December 2011
December 23, 2011
「率と期待値を足し算しているOPSのデタラメさ」を書いてきたこのシリーズ記事で何度も強調しているように、OPSには何重にも「ホームランバッターを優遇する、数字の水増しカラクリ」が仕込まれている。
そのデタラメなカラクリは、ひとつだけではなくて、むしろOPSの計算プロセス全般に何重にも折り重なって仕込まれた悪質な仕組みである。この特定打者にのみ多重加算を行なう悪質なカラクリの大半は、通称「長打率」などと、実態にまるでそぐわない名称で通称されているSLGに仕込まれている。
SLGによって算出される数字は、何度も書いているように、単なる「打数あたりの塁打期待値」に過ぎない。また、ましてやSLG、ひいてはOPSは、「得点期待値」ではない。
それは、単なる塁打期待値に過ぎないSLGでは、ホームランを塁打数4と計算することから単純にわかる。SLGではホームランにシングルヒットの4倍もの評価を与えるわけだが、得点期待値におけるホームランの評価は、もっとずっと低く、例えば「wOBAにおけるホームランの得点期待値は、シングルヒットの約2倍程度」に過ぎない。得点期待値の計算においては「ホームランにシングルヒットの4倍もの数値を与える」などという馬鹿げた行為は行われていない。
以下の記事(3)では、四球の影響をこそこそと多重加算しているデタラメ指標OPSのデタラメさを、小学生でも理解できる簡単な計算によって明らかにして、「OPSは、その打者の得点力を表す」などというデタラメがウソ八百であることを示す。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年12月20日、率と期待値を足し算している「OPSのデタラメさ」 (1)「OPSのデタラメさ」の基本を理解する
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年12月21日、率と期待値を足し算している「OPSのデタラメさ」 (2)小学生レベルの算数で証明する「OPS信仰のデタラメさ」
SLGについての日本のWikiに、こんな記述がある。
誰が書いたのか知らないが、アホらしいにも程がある(笑)
「SLGは四死球による出塁を反映しない」だと?(笑)
打席数からではなく、「打数」を分母にした割り算で計算されるSLGが、「打数」を思い切り左右する「四球」の影響を受けないわけがあるかっ(笑)馬鹿なことを言うな。
以下、そのことを小学生レベルの簡単な計算でわからせて差し上げよう。
いま、仮に次のようなバッターがいるとして、四球数ゼロ、60個、120個の3ケースで、それぞれのOPSを計算してみる、とする。
一目瞭然だ。
赤色で示したSLGの増加傾向を眺めればわかるように、四球増加によるOPS加算は、OBPについて行われるだけでなく、「打数の減少」を介して、SLGに「二重に加算」されている。
(それにしても、たとえホームランを30本打っているバッターですら、もし四球が無いとなると、こういう、しみったれたOPS数値が出る(笑) これは、「OPSはバッターの長打力を表す」とかいうOPS信仰、OPS礼賛が、いかにウソっぱちであり、また、いかにOPSが「四球によって、ホームランバッターのOPS数値だけを水増しして加算するデタラメ指標」に過ぎないか、よくわかる。
「四球のまったく無いホームランバッター」のOPSが低いのは、この四球増加によるOPSの二重加算、水増し加算の恩恵を受けないからであり、ホームランだけでは、実は、OPS数値はたいして伸びない、のである。
現実の野球において、ホームランバッターのOPS数値を大きく伸ばしているのは、実はホームランによる塁打数の増加そのものよりも、この「二重加算」「水増し加算」される「四球数」だったりする。このことは次の記事で書く)
ほんと、OPSは呆れたデタラメ指標だ。
上の計算において青色で示したOBP(出塁率)は、四球がゼロ、60、120と増加していくにつれて、0.250、0.350、0.450と、「均等に」増加する。
それに対して、赤色で示したSLGは、まったく違う。四球数がゼロから60になるときには 0.444−0.400=0.044の増加であるのに対して、四球数が60から120になるとき 0.500−0.444=0.056と、「増加量自体が加速度的に増えて」いく。
これが「OPSの算出においては、四球が増えれば増えるほど(=打席が減れば減るほど)、SLGへの二重加算が加速されていく」ということの意味のひとつである。
話はまだまだ終わらない。
同じ計算を、さきほどはホームラン30本のホームランバッターで計算したが、違うタイプ、例えば総ヒット数は同じでホームラン10本のバッターについて計算してみると、違う結果が得られ、それによってさらに興味深い「OPSのデタラメぶり」がわかる。
こんどの計算では、ホームラン数を「10本」に減らしてみる。このバッターBでも、四球数ゼロ、60個、120個の、3つのケースで、それぞれのOPSを計算してみる。
ホームランバッターAと、アベレージヒッターBの「四球増加にともなうSLGへの加算の大差」を観察すると、このOPSというデタラメな指標がいかに「打者を歪んだ視点で評価しているか」が非常によくわかる。
2つの異なるタイプのバッターの比較をしたことで、SLG数値の二重加算パターンが、バッターのホームラン数によって、これほどまで違っていることの意味は、誰でもわかるだろう。
四球数増加に応じてOBPとSLGが同時に加算されるのが「四球増加にまつわるOPSの水増しのカラクリ」のひとつなわけだが、この「二重加算」は「あらゆる打撃成績のバッターに均等に数値が加算されるようにできているわけではない」のだ。
(もちろん、こうしたデタラメな現象は、ホームランバッターとアベレージヒッターの間にだけ起きるわけではなく、ホームランを40本打てるバッターと、20本しか打てないバッターの間でも、同じように起きる。
だが、このホームランバッター優遇水増し加算の恩恵を最も大きく受けるのは、ホームランが40本以上打てて3冠王にも手が届くような「打率の高い、ホンモノの才能に満ち溢れた、ホンモノのスラッガー」ではなく、ホームラン10数本から20数本の低打率のハンパなスラッガーたちであることは明らか。このことは次の記事で書く)
もう一度まとめなおしておこう。
こうしたデタラメなことが起きるのは、もちろん、SLG算出のための割り算における分子(=総塁打数)が大きいバッターほど、分母(=打数)の減少による恩恵を多く受けるからだ。
ちなみに、「打数が極端に少ないケース」において、このOPSのデタラメなカラクリがどう働くかを、少しだけ示しておこう。
例えば、1試合4打数におけるOPSの数値変化を、手計算してみればいい。
こんな、出来損ないのデタラメな数字を、これまで「指標」と呼んできたのだ。呆れるほどの酷さである。四球1個の増加によって引き起こされる数値の加算が、「二重に加算され」、なおかつそれで終わらず、「バッターのホームラン数によって、著しく不均等に手心が加えられ、水増しされている」ような指標に、何の意味もない。
(こうしたOPSのデタラメさを修正するために、あまりにも過大すぎるSLGの数値を、あらかじめ整数で割り算して「小さく」しておいてからOBPに加えるOPSの改良指標がある。(たとえば、SLGを整数3で割ってOBPに加えるのがNOI(New Offensive Index)
もちろん多重加算の仕組みをよく考えればわかるように、そんな場当たり的な修正を試みたところで、そんな付け焼刃の計算ではSLGへの多重加算のデタラメさはまったく修正できていないのだから、何の根本的な解決にもならないことは、言うまでもない)
つまるところ、OPSというデタラメな指標は、実は、バッターのタイプ、特にホームラン数の違いによって、バッターの評価基準がバラバラになっている。だから、タイプの違うバッターを相互に比較する能力など、OPSにはハナから無かったのである。
ホームラン数の大きくかけ離れたバッター同士、あるいは、打数の大きく異なるバッター同士について比較しようという場合、バッターによって評価基準がズレるOPSを評価基準に使うことに、まるでなんの意味もない。
Copyright © damejima. All Rights Reserved.
