November 18, 2014

今年イチローについて書かれた記事のうち、最も印象に残った記事として、ウォール・ストリート・ジャーナルの「イチローのスペイン語能力」についての記事を挙げておきたいと思う。一時期、いつTwitterを開いても、いつも誰かがリツイートしているのをみかけたものだし、わざわざこの記事を引用して書いた他のメディアの派生記事もいくつかあった。
Ichiro Suzuki Uncensored, en Español - WSJ
知られざるイチローのスペイン語力―ラテン系選手との絆深める - WSJ日本語版

この記事が印象的だったのは、「日本人イチローが、きわどいスペイン語も話せる」というこの記事の主旋律そのものではない。彼の語学力が、必要であればトラッシュトークすらこなすレベルにあることは、普通のイチローファンならとうの昔に知っている。
むしろ記事そのものよりもずっと興味深かったのは、「日本人がスペイン語を、しかもトラッシュトークしていた」というだけで、なぜこれほどまでの「反響」があったのか、という点だ。


WSJの2014年9月の記事によれば、アメリカに約1920万人もいる「英語力が不十分な人たち」のうち、3分の2の人たちの母国語が「スペイン語」らしい。アメリカの学校で教える第二外国語も、圧倒的にそのスペイン語であり、多言語化するアメリカ社会におけるスペイン語の重要性はますます高まっている。

だが、アメリカで「英語の話せない人」がますます増え続けていることが明らかになる一方で、アメリカ人、つまり、英語を話せる既存のアメリカ人の第二外国語習得に対する関心の低さ、さらには、ヨーロッパに比べてエグゼクティブや一般市民のマルチリンガル率がかなり低いという調査結果も出ている。
つまり、「現実社会でのアメリカの多言語化」がもはや止められないほどの勢いで進行しつつあり、それを誰もがわかっているにもかかわらず、「アメリカの多言語化への対応」は、あまり進んでいないどころか、かなり遅れているようなのだ。


MLBにおけるスペイン語の重要度にしても、これからどんどん高くなるのはわかりきっている。MLB公式サイトにはスペイン語版があるし、データサイトでもスペイン語ページを用意しているサイトもある。

だが、はたして今のレベルで十分といえるだろうか。
おそらく十分とはお世辞にもいえないのではないか、と思うのだ。

かつて2013年9月にパナマ出身のマリアーノ・リベラの引退ゲームについて書いたとき、「スペイン語圏出身であるリベラに、スペイン語スピーチをやらせるべきだった」と書いたが、あのときの放送にしても、「まさに今、もの凄い数のスペイン語圏の人々がこの放送を見ているだろう」という「気くばり」は、あまり感じられなかったように思う。

イチローのスペイン語によるトラッシュトークという記事にしても、記事自体は、オリジナリティがあり、十分な取材をもとに書いた面白い企画だとは思うが、他方で、「英語ネイティブでない国の選手同士のスペイン語トーク」がいまさらこれほど話題になるくらい、「アメリカ社会でのスペイン語の位置付けは、まだまだなんだな」と思う。


もちろん、アメリカで「ガイジン扱い」を受ける立場にある日本人イチローが「どうやらスペイン語が、かなりやれるらしいぜ!」というだけで、スペイン語圏の人たちの間での「イチローに対するシンパシー」がググググっと高まったことは、ファンとしてとても嬉しい出来事だった。

記事でイチローは「ラテン系の選手と交流したくなる動機」について、以下のように語っている。
"We're all foreigners in a strange land. We've come over here and had to cope with some of the same trials and tribulations. When I throw a little Spanish out at them, they really seem to appreciate it and it seems to strengthen that bond. And besides, we don't really have curse words in Japanese, so I like the fact that the Western languages allow me to say things that I otherwise can't."
「僕ら(=日本人やスペイン語国出身者)は、よその国では外国人扱いされる。ここに来たら、同じ試練に打ち勝っていかなければならない。ちょっとしたスペイン語を話しかけるだけでも彼らは本当に喜んでくれるし、彼らとの絆が深まる気がする。加えて言うと、日本語には悪態をつくためのちょうどいい言葉がない。外国の言葉でなら日本語では表現できないようなことが言えて、それがとても楽しい。」


