July 29, 2016



ある意味で、これが「イチロー」なのだ。

相手にシフトをしかれれば、こんどは「そのシフトの裏をかく打球を打つ」のである。

シフトの裏をかく」などと、言葉で言うのは簡単だ。だが、プロの、それも「MLBの投手の球を打って、データ分析に基づくシフト守備の裏をかく打球を打てるだけのバットコントロールをもった選手」など、歴史的にみても、そうはいない。

2016年7月28日
STL vs MIA 7回裏 1死1塁


フィリー同様、イチローシフトをしいてきたセントルイスだが、カウント1-0からジョナサン・ブロクストンの2球目をしっかりヒットした代打イチローの打球は、一塁手マット・アダムスの右を抜け、ライト線への強烈なゴロ。「イチローシフト」であらかじめセンターに寄っていたライトのスティーブン・ピスコッティがふとフェンス到達前に追いついた

この「フェンス到達前に追いついた」というプレーが結局ゲームの趨勢を分けた

このプレーは、イチローの2998安打の陰にかくれた形になって目立たないが、セントルイスのライト、スティーブン・ピスコッティの隠れたファインプレイだ。


もしイチローの鋭い打球がフェンスに到達していれば
どうだったか。


まず前提としてアタマに入れておくべきなのは、セントルイスはいま、ポストシーズンに向けて地区首位カブスを6.5ゲーム差の2位で追っているわけだが、カブスの強さからいって、地区優勝を狙うというよりはワイルドカード争いをしているわけで、その対象チームは、ほかならぬ今日の対戦相手マーリンズなのだ、ということだ。(他にドジャース、メッツ、パイレーツ)

だから、このセントルイス対マイアミ戦は、両チームにとって今シーズンのポストシーズン進出のために絶対に勝ち越さなければならない「ガチの決戦シリーズ」なのだ。


代打イチローの打席のシチュエーションを確かめでおこう。
スコアは3-5」「1死1塁」だ。

ということは、もしライトのスティーブン・ピスコッティが緩慢な守備で打球のフェンス到達を許してイチローを三塁打にしていれば、マイアミ側には「スコア4-5、1死3塁にイチロー」というまたとない同点のチャンスがころがりこむ。
もし「1点リードされた1アウトで、走者はサードにイチロー」というシチュエーションが実現できていたら、走者が足の速いイチローだけに、内野ゴロ、外野フライ、パスボール、ボーク、エラー、どんなプレーでもマイアミが同点にできた可能性はとても高い。

セントルイスはその「潜在的な大ピンチ」を、「外野がシフトの逆をつかれたが、打球のフェンス到達は許さないという、ライトの俊敏な守備」で「スコア3-5のまま、1死2、3塁」と、「リスクを最小限に抑える」ことに成功したわけだ。


マイアミは、その後ヘチャバリアのショートゴロの間にランナーがひとりだけ還り、「スコア4-5で、2死2塁」とした。だが、セントルイスは「イチローの三塁進塁」を許さず、それが「マイアミの同点を許さないこと」につながった。
というのは、ブロクストンがマイアミの8番打者、右のヘチャバリアのインコースだけを2シームで徹底して攻めて、絶対にライト方向の打球を打たせず、レフト方向に引っ張らせてゴロを打たせる配球をしたからだ。
右投手のブロクストンの2シームは右打者ヘチャバリアのインコースに食い込むように動く。ヘチャバリアにはこの厳しい攻めをライト方向に返すだけの技術がない。

かつて、イチローは1点差のランナー2塁でインコース攻めにきたマリアーノ・リベラの初球のカットボールをサヨナラホームランしてみせたわけだが、あのひと振りがどのくらい凄いか、このヘチャバリアのショートゴロと比べてもわかる。

2016年7月28日ヘチャバリア ショートゴロ配球data:http://www.brooksbaseball.net/pfxVB/pfx.php?s_type=3&sp_type=1&year=2016&month=7&day=28&pitchSel=455009&game=gid_2016_07_28_slnmlb_miamlb_1/&prevGame=gid_2016_07_28_slnmlb_miamlb_1/&pnf=&prevDate=728&batterX=57


説明するまでもないことだが、もしヘチャバリアの同点内野ゴロが「ショートゴロ」でなくセカンドゴロとかファーストゴロだったら、「二塁走者イチローがサードに行けていた可能性」があった。
そうなればシチュエーションは「1点差、2死3塁」だから、マイアミ側はパスボール、ボーク、エラーのような「相手側のミス」でも同点にできる可能性が出てくる。
だが実際には、「ショートゴロの結果、イチローは進塁できなかった」わけだから、「2死二塁」の場面で後続のマイアミの9番打者クリス・ジョンソンはヒットを打つか四球出塁しないといけなくなる。打撃のよくないジョンソンにヒットは期待できない。(実際の結果:ジョンソン三振)


シフトをしく
シフトをかいくぐる
三塁打になるのを防ぐ守備
サードに進塁させない配球
内野ゴロを打たせる
同点にさせない

こうしてプレーをトランプのように並べてみると、何度もワールドシリーズ制覇してきたセントルイスというチームの「強さ」の意味がひしひしとわかる。

野球における「強さ」とはなにも、「ホームランをたくさん打つこと」などでは、まったくない。そしてまた、野球というゲームにおける「面白さ」とは、プレーを断片として味わうことのみではなく、「プレーとプレーのつながり」や「プレー相互の関係」を連結して考えてみることでもある。


ここまで丁寧に説明すれば(笑)、7回裏のセントルイスが「イチローがサードに行くのを全力で避けた」ことがゲーム結果に直結していることが誰にでもわかる形になった、と思う。


ちなみに、7月26日フィリーズ戦でピーター・ボージャスのファインプレーに阻まれた右中間のライナーと同様に、もし今日の打球がフェンスに到達していれば、おそらく「三塁打」だった。そして、三塁打ならイチローはあの福本豊さんの記録を抜き、「日本人通算三塁打数のトップ」になれたところだった。
ボージャスのファインプレーに続いて、こんどはセントルイスのライト、スティーブン・ピスコッティに三塁打記録を阻まれたわけだ(苦笑)長い長い道のりである。


こうしてゲームメイクの観点からみたとき、「ライトの守備」が現代野球にとっていかに大事なものかがわかる。
野球というゲームにおいては、「無駄な進塁、特にサードへの進塁を防ぐ」という意味で、ライトの選手の守備位置や肩、落下点を読む洞察力などは、特に僅差で試合が決まるようになった現代野球においては、ますます大事なファクターとなっている。

かつてMLBデビューしたばかりの時期に、イチローがライトからのレーザービームで走者の三塁進塁を阻んだプレーの意味は、他に例をみないほどの強肩を自慢するためのプレーではない。あのプレー以降、どれほどの数の打者が「ライトをイチローが守っているときの、ライト線三塁打を諦めた」ことか。

フライキャッチに執念を燃やすセンターの守備とはまったく違う意味で、これまでの「イチローのライト守備」の歴史的価値はもっとずっと高く評価されるべきだ。(だからこそ、せっかくのイチローの守備力をゲームに生かそうとしないで代打起用ばかりしているマッティングリーは監督として無能だと思う)


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