August 22, 2010

先日ボルチモアの新監督ショーウォルターさんの記事を書いたばかりだが、1992年に建設されたボルチモアのホームカムデンヤーズ(Oriole Park at Camden Yards)は、95年に建設が決定し99年に開場したシアトルのセーフコ・フィールドと色々な意味で非常によく似ている。
それもそのはず、セーフコをはじめとする近年建設されたネオ・クラシカル、つまり「新古典主義建築を取り入れたといわれるボールパーク群」のお手本になったのがカムデンヤーズだから当然のことなのだ。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年8月18日、ショーウォルター監督のみせる「父親の走り」の素晴らしさ。
参考資料:
Clem's Baseball ~ Stadium dimensions
Wapedia - Wiki: 野球場
大昔、野球黎明期のアメリカの専用ボールパークは「広い土地の手に入らない、もともと手狭(てぜま)な大都市で空き地を活用して」作られた。
ただでさえ土地がない都市の空き地は、もともと変則的な形をしていたり、周辺にさまざまな事情を抱えていることも少なくないわけだが、初期のボールパークはそれぞれの「空き地の抱える諸事情」にあわせて作られたため、「左右が非対称で、いびつな形」をしていることが多いのは、都市部の限られた土地を有効利用して建設されたことも理由になっている。(例えばブルックリン・ドジャースの本拠地エベッツ・フィールドは元はゴミ捨て場、旧ヤンキースタジアムは元は材木置き場でライト場外に鉄道があり、フェンウェイ・パークは沼地に建てられ、レフト場外には直線道路と建物がある)
だが、その「いびつさ」は野球の歴史の中でかえってアンティークの家具のように「味のある変形具合」と評価され、初期のボールパークは通いやすい都市の中心部に立地した都市機能の一部として、それぞれの球場がそこにしかない独特のクラシカル雰囲気をかもしだしながら観客に愛され、野球を隆盛に導いた。
初期のボールパークそれぞれの平面図の比較
資料:Clem's Baseball ~ Stadiums by Class

元はポロ競技場。センターは147m以上あるのに、両翼はわずか80m前後。おそらく野球史上最もいびつな形の球場のひとつ。1920年ベーブ・ルースがボストンから移籍してきた時、ヤンキースはここを西海岸移転前のニューヨーク・ジャイアンツと共用でホームにしていた。

1923年開場。場外に鉄道があるライト側が異様につぶれた特殊な形。ジャイアンツからポロ・グラウンズの使用を拒否されたヤンキースがハーレム・リバーを挟んで反対側の材木置き場に建設した。
しかし1960年代中盤から80年代にかけて、球場の老朽化やマーケティング上の理由からボールパーク(野球場)に「多目的スタジアム Multi-purpose stadium」としての機能を求める時代が来て、特にアメリカンフットボールのスタジアムとの兼用化を狙って、新しいスタジアム建設が進んだ。(いまの日本の球場のかなりの部分は、東京ドームが82年建設のメトロドームを手本にしたように、いまだに30年前のアメリカの状態にある。また、日本の大多数のサッカースタジアムも陸上競技場との兼用施設になっており、欧州の非常に美しいサッカー専用スタジアムとはまるで比べ物にならないくらい劣悪な観戦環境にある)
多目的スタジアム時代の球場の大半は、名称に「スタジアム」か「ドーム」という言葉がつく。
セーフコができる前のシアトルがフランチャイズにしていたキングドーム(2000年に解体)も、かつてはプロフットボールチームであるシアトル・シーホークスとの共用スタジアムだった。キングドームは北米3大プロスポーツ(NFL、MLB、NBA)全てのオールスターゲームを開催した史上唯一のスタジアムだが、これも要はキングドームがいかに80年代特有の「なんでもありスタジアム」のひとつだったか、ということの証である。