ここでちょっと、「世界が、いまどんな言語でできているか」を眺めてみよう。

アメリカ社会でのスペイン語の重要性という話を書いたばかりのくせに相反するようで恐縮だが、MLBファンだけでなく、毎日スポーツばかり見ている人はともすると、世界が英語と、スペイン語をはじめとするラテン系言語、この「2種類だけでできている」と思いこんでしまいがちだ(笑)

だが、実際の「世界の言語環境」のマジョリティは、人数だけでみると、英語とスペイン語の2つで過半数、とはいかない。
たしかにスペイン語は、国連における6つの公用語(=英語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、アラビア語)のひとつではあるが、スペイン語は居住地域が主に中南米に限られているため、総数は4億数千万人程度で、思ったほど多くはないし、なにより今後の拡大に「頭打ち感」がある。

実数はともかく、「インターネット上で飛び交う言語」という視点でみると、「英語」と「中国語」の2つで過半数を占めているという調査がある。
スペイン語はここでも世界第3位という定位置なのだが、いかんせん、やはり成長率が低い。第4位「アラビア語」がいま爆発的成長をしているため、やがてネット言語としてのスペイン語はアラビア語に追い抜かれる可能性がある。
(ちなみに日本語は、日本人の多くが「世界でみると超マイナーな言語だ」と思いこんでいるわけだが、それは間違いだ。そもそも日本は、国土こそ狭いが、人口は世界第10位の「大国」であり、また「ネット上の言語としての日本語」は、世界第6位の言語であり、ロシア語、ドイツ語、フランス語などと肩を並べる、堂々たる世界の主要言語のひとつなのだ。)


野球のプレーにおいてだけでなく、野球のマーケティングにとっても、「どの言語圏をカバーするか」は重要な意味を持っているわけだが、「スペイン語圏」で最も人気のあるスポーツは、今のところ、まだ「野球」ではない。
野球は、スペイン語圏やラテン系言語圏への拡大途上にあるわけだが、今後は、今までと同じく「英語を世界唯一の共通言語としていく」べきなのか、それとも、もう少し拡大して「英語圏以外の、スペイン語圏をはじめとするラテン系言語の国々」での普及をもっと爆発的に推し進めるべきなのか。表面上マーケティングの問題だが、これは同時に「世界観」の問題でもある。


さて、せっかくだからWSJの記事の一部を、MLBにあまり詳しくない人にもわかる形で資料として残しておきたいと思うが、その前に、まだ知らない人のために書いておくと、「イチローの外国語によるトラッシュ・トーク」といえば、スペイン語の前に、2000年代後半のMLBオールスターで、試合前にア・リーグのミーティングでぶちかましていたという下ネタ満載英語スピーチのほうが有名なわけで、まずそちらから資料を残しておきたい。

元資料:Ichiro's speech to All-Stars revealed - Yahoo Sports date:2008年7月 writer:Jeff Passan

マイケル・ヤング
"How do you know about that?"
"The cool thing," Young said, "is that for two days, at least, we call a truce and become a bit of a team."
「それ、どこで知ったんだい?(笑)(イチローの英語スピーチの)何がクールかって、ライバル選手たちが少なくともオールスターの2日間だけは一時停戦して、ひとつのチームになれるってことさ。」

