「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論

2018年11月3日、現状でいうデータとは「個人のチカラ」であり、「チームのチカラ」ではない。 〜 「チームのチカラ論」 序説
2018年10月3日、野球本来の「マルチタスク」と、マイク・ソーシア。
2017年11月14日、ヒューストン・レボリューション2017。 「四球偏重時代」の終焉。
2017年2月4日、「三振の世紀」到来か。2010年代MLBの意味するもの。
2015年4月14日、昨年のワールドシリーズ進出がフロックでなかったことを証明し、ア・リーグ中地区首位を快走するカンザスシティ・ロイヤルズの「ヒット中心主義」。
2015年2月8日、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論にむけて(3)100年もの長期でみても「四球数」は、「得点」や「出塁率」はもちろん、他のゲームファクターの増減と無縁の存在である可能性は高い。
2015年1月22日、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論に向けて (2)原論の骨子と目標、打者の「均質化」、ビヘイビアの変化
2014年12月21日、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論に向けて (1)MLB25年史からわかる「2000年代以降、特に2010年代のホームランの得点効率の質的劣化」
2014年12月4日、オークランドGMビリー・ビーンが重視する「野手の打撃能力の具体的な種類とレンジ」。打撃能力と「プラトーンシステム」との深い因果関係。
2014年11月28日、「低めのゾーン拡張」を明確に示すHardball Timesのデータによって、より補強された「ルールブックどおりのストライクゾーン化、アンパイアの判定精度向上」説。
2014年10月31日、「MLBアンパイアの若返り傾向」と、「得点減少傾向」の関係をさぐる。

November 04, 2018

この秋、最も強く意識したことは、
野球ファンにとって、「データ」といえば、「個人データ」、つまり、選手のプレーを分析したデータに過ぎず、それはゲームを決めているすべての要素ではまったくない
ということだ。



今にして思うと、なんでこんな簡単なことを今まで気づかなかったのだろう。

野球はチームスポーツなのだから、選手個人個人のプレー分析だけで、ゲーム結果が評価できるはずもない。にもかかわらず、「チームのチカラ」の判定は、評価の表面に現れてはこない
(もちろん、言うまでもないことだが、個別のチームは内部に「他チームのチカラを分析した非公開データ」をたくさん持っているはずだが、それらは色々な意味で「一般化」されてはいない)



ボストンが地区優勝監督であるジョン・ファレルをクビにして、ワールドシリーズを勝ったヒューストンからアレックス・コーラを監督に迎えたが、これはつまるところ、「チームのチカラ」を向上させるための策であり、この他に類を見ない試みは、2018年のワールドシリーズ優勝で早くも結果が出た。

今年のボストンの打撃スタイルは、ホームラン数こそ全体9位だが、ダスティン・ペドロイア不在にもかかわらず、打点、得点でMLBトップ、打率でもMLBトップ。そして三振数1253は全体5位の「少なさ」と、中身が濃い。

ボストンが、思い切りのいい監督交代で、チーム内のケミストリーとオフェンスの質を劇的に変え、「より多くのヒット、より多くのタイムリーを打っていくことで、着実に打点を稼ぐヒューストン流に転向した」ことは明らかだ。

出典:2018年10月10日、2018年MLBの「チーム三振数」概況 〜 もはや時間の問題の「1600三振」。 | Damejima's HARDBALL



真逆のケースでいえば、テキサスが強かった2010年代初頭に、短期決戦の才能が皆無なロン・ワシントンが監督としてワールドシリーズ制覇を2度も逃している例がある。このケースではテキサスは解雇どころか、ワシントンに2015年までの契約を提示して、結局チームの「プライムタイム」を無駄にした。テキサスには、ボストンのような才能、つまり、チームのチカラを見極める才能がまったくなかった。

NPBの広島が、この3年間リーグ連覇を達成しながら、一度も日本シリーズを勝てていない。これもロン・ワシントンとほぼ同じで、「短期決戦におけるチームのチカラの欠如」が原因だが、監督はクビになっていない。


この短い紙幅と足りないアタマで、「チームのチカラ」とは何か、そして、それを測定する方法論を論じきるのは無理な話だが、少なくとも言えることは、OPSにみられた打率軽視のホームラン主義はむしろ「チームのチカラ」の向上にとってマイナスであることがハッキリした、ということである。




日本シリーズ2018において広島は、非常に低打率の打者ばかりが並んでいる低調な打線において、必死になって盗塁しようとしたわけだが、そういう行為には意味がない。
なぜなら、たとえほんのわずか盗塁が成功したとしても、次の打者にタイムリーが出るような打線状態ではないからだ。


2018年のヤンキース打線にしても、「アダム・ダン的な低打率ホームランバッター」ばかり並べたわけだが、そんな「確率の低いことに命をかけるギャンブル戦略」でタイムリーが頻繁に出るわけはない。当たり前の話だ。
参考記事:2014年10月20日、やがて悲しきアダム・ダン。ポスト・ステロイド時代のホームランバッター評価の鍵は、やはり「打率」。 | Damejima's HARDBALL


レギュラーシーズンは、他チームをロクに分析しもしない、あるいは、分析できていてもそれを確実に実行する能力のある選手がいない、あるいは、分析の必要性はわかってはいるが資金が無い、そういう「チグハグなチーム」を、シーズンの半分以上のゲームで相手にする。
だから、ヤンキースのような「100年前のベーブ・ルース時代そのままの、あまりにも古くさい編成」や、ロン・ワシントンや広島のような、「選手頼み、運頼みのチーム運営」でも、なんとかなってしまう。


だが、ポストシーズンはそうはいかない。

ポストシーズンでは、相手の戦力分析くらい、どこのチームでもやる。また先発投手のレベルも上がる。
当然、(普通なら)主力打者の打撃は封じられ、お互いの打線が低調に推移することになるから、先発投手の出来や、継投タイミングなどがゲームを大きく左右する最大のポイントになる。

打線では、レギュラーシーズンで大活躍した主力打者でも、弱点ばかり突かれるポストシーズンでは絶不調に陥ることがよくある。かわりに、分析のメインの対象にならないダークホース的な選手が意外な活躍をみせることも多い。調子の最悪なレギュラー打者(例えば広島の菊池)を上位打線に残すべきか、残すとしたら、どんな仕事をさせるかもポイントのひとつになる。


こうして眺めたとき、「互いのストロングポイントを封じあう」のが当たり前のポストシーズンにおいて、ゲームを左右する「チームのチカラ」のかなりの部分が、「戦略決定者の状況判断能力」なのがわかる。(決定者は監督とは限らない)



選手個人のチカラ以外の、「チームのチカラ」に関する議論が必要なときにきていると思うし、数字で知りたいとも思うわけだが、同時に、それは簡単ではないとも思う。

たしかに、あの監督は継投が上手いとか、選手からの信頼が厚いとか、あのジェネラル・マネージャーはトレードが上手いとか、そういう「印象論」には意味がないが、では、何を対象に、どう測定して、どう語るか。それは簡単なことではない。また、セイバーメトリクスもそうであるように、数字にできたからといって、数字の根本に錯誤があれば、その数字は客観的ではない。数字にも「洗練」「見直しの繰り返し」が必要なのだ。


今の自分にできることが、例えば日本シリーズの個々の場面で、「チームのチカラ」に関する状況判断の正しさや間違いを、根拠を挙げつつ指摘することくらいしかないのは、たいへん残念だ。
誰それのポストシーズン継投成功率は何パーセントだとか、トレードへの投資がチームにもたらした貢献度が何パーセントとか、そういう「誰でも思いつく簡単なことを手始めに、「チームのチカラに関する分析」だけでなく、「チームのチカラにかかわる人間たちの能力判定」がもっと進むべきだと思う。

damejima at 20:59

October 02, 2018

MLBにおけるロスターは25人しかいない。

先発が最低5人、ブルペン7人程度、クローザー1人。野手が8人、場合によってDH。控えが、キャッチャー、内野、外野、ユーティリティと、4人程度。その25人が、「他のスポーツに類を見ない、多くのゲーム数」をこなす。

年間試合数の多さは、高額年俸をはじめとする選手の待遇の良さ、スタッフの充実、立派な専用スタジアムの維持など、スポーツとしての豪華さを維持可能にしている。また、その豪華さは、才能ある選手を世界中からMLBに集約する原動力にもなっている。

いいかえれば、プロのスポーツとしての野球は「限られた人数で多くのゲームを戦うチーム運営技術の優劣を競っている」という見方もできる。



野球に限らず、企業や自治体のような組織においても、「限られた人数、最低限の人数を前提に、組織運営の効率を上げていく」には、「プレーヤーの多くがマルチタスクであること」が非常に重要だ。専門性なんてものに高い給料を払っているばかりでは、その組織のコスト体質はいつまで立っても改善されず、少ない人数で回せるようにはならない。





もし例えば野球チームに「肘の痛くない大谷翔平が5人いる」としたら、どうだろう。
先発5人全員が「マルチタスク」になるわけだから、典型的なチーム構成にあと5人の選手を追加できることになる。別の見方をすれば、ロスターがたったの「20人」で回せる、といってもいい。

逆に、投手12人以外が、すべて「守備のほとんどできないDH」だったらどうか。
高得点が期待できると思うかもしれないが、守備時間が膨大に長くなるから、疲れきって、たぶん攻撃どころではない。
素人以下の守備しかできない集団は、大量失点を繰り返す。難しい内野ゴロは、ほとんどヒット。ダブルプレーなんて完成するわけがない。外野フライのかなりの数が長打やホームランになる。素人キャッチャーはプロの投手の球が捕れないで、変化球の多くを後逸する。盗塁はもちろん、やられ放題。
これではいつまでたってもチェンジにならない。当然ながら、投手は膨大な球数を投げさせられ、投手がすぐに足りなくなる。

これではプロではない。
というか、野球ですらない。


こうした例示でもわかるように、そもそも野球というスポーツは「マルチタスクなプレーヤーのスポーツ」として出発しているのである。


かつてエンゼルス全盛期のマイク・ソーシアは、足の速いスイッチヒッターをズラリと並べる独特の打線で地区優勝をかっさらい続けた。ソーシア流スイッチヒッター打線では、相手投手が左だろうと右だろうと、打線も守備の布陣も組み直す必要がない。

対して、最近あまりに多すぎる「左右病監督」や、オークランドに代表されるプラトーンシステムでは、相手投手によって左打者と右打者を使い分ける。そのためポジションそれぞれに2人ずつ選手を用意し、毎試合のように打線を組み直す。下位打線の選手は、続けて出場できないからどうしてもコンディショニングが難しくなる。

どちらがマルチタスクかは明らかだ。マイク・ソーシアこそ、野球本来の「マルチタスク」のオーソリティだ。


話をもう少し拡張していこう。

「HRばかり狙って、低打率で、守備のできないバッター」は、シングルタスクだ。
そうした選手を何人も打線に並べる打線は、当然三振も多くなるし、タイムリーなど期待できない。また守備のための交代要員も必要になる。

参考記事:2017年2月1日、41本ホームラン打ったクリス・カーターに再契約オファーがなかったことからわかる、「ホームランバッターは三振が多くて当たり前」という話の真っ赤な嘘。 | Damejima's HARDBALL



こういうことを書くと、必ず「2人か3人の打者が連続でヒットを打って得点することより、たった1人で得点できるホームランのほうが、はるかに『マルチタスクだ」などと、わけのわからないことを言い出す人間が必ずいることだろう(笑)