(続く)
そのデタラメなカラクリは、ひとつだけではなくて、むしろOPSの計算プロセス全般に何重にも折り重なって仕込まれた悪質な仕組みである。この特定打者にのみ多重加算を行なう悪質なカラクリの大半は、通称「長打率」などと、実態にまるでそぐわない名称で通称されているSLGに仕込まれている。
SLGによって算出される数字は、何度も書いているように、単なる「打数あたりの塁打期待値」に過ぎない。また、ましてやSLG、ひいてはOPSは、「得点期待値」ではない。
それは、単なる塁打期待値に過ぎないSLGでは、ホームランを塁打数4と計算することから単純にわかる。SLGではホームランにシングルヒットの4倍もの評価を与えるわけだが、得点期待値におけるホームランの評価は、もっとずっと低く、例えば「wOBAにおけるホームランの得点期待値は、シングルヒットの約2倍程度」に過ぎない。得点期待値の計算においては「ホームランにシングルヒットの4倍もの数値を与える」などという馬鹿げた行為は行われていない。
以下の記事(3)では、四球の影響をこそこそと多重加算しているデタラメ指標OPSのデタラメさを、小学生でも理解できる簡単な計算によって明らかにして、「OPSは、その打者の得点力を表す」などというデタラメがウソ八百であることを示す。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年12月20日、率と期待値を足し算している「OPSのデタラメさ」 (1)「OPSのデタラメさ」の基本を理解する
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年12月21日、率と期待値を足し算している「OPSのデタラメさ」 (2)小学生レベルの算数で証明する「OPS信仰のデタラメさ」
SLGについての日本のWikiに、こんな記述がある。
長打率は四死球による出塁数を反映しないという欠陥があり、打者の総合的な打撃評価には必ずしも当たらないとする主張もある。
長打率 - Wikipedia
誰が書いたのか知らないが、アホらしいにも程がある(笑)
「SLGは四死球による出塁を反映しない」だと?(笑)
打席数からではなく、「打数」を分母にした割り算で計算されるSLGが、「打数」を思い切り左右する「四球」の影響を受けないわけがあるかっ(笑)馬鹿なことを言うな。
以下、そのことを小学生レベルの簡単な計算でわからせて差し上げよう。
いま、仮に次のようなバッターがいるとして、四球数ゼロ、60個、120個の3ケースで、それぞれのOPSを計算してみる、とする。
ホームランバッターAのケース
打席数600 ヒット総数150本
(うちホームラは30本。余計な要素を省くため、残り120本のヒットは全てシングルと仮定。また、犠打、犠飛、打撃妨害、走塁妨害は「ゼロ」と仮定)
四球ゼロの場合
(四死球、犠打、犠飛、打撃妨害、走塁妨害が無いため、600打席全てが打数になる)
OPS=OBP+SLG
=(150÷600)+(240÷600)
=0.250+0.400
=0.650
四球60個の場合
(四球増加により出塁数は60増える一方で、打数は60減少し、540になる)
OPS=OBP+SLG
=(210÷600)+(240÷540)
=0.350+0.444
=0.794
四球120個の場合
(四球増加により出塁数は120増える一方、打数は120減少し、480になる)
OPS=OBP+SLG
=(270÷600)+(240÷480)
=0.450+0.500
=0.950
一目瞭然だ。
赤色で示したSLGの増加傾向を眺めればわかるように、四球増加によるOPS加算は、OBPについて行われるだけでなく、「打数の減少」を介して、SLGに「二重に加算」されている。
(それにしても、たとえホームランを30本打っているバッターですら、もし四球が無いとなると、こういう、しみったれたOPS数値が出る(笑) これは、「OPSはバッターの長打力を表す」とかいうOPS信仰、OPS礼賛が、いかにウソっぱちであり、また、いかにOPSが「四球によって、ホームランバッターのOPS数値だけを水増しして加算するデタラメ指標」に過ぎないか、よくわかる。
「四球のまったく無いホームランバッター」のOPSが低いのは、この四球増加によるOPSの二重加算、水増し加算の恩恵を受けないからであり、ホームランだけでは、実は、OPS数値はたいして伸びない、のである。
現実の野球において、ホームランバッターのOPS数値を大きく伸ばしているのは、実はホームランによる塁打数の増加そのものよりも、この「二重加算」「水増し加算」される「四球数」だったりする。このことは次の記事で書く)
1)四球増加によるOPSへの加算は、OBPだけでなく、打数の減少を経由して、SLGにも「二重加算」されている。
2)この「四球増加によるOBP・SLGへの二重加算」は、四球1個あたりに均等に加算されているのではない。また、あらゆるバッターに均等に加算されているのでもない。
3)上の例でもわかるように、「四球数が増える(=打数が減る)」につれ、「四球増加による二重加算」は、加算される数値が加速度的に増やされていく。つまり、「四球が増えれば増えるほど、加算されるSLGが大きくなって、OPSが増加しやすく」なっていく。
ほんと、OPSは呆れたデタラメ指標だ。
上の計算において青色で示したOBP(出塁率)は、四球がゼロ、60、120と増加していくにつれて、0.250、0.350、0.450と、「均等に」増加する。
それに対して、赤色で示したSLGは、まったく違う。四球数がゼロから60になるときには 0.444−0.400=0.044の増加であるのに対して、四球数が60から120になるとき 0.500−0.444=0.056と、「増加量自体が加速度的に増えて」いく。
これが「OPSの算出においては、四球が増えれば増えるほど(=打席が減れば減るほど)、SLGへの二重加算が加速されていく」ということの意味のひとつである。
話はまだまだ終わらない。
同じ計算を、さきほどはホームラン30本のホームランバッターで計算したが、違うタイプ、例えば総ヒット数は同じでホームラン10本のバッターについて計算してみると、違う結果が得られ、それによってさらに興味深い「OPSのデタラメぶり」がわかる。
こんどの計算では、ホームラン数を「10本」に減らしてみる。このバッターBでも、四球数ゼロ、60個、120個の、3つのケースで、それぞれのOPSを計算してみる。
アベレージヒッターBのケース
打席数600 ヒット総数150本
(うちホームランは、こんどは30本ではなく、「10本」とする。余計な要素を省くため、残りのヒット140本は、全てシングルヒットと仮定。また、犠打、犠飛、打撃妨害、走塁妨害は「ゼロ」と仮定)
四球ゼロの場合
(四死球、犠打、犠飛、打撃妨害、走塁妨害が無いため、600打席全てが打数になる)
OPS=OBP+SLG
=(150÷600)+(180÷600)
=0.250+0.300
=0.550
四球60個の場合
(四球増加により出塁数は60増える一方、打数は60減少し、540になる)
OPS=OBP+SLG
=(210÷600)+(180÷540)
=0.350+0.333
=0.683
四球120個の場合
(四球増加により出塁数は120増える一方、打数は120減少し、480になる)
OPS=OBP+SLG
=(270÷600)+(180÷480)
=0.450+0.375
=0.825
ホームランバッターAと、アベレージヒッターBの「四球増加にともなうSLGへの加算の大差」を観察すると、このOPSというデタラメな指標がいかに「打者を歪んだ視点で評価しているか」が非常によくわかる。
ホームランバッターA
四球数ゼロ 0.400
60個 0.444(四球ゼロのときより+0.044増加)
120個 0.500(四球60個のときより+0.056増加)
アベレージヒッターB
四球数ゼロ 0.300
60個 0.333(ゼロのときより+0.033増加)
120個 0.375(60個のときより+0.042増加)
打者Aと打者Bにおける「SLG二重加算量の格差」
ゼロ→60 (打者A)0.044−(打者B)0.033=0.011
60→120 0.056−0.042=0.014
SLGの数値における「0.011の差」というのは、この仮計算の打数・ヒット数の設定においては、およそ「シングルヒット約7本分程度」に相当する。いいかえると、打者Aと打者Bがゼロから60個に四球を増やしたとき、OPSというデタラメ指標は、勝手に「打者Aにだけ」シングルヒット7本分にも及ぶアドバンテージを与えているのである。
つまり、打者Aと打者Bは「同数の60四球を増加させた」にもかかわらず、打者Aは打者Bに対し「まったく何もしてないのに、シングルヒット7本分くらいのアドバンテージをもらっている」のである。逆に打者Bは、同じ数の四球を増加させたにもかかわらず、さらにシングルヒット7本程度を加えないとSLGが追いつけない、わけのわからないハンデを押し付けられている、ことになる。
2つの異なるタイプのバッターの比較をしたことで、SLG数値の二重加算パターンが、バッターのホームラン数によって、これほどまで違っていることの意味は、誰でもわかるだろう。
四球数増加に応じてOBPとSLGが同時に加算されるのが「四球増加にまつわるOPSの水増しのカラクリ」のひとつなわけだが、この「二重加算」は「あらゆる打撃成績のバッターに均等に数値が加算されるようにできているわけではない」のだ。
(もちろん、こうしたデタラメな現象は、ホームランバッターとアベレージヒッターの間にだけ起きるわけではなく、ホームランを40本打てるバッターと、20本しか打てないバッターの間でも、同じように起きる。
だが、このホームランバッター優遇水増し加算の恩恵を最も大きく受けるのは、ホームランが40本以上打てて3冠王にも手が届くような「打率の高い、ホンモノの才能に満ち溢れた、ホンモノのスラッガー」ではなく、ホームラン10数本から20数本の低打率のハンパなスラッガーたちであることは明らか。このことは次の記事で書く)
もう一度まとめなおしておこう。
こうしたデタラメなことが起きるのは、もちろん、SLG算出のための割り算における分子(=総塁打数)が大きいバッターほど、分母(=打数)の減少による恩恵を多く受けるからだ。
1)四球が増えれば増えるほど(=SLG算出割り算における「分母」である「打数」が減れば減るほど)、SLGにおける四球の二重加算は加速していく。つまり、四球の多い打者ほど、わずか1つの四球でより多くのSLG数値が水増し加算され、OPSは「みせかけだけの増加」をみせる
2)総塁打数(=SLG算出割り算における「分子」)の多いホームランの多いバッターになればなるほど、SLGにおける四球の二重加算は加速していく。つまり、ホームランの多い打者ほど、わずか1つの四球でより多くのSLG数値が水増し加算されるようになり、OPSは「みせかけだけの増加」をみせる
3)こうした「二重加算」、「水増し加算」のカラクリによって、「ホームランバッター」「四球の多いバッター」「打数の少ないバッター」のOPSは、より有利な条件で「四球増加による、OPSの加速度的な加算」の恩恵を受ける
ちなみに、「打数が極端に少ないケース」において、このOPSのデタラメなカラクリがどう働くかを、少しだけ示しておこう。
例えば、1試合4打数におけるOPSの数値変化を、手計算してみればいい。
打数が極端に少ないケースにおけるOPSのカラクリ
仮に、4打数1ホームランの打者Aと、4打数1安打でシングルヒットの打者Bがいたとして、もし、凡退した3打数のうち、ひとつだけ四球を選んだ、としたら、OPSがどう変わるか、計算してみる。
打者Aにおいて、最初「塁打数4÷打数4」だったSLGの計算は、四球を選ぶと「塁打数4÷打数3」に変わるわけだが、このときの分母の数値の変化(=打数減少によるSLGの水増し)による打者AのOPSへの加算数値は、打者Bにおいて、4打数1安打が3打数1安打1四球になることによるOPSへの加算数値より、「はるかに大きい」のである。
打者Aの「四球によるSLG加算」
「総塁打数4」のまま、「打数」だけが4から3に減少
(4塁打÷3打数)ー(4塁打÷4打数)=0.333
打者Bの「四球によるSLG加算」
「総塁打数1」のまま、「打数」だけが4から3に減少
(1塁打÷3打数)ー(1塁打÷4打数)=0.083
打者Aが、わずかひとつの四球を選ぶことで加算されるSLG、0.333は、同じように四球をひとつ増やしただけなのにもかかわらず、打者Bに加算されるSLG、0.083の約4倍も水増しして加算される。
こんな馬鹿げたことが起きるのも、もちろん、分母である打数があまりに小さいと、計算結果に打数減少の影響があまりにも過大に表れるからだ。
こんな、出来損ないのデタラメな数字を、これまで「指標」と呼んできたのだ。呆れるほどの酷さである。四球1個の増加によって引き起こされる数値の加算が、「二重に加算され」、なおかつそれで終わらず、「バッターのホームラン数によって、著しく不均等に手心が加えられ、水増しされている」ような指標に、何の意味もない。
(こうしたOPSのデタラメさを修正するために、あまりにも過大すぎるSLGの数値を、あらかじめ整数で割り算して「小さく」しておいてからOBPに加えるOPSの改良指標がある。(たとえば、SLGを整数3で割ってOBPに加えるのがNOI(New Offensive Index)
もちろん多重加算の仕組みをよく考えればわかるように、そんな場当たり的な修正を試みたところで、そんな付け焼刃の計算ではSLGへの多重加算のデタラメさはまったく修正できていないのだから、何の根本的な解決にもならないことは、言うまでもない)
つまるところ、OPSというデタラメな指標は、実は、バッターのタイプ、特にホームラン数の違いによって、バッターの評価基準がバラバラになっている。だから、タイプの違うバッターを相互に比較する能力など、OPSにはハナから無かったのである。
ホームラン数の大きくかけ離れたバッター同士、あるいは、打数の大きく異なるバッター同士について比較しようという場合、バッターによって評価基準がズレるOPSを評価基準に使うことに、まるでなんの意味もない。
Copyright © damejima. All Rights Reserved.
