ケン・バーンズ

2014年2月12日、『父親とベースボール』 (10) 「文化伝達装置」としての「家族」 (付録:アメリカ東海岸の変質)
2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
2011年1月4日、NHK版"The 10th Inning"の「オリジナル版との違い」。
2010年10月10日、"The Tenth Inning"後編の語る「イチロー」。あるいは「アラスカのキング・サーモンはなぜ野球中継を見ないのか?」という考察。
2010年9月20日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーが、"The Tenth Innning"のケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックが行った「イチローインタビュー」について当人に取材して書いた記事の、なんとも哀れすぎる中身とタイトル。
2010年9月20日、ケン・バーンズの"The Theth Inning"の放映を来週に控えて、ちょっと彼の作品”Basebali"第1回冒頭のジェラルド・アーリーの有名な言葉を見直してみる。
2010年9月11日、イチローも登場するらしい9月末公開のスポーツドキュメンタリー"The Tenth Inning"を作ったケン・バーンズの横顔。彼の考える「MLB史におけるイチロー登場の意義」は、このブログと同じ。

February 13, 2014

ソチ五輪で素晴らしいメダリストが何人も誕生しているが、月並みな賛辞を言ってもしょうがない。記念に記事でも書いて贈っておこう。


英国のダーウィニストが「世代間の文化伝達」を以下の「3パターン」に分類している。
Vertical   (垂直:親子間の伝達)
Oblique   (斜め:親子ではない異なる世代間の伝達)
Horizontal (水平:同世代間の伝達)

父親とベースボール』というシリーズ記事の根底にあった意識のひとつは、「野球」という文化が人から人へ伝達されるにおいて、『親から子へ』 という特徴的な伝達パターンがみられる、ということだった。


とりわけ20世紀初期における『野球』という文化は、日米問わず「親から子へ垂直に継承され続けてきた」という面があり、そうした「バーティカルな世代間の文化伝達」は、この100年ほどの間、野球文化の発展の基礎になってきた。

上で紹介した3つの分類に沿っていうなら、マンガ『巨人の星』で星一徹が星飛雄馬に行った文化伝達は、パターン1の「バーティカルな文化伝達」、つまり、「親子間の垂直的な文化伝達」ということになる。
日本の阪神ファンなどもまさに典型だが、「親が熱心な野球ファン」だと、その「子供」はかなりの確率で「熱心な野球ファン」になって、野球という文化が継承・伝達されてきたのである。


だからドキュメント作家ケン・バーンズが、彼の有名なドキュメンタリー作品 "BASEBALL" の制作にあたって、ベースボール史を「家族の文化」として描く視点を持ったことは非常に的確な判断だったといえる。
Damejima's HARDBALL | 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。


星一徹の息子に対する文化伝達手法は、あまりにも強引すぎて、伝達というより「強制」ではある(笑)
だが、ちょっと考えてみると、職人仕事であれ、古典芸能であれ、伝統の継承において「親が子に、親方が弟子に、技能習得を頭ごなしに強いることがある」のはむしろごく普通にある話であって、それはなにも、日本だけに限ったことではないし、野球だけどころか、あらゆるスポーツにみられる。
例えば、ソチ五輪でハーフパイプで銀メダリストになった平野歩夢君にしても、父親はスケートボードパークを経営するほどスポーツ熱心な方で、そういう家庭に生まれ育ち、父親の影響を強く受けて始まっている彼の人生は、文化伝達のパターンだけから見るなら、「典型的な星飛雄馬型」なのである。
たとえホリゾンタルな同世代意識が強い「横乗りスポーツ」だからといっても、本当のエキスパートは、「ホリゾンタルな同世代間の文化伝達」、平たくいえば、「仲間うちの遊び」から、自然発生的に生まれてくるわけではないのだ。

「バーティカルな文化の強制は、非民主的で保守的だからよくない。ホリゾンタルな文化伝達こそ、民主的で自由で素晴らしい」などと、硬直したことを言いたがる人がよくいる。
しかし、もともとなんの色ももたない場所に、何の根拠もなくヒューマニズムだのイデオロギーだのをもちこんで、これは善、これは悪と、むりやり善悪で色を塗り分けて「マップ化」しようとする行為は、文化を自分の考えを正しく見せかけるために利用しているだけに過ぎない。


さて、『父親とベースボール』を書いていて気がついたことのひとつは、『家族』という「システム」がいつの時代でも同じではなかったこと、「近代の家族システム」は「近代以降にできた、過去に例を見ない特殊な制度」であり、そして、『家族』という制度は近代の成立と発展において、ある種の『文化伝達装置』として重要な役割を果たしてきたということだ。

ブログ注:
Greece Architecture「古代ギリシアにだって、アリストテレスのいう「オイコス」のような「家庭」があったように、『家庭』なんてどんな時代にもあっただろ」と、議論を吹っ掛けたくなる人もいるだろう。
だが、ここではまだ詳しく書かないが、その議論はまるで的外れだ。
なぜなら、古代ギリシアに限らず、近代以外における「家族」というものは「共同性の維持」を前提にして成立している。他方、「近代における家庭」は、内部に風呂から台所まで、あらゆる「装備」が内蔵され、共同体から独立して存在する特殊な閉鎖空間、いわば「家族だけのシェルター」なのであって、コミュニティーの共同性維持を、実はまったく前提にしていない。この点において、「近代における家庭」は、それまでの時代のものとは全く違う、特別な存在なのだ。


ところが近年、この近代を支えてきた家族システムに「ほころび」が生じてきている。「近代における家族」というシステムが十分な機能を果たさなくなってきているのである。

例えば、かつて『父親とベースボール』で書いたように、データでみる「アフリカ系アメリカ人におけるシングルマザー率」は非常に高い。
資料:2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。 | Damejima's HARDBALL

こうしたアフリカ系アメリカ人家庭における「父親不在」は、おそらくアフリカ系アメリカ人コミュニティが瓦解に向かう要因のひとつであり、また、ベースボールという文化が親から子へバーティカルに伝達されるのを阻害する要因にもなっていると、ブログ主はますます思うようになってきている。

アフリカ系アメリカ人とMLBのつながりが希薄になりつつあることについて、シングルマザー家庭の経済力の弱さや野球用具の価格の高さといった経済的な理由から説明を試みる人たちもいる。
記事:2012年6月11日、MLBにおけるアフリカ系アメリカ人プレーヤーの減少について書かれたテキサス大学ロースクールの記事を訳出してみた | Damejima's HARDBALL
だが、かつて寺山修司が、日本が貧しかった時代にキャッチボールが人と人の心を結びつける接着剤になった、という意味のことを言ったように、「生活の困窮」だけでは必ずしも「野球をやらない理由」や「野球を遠ざける理由」を説明できない。

ブログ主としては今のところ、「文化伝達装置としての家族が機能不全を起こしていること」が、アフリカ系アメリカ人におけるベースボール文化の継承を最も妨げている要因であるように思えてならないのである。