そういう根本的にアタマの悪い人間が出現する原因は簡単だ。ホームランの「出現頻度の少なさ」や「出現確率の低さ」をまるで考慮しないからそうなる。


かつてデタラメ指標のOPSでは、「ホームランでベースが4つ回れるから、その価値はシングルヒットの4倍だ」などと、単細胞きわまりない奇怪な思考方法(笑)から、ホームランに過大な価値を認めていた。(実際には計算式のトリックを加え、4倍以上もの過大評価をしていた)

出現頻度の低さをきちんと考慮すれば、「まぐれ当たり的なホームランしか打てない、スカウティングされやすい、低打率の打撃専門野手」の価値なんてものは、打って走って守れる5ツールの選手の、5分の1どころか、それ以下の価値しかないことは言うまでもないことだが、OPS信仰時代には、そんな簡単なことすら誰もが忘れていた。


OPS全盛時のセイバーメトリクスなんてものは、片方でアウトカウントを増やすのは悪だなどと決めつけつつ、他方で、効率の非常に悪いホームランバッターに異常な過大評価を与え、シングルタスク・プレーヤーのネガティブな面を考慮しないまま、野球を「間違った価値観」で覆い尽くした。

そうしたデタラメ指標の影響は、今でも無くなってなどいない。フライボール革命などと称してホームランを称揚した挙げ句、2010年代のMLBは未曾有の「三振激増時代」に突入したのも、間違ったデータ主義が遠因になっている。



だが、現実の野球は、まったく違う。

例えばクリス・カーターのような「非効率なシングルタスクのバッター」の打撃の中身の無さを見ればわかる。
全打席のほんの数%をホームランする程度の能力しかないにもかかわらず、大半の打席で凡退して数多くのチャンスを潰し、打席の30%以上にもあたる200以上の打席で三振して、アウトカウントを増大させ、ランナーを釘付けにする。
その効率の悪さは、3割打者の多くがマルチタスクであり、打席の30%以上をヒットにしてランナーを進め、打席の35%以上で出塁する一方で、盗塁や犠打、守備などをこなせるのと、まるで対照的だ。


wOBAのような、よりリアルな指標において、ホームラン1本の得点寄与能力がシングルヒット1本のせいぜい2倍ちょっと程度に過ぎないとみなされることでもわかるように、「シングルヒットの得点生産能力」は、ホームランと比べ、けして低くなく、デタラメなOPSが言っていたような「ホームランの4分の1」ではない。
「得点圏にランナーがいて、シングルヒットが出れば得点が生まれる可能性がある場面の数」、「シングルヒットによる打点が実際に発生する可能性」は、ホームランのそれに比べ、はるかに出現頻度が高く、同時に、ずっと高い確率で実現する。



シングルタスクの権化といえば、ホームランにばかり頼ってタイムリーが出ず、いつまでたっても地区優勝に縁がないヤンキースだが(笑)、マイク・ソーシアがエンゼルスで目指した野球が、そうしたヒエラルキー主義のシングルタスク野球ではなく、マルチタスクだったことは明らかだ。(ソーシアがベンチからサインをやたら出しまくるのも、ヒエラルキーそのものではあるが 苦笑)
彼が大谷翔平を気にいっていた理由もたぶん、大谷が投打に才能があるからだけでなく、大谷の二刀流が「ソーシアが大好きなマルチタスクそのもの」だったからに違いない。


いまもMLBには「マルチタスク主義」と「シングルタスク主義」、2つの流れがある。

ワールドシリーズを制覇したときのロイヤルズ、優勝争いの常連になった近年のアストロズなど、成功しているチームがやっているのは野球本来の「マルチタスク」だ。

参考記事:2015年4月14日、昨年のワールドシリーズ進出がフロックでなかったことを証明し、ア・リーグ中地区首位を快走するカンザスシティ・ロイヤルズの「ヒット中心主義」。 | Damejima's HARDBALL

参考記事:2017年11月14日、ヒューストン・レボリューション2017。 「四球偏重時代」の終焉。 | Damejima's HARDBALL

参考記事:2018年4月11日、意図的に「ホームランの世紀」をつくりだそうとした2010年代MLB。実際に起きたのは、「三振とホームランの世紀にさからったチーム」によるワールドシリーズ制覇。 | Damejima's HARDBALL


だが、MLB全体でみると、近年横行しているのは、年間1300三振するチームの激増でもわかるとおり、シングルタスク主義であり、選手単位でみても単純なタスクしか実行できない不器用な選手が激増している。


エンゼルスも、マイク・トラウト、大谷と、才能あるマルチタスクのビッグネームを抱えている一方で、かつてソーシアがエンゼルス全盛期にやったような「攻守走すべてがこなせるスイッチヒッターを、ズラリと打線に並べたマルチタスク打線」なんて徹底した芸当は、「シングルタスクのプレーヤーばかり増えてしまった現状」からいうと、人材不足で実現しにくくなっている。

ソーシアが長いエンゼルスでのキャリアでやろうとしてきた彼独特の野球は、いまや実現不可能になりつつあるかもしれないから、彼がアナハイムを去るのは、いたしかたないかもしれない。



しかしながら「ソーシア流のマルチタスク」を受け入れて、チームを根本から変えるべき「方針の間違っているチーム」、「方針が見えないチーム」は、今のような時代だからこそ、むしろ、たくさんある。

長年にわたって雑な野球ばかりやってきたボルチモア。本来ならマルチタスクをもっと徹底させ継続すべきだったカンザスシティ。ワールドシリーズ優勝が実現しないまま賞味期限切れしたデトロイト。投資金額はデカイが総合力がたいして上がってない成金ドジャース。無能なGMがチームを低迷させたテキサス。いつまでたっても何がやりたいのかわからないサンディエゴ。チーム本来のいやらしい強さがなくなったセントルイス。常勝チームの賞味期限切れが近いナッツ。他にもある。


ソーシアをこのまま引退させるのは、もったいない。

監督でなくても、いまのこの「三振の王国に退化しつつあるシングルタスクのMLB」を質的に改造する大仕事を、どこか他のチームでやってもらいたい。

damejima at 20:11

November 15, 2017

「四球と出塁率が打撃力の要(かなめ)」とかいうアホ理論は、2017年をもって死んだ、という話のあらましを以下に書く。(実際にはこのアホ理論、とっくの昔に死んでいるのだが、ビリー・ビーンのオークランドが典型例だったように、アホなチームと無能なGMが採用し続けていたために「ウォーキング・デッド」と化している)


2017年シーズンが始まる前、2017年2月に書いたように、「三振数が1300を超えるチーム」が大量生産されだしたのは、2010年代に入ってからのことであり、2010年代のMLBの打撃面の最も特徴的なファクターのひとつが「三振の激増」である。

平たく言えば、2010年代は「クリス・カーター大量生産時代」なのだ。(ちなみにヤンキースは、クリス・カーターをクビにしたにもかかわらず、まったく同タイプであるトッド・フレイジャーを獲得し、スタメンに並べた。それがどのくらい無意味な行為か、ホームラン馬鹿には理解できないらしいから呆れた話だ)
「MLBで『三振ばかりするホームランバッター』が大量生産されだしたのは、『2000年代以降』のことであって、とりわけ『2010年代』に大量に生産されだした。彼らは、本物のスラッガーではなく、いわゆる『大型扇風機』にすぎない。」

出典:2017年2月1日、41本ホームラン打ったクリス・カーターに再契約オファーがなかったことからわかる、「ホームランバッターは三振が多くて当たり前」という話の真っ赤な嘘。 | Damejima's HARDBALL


以下にあらためて2000年以降に「大量に三振するチーム」を列挙してみた。「三振の多いチーム」が特定のチームに偏っていることがわかる。

シーズン1300三振以上のチーム(計56チーム)
2016年 MIL SDP TBR HOU ARI MIN PHI COL BAL LAD ATL
2015年 CHC HOU WSN SEA BAL SDP PIT ARI TBR
2014年 CHC HOU MIA ATL CHW BOS MIN PHI WSH
2013年 HOU MIN ATL NYM SEA PIT SDP BOS
2012年 OAK HOU PIT WSH TBR BAL
2011年 WSN SDP PIT
2010年 ARI FLA
2008年 FLA
2007年 FLA TBR
2005年 CIN
2004年 CIN MIL
2003年 CIN
2001年 MIL

元記事:2017年2月4日、「三振の世紀」到来か。2010年代MLBの意味するもの。 | Damejima's HARDBALL


では「2017年」はどうだったのだろう。
「1300三振以上したチーム」は
増えたのか、減ったのか。

答え:
大量に増えた


年間1300三振したチーム

2016年
MIL SDP TBR HOU ARI MIN PHI COL BAL LAD ATL

2017年
MIL TBR SDP TEX OAK ARI PHI BAL COL CHC CHW NYY LAD STL MIN CIN TOR WSN DET


2000年代に「年間に1300三振以上するチーム数」は、年に1チーム、多くて2チームしかなかった。だが、2016年には11チームと2ケタになり、さらに2017年には19チームにもなって、なんとMLB30球団の3分の2が1300三振する「大型扇風機チーム」になったのである。
ホームランが大量生産された2017年が、どれだけ「バッターがバットをむやみに振り回してフライを打とうとし、ホームランを狙ったシーズンだったか」がわかる。

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ところが、だ。

「2012年〜2016年まで、常にチーム三振数がMLBトップクラスで、毎年のように三振ばかりしてきた、とあるチーム」の名前が、どういうわけか、2017年の三振チームリストに見当たらない。

ヒューストン・アストロズである。

ヒューストンの今シーズンの三振数は1087
なんとこれ、2017MLB最少の三振数なのだ。

つまり、MLBで「最も三振ばかりしていたチーム」が突然、「最も三振しないチーム」になり、ワールドシリーズを勝ったのである。


話は、まだまだある。
以下のメモを見てもらいたい。

2017年 MLB30球団における
ヒューストンのチーム打撃成績ランキング

打率 1位 .282
ヒット数 1位 1581本
二塁打数 1位 346本
ホームラン数 2位 238本

出塁率 1位 .346
三振数 30位 1087
四球数 20位 509


注目に値するのは、これだけあらゆる打撃が抜きん出ていた2017ヒューストンにあって、こと「四球数」だけは「全体平均の528四球」を下回っていることだ。

言い換えると、2017ヒューストンの「出塁率 MLB1位」の中身は、「四球」とまったく関係がないのである。

もっと正確に書けば、ヒューストンの出塁率の高さは、「チーム打率が高かった」ことによって派生したオマケにすぎないのであり、出塁率が「原因」となって、チームの好調さという「好結果」を生み出したわけでもなんでもない、ということだ。

2017ヒューストンはバッターに「待球」を強制し、チーム四球数をむやみと増やすことで出塁率を高めれば、得点増加に直結して自然と勝てるようになる、というような、「アタマの悪い人間が考えだした、デタラメなヘリクツ」で野球をやっていたわけではないのである。(注:そもそもチームが選手に待球を強く指示したとしても、チーム四球数はそれほど増えたりなどしない)


2014年、2015年と2年連続でワールドシリーズに進出したカンザスシティの勝利の原動力が「ヒット中心主義による打率の高さ」だったことは、2015年4月の記事に書いている。
参考記事:2015年4月14日、昨年のワールドシリーズ進出がフロックでなかったことを証明し、ア・リーグ中地区首位を快走するカンザスシティ・ロイヤルズの「ヒット中心主義」。 | Damejima's HARDBALL

