジーターレベルのバッターを揃えたチームは存在しない。せいぜいボストンとオークランドの数字が多少マシな程度だ。(だからこそ、この2チームの打線は「穴が少ない」ともいえる。逆にいえば、「穴がなく、繋がりのいい打線」を作ろうと思えば、「打てるキャッチャー、ショート、セカンド」が必要になるという意味にもなる)

まぁ、逆にいえば、ヤンキースをセンチメンタルに後ろ向きで語りたがるメディアやファンが、「キャッチャーだろうが、ショートだろうが、ヤンキースでは打てて当たり前だ」などと、いまだに「根拠のない勘違い発言」を繰り返す理由も、かつての「かつての、ショートやキャッチャーでさえ打てる、特殊なヤンキース打線」を、「常に実現できているのが当たり前」の現象だと勘違いするところから始まっている。
彼らは、かつてのヤンキース打線の特殊性やアドヴァンテージがなぜ生じていたのか、その理由をほとんど分析も理解しないまま、あれこれ語ってきたのである。


イヴァン・ロドリゲスはじめ、マウアー、マッキャン、ポージーのような、「バッティングとディフェンスの両方が優れた、長期にわたって活躍できるキャッチャー」なんてものは、リーグ単位でみても「10年にひとりかふたり」程度のペースでしか出現しない。
ニューヨーク・ポストのケン・ダビドフが主張するような「ラッセル・マーティンとの再契約」程度のせせこましい対策で、かつてのアドヴァンテージを完全に失ったヤンキース打線の没落が防げたわけがないし、ヤンキースの打線崩壊の主原因は、「キャッチャーの打撃成績が下がったこと」ではない。なのに、いまだにマーティンとの契約がどうこう言っているアホなライターやブロガーがいまだにたくさん存在することには、ほとほと呆れるばかりだ。


ポジション別」に今のア・リーグ各チームの打線をみてみると、野手について、どのチームが、どういうタイプの野手を、どのポジションに揃えて他チームとの競争に勝とうとしているのかという編成戦略については、おおむね以下の2つの原則、「常識的な原則」と「常識を超えた原則」が働いていることがわかる。

常識的な原則
打てて当たり前のポジションには、打てる主軸打者を置くことで、他チームに「後れをとらない」ようにする。
常識を超えた原則
打てなくても当たり前のポジションで打てる選手を発掘して、他チームの打撃に「差」をつける。打線の穴をより少なくする効果もある。

例えば2013ア・リーグ東地区の勝率5割越えチーム(BOS、TB、NYY、BAL)のポジション別の打撃成績(例えばwOBA)をみると、全チーム共通で、キャッチャーショートの数字が悪く、ファーストサードの数字がいい。つまり、基本的に常識的な教科書どおりのチーム編成がとられているわけだ。


ただ、「キャッチャーとショートは守備負担の重いポジションだから、打てない」という教科書的な説明なんてものは、誰でもできるし、そういう「教科書的な常識」をきっちり守ってチームを編成したからといって、「打撃で他チームに差をつけるられるチーム」が出来上がるわけではない。
哲学者ジル・ドゥルーズなどのいう「差異」と、どの程度共通性があるのかはわからないが、プロの世界における「差異」とは、できて当たり前、やって当たり前の常識的なことを実行するのは当然で、むしろ「常識を超えたプレーヤー」「常識を超えた才能」が出現し、「常識を超えた布陣」が成立して、はじめて、選手と選手の間、チームとチームの間に、「明確な差異」が生じるようにできている。 
これは、マーケティング上の「あらゆる市場価値が生まれる基本原則」と同じ原理だ。

DHは、「守備負担が無いから打てるポジションだ」と思われがちだ。しかし、実は、デビッド・オルティーズのいるボストンのような数少ない例外を除くと、DHの打撃成績がいいチームは想像よりはるかに少ない。
このことは、DHについては、「守備負担が軽いポジションでは打てる」「守備負担の重いポジションでは打てない」というような教科書的な原則が当てはまらないことを示している。
かつてヤンキース打線に「打てるキャッチャー、打てるショート」がいたことで、他チームに対する大きなアドヴァンテージが生まれたのと同じように、オルティーズのいるボストン打線は、「思ったよりたいしたことがないDHの打撃において、他チームに大差を築くことに成功」するによって、もともとあるボストンと他チームとの打撃格差を、さらに拡大することに成功している。
こうした見えにくい打撃格差をきちんとつかまえておくことには、今後大きな価値がある。


2013年に優れた打線の構築に成功したチームでは、ファースト(フィルダー、ナポリ、デービスなど)やサード(ミゲル・カブレラなど)のような「打てて当たり前と思われているポジション」に、「リーグを代表するスラッガーを配置する」という、ごく当たり前のチーム編成の基本がきちんと踏襲されている。(もちろんヤンキースはできていない)

だが、そうした「常識的な編成戦略」だけが全てか、というと、そうでもない。
たとえば、ファーストやサードが他チームの同ポジションの選手と同じ程度に打てても、他チームに「大差」などつけられないという可能性もあるからだ。
だが、かつてのヤンキース打線がそうだったように、「ファースト」や「サード」が人並み以上どころか爆発的に打てて、さらに、普通のチームなら打てなくてもおかしくない「キャッチャー」や「ショート」までもが、かなり打てるとなれば、話はまったく違ってくるのは当たり前だ。打撃面で他チームに大差がつかないわけがない。

これは、たとえとしていうと、280円の同じ価格の牛丼で、各チェーン間の売り上げに「差異」が生じる理由が、「価格」や「食事としてのおいしさ」といった「最優先に思える選択項目」にあるのではなくて、むしろ、「店員の対応の良さや礼儀」「店や制服の清潔感」「味噌汁がついている」「生姜がタダ」「食器が使いやすい」というような「二次的な選択」と思われている項目のどこかに、実はマーケティング上の「本当の差異」が隠れていることにかなり似ている。

「人並み外れて打てて、守れるキャッチャー」、「人並み以上に打てて、守れるショート」は、野球界全体で探しても数は限られる。それだけに、その両方をスタメンに置くことができていた、かつてのCORE4時代のヤンキースの「優位性」は、いまさらもういちど再現しようとしても、無理がある。よほどの運の良さでもない限り、そういう状態はもう再現できないと思ったほうが、よほど現実的だ。
(そう考えると、いまの日本のプロ野球の巨人は、打てるキャッチャーと打てるショートがいるわけだから、かつてのヤンキースが持っていたのと同じ「特殊なアドヴァンテージ」を保った状態ではある)


さて、具体的にポジション別wOBAをみてみる。
数値の高さによって、3グループに分かれる。

1)ファースト、サード、DH
2)外野手
3)キャッチャー、ショート、セカンド


1B、3B、DH
ポジション別wOBA_1B_3B_DH

外野手
ポジション別wOBA_外野手

C、SS、2B
ポジション別wOBA_C_SS_2B



2013シーズンにポストシーズン進出を果たしそうなチームと、ヤンキースの選手編成とでは、どこに違いがあるだろう。

ファースト、サード、DH
上で書いた「チーム編成上の常識的な原則」がここだ。
どんなチームでも、これら3つのポジション(特にファーストとサード)に、最低でも「ひとりの強打者」、有力チームの多くでは「2人の強打者」を確保した上で、レギュラーシーズンを戦った。
ボストンなら、オルティーズとナポリ。デトロイトなら、ミゲル・カブレラとフィルダー。ボルチモアなら、マニー・マチャドとクリス・デービス。他にロンゴリア。トロントですら、2人そろえている。

だが、かたやヤンキースは『ゼロ』だ。


DHについてだが、「守備負担がないのだから、打てて当たり前」という教科書的な考えを抱きがちだが、実は、wOBAでみるかぎり、リーグ全体でみても「優秀なDH」は非常に限られた数しかいない。このことは、数字からハッキリしている。
だからDHを、「守備負担がないこと」にとらわれて「打てて当然のポジションだ」と思い込むのは、そもそも出発点からして間違っている。
かつてのエドガー・マルチネスのような優秀なDHが払底している今のア・リーグでは、「打てる打線をつくるための基本」は、あくまでファーストとサードであり、DHは必ずしも含まれない。DHだからクリンアップを打つべき、DHだから上位打線に置くべきという考え方は、現実の野球に即していない

2013ヤンキースは、こうした「打線づくりの基本原則」をまるで踏襲しなかった。グラフを見てのとおりだ。
「打線低迷は、Aロッドとマーク・テシェイラを怪我で欠いたせいだ」などと平凡に説明する人がほとんどだが、では、もし仮に、彼らが怪我を経験せず、体調万全でシーズンを過ごしていたとしたら、この2人はミゲル・カブレラ並みに打てていただろうか? ヤンキースは他の有力チームに打撃で遅れをとらずに済んでいたか? 悪いけれど、ブログ主はそんな楽観論など、まったく信じる気にならない。
たとえAロッドとテシェイラの体調が完璧だったとしても、2人の打撃はマニー・マチャドにすら到底及ばず、2013ヤンキースは「ファーストとサードにおける大きな打撃格差」を抱えたまま、他チームに打撃面で大きく遅れをとっただろう。


外野手
「ア・リーグにおける外野手の役割」について誤解している人が、いまだに呆れるほど多い。ほとんどの人がそうだといってもいいかもしれないくらいだ。
というのは、ア・リーグで唯一の「外野手依存チーム」であるエンゼルスのように、「MLBでは外野にスラッガーが2人くらいいるのが常識が」だのなんだのと、データも見ないで自分勝手に信じ込んでこんでいる人が少なくないからだ。

だが、現実には、外野にスラッガーの並んでいるチームなど、ほとんどない。
いまやア・リーグにおける外野手というポジションには、ファーストやサードを守っているスラッガーのようなタイプはほとんどいないというのが、データの示す「現実」だ。

おそらく、このブログで何度となくジョシュ・ハミルトンとカーティス・グランダーソンの打撃面の衰えについて書いてきたように、スカウティングの発達は、どんな球種、どんなコースを狙っているかを推定されやすい「外野手のスラッガーのワンパターンなホームラン狙い」が長期にわたって成功し続けられる安易な時代を、とっくに終わらせてしまった、と思われる。
ジョシュ・ハミルトンカーティス・グランダーソンは(あるいはニック・スイッシャーもそうなるかもしれない)、その典型なのだ。

今の外野手に基本的に求められるのは「走攻守のトータル・バランス」であって、「ホームラン量産」などではない。

守って、走って、打つ。そういうバランスのとれたプレーが今の外野手の基本であり、「多少は打てるが、守備の下手な外野手」には、ファーストなどへコンバート以外は、短い選手生活しか待っていない。その程度の外野手なら、「かわりになる給料の安い若手」がいくらでもいるからだ。
逆にいえば、走攻守に優れたヤシエル・プイグの活躍で明らかになったように、今の外野手には、ブレット・ガードナーやフランクリン・グティエレスのような「キャッチングのいい外野手」はいても、プイグやイチローのような「走攻守のバランスがとれているだけでなく、強肩でもある外野手」は非常に数が限られている