例えば、「テレビ」や「視聴率」にしても、それは「家庭という単位にそれぞれテレビがあること」、「テレビから家庭に向けて情報が発信されること」、「家族がテレビを見ながらメシを食うとかして、共通の話題をもち、親子が文化を共有し、文化を相互伝達しあうこと」などを前提に成立してきた。
つまり、根本をただせば「マスメディア、マスプロダクトを含む20世紀初頭に成立したマス社会そのものが、『家族という生活単位』が社会全体にまんべんなく分布・成立していて、なおかつ、家庭が安定的に機能し続けていることを前提にしていた」のである。
だから、家族という固まりが個人に細分化されていくこの時代にあって、「テレビ」だの「視聴率」だのという制度が昔のような機能を果たせなくなっているのは当然の話であり、いまさら巨人戦の視聴率を議論する時代でないのは、野球ファンの立場からいっても、当然なのだ。


そこに歴史的な必然性があるにせよ、ないにせよ、近代社会の構成単位として機能してきた「家族という構成単位」が、まるで手紙や書類をシュレッダーにかけるかのように、「個人という単位」というものに細分化されていくと、当然ながら、文化伝達のスタイルに非常に大きな影響が出る。
例えば、近代を特徴づけていた「バーティカルな親子間の文化伝達」がやや廃れていき、同時に「ホリゾンタルな同世代間の文化伝達」がよりパワーをもつようになっていく可能性は、たぶん高い。(ホリゾンタルな繋がりから成り立っているTwitterやFacebookなどのコミュニケーションツールは、まさにホリゾンタルな文化伝達の典型だ)


だが、そうだとしても、
文化というものは、世代間伝達される手法が、タテだろうと、ナナメだろうと、ヨコだろうと、そんなことよりも「伝承され続けること」そのものによって、より強くなるという面が確実にある。これを忘れてほしくない。(気を付けてほしい。伝達ではない。「伝承」だ)


1970年代のスケートボード・レジェンドのひとりShogo Kuboと平野歩夢について書いたばかりだが、両者の間に40年の歳月と世代の隔たりはあるにしても、トリックの底に流れるモチベーションにまったく差はない。
Damejima's HARDBALL | 2014年2月8日、Z-BoysのShogo Kuboからハーフパイプの平野歩夢まで、日本人横乗りライダーの40年。「写真」が追いつけないほどの平野君の「ビジョン」。
日本のノルディック複合にしても、20年前も前に悔しさを味わった荻原兄弟のような人たちが、発展を諦めることなく、Oblique(斜め)の文化伝達、つまり「親子ではない異世代間の文化伝達」に献身し続けてきてくれたことによって、日本のノルディック複合の「強い遺伝子」が途切れることなく「継承」された。

だから結局のところ、
文化を強める決め手とは、タテ・ヨコ・ナナメとかという「伝達方向」ではなくて、「積み重ねられた伝承回数」なのではないか、などと思うのである。



蛇足として、野球における文化伝達に影響を与えているアメリカの地域社会の変質について、もう少し注釈を加えておきたい。

ベースボールはアメリカ東海岸で生まれ、スケートボードのような横乗りスポーツは西海岸で発展した。確かに2つのスポーツの印象は違う。
それは「文化伝達のスタイルが、バーティカル(親子間)か、ホリゾンタル(同世代間)か」という違いからくるのではなく、むしろ、「アメリカのどこで生まれたか?」という「地域差」のほうがはるかに大きいはずだ。

例えば、ドジャースには、かつてニューヨークにあった時代にジャッキー・ロビンソンをMLBに受け入れ、そして、1958年に西海岸に移転してからも、徒手空拳でMLBにトライした野茂英雄を快く受け入れてくれた「おおらかさ」があった。そのドジャースの鷹揚な文化と、イチローを自分たちの成金文化にあくまで従わせようと必死になるヤンキースを比べれば、両者の「文化の差」は歴然としている。
こうしたヤンキースの文化的な狭量さは、ベースボール全体が抱える問題ではなく、単にヤンキース独自の問題にすぎない。ベースボールのすべてが「バーティカル」で「成金」なわけではないのである。


かつてアメリカ東海岸は、大量の移民を受け入れながら、おおらかでエネルギッシュだった時代を過ごしてきた。移民たちの膨大なエネルギーは20世紀初頭のアメリカの産業発展の基礎を担って、アメリカを大国に押し上げると同時に、MLBの発展についても多大な貢献を果たした。
ブルックリン・ドジャースやニューヨーク・ジャイアンツは、そういう時代のニューヨークで生まれ育ったチームだ。
記事:2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史) | Damejima's HARDBALL

だが、サイモン&ガーファンクルが "America" という曲の歌詞で "All gone to look for America" と歌ったように、東海岸に暮らす大量の移民層は、当初こそ移民ばかりが暮らす都心のゲットー(=注:ナチスドイツ占領下のヨーロッパの「ユダヤ人ゲットー」のことではないので注意)やダウンタウンで不安定な生活に耐えつつ、近所にある「地元のボールパーク」での野球観戦などを楽しみにして暮らしていた人も多かった。
だが、やがて収入が安定し、徐々に離陸を果たして中流層になっていくと、数十万人という規模で「都心を去って郊外に移り住む人」が激増し、野球の聖地ブルックリンでさえエベッツ・フィールドに空席が目立つようになる。(ニュージャージー・ターンパイクなど、ニューヨーク周辺のフリーウェイの渋滞激化も、そうした「都心の白人たちの郊外移住と、郊外から都心に通う人々の増加」を示している)
2013年5月4日、「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。アメリカにおける「放浪」の消滅(3) サイモン&ガーファンクルの "America"の解読〜ニュージャージー・ターンパイクの渋滞の中で気づく「若者を必要としないアメリカ」 | Damejima's HARDBALL

こうした移民の質的変貌とニューヨークの変質ぶりは、例えばニューヨーク市立大学シティカレッジの輩出する人材の変化にもよく表れている。
20世紀初期、この大学は授業料が無料だったために、ヨーロッパでの迫害を命からがら逃れて来た貧しいユダヤ系移民(=下記の記事で指摘しておいた「第4波のユダヤ系移民」)が大挙して集まった。
資料:ユダヤ系移民史/2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史) | Damejima's HARDBALL

ニューヨーク市立大学シティカレッジが送り出す人材の届け先は、当初はThe New York Intellectuals(=「ニューヨーク知識人」)と呼ばれるリベラルなグループだったが、やがて新・保守主義(=ネオ・コンサーバティズム、いわゆる「ネオコン」)に変わり、その翼は大きく旋回した。
彼らの指向の変化を、知的彷徨だのなんだのと褒めちぎりつつイデオロギーの上から追いかけまわすと、わけがわからなくなって道に迷うだけだが、旋回の根底にあるエネルギー源が「移民層の社会的地位の向上」であることに気付くと、話は一挙にわかりやすくなる。
簡単にいえば、「経済的離陸を果たした移民層が、社会的な地位の向上によって、考え方を大きく変えた」のである。
(残念なことに、人は社会の底辺にいれば「社会を壊せ」などといい、浮上すればこんどは「社会を守れ」などといいだす。まことにやっかいな生き物なのだ。猪瀬直樹なども、ジャーナリストだった時期と、東京都知事である時期とで、別人のようなふるまいをしていたに違いない)