2017年ヒューストンは、当時のカンザスシティほどではないにしても、打率で他チームを圧倒したのである。
かねてからこのブログで指摘してきた「出塁率を決定しているのはあくまで打率であって、四球はほとんど関係ない」という事実を、2017年ヒューストン・アストロズは現実化してみせた。
参考記事:
2011年9月3日、チームというマクロ的視点から見たとき、「出塁率」を決定している唯一のファクターは「打率」であり、四球率は無関係、という仮説。 | Damejima's HARDBALL

2015年2月8日、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論にむけて(3)100年もの長期でみても「四球数」は、「得点」や「出塁率」はもちろん、他のゲームファクターの増減と無縁の存在である可能性は高い。 | Damejima's HARDBALL



アタマの悪い人間が、ホームランの多さこそ2017ヒューストン打線の特徴だ、などと言い張るかもしれないので(笑)ちょっとだけ、ヤンキースなど「打率軽視の、中身のないホームラン馬鹿打線」と比較しておこう。

ヒューストン(238本)と同じくらいのホームラン数のチームは、ヤンキース(241本)、テキサス(237本)、オークランド(234本)など、いくつかあるが、ヒューストンとそれらのチームの「打線の差」は、ホームラン数ではない。
両者の差は、二塁打の数チーム打率を比べたとき、はじめて歴然とする。つまり、ホームラン数の多さはけしてヒューストン打線の「最も際立った特徴」ではない、ということだ。「打率軽視のホームラン馬鹿打線」のオークランドやテキサスを相手にしているかぎり、ア・リーグ西地区におけるヒューストンの優位性はゆるがない。
2017 チーム二塁打数 チーム打率

HOU 346本 1位 .282 1位 (四球数 509 20位)
OAK 301本 6位 .246 24位 (四球数 565 10位)
NYY 266本 22位 .262 6位 (四球数 616 3位)
TEX 255本 25位 .244 25位 (四球数 544 13位)



では、なぜ突然ヒューストンは「最も三振するチーム」から「最も三振しないチーム」に変身できたのか。

それについては、残念ながらハッキリしたことはまだ何もいえない。

あくまで「直感」レベルとしてだが、2013年から2016年の「三振ばかりするヒューストン」は、わざと選手に「フルスイングさせて、若い選手の成長を促進してきた」のではないか、などとは思っている。


もちろんこれも今のところ根拠のない空想にすぎない話だが、ブログ主には、「2010年代のMLBが『三振か、フライか』という時代になることを予見できていたチームが、2010年代の覇権を握った」と思えてならない。
「早くからボールの変化に気づいていたチーム」であるヒューストンは2010年代の早くから「フルスイングによるフライ打ち」を奨励し、数年かかって若い打者のバッティングがまとまってきたところでワールドシリーズを勝ったのではないか、などと夢想するわけだ。
最近ボールが飛ぶボールに変わったと、よくいうけれども、それをヒットやホームランに変えるためには「準備」というものが必要であり、例えば「フライを打ちまくれる打撃フォームの確立」にはそれ相当の時間がかかる。2015年にワールドシリーズを勝ったカブスも、思い起こせば、当時「三振だらけのチーム」だったことを思い出してもらいたい。


ボストンが、地区優勝し、なおかつ2018年まで契約が残っていた監督ジョン・ファレルをあえてクビにし、ワールドシリーズを勝ったヒューストンのベンチコーチ、アレックス・コーラを監督に迎えた。
もちろん、チーム独自の個性にこだわりたがる目立ちたがりのボストンがヒューストンとまったく同じ戦術をとるとは思えないが、少なくとも、これまでボストンが長年やり続けてきた「過度なまでの待球」をバッターに強いる「出塁率重視の戦術」がピリオドを迎えたことだけは間違いないだろう。でなければ、ここまで書いてきたことでわかるように、四球を重視しない2017ヒューストンのベンチコーチを、地区優勝監督をクビにしてまでして、わざわざ監督に迎える必要がない。

2018年にボストンの打撃スタイルがどう変わるかを見ることで、2017年のヒューストン・レボリューションがどういうものだったか、逆算的に眺めることになるかもしれない。

damejima at 18:18

February 05, 2017

前の記事で、「ホームランバッターは三振するのが当たり前」という俗説が真っ赤な嘘にすぎないこと、また、「MLBで三振数が急増した」のは2000年代以降、とりわけ「2010年代」の現象である、という主旨の記事を書いた。

以下のグラフは、X軸に選手のシーズン三振数(10三振ごとに区切り)、Y軸に年代別パーセンテージをとり、「1999年まで」、「2000年代」、「2010年代」という3つの年代が、三振数の多い打者に占める割合を調べた。
例えば、X軸の「180」という項目は「シーズン三振数180以上の選手数」を意味しており、そこを縦にみることで「3つの年代」それぞれが占めるパーセンテージ」がわかる。

三振数が多ければ多いほど、2000年代、2010年代の打者の割合が増加していることを、あらためて説明するまでもないだろう。2010年代はまだ終わってもいないにもかかわらず、この有様なのだ。2010年代がまさに「三振の時代」であることがわかると思う。

シーズン三振数年代別比較

個人についてはわかったが、では、
チーム三振数」はどうか。

結論から先にいうと、
チーム三振数も、個人の三振数とまったく同じ現象のもとにある。

例えば、「シーズン総三振数1400を越えたチームは、MLB史上、2010年代にしか存在しない」。この事実からもわかるように、個人のみならず、「2010年代は、チームという視点でみても、三振全盛時代」なのである。

シーズン1500三振以上のチーム(計5チーム)
2016年 MIL 1543(地区順位:4位) SDP 1500(同:最下位)
2015年 CHC 1518(3位)
2013年 HOU 1535(最下位)
2010年 ARI 1529(最下位)

シーズン1400三振以上のチーム(計13チーム)
2016年 MIL(4位) SDP(最下位) TBR(最下位) HOU(3位) ARI(4位) MIN(最下位)
2015年 CHC(3位)
2014年 CHC(最下位) HOU(4位) MIA(4位)
2013年 HOU(最下位) MIN(4位)
2010年 ARI(最下位)

シーズン1300三振以上のチーム(計56チーム)
注:以下の太字地区優勝チーム
2016年 MIL SDP TBR HOU ARI MIN PHI COL BAL LAD ATL
2015年 CHC HOU WSN SEA BAL SDP PIT ARI TBR
2014年 CHC HOU MIA ATL CHW BOS MIN PHI WSH
2013年 HOU MIN ATL NYM SEA PIT SDP BOS
2012年 OAK HOU PIT WSH TBR BAL
2011年 WSN SDP PIT
2010年 ARI FLA
2008年 FLA
2007年 FLA TBR
2005年 CIN
2004年 CIN MIL
2003年 CIN
2001年 MIL

シーズン1200三振以上のチーム(計163チーム)
2010年〜2016年 119チーム(約73.0%)
2000年代 39チーム
〜1999年まで 5チーム


MLBにおいて、「シーズン1200三振以上したチーム」の96%以上、「シーズン1300三振したチーム」のすべては、「2000年代以降」だ。

「シーズン1300三振以上したチーム」は、「2000年より前」にはひとつも存在しないのだが、「2010年代」ともなると、1300三振したチームが年に8チームも登場し、けして珍しいものではなくなってしまっている。

また過去にシーズン1400三振以上のチームで、地区2位以上になったチームは、ひとつもない。その一方で、なんとも奇妙なことに、2010年代にはシーズン1300三振以上していながら地区優勝したチームが、6つもある。


こうした奇妙な事実から、まだ何の根拠もないが、以下の仮説を立ててみた。

チーム三振数1300という数字は、過去においては、そういうチームがまったく存在しないほど「多すぎる三振数」であり、地区優勝などありえない数字だった。
だが、2010年代になると「三振数の基本水準」が上がり過ぎて、誰も彼もが三振ばかりする時代になってしまい、その結果、たとえ「チーム三振数が1300を越えて」も、戦力次第では地区優勝を狙うことができるようになった。

ただし、三振の世紀である可能性がある2010年代以降でも、チーム三振数が1400を越えると、さすがに地区優勝の可能性は一気に低下する。

2010年代以降、チーム三振数の「分水嶺」は、1300後半である。



総三振数が1400を越えるチームが6つも出現した2016年というシーズンは、はたしてMLBにとって「いいシーズン」であったのか。2016年という「奇妙なシーズン」の後、MLBがいったいどんな「転機」を迎えたのか

そうした問いへの「答え」は2017年以降のMLBをみてみるしかないことだが、少なくともブログ主には「2016年がいいシーズンだった」という気は、まったくしないのである。

damejima at 17:10

April 15, 2015

昨年29年ぶりにリーグ優勝してワールドシリーズに進出したカンザスシティ・ロイヤルズの快進撃(7試合消化時点で7勝0敗)が今年も止まらない。
かつては、春先に期待されながら夏を迎えた途端に低迷するのがお約束のチームだったわけだが、KCRのいまのチーム打率.329(2015年4月13日まで)という途方もない打撃数字が、去年の大躍進がフロックでなかったことを物語っている。
(同地区のデトロイトもチーム打率.337と、ちょっと考えられない天文学的数字を叩き出していている。この2チームのバッティングは今のところ、ちょっととんでもないレベルにある)


このカンザスシティの超絶バッティングを支えているのは、「四球をかえりみないヒット中心主義打線」で、これは他チームにみられない個性だ。

まず以下のグラフを見てもらいたい。

ブログ注:
『R二乗値』は、X軸とY軸に示された「2つの数値群」(例えば「打率」と「出塁率」)の間の「関係の程度」を示す手法のひとつだ。
四球とホームランの価値を水増しするOPSのようなデタラメ指標を盲信してきた愚かな人間たちや、出塁率の過大評価をこれまでもっともらしく垂れ流し続けてきた人間たちがずっと間違えてきたように、この単純すぎるモノサシだけを使ってベースボール全体を決定する法則性を発見したと断言する愚かな行為は、「小学生の文房具セットに入っている子供用のモノサシだけを使って、オフィスビルを建てようとする行為」に近い。
例えば、「Y軸の数値は、完全にX軸の数値群によって決定される」などと不可逆的に断言するのに必要な「R二乗値の数値」は、十分に多くのデータについて「1.0 にかなり近い、高い数値が出た場合」でなければならないし、また、そうした数値が出たからといって、X軸で示した数値群の価値が無限大になるわけでもなければ、第三の要素の関与を完全に排除できるわけでもない。
参考記事:カテゴリー:指標のデタラメさ(OPS、SLG、パークファクターなど) │ Damejima's HARDBALL


グラフ 1
X軸:チーム四球数 Y軸:チーム出塁率
R二乗値=0.3868
2015シーズン4月13日までの四球数とOBPの相関

グラフ 2
X軸:チーム打率 Y軸:チーム出塁率
R二乗値=0.8749
2015シーズン4月13日までの打率とOBPの相関


これは2015シーズンが開幕したばかりのア・リーグ各チームにおける「四球数と出塁率」、「打率と出塁率」をグラフ化したもの。X軸がどの程度Y軸の数値を決定するのかを、とりあえず直線の近似式(=線形近似)で示している。
2つのグラフの近似式の内容には「歴然とした大差」がある。その意味はもちろん、これまでブログに何度となく書いてきたように、「チーム間に出塁率の差が生じる理由のほとんどが『打率の差』であって、四球の関与はほとんど無い」ということだが、そんな既にわかりきったことより、いまや、もう一歩進んで明らかにしたいのは、「出塁率にこだわることそのものの無意味さ」だ。

そのうち記事を追加して説明するつもりだが、このことをもうちょっとわかりやすくいいかえると、「出塁率向上によって得点力をアップさせる」とか称しながら、「実は、出塁率に対してほぼ無縁の存在といえる四球を無理に増加させようと画策する行為が、どれくらいわけがわからないことなのか」をまったく理解しない人間たちの愚かさを具体的に明らかにしていきたいのだ。

