July 21, 2013

先日、今年6月にデビューしたドジャースのヤシエル・プイグがインコースの「ボール球」を故意に狙うことで長打を量産していた、という記事を書いたばかりだが(Damejima's HARDBALL:2013年7月16日、ヤシエル・プイグは、これから経験するMLBの「スカウティング包囲網」をくぐりぬけられるか?)、バッティングについて、いまだに「ストライクだけを振れ、ボールを振るな」なんていう野球道徳モドキを、「バッティングの理想」だと思い込んでいる人は多いものだ。

くだらない。

そんな話、現実の野球に即さない、ただの「決めつけ」に過ぎない。絵に描いた餅ほどの価値すらない。なのに、多くの人の脳には、いつのまにかそれが誰もが守るべき野球常識ででもあるかのごとく脳内に組み込まれてしまっている。困ったものだ。


そんな空論、ブログ主は信じてない。
なぜなら「現実の野球」では、
ボールですらヒットにできるくらい、多様なスイングができる打者だからこそ、他人よりはるかに高い打撃成績が残せている
という事実があるからだ。
さまざまなコース・球種を打てる『スイングの多様性』を持った打者」にとっては、「その球がストライクか、ボールか」なんてことは最重要事項ではない。多様なスイングを持った選手に対して、やれストライクだけを振れだの、ボールを振るなだの、そんなせせこましい平凡な道徳モドキを押し付けても、なんの意味もない。


ひとつ例を挙げてみる。ミゲル・カブレラだ。
ネット上で誰にでも入手できる資料から、彼のバッティングに2つの事実がわかる。
1)ミゲル・カブレラは、ほぼあらゆるコースが打てるスイングを持っている。これは他人がおいそれと真似できない。

資料:Fangraphのミゲル・カブレラの驚異的なPlate Coverageについての2013年5月の記事 Miguel Cabrera’s Ridiculous Plate Coverage | FanGraphs Baseball これは各種のHotZoneデータをみても明らか。

2)同時に、ミゲル・カブレラはMLBでも有数の「ボール球をヒットにしているバッター」でもある。

資料:ミゲル・カブレラは「ボール球を打って、wOBAの高かった打者ランキング(2009-2011年)第9位 Baseball's Best, Worst Strike Zone Fishermen - Baseball Analytics Blog - MLB Baseball Analytics


この2シーズン、ミゲル・カブレラはMLBでずば抜けた打撃成績を残している。その理由は上の資料から明らかなように、彼が「ストライクだけを打ち、ボール球を全く打たないから」ではない

むしろ、逆だ。

「現実の」ミゲル・カブレラは、「自分の得意コースだけしかヒットにできない平凡な打者」ではなくて、多少ゾーンから外れた球でもヒットにできる能力があるからこそ、三冠王をとれるようなハイパーな打撃成績を残せるのだ。
彼のような打者を、「自分の得意コース・得意球種以外は、まるで打てない打者」や、「ステロイドでフルスイングできる筋肉を人工的に作っておいて、自分の得意球種だけを待ち続けるだけのインチキ打者」と同じだと思ってはいけない。彼のようなバッターを「ストライクだけ打て。ボールを打つな」などというくだらない常識で縛る必要など、どこにもない。


2013シーズン上半期のデータでみても、ミゲル・カブレラは、Z-Swing%、「ストライクゾーン内の球を振る率」においてア・リーグ2位であると同時に、O-Swing%、ボール球を振る率でも第20位に入っていて、なおかつ、ボール球を振ったときのwOBAがとても高い

O-Swing% 2013 1st Half - American leagueボール球を振っている打者ランキング
2013ア・リーグ

資料: PITCHf/x Plate Discipline | FanGraphs Baseball
Data generated in 07/18/2013


ミゲル・カブレラは、あらゆるコースをヒットにしようと積極的にスイングする狩人的バッターだ。
彼の打撃成績がずば抜けているのは、彼がボール球を含めて、ありとあらゆるコースを打てるだけの多様なスイングを持っているからだ。

もしミゲル・カブレラが、ピッチャーが自分の得意な球を投げてくれることだけをひたすら「待ち」続けているような、平凡な「バッティングセンター的バッター」だったら、打率.350を超え、同時に長打を量産するハイパーな打撃スタッツを残せるわけがない。


いちおう誤解の起きないように書いておくと、「才能があろうとなかろうと関係ないから、なんでもかんでも打て」と言っているわけではない。「多様なスイングができる選手が、あらゆるゾーンをスイングすることには、何の問題もない」と言っているのだ。
もしスイングの引き出しが少なく、自分の得意コースにボールが来るのを待つだけの「バッティングセンター的バッター」が、必死に得意でないコースに手を出し、さらにはボール球を必死にチェイスしたところで、ジョシュ・ハミルトンのようになるだけだ。