こうしてアメリカ東海岸が、移民時代に培った「おおらかさ」を失い、よくある保守的な土地のひとつとしての性格を帯びていくと、東海岸の住民であるジャック・ケルアックが1940年代に古きよきアメリカを探して東海岸を抜け出し、西海岸に向かって北米横断の放浪をしたように、移民時代以前にあった昔のアメリカのおおらかな空気は、こと東海岸では、図書館の書物の中にしか存在しなくなっていく。(実は、ケルアックが放浪旅を決行したときには、アメリカ国内における「放浪という文化」はほとんど根絶やしにされつつあった
Damejima's HARDBALL | カテゴリー : 『1958年の西海岸』 アメリカにおける放浪の消滅

Damejima's HARDBALL | 2013年5月4日、「1958年の西海岸」 特別な年、特別な場所。アメリカにおける「放浪」の消滅(3) サイモン&ガーファンクルの "America"の解読〜ニュージャージー・ターンパイクの渋滞の中で気づく「若者を必要としないアメリカ」

ブルックリン・ドジャースとニューヨーク・ジャイアンツが新興チームであるヤンキースに押し出されるように西海岸に転出することになった背景には、こうした「20世紀以降のアメリカ社会の質的変化」が隠れているのである。

自由の女神は今もたしかにニューヨークにあり、そしてヤンキースはあいかわらずあたかも自分こそがニューヨークとMLBの盟主であるかのようにふるまいたがっている。
だが、だからといってニューヨークという街が、いつまでも永遠に本来の意味のアメリカらしさを失わず「アメリカらしい自由の象徴」であり続けているわけではない。

「90年代からすでに(ニューヨークの)保守化は進んでいるよ。ジュリアーニが市長になってからはずっとそう。今のNYは昔よりもずっと安全なぶん、ずっと退屈。ただの金持ちのための街になってしまった。」
----ジェームズ・チャンス(ミュージシャン)


damejima at 04:12

June 30, 2012

ワシントン州スポケーンは、セーフコ(A)を起点にすると、高速道路I-90を東へ280マイル、約4時間半の道のりにある街だ。(ブログ注:スポケーンと長年の交流がある姉妹都市、兵庫県西宮市では、主に「スポーケン」と、少し違う表記が採用されている)


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野球界でスポケーンといえば、ストットルマイヤー親子が有名だ。

父親メル・ストットルマイヤー(=メル・シニア)は、ヤンキースで164勝を挙げ、オールスターに5回出場している名右腕。その後ヤンキースで投手コーチをつとめ(1996-2005)、のちに、2008年ジョン・マクレーン監督時代のシアトル・マリナーズで1年だけ投手コーチをつとめた。(メル・シニアは1977年にマリナーズのroving instructor、つまり巡回コーチ職にあり、2008年が最初のシアトルでのコーチ就任ではない)

Mel StottlemyreTodd Stottlemyre(左)父親メル
(右)息子トッド

オヤジと息子の写真を比べる。連続写真かと思うほど、あまりにもたたずまいが似ている(笑)

トッド・ストットルマイヤーは、1965年ドラフト1位(全体3位)でトロントに入団し、138勝を挙げ、ルー・ゲーリッグ賞なども受賞した。(引退後、あのメリル・リンチで証券アナリストをやったという異色の経歴の持ち主でもある)
この親子2人の勝利数は302勝で、これはMLB記録。また、親子でワールドシリーズに出ていることも、Jim BagbyとJim Bagby Jr.に続くMLBで2例目という珍しい記録。

Baseball: Fathers and Sons - Fun Facts, Questions, Answers, Information

Todd Stottlemyre Statistics and History - Baseball-Reference.com



スポケーンで、ストットルマイヤー親子以上に有名な「親子」といえば、「父の日」の発案者として知られているソノラ・スマート・ドット(Sonora Smart Dodd)と、その父だろう。

Sonora Smart Dodd
ソノラは、母親の死後、彼女を男手1つで自分を育ててくれた父親に感謝するため、教会の牧師にお願いして父の誕生月である6月に礼拝をしてもらった。式典は翌年1910年6月19日に行われたが、このことがきっかけで、いわゆる「父の日」が生まれ、以来、世界中に「父の日」を祝う習慣が広まった、といわれている。
(世界の数多くの国では、「父の日」は6月の第3日曜だが、違う月、違う日に「父の日」を制定している国もたくさんある 父の日 - Wikipedia



日本野球界で最も有名な「親子」、といえば、星一徹・星飛雄馬親子だろう(笑)(梶原一騎原作 川崎のぼる作画)

星一徹氏は、巨人での現役時代、右投げの三塁手で、背番号は18という設定。第二次大戦での肩の負傷により送球能力を喪失し、失意のドン底に落ちるが、妻・春江さんの励ましで再起を果たし、巨人復帰。肩の故障からくる送球の遅さを補うため、一塁へ走る打者走者の目前を横切ってから急激に曲がって一塁手のミットにおさまる、「魔送球」なる奇手を編み出した、と資料にある。
現役引退後は酒浸りの荒れた日々を送ることなるが、それでも野球への未練を断ち切れず、星一徹氏は、妻・春江さんの死を経て、その「行き場を失った野球への情熱」を、息子・飛雄馬にぶつけるようになり、異常なまでのスパルタ教育で息子に野球をたたきこむ。

星一徹・星飛雄馬親子

矢吹ジョー

巨人の星』(1966-1971)の原作者梶原一騎氏が、同時期に、ボクシング漫画の名作『あしたのジョー』(1967-1973)の原作も書いていたことは非常に有名な話だが、違うスポーツの、それも、これほど対照的な設定の2人の主人公のストーリーを、ひとりの同じ原作者が書いていたのだから、これはもう梶原一騎氏の類まれな才能のなせる技としか言いようがない。


ちなみに、
星飛雄馬と、矢吹ジョー
この2人の人物の「最も違う点」は、なんだろう?

梶原一騎作品の主人公とそのライバルは、たいていの場合、片方の親を亡くしているか、両親ともいない、あるいは捨てられた、という設定が多く、孤児の場合は師匠が親代わりになるという設定がお約束、とは、よくいわれる逸話ではあるが、星飛雄馬と矢吹ジョー、この2人の比較に関しては「決定的な違い」がある。

父親の存在」である。

もし、星飛雄馬に父親・星一徹氏がいなかったら、ストーリーはまるで違うものになっていただろうし、また『あしたのジョー』の矢吹ジョーの父親が生きていて作中に登場していたりしたら、これまた、まるでニュアンスの違うストーリーになってしまっただろう。


かつてこのブログで、アカデミー賞やエミー賞を受賞している映像作家ケン・バーンズのMLBに関するドキュメンタリー作品 ”Baseball”について、こんなことを書いた。

(MLBの野球は)
両親から子供に大切に伝えられてきた
「家族の文化」である


ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月10日、"The Tenth Inning"後編の語る「イチロー」。あるいは「アラスカのキング・サーモンはなぜ野球中継を見ないのか?」という考察。

Baseball: A Film by Ken Burns (Includes The Tenth Inning)Baseball: A Film by Ken Burns (Includes The Tenth Inning)