キャッチャー、ショート、セカンド
いまのア・リーグで「セカンドとショートに、打って守れる選手が2人揃っているチーム」は、ほとんどない。せいぜいクリーブランドがそういえるくらいで、あとはボストン程度だ。
だが、逆にいえば、これらのポジションが、チームの打線を編成する上での「常識を超えた原則」だといえるのは、「打てなくてもしょうがないと思われているポジション」だからこそ、もし「人並み外れて打てるキャッチャーや、ショートや、セカンド」が手に入ったらたら、他チームには同じポジションに「打てない守備だけの選手」しかいないのだから、大きな差をつけることができるからだ。


かつて「キャッチャーとショートに打てる選手がいたヤンキースが、他チームの打撃に大差をつけ続けることができた理由のひとつも、ここにある。

ポサダの引退とジーターの故障と不調が、ヤンキースの打撃面のアドヴァンテージを奪い、打撃成績に多大な悪影響を及ぼすことを、当のヤンキース自身がほとんど理解していなかったことは、GMブライアン・キャッシュマンがファーストとサードにロクな選手を連れてこなかったことと並んで、はかりしれない長期的な損失をヤンキースにもたらした。

2013シーズンのヤンキースのキャッチャーとショートが、「守備負担が重いために、打てない」などという「ごく平凡なポジション」に戻ってしまうこと、そして、それを短期間でリカバリーすることは難しいことは、最初からわかりきっていた。
だから、ヤンキースは、かつてのヤンキースがもっていたキャッチャーとショートで保持してきた「他チームでは、ありえないようなアドヴァンテージ」を補完できるような「何かもっと別の対策」をあらかじめ用意しておくべきだったわけだが、実際には何も用意できていなかった。

もちろん、本来の対策は、チームが奇跡的に地区首位だったシーズン序盤に、きちんとサードやファーストに予備のスラッガーを獲得しておくことでなければならなかったはずだが、ヤンキースは若いユーティリティ・プレーヤーを重用してみるような「その場かぎりの、場当たり的対応」だけを繰り返しつつ2013シーズン後半を迎えてしまい、ポストシーズン進出のチャンスを自ら潰す結果を招いた。


こうして書き並べてみて、ヤンキースというチームが、かつての自分たちが、どういう意味で、どこのポジションにアドヴァンテージを持っていたか、ほとんど理解していなかったことは、ほとんど明白だ。

第一に、2013ヤンキースは、打線を編成する上での「常識的な原則」をまったく踏襲しなかった。つまり、Aロッドとテシェイラの怪我で欠けたサードとファーストに、必要なレベルでの補強をきちんと行うのを怠って、場当たり的な補強ばかりやった。かといって、マグレで活路を見出せるかもしれないDHをみつけてくるようなチャレンジもやろうとしなかった。
第二に、2013ヤンキースは、打線を編成する上での「常識を超えた原則」を持とうとしなかった。
ヤンキースは、ポサダ引退とジーターの故障で、かつて他チームに対して持ち続けてきた「打てなくてもおかしくないポジションでの優れた打撃」というアドヴァンテージを完全に喪失するのはわかりきっていたが、にもかかわらず、ヤンキースは他チームとの間に「常識を超えた差異」を築くことのできるプレーヤーを優遇しなかった。イチローの奇妙な起用ぶりでわかるように、チーム体質の改善にマトモに取り組もうとしなかったし、十分可能性のあったポストシーズン進出も、わけのわからない突然の若手起用でみずから潰す結果を招いた。
Damejima's HARDBALL:2013年9月9日、イチローのバッティングを常に「冷やし」続けてきたジョー・ジラルディの不合理な起用ぶりを、この際だから図に起こしてみた。


ここまで書いたことでわかるように、今シーズンの打線強化のための補強ポイントが「内野手」であるべきだったことなど、いまさら言うまでもない。これほど明確な話もない
なのに、ヤンキースは的はずれに外野手ばかり補強して、選手をダブつかせ、かわるがわる起用してはバッティングを「冷やし」続け、また一方では、本来もっと補強すべきだった内野手について場当たり的な対症療法ばかり繰り返して、意味のわからないユーティリティプレーヤーを使ったりしたことは、今シーズンのヤンキースのチーム編成上の大失態だ。説明するまでもない。
シーズン終盤に、かつて打てるショートだったジーターのポジションを、どこにでもいる打てない守備専門プレーヤーにくれてやるような応急措置で、曲がり角を曲がりつつあるヤンキースの深部の何かが変わるわけではない。その理由は、この文章を読めばわかるはずだ。

damejima at 01:34

September 20, 2013

2013年秋、ヤンキースで「やたらと起用されだしている若手選手」には、共通の特徴がある。

2004 フィル・ヒューズ
2005 ブレット・ガードナー
2006 チェンバレン、ロバートソン
2007 オースティン・ロマイン
2008 デビッド・アダムス、デビッド・フェルプス
2009 J.R.マーフィー、アダム・ウォーレン
2010 プレストン・クレイボーン



そう。キーワードは、「ドラフト」だ。
全員が全員、ヤンキースがドラフトで獲得してきた生え抜き選手たちばかりなのだ。この中に「トレードのおまけ」とかでヤンキースに来た選手はひとりもいない。

つまりは、だ。
ヤンキースは、いまさらながら、「自前の若い選手」を前面に押し立ててみようとしているらしいのだ。(そういう意味では、2013年のポストシーズン進出をヤンキースはかなり早い段階から本気で考えてはいなかった、といえる)

最初にハッキリ言っておく。
「植物を種とか苗から育てあげた経験がない人間」には、たぶんわからないだろうが、「もともと育ちの悪かった植物」に、突然、大量の肥料を与えるなんてことをすれば、最悪の結果を招くだけだ。育ちが改善されたりはしないし、まして立派な作物が実ったりはしない。枯れるだけだ


こうした「実験の秋」を過ごしているヤンキースに、「いまさらながら」と、わざわざ皮肉めいた前置きをあえて付け加えさせてもらったのには、もちろん、ハッキリした理由がある。(そもそもハッキリ把握してないものを書こうとは思わない)
それは、最初に名前を並べた生え抜き選手たちのなかに、「ドラフト1巡目の、それも、上位30位以内での指名」というような、「まさにドラフト1位指名選手。まさに金の卵」といえる選手は、せいぜいフィル・ヒューズくらいしかいないからだ。
つまり、いくらヤンキースが慌てて「若手という畑」を必死にたがやすことにしたからって、その「畑」とやらの実態は、実は、将来性がまったく見当がつかないような「ドラフト下位指名選手ばかりでできた畑」なのだ。
育ちの悪い畑にヒョロヒョロ生えている植物の芽の群れが果たして、素材として良質なのか、将来の伸びしろは本当にあるのか。それを見極めもしないで、「全部の芽が育てよ」とばかりに、突如として「出場機会という肥料」を大量に与え続けたとしても、全部の芽が育つわけがない。

明らかにこれは、「猫の額ほどの家庭菜園をやり始めたばかりの素人」が「最初によくやる失敗」のひとつだ。

「今までほったらかしだった将来性のわからない畑を、いまさら掘り返し、肥料を撒きまくること」に、ヤンキースが「いまさら」必死になったりするから、ついつい、「いまさらながら」と揶揄したくなる。当然の話だ。

もっとハッキリ言わないとわからない人もいるだろうから、もっとハッキリ書いておこう。
この10年、ヤンキースは、いつかはジーターなどヴェテランたちの後継者として、若手を育てるプロセスに注力しておかなければならなかったはずだが、それをずっと怠ってきた。
そして、なお悪いことに、ヤンキースはこの10年というもの、ドラフト1位指名において将来のチームの骨格となる選手を、誰ひとり育てあげてこれなかった
つまり、2013年秋になってヤンキースが、「いまさらながら」に、耕し、肥料を撒きはじめた「畑」の中身は、実は、過去10年の間、ずっと失敗ばかり続けてきたドラフトの結果、チーム内に溜まりに溜まってしまっている「賞味期限のあやしい、ドラフト下位指名の選手たち」を、一斉にゲームに出しっぱなしにして鍛え直そうとするような、そういう「ドタバタな若手育成の三文芝居」でしかないということだ。

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では、
そもそもこの10年でヤンキースがドラフト1位指名した、
「ヒューズ以外の選手たち」は、
いったいどこに行ってしまったのか?

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2012年に『父親とベースボール』のシリーズなどで書いてきたように、近年のMLBでは、アフリカ系アメリカ人が減少する一方で、ドミニカ、ベネズエラ出身選手が大幅に増加し、多国籍化が日増しに進み、優秀な選手の「供給源」も、非常に多様化してきた。今年などは新しいトレンドとして、セスペデス(OAK)、プイグ(LAD)、ホセ・フェルナンデス(MIA)などのキューバ出身選手が注目を集めた。

Damejima's HARDBALL:「父親とベースボール」 MLBの人種構成の変化

Damejima's HARDBALL:2012年4月5日、MLBのロスターの3.5人にひとりは、メインランド(アメリカ大陸の50州)以外の出身選手、というESPNの記事を読む。(出身国別ロスター数リスト付)

Damejima's HARDBALL:2012年6月4日、恒例の全米ドラフトは高校生が主役。

Damejima's HARDBALL:2012年6月11日、MLBにおけるアフリカ系アメリカ人プレーヤーの減少について書かれたテキサス大学ロースクールの記事を訳出してみた


だから、2000年代中期までのように、「ドラフト」、つまり、ドラフトという名の、「大学生中心のアメリカ人プレーヤーのマーケット」こそが、「MLBで最も優れた選手を獲得できる、最高にして最大の市場である」とは、必ずしも言い切れなくなりつつあるわけだ。

例えば、かつては、空前のドラフト豊作イヤーだった2005年ドラフトや(Jアップトン、ジマーマン、トゥロウィツキー、マッカチェン、ステロイダーのライアン・ブラウン、エルズベリーなど)、投手の素晴らしい当たり年だった2006年ドラフト(カーショー、シャーザー、リンスカム、モローなど)のように、すぐにチームのコア・プレーヤーになれるほどの才能を備えた選手が同じ年度に10人前後も集結するような「爆発的なドラフト豊作年」があった。
だが、2008年以降になると、そうした豊作年ほとんどない。たしかにポージー(2008)、トラウト(2009)、ハーパー(2010)と、それぞれの年の目玉選手はいる。だが、全体の豊作度としては「小粒」であり、2005年や2006年の豊作ぶりには比べようもない。

だから、ぶっちゃけ、いまのドラフトで「大当たり」を引くことができるのは、全体1位からせいぜい全体4位くらいまでの「優先くじ」を持っているチームか、よほど運のいいチームだけということになってしまっている可能性が高い。

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さて、2013シーズンのいま、ア・リーグ東地区をみると、チーム間にこれまで存在しなかった「選手層の厚みの格差」ができつつある
その理由のひとつに、以下にみるような2000年代中期までのドラフトでの巧拙の影響がある。つまり、ア・リーグ東地区(それと参考までにデトロイトを加えた)では、ドラフトによる選手獲得の成否がまだチームの将来を左右していた「2000年代中期までのドラフトにおける巧拙」が、2010年代における選手層の「厚み」というか、選手層の骨格の「太さ」を左右した、ということだ。(言い換えると、ドラフトに最も優秀な選手が集まらなくなってきた2000年代終盤のドラフトでの巧拙は、ほとんど選手層の厚みに関係してない)