困ったことに、「得点力不足に悩んだ挙句に、ボストンのマネをしだして、わけのわからないことになっているチーム」に限って、明らかに細かいシチュエーションバッティングの苦手な「フリースインガー」や「低打率の二流のスラッガー」ばかり集め、その「細かいバッティング対応ができない不器用なバッターたち」に「待球指示を出しまくる」のだから、もうほんと、「わけがわからない」としか言いようがないのだ(笑)

確かにMLBは「ビジネス的に世界で最も成功したプロスポーツ」だといつも思っているが、その一方では、「他のプロスポーツと同じくらいに、わけのわからない人たちが跋扈しているスポーツ」でもあると思っている。



さて、グラフで注目してもらいたいのは、「出塁率の異常に高い3チーム」のうち、KCRBOSの「正反対の中身」だ。
KCR:非常に高い打率、並の四球数
BOS:平凡な打率、突出した四球数

毎年のように待球率が「異常に」高いBOSが、「四球出塁の異常なほどの多さ」によって出塁率を維持しようとしている(今年TBRHOUTEXNYYTORにも同様の傾向がある)のに対して、KCRは、四球にはまるで目もくれず、ひたすらヒットを打つことに集中していて、結果として、高い出塁率を維持している。
このカンザスシティの「ヒット中心主義」が、いまチームコンセプトとして新しく見えるし、非常に心地よい。(DETは別格で、なんとKCRとBOSがやっていることの「両方」を同時に達成している。こんなチーム、見たことがない)


もちろん容易なことではないとは思うが、ぜひカンザスシティにはシーズン終了までこの「ヒット中心主義ベースボール」をできる限り維持してもらって、リーグ優勝決定シリーズあたりではボストンが掲げる、今となっては古臭い「四球中心主義」を再度ぶちのめしてもらいたいものだ。

damejima at 17:42

February 09, 2015

MLBサイトの老舗Hardball Timesに、この100年間の「1試合あたりの得点、ホームラン、ヒット、四球、三振の数」の変化について書かれた記事がある。
The Strikeout Ascendant (and What Should Be Done About It) – The Hardball Times
記事の主旨を簡単にいうと、この100年で最も変わったのは「三振数の激増」であって、100年前は「1試合あたり2三振」くらいだったのが、いまや「8三振」と「約4倍」にもなってるから、何か手を打たねば、という話だ。
MLB100年史における三振数の激増


なかなか興味深い。

だが、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論にむけてという立場で参考になるのは、三振の激増よりむしろ「1試合あたり四球数が、この100年間というもの、ほとんど変わっていないこと」のほうだ。

かつて2011年ア・リーグについて、こんな記事を書いたことがある。
2011年9月3日、チームというマクロ的視点から見たとき、「出塁率」を決定している唯一のファクターは「打率」であり、四球率は無関係、という仮説。 | Damejima's HARDBALL

記事の主旨を簡単に書くと、こんなことになる。
「2011年ア・リーグ単年でみると、チーム四球数は、チーム総得点の多い少ないに関係なく、あらゆるチームに一定割合で発生している。
四球数は、チーム間の打撃格差や、チームそれぞれの打撃のタイプの違い、パークファクター等にほとんど左右されない。そのチームが稼ぎ出す「総四球数」というものは、それが得点の非常に多い強豪チームであれ、得点の非常に少ない貧打チームであれ、ほとんど変わらない。
したがって、チームという視点で見るとき、「出塁率の高低を決定するファクターのほぼすべて」 は、「打率であって、四球は関係ない。また、「四球数」は、チーム総得点数の増減に影響するファクターではない


今回はあらたにHardball Timesのまとめた「100年間のデータ」を見たわけだが、ここでも同じように
この100年の野球史において、1試合あたり四球数はほとんど変化していない
ことがわかった。

このことによって、かつてこのブログで「2011年ア・リーグ単年」に限定して書いたことは、どうやら「100年間のMLB史全体」についても拡張できそうだ。つまり、次のようなことがいえる可能性がより高まった、ということだ。

野球のルールが現在のような形に固まって以来100年間、さまざまなルール、さまざまな才能、さまざまな投打のスタイル、さまざまな分析手法が登場してきた。だが、「1試合あたりの四球数」は、どんな時代であれ、ほとんど変わってはいない。

したがって「四球」は、100年の野球史においてずっと、出塁率を左右するファクターではまったくなかったし、また、チーム総得点数を左右するファクターでもない。


さて、この100年で野球が最も大きく変わった点が「三振数の激増だ」という話だが、このことでわかってくることも、少なからずある。
例えば、100年前と今とで打者の置かれたシチュエーションの違い、100年前に4割打者がゴロゴロいた理由、投手の奪三振記録の重さの違い、試合時間が長時間化している理由など、いろいろなことに一定の説明がつけられるからだ。


野球のルールが現代的に固まる前の、19世紀中頃のルールでは、打者は「ハイボール」「ローボール」と、投手に投げるコースをおおまかながら指定できたし、四球も4ボールでなく、8ボールとか7ボールとかで歩くルールだった。
というのも、チェスで先手側が最初の一手を指さないといつまでたってもゲームが始まらないのと同じで、初期の野球は「打者がまずボールをフィールドに打つことが、ありとあらゆるプレーに先立つ大前提だった」からだ。三振も四球も、もともとこのゲーム本来の目的ではない。

だから、100年前にルールが固まった直後の野球のスタイルは、プレーも観戦も、たぶん今とは相当に違うものだ。


100年前の打者と、今の打者
100年前のバッターはほとんど三振しない。
これは、「そのバッターが非常に優れている」ということがあるにしても、それよりも「野球初期には、興行側も観客側も、『まず、何はさておきバッターがフィールドに打って、その後に何が起こるかを観戦する』、それが当たり前と考えていて、三振という現象が起こること自体にそれほど重きが置かれていなかった」と考えるほうが正しい気がする。

いずれにしても、100年前のバッターたちが、三振する心配もあまりなく、コーチやアナリストから出塁率向上をクドクド言われ続けることもなく、「早打ちするな」だのと余計な制約をつけられることもなく、バッターの手元で曲がる絶妙な変化球もなく、苦手球種をスカウティングされるも心配なく、安心してバットを振り続けられたのだから、今ではありえない4割打者がゴロゴロいたのも、ある意味当然だ。
思えば、三振が当たり前になった現代にイチローはよく3割7分も打てたものだ。やはり100年にひとりの逸材だ。

100年前の観客の見たもの
100年前は、今のようにボールの見極めにそれほど必死になる必要がない時代だっただろうから、試合経過も非常にスピーディーかつダイナミックだったはずだ。
早いカウントで好球必打。まずはガツンと打って、走って、守る。シンプルで素晴らしい。観客はそういうスカッとしたゲームを見て、スッキリ帰れたのではないか。なんともうらやましい限りだ。


「1試合あたり300球時代」の始まった1990年代後半と、
三振数激増の関係

「両チームあわせた投球数」について、1990年代後半に「1試合あたり300球」を越えるような時代がやってきて、アンパイアの疲労が急増したことを、2014年10月に記事にした。
記事:2014年10月21日、1ゲームあたり投球数が両チーム合計300球に達するSelective野球時代であっても、「球数」は単なる「負担」ではなく、「ゲーム支配力」、「精度」であり、「面白さ」ですらある。 | Damejima's HARDBALL
Hardball Timesの記事のデータをみると、この「1試合あたり300球時代」の始まった「1990年代後半」は、同時に「三振数の急増」が起きている時期と重なっていることがよくわかる。これには、非常に納得がいく。

というのは、奪三振という行為は、同時に「球数を多く投げる」という意味でもあるからだ。
やたらと球を投げなければならない今の野球では、当然ながら先発投手の投げられるイニング数はどんどん短くなる。リリーフの責任も重くなる一方だし、投手の寿命にも影響する。
そして、投球数が多くなれば、当然ながら「試合時間」も長くなる。三振の多い野球は、試合時間も長いからだ。

1990年代後半以降の「投球数の急増」
The average number of pitches thrown per game is rising ≫ Baseball-Reference Blog ≫ Blog Archive1980年代末以降の投球数の増加 via Baseball Reference


蛇足だが、この100年でMLBの三振数が激増し続けたことを考えると、「奪三振記録の重み」にしても、「より古い時代の奪三振記録のほうが、はるかに重い」とか、「奪三振が難しかった時代の記録のほうが価値がある」いうことになるかもしれない。

例えば、1910年代より、一時的に三振数の減少している1930年代〜1940年代のほうが奪三振は難しいとしたら、同じ「2500奪三振」でも、クリスティー・マシューソンの2502奪三振より、ボブ・フェラーの2581奪三振のほうが価値が高いのかもしれない。あとは例えば、数字をきちんと補正したらひょっとするとノーラン・ライアンの5714奪三振より、100完封3508奪三振のウォルター・ジョンソンの数字のほうがずっと価値が高い、なんてことが言えるようになるかもしれない。

511勝の歴代最多勝記録をもつサイ・ヤングは、三振という面でいうと、1900年以降に奪三振王になったシーズンはわずか1回しかない。彼は自責点でも被安打でも最多記録保持者でもあることもある。
20世紀初頭の奪三振王といえば、ルーブ・ワッデル、クリスティー・マシューソン、ウォルター・ジョンソン、ピート・アレクサンダー、レフティ・グローブ、ダジー・ヴァンスなどだが、20世紀初めのMLBが「打者がほとんど三振してくれない時代」だったことを考慮するなら、「サイ・ヤング賞」は今年から「ウォルター・ジョンソン賞」と名称を変更すべきだろう(笑)



damejima at 06:56

January 23, 2015

この記事グループ、「MLBの得点力低下をもたらした四球・長打の過大評価」原論の今後のターゲットは、「MLB全体での四球・長打の過大評価や、出塁率の過大評価による打者の過度の拘束が、かえってMLB全体での継続的な得点生産力低下をまねいた」ことを、データであれ、例証であれ、法則性であれ、なんらかの形で把握することにある。
それが、けして簡単な作業でなく、また、立証に至るかどうかもわからない作業であることは、百も承知だ。


まず考えてみたいのは、もし例えばOPS(OPSを改造したバリエーションを含む)のような「打者のバッティング評価の基準」が、かつて、ずっといわれていたように「得点に最も直結する」というのが本当ならば、「OPSで高く評価されるタイプのバッター」が増えれば増えるほど、そして、「OPSを獲得する選手の評価基準にして編成したチーム」や、「OPSを重視したゲーム戦術を採用するチーム」が増えれば増えるほど、「MLB全体の得点力は上昇を続けきていなければおかしい」だろう、ということだ。

実際、そうなったか。
事実は、まったく逆だ。

前記事でも掲出した以下のグラフでもわかるように、2000年代以降(特に2010年代)MLBの得点生産性は減退を続けてきている。
「得点との直結」をやたらと主張したがるデータ分析手法が導入され、普及したからといって、そのことによってMLBの得点生産能力が飛躍的に増進したという事実は、どこにもない
のである。

この25年間のホームラン数と得点総数の関係(1990-2014)