不思議なことに、ジョシュ・ハミルトンのZ−Swing%は、2013シーズン前半を終わってア・リーグ1位(77.6%)だった。
つまりハミルトンは、ア・リーグで「最もストライクを振っている打者」なわけだが、「ストライクを振れ、ボールを振るな」論からいえば理想的であるはずの彼の打撃成績が(前半終了間際に多少改善がみられたにせよ)高額サラリーを考えれば、あいかわらず破滅的に酷いのは、なぜなのか。

これだけ「ストライクを振ろうという意志がはっきりしているハミルトン」が打てない理由をきちんと突き詰めると、それは、彼が「外角低めのボール球に手を出して空振りするから」でもなければ、「選球眼が悪いから」でもなく、彼が「自分の得意コース、得意球種だけに限定された、特定のスイングしかできないこと」、これに尽きる。(そして、その事実はいまや、数多くのチームに知れ渡った)

このジョシュ・ハミルトンや、2012シーズン終盤のカーティス・グランダーソンのような、「自分の得意コース、得意球種に特化したスイングだけを用意して、ひたすら投手がそこに投げてくれるのを待っているようなタイプの打者」は、ミゲル・カブレラのような「ボール球すらヒットにできるような多様性をもったバッター」、つまり、あらゆるスタッツに数字を残せる柔軟性のあるバッターにはなれない。



野球ファンはよくこんなことを言う。
「絶好球だけ振っていればいいのに」
「ボール球は振らずに四球を積極的に選び、ストライクだけスイングしてヒットにしていれば、それが最も効率がいいんだから、そうすべきだ」

「みせかけだけの数字全盛」の嫌な時代のせいか、したり顔でこういうことを言いたがる人が大勢いるわけだが、本当に馬鹿馬鹿しい。そんな話、現実の野球に何の根拠もない。
絶好球だけ振れ、なんて、言葉でいうのはたやすいが、対戦するピッチャーが、打席で必ず1球は絶好球や自分の得意コースを投げてくれるのならともかく、打てる球が1球も来ないなんてことは、ザラにある。得意コース、得意球種が来るのをひたすら待っているような「待ち」の態度で高額サラリーがもらえるとでも思っているのか、と言いたくなる。


「ストライクだけを振れ、ボールを振るな」なんていう発想は、たとえ話でいうと、「儲かることがわかっているときだけ、投資しろ。それが最大の効率を生む」なんていう現実味のまるでない投資セミナーの教官の訓話みたいなものだ。こんな発想、どこにも現実味などない。
儲けられるタイミングがわかれば、誰も苦労しない。いつ儲け時が来るのかがわからず、しかも儲け時が来たときの対応が限定されている人間だからこそ、目の前を儲けどき(絶好球)が素通りしてしまってから気がついて後悔したり(見逃し)、とっくにトレンドに乗り遅れているのに慌てて投資を始めたり(振り遅れ)するのだ。



野球史からみても、「ストライクだけを振れ、ボール球を振るな」なんて話は、単なる「願望」、単なる「ひとりよがりな道徳感」、「机上の空論」に過ぎない。

なぜって、野球というスポーツにとって「ストライクゾーン」というものが本来「二次的」なものだからだ。
よく頭を使って考えれば子供でもわかるが、「ストライクゾーン」は、「バッターがスイングしなかった球」を、ストライクかボールか判定し、分類しておく、そのためだけに存在している二次的ルールに過ぎない。もしバッターが来た球を必ず打つとしたら、ストライクゾーンはそもそも必要ない。

実際、ベースボール黎明期のルールでは、「打者が投手に投球のコースを指定していた」。そもそも野球というゲームは「球を打つことを前提としたゲーム」として創作され、出発しているのだから、当時としては当然のことだった。

野球というゲームはその出発点からして、「球を見逃す」という「二次的行為」に、ほとんど何の価値も置いていない。
それどころか、当初はむしろ、「見逃すことにできるだけ価値をもたせないようにしよう」と明確に考えていた。野球黎明期の「四球」は、現在のような「ボール4個で、四球」というルールではなく、「9ボール」とかにならない限り、打者に「ヒットを打ちもしないで、無条件にファーストにいく権利」なんてものを与えなかった。


それが、いつのまにか、「バッターがどの球を打つべきか」を判断するためにストライクゾーンがあるだの、ストライクを打つことにだけ価値があるだの、「効率」を優先して考えることが野球だ、などと勘違いする馬鹿が増えすぎて、かえって野球の効率を下げ、なおかつ、野球をつまらなくした。

そういう、目的と手段を取り違えた、おかしなコンセプトばかり追求してきた人たちは、近年、悪びれもせず、彼らの終着駅に行き着いている。
それは、要約するなら、「できるかぎり無駄の少ないスイングで、できるだけたくさんの得点を得て、しかも、優勝したい」などという、手段のともなわないまま結果だけを求める、欲望丸出しのつまらないコンセプトだ。セイバーメトリクスの最もつまらない部分も、それにあたる。