(続く)
December 22, 2011
前記事
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年12月20日、率と期待値を足し算している「OPSのデタラメさ」 (1)「OPSのデタラメさ」の基本を理解する
前記事で書いたことは、あまりにたくさんの内容を含むので、さすがにすぐには整理しきれない。要点も非常にたくさんある。
とりわけ「長打率」と間違ったネーミングをされた指標であるSLGは、どうせ馬鹿馬鹿しい間違いと思い込みを生むだけなのがわかっているから、この「率と期待値を足し算しているOPSのデタラメさ」というシリーズ記事の中では、今後は、必要がないかぎり、「長打率」とは表記せず、「塁打期待値(いわゆる「長打率」)」、もしくは単に「塁打期待値」と表記する。
OPS=出塁率(OBP)+塁打期待値(SLG)
この、「率」と「期待値」、2つの性質の違う、しかも、相互に相関を持つ数字を単純に足し算してしまう出来そこないの馬鹿馬鹿しい足し算(笑)がカバーする領域は、実は、限られたものであること、つまり、OPSが現実の野球に沿わない部分は非常に多いことは、前記事で指摘した。
まぁ、いってみれば、日本全国カバーすると口先では豪語しながら、実際には山奥しかカバーできてない携帯電話(笑)みたいなものだ。
例えば、出塁率.300、塁打期待値.500の打者は現実の野球に頻繁に出現するが、出塁率.400、塁打期待値.400の打者は、ほぼ特異点として出現することはあるものの、ほぼ非現実の存在しない打者である。
こうしたことが起きる原因のひとつは、前記事でも指摘したように、現実の打者においては、「出塁率≦塁打期待値」となることがほとんどだ、という事実を、OPSが考慮せずに、というか、意図的に無視しているからなのだが、このことをもう少し簡単な計算で示してみたい。
こんなに「OPS神話の仕組み」をわかりやすく解説するのは、たぶん、このブログが世界初だ。
OPS=OBP+SLG
OBP≦SLG
この式を変形していくと、こんな不等号の式が出来上がる。
これ、なかなか面白い。
というのも、いかにOPSが「野球という現実のスポーツを、ある特定の、恣意的視点から見た、デタラメなシロモノか」がわかるからだ。上の不等号式を言葉に直してみるとわかる。こうなる。
前記事で、「出塁率と長打率の数値がほぼ同じ、なんて打者は、ほぼ出現しない」ように、「OPSは最初からできている」と書いたが、まさにその通りの意味になっている。それを以下に説明しておこう。
以下の内容は本来は、ここまでの説明で子供でもわかるはずで、いちいち書くのもめんどくさいが、ここは大事だから、誤解のないように手間を惜しまず、たとえを交えながら明記しておく。
ところが、ここからOPSというデタラメ数式において、奇妙な神話が誕生することになる(笑)
ところが、話はここで終わらない。
(笑)
だが残念でした(笑)
既にこのブログで一度書いたように、実は現実の野球における「チーム出塁率」は、「四球」にはほとんど依存しない。現実の野球における「チーム出塁率」を大きく左右しているのは、「四球」ではなく、むしろOPS信仰が排除しようとやっきになってきた「打率」にほとんどを依存しているのである。
だからチーム打率が上昇してこないかぎり、通常、チームの出塁率は上がってこないし、「四球増加によるSLG上昇とOPS上昇のような、みせかけとまやかし」でない本当の意味の打撃の底上げはありえない。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年9月3日、チームというマクロ的視点から見たとき、「出塁率」を決定している唯一のファクターは「打率」であり、四球率は無関係、という仮説。
この不可能とも思われた「チームの四球を無理矢理に増加させる道」を選んだのは、2011シーズンのタンパベイのジョン・マドンだ。彼は確かに、四球数増加とそこそこのホームラン数を同時に実現することを、ほとんどのチームの中軸打者たちに強要したことで、地区2位のボストンを逆転し、ポストシーズン進出をモノにしたが、その結果としてチーム打率は崩壊し、チーム打率の低迷の結果、OBPの上昇はたいしたものならず、またポストシーズンでは惨敗した。当然の結果だ。数字で選手個人の能力と野球そのものを「狭い型に閉じ込めた」のだ。
この記事の最後の部分は、シアトルのズレンシックもウェッジもまったく理解してない。彼らは、主軸にホームラン20本程度打てて選球もできる打者をズラリと揃えているタンパベイと同じ野球ができると、ありもしない夢ばかり見ている。
Copyright © damejima. All Rights Reserved.
(続く)
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年12月20日、率と期待値を足し算している「OPSのデタラメさ」 (1)「OPSのデタラメさ」の基本を理解する
前記事で書いたことは、あまりにたくさんの内容を含むので、さすがにすぐには整理しきれない。要点も非常にたくさんある。
とりわけ「長打率」と間違ったネーミングをされた指標であるSLGは、どうせ馬鹿馬鹿しい間違いと思い込みを生むだけなのがわかっているから、この「率と期待値を足し算しているOPSのデタラメさ」というシリーズ記事の中では、今後は、必要がないかぎり、「長打率」とは表記せず、「塁打期待値(いわゆる「長打率」)」、もしくは単に「塁打期待値」と表記する。
OPS=出塁率(OBP)+塁打期待値(SLG)
この、「率」と「期待値」、2つの性質の違う、しかも、相互に相関を持つ数字を単純に足し算してしまう出来そこないの馬鹿馬鹿しい足し算(笑)がカバーする領域は、実は、限られたものであること、つまり、OPSが現実の野球に沿わない部分は非常に多いことは、前記事で指摘した。
まぁ、いってみれば、日本全国カバーすると口先では豪語しながら、実際には山奥しかカバーできてない携帯電話(笑)みたいなものだ。
例えば、出塁率.300、塁打期待値.500の打者は現実の野球に頻繁に出現するが、出塁率.400、塁打期待値.400の打者は、ほぼ特異点として出現することはあるものの、ほぼ非現実の存在しない打者である。
こうしたことが起きる原因のひとつは、前記事でも指摘したように、現実の打者においては、「出塁率≦塁打期待値」となることがほとんどだ、という事実を、OPSが考慮せずに、というか、意図的に無視しているからなのだが、このことをもう少し簡単な計算で示してみたい。
こんなに「OPS神話の仕組み」をわかりやすく解説するのは、たぶん、このブログが世界初だ。
OPS=OBP+SLG
OBP≦SLG
この式を変形していくと、こんな不等号の式が出来上がる。
OBP×2 ≦ OPS ≦ SLG×2
これ、なかなか面白い。
というのも、いかにOPSが「野球という現実のスポーツを、ある特定の、恣意的視点から見た、デタラメなシロモノか」がわかるからだ。上の不等号式を言葉に直してみるとわかる。こうなる。
OPSの下限はOBPで決まり、上限はSLGで決まる。
前記事で、「出塁率と長打率の数値がほぼ同じ、なんて打者は、ほぼ出現しない」ように、「OPSは最初からできている」と書いたが、まさにその通りの意味になっている。それを以下に説明しておこう。
以下の内容は本来は、ここまでの説明で子供でもわかるはずで、いちいち書くのもめんどくさいが、ここは大事だから、誤解のないように手間を惜しまず、たとえを交えながら明記しておく。
1)現実の野球で、多くのケースにおいて「出塁率≦塁打期待値」なのは、単に「出塁率」ではじき出されてくる数値のレンジが、「塁打期待値」のレンジより小さい、ただそれだけの意味でしかない。大きい数字だからといって塁打期待値SLGのほうが「エラい」わけでもなんでもない。
うまいたとえがみつからないが、たとえば年末ジャンポ宝くじの「当選確率」は、1よりもずっと小さく、小数点以下の数字になるのが当たり前だ。しかも、おそらく小数点以下にハンパない数のゼロが並ぶはずだ。
だが、宝くじ1枚あたりの「当選金期待値」は、まったく違う。「当選確率」の数字レンジよりおそらく大きい(実際に計算したことがあるわけではない 笑)。
だが、たとえ宝くじ1枚の当選金期待値がたった1円であろうと、その数字レンジは「当選確率」よりも、はるかに「数字としては」大きい。当たり前の話だ。
2)ところが、現実の野球においてほぼ大半のケースで「出塁率」≦「塁打期待値」となることが多いにも関わらず、デタラメなOPS計算においては、「率」である「出塁率」と、「期待値」である「塁打期待値」を、単純に「足し算」してしまう。
もちろん、そこに何の合理性もありえない。
なぜなら、これは、年末ジャンポ宝くじのたとえ話でいうなら、「当選確率」と「当選金期待値」を足し算するという無茶苦茶な計算をやったことになるからだ。
そもそも小数点以下の数字である「当選確率」と、より数字として大きな「当選金期待値」の無意味な足し算なのだから、そこには何の合理性も、現実の野球に対する妥当性も生まれるはずがない。