もう少し具体的にいうと、「2000年代中期までのドラフト」でうまく立ち回ったチームでは、ドラフト豊作年の2005年や2006年に、確実に「大当たり」を引いていることが多い。ここで獲得できた将来性豊かな才能ある選手たちは、「2000年代中期までに大当たりを引けたチームと、引けなかったチームとの間の、選手層格差」を産む「最初のきっかけ」となった。
また「2000年代中期までのドラフト」で成功したチームでは、たとえ豊作年でない年でも、下位指名選手から「当たり」を「発掘」することに成功していることが多い。
さらには、デトロイトのように、「ドラフト1位指名選手を、FA選手獲得のためのトレードの駒にする」という思い切った手法によって、他チームの有名プレーヤーを「釣り上げる」ことに成功し、選手層の骨格を太くすることに成功したチームもある。

こうして、「2000年代中期までのドラフトの巧拙」は、まだアメリカ国内の選手層が十分豊かだった2000年代が終わらないうちに、若くて分厚い選手層を十分に築き終え、次世代である「2010年代」に備えることができたチームと、そうでないチームの間に、「選手層格差」を産んだ。
それは必ずしも「地区優勝したチームは、翌年のドラフトで成功できっこない」ということを意味しない。例えば、ボストンは2004年にバンビーノの呪いを解いてワールドシリーズを制覇したが、それでも2005年ドラフトにおいてきちんと戦力補強に成功している。

では、チーム別にみていこう。

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この10年、ドラフトでの成功例がないヤンキース

リストを見ると一目瞭然だが、ヤンキースの2000年代のドラフト1位指名選手は、ほとんどリーグを代表するような選手に育っていない。ほとんどの年度で、メジャーにさえ上がれなかったり、契約そのものができなかったりしている。
例えば、実はヤンキースは豊作年の2005年にダグ・フィスターをドラフトで指名しているのだが、サインに至らなかった。また、今年ついにひさびさの地区優勝しそうなピッツバーグで中心投手になったゲリット・コールも、2008年に指名しているが、サインできなかった。2006年にドラフト1位指名してサインしたイアン・ケネディを放出してまでして獲得した選手たちが結局活躍しなかったことといい、この10年、ヤンキースのドラフト1位指名は成功したためしがない
今年、かろうじて戦力になっているのは、ヒューズ(2003)、チェンバレン(2006)、ロマイン(2007)くらいだが、スタッツなどみなくても、彼らがリーグを代表するプレーヤーに育ちつつあるわけではないことは誰でもわかる。

前にも一度書いたが、ヤンキースは2006年に、それまで長い間保持してきて、ジーター、リベラ、ペティットなどの有望新人を数多く輩出してきたマイナーチーム、「Columbus Clippers」を手放してしまっている。こうした育成組織の軽視が、ヤンキースのドラフトが10年ほど成果を産んでいないことと無関係なはずがない。
Damejima's HARDBALL:2013年8月5日、「生え抜きの成長、黄金期、ステロイド、そして衰退」 正しいヤンキース30年史。
だからこそ、2013年秋にヤンキースが必死に出場機会を与えている若い選手たちは、こうしたヤンキースの「失敗続きのドラフト10年史」の、いわば「残り物」だというのだ。

ヤンキース関連のフロガーやニューヨークメディアは、よく若い選手への過剰な偏愛をクチにしたがる。それをヤンキース愛だとかいえば、聞こえはいい。
だが、「もともと育ちの悪い植物」に突然、大量の肥料を与えたりしても、畑はよくならないし、立派な作物は実らない。むしろ枯れてしまう。ヒョロヒョロとはえた芽の段階で肥料をやりすぎて枯らしてしまうのは、家庭菜園で非常によくある間違いだ。そんな田舎くさい、素人くさいことをやっていて、ヤンキースが強くなれたりはしない。

ダメな苗は見切る、間引く。強い苗だけを育てる。それが本気の農業というものであり、それが「プロ」だ。

2003年以降の
ヤンキースのドラフト1位指名選手リスト


2003 全体27位で3B指名。モノにならず
2004 全体23位でフィル・ヒューズ指名
     全体37位でC指名、モノにならず
2005 全体17位でSS、全体29位でRHP指名
     いずれもモノにならず
2006 全体21位でイアン・ケネディ指名。
     後にピッツバーグへトレード。獲得選手は活躍せず
     全体41位でジョバ・チェンバレン指名
2007 全体30位でRHPを指名。モノにならず
     全体94位でオースティン・ロマイン指名
2008 全体28位でGerrit Cole指名。サインできず
     (2011年にピッツバーグに入団、活躍)
     全体44位でLHP指名、モノにならず
2009 全体29位でCF指名、モノにならず
2010 全体32位でRHP指名、2巡目全体82位SS指名。
     いずれもマイナー 


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選手層の太い骨格をドラフトで作ったボストン

ボストンがドラフト1位指名で成果があったのは、2000年代中期までだ。2000年代後期には、トレードではいろいろと成果があったにしても、ドラフトでは成功例がない。
今のボストンの強さを支えている「生え抜きの選手層の厚み」が形成されたのは、「2000年代中期までのドラフト」で獲得したペドロイアバックホルツなど、「選手層の太い骨格」を形成している選手層が常に盤石なことからきている。
そのためボストンは、2012年シーズン終了後のように、チーム再編の必要性に直面したとしても、「選手層の基本骨格」を全くいじらなくても、トレードによる小手先の修正でチームを簡単に「再起動」できる。実際、2000年代終盤以降、このチームは、トレードによる主軸打者の入れ替えやクローザーの入れ替えのような部分修正で、チームを再起動してきた。

2003 全体17位でデビッド・マーフィー指名(後にエリック・ガニエとトレード)全体32位でマット・マートン指名(後に4チームのからむトレードでカブスへ)4巡目全体114位でジョナサン・パペルボン指名
2004 1位指名なし
     (2巡目全体65位でダスティン・ペドロイア指名)
2005 全体23位でジャコビー・エルズベリー指名
     全体42位でクレイ・バックホルツ指名
     全体45位でジェド・ラウリー指名
2006 全体27位でOF指名。モノにならず
(2巡目全体71位でジャスティン・マスターソン指名。後にビクター・マルチネスとトレード。17巡目全体523位でジョシュ・レディック指名。後にアンドリュー・ベイリーなどとトレード)
2007 全体55位でLHP、全体62位でSSを指名。モノにならず (5巡目全体174位でミドルブルックス指名)
2008 全体30位でSS指名
2009 全体28位でCF指名
2010 全体20位で2B、全体36位でLF、全体39位でRHP指名



攻守に才能ある野手を得たボルチモア

2000年代、まだ弱かったボルチモアは、常にドラフトの上位指名権をもっていた。だが、2005年と2006年のドラフト豊作年、何の成果を得ていないことでわかるように、必ずしもドラフトの上手いチームだったとはいえない。
だがそれでも、この10年のうちにマーケイキスウィータースマチャドと、攻守に優れた野手をドラフトで獲得できたことで、近年のこのチームにはじめて「選手層の骨格」と呼べるものが形成された。
こうした「打てて守備もできる野手の連続的な獲得」は、かつてエラーだらけのザル守備で有名で、打撃にしか取り柄のない大雑把なチームを大きく変貌させた。
ただ、このチームにアダム・ジョーンズがいるといないとでは、全く意味が違ってくる。もちろん、2011年夏に思い切って上原を放出して、クリス・デービスを獲得したことも大きいとしても、それよりなにより、シアトルが育てきれなかったアダム・ジョーンズを獲得したトレードは、ボルチモアの「未来」を一変させる重要な出来事だった。エリック・ベダードのトレードがボルチモアの一方的な勝ちであることは、いうまでもない。

2003 全体7位でニック・マーケイキス指名
2004 全体8位指名でRHP指名。モノにならず
2005 全体13位でC、全体48位でLHP指名 いずれもモノにならず (2巡目全体61位でノーラン・ライモールド指名)
2006 全体9位で3B、全体32位でRHP指名。いずれもモノにならず (3巡目全体85位でザック・ブリットン指名)
2007 全体5位でマット・ウィータース指名
2008 全体4位でブライアン・マットゥース指名
     (同年2月トレードでアダム・ジョーンズ、クリス・ティルマンをSEAからトレードで獲得)
2009 全体5位でRHP指名
2010 全体3位でマニー・マチャド指名



最低限の主力をキープしたタンパベイ

タンパベイも必ずしもドラフトが上手いとはいえない。
だが、それでも、2006年のロンゴリア、2007年のプライスの獲得があまりに存在として大きいために、それだけで十分な成果だったとさえいえる。
特に、投手におけるドラフト豊作年だった2006年に、クレイトン・カーショーやティム・リンスカムでなく、あえて野手のロンゴリアに白羽の矢を立てたのは慧眼だった。
2003 全体1位でデルモン・ヤング指名
2004 全体4位でジェフ・ニーマン指名
2005 全体8位でRHP指名。モノにならず
2006 全体3位でエヴァン・ロンゴリア指名
2007 全体1位でデビッド・プライス指名
2008 全体1位でSS指名
2009 全体30位で2B指名
2010 全体17位でRF、全体31位でC、全体42位でRF指名



1位指名選手をトレードの駒にするデトロイト

ドラフトで獲得した生え抜き選手を育て上げるのが上手いボストンのようなチームと違って、デトロイトでは、2004年のバーランダー、2007年のポーセロを除いて、ドラフト1位指名選手を惜しげもなくトレード要員にする手法によって、「選手層の太い骨格」を形成してきた。
ミゲル・カブレラはじめ、マックス・シャーザーダグ・フィスターオースティン・ジャクソンのような選手はすべてドラフト1位指名選手を放出して成立させたトレードによる獲得だ。特に、ミゲル・カブレラ獲得は、ドラフト豊作年である2005年、2006年のドラフト1位指名選手を思い切って同時に放出することで実現させた。
ドラフトで「他チームにとって魅力的な選手」を1位指名していなければ、こうしたトレード戦略はとれないわけで、デトロイトはある種のドラフト巧者だといえる。

かつての「生え抜きのカーティス・グランダーソン放出」という事件も、当時いろいろ議論があったわけだが、長い歳月を隔てて眺めてみると、長い目でみてデトロイトが「生え抜きにそれほどこだわらない体質のチーム」なのだとわかると、それはそれで自然な成り行きだったのかもしれないと思えてくる。

2003 全体1位でRHP指名 モノにならず
2004 全体2位でジャスティン・バーランダー指名
2005 全体10位でOF指名
     (=ミゲル・カブレラ獲得の際のトレード要員)
2006 全体6位でLHP指名
     (=ミゲル・カブレラ獲得の際のトレード要員)
2007 全体27位でリック・ポーセロ指名
     全体60位でRHP指名
2008 全体21位でRHP指名
     (5巡目全体163位でアレックス・アビラ指名)
2009 全体9位でRHPジェイコブ・ターナー指名
(同年12月、三角トレードでグランダーソンを放出し、マックス・シャーザーオースティン・ジャクソンを獲得)
2010 全体44位で3B、全体48位でRHP指名(=ダグ・フィスター獲得のトレード要員)2巡目全体68位でドリュー・スマイリー指名


damejima at 18:19

September 19, 2013

前から思ってたんだけど、ニューヨーク・ポストのKen Davidoffって、好きなライターなんだよな(笑)だって、面白いんだもん、この人。いつも「的はずれ」なのに、いつも自信満々だからさ(笑)
Yankees’ woes stem from a wrong winter | New York Post


この御大層な記事の主旨はですね、「2012年冬にヤンキースが次のシーズンのためにやったことで、最も大きなミステイクは何?」って話。まぁ、ブリーチャー・リポートなんかでよくある素人っぽいランキング形式の記事なわけなんだけど(笑)、ケン・ダビドフは以下の4点を挙げてる。

1)ラッセル・マーティンと再契約しなかったこと
2)イチローと再契約したこと
3)ケビン・ユーキリスと契約したこと
4)ジーターの健康問題について備えを怠ったこと

なら、さ。
なにもこんな長ったらしい記事クドクドと書かなくたってさ、「GMキャッシュマンが悪い」って、ひとこと書いとけば済む話じゃん?(笑)だって、全部キャッシュマンが責任もつべきことばっかりなわけだからさ。
外野手をあり余るほど獲得しちまって、レギュラー外野手が5人もいて、誰も彼も休ませながら使わなくちゃいけなくなって、誰も彼もバッティングが「冷えていく」一方で、内野手も、ブルペンも、キャッチャーも、いつまでたっても「マトモ」にならなかったのは、いったい誰のせいか、ちっとはアタマ使って記事書けよと。


まぁ、それはともかくとして、ダビドフがイチローとの再契約が間違いだったと主張するにおいて、彼が何を証拠というか、根拠に挙げてるかというとね、たったこれだけなんだな(笑)
His on-base percentage is now down to .297, the worst of his career.

