October 22, 2014

2012シーズンを最後に引退したMLBアンパイアTim Tschidaが、引退理由のひとつとして、近年のアンパイアの仕事が激務になってきていること、自らの体力面に不安があることを挙げ、「1試合あたりの投球数が昔より激増し、両軍あわせて『300球』にも達している」ことを指摘していたのを、ふとしたことで思い出した。

When I came in, the average number of pitches in a major league game was 200. Today, it's 300.
「俺がメジャーのアンパイアになったときは、1ゲームあたりの平均投球数は200だった。今じゃアンタ、300さ。」

Former umpire Tim Tschida 'having a ball' as prep assistant coach - TwinCities.com

もちろん、投球数激増の原因は、野球のオフェンスが非常にSelectiveになったことにある。

つまり、「ステロイド使用の抑制でホームラン数が激減する一方、セイバーメトリクスなどデータ分析の普及が進んだことによって、四球や出塁率の評価が高くなった、というより、『無意味なほど過大評価されだした』ことで、各チームはバッターにやたらと無駄なスイングの抑制や、球を見極めるバッティングを要求しだした」のである。

データ野球にはいまだに未成熟、未完成な部分が多々ある。そのことも理解しないまま、データ分析手法を「生半可に導入した」チームが増えれば、OPSのような「デタラメな古い価値基準」で選手の価値を評価したり、四球の価値を実際よりはるかに過大評価するハメになる。
ときどき思い出したようにホームランを打って、あとは四球になるのを待つだけ、ただそれだけの「アダム・ダン的、超低打率パワー系ヒッター」が過剰増殖する結果を生んだのも、当然の結果というものだ。

それは、野球本来の面白さではない。

関連記事:2014年10月20日、やがて悲しきアダム・ダン。ポスト・ステロイド時代のホームランバッター評価の鍵は、やはり「打率」。 | Damejima's HARDBALL


野球のオフェンスが 「本当に得点効率向上に貢献するのかどうかわからないほど、あまりにも過剰にSelectiveになった」 結果、「投手が打者ひとりあたりに投げる球数」は多くなり、「先発投手の投げるイニング数」は短くなり、セットアッパーの負担と責任も重くなった
それだけではない。 試合をさばくアンパイアの負担も非常に増え、さらには、ゲーム進行が遅くなったり、試合時間が長くなったりしたことで観戦するファンの負担も増やした可能性もある。

(ちなみに今シーズンから始まったインスタント・リプレイの適用範囲拡大も、試合時間を長くする要素にはなっている。だが、MLBファンはそれを受け入れており、『ファンにとって試合時間は短ければ短いほどいい』とは、けして断定できない。ヤンキースやレッドソックスの試合進行が遅すぎるという批判が100年前から既にあったことからもわかるように、ゲーム進行スピードの議論は今に始まったことじゃない。
参考記事:2011年7月5日、ゲームの進行が遅いとクレームをつけた最年長ベテランアンパイア、ジョー・ウエストに、ジョナサン・パペルボンが放った"Go Home"の一言。 | Damejima's HARDBALL


過去をふりかえると、「先発投手が125球以上投げた試合」は、1990年代には「のべ100数十試合」もあった。だが2000年代以降に激減。近年では20を切るシーズンも珍しくない。
先発投手が完投しないのはもはや当たり前。先発、セットアッパー、クローザーと、投手分業システムが確立した一方で、「長いイニングを投げられる、タフで怪我の少ない先発投手」も激減した。

そして、投げられるイニング数が短くなっているだけではなく、先発投手が長期DL入りや肘や肩の手術なしに、健康な状態で投げられる期間も、ますます短くなろうとしている。

1チーム1試合あたりの平均投球数
The average number of pitches thrown per game is rising ≫ Baseball-Reference Blog ≫ Blog Archive
1980年代末以降の投球数の増加 via Baseball Reference

1試合で125球以上投げた先発投手の「のべ人数」
(1996-2007)

125球以上投げた先発投手のべ人数1996-2007
引用元:
Count on it - MLB - Yahoo! Sports Data by Jeff Passan, Yahoo! Sports 2006

1試合あたり105球以上投げた先発投手の顔ぶれ(2008-2012)
1試合平均105球以上投げる先発投手の数 2008―2012


1チームの平均投球数「約150球」のうち、先発投手の投球数はだいたい84球から100球いかないくらいで、「平均92球前後」くらいらしいが、先発投手のP/IP(=1イニングあたりの投球数)が、良い投手で「14から15」、そこそこの投手で「16から17」であることを考えると、「92球」という球数は、だいたい「6イニング」という計算になる。
となると、総投球数「150球」から「先発投手の6イニングの総投球数、90ちょっと」を引いた「50から60球前後、3イニング」はブルペンに頼ることになる。
1チームあたりの平均総投球数=150球程度
先発投手90球ちょっと(=約6イニング)
-------------------------------------------
引き算によるセットアッパー+クローザーの負担
=50〜60球
=約3イニング
=2人の勝ちゲームのセットアッパー+1人の優秀なクローザー
=6回までにリードしておける攻撃態勢

