July 06, 2011

よくMLBについて、アンリトゥン・ルール (明文化されないルール。不文律。英語ではunspoken ruleとか、unwritten ruleと表現されることが多い。また"Baseball Code"と、「ダヴィンチ・コード」風の表現もある)がある、なんてことを言う人がいる。たとえば「審判を批判するのはタブー」とか、そういうたぐいの話だ。
また、MLBと日本のプロ野球の違いについても、「MLBは、これこれである」 とか、いつのまにかまかり通っている「日本でのMLB常識」みたいなものがある。たとえば「MLBの試合進行は、いつも速い」とか、そういう話だ。


だが、本当にそうなのか。


2010年春に、MLBの最年長アンパイアとしてよく知られている1952年生まれのベテラン ジョー・ウエスト が、ヤンキースとレッドソックスのゲームについて「試合進行が遅すぎる」という意味の発言をして物議をかもした。
Umpire Joe West blasts Boston Red Sox, New York Yankees for slow play - ESPN
この件に関してはMLBコミッショナー、セリグ氏もコメントを求められたりして対応に苦慮されたようで、ジョー・ウエストは制裁こそされなかったものの、後に機構側に発言の不用意さをたしなめられたらしい。
West was not fined by Major League Baseball for his comments, but was "admonished firmly",

Joe West (umpire) - Wikipedia, the free encyclopedia



いちおう注釈をつけておくと、MLBのゲーム進行のスピードには「さまざまなタイプ」がある。いつもゲームを見ている人には説明の必要はないだろうが、例えばボストンの松坂登板試合などは、それはもう、嫌になるほど長い(笑)。一方で、どんなチームであれ、ダブルヘッダーの第一試合は、信じられないほどの超高速でゲームが終わってしまう。
つまり、一概にMLBのゲームは早いとばかり言い切れない。中には遅いゲームもある。

ボストンだけについて言うと、ゲーム進行がノロいと感じるのは、別にヤンキース戦だけに限らない、という印象がある人が多いはず。ブログ主もボストンのゲームは、どんなカードであれ基本的に試合が「ゆっくりだ」とは感じる。また、ヤンキースよりボストンのほうがずっと「ゆっくりだ」と感じる。
以前何度か書いたように、ボストンの打者はア・リーグで最も待球してくる。なんせ、ア・リーグで唯一「P/PA=1打席あたりのピッチャーの平均投球数」が4球を越えるわけだし、またそれと同時に、よく打ち、よく走って、繋がる打線なわけだから、どうしても攻撃時間が長く感じるに決まっている。
ただ、まぁ、待球の多さとヒット数だけで「試合進行を遅いと感じる原因になるか?」というと、それは別問題で、それだけで説明がつくものでもない。そのくらい、ボストンのゲームには「スローには感じる部分」がある。


アメリカには、なんというか度はずれて熱心な人というのがいて、このジョー・ウエストの発言を受けて、ヤンキースとレッドソックスの実際のゲームを測定し、「実際のゲームで、どの選手の間が長いか?」を調べた人まで出現した(笑)
たぶんストップウオッチかなんかで細かく計測したのだろうが、なんという粘り強さだ。とても真似できない(苦笑)
ちなみに、その人の計測結果によると、野手ではヤンキースではデレク・ジーター、ボストンではダスティン・ペドロイアが、いわゆる「間の長いプレーヤー」らしい。
Sabermetric Research: Why are Yankees/Red Sox games so slow?


また、ヤンキースの試合進行のスピードについても言うと、100年くらい前、1905年6月の古いNew York Timesに、「ヤンキースとカブスの試合をブルックリンに見に行ったんだが、あれじゃ試合時間が長すぎる。もっと短くしてくれ」という意見を書いた記事があって、ヤンキースのゲームに「ノロい」とクレームがつくのは今に始まったことでもないようだ。
TOO SLOW BASEBALL. - Complaint of a Patron of the National Game. - Letter - NYTimes.com

ゲーム進行の遅さを嘆く1905年のニューヨーク・タイムズ紙記事

20世紀に入る前後の時代のベースボールは、まだルールを固めていっている最中なだけに、たぶん試合進行も今とはかなり違っていただろう。
例えば「フォアボール」だが、1876年にMLBが出来た当初はまだ「ナインボール」で、9つのボールを選ばないと打者は出塁できなかった。だが、試合のスピードアップが求められることで徐々に短くされ、1889年に「フォアボール」、日本でいう「四球」というルールになった。
だから1905年に試合を見た人ですら「試合進行が遅い」と感じたからには、九球が四球になった1900年代でも、まだ「ゲーム進行がテキパキしてない」と感じさせるさまざまなシークエンスが、当時のゲームにあったわけだ。


とにかくいえるのは、MLBにまるで関心のない日本の野球ファンは「MLBのゲームはなんでもかんでもスピーディーで、テキパキと展開するのが常識」とか思っているかもしれないが、現実はそうでもない、ということ。
最初に挙げたESPNの記事でも、2009年ワールドシリーズで、ヤンキースのキャッチャーホルヘ・ポサダが、「1イニングに8回」もマウンドのCCサバシアのところに行った、なんていう例を挙げている。
イチローがランナーに出た、というだけで、5回以上牽制球を投げてくる投手だっているくらいだ。「ノロいゲーム」は、実際ある。


話がひどく横道に逸れた。
ジョー・ウエストの「ヤンキースとレッドソックスは試合進行がノロい発言」に、当時、ヤンキースとボストンの選手たちは血相変えて噛み付いた。
例えば、当時ボストンにいたジョナサン・パペルボンは、こんな強烈なことを言っている。(ちなみに、パペルボンの名誉のためにいっておくと、この件についてはヤンキースのクローザーリベラも、彼なりの強い調子でコメントしている)
"Have you ever gone to watch a movie and thought, 'Man, this movie is so good I wish it would have never ended.' That's like a Red Sox-Yankees game. Why would you want it to end?"
He added: "If you don't want to be there, don't be there. Go home. Why are you complaining. I'm not going to sit somewhere I don't want to be. If you go to a movie or any entertainment event and you like it, you're going to stay and watch and you're not going to want it to end. If you don't, then you won't. Why is it such a big deal?"

意訳:「いい映画を見てると、『終わってほしくない』って思うだろ? ヤンキースとウチのゲームも、まさにそれだよ。嫌なら、スタジアムにいることない。とっとと家に帰れよ!
Umpire Joe West blasts Boston Red Sox, New York Yankees for slow play - ESPN


いやはや。
Go home発言ですよ。ダンナ。
ヤンキースとボストンは「特別だ」と思ってるわけですよ、彼ら。



もしも、ですね。仮定の話として。
日本人であるイチローが、これ、発言してたら
どういうことになるか。考えてみたら、怖い怖い(笑)
アンパイアに向かって、Go Home! だもん。

もしも、こういう発言をしても許されるような道理がイチロー側にあったとしても、また、仮にイチローがヤンキースかボストンの中心選手のひとりであったとしても、審判に向かって Go home なんて言い放ったりした日には、たぶん、もう、信じられないくらいアメリカでバッシングを受けると思う。(もちろん、聡明な彼はこういう汚い言葉を使って他人を罵倒したりするわけがない。当然です。ここでいっているのは、あくまで仮の話。)



つまり言いたいのは、
「審判を批判すること」は最終的なタブーではないってこと。
ほんとのタブーはですね、もっと別のところにあるわけです。はい。


ほんとの意味でアメリカの「メジャーな、メジャー記録」をゴボウ抜きしてくって仕事はね、大変な仕事なわけです。いろんな意味でね。


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