梶原一騎氏が、2人の主人公の置かれた境遇の違いについて、「父親のいる星飛雄馬」と、「両親ともいない矢吹ジョー」と設定したことについては、それが意図的なものか、それとも無意識にそうしただけなのか、そこまではわからない。
だが、スポ根マンガ特有の暑苦しさ(笑)や、見た目の絵柄の好き嫌いはともかく、「野球というスポーツにとっての『父親の存在』の大きさ」を考えると、ボクシングマンガにおいては父親の存在を描かなかった梶原氏が、こと野球マンガに関しては「父親と息子」というコンセプトを貫いていることは、野球というスポーツの本質のひとつを突いた慧眼だったのは間違いない。


プレーするにしても、あるいは観戦するにしても、野球というスポーツを楽しむ上で「父親という存在」がどんな決定的な位置を占めるのか? を考えると、
いまの時代のMLBで、アフリカ系アメリカ人プレーヤーが減少している理由のひとつを考える上で、重要なヒントがもたらされる

この次は、この10年で増加してきたアフリカ系アメリカ人の「父親の不在」と、MLBにおけるアフリカ系の減少の関係について書いてみる。

damejima at 06:08

January 05, 2011

とあるところ、というか、いつもの某巨大掲示板だが(笑)、そこで元日にNHK BS1で放映されたケン・バーンズ"The 10th Inning"(以下 NHK版と呼ぶことにする)について、「オリジナルに手を加えて放送しているのではないか?」という書き込みを見て、多少気にかかったので検証してみようという気になった。

やっとNHK版が手に入ったので、英語版DVDを使って比較してみることにした。

比較方法は、以下のとおり。
1 2つのソースを同時に流す
2 ソース同士の相違点が見つかりしだい、両方を止める
3 ソースAのもつ相違点の映像が、他方のソースBにあるかないかを探す
4 原因がわかり次第、1~3を再開

なんとも原始的な方法だ(笑)あまりにも原始的すぎて、ものすごく手間がかかる(苦笑)途中でめんどくさくなったので、NHK版の第1回、第4回だけを検証することにした。根気がなくて申し訳ない(笑)
検証したNHK版の第1回、第4回は、オリジナルでいうと、2010年秋の第1夜放送の前半部と、第2夜放送の後半部ということになる。


結論からいうと、

1 NHK版は、オリジナル版とまったく同じものではない
2 NHK版は、オリジナル版のあちこちをカットすることで出来上がっている
3 ブログ主の検証するかぎり、NHK版に「オリジナル版には存在しないカットの追加」あるいは「映像の意味を大きく変えるような、影響力の大きいカットのいれかえ」は見られない



NHK版が「オリジナル版からカットしたシーン」の主なパターンは、主に以下の5つのパターンからなる。

1 ステロイド問題だけに限らない様々なテーマに関するコメンテーターのコメント(コメントの一部だけをカットするケースはみられなかった。カットする場合は、コメント全体がカットされている)
2 ステロイド問題に関するMLB選手のスーツ姿の証言シーンの大半
3 マニー・ラミレスの50日間出場停止に関係するシーン
4 コルクバット問題に関連するコメントの一部
5 チャプター開始部分によくあるイメージ的なイントロダクションの一部



NHK版は、オリジナル版をカットすることで出来上がっている。
最も多くカットしている箇所は、具体的には、上の5つのパターンのうち、1番目の「コメンテーターのコメント部分」である。
NHK版は、2日間にわけて放映されたオリジナル版と違って、4パートに分かれているが、オリジナル版を見ていない人は、「NHK版は、ひとつのパートあたり、4つから5つくらいのコメント部分がカットされている」と考えておく必要がある。

ステロイド問題についての変更だが、オリジナル版では、たぶん議会の公聴会かなにか公式の場所での映像だろうと思うが、スーツ・ネクタイ姿のサミー・ソーサ、あるいはマーク・マグワイヤが、鋭い質問に答えさせられている生々しいシーンが結構あるが、これはNHK版には、ない。
また、オリジナルには、MLBコミッショナーバド・セリグ氏がステロイド問題について語ったコメント箇所があるが、NHK版ではカットされている。

さらに、オリジナル版には、マニー・ラミレスの50日間出場停止を伝える新聞を大きく映し出したカットが存在しているのだが、これがNHK版ではきれいさっぱりカットされている。



評価などというものは、見た人それぞれの考え方、価値観に大きく左右される。それだけに、オリジナル版とNHK版の違いをどう考えるかについてのコメントは、あえて避けておきたいと思う。
たとえば、NHK版を見るだけでは、"The 10th Inning"においてケン・バーンズは、ステロイド問題をバリー・ボンズを、ひとり「悪者」にして語っているかのような勘違いした印象をもつ人も出てくるような気もしないでもないが、ケン・バーンズはステロイド問題がバリー・ボンズ個人の問題だという形で描こうなどとしてはいない。



ひさしぶりに"The 10th Inning"を見返してみて、MLB全体のストでファン離れを起こした時期に、カル・リプケンが深夜までファンの相手をし、サインをし続けた行為の尊さをあらためて思い知らされた。(もちろんリプケンだけでなく、当時のプレーヤー、現場の関係者の多くが、ファン離れを食い止め阻ようと、それぞれに地道な努力をしたことだろうと思う)
連続試合出場のような種類の記録が意味を持つには、やはり記録そのもの以外に、その選手がファンから与えてもらって積み重ね続けてきたリスペクトの厚みが加わってこそ、記録として輝く。

だが、残念なことに、そうした「地道だが偉大な行為」があった同時期に、ステロイドによる不自然な筋力アップがあった。また、ステロイドだけではなく、飛ぶボールの採用やストライクゾーンの姑息な操作などもあり、90年代の「不自然なホームラン時代」は、大掛かりに「演出」されていった。
バリー・ボンズの不自然な記録には、ファンの敬意の存在しない荒野がふさわしい。


だが、だからといって、「だからMLBはダメなんだ」とか、「MLBは間違っている」とか、理性のない子供のような短絡をしてもらっては困る。
"The 10th Inning"を見ればわかることだが、当時のスポーツメディアの大半がステロイド問題の指摘をスルーまたは黙認する一方で、スタジアムには、ステロイドの卑劣さ、卑怯さを非難する数多くのファンがいた。
卑劣な行為が公然と行われることもないわけではないのがアメリカだが、それを非難して正そうとする人が多数存在するのもアメリカだ。そういう、立場の違う人が混在して右往左往するアメリカ社会の、泥臭くて、エネルギッシュで、そして、ややこしい部分が、去年で終了した人気テレビドラマの"24”ではないが、"The 10th Inning"の描く「野球
」が面白い理由のひとつだ。
オリジナルの"The 10th Inning"は、けして「野球は神聖だ。だからステロイドで汚すな」と、いい子ちゃんが道徳を主張するために映像をつなぎあわせているわけではない。「酒に溺れたバリー・ボンズの父親」も描くし、「ステロイドに溺れたバリー・ボンズ」も描く。ステロイドの存在はともかく、人間そのものを完全否定してはいないのである。
ドキュメンタリーは裁判所ではない。だから一見すると、「"The 10th Inning"はMLBのさまざまな過ちに曖昧な態度を取り続けている」ように見えるが、そうではない。