(たまたまOPSで説明可能なエリアが、OPSのトップクラスにあるのは、「OPSが、最初からそういう有名スラッガーをほめちぎるための指標としてつくられていたから」、ただそれだけだ。だから近年のOPS関連の数値では、すっかりバレてきたOPSにおけるSLGの過大評価ぶりを修正するために「SLGを、割り算で小さくする」という、わけのわからない子供じみた修正方法(例:NOI, New Offensive Index)を導入しているのだ(笑)。もちろん、そんな小手先程度の対症療法で、OPSがもって生まれた先天的な誤謬が修正できるわけもない。まったくもって馬鹿らしい)
ところが、ここからOPSというデタラメ数式において、奇妙な神話が誕生することになる(笑)
3)上で書いたように、数式をいじると「OBPとSLGだけから計算されるOPSは、下限はOBPで決まり、上限はSLGで決まる」。
そりゃそうだ。何度も言うように、OPSはもともと、数字として小さい「率」と、数字として大きい「期待値」を足し算して作られたデタラメな指標だから、そうなって当然だ。
4)だが、そこから奇妙な逆立ちしたヘリクツが、数式から導き出されるのである。「OPSは得点期待値を決めるのだから、他の何よりも偉い神だ。そしてOPSという数字の神の「天井」をより高くしてくれる「長打率」(=実際には塁打期待値)は、他のどんなものよりも偉いんだ。ピキピキ」。
奇妙な「OPS信仰」の始まりだ(笑)たぶん彼らはいまでも焚火の周りで、腰に毛皮を巻いてみんなで奇声を発しながら踊っているんだろう(笑)
こんなワケのわからないことが起こる原因は、もちろん、OPSそのものが「デタラメな計算で作られた」からだ。
年末ジャンポ宝くじの「当選確率」に「当選金期待値」を足し算するという無茶苦茶な計算で出来た数字なのだが、そりゃ、アタマの悪いヒトには数字レンジとして大きい「当選金期待値SLG」のほうが、数字として小さい「当選確率OBP」よりも、「エラく」見えてくる(笑)
こうして、このデタラメ数字がどういう風に出来たかを覚えてない馬鹿な人々がずっとOPSを有難がり続けたために、いつのまにか、「野球では、長打が偉いんだ」「打率なんてクソくらえ」くらいの話にエスカレートする始末(笑)
ところが、話はここで終わらない。
5)実際の野球に当てはめてみると簡単にわかることだが、スラッガーといわれる打者でも、ホームラン数(あるいは長打)などというものは、そう簡単に数を増やすことはできない。それが「現実の野球」、「現実のプレーヤー」というものだからだ。
いや、それどころか、ホームラン数こそ、才能によって、それぞれの打者の上限はほぼ決まっているのが普通だ。20本打ったから、といって、その打者が40本打てるようには「ほぼならない」のが、「現実の野球」というものだ。(このことは次回このシリーズ3番目の記事で具体例を挙げて書く)中堅スラッガーたちがドーピングでホームラン数を増やそうとする事件が跡を絶たないのも、逆にいえば、いかにホームランを打つ能力に上限があり、天井があるか、という反証である。
最初に書いたOPS信仰の神話式の変形である「OPSの下限はOBPで決まり、上限はSLGで決まる」という式に、この「打てるホームラン数の上限は、ほぼ決まってしまっている」ということをあてはめてみると、どうなるか。
実は、「OPSの数字の上限を決めている塁打期待値(SLG)は、実は、そうそう簡単に引き上げることができない」のである。
そりゃそうだ。年末ジャンポ宝くじの「当選確率」と「当選金期待値」を足し算するという無茶苦茶な計算で、自分の都合のいい数字を作っただけでもデタラメな話だが、それに加えてさらに、「当選金期待値」が簡単に上げられるくらいなら、誰も苦労しない。みんな年末ジャンポ宝くじを買って生活できるようになる(笑)
焚火の周りで踊っていたOPS信仰者は、困り抜いてここでハタと踊るのをやめ、みんな、しかめっつらで考えこんだのである(笑)
6)だが、ここで、考え込んでいた一人のOPS信仰者が、ピンとひらめいて叫んだ。
「天井が上がらないなら、床を上げてやればいいじゃないか!!!」
長打神話に続く、四球神話の誕生である(笑)(なぜ、貧打のオークランドにダリック・バートンみたいな1シーズンかぎりの奇妙な四球専用打者が誕生するか、ジョン・マドンのタンパベイの打者がホームランと四球だけでOPSを稼ごうとする理由、これですべて説明がつく)
彼らの考えはこうだ。
OPSの下限はOBPで決まり、上限はSLGで決まる、だが、SLGが簡単には上げられないなら、四球を増やしてOBPを意図的に上昇させれば、チームとしてのOPSの数字レンジを上昇させて、チームの得点を意図的に上昇させることが可能になるんじゃないか?
そして、悪質なことに、四球数の増加は、「たとえ長打を1本も増やさなくても」、OPSを「みせかけだけの意味で」上昇させる。
なぜなら、四球数が増加すると、当然OBPが加算される。これ自体は当然だ。
だが、問題なのは、このOBP増加に平行して打者の「打数減少」が発生するために、「OBPへの加算と平行して、こっそりSLGにも加算が行われる」ことだ。これは明らかに、「四球増加によるOPSの加算」を、見えないところで「二重加算」していることになる。
「塁打期待値SLG」は「総塁打数を、『打数』を分母とする割り算によって算出する数値」だ。だから、なんと、四球数が増えれば、打数減少によってSLG算出のための割り算の分母が減少する結果、「OBPと平行して、SLGにも同時に加算されていく」というデタラメな「二重加算」現象が起きるのだ。
しかも悪質なことに、この「四球数増加によるOPS二重加算」は、あらゆるバッターに均等に二重加算されるのではなくて、むしろ、バッターが長打を打つタイプであるほど加算率が大きく加算されるという意味不明の「不均等加算」のである。(詳しく言うと、「ホームランバッター」や「打数の少ない打者」ほど、この「四球数増加による打数減少で起きるSLG加算」の恩恵を受けるのだが、このデタラメな仕組みについては次の記事で書く)
つまりデタラメ指標OPSには、もともと、「四球増大におけるOBP・SLG同時平行加算によって、四球数増加の影響ををOBPとSLGに「二重加算するカラクリ」があるだけでなく、さらには、「ホームランバッターや打数の少ない打者ほど高くOPSを二重加算する「不均等加算するカラクリ」すら備わっているのである。
こんな馬鹿げたことが起きるのも、その原因はもちろん、相互に相関があり、また、数値レンジに差のあるOBPとSLG、2つの指標を、単純に足し算するという馬鹿げた計算方法をとる「OPSのデタラメさ」そのものに根本原因がある。
OPSというデタラメな指標においては、四球数増加の効果は、OBPにだけではなく、SLGにもこっそり二重に加算されている。そればかりか、この「四球増加による二重加算」は、ホームランバッターになればなるほど「加算率が高くなるように」設計されている。
その結果、「四球増加によるOPSの増大があった場合、あたかもホームランバッターが長打を生産したことによって発生するSLG増大がいかにもOPSを押し上げる主要因であるかのようにみせかけるOPS上昇カラクリ」を、OPSというデタラメ指標は常に隠蔽してきたのである。
いってみれば、この「四球増加で、みせかけだけSLGを伸ばすテクニック」は、まさに「数字によるドーピング」といっていい。
こんなまやかしが可能になるのは、OPSという指標が「ほんのちょっと床を上げると、自動的に天井が大きく上がるように出来た、まやかしだらけの家」だからだ。
(笑)
だが残念でした(笑)
既にこのブログで一度書いたように、実は現実の野球における「チーム出塁率」は、「四球」にはほとんど依存しない。現実の野球における「チーム出塁率」を大きく左右しているのは、「四球」ではなく、むしろOPS信仰が排除しようとやっきになってきた「打率」にほとんどを依存しているのである。
だからチーム打率が上昇してこないかぎり、通常、チームの出塁率は上がってこないし、「四球増加によるSLG上昇とOPS上昇のような、みせかけとまやかし」でない本当の意味の打撃の底上げはありえない。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年9月3日、チームというマクロ的視点から見たとき、「出塁率」を決定している唯一のファクターは「打率」であり、四球率は無関係、という仮説。
この不可能とも思われた「チームの四球を無理矢理に増加させる道」を選んだのは、2011シーズンのタンパベイのジョン・マドンだ。彼は確かに、四球数増加とそこそこのホームラン数を同時に実現することを、ほとんどのチームの中軸打者たちに強要したことで、地区2位のボストンを逆転し、ポストシーズン進出をモノにしたが、その結果としてチーム打率は崩壊し、チーム打率の低迷の結果、OBPの上昇はたいしたものならず、またポストシーズンでは惨敗した。当然の結果だ。数字で選手個人の能力と野球そのものを「狭い型に閉じ込めた」のだ。
この記事の最後の部分は、シアトルのズレンシックもウェッジもまったく理解してない。彼らは、主軸にホームラン20本程度打てて選球もできる打者をズラリと揃えているタンパベイと同じ野球ができると、ありもしない夢ばかり見ている。
Copyright © damejima. All Rights Reserved.