この人、バーノン・ウェルズの出塁率には触れないで、「ジラルディに打撃成績を冷やされた」イチローのスタッツだけを槍玉に挙げようっていうんだから、こズルいねぇ(笑)でも、すぐに手の内がバレるような、程度の低い記事書いてるから、ケン・ダビドフが、いつ、なに書こうと、いつも笑って見てられるわけだけどね(笑)


ジラルディがやってる「選手のとっかえひっかえ起用」、まぁ、サッカーなんかでいう「ターンオーバー制」みたいな選手起用だけど、こうしたおかしな選手起用の被害が、イチローのバッティングに酷い「悪影響」を及ぼしたことは、もう書いた。
Damejima's HARDBALL:2013年9月9日、イチローのバッティングを常に「冷やし」続けてきたジョー・ジラルディの不合理な起用ぶりを、この際だから図に起こしてみた。

で、その「悪影響」はなにも、イチローだけに留まるわけじゃない。
以下に、2013ヤンキースで、ジラルディの「ターンオーバー制」的選手起用で使われている選手たちを中心に、主な野手の「打率」と「出塁率」を挙げておくから、見ておくとといい。今のヤンキースのバッティングの「冷え方」がひとめでわかるから。
(2013シーズン9月17日までのデータ 2013 New York Yankees Batting, Pitching, & Fielding Statistics - Baseball-Reference.com

数字でみれば、ヤンキースでいい出塁率残しているのなんて、ロビンソン・カノーくらいしかいないことは、マトモなライターなら理解できるはず(笑)特定選手の出塁率なんかあげつらう程度の記事なんか書いたところで、そんなの、なん意味も、価値もない。


出塁率(2013シーズン)
--------------------
Wells .287
Stewart .296
Hafner .296
Ichiro .297(=ジラルディの愚策の結果の数字)
Overbay .299
Soliano .300
Reynolds .301
Nunez .301
Jeter .308
A Rod .316 (Last 7 days)
Granderson .320
Gardner .344
A Rod .362 (2013)
Cano .390

最近の打率
--------------------
レイノルズ
28 days .342
14 days .281
7 days .188
Mark Reynolds 2013 Batting Splits - Baseball-Reference.com

ウェルズ
28days .200
14days .200
7days .091
Vernon Wells 2013 Batting Splits - Baseball-Reference.com

オーバーベイ
28days .188
14days .167
7days .077
Lyle Overbay 2013 Batting Splits - Baseball-Reference.com

イチロー
28days .194
14days .194
7days .133
Ichiro Suzuki 2013 Batting Splits - Baseball-Reference.com

グランダーソン
28days .212
14days .178
7days .211
Curtis Granderson 2013 Batting Splits - Baseball-Reference.com

ヌニェス
28days .278
14days .222
7days .111
Eduardo Nunez 2013 Batting Splits - Baseball-Reference.com


昔からイチロー嫌いなケン・ダビドフは、どうしてもイチローをあげつらいたくてたまらないのはわかるんだけどさぁ(笑)、出塁率が3割を大きく越えてる野手自体なんて、2013ヤンキースには「ほとんどいない」わけでね。それどころか、打率が2割越えたか超えないか程度の野手が打線にズラっと並んでるのが、今のヤンキースなわけ。
キャッシュマンのチーム操縦の下手さと、ジラルディの選手起用の下手さのせいで、野手のバッティングが、カノー以外、誰も彼も「下降線」だってことくらい、エクセル使って、小綺麗にグラフなんかにまとめなくてもわかるでしょ(笑)
左投手に強いイチローを左投手の日に全部休ませてる責任は、イチロー自身には無いよ、そりゃ。当たり前でしょうが(笑)

ブログ主なら、「2013年ヤンキースの失敗を10個挙げる記事」を書くとしたら、必ず、「好調だったイチローを、意味もなく干したこと」と、「ジラルディの選手起用」は必ず入れるよ。マジに(笑)


ほんとの原因をきちんと「えぐりだせない」から、いつまでたっても弱点が直らない。勝てない。それが、今のヤンキース。まぁ、ケン・ダビドフ程度の知見じゃ、無理だろうけどね。まったく浅はかな記事を書くもんだよ。

damejima at 09:43

September 10, 2013

今シーズンのヤンキース監督ジョー・ジラルディイチロー起用については、多々、言いたいことがある。

とりわけ、今シーズン、イチローのバッティングが好調であっても不規則、不連続な起用を止めず、さらには、起用するにしても、今シーズンの夏までに限っていえば左投手よりも打率が低かった右投手先発ゲームばかり起用し続け、結果として、バッティングを(さらに、ときに守備の勘さえも)「冷やし」続けてきたことについて、不快感を隠そうとは思わない。
例:Yankees hottest hitter, Ichiro Suzuki, pulled from game by Joe Girardi in double switch  - NY Daily News
「イチローがあまりにも絶不調だから先発を外されている」とか、「ジーターやAロッドが戦列に復帰したから、イチローをより打率の高い左投手先発ゲームをメインに起用する」というふうな、十分に合理的な「イチローを起用しない理由」「起用を減らす合理性」があるならば、こんなめんどくさい図を作ってまでして、文句をつけようとは思わないが、ジラルディの選手起用には合理性が欠けている。だから文句をつけるのが当然だ。
(ジラルディが「野手のバッティングを冷やした」のは、なにもイチローだけではなく、イチローと同じように、起用されたり、されなかったり、行き当たりばったりに起用され続けている他の打者でも、同じような事態は起きている)

大いに不満な今シーズンのイチローの起用ぶりを記録として残しておくため、まずは以下の図を用意してみた。長大な図だから、そのまま見るのではなく、まずはクリックして別窓にファイルを開き、さらに図をクリックして拡大して、「原寸大」で見ることをすすめる。


わざわざこんな図を作ったのは、ひとつには、後世の人に「2013年にイチローのバッティングは衰えた」などと、わけのわからない誤解をしてもらいたくないからだ。
マルチヒットで調子を上げかけるたびに、毎試合スタメンで使われるようになるどころか、むしろ先発から外され、マイナス30度の冷蔵庫で冷やされるような馬鹿馬鹿しい、不合理な起用ぶりで、ホットなバッティングが維持継続できるわけがない。

また、これも後世の誤解を避ける意味で、「2013年8月以降のイチローは、右投手をまるっきり打ててないわけではない」こともハッキリさせておきたい。
図からわかるように、イチローは、右投手先発ゲームにばかり起用され、バッティングを「冷やされ」だした「8月9日以降から9月8日まで」の1か月間において、右投手先発ゲームで出場した試合数の約3分の1にあたる「6試合」でマルチヒットを記録しているからだ。

つまりは、こういうことだ。
2013シーズンのある時期、イチローが右投手を打ちあぐねた時期があったのは確かであるにしても、他方で、左投手からかなりのヒット数を効率よく稼いだことによって、トータルには打率を2割8分台に乗せ、さらに上昇させつつあった。(そしてシーズン当初、チームは地区首位を走った)
にもかかわらず、ジラルディは、2013年シーズン終盤に突如としてイチローを、打率の高い「左投手先発ゲーム」ではなく、むしろ、より打率の低い「右投手先発ゲーム」でのみ起用する、不合理きわまりない起用法をイチローに押し付けだして、そのことは結果的にイチローのバッティングを「冷やし」た。
しかも、当初は、左投手先発ゲームのゲーム終盤の代打や守備要員としてゲームに出ていたが、やがてベンチに座ったままゲームが終わることが目立ちだした。
その結果、イチローのプレータイムは、「得意な左投手ゲームでの完全な欠場」と「苦手な右投手ゲームでのスタメン」が交互に繰り返される異常な状態にあり、しかも、「出場するたびに、異なる打順を打たされる」ような、データ上の合理性がまったく欠如し、かつ、プレーヤーに過度のストレスのたまる状態に直面させられだした。
イチローが8月初旬以降の1か月の右投手先発ゲームで記録した「6回」のマルチヒットは、そんな「わけのわからない起用」のさなかに記録されたものなのだから、むしろ、たいしたものだといえる。


基本的に言いたいことのひとつは、「イチローの出場ゲーム」を表す図の右半分において、「赤色部分(=マルチヒットのゲーム)と、青色部分(=イチローが先発起用されてないゲーム)とが、常に交錯して存在していること」によってハッキリ示されている。
これは、イチローにマルチヒットが続きだしたとき、あるいは、その直後、必ずといっていいほどジラルディはイチローを先発から外していることを意味している。

具体的にいえば、例えば「7月28日」にイチローは「左投手先発ゲーム」で4安打している。にもかかわらず、ジラルディは、その直後の「左投手先発4ゲームを含む8ゲーム」において、半分の4ゲームでイチローを先発させず、左投手先発ゲーム4試合のうち、3試合を先発させていないのだから、この監督の起用は意味がわからない。バッティングが「冷えて」当然である。
同様に、「8月9日」に3安打、「8月18日・20日」には2日続けて2安打しているにもかかわらず、数試合で先発から外されている。また「8月30日」には逆転2ランを打ったにもかかわらず、直後に左投手先発ゲームが3試合続くと、ジラルディはイチローを先発から外し続けた。

図から、7月末以降にイチローが、今シーズン得意としている左投手先発ゲームで、ほとんど起用されていないこと、さらには、たとえ左投手相手にマルチヒットを打ったとしても先発起用が続かないことは、図の最も右側に記した「」というマークと、イチローの打撃成績を対比させてもらえばわかるはずだ。
8月以降にイチローが左投手のときに先発することもあったように思う人がいるかもしれないが、それは「9月8日」がそうであるように、ジーターが怪我で休んだとか、何か理由があってのことで、ジラルディは左投手先発の日は基本的にはイチローをスターターから外している。