ブログ主が少なくともいいたいのは、スポーツでも映像メディアでも、「不自然な演出」は、結局はファンとプレーヤーの夢をないがしろにする、ということ。いつぞやのダメ捕手城島の不自然すぎる3年契約もそうだ。あんな馬鹿げた行為、どうすると押し通せるというのだ。

野球の現場はあくまで「ファンとプレーヤーが出会う場所」であって、オーナーの自己満足のための場所でも、出来そこないの自称スポーツライターの「結論ありきの作為」がありありとわかる未熟な技術を人にみせびらかすための場所でもない。

不自然な演出」は、結局のところ、気分の悪い結果しかもたらさない。それはハッキリしている。






damejima at 18:24

October 12, 2010

ケン・バーンズの"The Tenth Inning"が2010年9月28日・29日にPBSで放映された(Baseball The Tenth Inning: Home | PBS)が、イチローが登場する29日放映の後編のコンセプトは

2001年という年と、それからの10年が
 アメリカと、メジャーリーグベースボールにとって、
 どれほど大きな意味があったか、を描く」

という点にある。


もう少し詳しく説明しておかないとわかりにくいだろう。

"The Tenth Inning"後編は、イチローを 「バリー・ボンズの対極に位置する究極的プレーヤー」としてとらえている。
つまり、ボンズを、90年代末までのステロイドによるホームラン量産時代の象徴、イチローを、ボンズ時代とは対極にある2001年以降の「ポスト・ステロイド時代」のベースボールの象徴としてとらえ、「イチロー」の代表する「クリーンなベースボール」に対してアメリカ野球史における非常に重い位置付けを与えている。(ただしボンズを完全否定して番組構成しているわけではない)そのため、29日の後編では、"Ichiro"という独立したチャプターがイチローに与えられている。

また"The Tenth Inning"後編は、2001年の同時多発テロで大きなダメージを受けた「アメリカの傷」にとってベースボールが果たした「癒し」の意味を、バリー・ボンズとイチローを対極的な存在として象徴的に扱う構図の中で描きだしている点にも、大きな特徴がある。
バリー・ボンズがアメリカにもたらしたものが「劇薬の痛み止めによる熱狂」だとすれば、イチローがもたらしたのは「ベースボールの歴史の本流への回帰による癒し」ということになる。
まぁ、劇薬による痛み止めと、自然やスローライフによる癒しとの違いとでも思っておけばいいと思う。
(ちなみに日本には、第二次大戦で荒廃していた人と人との繋がりを復活させたキャッチボールの素晴らしさについて故・寺山修司氏が書かれた名文がある。野球とボクシングの好きだった寺山氏は1983年没で、イチローは1973年生まれ。)



2001年9月11日の同時多発テロで、MLBのゲームは1週間中止されたが、再開された直後、テロで傷ついた心を抱えたアメリカは、バリー・ボンズによるマーク・マグワイアのホームラン記録70本の更新に熱狂した。
("The Tenth Inning"にはもちろんジョー・トーリがニューヨークの消防のキャップをかぶっているシーンも収録されている)
だがその後、90年代末以降の「ベースボール」が、ボンズやマグワイアのホームラン量産を含めてステロイドまみれであることがわかり、2007年のミッチェル・レポートは多数のプレーヤーの不正を告発した。
1998年にはナ・リーグでマクガイヤとサミー・ソーサがホームラン王争いを演じ、ア・リーグでは1998年から2000年までの3年間、後にステロイド問題を起こすロジャー・クレメンスアンディ・ペティットのいたヤンキースが3年連続ワールドチャンピオンを独占したが、2001年以降はワールドシリーズの優勝チームは毎年入れ替わるようになり、ホームラン王の打つホームラン数は一気に下がった。(こうした現象の背景には、球団間の戦力格差是正や収益再分配のためにMLBコミッショナーのセリグ氏がとった改善策の効果もある)


"The Tenth Inning"が主張するのは、
テロで傷を負ったアメリカが、心を癒すために帰るべきホーム・スイート・ホーム、幸福な家族の時間は、実は、ボンズ、マグワイア、サミー・ソーサなどがホームランを争った90年代末のアメリカ野球ではなかったはずだ、ということだと思う。
アメリカを本当の意味で癒すのは、そういう「ステロイドまみれの劇場」に熱狂することではなく、アラスカのキングサーモンがやがては故郷に帰るように、ベースボールという大きな歴史を創造してきた本流に帰ることだ、というのが、"The Tenth Inning"が主張する「9・11同時多発テロ以降のアメリカ野球」だろう。
(だからこそケン・バーンズはイチローの特徴を「クリーンさ」だと言っている。ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月20日、シアトル・タイムズのスティーブ・ケリーが、"The Tenth Innning"のケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックが行った「イチローインタビュー」について当人に取材して書いた記事の、なんとも哀れすぎる中身とタイトル。

イチローのチャプターでは、ウィリー・キーラージョージ・シスラータイ・カッブなど、ベースボール創世期の名プレーヤーの名前が出されて、イチローの業績の意味が説明されている。

"The Tenth Inning"によるイチローの評価は、ボンズがマグワイアの記録を破ったような「他のプレーヤーの記録の更新」にあるのではない。
そうではなくて、大事なのは、
この10年イチローが持続し続けてきたプレースタイルによって
ファンの誰もが忘れていた、100年前のアメリカでベースボールが出来た頃のフィーリングやスピード感」を、まるで何かの魔法のように現代アメリカの地表に掘り起こして、「ほら、これが90年代末に皆さんが忘れていたベースボールの原型であり、ここが皆さんの還る源流なんですよ」と示してみせたこと
にある。



ベースボールという大河の源流はどこだろう。
それはケン・バーンズの前作"Baseball"を見れば、
よくわかる。

"Baseball"という作品はただの歴史年表とは違う。
この作品が教えてくれるのは、アメリカとアメリカの歴史にとって「ベースボール」は、まるで「自分と自分の大切な家族とのかかわりを語る長い長い物語」のような、ノスタルジックでベーシックな関係だということだ。
ケン・バーンズの長い物語では、タイ・カッブやベーブ・ルースをはじめ、たくさんの名プレーヤーが登場するが、彼らのプレーや記録はベースボールとアメリカの歴史の背骨であるにしても、名プレーヤーもファンも、歴史という大きな存在の一部にすぎないことには変わりがない、という立場が貫かれている。
だから、両親と子供の野球観戦の場面ひとつとっても、普通の家庭で、まるで遺伝子が親から子に伝わるように、ベースボールの楽しみが両親から子供に大切に伝えられてきた「家族の文化」であることが描かれる一方で、MLB関係者たちや過去の名プレーヤーも、普通の親子とまったく同じように、「子供の頃、両親にボールパークに連れていってもらったり、一緒に野球をやった思い出の素晴らしさ」を目を輝かせて語るのである。
プレーヤーも、彼らのプレーを楽しみつつ大人になり、さまざまな形でアメリカの歴史を支えた人々も、全くかわりなく、同じアメリカの一部であって、両者の間になんの優劣も本来存在していないことを、ケン・バーンズはそれぞれの時代の音楽と映像の積み重ねで描いている。


だから、うまく言えないが、"Baseball"が語る「アメリカとベースボールの100年」は、野球という競技の100年の歴史的概説などというつまらないものではなくて、"Baseball"の国に生まれ、育ち、家族をもうけて、やがて死んでいった人たちが、平凡に、しかし素晴らしく積み重ねた歳月の考古学なのだと思う。

"Baseball"の国には、他のどの国とも変わらない一時的な熱狂があり、戦争、事故、自然災害、さまざまな不幸もある。ここには他のどの国とも変わらない多くの間違いもあるが、他のどの国にも負けないほど多くの正しさもある。
けれど、結局はいつの時代も、どの国でも、生まれ、育ち、家族をもうけて、死んでいく人間の営みの幸せは変わらない。


川で生まれて大洋に出ていき、やがては生まれた川に帰るサーモンの一生と、われわれ人間の一生、どこが違うのか?