(続く)
December 21, 2011
11月に書いた記事で、ビル・ジェームスやテオ・エプスタイン過大評価ぶり、そして現状の単純すぎるパークファクターの数値としてのいい加減さと、その使われ方のデタラメさについて書いた。
こんどはホームランをもてはやすのによく使われる指標、OPSの「デタラメさ」について、ちょっと書いてみる。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年11月8日、ボストンの2004年ワールドシリーズ制覇におけるダン・デュケットの業績を振り返りつつ、テオ・エプスタイン、ビル・ジェームス、マネーボールの「過大評価」を下方修正する。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年11月10日、「パークファクター」という数字の、ある種の「デタラメさ」。
ブログ主は、ホームラン20本程度の打者のうち、低打率で、ただただバットを振り回したがるだけの低脳スラッガーが非常に嫌いだ。
この手のハンパ打者を甘やかすモノの見方をしたがるタイプのハンパな野球ファンは、日本でもアメリカでも、またファンであれメディアの記者であれ、実に多い。彼らは、たとえ打率が2割ちょっとか、2割半ばくらいしかなく、週に1本打つか打たないかのホームラン数でも、なにかシーズン中ずっと活躍していたかのように言いたがる。実にアホらしい。
こういう「デキそこないの子供に大金を与えて甘やかす、デキそこないの、ダメ親」みたいな現象が起きる原因は、たとえばOPSのような、「出来た当初こそ、画期的な部分があると思われたが、時間がたってから見てみると、作った人間の好みの野球の反映にすぎないシロモノであることがバレバレの、まるで都会に戻ったら相手がいかに不細工だったかがわかるリゾラバみたいなギミック(笑)」が、ああいう輩に意味不明の自信をつけさせ増長させた点も見逃せない。
あたかも「現実を数多くプロファイリングし、その積み重ねから野球という現実全体に通用する有用な法則を作りあげた」ように見せかけていたわけだが、実際にやっていることといえば、「単に長打を礼賛したいだけ」のために、「現実は最初から無視して、最初から長打を礼賛したい自分の好みに都合のいいレトリックを作っただけ」だったりするのは、本当に困りものである。
例えばOPSに関する日本のWikiに、次のような記述がある。
もっともらしく書いてある(失笑) 多少野球の数字をかじった人は、「その記述どおりでしょ。何か問題でも?」とか思って読むに違いない(笑)いやー、笑える(笑)馬鹿か、と言いたい。
この記述、実は現実の野球にあてはめると、非常に馬鹿馬鹿しいのである。特に「出塁率.400、長打率.400の打者」なんていう記述の馬鹿馬鹿しさ、数字のまやかしに、これまで誰も気づかなかった。
ちょっと、いつぞや書いた「iPodの原型は、ウォークマンである」というロジックの単純さに似てなくもない。(この「ウォークマンとiPodの件」についても、そのうち続編を書く)
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年10月9日、「iPodの原型は『パソコン』であって、ウォークマンではない」ことが瞬時にわかるのが、「パソコン以降の文化的視点」。
この手の「現実離れした、粗末なヘリクツ」が、日本でもアメリカでも、大手を振ってまかり通ってきた原因は、Wikiを書いた人間のロジックがあまりにも巧妙だから、言っていることの「矛盾」や「あまりにも辻褄が合わない部分」に気づかないのではなくて、むしろ、こういう風に、「数字の側から、野球という現実を見て判断することは、常に正しい」と自分勝手に思いこんでいる馬鹿があまりにも多くなりすぎた、という点にある。
表向きでは「野球という現実を、データとして数多く統計的に蓄積、プロファイルして、その結果の精密な分析からみえてきた法則性を、指標という形式にとりまとめた」ように見せかけているが、その実、実際の算出手法と、その根底にある思考回路は、まるっきり逆だ。
「この『数字』にあてはまる『現実』は、野球というスポーツのほんの一部でしかない」のである。
例えば「出塁率.300、長打率.500」という部分だが、それに近いタイプの打者を、この2シーズンのア・リーグの打者から探してみると、2011年でいうと、この設定にかなり近いバッターは、ネルソン・クルーズ(出塁率.312/OPS.509)を筆頭に、J.J.ハーディー(.310/.491)、マーク・レイノルズ(.323/.483)、マーク・トランボ(.291/.477)と、まぁ、けしてサンプル数が無限にあるとまでは言えないにしても、「探せば、有力プレーヤーに何人かサンプルを見つけられる」レベルにはある。また2010年ア・リーグの例では、多少「出塁率.300、長打率.500」という設定からは遠ざかるが、カーティス・グランダーソン(.324/.468)、マイク・ナポリ(.316/.468)と、なんとか数字的に近い打者を見つけることができる。(しかも近年のペナントの行方を左右した選手の名前も多い)
つまり、言いたいのは、「出塁率.300、長打率.500の打者」というレンジ設定は、「野球という現実を、多少なりとも反映している」ということだ。
これに対して、「出塁率.400、長打率.400の打者」という部分については、OPSは同じ.800でも、話はまったく異なる。なぜなら、出塁率.400、長打率.400という設定にあてはまる打者を、ほとんど見つけることができないからだ。
理由はハッキリしている。
(たとえば「出塁率.400、長打率.400の打者」といえるのは、2010年のオークランドの一塁手ダリック・バートンだが、OBP.393、SLG.405 四球110と、あまりにも奇妙な打撃スタッツだ。たぶんこの「ダリック・バートン」なんて名前、おそらく日本のMLBファンの大半が記憶に無く、またこの選手がOPS.800を記録したからといって、ほぼ同じOPSのネルソン・クルーズに匹敵する打者だとは、誰も思わない。さらにダメなのは、バートンが2010年以降も似たような打撃スタッツを続けられるわけがないことだ。つまりバートンの成績には「再現性」が全く無いのである。「再現性」がない現象は、単なる偶然か、ドーピングによる作為でしかなく、それを「法則の一部」とみなことなどできるわけがない。)
どうしてまた、こういう奇妙なことが起きるのか。
これを検討するためには、以下のような諸点などを十分に検討して話を進めていかなければならないので非常にめんどくさい。(だからすべての議論を一度にひとつの記事に詰め込むことは、すぐにはできない)
OPSのWikiでの記述の話に戻る。
そもそも「出塁率.400前後の打者」といえば、近代野球の場合、各リーグにほんの数人しか出現しない素晴らしい出塁率である。そして、その素晴らしい数字だからこそ、むしろ問題になる。
というのは、「出塁率.400前後の、出塁率がリーグで5本指に入るようなトップクラスのバッター」というのは、ほぼ例外なく「それなりの数のホームランや二塁打を打ち、それなりの数の四球も選ぶのが、むしろ当たり前」だからだ。
つまり、OPSの言う「出塁率.400、長打率.400の打者」というのは、「野球という現実」を、まるで反映してない。
「現実の野球」に実在するのは、現実にはありえない空想といっていい「出塁率.400、長打率.400のバッター」ではなく、「出塁率.400、長打率.500前後のバッター」なのだ。
さらに、それだけではない。
ここまで書いてきた「出塁率と長打率の両方に隠れて存在する計算素材のダブりをこっそり利用したデタラメな手品」によって、大半の打者の打撃スタッツにおいて、「出塁率よりも、長打率のほうが大きい」という状態が成立する。
これは、現実の打者がそうなることが経験上多いというリアルな意味ではない。計算上のみせかけのレトリックによってそうなる、のである。
数字の成り立ちからして、出塁率と長打率との間には相関関係が存在していて、2つの数字は相互に独立していない。上でも書いたことだが、相互に独立していない数値同士を足し算すれば、「多数の四球が長打率を押し上げてしまうという例」があるように、出塁率と長打率に内在する相関関係が原因で、「みせかけだけのOPS上昇」が発生し、「出塁率をやや上回る長打率が、自動的にはじき出されて」きてしまう。
常に「出塁率よりも、長打率のほうが大きい」という状態が成立するのは、単なる「計算上のまやかし」に過ぎない。
そりゃそうだろう。
OPSが「デタラメ」になっている主な原因は、「ホームランについて過大な評価が与えられていて、実は「率」ですらない長打率を、なんの補正せず、そのまま計算に採用し、「率」である出塁率と故意に、なんの理由もなく混ぜ合わせる「まやかしの手品」によって、あたかもホームランだけが得点を大量生産できる有効かつ最良の手段ででもあるかのように、「数字的にみせかけていること」にある。
だからこそ、「出塁率と長打率の数値がほぼ同じ、なんて打者は、ほぼ出現しない」ように、「OPSは、最初からできている」のである。この「巧妙なまやかし」が理解できないかぎり、この「OPSのデタラメさ」を理解できないだろう。
言い変えると、OPSという指標は、ある日突然「得点相関の高いと思われた2つの数字、出塁率と長打率(=実際には打数あたりの塁打期待値)を足し算してみることを、突然思いついたオッサン」が、「野球という非常に幅の広い現実のうち、自分好みの特定部分(たぶんそれはトップクラスのホームランバッター数名)を故意にクローズアップし、大好きな彼らのバッティングを褒めちぎるのに最も都合のいい恣意的な数値を作り上げた」ということでもある。
Copyright © damejima. All Rights Reserved.
(続く)
こんどはホームランをもてはやすのによく使われる指標、OPSの「デタラメさ」について、ちょっと書いてみる。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年11月8日、ボストンの2004年ワールドシリーズ制覇におけるダン・デュケットの業績を振り返りつつ、テオ・エプスタイン、ビル・ジェームス、マネーボールの「過大評価」を下方修正する。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年11月10日、「パークファクター」という数字の、ある種の「デタラメさ」。
ブログ主は、ホームラン20本程度の打者のうち、低打率で、ただただバットを振り回したがるだけの低脳スラッガーが非常に嫌いだ。
この手のハンパ打者を甘やかすモノの見方をしたがるタイプのハンパな野球ファンは、日本でもアメリカでも、またファンであれメディアの記者であれ、実に多い。彼らは、たとえ打率が2割ちょっとか、2割半ばくらいしかなく、週に1本打つか打たないかのホームラン数でも、なにかシーズン中ずっと活躍していたかのように言いたがる。実にアホらしい。
こういう「デキそこないの子供に大金を与えて甘やかす、デキそこないの、ダメ親」みたいな現象が起きる原因は、たとえばOPSのような、「出来た当初こそ、画期的な部分があると思われたが、時間がたってから見てみると、作った人間の好みの野球の反映にすぎないシロモノであることがバレバレの、まるで都会に戻ったら相手がいかに不細工だったかがわかるリゾラバみたいなギミック(笑)」が、ああいう輩に意味不明の自信をつけさせ増長させた点も見逃せない。
あたかも「現実を数多くプロファイリングし、その積み重ねから野球という現実全体に通用する有用な法則を作りあげた」ように見せかけていたわけだが、実際にやっていることといえば、「単に長打を礼賛したいだけ」のために、「現実は最初から無視して、最初から長打を礼賛したい自分の好みに都合のいいレトリックを作っただけ」だったりするのは、本当に困りものである。
例えばOPSに関する日本のWikiに、次のような記述がある。
「例えば出塁率.400、長打率.400の打者でも、出塁率.300、長打率.500の打者でも、同じ.800という数値が出る。」