したがってブログ主が近年の「得点力デフレ」を説明していくための「出発点」は、まったく逆の立場からのものだ。
1)制度上の変更による得点力減退
MLB全体における「得点生産能力の低下」は、たくさんの要因からなる非常に複雑な現象なのは間違いなく、たったひとつの要因だけをとりだして、それを単独の原因として指摘することはできないし、明らかに間違ってもいる。
今のところある程度わかっている得点力低下の要因の多くは「MLBの制度上の変更」によるものだ。
ステロイド規制強化による長打の減少、ストライクゾーンの拡大、アンパイアの判定精度の急速な向上やアンパイアの世代交代、守備シフト、インスタントリプレイ導入など、さまざまな立場の人によって、さまざまな指摘が行われつつある。
参考記事:
2014年10月31日、「MLBアンパイアの若返り傾向」と、「得点減少傾向」の関係をさぐる。 | Damejima's HARDBALL

2014年11月28日、「低めのゾーン拡張」を明確に示すHardball Timesのデータによって、より補強された「ルールブックどおりのストライクゾーン化、アンパイアの判定精度向上」説。 | Damejima's HARDBALL

2)しかし、「MLB全体の得点能力の低下」の要因には、上記以外に、まだ指摘されていないものがあるだろう、とブログ主は考える。

3)打撃分析手法の誤りと束縛
近年、OPSとそのバリエーションに代表される打者のデータ的な評価手法や、出塁率重視のチーム戦略の普及など、新しい選手評価手法が普及したが、これらの普及が進んだ理由のひとつは「チームの得点力向上に直結する」と、「思われた」からだ。
もちろんデータ分析そのものの有効性は疑いのないところだが、しかしながら、OPSという指標が「算出手法自体に長打や四球の価値を過大に評価する根本的欠陥を持っている」という事実からもわかるように、データ分析による選手評価手法には今も「一定の構造的な誤り」が含まれており、その「誤り」はいまだ十分修正されていない。
関連記事:2014年10月14日、「パスカルの賭け」の欠陥の発見と、「ホームランという神」の出現。期待値において出現確率を考慮しない発想の源について考える。 | Damejima's HARDBALL
関連記事:2014年10月13日、「ホームラン20本の低打率打者A」と「高打率の打者B」をwOBAでイコールにしようとすると、「打者Aのホームラン以外のヒットは、全て二塁打でなければならなくなる」という計算結果。 | Damejima's HARDBALL
だが、こうした「誤り」は実際のチーム編成や実際のゲーム運営に「誤ったまま」適用されており、長打や四球、あるいは出塁率を過度に重視して選手をリクルートし、チームを構成する事例は増加し続けている。選手側でも、そうした「チーム側の好み」に合わせて自分のバッティングスタイルを作り上げる傾向にあり、メディアもそうした選手をほめちぎる。
だが、こうした傾向のもとにあるMLB全体で実際に起きている「事実」は、といえば、「得点力の向上」ではなく、まったく逆の「得点力の減退」でしかない。


たしかに、この「原論」の根拠を固めていく作業自体が、どこをどう調べるべきかもまだハッキリしないし、気長にやっていくしかない作業なのだが、今は例として「均質化」という現象を取り上げ、その説明を通して目指す場所をもう少し明らかにしておきたい。


打者の均質化


「得点に直結する」と強弁し続けてきたOPSなどの指標群にみられるように、MLBに浸透した「数字とデータに基づく野球」は、打者の「バッティングにおける行動パターン」を「著しい均質化」に向かわせてきた可能性があると、ゲームを見ながらいつも思ってきた。

いい例が、ビリー・ビーンのチームのバッターたちだ。彼らは「気味が悪いほど、相互にあまりにも似すぎている」
彼らが「お互いにソックリ」なのは、ひとつには、ビリー・ビーンが「似たタイプのバッター」ばかり獲得したがることに原因があるが、もうひとつ、「ビリー・ビーンが、どのバッターにも「同じ目的」しか与えないこと」にも原因がある。(そして、その目的は「その打者の能力をフルに発揮させることをあえて求めない目的」でもある)
関連記事:2014年12月4日、オークランドGMビリー・ビーンが重視する「野手の打撃能力の具体的な種類とレンジ」。打撃能力と「プラトーンシステム」との深い因果関係。 | Damejima's HARDBALL

簡単にいえば、
同じ目的をもたされた人間は、
「似たような行動をとりがち」になる。
ということだ。

人間という生き物は「個ではなく『群れ』として行動すべし、という原則」が本能というOS(=Operating System)に書き込まれたまま進化してきたために、本人の意思とは無関係に、とかく「群れが向かう方向にならって、群れと同じ行動をとりたがる」ようにできてしまっている。
なんとも哀しい生き物である。

こうした「バッティングにおける行動パターンの均質化」が過度に進めば、MLBにおける打者の質的低下を招くだけでなく、「他チームに簡単に分析されるバッターの急激な増加」をもたらす、と、ブログ主は考える。

何度か記事に書いたようにヤンキース時代のカーティス・グランダーソンや、テキサス時代のジョシュ・ハミルトンがインコースだけしか狙ってないことくらい、すぐに他チームにスカウティングされたように、投手側からみれば、「やることなすこと、すべてが大雑把なバッター」や「狙いがあまりにわかりやすいバッター」が、「対処しやすく、うちとりやすいバッター」なのは当然だ。
そうしたバッターが増えすぎたことは、リーグ全体の「投高打低」を助長し、「MLB全体のホームラン数の減少や、得点減少に導いた」のではないのか。

つまり、「四球による出塁と長打の組み合わせばかりを重視する傾向」が強くなりすぎることによって、「四球か、長打か、三振か」というような「ワンパターンなバッティング」ばかりするアダム・ダン的なバッターが増えすぎたことで、むしろ「MLB全体が得点デフレとでもいうような、長期的な得点減少傾向に陥って、抜け出せなっていった」のではないかと思うのである。
関連記事:
2014年10月20日、やがて悲しきアダム・ダン。ポスト・ステロイド時代のホームランバッター評価の鍵は、やはり「打率」。 | Damejima's HARDBALL


「原論」のターゲットのうち、「OPSとそのバリエーションの指標群のデタラメさ」については、それらが「得点に直結する数字で野球を分析すると称しながら、その実、四球や長打を過大に評価する構造的誤りをもつデータ分析手法」であり、野球というスポーツの選手評価において大量の「判断ミス」が生産され続ける原因にもなっていることは、これまで何度となく記事にしてきた。

こうした誤った評価手法は、例えば二流・三流のホームランバッターのサラリー高騰、GM・監督などのチーム運営責任者とマスメディアがそういうバッターを過大評価する傾向の拡大、打者自身がそういうバッターを目指したがる安易な傾向、プチ・ステロイド時代ともいえる「ステロイド回帰」、ホームランや出塁率に過度に依存する非効率的な得点戦術への傾倒、そして失敗、失敗を犯し続けるGMや監督の責任追及の甘さなど、数え切れないほど多くの悪弊を生んでいる。
得点力不足に悩み、得点が欲しくてたまらないチームに限って、間違ったゲーム戦術や間違った人材の起用等によって、かえって、さらなる得点力不足に悩むようになるのは、近年のシアトルやヤンキースを見ていれば(笑)誰でもわかることだ。


以上が「原論」のだいたいの見取り図で、あとは蛇足である(笑)「原論」としたことでおわかりのように、この論はまだまだ模索の域を出ない。これからも地味に資料収集して、少しずつ固めていくしかない。ただ、今までこのブログに書いてきた記事の中に、既に数多くの証拠やデータ、論理を提出してきたことも確かだ。


資料収集はまだどこで何を探したものかもわからないが、必要な情報は、例えば四球重視という風潮に打者がやたら束縛される時代になったことで、「打者の行動パターン」になにか変化があったのか、なかったのか、というようなことだ。
例えばだが、これまで「打者有利」とか「投手有利」とかいわれてきたカウントの「意味」は、15年前のホームラン狂騒時代と今とで、変化した可能性が、あるのか、ないのか。同じことを投手側からみれば、投手と打者の「かけひきのパターン」はこの15年で変化したのか、しないのか。(例えば、あるチームの投手陣は近年「打者と高めで勝負する」という戦術をとっている。これはもちろんローボールヒッター対策だ)


例:
以下の図は「カウント別ホームラン発生率」を、ステロイド・ホームラン時代の1999年と、そこからホームランが1400本も減った投高打低の2014年とを比べてみたグラフだ。
大きく変化しているものと期待して調べてはみたが、実際には、思ったほどは変化していなかった(笑)
ホームランが多く発生するカウント」は、今も昔も「17%前後を占める初球」が代表的であり、次に11%前後の「2球目」、そして「平行カウント」、あと、あえて付け加えれば「フルカウント」だ。

カウント別のホームラン% 1999年vs2014年

1999年のデータの出典:Major League 1999 Batting Splits | Baseball-Reference.com

2014年のデータの出典:Major League 2014 Batting Splits | Baseball-Reference.com


ただ、まぁ、細かい違いならある。

打者不利(投手有利)と思われがちな「ストライク先行カウント」、特に「2ストライクカウント」でのホームラン発生率が、むしろ上昇している。

その一方で、打者有利(投手不利)と思われがちな「ボール先行カウント」でのホームラン発生率は減少している

こうした変化が統計的にどのくらい有意なのかは調べてないが、たしかに細かい(笑)おまけに、なぜこうした現象が起きたのかは、まだ想像もつかない。

投手側の立場からすると、「2ストライクをとった後で、ホームランを打たれやすくなる」ということは、「追い込んだ打者をうちとるためのストライクを投げて、かえって長打を浴びた」とでもいうような意味になるかもしれない。
一方、「バッターが、ボール先行カウントなのに強振してこない率」は、どうやら15年前よりほんの少し高くなっているように見える。


ならば、とりあえずこういう仮説を立ててみる。

<打者のビヘイビア(behavior=行動パターン)の変化仮説>

ボール先行カウントでは
近年の打者は、無理なフルスイングを避け、四球を選んで出塁する方向への行動選択をしたがる。これは「フルカウント」においても、同じことがいえる。
つまり「ボール先行カウント」は今の打者にとって「かつてほど強振するカウントではない」傾向にある。

ストライク先行カウントでは
近年の打者は、投手が打者をうちとるために投げてくる「ストライク」をむしろ待ち受けて、長打狙いで強振してくる、ともいえる。
つまり「ストライク先行カウント」は、「投手が確実にストライクゾーンに投げこんで、打者を打ち取りにくるカウント」であるという意味において、近年では「打者にとっての重要なバッティングカウント」になりつつある。


こうした「ごくわずかな変化」を例として挙げたのは、数字そのものに大きな意味があると強弁したいからではなく、こういう地道な作業の積み重ねからそのうち意味が出てくるから待っててくれ、という意味だ(笑)ほんと、気長にやっていくしかない。
ただ少なくとも、景気刺激策のつもりでやった財政政策や金融政策がかえって景気後退を招いたり、家庭菜園をやっている人が作物のためと称して化学肥料をやりすぎて、かえって作物を枯らせてしまうことが多いように、「施策が、意図とは真逆の結果を生む」ことがけして少なくないのが、人間という生き物の困った点であることは、よく知っている(笑)それなりの結果につなげていく自信はある。

damejima at 12:01

December 20, 2014

「かつてはホームランを10本打てば、得点が15点くらい入った気がするのに、今では11点か12点くらいしか入らない感じ」
「ほんのたまにホームランを打つくらいで、あとは守備能力も走塁もできない、DHタイプの野手が増えた」
「ホームランは申し訳程度に出るが、タイムリーはほとんどない」
「残塁がやたら多い」
「どこのチームの野手も、似た感じしかしない」
「先発投手が打てないから、ゲームはいつも終盤にひっくりかえる」
「ホームランにゲーム決定力がない」
「ソロホームランが多い」
「延長戦がやたら増えた」
「試合結果に関係ないホームランばかり打っている選手がいる」
「防御率のいい投手が増えている割に、良い投手が増えたという実感がない」
「打者のほとんどが、三振か四球かホームランのタイプ」
「クリンアップに不動のホームランバッターがいる打線よりも、シーズンに15本程度のホームランを打つ中途半端なバッターが打順のすべてに点在しているオークランド・アスレチックス的チームが多くなった」
「四球がやたらと増えたが、得点にはつながってない」
「特定の打者さえ敬遠しておけば、投手は失点を簡単に回避できる」
「ソロホームランは打たれても、ゲーム結果には、ほとんど関係ない」
「特定のひとりだけはいつもヒットを打つが、チームはいつも負ける」
などなど。