答えは簡単だ。
人間には「ベースボール」があり、サーモンにはない。
それ以外は、何も変わりない。
(こんなことを言うとジェラルド・アーリーならたぶん、「サーモンには、ベースボールもないが、ジャズもないだろ!」とか不満を言うだろう(笑)ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月20日、ケン・バーンズの"The Theth Inning"の放映を来週に控えて、ちょっと彼の作品”Basebali"第1回冒頭のジェラルド・アーリーの有名な言葉を見直してみる。


サーモンは帰る川をわかっているが、人間は、もしどこに帰ればいいかわからなくて困ったら、どうすればいいか。
「ベースボール」という大河の源流に帰れればいい。
簡単にいえば、そういうことを、イチローの2001年以降の10年という歳月とプレーが教えてくれた、と、今回の"The Tenth Inning"は語っているのである。






damejima at 04:49

September 21, 2010

いやー。これは面白い記事だ。
ちょっと褒めているのとはニュアンスが違うけれど(笑)
面白い。絶対に読むべき記事。


シアトルの地元紙シアトル・タイムズの、無難な記事を書くしか能がなく、ちょっと保守的なコラムニスト、スティーブ・ケリーが、"The Tenth Inning"の制作にあたって、ケン・バーンズと共同監督のリン・ノビックイチローに行ったインタビューについて、なんとも哀れな記事を書いている。
正直、普段は無難な記事しか書かない人が、よくこんなあからさまな記事を人前に出したものだと思う。自分の欠陥を人前に晒したがるアメリカ版 太宰治か、とでも言いたくなる(笑)
Steve Kelley | Maybe all Ichiro owes us is hits | Seattle Times Newspaper



まずは、ケン・バーンズのコメント。
"There are so many factors," documentarian Burns said of the aloof Ichiro. "He needs to maintain, for the Japanese, the sense that he hasn't become Americanized. And he's so internally disciplined that, I think, his day-to-day relationship with the press isn't so important."

イチローを日々取材するプレスの一員であるスティーブ・ケリーを目の前にして「思うに、イチローが日々報道陣とどういうやりとりをするか、なんてことはさぁ、たいした問題じゃないんだ」と容赦なくコメントするケン・バーンズには、思わず膝を打ったし、思わず笑わせても、もらった(笑)
さぞかし、これまでシアトル・タイムズはじめ、必ずしもイチローに味方ばかりしてきたとばかりもいえない地元シアトルの「野球しかわからない新聞記者サンたち」は、心中、ヒートアップしたに違いない(笑)あー、可笑しいったらありゃしない(笑)
ケン・バーンズはさらに続けて「30年代の名女優グレタ・ガルボも、なんにも話さない人だったでしょ? イチローもそうだよね? だからこそ、話を聞いてみたくなるんじゃん。アンタ、わかる?」というような話をまくしたてていく(笑)

"He's negotiating a hugely different culture with a language that is so completely different and doing something at a level that few people have ever done," Burns said. "It's tough for (sportswriters), but we all get to enjoy the show."

"You know what they said about Joe DiMaggio," Burns said. "He owes us nothing but hits. And maybe, in the end, for as much as our media culture needs more, maybe Ichiro owes us nothing but hits."

Burns calls him Greta Garbo.

"He's so well known," Burns said. "And if you asked, of all the actresses of the thirties who was the most famous, your answer would be the one who never talked. It's a mystique."


スティーブ・ケリーが、ケン・バーンズとリン・ノビックに話を聞き、その感想みたいなものを書きつらねていくこの記事のタイトルは、Maybe all Ichiro owes us is hitsというのだが、読めばわかるのだが、この記事タイトルは、ケン・バーンズがジョー・ディマジオを引き合いに出してイチローについて語った言葉を、スティーブ・ケリーが貧弱にパクっただけのタイトルだ。このことは、絶対に頭に入れて、この文章を読むべきだろう。
なぜなら、この文章には、全米レベルではまったく無名の地方記者でしかないスティーブ・ケリーが、全米の有名人であるケン・バーンズに対して、同じく全米の有名人であるイチローについて話を聞くときの「なんともあからさまで、陰湿なヒガミ根性」が、たっぷりすぎるくらい入っていると思うからだ(笑)

インタビューした相手の言葉を貧弱にパクって自分の記事のタイトルにしてしまうスティーブ・ケリーは、実は、全米の有名人ケン・バーンズを前にして、これまで彼ら地元紙の記者たちが「イチローが野球というものを越えたアメリカ史クラスの存在であることに気づきもせず、イチローの野球における表面的にすぎないこと、うわっつらについてだけ、これまでとやかく、つべこべ書いてきただけであることを、とうとうあからさまにしてしまっている。
また、なお痛いことに、地方記者スティーブ・ケリーの筆力では、ケン・バーンズやイチローのようにアメリカ史に残ることなどありえない、という「お互いの立ち位置の違い」が、この記事のよって非常にあからさまになってしまっている。

哀れな「地方記者」スティーブ・ケリーの心は、おそらく相当痛んだに違いない(苦笑)


"There are so few players in every generation that are for the ages," Novick said, "and Seattle is lucky enough to have one like that on their team for a long time. You've been lucky to see him here for all these years. As a Yankee fan I feel the same way about Derek Jeter and Mariano Rivera."

こう語ったのは、リン・ノビックだが、おそらくスティーブ・ケリーにしてみたら、心底から屈辱的な感じがしたのではなかろうかとブログ主は思っている(笑)
なぜなら、リン・ノビックのこの言葉は、イチローをいつでも取材できる立場にあった地元メディアのライターの立場からしてみれば
「ヤンキースのジーターのように、これだけの歴史的な選手が身近にいて、きちんと彼のMLB史的な意味の取材もせず、また、彼の野球を超えたアメリカ史的な存在意義に気づきもしないで、それでよく『記者』がつとまりますね?」と、
正面切って言われたも同然だ
と、ブログ主は思うからだ。


"We see baseball as a prism through which we can see refracted much more than games won and lost," Burns said. "And really, steroids is the reason we wanted to do this. It wasn't obligatory. It wasn't like we said, 'Let's do the bad stuff, so we can get to the good stuff.' We wanted to tell a complicated 'Tenth Inning.'

"But can we just agree that baseball is the best game ever? It's an incredibly different game. It's so different from all others and it's been with us since our beginning. So it really is a reflection of who we are, more than any other game."