もっともらしく書いてある(失笑) 多少野球の数字をかじった人は、「その記述どおりでしょ。何か問題でも?」とか思って読むに違いない(笑)いやー、笑える(笑)馬鹿か、と言いたい。
この記述、実は現実の野球にあてはめると、非常に馬鹿馬鹿しいのである。特に「出塁率.400、長打率.400の打者」なんていう記述の馬鹿馬鹿しさ、数字のまやかしに、これまで誰も気づかなかった。
ちょっと、いつぞや書いた「iPodの原型は、ウォークマンである」というロジックの単純さに似てなくもない。(この「ウォークマンとiPodの件」についても、そのうち続編を書く)
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年10月9日、「iPodの原型は『パソコン』であって、ウォークマンではない」ことが瞬時にわかるのが、「パソコン以降の文化的視点」。
この手の「現実離れした、粗末なヘリクツ」が、日本でもアメリカでも、大手を振ってまかり通ってきた原因は、Wikiを書いた人間のロジックがあまりにも巧妙だから、言っていることの「矛盾」や「あまりにも辻褄が合わない部分」に気づかないのではなくて、むしろ、こういう風に、「数字の側から、野球という現実を見て判断することは、常に正しい」と自分勝手に思いこんでいる馬鹿があまりにも多くなりすぎた、という点にある。
表向きでは「野球という現実を、データとして数多く統計的に蓄積、プロファイルして、その結果の精密な分析からみえてきた法則性を、指標という形式にとりまとめた」ように見せかけているが、その実、実際の算出手法と、その根底にある思考回路は、まるっきり逆だ。
「この『数字』にあてはまる『現実』は、野球というスポーツのほんの一部でしかない」のである。
例えば「出塁率.300、長打率.500」という部分だが、それに近いタイプの打者を、この2シーズンのア・リーグの打者から探してみると、2011年でいうと、この設定にかなり近いバッターは、ネルソン・クルーズ(出塁率.312/OPS.509)を筆頭に、J.J.ハーディー(.310/.491)、マーク・レイノルズ(.323/.483)、マーク・トランボ(.291/.477)と、まぁ、けしてサンプル数が無限にあるとまでは言えないにしても、「探せば、有力プレーヤーに何人かサンプルを見つけられる」レベルにはある。また2010年ア・リーグの例では、多少「出塁率.300、長打率.500」という設定からは遠ざかるが、カーティス・グランダーソン(.324/.468)、マイク・ナポリ(.316/.468)と、なんとか数字的に近い打者を見つけることができる。(しかも近年のペナントの行方を左右した選手の名前も多い)
つまり、言いたいのは、「出塁率.300、長打率.500の打者」というレンジ設定は、「野球という現実を、多少なりとも反映している」ということだ。
これに対して、「出塁率.400、長打率.400の打者」という部分については、OPSは同じ.800でも、話はまったく異なる。なぜなら、出塁率.400、長打率.400という設定にあてはまる打者を、ほとんど見つけることができないからだ。
理由はハッキリしている。
「出塁率.400、長打率.400なんていう打撃スタッツの打者は、現実の野球には、ほとんどありえない」からだ。出塁率.400、長打率.400などというレンジ設定自体が現実離れしているのである。
(たとえば「出塁率.400、長打率.400の打者」といえるのは、2010年のオークランドの一塁手ダリック・バートンだが、OBP.393、SLG.405 四球110と、あまりにも奇妙な打撃スタッツだ。たぶんこの「ダリック・バートン」なんて名前、おそらく日本のMLBファンの大半が記憶に無く、またこの選手がOPS.800を記録したからといって、ほぼ同じOPSのネルソン・クルーズに匹敵する打者だとは、誰も思わない。さらにダメなのは、バートンが2010年以降も似たような打撃スタッツを続けられるわけがないことだ。つまりバートンの成績には「再現性」が全く無いのである。「再現性」がない現象は、単なる偶然か、ドーピングによる作為でしかなく、それを「法則の一部」とみなことなどできるわけがない。)
どうしてまた、こういう奇妙なことが起きるのか。
これを検討するためには、以下のような諸点などを十分に検討して話を進めていかなければならないので非常にめんどくさい。(だからすべての議論を一度にひとつの記事に詰め込むことは、すぐにはできない)
1)「長打率(Slugging Percentage)」とか「自称」している数字は、そもそも「打数あたりの塁打期待値」である。
長打「率」なんて完全に間違ったネーミングのせいで誤解されているだけで、長打率は「長打だけに関する打率」でもなんでもないのだ。
だいたい、そもそも長打率は「率」ですらない。「期待値」は「率」ではないのだ。また、「長打のみについて抜き出して算出された数字」ですらない。
1の余談)ちょっと細かい話になるが、「シングルヒットでも長打率が上がるから、OPSには欠陥がある」だのなんだのいう「OPS批判にみせかけたシングルヒット批判」は、長打率が本当は塁打期待値で、得点期待値ではないことの意味をちょっと考えれば、それがある種の大ウソに過ぎないことは、すぐにバレる。
塁打数を計算する数値である長打率は、当然ながら「どの種類のヒットを打つか」によって、数値の変化度合は違うわけだが、仔細に見てみると、長打率の仕組みそのものが、主にホームランだけが数値を押し上げる要素になるように「仕組まれた数値」でもある。例えばある打者がある試合で4打数1安打でシングルヒット1本だとして、たとえそのシングルが試合を決める2点タイムリーだったとしても、その日の塁打期待値そのものはたった.250に過ぎない。シングルヒットは長打率を押し下げる要素としてしか計算されないし、また、シングルヒットは塁打計算においては得点期待計算より半分の評価しか与えられない。
そのため、打者の長打率によっては「シングルヒット、場合によっては二塁打を打ってさえも、長打率は下がりさえする」のである。だから、ヒットを打てば打つほどOPSも大きく上昇する、とは限らない。
原因は簡単だ。塁打数としてだけの意味では、ホームランの「4」に対し、シングルヒットは「1」、二塁打は「2」としか評価されず、その一方でそれぞれのイベント発生頻度、つまり、シングルヒットや二塁打の発生度数の多さはまったく考慮されない。だから「シングルヒットが塁打期待値を押し下げる方向にだけしか働かないように設計された数値」においては、「シングルヒットを打てば打つほど、数値が下降」していく珍現象が起こる。逆に「ホームランは、発生頻度が非常に低いのに、数値が大きく上昇する」。そういう風に設計されている塁打期待値を、発明者は恣意的に『長打率』と呼びならわし、しかもあたかも得点期待値でもあるかのような印象づけを試みた、のである。
現実の野球では、シングルヒットに意味がないなどということは有り得ないことなど、あえて言うまでもない。シチュエーションと打者によっては、ホームランより出現頻度の高いヒットのほうが得点期待値が高いことすらある。(例えば第2回WBC決勝)
得点期待値の算出においては、ホームランとシングルヒットの比重が現実の野球に近くなるように考慮されているため、長打率のようなこうしたデタラメは起こらない。
2)長打率の算出根拠は、「塁打数」であるために、近年の打撃スタッツの得点貢献度の算出における計算手法より、ずっとホームランを過大に計算している。
そのため、あたかも「長打率 イコール 得点期待値」と他人に思いこませたいだけの悪質なスラッガー好き人間と、ホームランを礼賛したいだけの無能ライターの格好のエサになって、根本的に間違えた議論の格好の材料になっている。
例えばOPSの基礎になる長打率では、ホームランを4、二塁打を2、ヒットを1などとして、打数あたりの「塁打数」を計算するわけだが、こうした「塁打数」は「得点期待値」とイコールではない。例えば「シングルヒットで2点入る」こともあれば、「ホームランで1点しか入らない」こともあるように、「塁打数は、得点期待値には、直結しない」。
例えば近年WARのような指標の計算も盛んだが、ここでも0.72BB+0.75HBP+0.90単打+0.92エラー出塁+1.24ニ塁打+1.56三塁打+1.95HRなどという計算式(これはwOBAの計算方式だが、この加重の方法を絶対的なものと考える必要はまったくない。あくまで例に過ぎない)があるように、得点貢献度の計算においては、ホームランとシングルヒットの得点貢献度の比率は、およそ「2対1」であり、長打率のように、ホームランを「4」、シングルヒットを「1」などと、ホームランとシングルヒットの比率を「4対1」とか、ホームランについて過大な計算をしてはいない。
3)OPSは、2種類の性質も母数も違う数字同士を、単純に足し算しているが、その「違う種類の数字を、足しても問題ない、足しても意味が成り立つ、という根拠」が、まるで明確でない。2種類の性質の異なる数字を、「補正も何もせずに、ただ単純に足し算する行為の正当性がほとんど不明であること」は、数値として「デタラメをやっている」としか言えない。
「出塁率」は「率」であり、「長打率」はグロスの「期待値」である。だから、それぞれの数値の性格がまったく違う。また、この2つの数値は、数値算出のための母数が異なる。また数値がカバーしている現実の野球のレンジも異なる。
4)OPSは、母数が違う数字同士を単純に足し算している。
出塁率の計算における母数は「打数+四球+死球+犠飛」などと、ほぼ「打席数」に近いものだが、長打率の計算の母数は「打数」であり、打席数ではない。
5)OPSは、相互に相関のある数字同士を足し算している。ちょっと考えれば誰でもわかることだが、相互に独立しておらず、相関の存在する2種類の数値同士を、単純に足し算する行為は、数値の算出の元になる素材の「ダブり」を生む。
たとえ話として、企業会計にたとえるなら、「打撃能力による収益を、特定部分だけ、重複して計上する」行為だ。当然のことながら、「重複して計上された素材(=例えばホームラン)については、明らかに帳簿上の収支が高く見せかけられている」ことになる。
これは、明らかに「出塁率と長打率の間に隠れて存在する計算素材のダブりを利用したデタラメな手品」である。
また、四球数の増加によって、当然、打数は減少するが、そうなれば当然、「打数を母数に計算される塁打期待値」である「長打率」はモロに影響を受け、増大する。つまり、「たとえ長打数に変化がなくても、四球を増やすことで打数を減らすことによっても、みせかけの長打率を上昇させることができる」し、OBPよりも数値上昇が大きく表現されやすいSLGが上昇すれば「OPSを増加させたようにみせかけることができる」のである。(それはチーム戦略として、勝つためにプレー内容の質と量を向上させる戦略的行為では、まったくなく、単に見栄えのいい数字を得るために数字そのものをいじるだけの「帳簿上の見かけの操作」に過ぎない)
6)OPSは打率を欠陥指標として「打率」を排除したとよく言われる。だが、OPSの計算式の内部では、排除どころか、むしろ打率に依存した一面も持ちあわせている。
例えば、出塁率についてだが、一度このブログで書いたように、「現実の野球におけるチーム出塁率は、実はチームの四球数にほとんど無関係で、大半はチーム打率に依存している」。つまり、「出塁率を左右するのは、結局は打率」なのである。また現実の野球において長打率の意味するところは、実際には打席あたりの出塁可能性でもあることを考えると、現実の野球においては、長打率が打率とまったく無関係と考えるのは馬鹿げている。
つまり、OPSは、タテマエとして打率を欠陥指標として排除したように見せかけているが、裏ではこっそり依存している部分が多々ある。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年9月3日、チームというマクロ的視点から見たとき、「出塁率」を決定している唯一のファクターは「打率」であり、四球率は無関係、という仮説。