デビッド・オルティーズ
"It's why we win,"
「それが(ア・リーグが2000年代オールスターで)勝ててる理由さ」

ジャスティン・モーノー
"That's kind of what gets you, too," Minnesota first baseman Justin Morneau said. "Hearing him say what he says. At first, I talked to him a little bit. But I didn't know he knew some of the words he knows."
「まぁ、君らが思ってるような内容(=放送禁止のきわどい英語だらけ)なのは確かさ。」とミネソタ(当時)の一塁手ジャスティン・モーノー。「彼がスピーチやった後、ちょっと聞いてみたこともあるんだけど、彼がなんでああいうたぐいの言葉まで知ってんのか、ほんと、謎だよ(笑)」
"If you've never seen it, it's definitely something pretty funny," Morneau said. "It's hard to explain, the effect it has on everyone. It's such a tense environment. Everyone's a little nervous for the game, and then he comes out. He doesn't say a whole lot the whole time he's in there, and all of a sudden, the manager gets done with his speech, and he pops off."
「(イチローが英語スピーチしてるのを)実際見たことがないと、『ウソでしょ、絶対ありえない』とか思うだろうな。言葉じゃ説明しづらいけど、影響はすごいある。ああいうテンション上がってる場面だしね。誰もがゲーム前でナーバスになってる。すると、彼が出てくるわけ。しゃべりまくるってほどじゃないけど、監督のスピーチが終わると、彼が突然すっくと立ち上がるわけさ(笑)」

この記事には他にミゲル・テハダ、福留が登場


さて次に、今年話題になったスペイン語のトラッシュ・トークについて。
引用元:Ichiro Suzuki Uncensored, en Español - WSJ date:2014年8月 writer:Brad Lefton
WSJ日本語版:知られざるイチローのスペイン語力―ラテン系選手との絆深める - WSJ日本語版
引用記事:Yankees' Ichiro Suzuki is a legendary trash talker...in Spanish | NJ.com
引用記事:Ichiro has been talking trash in Spanish, for years - SBNation.com

ラモン・サンティアゴ(ドミニカ)
2003年デトロイトで、セカンド、ショート、ファーストを守ったドミニカン。彼によれば、先頭打者でヒットを打ったイチローがすかさず盗塁を決め、セカンドで立ち上がると、ポーカーフェイスのままスペイン語で "No corro casi." と言ったらしい。
元記事Brad Leftonの英訳は "I don't have my legs today."。また、同紙の日本語版では、「きょうは速くないな」と訳している。元記事がなぜそういう風に解釈したのかはわからないが(笑)"No corro casi." をとりあえず英語直訳すれば、"I hardly run." だ。
なので、このブログ訳としては、「この程度のスピードぢゃ、走ったとはいえねぇべ(歩いたようなもんだ)」としておく(笑)

カルロス・ペーニャ(ドミニカ)
ペーニャがタンパベイでファーストを守備していたときのこと。内野安打で出塁したイチローが "Que coño tu mira? と話かけてきたらしい。元記事では "What the hell are you looking at?" と訳してお茶を濁し、日本語版ではconoと「スペルを変えて」いる。
だが、原文にあるcoñoとは、本来「女性器」を意味するスペイン語なのだ(苦笑)だから、わざときわどく訳すなら、「あんた、あたいとナニしたいわけ?」。さらに崩すと、「あんた、どこ見てんのよぉ・・・やらしいわねぇw」となる(笑)
このブログなら、世間を気にせず、きわどいところまで書けるが、まぁ、いくらなんでも天下の公器ウォールストリートジャーナルだ。訳すに訳せなかったのも、しかたがないといえばしかたがない(笑)

ラウル・イバニェス(両親はキューバ移民)
シアトル、ヤンキースでチームメイトだったイバニェスは、ニューヨーク生まれだが、両親はキューバ移民なので、英語もスペイン語もペラペラ。
"He's a really observant, really smart guy and he can pick up Spanish pretty quickly," Ibanez said. "He'd overhear us Latin guys talking and he would imitate it exactly the way that we said it and then he'd ask, 'What does that mean?' Everything that he does, he tries to do it exactly perfect, right? So it only makes sense that he would do that when he's trying to speak Spanish."
「彼はほんとに観察力があって、ほんとに頭の切れる男さ。スペイン語もとても早く身につけるしね」とイバニェス。「彼は僕らのようなラテン系選手の会話を立ち聞きすると、言ってたとおり正確に真似て、その後で『これ、どんな意味?』って質問してくるんだ。彼は自分のやることなすこと全てをパーフェクトにこなそうとするのさ。スペイン語もそう。話すからにはパーフェクトでなきゃ意味がない、それがイチローさ。」