それでも、ケン・バーンズもリン・ノビックも、スティーブ・ケリーになんの遠慮も容赦もなく、コメントする(笑)
バーンズは、イチローをたとえるのに、ジョー・ディマジオだけでなく、グレタ・ガルボまで引き合いに出しただけでなく、野球専門記者を前にしてMLBの歴史の解説まで披露している(笑)

バーンズにここまで言われて、スティーブ・ケリーは、最後に悔しまぎれに、短くつぶやいた(笑)

And in this most American game, Ichiro, a player from Japan, has touched fans with his legs and his genius. Maybe all he has ever owed us is hits.

(笑)

あのさ。
いまさらそんなコメントを書いてどうするんだ、スティーブ・ケリー。そんなこと、とっくにわかってないと、ダメだったんだぜ?あんたたち。
と、ブログ主は、スティーブ・ケリー側に言ってやりたい(笑)
ケン・バーンズとリン・ノビックのコメント部分の力強さに比べて、なんとスティーブ・ケリーの書いた部分の「貧弱な」こと(笑)



このやりとりを追っていると、たいへん直撃で申し訳ないが、しょせん野球しかわからない記者は、野球記者以下の存在でしかないこと、が、よくわかる。
シアトルの野球記者たちが「野球史に残るような存在になれない」のは、ましてや「アメリカ史に残る存在になどなれない」のは、彼らが野球しか知らないからではない。
イチロー「あくまで野球を通して」懸命にプレーし続けることで、ついには「野球の枠を超えてしまい」、さらに「アメリカ史にも名前を残すような」存在になろうとしている。
そのイチローがもつ「ワン・アンド・オンリーな、何か」について、スティーブ・ケリーはじめ地元記者たち(加えて、日本の野球記者だってそうだろう)が、普段から十二分な敬意を払い、敬意を前提にした取材を行ない、本質的な何かを文字にしようと必死に務めてきたわけではなく、ただただ「野球のゴシップについて、あれこれ、グタグタ書くだけの職業記者でしかなかった」記者たちが、全米クラスの実力派作家に取材している最中に、足元をみられた話し方をされて屈辱を受けるのは当然のことだ。



スティーブ・ケリーもこれで思い知ったのではないか。
自分たちはイチローについてあれこれ書くのは、実は無理だ。なぜなら、ケン・バーンズのようにイチローを見る能力が無いからだ」と。

視野の狭い人間に残すものは、ヒットの数くらいで十分だ。
Maybe number of hits is enough for narrow person in view.
イチローの偉業は「ヒットの数」などという、小さいものではない。ケン・バーンズも言っている。「彼は野球を変えた」と。






damejima at 19:03
セーフコで始球式をするケン・バーンズセーフコ・フィールドで始球式をするケン・バーンズ
いよいよ映像ドキュメンタリー作家Ken Burns(ケン・バーンズ)の"The Tenth Inning"の全米放送が来週28日、29日に迫ってきた。ちょっとドキドキしながら、復習をかねて、"The Tenth Inning"(10回)に至るまでの9イニング、つまり、ケン・バーンズがMLBの歴史を描いたドキュメンタリー、"Baseball"(Baseball (TV series) - Wikipedia, the free encyclopedia)を見直してみた。
"The Tenth Inning"公式サイト
Baseball The Tenth Inning: Home | PBS

ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月11日、イチローも登場するらしい9月末公開のスポーツドキュメンタリー"The Tenth Inning"を作ったケン・バーンズの横顔。彼の考える「MLB史におけるイチロー登場の意義」は、このブログと同じ。


"Baseball"は1994年に9夜にわたって全米で放映されたドキュメンタリーで、9つのパートに分かれている。
第1回は1st Inning - Our Gameというタイトルで、1994年9月18日に放送された。主にこのシリーズへのイントロダクションとして、さまざまなコメンテイターが登場し、野球というスポーツの起源について語るだけでなく、「アメリカ史、アメリカ人にとって、野球とは何か」という困難な問いに答えている。

冒頭部分にコメントを寄せているひとり、Gerald Early(ジェラルド・アーリー)は、1994年に全米批評家協会賞をとっているアメリカ文化批評家で、アフリカ文化の研究者だが、実はケン・バーンズの"Baseball"や"Jazz"の監修者もつとめている。
その野球にうるさい彼が"Baseball"の第1回の冒頭で、アメリカ史にとっての野球の意味について、こんな言葉を残している。

"I think there are only three things that America will be known for 2,000 years from now when they study this civilization: the Constitution, jazz music and baseball. They're the three most beautifully designed things this culture has ever produced."
「2000年後、もし誰かがアメリカの文明を学ぼうとしたら、アメリカが残せるものはたったの3つだ。合衆国憲法ジャズ、そしてベースボール。この3つが、我々の文化が作り出したものの中で、最も美しくデザインされている

この言葉を引用しているサイトの例
Baseball History: 19th Century Baseball
The Importance of Jazz in American Culture - Jazz & Moreなど多数


この言葉がいったいどれだけのウェブサイトで引用されていることか。多くの人々がこの言葉から出発して、野球を語り、ジャズを語り、そしてアメリカを語ってきた。
ケン・バーンズのドキュメンタリーがいかにアメリカ人に影響力があるか。"Baseball"がいかに影響力のあったドキュメンタリーであったかがよくわかるし、そして、このジェラルド・アーリーの言葉の影響力も非常に大きいものがあった。


たとえば、もし日本でMLBの歴史を紹介する番組を作るとしたら「タイ・カッブやベーブ・ルースのエピソードや、ホームランを打つシーンが延々と続くような安っぽい作り」になってしまうだろう。

だが"Baseball"は違う。
第1回1st Inning - Our Gameの冒頭にたしかにタイ・カッブの顔写真はじめ、ベーブ・ルース、サンディ・コーファックス、ジョー・ディマジオ、さまざまなプレーヤーは出てくるが、彼らは名前の字幕さえ全く出てこないし、ナレーターが彼らの名前を連呼することすら、ない。
このドキュメンタリーにとって大事なことは、誰もがわかりきっているプレーヤーの名前を表示することではなく、「アメリカの歴史の背骨に、ベースボールをきちんと位置づけること」である。名選手紹介のような安っぽいものをケン・バーンズが作っているわけではないから、当然だ。

だからこそ、このドキュメンタリーに出てくる選ばれるプレーヤーになることは、単に「成績の良かった選手」ではなくて、ジェラルド・アーリーがいう「アメリカが2000年後の人々に残せる3つ」に含まれている選手かどうかが、厳しく問われる、という意味になるのである。

どうみても「2000年後にアメリカ史の一部として語るべき選手に選ばれること」は、単にクーパーズ・タウンの野球殿堂に入ることよりもずっと難しいと、思う。






damejima at 17:48

September 12, 2010

先日、MLB史における盗塁とホームランの相反関係を記事にしたばかりだ。イチローのデビューがメジャーの歴史に与えたはかりしれない影響に関するまとめとしては、ちょっとした出来だとかいう小さい話ではなくて、メジャー史におけるイチローの立ち位置の説明としては、このコンセプトがちょっと決定版かなとすら、自負している。
タイ・カッブ、リッキー・ヘンダーソンの後継者」としてイチローを考えないと、イチローがいまMLB史で占める位置の重要性は理解できないと思っているからだ。長いメジャーの歴史とイチローの繋がりの物語を一気に読み解く鍵が、「盗塁とホームランの関係」だというわけである。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年9月9日、盗塁とホームランの「相反する歴史」。そしてイチローのメジャーデビューの歴史的意義。