こうした「なんでもありスタジアム」は、英語では、cookie-cutter stadiums(クッキーカッター・スタジアム)、とか、concrete donuts(コンクリート・ドーナツ。単にドーナツ・スタジアムと呼ばれることもある)とか呼ばれていて、いまではかつての「大失敗」として評価が定着している。
クッキーカッターというのは、平らに伸ばしたクッキー生地から「同じ形」のクッキーをくりぬくための「ぬき型」のことだが、80年代までの多目的スタジアム群がどれもこれも「あまりにもそっくりの、まるで特徴の無いスタジアム」だったことから、こう呼ばれることになった。
実際どのクッキーカッター・スタジアムも、スタジアム全体の形が円形でお互いに似ているだけでなく、立地やグラウンドの作りも似ていて、郊外の高速道路のインターチェンジの近くなどに建設されているためにスタジアム周囲があまりにも殺風景で、都市中心部から離れているため交通の便が悪く、グラウンドは選手の故障をまねく固すぎる人工芝で、観客とフィールドの距離が離れすぎてしまって、臨場感に乏しい可動式の客席など、ほとんどあらゆる面で選手と観客の両方から不評をかった。
Multi-purpose stadium - Wikipedia, the free encyclopedia
クッキーカッター・スタジアムの平面図の比較
資料:Clem's Baseball ~ Stadiums by Class

1965年開場。かつてのヒューストン・アストロズのホーム(現在はミニッツメイド・パークに移転)フットボール兼用で、典型的なクッキーカッター。Clem's Baseball ~ Astrodome

1970年開場。かつてのシンシナティ・レッズのホーム(現在はグレート・アメリカン・ボールパークに移転)やはりフットボール兼用で、レイアウトがアストロドームとまったく見分けがつかない。Clem's Baseball ~ Riverfront Stadium
1992年にクッキーカッター・スタジアムからの脱却をめざして建設されたのが、新古典主義風のボールパークの元祖と呼ばれるカムデンヤーズだ。(そもそも古い球場は、「○○○・スタジアム」という呼称ではなくて、「○○○・パーク」とか「○○○・フィールド」と呼ばれることが多い。最近新設されたボールパークで「スタジアム」と名乗ったのは、かつてクッキーカッターとして悪名高かったセントルイスのブッシュ・スタジアムのみ)
カムデンヤーズは、ロサンゼルスに移転する前のブルックリン・ドジャースがホームにしていたエベッツ・フィールド(Ebbets Field )をお手本にしているといわれる。
クッキーカッター・スタジアムが「円」を基本モチーフにデザインされ、球場全体が球形、フィールドが左右対称、外野フェンスもなめらかな弧を描いているのに対し、カムデンヤーズのデザインモチーフは「非対称」「直線」と、大きく違う。
カムデンヤーズはフィールド全体が「左右非対称」で、また、外野フェンスが直線のみで構成されたデザインになっている。また球場全体の雰囲気作りには、ライト側の19世紀に建設された倉庫とマッチするレンガと鉄骨のクラシカルなデザインファクターが上手に取り入れられていて、直線的だからといって冷ややかなイメージではなく、むしろ古き良き時代を思わせる「懐かしく、暖かい印象の直線」に仕上げられている。
新古典主義ボールパークの平面図の比較
Clem's Baseball ~ Stadiums by Class

右中間が左中間より約10フィート広く、ライト側に高さ25フィートのフェンス。そのため左打者にはホームランが出にくい。右打者不利といわれるセーフコ・フィールドと好対照なつくり。Clem's Baseball ~ Oriole Park at Camden Yards