また、この図から、言いたいこと、言えることは、単に「左投手先発ゲームでもイチローを使え」などというような、単純なことばかりではない。

例えば、あまり言及している人がいないことだが、7月にヤンキースと対戦したチームは、大半のゲームで右投手を先発させている。(左投手より右投手のほうが得意なロビンソン・カノーは、7月に多かった右投手との対戦で5月6月の不調な感覚を乗り越えるきっかけを掴んだ)
だが、7月末以降にヤンキースがアルフォンソ・ソリアーノやマーク・レイノルズといった右打者を補強し、右打者ジーターが復帰して、ヤンキースの打線が変化すると、さっそくヤンキースの対戦チームは左投手を先発させるゲームをかなり増やしてきた。

夏に左投手先発ゲームが増えたことで、それまで左投手に高い打率を残していたイチローの起用が8月以降増えたのか、というと、実際には、図を見てもらうとわかるとおり、逆に減少して、右投手先発ゲームでばかり使っているのだから、まったく頭にくる。

例えば、移籍当初、驚異的な打撃成績を残した右打者アルフォンソ・ソリアーノだが、彼がヤンキースに移籍してきたときには、ヤンキースが右投手とばかり対戦していた時期(=7月)を過ぎていた。そのためソリアーノは移籍当初から彼の得意な左投手との対戦も多く、それで高い打撃成績を維持できた。
というのは、ソリアーノは、2013年でも、キャリア通算でみても同じなのだが、「左投手のほうがはるかに得意な、典型的な右バッター」だからだ。
Alfonso Soriano Career Batting Splits - Baseball-Reference.com
ナ・リーグにいたソリアーノのことをよくわからないア・リーグのチームは、おそらく当初は彼の得意不得意がわからず、面食らって打たれもしただろうが、それは「ソリアーノに対する単なるデータ不足」であり、その後ソリアーノの打撃がパタリと止まったことでわかるように、ヤンキースの右打者獲得の効果なんてものが永続するわけではない。

そして、チームがたとえ右打者を増やしたからといって、いわゆるジグザグ打線を組めばいいかというと、そうではないことは、各打者のデータなどから明らかだ。

この図から言えることについては、これからも必要に応じて記事にしていく予定。

2013ジョー・ジラルディによるイチロー起用ゲームリスト
© damejima

凡例 legends
図のもっとも右側に「」とあるのは、「相手チームの先発が右投手だったゲーム」を意味する。この記号は、7月以降について、つけてある。全ゲームつけると良いのはわかっているが、これを調べて図示する作業が、もう、考えられないほどめんどくさい(苦笑)
図の凡例


damejima at 10:02

September 08, 2013

東京開催を示すIOCロゲ会長

IOC ロゲ会長は、2020年夏季五輪が東京に決まったことについて、投票直前に行われ、東京開催を決定づけたといわれる安倍首相のスピーチを念頭に置きつつ、「オリンピックの価値を高め、同時に、次世代にスポーツの意義を伝えるためのイベントとして、よく計画され安全なオリンピックを開催する。そういう“明日を見つける” 招待だった」と語ったが、この発言の「オリンピック」という部分を「野球」に置き換えて読むと、なかなか面白い。


例えば今のヤンキースだが、一部メディアや関係者は、あいもかわらずヤンキースが勝つことこそMLB全体の至上命令であるとか思っているかもしれないが、もし「今の」ヤンキースが勝つことが「野球の価値を高め、同時に、次の世代に野球の意義を伝え、広める」ことだと思っているとしたら、それは単なる見識の無さ、もしくは、思い上がりに過ぎない。

たとえば、エリック・クラプトンを素晴らしいブルース・ミュージシャンのひとりだと考えることは別に構わない。だが、クラプトンがブルースの全て、などと考えるのは、明らかに間違っている。同じように、ヤンキースは確かに素晴らしい野球チームのひとつではある。だが、ベースボールの全て、ではない。


「今のままのヤンキース」が勝ち続けてポストシーズンに進出したとしても、次世代の野球、そして次世代のヤンキースに、何も残りはしない。

野球というスポーツは、新しい時代を迎えようとしている。パワーとともに、分析力に裏付けられた集中力を攻守に兼ね備えたチームが躍進を遂げつつある。
野球はもはや、カネとステロイドにモノをいわせれば勝てる「マネーゲーム」ではないし、かといって、OPSのようなデタラメ指標を作った数字オタクが支配する「数字ゲーム」でもない。

ひるがえって、2013年ヤンキース野球は、インテリジェンスの裏付けを欠いた古い野球だ。その戦略的な粗さ、計画性の無さ、場当たり的な選手獲得、状況分析力の無さ、守備の軽視、無駄に使われ続ける予算執行のだらしなさ、PEDに関する態度の曖昧さ。むしろ、ヤンキースがそれら全てを改めることこそ、「野球の価値を高め、次の世代に野球の意義や面白さを伝える」ことになる。


ヤンキースは、自らが次世代に向けて生まれ変わるべきターニングポイントに来ていることを、もっと自覚すべきだ。それをきちんと考えるなら、いまジョー・ジラルディがやっているような野球は、From-Hand-To-Mouth-Baseballであり、こんな「毎日毎日、場当たり的なこと」ばかりやっているヤンキースが、次世代ヤンキースが育つ契機になるわけがない。

damejima at 11:12

August 09, 2013

前の記事で書いたことだが、ヤンキースというチームがこの30年間にやってきたことは、つまりこういうことだ。
Damejima's HARDBALL:2013年8月5日、「生え抜きの成長、黄金期、ステロイド、そして衰退」 正しいヤンキース30年史。

低迷し続けた80年代が過ぎ、ヤンキースは90年代中頃、ようやく若い選手を育てる手法に転じることにした。勝率はみるみる上昇。90年代末には黄金期を迎えた。だが、2003年以降になると、チームはステロイド系スラッガーを抱えこみながら、ゆるゆると下降し続け、やがて「次の時代をどうするか」難しい選択を迫られた。

アレックス・ロドリゲスのステロイド問題は、直近のヤンキース30年史という「ちょっと高い位置」から眺めると、バーニー・ウイリアムスの全盛期が終わるのと並行して90年代末の「黄金期」が終了したあとも、ヤンキースは、まるで医師が重篤な状態にある患者に対して延命措置を施すかのように、ひたすら黄金期を「延命」し続けようと、もがき続けてきた中で生まれてきた問題だ。
かつて若手だったリベラがいまや引退を目前にしているわけだが、ヤンキースは「リベラ、ジーターの次の世代をどう開拓するのか」という長年の課題に明確な手を打てないまま、ゆっくりと下り坂を下っていく。これは、いってしまえば、社会の高齢化に明確な手を打たないまま高齢化社会時代を迎えてしまった日本の年金制度のような話だ。


バイオジェネシス事件には、アレックス・ロドリゲスの弟分で、かつてヤンキースに2005年から2009年まで在籍し、期待の若手のひとりと言われ続けて結局芽が出なかった、かつてのセンター、メルキー・カブレラも深くからんでいる。

これはなにも「一部選手のステロイド使用を、ヤンキースがチームとして公認していた」とか、「黙認していた」とかいう意味で言うのでは全くないと明確に断っておいてから言うのだが、もしファンやメディアも含めた意味の「ニューヨーク・ヤンキース」が「アレックス・ロドリゲスがやってきたような何か」をこれまで一切認めてこなかったなら、そもそも2000年代中期の「下降を続けていくヤンキース」自体が存在せず、むしろ、2000年代前半のどこかでヤンキースは一度バッタリと停止して、もっと違う道(例えば新しいチームづくりへの道)を歩んでいたかもしれない。

だから、ヤンキースにとって、いま起きている「アレックス・ロドリゲス問題」をどう処理するか、という問題は、実は意味的には、単なる「スポーツ選手のドーピングについての道徳的な善悪判断」なのではなくて、むしろある種の「清算」といったほうがいい部分がある。
たとえば長く愛し合ってきた男女が関係を「清算」するとする。その行為は、法律や道徳からみた善悪の判断には必ずしも沿わない。当事者は、いいことも悪いこともひっくるめて色々と脳裏に思い出しながら、「これでひとつの時代が終わるんだな・・・・」と感傷にとらわれながら、どこにあるのかわからない終着駅をアテもなく探しながら、右往左往することになる。
外から、「あなたがたはもう、長い時間を清算するときだ」と冷静に言い放たれたとしても、酔っ払いが長居しすぎた店で飲み代を払ってタクシーで家に帰るように、簡単にはいかないのである。


珍しくこんなことを考えたのも、この記事を読んだからだ。
The Greedy Pinstripes: It Is Time To Sell: Brett Gardner

この記事の内容については触れてもしょうがない。記事の意味、記事の価値は、自分で読んで、自分で判断してもらいたい。
読む人それぞれが、それぞれの立場から読むしかない。どんな思い入れをもってゲームを眺めているかは、人によってまるっきり異なる。


ひとことだけ言うと、
この記事の書き出しは、とてもいい。

Writing this article really hurts me as a fan of not only the Yankees but of Brett Gardner as well.
この記事を書くことは、ヤンキースファンであるだけでなく、ブレット・ガードナー・ファンでもある自分自身をひどく傷つけることになった。

ヤンキースという「構造材の耐用年限が到来した、古いビルディング」には、遅かれ早かれ、再建の必要なときが来る。

ブレット・ガードナーは、ヴェテランの多いヤンキースにしては唯一の若いスタメンといえる選手だ。
その彼に、「近未来のヤンキースにおいて、どういう役割を期待するのか」を考えること、そして「未来の彼に、何が期待できるのか」を判断し、想定しておくことは、「先発ローテーションをどう再建するのか」という最も重要な課題に次いで、「これからのヤンキース」を考える上の不可欠な要検討事項であるのは確かだ。
だが、たいていの人は漫然としかモノを考えない。若い頃のジーターの打撃成績やキャプテンシーと、今のガードナーとでは、あらゆる点で比べものにならない「差」があることすら考慮しないまま、「そりゃ、これから若手を使う時代になったら、生え抜きの中では唯一スタメン張ってるガードナーがリーダーになるにきまってるだろ?」などと、型にはまった紋切型の意見しか持たない。そして、型にはまった思考がこのチームを硬直化させてきたことに疑問すら持たないくせに、昔からのヤンキースファンを自称したがる。

人をいなす能力にだけは長けているニューヨークのメディアだが、彼らにしても、バーニー・ウイリアムスの引退以降、これまで有り余るほど長い時間があったにもかかわらず、ヤンキースがここまで老朽化するまで、この問題についてのきちんとした議論の場を用意してこなかった。


だが、この記事を書いたDaniel Burchは、違う。

たぶん彼は、この問題、つまり「これからヤンキースはどう再生すべきか」について、嫌になるほど考え抜いてみたのだろう。そして、考える上で、あらゆる前提条件を一度とっぱらって考えてみたはずだ。
結果、彼は「自分でも考えもしなかった、ある地点」にまで、うっかりたどりついてしまう。それは、「ガードナーは放出すべき」という「自分でも思ってみなかった結論」だ。
それは、彼自身が記事の冒頭でいっているように、「ヤンキースファンであると同時に、ガードナーファンでもある自分自身を酷く傷つける」結果になった。

でも、彼は勇気をふりしぼって書いた。
It Is Time To Sell: Brett Gardner
ブレット・ガードナーは、今こそ売り時だ」と。


この記事の主張の中身が的を得ているか、そうでないかは、この際判断しない。そんなどうでもいいことより、この「書きづらい記事」をいまのタイミングで書くことの「辛さをともなった、真摯さ」に敬意を表して、Daniel BurchGreedy Pinstripesに、心からの敬意をこめた拍手を贈りたいと思う。