以上の項目の半分程度に「そういえば最近、そういうゲームが増えたな・・・」という「感想」があるなら、以下の記事を読んでみたほうがいい。


これは、1990年から2014年までの四半世紀の「MLB総ホームラン数(X軸)と総得点数(Y軸)の関係」をグラフ化したものだ(グラフ1)。この25年でMLBの野球スタイルがどう変わったか、非常によくわかる。

グラフ1
この25年間のホームラン数と得点総数の関係(1990-2014)
赤い線は線形近似であり、相関係数は0.9097となっている。
何度も書いてきたことなので、あらためて書くのもアホらしいが、2つの事象の間の相関係数を計算した程度のことで、「Aという事象(この場合は野球の得点)は、ほぼ事象B(ホームラン)だけを要因にして決定される」などと考える単細胞な人間は、例外なく、間違いなく、「馬鹿」だ。
もし2014年の19761点の総得点の90パーセントを 「たった4186本のホームランだけ」で稼ぎ出そうとすると、たとえ「2014年のホームラン全てが満塁ホームラン」であったとしても、まるで足りない。例えば「打点」にしても、得点と打点の相関はホームランよりはるかに100に近いのだが、その「打点」ですら「打点が野球の全て」などとはいえないというのに、馬鹿なことを言うなといいたい。また線形近似だけが近似を示す方法論ではないのに、線形近似だけを用いて何かを断定する論拠にして、論理的に正しいと言い張る合理性はどこにもみあたらない。

そもそも、野球において「得点との間に高い相関係数を有するプレー」というのは、ホームラン以外にも「複数」ある。
と、いうことは、「野球における『得点』という現象は、常に、相互に独立でない複数プレーの『集合体』として存在している」という意味だ。
そういう、「相互に独立でない事象どうしが、相互に複雑にからみあった結果、成り立っている事象」を説明する場合、たとえ、その発生事由のひとつ(ホームラン)と解明しようとする事象(得点)との相関係数がいくつだろうが、そんな数字の断片で語れる可能性など、無い。ゼロだ。
「相関係数を調べたくらいで、なんでも語れると勘違いしてきた根本的な馬鹿」のためにもっと詳しい説明をするのもアホらしい。さらに詳しい話は自分の頭を使って考えてもらいたい。


さて、グラフ1を観察すると、以下のことがすぐにわかる。
近い年度のデータ群が、いくつかのグループに分かれて、特定の場所に「固まって」点在している。

特定年度ごとに固まっている」という、このシンプルな事実は、野球のスタイルの変化というものについて重要な示唆を与える。

つまり、こういうことだ。
「シーズンごとのホームラン総数」は、MLBの得点方法のスタイルに影響を与える大きな要因のひとつだが、その「増減」という「変化のトレンド」は、「連続的に、なだらかに、変化する」のでは、まったくない。

むしろ、予期せず起きた巨大地震で陸の地形が一気に変化するように、「ホームラン総数の変化というトレンド」は、「特定の年」に、しかも「突発的かつ不連続」に起きる。そして、この「不連続な変化」は、「発生後、次の不連続な変化が起こるまで、何年でも維持される」のである。

さらにいえば、次のようなことも言える。
おそらく「ホームラン総数の突発的で不連続な変化」は
偶然起きるのではなく、何か原因がある可能性が高い

原因を特定できるかどうかは別にして、「ホームラン数の突発的で不連続な変化」は、例えば、「ストライクゾーンの突然の拡張や縮小」、「アナボリック・ステロイドの大流行」、「ボールの反発係数の突然の変更」など、必ず何らかの「突発的で不連続な原因」があってはじめて発生すると考えられる。


グラフ2
ホームラン数と得点総数の関係 4グループ推移(1990-2014)


グラフ2は、MLBのホームラン数と総得点数の関係を「4つのグループ」に分けたものだ。(注:グループBとCの「境界」は「別の位置での線引き」もありえるのだが、もし境界線の位置を変更したとしても以下の論旨に影響はないので、このままにしておく)
A:1990-1993年
B:1990年代中期と、2010-2014年
C:1998年までの1990年代末期と、2000年代
D:1999年、2000年の2シーズン

これを年代順に記述してみると、こうなる。
A→B→D→C→B

A(1990年代初期)→上昇→B(1990年代中期)→上昇→D(1999年、2000年のピーク)→下降→C(2000年代)→下降→B(2010年代)


よく見ると、1990年代の「上昇」(グループA→B→D)と、2000年代以降の「下降」(グループD→C→B)では、以下にまとめたように、「変化の軌跡」がかなり違う。
1900年代のドット(点)は、MLBストライキがあった1994年などの例外を除き、ほぼ全体が常に「近似曲線の上側」にある。

それに対して、2000年代以降は、データのかなりの部分が「近似曲線の近辺か、下側」にある。

このことは、MLB総得点においてホームランという現象がもっている「質的な重さ」、つまり「比重」が、1990年代と2000年代とでは非常に大きく異なっている可能性が高いことを意味している。


グラフ3
ホームラン数と得点総数の関係 3グループ比較(1990-2014)


総得点に占めるホームランの「比重」は、常に「一定」ではない。そのことを「過去25年のMLBの歴史の中で、ホームランの得点効率が異常に悪いシーズンだった2012年、2013年」を例に、3つ目のグラフで説明する。

総ホームラン数と総得点数
X:2012年 4934本 21017点
Y:1993年 4030本 20864点
Z:2007年 4957本 23322点

2012年を中心に3つのシーズンを相互比較してみると、以下のような
2010年代のMLBのホームランによる得点効率の悪さ」がわかってくる。

グラフ3における
X(2012年)とY(1993年)の比較

1993年は、2012年よりホームラン数が「約900本」も少ない。にもかかわらず、1993年の得点総数は、2012年とほぼ「同程度」だ。
「MLB全体でホームラン数900本の差」というのは、MLBのチーム数は30だから、「1チームあたりホームラン30本の差があった」ことを意味する。たとえでいうと「2012年は1993年にくらべると、計算上、全チームでクリーンアップのホームランバッターがひとりずついなくなっていた勘定」になる。

X(2012年)とZ(2007年)の比較
2007年は、2012年とホームラン数がほぼ「同程度」だ。にもかかわらず、2007年の得点総数は、2012年より「2305点」も多い。
「1シーズンで、約2300点の得点差」というと、MLBの1シーズンの試合数は4860試合だから、「2012年は2007年に比べて、1試合1チームあたり約0.47点も、得点が低かった」ことになる。


2012年と2013年のホームランの得点に対する貢献度が著しく低い可能性があることがわかった。そこで、以下のようなことがいえる可能性が浮上してくる。

ホームラン数から、その年のMLB総得点数はある程度の誤差で概算できるわけだが、「2010年代のMLB」は、「ホームランによる得点効率」という面で過去25年間で最低レベルにある


年代順にもう一度まとめ直してみよう。

MLBの野球は、「1990年代初期」には今よりはるかに「ホームランだけに依存しないプレースタイル」だった。
それは例えば、「1試合あたりのホームラン数(HR/G)と盗塁数(SB/G)」が1990年代初期まではほぼ同等の数値だったことからも明らかだ。1970年代後期から1990年代初期までのMLBでは、野球のあらゆるプレーを利用して得点チャンスをつくるダイナミックな野球が行われていた。
資料:2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。 | Damejima's HARDBALL

だが1990年代中期になると、MLBのオフェンスは「ステロイドへの階段」をまっしぐらに駆け上がりはじめ、1999年と2000年に「ステロイド・ホームラン時代のピーク」を迎えることになる。1999年にマーク・マグワイアが65本のホームランを打ち、2000年にバリー・ボンズが73本のホームランを打ったことが、2つのシーズンの「意味」を象徴している。
「1試合あたりのホームラン数、盗塁数」からみても、HR/GとSB/Gの数値は1990年代中期以降大きく乖離しはじめており、「MLBでのホームラン偏重が始まったのが1990年代中期であること」は明らかだ。

だが、イチローがMLB入りした2001年に時代は一変する。ステロイダー追放の機運が急速に上昇するとともに、得点総数とホームラン数は年を追うごとに減少していく。
2000年代のホームランによる得点効率はまだそれほど低下してはいないが、「2010年代」に入ると、ホームラン生産数減少だけでは済まなくなり、クルマに乗っていてギアを落としたら同時にトルクもなくなったかのように、「2010年代のホームランと得点との関連性は急速に薄れて」いき、2010年代のMLBのホームランによる得点効率はこの25年間での最低水準になった。ホームランが大量生産されたステロイド・ホームラン時代ですら、ホームランと得点との関係は今よりはるかに良好なものだった。

1999MLB 総ホームラン数 5528本
2014MLB 総ホームラン数 4186本(▲1342本 24.3%減)

2014年のMLB総ホームラン数は、いまや「ピーク時の約4分の3」にまで減少している。
だが、グラフ1で2014年のデータが「近似曲線の真上」にあることから、実は2014年の「ホームラン数と得点総数の関係」そのものはあくまで「例年どおりの水準」だ。ここ数年の「ストライクゾーン拡張」や「アンパイアの判定精度の向上」、「ステロイド規制の強化」など、ホームラン発生を阻害する要因が増え続けていることを考慮すると、2014年の「量的な減少」という結果そのものは、実は「想定内の変化量」であり、それほどたいした問題ではない。

むしろ2010年代の大きな問題は、ホームランと得点との関係が、MLBストライキのあった1990年代中期に肩を並べるほど「質的に悪化している」ことのほうだ。


だから今のような時代に、「ホームランバッターに多額の投資を行うこと」の意味は、昔とは大きく違っている。

「ホームラン総数が激減している」ということは、ホームランバッターの希少価値が高まっているという意味でもあるから、たった40本(しかもステロイドで)ホームランを打つだけでホームラン王になれるこのおかしな時代には、ホームランバッターの「価格」、つまり「サラリー」がむやみと高くなるのは当然だと、誰しも思ってしまいがちだ。

だが、
1990年代中期以降ずっと続いてきた「ホームラン偏重によって得点を得るという手法」が衰退しはじめていることの意味や、得点とホームランの相関関係における最大の問題が「ホームランの量的減少」ではなく「ホームランの著しい質的低下」であることを、人は忘れすぎている

たとえでいうと、ウナギの減少という自然現象により、うな重の「価格」が異常に高騰しただけではなく、「ウナギの味覚そのものが、劇的にマズくなっている」としたら、どうだろう。しかも、OPSのようなデタラメな数字で評価するデタラメな評価基準の蔓延によって、マズい料理の価値を過大評価する舌の麻痺した無能な料理評論家たちが、マズい料理でも「うまい」と逆評価するような詐欺的な行為すら行われだした、としたら。