ビクター・マルチネス(ヴェネズエラ)
今はデトロイトのDHだが、彼がまだクリーブランドのキャッチャーで、サイ・ヤング賞投手クリフ・リーとかの球を受けていた時代に、誰かと会話しているイチローが "muy peligroso" (=「とても危ない」)というスペイン語を使っているのを、マルチネスが「また聞き」した。
そこでマルチネス、打席に入ったイチローに、マスク越しに "muy peligroso" と話しかけてみた。すると、イチローは笑顔で応え、すかさずヒットを打って出塁していったらしい。
その後2人はすっかり打ち解けたらしく、あるときなどは打席に入って難しい球をファウルしたイチローが、 "Mala mia" (=「ミスったぜ」)とスペイン語でマルチネスをからかったこともあるらしい。(注:この部分は元記事にはあるが、日本語版では削られている)

ミゲル・カブレラ(ヴェネズエラ)
いまや押しも押されもしないア・リーグの代表的スラッガーの彼が、イチローと初めて会ったのは、カブレラが初選出された2004年ヒューストンでのオールスターで、ヴェネズエラ人プレーヤー7人に混じって一緒に記念撮影したのが最初。
後年デトロイトに移籍したカブレラが、三塁手としてヤンキースとゲームしていたとき、塁上のイチローにカブレラが "Feo!" (=ugly)とスペイン語で声をかけると、イチローがスペイン語で応酬。このときのやりとりで使われたスペイン語も、とてもとても紙面に書き表せるようなたぐいの言葉ではなかったかったらしい(笑)(注:この部分も元記事にはあるが、日本語版では削られている)


2014年10月末に、Latin Postというラテン系メディアに、今オフのストーブ・リーグのFA選手ベスト5という記事が出て、1位がイチロー、後は、パブロ・サンドバル、メルキー・カブレラ、マックス・シャーザー、ジェームズ・シールズだった。
この記事を作るにあたって、例のWSJの記事がどのくらい寄与したのかは当然ながら不明なわけだが、イチローとスペイン語圏選手の親しい関係が判明したことがラティーノ圏でのイチローの好感度をかなり押し上げたことは、おそらく間違いないだろうと思う。
MLB Free Agents 2015 Rumors & Rankings: Top 5 Best Players Available This Offseason : Sports : Latin Post




Play Clean
日付表記はすべて
アメリカ現地時間です

Twitterボタン

アドレス短縮 http://bit.ly/
2020TOKYO
think different
 
  • 2014年10月31日、PARADE !
  • 2013年11月28日、『父親とベースボール』 (9)1920年代における古参の白人移民と新参の白人移民との間の軋轢 ヘンリー・フォード所有のThe Dearborn Independent紙によるレッドソックスオーナーHarry Frazeeへの攻撃の新解釈
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年11月8日、『父親とベースボール』 (8)20世紀初頭にアメリカ社会とMLBが経験した「最初の大衆化」を主導した「外野席の白人移民」の影響力 (付録:ユダヤ系移民史)
  • 2013年6月1日、あまりにも不活性で地味な旧ヤンキースタジアム跡地利用。「スタジアム周辺の駐車場の採算悪化」は、駐車場の供給過剰と料金の高さの問題であり、観客動員の問題ではない。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年7月3日、『父親とベースボール』 (2)南北戦争100年後のアフリカ系アメリカ人の「南部回帰」と「父親不在」、そしてベースボールとの距離感。
  • 2012年6月29日、『父親とベースボール』 (1)星一徹とケン・バーンズに学ぶ 『ベースボールにおける父親の重み』。
Categories
ブログ内検索 by Google
ブログ内検索 by livedoor
記事検索
Thank you for visiting
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

free counters

by Month