例えばイチローにしても、ヤンキース移籍を前にして考え抜いた結果、「自分は『これからのシアトル・マリナーズ』に必要ない」と自分自身について結論づけた行為も、やはり彼自身を傷つけたことだろう。
ヤンキースとの再契約を選んだ2年契約については、ブログ主には賛成しかねる部分もあるにはあるが、それを外野から声高に言うより前に、決めづらいことを決める一瞬一瞬の決断に対して敬意を忘れないようにしなければと、この記事を読んで、あらためて考えさせられた。

いまのジョー・ジラルディにしても、言いたいことは山のようにある。だが、Daniel Burchの「真摯さ」には、とても学ばされるものがあったことだし、ジラルディ・ヤンキースのゲーム手法の稚拙さを全く批判をしないわけにもいかないのだが、なにもかもを否定するのはもう少しだけ我慢してみることにしたいと思う。

damejima at 03:22

August 06, 2013

ヤンキース、というと、すぐに「常勝」だのなんだのという単語を連想したがる奇妙な人が日米問わず多いようだ(笑)まぁ、たぶん日本でいうなら、セ・リーグ某球団ばかり見てきたか、MLBをよく知らない人たちの慣習なのだろうが、そんなもの、どうでもいい(笑)
MLBを見てきた人なら誰でもわかっている。ボストン・レッドソックスがかつてお荷物球団だった時代があるのと同様、この30年のヤンキースの歴史は、けしてこのチームがずっと常勝だったわけではなく、むしろ「他のあらゆるプロスポーツ同様に、容赦ない栄枯盛衰のリズムに従ってきた」ことを物語っている。
そんなことくらい誰でもわかりそうなものだが、歴史に目をつぶって間違った自説を信じたままでいたい人もたくさんいるようだ。そんな人間に何を言っても馬耳東風。放っておいて遠くから冷笑するに限る(笑)
New York Yankees Team History & Encyclopedia - Baseball-Reference.com

何度も書いてきたように、ヤンキースという「ビルディング」が、80年代から90年代初頭にかけての長い低迷期を90年代中期に抜け出し、ある意味の「建て替え」に成功できた根本理由は、1990年代中期に、この30年間でたった一度だけ、ヤンキースのファームが本来の「育てる」という機能を最大限に(それも奇跡的なくらいに)発揮したからだ。
だから、その後のヤンキースの繁栄は、90年代に一度だけ成功した若手育成によって組み上げられた「太い鉄骨」、つまり「構造材」の強靭さによってもたらされただけの果実なのだ。
バーニー・ウイリアムスの全盛期の終焉は、彼を中心としたヤンキース黄金期の終焉を意味していて、2003年以降の「黄金期後のヤンキース」は単に、ステロイド・ホームランを量産するバッターをカネでひたすら買い集めながら、「ビルの骨組みである『太い鉄骨』が錆び朽ちるまでの強度」によって「ビルディング全体をなんとかもたせてきた」に過ぎない。
「ヤンキースの構造材となった選手」は、具体的にはもちろんジーターやリベラなどだが、彼らが役割を終わろうとしつつある今、若い世代の「跡継ぎ」を育ててこなかったヤンキースの屋台骨が根本から揺らぐのは当然の結果であって、驚くことでもなんでもない。


1981年
80年代唯一のワールドシリーズ進出と、後の選手育成
Gene Michaelの功績

この30年間、選手以外で「最もヤンキースに貢献したといえる人物」が誰かといえば、選手を「買う」ことしが眼中になかったヤンキースのファーム・システムをたった一度だけ復活させ、ヤンキース黄金期を支える「構造材」を大量生産することに成功したGene Michaelのような人物だといっていい。近年のヤンキースのステロイド・ホームランバッターの名前を挙げられる人はいくらでもいるだろうが、そんなことはどうでもいい。
Gene Michaelは1990年ヤンキースGMになり、92年にバック・ショーウォルターを監督に据え、彼とともに若い人材を育て上げた人物だが、同時に、1981年に「ヤンキースの80年代における唯一のワールドシリーズ進出」を果たしたヤンキース監督でもある。また、黄金期のキープレーヤー、バーニー・ウイリアムスがトレードされそうになったとき、ショーウォルターとともに阻止した人物でもある。
「ヤンキース史」とか「ヤンキース年表」と自称するもののうちで、Gene Michaelの仕事の重みを軽視しているものは全て無視していいと思う。


1982年〜1993年
ポストシーズンに一度も進出できない長い低迷期

監督時代のGene Michaelによる80年代唯一のワールドシリーズ進出の後、1982年から1993年までの12シーズン、ヤンキースは一度もポストシーズンに進出していない。この間、ビリー・マーチン、ヨギ・ベラ、ルー・ピネラなど、数々の名監督がヤンキースを蘇生させようとしたが、誰も悪い流れを変えられなかった。


1992年〜1995年
ジーン・マイケル、バックショーウォルター体制の登場

誰も流れを変えられなかったヤンキースを「変える」ことに成功したのが、1990年にGMに就任したGene Michaelだ。彼はヤンキースの選手編成の手法そのものを根本的に見直して、カネで選手を買ってくるのではなく、ファームで生え抜きの若い選手をゼロから育てた。
例えば、バーニー・ウイリアムスは、1992年にヤンキースのマイナーであるColumbus Clippersのゲームに、マイナーでの経歴としては最多の「95試合」に出場している。同じくジーターも1995年にColumbus Clippersで最多の「123試合」に出場しているし、リベラがメジャーデビューしたのも同じ1995年だ。(ちなみに若い時代のリベラのトレードを思い留まったのも、このGene Michael)
Gene MichaelがGMに就任した1990年、ヤンキースのスタメンに誰ひとりとして3割を打っているバッターはおらず、先発ピッチャーは全員がERA4点台という、2013年よりずっと酷いチームだった。
だが、Gene Michaelは就任の4年後、94年には、ヤンキースを地区優勝できるチームに仕上げている。これは、それまで東西2地区制だったア・リーグが、中地区を設けて「3地区制」になったため、東地区の強豪が他地区に分散したことが寄与したのも確かだが、それよりなにより、バーニー・ウイリアムス、ジーター、ペティット、ポサダ、リベラ、カノーなど、ファーム育ちの生え抜き選手が成長したことによる。


1996年〜2002年
バーニー・ウイリアムスの全盛期とダブる、
「ヤンキース黄金期」

ヤンキースに復活をもたらしたGene Michaelとバック・ショーウォルターのコンビは1995年で退き、翌96年からはGMがBob Watson、監督がジョー・トーリという新コンビにガラリと変わる。これはせっかく収穫を迎えた麦を他人に収穫させるようなもので、よくこんなことをしたものだと思う。
後にBob Watsonは、1997年にワールドシリーズ連続出場を逃した責任をとらされて1998年2月退任しているが、今にして思えば、あまりにもハードルが高すぎる。もしその条件を、Bob Watsonの後任として1998年2月にヤンキースGMに就任したブライアン・キャッシュマンにあてはめるなら、彼はもう何回も辞任していなくてはならない。しかし、彼は一度も辞めてない。

言うまでもないことだが、「キャッシュマン、トーリ体制」は、「ジーン・マイケル、バック・ショーウォルター体制」が生産した「ヤンキースというビルディングの骨組み」をそのまま受け継いだに過ぎない。
それは、ボストン・レッドソックスで1994年から2002年までGMだったダン・デュケット(現ボルチモア・オリオールズ編成責任者)が集めた人材を、後任GMであるテオ・エプスタイン(現カブスGM)が踏襲しただけなのに、あたかも2000年代のボストンの強さがエプスタインの手腕の成果ででもあるかのように誤解され続けてきたのと、まったく変わらない間違いだ。


2003年〜
ステロイド・ヤンキース

MLBでは、地区最下位になるような弱小球団は、翌シーズンのドラフトで才能あるドラフト上位選手の指名権を得ることでチーム再建への一歩を踏み出すことができる仕組みになっている。若い選手はサラリーが安いわけだから、こうしたドラフトによる再建方法は、育成に時間がかかりはするものの、コスト面では安上がりで済む。
だが、90年代末ヤンキースのように、毎年のように優勝する状態が続くと、ドラフトによる有望新人の指名権獲得は期待できなくなっていき、同時に、選手獲得コストがうなぎ登りに上昇していくことになる。そうなると、自軍の若い有望選手をキープしたまま選手レベルを維持しようとすると、他チームから高額なサラリーのFA選手を買うか、ドラフト外でラテンアメリカやアジアから選手をかき集めるくらいしか方法がなくなる。
実際、2000年代中期ヤンキースのスタメンには、2004年入団のAロッドはじめ、メルキー・カブレラ、シェフィールド、ジオンビーなどなど、ステロイド系スラッガーが多く名前を並べている。その背景には、ヤンキースが「ジーン・マイケル、バック・ショーウォルター体制」で作ったせっかくの若手育成機能をみずから放棄し、再び1980年代のような「カネで選手を買い集めるシステム」に戻ってしまい、なおかつ悪いことに、そこに「ステロイドの蔓延」も加わってしまった、ということがある。
いま多くの人がイメージする「ホームランの多い常勝ヤンキース」とは、2000年代に作られた人工的な「偶像」でしかない。

2006年にヤンキースが、1997年から28年間も傘下に置いてきたAAAのColumbus Clippersを手放してしまったのだが、その背景には、ヤンキースが「若い選手を育てる」のを止め、「FA選手を買う」という選手編成方針の転換があった。

例えばNeil Allenは、2003年、2004年、2006年にColumbus Clippersの投手コーチをつとめているように、長くヤンキースのさまざまなマイナーチームで投手育成の要職をこなしてきた人だが、彼は、ヤンキースが2006年にColumbus Clippersを手放すと、ついにヤンキースを離れてしまい、翌2007年からはタンパベイ・レイズのマイナーであるDurham Bullsの投手コーチに就任して、とうとう長年続いてきたヤンキースとの絆を断つことになった。
これは、ヤンキースのファームシステムが再び80年代のような弱体化傾向にあることを示す事例のひとつであり、マイナーのコーチ流出はヤンキースの若い選手の才能がなかなか開花しない原因のひとつにもなっていると思われる。


2012年〜
ノン・ステロイド・ヤンキース

2000年代中期に「若い選手を育てる」路線を自ら捨て、「FA選手を買う」路線に戻ってしまったヤンキースだが、買ってきた高額サラリーの選手たちの度重なる怪我、ステロイドによる出場停止、贅沢税問題など、さまざまなトラブルを抱えていて、その結果、予算はとてつもなく「硬直化」している。つまり、足りない選手を補強しようにも、自由に予算を使うことができないのである。
そして、おまけに悪いことに、予算の自由度がまるで無い中で、GMブライアン・キャッシュマンは、内野手やピッチャーのような「絶対的に不足しているポジション」の選手ではなく、外野手のような「既にダブついているポジションの選手」ばかり買ってくるのだから、まったくもって始末が悪い。

ステロイドのせいもあって、ホームランを量産する選手への風当たりは、いうまでもなく、きつくなり続けている。
最近のアンチ・ドーピングの流れを受けて、MLBでも大規模かつ執拗なドーピング検査が行われるようになったこともあるし、また、近年のデータ活用の発達で、打者の傾向が簡単にスカウティングされるようになってきたこともある。ヤンキースに限らずだが、ホームランを量産するスラッガーや主力先発投手など、長期高額契約選手のプレーに対するマークは、年々きつくなっていくばかりだ。
言うまでもないことだが、これまでステロイドを使って長打を量産してこれた選手が、近年の規制強化でステロイドが使えなくなったことで成績がガタ落ちした、ということもあるだろう。おおっぴらにならないだけだ。