7)「出塁率.400で、長打率.400」というバッターがほとんど実在していないことからわかるように、OPSという数字の仕組みで、現実の野球全体が説明できるわけではない。むしろそれどころか、OPSで非常にうまく説明される打者は、実は、非常に限られている。
あたかもOPSが現実の野球のすべてを説明するかのように思われがちだが、実際には逆であり、おそらくOPSの作者は自分好みのリーグのトップクラスのバッターだけしか着目せず、彼らの優秀さを礼賛するのに都合のいい数値を作ってみただけのことであると推定される。
8)細かいことを言えば、現実の野球においては塁打数の計算においてすら、打率が大きく関係してくる。打席ごとに長打を打てるかどうかは、毎打席ごとの確率の問題であり、打率が無関係になることなど、ありえない。
例えば、「600打数の打者が、20本程度のホームランを含め、ヒットを180本打つ」、という行為は、「あらかじめ1から4の数字が書かれた当たりくじ180個を含む600個のくじを入れた箱に、手を突っ込んで、1個だけを取り出し、そのくじを元に戻さないで、順に全てのくじを引いていく」という意味のわからない予定調和ではない。
現実の野球はむしろ、「まず、600個のうち180個の当たりの入った箱に手を突っ込んで、幸運にも当たりを引くことができたら(=ヒットを打てたら)、その『一度目のくじ』を元に戻して、こんどは、1から4、4つの数字の入った箱に手を突っ込んで、数字を決めるための『二度目のくじ』を引き、獲得できた数字(=塁打数)を確定する」という感覚のほうが近い。この2つの行為の差が、OPSにはまったく反映されていない。
OPSのWikiでの記述の話に戻る。
そもそも「出塁率.400前後の打者」といえば、近代野球の場合、各リーグにほんの数人しか出現しない素晴らしい出塁率である。そして、その素晴らしい数字だからこそ、むしろ問題になる。
というのは、「出塁率.400前後の、出塁率がリーグで5本指に入るようなトップクラスのバッター」というのは、ほぼ例外なく「それなりの数のホームランや二塁打を打ち、それなりの数の四球も選ぶのが、むしろ当たり前」だからだ。
つまり、OPSの言う「出塁率.400、長打率.400の打者」というのは、「野球という現実」を、まるで反映してない。
「現実の野球」に実在するのは、現実にはありえない空想といっていい「出塁率.400、長打率.400のバッター」ではなく、「出塁率.400、長打率.500前後のバッター」なのだ。
さらに、それだけではない。
ここまで書いてきた「出塁率と長打率の両方に隠れて存在する計算素材のダブりをこっそり利用したデタラメな手品」によって、大半の打者の打撃スタッツにおいて、「出塁率よりも、長打率のほうが大きい」という状態が成立する。
これは、現実の打者がそうなることが経験上多いというリアルな意味ではない。計算上のみせかけのレトリックによってそうなる、のである。
数字の成り立ちからして、出塁率と長打率との間には相関関係が存在していて、2つの数字は相互に独立していない。上でも書いたことだが、相互に独立していない数値同士を足し算すれば、「多数の四球が長打率を押し上げてしまうという例」があるように、出塁率と長打率に内在する相関関係が原因で、「みせかけだけのOPS上昇」が発生し、「出塁率をやや上回る長打率が、自動的にはじき出されて」きてしまう。
常に「出塁率よりも、長打率のほうが大きい」という状態が成立するのは、単なる「計算上のまやかし」に過ぎない。
そりゃそうだろう。
率より塁打期待値のほうが、普通、数値としてデカいに決まっている。
OPSが「デタラメ」になっている主な原因は、「ホームランについて過大な評価が与えられていて、実は「率」ですらない長打率を、なんの補正せず、そのまま計算に採用し、「率」である出塁率と故意に、なんの理由もなく混ぜ合わせる「まやかしの手品」によって、あたかもホームランだけが得点を大量生産できる有効かつ最良の手段ででもあるかのように、「数字的にみせかけていること」にある。
だからこそ、「出塁率と長打率の数値がほぼ同じ、なんて打者は、ほぼ出現しない」ように、「OPSは、最初からできている」のである。この「巧妙なまやかし」が理解できないかぎり、この「OPSのデタラメさ」を理解できないだろう。
言い変えると、OPSという指標は、ある日突然「得点相関の高いと思われた2つの数字、出塁率と長打率(=実際には打数あたりの塁打期待値)を足し算してみることを、突然思いついたオッサン」が、「野球という非常に幅の広い現実のうち、自分好みの特定部分(たぶんそれはトップクラスのホームランバッター数名)を故意にクローズアップし、大好きな彼らのバッティングを褒めちぎるのに最も都合のいい恣意的な数値を作り上げた」ということでもある。
Copyright © damejima. All Rights Reserved.
(続く)
以下のESPN Bostonの記事、最近書き続けている「数字野球批判」にもちょっと関係するし、日本の野球には存在しないタイプのエピソードだと思うので、後々のためにメモを残しておこう。
Source: Theo can't hire from Sox for 3 years - Boston Red Sox Blog - ESPN Boston
知ってのとおり、2011年シーズンの最後の最後に悲惨な3位陥落劇を演じたボストンを「クビになった」というか「抜け目なくカブスに脱出した」テオ・エプスタインだが、5年契約でカブスのプレジデント、つまり「GMより偉い立場」に抜擢された。
この、日本ではほとんど例のない「GMの他チーム移籍」については、どうもボストンとカブスの間で、「ボストン側が、FA選手獲得の場合と同じように、エプスタインの人的補償として、カブスからプロスペクトを獲得する」という合意が成立していたらしい。
この「ボストンのGMとプロスペクトの交換」についてESPN Bostonのローカル記事は、making a killing、「ボロ儲け」と表現して、不快感を露わにしている。
だが、この取引、「ボストン側だけが、ボロ儲けできる仕組み」だったわけではなくて、テオ・エプスタイン側もボストンから「自分の息のかかったスタッフ」をカブスにさらっていく合意をあらかじめ取り付けているという、ある種の「バーター取引」になっている。
つまり、要は「テオ・エプスタインのカブス移籍」には、もともとある種の「談合の空気」があったのである。
テオ・エプスタインは、カブス移籍にあたって、緊密な連絡をとりあっていた他チーム(レッドソックス、パドレス)の親しいGMやスタッフを、自分のカブス移籍にあわせて次々に引き抜いていった。
例えば、パドレスからは、GMのジェド・ホイヤーを引き抜いてカブスのGMに就任させたばかりか、GM補佐のジェイソン・マクロードまで引き抜いた。(この引き抜きがご破算になるかどうかまでは、上の記事ではわからない)
またボストンからは、エリア・スカウトを務めていたMatt Doreyをカブスに引き抜いて、national cross-checker(=「分析責任者」とでも訳せばいいか)に抜擢しようとした。(この引き抜きはセリグの「待った」によってご破算になる)
加えて、ボストンの後任GMに決まったベン・チェリントンは、もともとボストンのGM補佐としてテオ・エプスタインの腹心の部下だった人物であり、また、なんとパドレスの後任GMのジョシュ・バーンズも、かつてテオ・エプスタインの部下だった経歴をもつ。
こうした、レッドソックス、パドレス、カブスの3チームをまたいで、ある種の「セイバーメトリクス関連の人物による、談合的、馴れ合い的、人材のやりとり」が生まれつつある空気は、MLBのチーム同士の健全な独立性を著しく損なう行為であり、ブログ主も常に不快に思っていた。(それは、シアトルでいうなら、ジャック・ズレンシックが、元いたミルウォーキーと当時の人脈から、まるで廃品回収業者のように、いらなくなった選手ばかりをシアトルに回収して貯め込んでいく背任行為に似ている)
しかし、新天地カブスに、息のかかった一味(いちみ)を集合させようともくろんだテオ・エプスタインと、エプスタインの談合的人事の流れに乗じてカブスからプロスペクトをタダでガメようとしたボストンとの間で合意されていた「談合的馴れ合い人事」は、MLBコミッショナーのバド・セリグによって「拒絶された」。それが上のESPNの記事の主旨だ。
結果、ボストンは「エプスタインのカブス移籍に関して、一切の人的補償を受けられない」ことになった。(ブログ注:記事に明確には書かれていないが、今後MLBで似た事案が発生すれば、同じ判断が下されることになるだろう)
また、エプスタイン側に対しては、「今後3年間に渡り、ボストンから一切の人材獲得を禁止する」という判断が下された。
正直、ザマミロ、である。
そんなゴタゴタをボストンとテオ・エプスタインが引きずっている間に、ボルチモアの編成責任者に就任した元ボストンGMのダン・デュケットは、ボストンのtalent evaluator(これもまぁ分析の専門家のひとつだが、日本語にしにくい)のDanny Haasを、ボルチモアに引き抜いた。ダン・デュケット、抜け目ない男である(笑)
Danny Haasは、デュケットがボストンGMだった時代の1997年ドラフトで18巡目で指名してボストンに入団させた選手だが、Dannyの父親、Eddie Haasは、かつてアトランタ・ブレーブスのファームの監督を長くやった人物だが、ダン・デュケットがボストンGM時代に最も信頼していたtalent evaluatorだったらしく、親子2代でのスタッフ起用になる。
こうした思わぬ人材流出は、バド・セリグに思惑を封じられたボストンにとっては、もちろん痛手。そこも、ダン・デュケットにしてみれば、してやったり、だろう。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年11月8日、ボストンの2004年ワールドシリーズ制覇におけるダン・デュケットの業績を振り返りつつ、テオ・エプスタイン、ビル・ジェームス、マネーボールの「過大評価」を下方修正する。
Source: Theo can't hire from Sox for 3 years - Boston Red Sox Blog - ESPN Boston
知ってのとおり、2011年シーズンの最後の最後に悲惨な3位陥落劇を演じたボストンを「クビになった」というか「抜け目なくカブスに脱出した」テオ・エプスタインだが、5年契約でカブスのプレジデント、つまり「GMより偉い立場」に抜擢された。
この、日本ではほとんど例のない「GMの他チーム移籍」については、どうもボストンとカブスの間で、「ボストン側が、FA選手獲得の場合と同じように、エプスタインの人的補償として、カブスからプロスペクトを獲得する」という合意が成立していたらしい。
この「ボストンのGMとプロスペクトの交換」についてESPN Bostonのローカル記事は、making a killing、「ボロ儲け」と表現して、不快感を露わにしている。
だが、この取引、「ボストン側だけが、ボロ儲けできる仕組み」だったわけではなくて、テオ・エプスタイン側もボストンから「自分の息のかかったスタッフ」をカブスにさらっていく合意をあらかじめ取り付けているという、ある種の「バーター取引」になっている。
つまり、要は「テオ・エプスタインのカブス移籍」には、もともとある種の「談合の空気」があったのである。
テオ・エプスタインは、カブス移籍にあたって、緊密な連絡をとりあっていた他チーム(レッドソックス、パドレス)の親しいGMやスタッフを、自分のカブス移籍にあわせて次々に引き抜いていった。
例えば、パドレスからは、GMのジェド・ホイヤーを引き抜いてカブスのGMに就任させたばかりか、GM補佐のジェイソン・マクロードまで引き抜いた。(この引き抜きがご破算になるかどうかまでは、上の記事ではわからない)
またボストンからは、エリア・スカウトを務めていたMatt Doreyをカブスに引き抜いて、national cross-checker(=「分析責任者」とでも訳せばいいか)に抜擢しようとした。(この引き抜きはセリグの「待った」によってご破算になる)