「ブルペンが50球〜60球で、3イニングを消化する」ということは、「1イニングあたり、17〜19球で終わりたい」という意味になるから、計算上「セットアッパーが、バッター1人当たりに投げてもよいと考えられる球数」は、理想的には「4球以内」、「5球」なら普通で、多くても「6球」まで、「7球」では投げ過ぎ、ということになる。フルカウントなんて、もってのほかだ。

クリフ・リーが打者にストライクをやたらと投げるピッチャーであることや、フィル・ヒューズがヤンキース時代には「打者を追い込んでからの勝負があまりに遅いダメ・ピッチャー」だったのが、ミネソタ移籍後「勝負の早いピッチャー」に変身したことでエースとして大躍進を遂げたのには、やはりこの「過剰にSelectiveな現代野球」を生き残る戦略として、大きな意味があるわけだ。

せっかく打者を追い込んだのに、その後、ボールになる変化球(例えば、アウトコース低めのボールになるスライダーやシンカー。いわゆる釣り球)ばかり、だらだら投げ続けて、自らカウントを悪くするようなワンパターンな配球は、(例えばアダム・ジョーンズや、調子の悪いときのジョシュ・ハミルトンのように、追い込んでアウトローさえ投げておけば簡単に凡退がとれるタイプの打者との対戦を除くと)今のMLBでは意味がない。
ヤンキースが典型だが、投手陣を見ていて「勝負の遅いピッチャーだらけだ」と感じるということは、そのチームの投手コーチに現代野球の目指すべきベクトルを感じ取る嗅覚がない、という意味でもある。

関連記事:
2014年9月21日、フィル・ヒューズ自身が語る「フルカウントで3割打たれ、26四球を与えていたダメ投手が、被打率.143、10与四球のエースに変身できた理由」と、ラリー・ロスチャイルドの無能さ。 | Damejima's HARDBALL

カテゴリー:クリフ・リー (ビクター・マルチネス関連含む) │ Damejima's HARDBALL

だが、いうまでもなく現実の野球は計算どおりになどいかない。
近年の野球のオフェンスが、非常にSelective、つまり、やたら「球を見る」ようになってきていて、ひとりのバッターをうちとるのに昔より多くの球数が必要になってきているにしても、人材不足の昨今、優秀なブルペンを3人揃えてチームに囲い込んでおくことは容易ではない。
少ない球数でサクッとイニングを終わらせてくれるような、頼りになるセットアッパー2人と優秀なクローザーを揃えておかなければならないことくらい、どこのチームでもわかっている。
そういう投手はどこのチームだって欲しいわけだが、実際には不完全なブルペンのまま戦わなければならないチームも多い。


そういえば最近、ローテーションを6人体制にして中4日より長い登板間隔にすべきだ、なんて議論があるが、賛成するにしても反対するにしても、「先発投手の負担軽減」だけしか議論しないのは根本的に間違っている。

なぜって、「先発投手の負担」が従来より重くなっている原因のひとつが、投球数そのものが昔の1.5倍にも増加したことだとしたら、その影響が及ぶ範囲は、先発投手だけでなく、ブルペン、アンパイア、ファンに至るまで、「野球全体に及ぶ問題」だからだ。
バッテリーが早い勝負を心がけた戦略的な配球をするような攻撃的ディフェンスへの戦術転換の必要性、技術的進歩の必要度は、ますます高まっているはずなのに、今後のゲーム戦略を何も議論せず、また、アンパイアの疲労軽減対策や、ゲームの無駄な部分を省き、中身を濃くしてファンをより楽しませていく手法の検討もせず、ただローテ投手に必要な休養の長さだけを議論するのでは、意味がない。


ブログ主は無駄に球数を投げる雑な野球が心の底から嫌いだ。

「球数」が野球というゲームの構造に対して持つ「意味」は深い。「球数」は、「ゲーム支配力」であり、「プレー精度の証」であり、「ゲームとしての面白さ」そのものを決定づける要因のひとつでもある
それを考えもせず、先発投手の負担軽減だ、怪我防止だ、そんなことばかりしゃべっても、野球は面白くならない。

近年、球数の多さを生み出してきたのは、たしかに野球自身の責任だ。だが、クリフ・リーや最近のフィル・ヒューズのように、過剰にSelectiveなオフェンスの打破を目指してピッチングを改善している投手もいる。
いまこそ「過剰にSelectiveな今の野球が、本当に得点効率向上につながっているのかどうか」について、きちんと検証しなおし、ベースボールの進むべき方向性そのものも考え直すべきときにも来ているはずだ。
そうした技術的な進歩、ゲーム戦略の改善について検討しもしないで、選手の待遇向上ばかり話すのが野球の仕事じゃない。野球選手はバケーションを楽しむためにスタジアムにいるのではないのだ。


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