こうした中、ジーター、リベラといった長年ヤンキースの骨組みとなってきた「構造材」には耐用年数の限界が見えてきている。

2012年は、Aロッド、グランダーソンなど高額サラリーの主軸打者の長期のスランプ、主力投手サバシアのストレートの球威低下、Aロッドのステロイド問題、あらゆる問題が表面化しかけたが、それでもヤンキースは、イバニェスイチローカノーなど、一部選手の頑張りによって、かろうじて地区首位を拾った。
だが、翌2013年は、前のシーズン終盤で活躍をみせたイバニェスと再契約せず、またイチローを重用しないという、ピント外れのままのスタートとなり、さらに重い怪我でDL入りする主力選手が続出。また、補強ポイントを間違ったピント外れの選手補強が連綿と続くことで、2013年ヤンキースは結果的に「内野手は常に不足し、逆に、外野手は常にあり余っている状態」、「打力は足りないので補強が必要だが、かといって、投手力も補強されない、投打が両方壊滅する状態」、「補強した野手のポジションがあまりにもかぶり過ぎていて、どれだけ野手を補強しても同時には出場させられない」などという、アンバランスな状態になった。

せっかく好調期を迎える野手が出てきたとしても、好調期→起用法の変更→調子落ち→好調期→起用法の変更→調子落ち、という「ムダな繰り返し」の連続では、チームの得点力なんてものが安定するわけはない。
こうした「的確でない選手獲得を原因とする、度重なる起用法の変更」と「ジラルディの不安定な選手起用」は、2013ヤンキースにおけるひとつの「連続したワンセットの自己崩壊現象」であり、ヤンキース野手陣を常に不安定な状態におとしめる大きな原因のひとつになっている。
ベテランの多いチームにとって「意味のわからない不安定さ」はプラス要因にはならない。ヤンキースが2013年にやっている頻繁な起用法変更は、ベテランの競争意識を煽って成績を向上させるような代物では、さらさらない。

2014年〜
不透明なヤンキース

怪我をしてゲームに出られない主力選手、ピークを過ぎた選手と結んだ5年を超えるような長期契約に多くの予算が裂かれているバランスを欠いた予算配分により、来年以降もヤンキースのチーム予算の硬直化は避けられない。今後ヤンキースがとるべき対策が、どの程度の「深さ」なのか、誰もまだ測定していない。

damejima at 01:29

July 30, 2013

タンパベイ投手陣のメジャーデビューは、大半が2011年に集中している。このことはタンパベイ・レイズが生え抜きの若い投手たちの才能を、意図的かつ集中的に開花させ続けてきたことを示している。
2011新人王ジェレミー・ヘリクソンマット・ムーアアレックス・コブジェイク・マギー。すべて2005年以降の数シーズンのドラフトで獲得した選手たちばかりだ。他にクリス・アーチャーアレックス・トーレスにしても、ドラフトこそ他チームだが、メジャーデビューはタンパベイなので、まぁ、タンパベイ育ちといっていい。
若い才能をいっこうに開花させることができないで安物買いばかりしているヤンキースと比べると、正直な話、2つのチームの選手育成能力には既に雲泥の差がついている。


いまのタンパベイは、デビッド・プライスの影が薄くなるほどの投手王国ぶりで地区首位を争っているわけだが、これが誰の功績なのかは、このチームに詳しくないので、よくは知らない。
投手王国ができあがる原動力は、たいていの場合、ピッチングコーチに有能な人材がいる場合が多いわけだが(あるいは投手コーチ出身の監督)、今のタンパベイのピッチングコーチは、とりあえずヒューストン・アストロズが2005年にワールドシリーズ進出したときのピッチングコーチであるJim Hickeyだ。
2005年当時のアストロズの先発3本柱は、ロイ・オズワルト、ロジャー・クレメンス、アンディ・ペティットだが、うち2人がステロイダーなだけに、「ジム・ヒッキーが投手コーチとして有能だから、ヒューストンが投手王国だった」と断言するわけにはいかない気がする。


むしろ気になるのは、タンパベイのマイナー、Durham Bullsの育成能力の高さと、そこでピッチングコーチをやっているNeil Allenの存在だ。


簡単にいってしまうと、「今のタンパベイにとってのDurham Bulls」は、「かつてのヤンキースにとってのColumbus Clippers」なのだ。

ヤンキースという「老朽化しつつあるビルディング」で、長期間にわたってチームの屋台骨を支える「構造材」になってきたのは、バーニー・ウィリアムズのほか、リベラ、ジーター、ポサダ、カノー、ペティット、王建民などの「1990年代の末から頭角を現した、当時の若い才能」なわけだが、彼らを育ててメジャーに送り出し続けたのは、2006年までヤンキースの傘下だったColumbus Clippersだ。
ジーターが最も数多くClippersのゲームに出たのは1995年の123試合だが、当時のヤンキース監督はバック・ショーウォルター。この年が彼のヤンキース監督としての最終年で、ショーウォルター時代のマイナーの若手が、「ショーウォルター後」のヤンキース黄金時代を作った。(ちなみにジョー・トーリ時代の1999年から2001年までClippers監督だったのは、元・日本ハム監督で、現ドジャースのベンチコーチ、トレイ・ヒルマンだったりする。どうりで、マッティングリーがベンチコーチに据えるわけだ)
資料:List of Columbus Clippers managers - Wikipedia, the free encyclopedia

一方、タンパベイは、マイナーであるDurham Bullsで、ゾブリスト、ロンゴリア、ジェニングス、ロバトンなどの野手、ムーア、ヘリクソン、コブ、トーレスなどの投手と、現在のタンパベイの主力となる選手の大半を自前で育て上げてきた。
つまり、いってみれば、かつてのヤンキースがColumbus Clippersの輩出した若い選手によって黄金期を形成したように、今のタンパベイは若手の登竜門であるDurham Bullsによって強化が図られているわけだ。

なぜヤンキースが1979年から2006年まで、約30年間の長きに渡って傘下に置いてきたColumbus Clippersを手放してしまったのか、理由は知らないが、「1990年代代末のColumbus Clippersにあったような育成能力」は、いまでは「Durham Bullsに、お株を奪われている」といっても過言ではない。
近年ヤンキースとタンパベイの地区順位が急速に逆転しつつある原因も、近視眼的なトレードの成功不成功などという単純な話ばかりではなくて、マイナーの育成能力の差が原因になって起こる「生え抜き選手の実力差」がそのまま「チームの実力差」になって表われてしまっている部分が大いにあると考えないわけにはいかない。
資料:New York Yankees Minor League Affiliations - Baseball-Reference.com


Durham BullsでピッチングコーチをやっているNeil Allenは、かつてヤンキース傘下だった時代のColumbus Clippersのピッチングコーチだった人で、王健民に彼のトレードマークとなったシンカーを教えたのも、この人だ。また彼は、2000年にStaten Island Yankeesのコーチ、2005年にはヤンキースのブルペン投手コーチをつとめている。
つまり、ヤンキースのマイナーの投手コーチが、今はタンパベイのマイナーの投手コーチ、というわけだが、単なる偶然とも思えない。かつてヤンキースの若い才能あるピッチャーを育てたのがNeil Allenだとすれば、彼に投手育成能力があるのはもとより、ことヤンキース投手陣に関しては「配球のクセからなにから、あらゆることを知り尽くしている」彼が、「情報源」として機能していると考えないわけにはいかない。こんな人物がライバルチームにいたんでは、ヤンキース投手陣の「手の内」がタンパベイ・レイズの内側でデータ的に丸裸にされているとしても、まったく驚かない。
資料:Chien-Ming Wang Has A Secret (cont.) - Albert Chen - SI.com


まぁ、余談はさておき、所用で見られなかった7月28日のイチローの4安打を、Durham Bulls育ちのタンパベイのピッチャーたちの配球パターンと照らし合わせながら、データで振り返ってみたい。




まず大前提として抑えておかなくてはいけないのは、「タンパベイ投手陣の持ち球と配球パターンには、ひとつの共通性がある」ことだ。
彼らの大半は、「速度と重みのあるストレート系」と「チェンジアップ(あるいはカーブ)」というコントラストのある持ち球で、アクセントの強い緩急を使ってくる
あくまで想像だが、彼らが同じ持ち球と配球パターンをもつのは、おそらくタンパベイの若い投手がDurham Bullsという「同じ場所」で育てられていることと関係があるだろう。
それはともかく、基本的にどの投手も「ストレートとチェンジアップによる緩急」を使いたがることは、タンパベイと対戦するときに必ず頭に入れておかなくてはならない基本事項だ。


イチローの4安打は、面白いことに、以下の打席データでわかる通り、まったく共通したストライクを打っている。どれもこれも全部『真ん中低めのストレート系』を打っているのである(第4打席はアウトローだが)。
データで見るかぎり、ピッチャーたちは「自分で意図してそこに投げた」というより、「ファウルでチェンジアップをカットし続けながら、自分の打ちたいストレートをジッと待つイチローに、まるで誘導されるかのように、真ん中低めのストライクを投げさせられた」というほうが正確だろう。これだから、野球は面白い。

2013/07/28 イチロー4安打第1打席(マット・ムーア)第1打席
投手:ムーア
2死2塁
イチロー第1打席で先発ムーアは、アウトコースに、1球おきに4シームとチェンジアップを投げ分けている。この球種の使い方は、「典型的なタンパベイの投手の配球パターン」だ。
2013年版のムーアの球種をみると、前年までと比べ、カーブ、チェンジアップの量が増えて、むしろストレート系が減りつつある。ムーアの「生命線」は、徐々にだが、「変化球」のほうにシフトしつつあるかもしれない。もしかすると、ムーアはチェンジアップでイチローをうちとりたいと考えていたかもしれない。

生でゲームを見ていないのが、かえすがえすも残念だが、第1打席のイチローが4球目のチェンジアップを空振りするのを見て、なぜムーアが「変化球をもう1球続けてみよう」と考えなかったか、そこが不思議だ。マイク・ソーシアならチェンジアップの後に、ボールになるインローのカーブを、たとえワンバウンドしてもいいから投げさせそうな気がする。

「2球目のチェンジアップ」がワイルドピッチになってしまったことで、
おそらくムーアは、立ち上がりの変化球のコントロールに自信がなくなったのだろう。加えて、得点圏にランナーが進んでしまったことで、ムーアのマインドに「変化球勝負への気後れ」が生じていたのは、たぶん間違いない。
「何を言ってるんだ。4球目にもチェンジアップを投げているじゃないか」という人がいるかもしれないが、それはむしろ逆で、「4球目のチェンジアップは、本来はボールにして空振り三振させるつもりだったのが、意図に反してストライクゾーンに行ってしまい、イチローに強振されて、ビビッた」と考えるほうが、辻褄が合う。
タンパベイのピッチャーの大半に「ストレートか、チェンジアップか、という球種選択をするクセ」があることを考えると、ここでは打者は「ストレート」に球種を絞ることができる。