ホームランバッターに高いカネさえ払っておけば、多くの得点が得られることが約束された時代」は、10数年前に終わっているわけだが、どういうわけか知らないが、「量的にも質的にも価値が低下している長打能力を過大評価し、それに高いカネを払う、わけのわからない時代」は、今なお続いている。

例えばホームランの価値だが、発生数激減による希少性の高まりも事実としてある一方で、「質的な暴落」が同時に発生している可能性は高い。
にもかかわらず、MLBでは、「ホームランに過度に依存しない、もっと効率的な得点方法への戦術的シフト」が十分試されてはいない。(ちなみに、現実の野球ではいくつかの「ホームランに過度に依存しないチーム」が勝ったのが、2014年だ。2014年のMLBで最もホームラン数の少ないチームは、2014年ワールドシリーズを戦ったロイヤルズであり、その次に少なかったのが、NLCSでジャイアンツに敗れたカージナルスだ)
むしろ、「価値がスカスカになって比重が低下しつつあるホームランを、さらに過大評価までして、高いギャランティーを払って三顧の礼で迎え入れる」という意味のわからない行為は、いまだに蔓延している。

もちろんこうした「取引」は、どんな経済原則にも、のっとっていない。
価値が低下する一方で価格が上がる、すなわち価値と価格が乖離するわけだから、当然ストーブリーグでは、選手のサラリーの「インフレ」が起きる。つまり、「たいして能力がないのがわかりきっている選手」に「ありえないような高い給料が約束されるケース」が蔓延しはじめるわけである。当然、シーズンに入れば、給料の高い打者をいくら並べても、得点力がむしろ「低下」するような事態が、頻繁に、どこのチームでも起こりうるようになる。


こうした「ホームランの価値低下と価格上昇とが同時に起こるという矛盾したトレンド」は、元をただせばどんな原因から起きるのか。
「1999年と2000年のピーク(グラフ2のDグループ)」を、「2000年代のトレンド(グラフ2のCグループ)」に減速させ、それをさらに「2010年代のトレンド(グラフ2のBグループ)」にまで減速させた「原因」とは、いったい何だろう、というのが、次のテーマになる。

damejima at 15:18

December 04, 2014

以下の記事では、誰にでもわかる簡単な数字を使って「オークランドGMビリー・ビーンは、なぜジョシュ・ドナルドソンを放出しても構わないと考える」のかについて考える。
単にこのトレードの是非を問うのではなく、もっと深く、「ビリー・ビーンが、彼独自の野球セオリーにおいて重視する野手の打撃能力の具体的な種類とレンジ」、さらには可能なら「彼のオフェンス編成に関する思考パターンと、その問題点」まで指摘してみるつもりだ。

あらかじめ断っておきたいのは、「ブログ主は、ビリー・ビーンの方法論に同調するつもりなど、まったくない」ということだ。彼の『どこを切っても金太郎飴』的なチーム構成のやり方は、心底つまらない。選手は「素人の理科実験の道具」じゃない。


ビリー・ビーンが、自軍でメジャーデビューし(注:ドラフトはCHC)、トップスターのひとりにまで成長したオールスタープレーヤーを唐突にトレードしたことは、メディアのみならずMLBファンの間でも多くの議論を呼び、多くが懐疑的な見方を抱いた。ファンにとって最も理解できないのが、「いったいどんな根拠があって、ビリー・ビーンは期待度の高い29歳の三塁手をトレードしても大丈夫だと思えるのか?」という点だ。

給料が問題?
ドナルドソンの給料が高騰するのには、まだ時間がある。
言い訳にならない。

だが、この際だから「カネの話」は置いといて話を進めてみよう。以下では純粋に「野球選手としての能力比較」から話をする。
ドナルドソンの打撃成績:Josh Donaldson Statistics and History | Baseball-Reference.com

この疑問について即答したのは、Fangraph主宰デイブ・キャメロンくらいなのだが、ブログ主はトレード直後、こう書いておいた。

明らかにドナルドソンとブレット・ロウリーの打撃成績には「大きな差」がある。では、どういう「理屈」で考えると「2人は同じくらいの価値だ」なんてことがいえるのか?

まず、これを見てもらいたい。
上段は、トロントから獲得したブレット・ロウリーの2014年の「リアル打撃スタッツ」(70ゲーム)下段は、キャリア全体の打撃成績を「162ゲームあたりの数値に補正したシーズン平均値」だ。この「補正」ってやつをよく覚えておいて以下を読んでもらいたい。
Brett Lawrie Statistics and History | Baseball-Reference.com
ブレット・ロウリー 補正前後の打撃成績比較

補正の「前後」をしっかり比べてみてもらいたい。
何がわかるか。ブレット・ロウリーの次のような「潜在能力」だ。

ビリー・ビーンの目に映る」ブレット・ロウリー

もしも「長期にわたる故障やスランプがまったくない」ならば、本来のロウリーはもっと多くの、ヒット、二塁打、ホームランが打てる選手だし、必要なら盗塁もできる。ただ、三振数はかなり増えるし、打率や出塁率は、多少マシになる程度で、ほとんど改善しない。

この「脳内補正」が、ドナルドソン放出の謎を解く「鍵」だ。
(注意してもらいたい。ブログ主が「ロウリーの潜在能力」とやらを信じているわけでも、「実在」すると言っているわけでもない)

おいおいっ! ブレット・ロウリーは「故障のない選手」なのか? 長期のスランプを経験するタイプじゃないのか? だが、そういう「正しい疑問」は今は置いといてもらって(笑)、ひたすら読み続けてもらいたい。

ちょっと考えればこのブレット・ロウリーのサンプルから「類推」するだけで、ビリー・ビーンがこれまで選手採用の基準としてどの点を「重視」し、何を「完全に無視」してきたのか、ハッキリとわかるはずだ。(ただし、それは「ブレット・ロウリーには高い潜在能力があるから、能力が既に開花していて給料高騰も予想されるドナルドソンと交換してもいい」なんて単細胞な話でもない。話を続けよう)


ここまできたのだからオークランドの他の野手の打撃成績もみてみる。
たぶん「ビリー・ビーンの謎」の核心に、より迫れるはずだ。

ドナルドソン放出や、ビリー・バトラー、アイク・デービス獲得といった「個別の話」だけで終わってもつまらない。どうせやるなら、「ビーンが選手に求める打撃能力の具体的レンジ」や「彼がプラトーン・システムにこだわる理由」、果ては、彼の思考方法の「根本パターン」までも明らかにすることに挑戦したい。


表は、2014年のオークランド野手の「リアル」打撃スタッツだ。

補正前
チーム内で「特に良い数字」を赤の太字、「悪い数字」を黒の太字で示した。
2014年オークランド野手・打撃成績(補正前)
俊足のトップバッター。
三振と四球と打点とホームランの多いクリンアップ。
守備専門の、打撃のよくない二塁手。
意外性のある打撃をするキャッチャー。

なんともまぁ、平凡きわまりないラインアップだ。
出塁率が特別優れた選手を並べているわけでもない。もしジョシュ・ドナルドソンとブランドン・モスがいなかったら、全く機能しない打線だろう。
当然、この程度の打線では飛びぬけた打撃スコアをたたき出したジョシュ・ドナルドソンが「打線のコア」であって、トレードによる放出などまったく考えられない


ところが、だ。
補正後の表をみてもらうと、話がまったく違ってくる
続きを読む

damejima at 19:05

November 28, 2014

古参サイトのHardball Timesで、Jon Roegeleという人が今年10月に昨今の投高打低現象の原因を、「この数シーズン、ストライクゾーンが広がり続けていること」で説明する記事を書いている。

投高打低をどう理由づけするかは、人それぞれ異なる意見があるだろうけれど、このブログとしては、最近書いた記事の信憑性をより高めてくれた「最新ストライクゾーンデータ」を提供してくれた点を評価したい(笑)

The Strike Zone Expansion is Out of Control – The Hardball Times author:Jon Roegele

右バッターのストライクゾーン比較2009vs2014右バッターのストライクゾーン比較2009vs2014
左バッターのストライクゾーン比較2009vs2014左バッターのストライクゾーン比較2009vs2014


見てのとおり、「2009年と2014年のストライクゾーンの違い」で最大のポイントは、「低めの広さ」だ。(従来は広いのが当たり前だった左バッターのアウトコースが狭くなっていることにも驚いた)

もう少し具体的にいえば、「低めのゾーンが、ほぼルールブックどおりの広さに近づいた」ことが、近年のストライクゾーン拡張の最大のポイントといえる。
(よく「MLBのゾーンは日本より低い」とか無造作に書く人がいるが、過去のMLBの平均的なストライクゾーンがどういう形をしていたか、もういちどこのブログを読んで人生をやり直してほしい(笑) 参考ページ:カテゴリー:MLBのストライクゾーンの揺らぎ │ Damejima's HARDBALL


このブログでも2014年10月の記事で、最近の投高打低現象について、「アンパイアの若返りによる、判定の正確さの向上」という視点から若干の解説を試みて、アンパイアの正確さの向上が投高打低につながるというフロリダ大学のBrian M. Mills氏の論文も紹介した。
2014年10月31日、「MLBアンパイアの若返り傾向」と、「得点減少傾向」の関係をさぐる。 | Damejima's HARDBALL
「世代交代によるアンパイアの若返り」にどういう意味があるかというと、短くまとめるなら、「若いアンパイアほど、几帳面で、従順だ」ということだ。アメリカでもオトコは「草食男子化」しているわけだ(笑)
若いアンパイアは、データから推察する限り、「ルールブックどおりのストライクゾーンで判定したがる傾向」が非常に強い。彼らのゾーンに個性はないが、「正確に判定する能力」だけは、とてつもなく高い。
したがって、従来の個性的なMLBアンパイアたちが維持してきた 『ストライクゾーンの大きな個人差を許容する』というアンパイア文化は、いま大きく揺らぎつつあるわけで、アンパイアの世代交代の影響は近年、MLBのストライクゾーンに「従来にはありえなかった2つの傾向」を生み落とした可能性が高い。
1)ストライクゾーンが、より「ルールブックどおりのゾーン」に近いものに軌道修正された
2)ストライク・ボールがこれまで以上に正確に判定されている

結果だけみると、このブログも、Hardball Timesも、「ストライクゾーンがルールブックどおりのサイズに近づくことによって、投高打低現象が引き起こされている」可能性を指摘したわけだから、指摘の方向性そのものは似ている。

だが、残念ながらHardball Timesの記事には、「なぜストライクゾーンがルールブックに軌道修正されつつあるのか?」、「なぜルールブックどおりのゾーンだと投高打低になるのか?」について、解説も示唆もない。
Hardball Timesの記事はたぶん「広いゾーンは、打者に不利だ」程度の平凡な野球常識をベースに書いていると思われるが、「ゾーンが広がったこと、たったそれだけ」で投高打低のすべてを説明できるとは、到底思えない。

もっと簡単に言うと、ストライクゾーンさえ昔のように狭くすれば、再びバッター有利な時代が来るのか? 再び1990年代のようにホームランが急増し、得点も急増するのか?ということだ。
データ分析とスカウティングが全盛で、ステロイド禁止の今のMLBでは、「そんなこと、ありえない」と考えるのが妥当だし、当然だと思う。

「ストライクゾーンの拡張」は、投高打低を説明するファクターのひとつではあっても、すべてではない。もちろんこのブログでは、アンパイアのストライクゾーンだけが投高打低の理由だなどと考えたことは、一度もない。


かつて蔓延していた薬物不正を少しでも減らしていこうとするMLBの対策強化によって、あからさまなステロイド依存のホームラン量産ができにくくなったために、バッター、とりわけ低打率のスラッガー系打者は、打撃成績をキープするひとつの方法論として、「自分の狙いを極端なまでに絞りこむこと」を思いついた。