その記事を書いた翌日だったか、まったく意図してなかったことなのだが、偶然にも「MLBのステロイド汚染時代とイチローのメジャーデビューの意義」についても触れたドキュメンタリー番組が、9月28日・29日の2日間にわたって、PBSで全米向けに放映されることになった、というニュースが流れてきた。

エミー賞を既に7回受賞したケン・バーンズの"The Tenth Inning"である。

ケン・バーンズが考える「MLB史上におけるイチローの存在意義」も、このブログと全く同じコンセプトらしいので、ちょっと彼のことを紹介してみる気になった。
The Tenth Inning公式サイト
Baseball The Tenth Inning: About the Film | PBS

PBSのリリース
LANDMARK KEN BURNS SERIES “BASEBALL” UP TO BAT IN FALL 2010 ON PBS New Episode THE TENTH INNING Chronicles the Sports Past 15 years
注;セサミ・ストリートの制作で知られるPBSは日本のチャンネルでいうと「NHK教育」にあたる。
だがNHKが、国営でありながら、視聴者から徴収した受信料とかいう「利用料」で運営されている、ある意味の「有料放送」(笑)あるのに対して、PBSは連邦政府や州の交付金、寄付金、広告ないしは企業からの寄付などで運営されているのがまったく違う点。



それにしても、なんで日本のメディアっていつも「この程度」なんだろう。
まだ日本での放映が決まってない"The Tenth Inning"が全米で放映されるというニュースを報道するのは、まぁ、今後の日本での放映のためになるからいいとして、ケン・バーンズという映像作家がどんなグレードの人なのか、こんどの作品がなぜこういうThe Tenth Inning"というタイトルになっているか、なんてことについても、きちんと紹介しておかないと、日本では意味がわからないし、「アメリカの背骨」を一貫して描いてきたケン・バーンズ作品にイチローが登場することの凄さがわからないと思う。
もったいない。


ケン・バーンズは1953年生まれ。アメリカでは非常に有名なドキュメンタリー映像作家・映像プロデューサーだ。
1990年のThe Civil War、1994年のBaseballなどで、過去にエミー賞をもう7回も受賞し、アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にもThe Statue of Liberty(1985、第58回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート)、ブルックリン・ブリッジ(1981、第54回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞ノミネート)と、2度ノミネートされている。The Civil Warなどは、もう20年も前の作品なのに、何度も何度も再放送されているようだ。

彼がこれまで取り上げてきたテーマにはひとつの共通点があるのだが、作品タイトルを並べてみるので推理してみたらどうだろう。
ブルックリン・ブリッジ(1981)、南北戦争(1990)、野球(1994)、トーマス・ジェファーソン(1997)、ジャズ(2001)、ナショナル・パーク(2009)。

そう。
ケン・バーンズの描くテーマは一貫して「アメリカの背骨」である。
建国当初のアメリカがどういう風に成り立ったか。スポーツ、音楽を初めとするアメリカ独自の文化。アメリカの自然と風土。アメリカ建国の偉人。
つまり、アメリカという国の骨格が、どんな文化、歴史、自然、人間から成り立ってきたか、ということを、彼は映像作家として探求し続けている。
彼の描く「アメリカという国は、こういう骨格で成り立ってきている」というドキュメンタリーがアメリカ市民に広く深く受け入れられているということは、ケン・バーンズが「アメリカの歴史の語り部(かたりべ)のひとりとして、オーソライズされている」という意味なのだ。
だからこそ、ケン・バーンズが描くBaseballにイチローが入ったということは、「イチローというひとりの日本人野球選手が、既にアメリカの歴史、それも、『歴史の背骨』の一部になった」、という意味なのだ。



また、ケン・バーンズがドキュメンタリー作家として有名なのは、彼の作品の質の良さだけではなくて、「過去」というものを取り上げることの多いドキュメンタリー制作上のスタンダード・テクニックのひとつを創造した、という点も大きい。
アメリカのアップル社の製品であるiPhotoiMovieというソフトのメニューにも取り入れられ、またiPodのメニューにもある「ケン・バーンズ・イフェクト(ケン・バーンズ効果)」という映像を編集するときのテクニックがある。
これはもちろんケン・バーンズの映像テクニックから名づけられたイフェクトで、90年にThe Civil War(南北戦争)を作品化したとき、ビデオなど無い時代の話をを映像で表現するために、ケン・バーンズが、南北戦争時のたくさんの写真を収集して、その動かない写真を動画の世界でなんとか効果的に見せようと開発した映像テクニックだ。

いくら言葉で説明してもわからないだろう。
だから、下記のリンクをクリックして、自分の目で確かめてみてほしい。「あれ? これって、ほとんどのドキュメンタリーで使ってるテクニックじゃん?」と誰でも思うはずだ。(リンク先の右側にDemonstration of the Ken Burns Effect in video form.というコメントのついた部分があるから、その上の矢印をクリック)
つまり、それくらい世界中でポピュラーなドキュメンタリー映像の根本テクニックを、ケン・バーンズが開発した、ということだ。
Ken Burns Effect - Wikipedia, the free encyclopedia


この9月公開の"The Tenth Inning"がこういうタイトルなのは、1994年公開の"Baseball"という「9つのパートからなる作品」の続編というか、まとめとしての「10番目の作品」だからだ。
"Baseball"は、"The Tenth Inning"と同じように9月に公開された。「9つのパート」からなる作品で、それぞれのパートが、1st Inning(1回)、2nd Inning(2回)と順にタイトルをつけられて、9日間にわたって公開されている。(日本でも、2002年3月22日から同30日にかけて「アメリカ大リーグ〜歴史をつくった人々」というタイトルでNHK-BSで放映されたが、これは短縮版で、内容がカットされている)
Baseball (TV series) - Wikipedia, the free encyclopedia

ケン・バーンズが"The Tenth Inning"において、どういう意図でイチローを映像に取り込んでいるのかは、実際に番組を見ていないから、まだわからない。
だが、どうもリリースなどを見るかぎり、ペドロ・マルチネスをかなりフィーチャーしているようなので、ペドロを取り上げた部分にでも出てくるのかもしれない。


いずれにしても、知ってもらいたいと思うことは、イチローの存在価値は、とうの昔に、「日本のプロ野球からメジャー挑戦した選手たち、なんていうレベルで話すようなレベルではなくなっており、「世界の野球史でもあるメジャー史にとって、イチロー登場はどんな意義があったか」を論じる、そういうレベルにある、ということだ。

もう一度書いておこう。

ケン・バーンズが描くアメリカにイチローが入った、ということは、「イチローは既にアメリカ史の一部だ」ということなのだ。


ESPNのシニア・ライターRob Neyer
「もしイチローがカリフォルニア生まれなら、ピート・ローズを越えている」という主旨のコラム
If Ichiro had been born in California ... - SweetSpot Blog - ESPN






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