2013/07/28 イチロー4安打第2打席(マット・ムーア)第2打席
投手:ムーア
2死ランナーなし
第1打席でアウトコースを攻めてイチローにタイムリーを浴びてしまったムーアは、第2打席ではインコース攻めに方針を変えた。
3球目がファウルで、「カウント1-2」。このカウントは、以前書いたことがあるように、イチローのカウント別打率では最も数字が悪い。
ここで4球目、ムーアはインハイに、彼の持ち球としては珍しく「スライダー」を投げている。この球の「意味」が問題だ。おそらく、3球目のスライダーをストライクにするつもりは最初からなく、一度インコースでのけぞらせておいて、次の球をアウトローにでも投げる布石と考えるのが普通だろう。
「ストレートか、チェンジアップか」というタンパベイ投手の「配球グセ」からして、5球目には、低めのストレートかチェンジアップが来るのは、ほぼ間違いない。

2013/07/28 イチロー4安打第3打席(アレックス・トーレス)第3打席
投手:トーレス(交代直後)
先頭打者
タンパベイの監督ジョー・マドンは、このイニングの頭から有能なセットアッパー、アレックス・トーレスをリリーフさせた。
彼も、ムーアやヘリクソンと持ち球はまったく変わらない。配球の基本パターンは「ストレートか、チェンジアップか」だ。トーレスはインコースを続けて、あっさりイチローの苦手な「カウント1-2」に追い込んだ。
Durham Bullsでコントロールを改善してもらったトーレスは、ここから真ん中低め、アウトロー、インロー、アウトハイと、丁寧にコーナーに投げ分けた。だが、イチローは徹底して「チェンジアップをカット」して、「ストレートの見極め」にかかっている。
タンパベイの投手の基本的な配球方針が「ストレートか、チェンジアップか」であるなら、「チェンジアップを徹底的にカットして、ストレートに絞るバッティング」は非常に的確な対応だ。やがてトーレスは投げる球のなくなってしまい、判で押したように、ムーアが既に2本のヒットを打たれている「真ん中低めのストレート」を投げてしまうことになる。

2013/07/28 イチロー4安打第4打席(ジェイク・マギー)第4打席
投手:マギー(交代直後)
先頭打者
ジョー・マドンは、またしてもイチローの打席の前にピッチャーを変えてきた。こんどの投手は、球威のあるスピードボールを投げるジェイク・マギーだ。
彼はムーアやトーレスと持ち球が少し違っていて、4シームを主体に、今シーズンからは2シームを多く混ぜるようになってきている。だが、イチロー第4打席でのマギーは、その2シームを使わず、4シームだけで押してきた。

ひとつ、よくわからないのは、イチローが第4打席で「初球のほぼ真ん中の4シーム」をあっさり見逃していることだ。
まぁ、イチローが初球を見逃すこと自体はよくある光景ではあるわけだが、この打席では最初の3球を振らず、またしてもイチローの苦手な「カウント1-2」に追い込まれている。5球目にしても、アンパイアによってはストライクコールされても不思議ではない球だが、これも振ってない。
ピッチャー側からすると、追い込んでおいてボールになるスライダーや2シームを振らせるという、よくある配球パターンを使ってもよさそうなものだが、ジェイク・マギーがそういう気分にならなかった理由はよくわからない。ヤンキースのブルペン投手は「やたらとボール球のスライダーを振らせたがる」わけだが、どうやらタンパベイのピッチャーは「あくまでストライクを積極的にとりにいくピッチング」が信条のようだ。
イチローはアウトローのストライクを、ヘッドをきかせて、ものの見事にセンターに弾き返した。


こうして4つの打席を並べてみると、ジョー・マドンとタンパベイ・バッテリーが、イチローに対して、タンパベイ投手陣の得意な緩急を使った配球、2度の投手交代、ストライクで押していくピッチングで、必死にイチローの苦手な「カウント1-2」を作り続けて、力ずくで抑え込みにかかっていたことが、よくわかる。

まぁ、ジョー・マドンもこれで、ちょっとは懲りただろう(笑)次回の対戦では少しはマイク・ソーシア風にボール球を振らせにかかってくるかもしれない。楽しみだ。

damejima at 02:00

May 30, 2013

ポール・サイモンの歌をスタジアムで聴くリベラとジーター(1999)

これは1999年4月ジョー・ディマジオ・トリビュート・デイのためにヤンキースタジアムに来たポール・サイモンが、ギター1本で『ミセス・ロビンソン』を呟くように歌いかけ、フィールドを埋め尽くした大観客を魅了する魔法のような瞬間を、「指をくわえるように」じっと見つめる「若き日のマリアーノ・リベラと、デレク・ジーター」だ。

熱心なヤンキースファンでもあるポール・サイモンがスタジアムで『ミセス・ロビンソン』を歌った1999年は、リベラとジーターを含むコア・フォーと呼ばれた若い才能の登場でヤンキースが10数年ぶりに強さを取り戻した「幸福な時代」にあたっている。


Where have you gone, Joe DiMaggio?
Our nation turns its lonely eyes to you, woo woo woo
What's that you say, Mrs. Robinson?
Joltin' Joe has left and gone away, hey hey hey
Hey hey hey


マリアーノ・リベラの初登板は、まだバック・ショーウォルターがヤンキース監督だった時代の1995年5月23日エンゼルス戦だが、当時のリベラはまだ、これといってハッキリした特色の無い、どこにでもいる若い先発候補生でしかない。彼がクローザーになったのは、監督がジョー・トーリに交代した96年の翌年、1997年だ。

ヤンキース、というと、この100年間ずっと、ホームランを大量生産し続け、ずっとポストシーズンに進出し続けて、ワールドシリーズを100回くらい勝っているかのように勘違いしたままの人も多いわけだが(笑)、このチームが「ポストシーズンの常連」の位置に返り咲いたのは、91年デビューのバーニー・ウィリアムスが本格化し、生え抜きのリベラ、ジーター、ペティット、ポサダが一斉にデビューした「1995年以降」のことで、「1982年〜1994年のヤンキース」は、10数年もの間ポストシーズンに縁がないという、まるで近年強くなる前までのまるで不甲斐ないボルチモアに似た立ち位置のチームでしかなかった。

ショーウォルターの若手育成手腕を評価する人が多いのは、90年代後期のヤンキースもそうであるように、「ショーウォルターが監督をやった時期に育てられた生え抜きの若手」がその後チームを強くした例が、ヤンキースやテキサス、ボルチモアなど、いくつもあるからであり、今のショーウォルター率いるボルチモアの強さには、「90年代中期のヤンキース復活劇」に多少似た部分がある。


クローザーとしてのリベラの初登板となったのは、アンディ・ペティット先発の1997年4月2日シアトル戦だが(アレックス・ロドリゲスにツーベースを打たれている)、16対2とヤンクスの一方的な勝ちゲームだったために、セーブはつかなかった。

その後リベラは、新米クローザーとして、6度もらったセーブ機会のうち3度も失敗している。
4月8日ビジターのアナハイム戦では、9-8と1点リードの9回裏に同点タイムリーを打たれ、その後チームは延長で敗れた。4月11日オークランド戦では、1-0と1点リードした9回表、マーク・マクガイアに同点ホームランを打たれてしまい、これも延長で負け。さらに4月15日のホームのアナハイム戦では、5-4と1点リードで迎えた9回表に逆転2点タイムリーを浴び、負け投手になってしまっている。(アナハイム8回のセットアッパーは長谷川滋利)



先日、サイモン&ガーファンクルの "America" という曲の新たな歌詞解釈にトライしたばかりだが (Damejima's HARDBALL:「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。参照)、今日のサブウェイ・シリーズ第3戦で、奇しくもポール・サイモンがヤンキースタジアムにやってきて、前ニューヨーク市長ルドルフ・ジュリアーニや、『サタデー・ナイト・ライブ』で知られる有名テレビ・プロデューサー、ローン・マイケルズと一緒にゲームを観戦していた。(観戦だけで歌は歌っていない)


東海岸生まれの若いサイモン&ガーファンクルが映画『卒業』のサウンドトラックとして "Bookend" をリリースしたのは、1968年だ。それから押しも押されぬ大スターになったポール・サイモンは、 "Bookend" から約30年もたった1999年に、ヤンキースタジアムでニューヨークを象徴するレジェンドのひとりとして、 "Mrs. Robinson" を歌った。
当時それをダグアウトで聴いていた若いリベラやジーターは、10数シーズンの活躍を経て、自分自身もニューヨークのレジェンドに加わり、さらにMLBを『卒業』して殿堂入りする日も近づいている。


ヤンキースは1995年から2000年までの6シーズンで3連覇を含んで4度ワールドシリーズに勝っているが、リベラやジーター、バーニーなどがかつて築いた「90年代後半の強いヤンキース」は、2000年代中期のステロイドまみれのヤンキースと、けしてイコールではない。

リベラやジーターは、「2000年代ドーピング・ヤンキース」を支えた選手たちよりも先にデビューして「90年代後期の黄金時代」を築いたが、彼らは「2000年代ドーピング・ヤンキース」の選手たちが副作用にありがちな故障などで引退や移籍に追い込まれていったのよりも長く選手生活を続けてきた。
今シーズンを戦っているヤンキースのダグアウトに、かつてのステロイドまみれ時代の選手たちの大半は消え失せて、影も形もないし、また、そうした選手の誰ひとりとして野球殿堂入りを果たす気配などない。
いいかえると、「2000年代のドーピング・ヤンキース」は、90年代後半にリベラやジーターが作った「ヤンキースの強さのベース」の上に、単にのっかっていただけに過ぎないのである。


今日ポール・サイモンが観た「ヤンキース」は、90年代後半以降ヤンキースを長年プッシュアップしてきたリベラ、ジーターなどがチームを去る日をカウントダウンしつつある「過渡期のヤンキース」だ。サッカーにも手を出す、なんて言い出したヤンキースが、近い将来大きく形を変えることになるのは間違いない。


5月24日の記事で「今のヤンキースは攻守のバランスで首位を保っているチーム」と書いたように、過渡期には過渡期の野球スタイルというものがある。
Damejima's HARDBALL:2013年5月24日、「ボールを振らず、かつ、ストライクだけ振れるチーム」など、どこにも「存在しない」。ボールを振るチームはストライクも振り、ボールを振らないチームは、ストライクも振らない。ただそれだけの話。
「過渡期のスタイル」は、90年代後期の「若い才能に恵まれたヤンキース」ではもちろんないし、かといって、2000年代中期の「ドーピングでパワーを人工的に増幅させたヤンキース」でもない。


とはいえ、アイデンティティのハッキリしないものを維持し続けながら次のスタイルを模索することは、けして容易な仕事ではない。

「過渡期にあるヤンキース」が、オーナー、監督、メディア、ポール・サイモン、イチロー、ジーター、リベラ、ヴェテラン、新人、ファン、ありとあらゆる立場の人それぞれにとって、「アイデンティティを非常に見つけにくい状態にある」のは間違いない。(そして、「アイデンティティが定まらない状態に全員が置かれて、もやもやしている」という状態は、「確固としたアイデンティティ同士がぶつかりあう競争社会である」ということと、意味は同じではないことは、言うまでもない)


ジョー・ジラルディはたぶん「チームのアイデンティティ」を、毎日探して、毎日作っては、毎日壊れて、そして、毎朝つくりなおしていることだろう。

ほんと、同情を禁じ得ない。

damejima at 15:31
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  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。



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