だが、これまでデータ分析に熱心でなかったチームも含め、MLB全体のデータ分析力が向上し続けていることによって、そうした「コースや球種に関する、打者の極端な絞りこみ」は、いとも簡単にスカウティングされてしまうようになってきている。
また打球コースの分析から、特にプルヒッターに対して極端な守備シフトをしくチームも増え、ヒット性の打球すらアウトにできてしまうようにもなってきた。


このブログでも、「狙いを絞りすぎのスラッガー」や、「得意なコースや球種が、あまりにもハッキリしすぎているバッター」について、何度となく書いてきた。
ジョシュ・ハミルトン。カーティス・グランダーソン、オースティン・ジャクソン。プリンス・フィルダー、BJアップトン、ケビン・ユーキリス(引退)。マニー・マチャド、ヤシエル・プイグ、サルバドール・ペレスなど。
彼らは、狙いを得意球種や得意コースに絞りこむことで打撃成績をキープしていると思われるタイプのバッターだが、彼らの「狙い」は、従来よりはるかに多くの投手、チームによって、より短期間で見抜かれるようになってきている。(だからこそブログ主は、彼らのようなバッターとの大型の長期契約に賛成しない)


投手が、スカウティングどおりに投げられない「コントロールの悪いパワーピッチャー」ばかりだった時代なら、引退したアダム・ダンが典型的だったように、投手のミスショットをひたすら「待って」フルスイングしていればよかった。
関連記事:2014年10月20日、やがて悲しきアダム・ダン。ポスト・ステロイド時代のホームランバッター評価の鍵は、やはり「打率」。 | Damejima's HARDBALL
彼らは、得意でない球は見向きもせず、ひたすら投手の甘いミスショットが来るのだけを待つ。たからこそ、見逃し傾向が非常に強く、打撃成績が四球と三振とホームランだけでできた「低打率のアダム・ダン型ホームランバッター」が量産された。(彼らの高出塁率で勘違いしている人間がほとんどなのだが、彼らの打撃は、けして効率的でも、「セイバーメトリクス的」でもない)

だが、日本人投手のように「コントロールがいい投手」が増え、その一方でストライクゾーンも広がるとなると、攻略方法がわかっている打者はスカウティングどおりの配球で簡単に封じ込められてしまう。
コントロールのいい日本人投手が近年のMLBで重宝される所以(ゆえん)である。(OPSのようなデタラメ指標と、四球の過大評価を、成績とサラリーの過大評価の「隠れ蓑」にしてきた「低打率のホームランバッター」が生きながらえられる時代はこうして終った)
投手としてパワーピッチに多少問題があっても、スカウティングとコントロールの良さの「合わせ技」でなんとか打者を料理できててしまうとしたら、「投手の時代」になるのは当然だ。

2012年10月6日、2012オクトーバー・ブック 「平凡と非凡の新定義」。 「苦手球種や苦手コースでも手を出してしまう」 ジョシュ・ハミルトンと、「苦手に手を出さず、四球を選べる」 三冠王ミゲル・カブレラ。 | Damejima's HARDBALL

2012年11月2日、2012オクトーバー・ブック 「スカウティング格差」が決め手だった2012ポストシーズン。グランダーソンをホームランバッターに押し上げた「極端なストレート狙い」が通用しなくなった理由。 | Damejima's HARDBALL

2012年11月6日、2012オクトーバー・ブック アウトコースのスカウティングで完璧に封じ込められたプリンス・フィルダー。キーワードは「バックドア」、「チェンジアップ」。 | Damejima's HARDBALL

2012年9月17日 アウトコースのスライダーで空振り三振するのがわかりきっているBJアップトンに、わざわざ真ん中の球を投げて3安打させるボストンの「甘さ」 | Damejima's HARDBALL

2012年8月20日、アウトコースの球で逃げようとする癖がついてしまっているヤンキースバッテリー。不器用な打者が「腕を伸ばしたままフルスイングできるアウトコース」だけ待っているホワイトソックス。 | Damejima's HARDBALL

2013年7月16日、ヤシエル・プイグは、これから経験するMLBの「スカウティング包囲網」をくぐりぬけられるか? | Damejima's HARDBALL

2013年7月5日、怖くないボルチモア打線 スカウティング教科書(1)マニー・マチャドには「アウトローを投げるな」 | Damejima's HARDBALL

2014年10月29日、2014オクトーバー・ブック 〜 ヴェネズエラの悪球打ち魔人サルバドール・ペレスにあえて「悪球勝負」を挑み、ワールドチャンピオンをもぎとったマディソン・"Mad Bum"・バムガーナーの宇宙レベルの「度胸」。 | Damejima's HARDBALL

damejima at 19:40

November 01, 2014

2014シーズンのMLBアンパイアの「判定の正確さ」について、こんなランキングがあった。
引用元:Umpire Auditor - Businessweek

ヒトをランク付けしておいて、何を基準にランキング化したのか、説明がサイト内にみつからないのは、片手落ちというか、無礼きわまりない話だが、correct call%と表現しているところをみると、おそらく「ストライク・ボールの判定の正確さ」で並べたのだろう。
後で説明するが、このランキングにはちょっと「眉唾な部分」があって、すぐに鵜呑みにしてはいけない。だが、それなりに面白いのは確かだ。アンパイアの年齢に注目して読んでもらいたい。

左から、名前correct call%年齢と生年
2014 MLB umpire accuracy ranking best 10
注:2014年MLBデビューのHal Gibson 靴了駑舛ネット上に乏しく、生年が調査できなかった。

2014 MLB umpire accuracy ranking worst 10

ベストアンパイア10人のうち、
CB Backnor(50代)を除いた全員が30代40代

ワーストアンパイア10人のうち、
Doug Eddings(40代)を除いた全員が50代60代

MLB機構は、50代以上のアンパイアに「老眼鏡を買うための補助金」を出すことを検討すべきかもしれない(笑)
MLBでは、アンパイアもプレーヤーと同じで、ロスター、DLという言い方をするわけだが、上位10位までに入ったアンパイアのほとんどが、つい最近マイナーからメジャーのロスターに採用されたばかりのアンパイア、あるいは、DL中のMLBアンパイアの補充のため臨時にAAAから上がってきたアンパイア、もしくは比較的若いMLBアンパイアで占められている。


データ元のUmpire Auditorにはなんの解説もないのだが、ブログ主は「年齢の高いアンパイアほどパーセンテージが低くなっているのには、以下のような明確な理由があると推測した。
年齢の高いMLBアンパイアは「そのアンパイア独自のストライクゾーン」をもっていることが非常に多い。そのため、ルールブック上のストライクゾーンをもとに計測すると、年齢層の高いアンパイアほど、より多くの誤判定をしているかのような結果が出てしまう。

その一方で、臨時雇いの若いアンパイア、マイナーから昇格したばかりの若い新人アンパイアは、自分のスタイルを貫くことより、律儀にルールブックどおり判定することを選ぶ傾向があるのではないか。

例えば、Mike Wintersは1958年生まれの55歳、ヴェテランのひとりだが、彼のストライクゾーンはルールブックより「横長」にできているといわれている。こうした「横長のストライクゾーンで判定するアンパイア」は、過去の調査結果からして、けして少なくない。
他にも、ゾーンが他のアンパイアより極端に狭い、あるいは、極端に広いアンパイアも、MLBには実際に数多く存在する。

つまり、過去のMLBにおいては「アンパイアごとのストライクゾーンの個人差」が長い間許容されてきた文化的歴史があるのだ。

関連記事:2010年10月29日、MLBのストライクゾーンの揺らぎ (2)2007年の調査における「ルールブックのストライクゾーン」と、「現実の判定から逆測定したストライクゾーン」の大きな落差。 | Damejima's HARDBALL
Mike Wintersの横長なストライクゾーン青色の線=Mike WIntersの横長のストライクゾーン 
赤色の線
=ルールブック上のストライクゾーン

多くのヴェテランはこうした「個人差を許容するストライクゾーン文化」のど真ん中で育ってきているから、当然、彼らの判定結果を「ぎちぎちのルールブックどおりの基準」にあてはめて測定すると、「誤判定だらけ」という結果がでるに決まっている。だから、最初に挙げた「正確さのランキング」は、必ずしもそのアンパイアの能力を表現できていない



こうした個人差を許容してきた昔ながらのMLBアンパイア文化をこれからも認めるべきかどうかという議論はともかくとして、いまのMLBアンパイアが世代交代による「若返り」の方向に向かっていることは確かだ。
(ブログ主自身は、アンパイアの個人差はあっていいと思っている。早くヴェテランをMLBから追い出せなんて、まったく思わない)

アンパイア若返りの背景には「野球のスタイルがやたらとSelectiveになって、ボールを見逃したがるバッターが増えすぎたこと」があって、引退したTim Tschidaが「1試合の球数が300にも達した結果、アンパイアの仕事が昔よりもはるかに激務になった」と語ったように、生半可な体力ではもうやっていけなくなっていることが理由のひとつとして挙げられるだろう。
参考記事:2014年10月21日、1ゲームあたり投球数が両チーム合計300球に達するSelective野球時代であっても、「球数」は単なる「負担」ではなく、「ゲーム支配力」、「精度」であり、「面白さ」ですらある。 | Damejima's HARDBALL


さて、「アンパイアの若返りによる画一化傾向」は、これからのベースボールにとって、次のようなことを意味していくのかどうか。
1)ストライクゾーンが、より「ルールブックどおりのゾーン」に近いものに修正されていく

2)ストライク・ボールがこれまで以上に正確に判定される

これらは野球のクオリティに直接関係するかもしれないトレンドであり、推移や影響を見守っていく必要があるかもしれない。

スポーツマネジメントなどを研究しているフロリダ大学のBrian M. Mills氏が2014年8月に発表した、1988年以降のMLBについてのある研究によると、プレーの判定精度がより正確になればなるほど、野球というスポーツのオフェンスのアウトプットは縮小する傾向にあるという。つまり、判定が正確になればなるほどゲームがタイトになって、得点が減る、ということだ。
This paper examines the role of changes in monitoring, technological innovation, performance standards, and collective bargaining as they relate to performance improvements among Major League Baseball umpires from 1988 through 2013. I find structural changes in performance concurrent with known bargaining struggles, and substantial improvements in performance after implementation of incentive pay and new technological monitoring and training. Not only do umpires improve performance in expected ways, but the variability in umpire performance has also decreased substantially. These changes have reduced offensive output often attributed to a crackdown on performance enhancing drug use in MLB.
出典:Expert Workers, Performance Standards, and On-the-Job Training: Evaluating Major League Baseball Umpires by Brian M. Mills :: SSRN


この研究論文はかなりの長文で、まだ全文を読んだわけではないし、確実なことはまだ何もいえない。この記事自体が「風ふけば桶屋が儲かる」的な話でないとも限らない(笑)

ただ、「アンパイアの若返り」が、仮に「ストライクゾーンのルールブック回帰」や「より正確な判定結果」をもたらすとしたら、当然ながら、MLBの野球に多少なりとも質的変化をもたらす可能性があること、そして、アンパイアの若返りやインスタント・リプレイの拡大も含めた「プレーの判定精度の画期的な向上」が、近年のMLBのオフェンス面での得点低下傾向に拍車をかける可能性もあること、それくらいの程度の話は誰もがアタマの隅に入れて、これからの野球を検討していく材料のひとつにしていいんじゃないかと思う。

damejima at 11:37
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