1913年開場。カムデンヤーズのモデルにもなったブルックリン・ドジャースのホーム。エベッツは当時のオーナーの名前。Clem's Baseball ~ Ebbets Field
昔のボールパークのクラシカルな雰囲気の良さを取り入れた「ライトが広い」カムデンヤーズは都市中心部に近く、海沿いの倉庫街にあって、すぐ横を鉄道や高速道路が走るが、「レフトが広い」セーフコ・フィールドも同じように、海沿いの倉庫街の鉄道沿いに立地していて、いかにセーフコがカムデンヤーズそっくりかがよくわかる。
カムデンヤーズの横を走る鉄道のすぐ外側はもう大西洋に続く湾だが、セーフコ・フィールドの外を走る鉄道のすぐ外も海であり、この2つのボールパークは「双子」といってもいいくらいに地勢がそっくりなのだが、それだけでなくボルチモアとシアトル両方の都市そのものがロケーション的にかなり似ている。
そもそもメリーランド州ボルチモアは、大西洋から東海岸に奥深く入り込んむチェサピーク湾(Chesapeake Bay)の奥にある港湾都市で、タバコの積み出し港として栄えたが、この「大洋が大陸の奥深くに入り込んだ湾の奥に位置している街」というロケーションは、太平洋がアメリカ北西の海岸に奥深く入り込んむピュージェット湾(ピュージェット・サウンド、Puget Sound)の奥に位置している商業都市ワシントン州シアトルと地勢的にそっくりなのだ。

そんな歴史的に意味のあるカムデンヤーズだが、建設直後の観客動員に対する効果は絶大だった。
91年までボルチモア・オリオールズの1試合あたりの観客数はおよそ3万人だったのだが、カムデンヤーズのできた92年以降は、1試合あたり45000人と、1.5倍にも膨れあがった。これだけ応援してくれるファンが多くなって、いつもボールパークが満員になることがプレーヤーに力を与えないわけはないのであって、97年にボルチモアは98勝64敗の好成績で地区優勝まで遂げている。まさにカムデンヤーズ効果である。
Baltimore Orioles Attendance, Stadiums, and Park Factors - Baseball-Reference.com
しかし残念なことに、東地区最下位に沈むようになった2008年以降は、カムデンヤーズ建設当時には年間350万人以上あった観客動員は、200万人を割り込むようにな状態になっている。
他のフランチャイズが次々にカムデンヤーズを模倣して新古典主義のボールパークを建設するようになって、カムデンヤーズの魅力が薄れたのか?
いや、そうではない、と思う。
いくらカムデンヤーズが変わらず魅力的なボールパークであっても、結局はチームがそれに甘えてしまっているのではダメだ。新しいスタイルのボールパークというだけで観客が来てくれる時代が終われば、やはり観客が見たいのは「ホームチームの勝利」なのは当然だ。
魅力的な打者があれだけ揃ったパワフル打線なのに、あれほど勝てないのはちょっとおかしいと思うし、実際に最近のショーウォルター就任後のゲームでは、LAAをスイープし、西地区首位のテキサスさえ圧倒している。
魅力的な新監督も来た来シーズンは、いまも魅力溢れるカムデンヤーズ、そしてパワフルなプレーヤー、ボルチモア本来の実力にふさわしい野球を見せて、新古典主義ボールパークの殿堂カムデンヤーズを満員の観客で沸かせてくれるのを期待したい。
それにしても、
このチームが勝てないことによるカムデンヤーズの観客減少という問題は、セーフコとシアトル・マリナーズの観客動員の関係についてもまったく同じ問題がある。「勝つ」ということの大事さを、無能なズレンシックはどう考えているのだろう。
また、60年代中盤から80年代に流行したアメリカの「クッキーカッター・スタジアム」の抱えていた数々の深刻な問題は、いまだにクッキーカッター・スタジアムっぽい人工芝ドーム球場だらけの日本のプロ野球や、陸上競技との兼用スタジアムだらけの日本のプロサッカーが、いまだに抱え続けている問題点だ。
ファウルグラウンドに臨場感のある観客席を作る程度でお茶を濁すのではなくて、日本のボールパークも、日本のサッカースタジアムも、もっともっと観客と選手を大事にした味のある競技施設に生まれ変わるべきだ。
MLBのボールパークがこれまでの歴史の中で解決してきた様々な問題は、とてもひとごとではない。