「最小限だけスイングして、最大の得点効率を得よう」なんていう矛盾した、うまくいきもしない試みは、むしろ、かえってチーム総得点が地を這いずるほど低い、非効率的なチームを量産し続けた。

というのは、ちょっと考えればわかることだが、最小限のスイングで、できるかぎりたくさんの得点を得ようという発想は、いつしかまわり回って、結果的に「長打偏重主義」に行き着くしかないからだ。

そういうみせかけの効率重視の発想が生産してきたのは、次のような代物だ。
「特定のコースのストライクだけを狙い続けて、ほんのたまにホームランにするだけ」しか能がない打者。得点効率がけして高くないのに、守れない、走れない、超低打率で、サラリーだけ高いコストパフォーマンスの悪いスラッガー。「典型的な質の悪いDHタイプ」の打者。そして、そういう偏った打者ばかり並べた非効率的な打線。ボロボロの守備。守備の酷さをフォローするために、「攻撃専用選手と守備専用選手を同時に抱え込む」という財政上のムダ。効率の悪いサラリー構成によって産みだされる、チームのムダな投資による財政効率の低下。そして、くる日もくる日もワンパターンな野球。ワンパターンなゲームに飽きたガラガラのスタンド。
そして、「最も高い効率を実現できると主張し続けたものの、実態は、まるで非効率で魅力の無い野球を生産していること」を覆い隠すために生みだされたのが、かつての「OPS」とそのさまざまなバリエーションを含む「長打重視のデタラメな計算をする指標群」だ。
Damejima's HARDBALL:指標のデタラメさ(OPS、SLG、パークファクターなど)


「できるだけ少ないスイングで、できるだけたくさんの得点を得たい」なんていう、つまらないコンセプトは、かえってチームの得点効率を下げただけではなくて、才能の乏しい打者が自分のスイングをより向上させることで、自分の打撃能力を開発し続けようとする向上心を失わせてもいる。
もし、得意コース、得意球種だけをひたすら待って長打さえ打っていさえすれば、たとえそれが「ほんのたまに打てる長打」でしかなくても高額サラリーが得られるとなれば、当然、選手という生身の人間のモチベーションは下がり、アスリートとしての向上心が失われるに決まっている。

選手が向上しないなら、プロによる高度なプレーを期待してスタジアムに詰めかけるファンが満足するわけはない。好みにそぐわない低次元のプレーばかり見せられれば、スタンドはガラガラになり、やがてチームの財政運営もうまくいかなくなる。


「ストライクを振れ、ボールを振るな」というみせかけの道徳は、あたかもそれが最高の効率を追求する手段であるかのように見せかけているが、野球のもつ歴史的経緯を無視して効率アップをはかったつもりでも、結果的にはかえって非効率的な野球を生み出し、選手の向上心を失わせ、「非常に低確率の長打狙い」で楽をして長期契約と高額サラリーを獲得できる安易な手法を生み出しただけ、という側面がある。
そういう野球が見た目にも魅力がないことは、いつもスタンドがガラガラで低打率にあえぐどこかの球団の不人気ぶりを見れば、誰の目にも明らかだ。


話が非常に遠回りしたが、「現実の野球」にとって大事なことは、「ストライクを振れ、ボールを振るな」なんていう、実は中身の空っぽな道徳モドキではなくて、「より多くのコースを打てる対応力の高いスイングを持つ」ように向上心を持つ選手が出てくることだ。そんな当たり前のことができない選手でも高額サラリーが得られるような、なまぬるいMLBでは困る。
「たったひとつのコースしか打てないスイング」だけで成功できるほど、世の中、甘くない。「自分の得意コース得意球種だけを待っている打者」なんてものが延々と成功し続けられるほど、MLBは甘くない。そういうことを証明してくれるような、厳しいMLBでなくては困るのである。


だから言いたいのは
ボールを 『見よう』 とすることから始めるな」 そして、「打てるかどうか、感じようとしろ。 『あ、打てる』と感じたら、ストライクだろうが、ボールだろうが、かまわないから、間髪入れず、迷わずひっぱたけ」ということだ。
原始的なように思うかもしれないが、これが最も簡単で、見ていてエキサイティングな、変わらぬ野球の鉄則だと思っている。(もちろん打てないコース・球種を減らす練習をしてないのでは話にならない。練習はしていて当たり前)

打者が打席に入るのは、ヒットを打つためであって、電卓で計算するためではないのだ。


Play Clean
日付表記はすべて
アメリカ現地時間です

Twitterボタン

アドレス短縮 http://bit.ly/
2020TOKYO
think different
 
  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
Categories
ブログ内検索 by Google
ブログ内検索 by livedoor
記事検索
Thank you for visiting
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

free counters

by Month