加えて、ボストンの後任GMに決まったベン・チェリントンは、もともとボストンのGM補佐としてテオ・エプスタインの腹心の部下だった人物であり、また、なんとパドレスの後任GMのジョシュ・バーンズも、かつてテオ・エプスタインの部下だった経歴をもつ。
こうした、レッドソックス、パドレス、カブスの3チームをまたいで、ある種の「セイバーメトリクス関連の人物による、談合的、馴れ合い的、人材のやりとり」が生まれつつある空気は、MLBのチーム同士の健全な独立性を著しく損なう行為であり、ブログ主も常に不快に思っていた。(それは、シアトルでいうなら、ジャック・ズレンシックが、元いたミルウォーキーと当時の人脈から、まるで廃品回収業者のように、いらなくなった選手ばかりをシアトルに回収して貯め込んでいく背任行為に似ている)
しかし、新天地カブスに、息のかかった一味(いちみ)を集合させようともくろんだテオ・エプスタインと、エプスタインの談合的人事の流れに乗じてカブスからプロスペクトをタダでガメようとしたボストンとの間で合意されていた「談合的馴れ合い人事」は、MLBコミッショナーのバド・セリグによって「拒絶された」。それが上のESPNの記事の主旨だ。
結果、ボストンは「エプスタインのカブス移籍に関して、一切の人的補償を受けられない」ことになった。(ブログ注:記事に明確には書かれていないが、今後MLBで似た事案が発生すれば、同じ判断が下されることになるだろう)
また、エプスタイン側に対しては、「今後3年間に渡り、ボストンから一切の人材獲得を禁止する」という判断が下された。
Epstein, who this week hired an area scout from the Red Sox, Matt Dorey, and promoted him to national cross-checker, will be prohibited from adding anyone else from the Red Sox for a period of three years
正直、ザマミロ、である。
そんなゴタゴタをボストンとテオ・エプスタインが引きずっている間に、ボルチモアの編成責任者に就任した元ボストンGMのダン・デュケットは、ボストンのtalent evaluator(これもまぁ分析の専門家のひとつだが、日本語にしにくい)のDanny Haasを、ボルチモアに引き抜いた。ダン・デュケット、抜け目ない男である(笑)
Danny Haasは、デュケットがボストンGMだった時代の1997年ドラフトで18巡目で指名してボストンに入団させた選手だが、Dannyの父親、Eddie Haasは、かつてアトランタ・ブレーブスのファームの監督を長くやった人物だが、ダン・デュケットがボストンGM時代に最も信頼していたtalent evaluatorだったらしく、親子2代でのスタッフ起用になる。
こうした思わぬ人材流出は、バド・セリグに思惑を封じられたボストンにとっては、もちろん痛手。そこも、ダン・デュケットにしてみれば、してやったり、だろう。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年11月8日、ボストンの2004年ワールドシリーズ制覇におけるダン・デュケットの業績を振り返りつつ、テオ・エプスタイン、ビル・ジェームス、マネーボールの「過大評価」を下方修正する。
December 20, 2011
ダルビッシュのポスティング額は、51.7M(=5170万ドル。契約の話題で「M」といえば、「100万ドル」の意味。)で、俗説のいうトロントではなく、テキサス。まったくもって、予想通り。
この件についてのツイート:https://twitter.com/#!/damejima/status/148846518319853568
With Record Bid of $51.7 Million, Rangers Win Right to Negotiate With Darvish - NYTimes.com
テキサスの社長ノーラン・ライアンは、押しも押されぬ名投手であると同時に、1989年に「ノーコン」でモントリオールにいられなくなってシアトルに来たばかりのランディ・ジョンソンの「酷いノーコン」を矯正したことでも有名なように、ピッチャーの指導システムを確立した人物としても有名。
先日亡くなられた日本の野球界の巨星西本幸雄さんが「試合を指揮する監督」として優れていただけでなく、野球というスポーツの練習システムそのものの近代化(今では当たり前になっているウェイトトレーニングの導入や、バッティングゲージ横のファウルグラウンドでノック、ランニング、キャッチボールなどの基礎練習を行うグラウンドの有効活用術、いずれも西本さん発案によるものらしい)、さらに、野球指導者そのものの育成に非常に優れた手腕を発揮したのにも似て、ノーラン・ライアンは、名投手であると同時に、投手の育成者として非常に優れた足跡を残している。
そのライアンと、1985年にテキサスの投手コーチに就任し、80年代のノーラン・ライアンを甦らせたといわれているトム・ハウスとの共著による名著Nolan Ryan's Pitcher's Bibleは、何度も書いているように、メジャーの投手たちの文字通り「ピッチング・バイブル」になっている。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年1月6日、豪球ノーコン列伝 ランディ・ジョンソンのノーコンを矯正したノーラン・ライアン。 ノーラン・ライアンのノーコンを矯正した捕手ジェフ・トーボーグ。 捕手トーボーグが投球術を学んだサンディ・コーファクス。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月26日、クリフ・リーの投球フォームが打ちづらい理由。「構えてから投げるまでが早くできている」メジャーの投球フォーム。メジャー移籍後のイチローが日本とはバッティングフォームを変えた理由。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年3月23日、昔のダルビッシュと、今のダルビッシュ、どこが、どういう意味で違うのか。ノーラン・ライアン、松坂と比べながら、考える。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年3月25日、ノーラン・ライアンを思わせる「前ステップ」をみせる大阪ガスの松永昂大投手。高校からプロになった投手と、大学を経由した投手とのフォームの違い。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年4月15日、Sam Holbrookの特殊なストライクゾーンに手こずったジェイソン・バルガス。
2011シーズンのダルビッシュの投球フォームが、「三塁側に一度足を蹴り出すことなく、ホームプレートに真っ直ぐステップしていくメジャー風の投球フォーム」になり、また、上半身の強いひねりを加えることで生み出される「球の重さ」に磨きがかかったことは、「三塁側に一度足を蹴り出してから投げる典型的なフォーム」の松坂投手と対比させながら何度も書いてきた。
松坂投手には申し訳なかったが(苦笑)、何度も比較対象として登場してもらったのは、「三塁側に一度足を蹴り出してから投げる」松坂投手のフォームが非常に「日本的」であるために、昔は松坂と同じように三塁に足を蹴り出す日本風フォームで投げていたダルビッシュが、2011シーズンの前にフォームを根幹から変え、「いかにメジャー風フォームに変更して、2011シーズンを迎えようとしているか」を指摘するのに、非常に都合が良かったからだ。
だから、このブログでは、かつて「メジャーには行かない」と常に公言していたダルビッシュについて、もう1年も前から「ダルビッシュは間違いなくメジャーに行く」という前提で、投球フォームの変化について記事を書いてきた。
移籍交渉先球団がどこになるかについても、明らかにダルビッシュがフォーム改造において参考にしたに違いないノーラン・ライアン(指導方法。あるいはノーラン・ライアン自身のフォームや、投球メカニズム)が社長を務めるテキサス・レンジャーズになることは、十分予測可能だった。
もし、何十年かして、ダルビッシュから今回のメジャー移籍について、「実は2010年オフに、テキサスのコーチ(ノーラン・ライアン自身の指導を受けたのだったら、むしろ凄いことだが)から直接フォームについての指導を受けていて、2011年オフにはメジャー(たぶんテキサス)に移籍することは決まっていたんですよ」と裏話が明かされたとしても、ブログ主はまったく驚かない。
(いちおう誤解を避けるために書いておくと、オフに他チームの指導を受けることは、シアトル在籍時代のランディ・ジョンソンがシーズンオフに他チームであるテキサスのノーラン・ライアンに公の場所で指導を受けていることからわかるように、何の問題もない。それは「タンパリング」ではない)
こうした簡単なことが予測できないのは、いま日米問わず、野球の世界に数字ばかり見て、野球を見ない(あるいは、そもそも野球を見る能力がない)、そういう人間があまりにも増え過ぎているからだ。
シアトルの無能なズレンシック。チームの御用聞きのような記事しか書けないクセに、レジェンドであるイチローには失礼きわまりない記事を書くシアトル地元メディアの記者。選手としてもコーチとしても何の実績も無いのに球団取締役にまで成り上がり、暴言で杉内を怒らせて取締役をクビになった元投手の小林至(このアホウ、小久保選手のFA時に、選手本人を前に「自分を特別視していませんか?」と言ってのけたという噂があるらしい。ソース不詳)。 巨人をクビになった元記者の清武。
そして、OPSとかいうデタラメ数字を相変わらず信じこんだまま野球を語っている世間の野球ファン、ブロガー、三流ライター、MLBマニアきどりの大学教授。
まず見るべきは、数字(契約金額やスタッツ数値)ではなく、野球(プレーやフォーム)そのもの。
野球をやるのは、選手であり、数字に手足が生えて走りまわるわけではない。
なぜこんな簡単な、当たり前のことがわからなくなっているのか。どいつもこいつも、数字だけしかわからないやつは、西本幸雄さんに謝れ。
この件についてのツイート:https://twitter.com/#!/damejima/status/148846518319853568
ダルビッシュの交渉先がどのチームか、やたらと話題になってる。個人的には、そんなのテキサスに決まってるだろと予測してる。2011シーズンのダルのフォームは、どうみてもノーラン・ライアンのフォームからヒント得たはず
With Record Bid of $51.7 Million, Rangers Win Right to Negotiate With Darvish - NYTimes.com
テキサスの社長ノーラン・ライアンは、押しも押されぬ名投手であると同時に、1989年に「ノーコン」でモントリオールにいられなくなってシアトルに来たばかりのランディ・ジョンソンの「酷いノーコン」を矯正したことでも有名なように、ピッチャーの指導システムを確立した人物としても有名。
先日亡くなられた日本の野球界の巨星西本幸雄さんが「試合を指揮する監督」として優れていただけでなく、野球というスポーツの練習システムそのものの近代化(今では当たり前になっているウェイトトレーニングの導入や、バッティングゲージ横のファウルグラウンドでノック、ランニング、キャッチボールなどの基礎練習を行うグラウンドの有効活用術、いずれも西本さん発案によるものらしい)、さらに、野球指導者そのものの育成に非常に優れた手腕を発揮したのにも似て、ノーラン・ライアンは、名投手であると同時に、投手の育成者として非常に優れた足跡を残している。
そのライアンと、1985年にテキサスの投手コーチに就任し、80年代のノーラン・ライアンを甦らせたといわれているトム・ハウスとの共著による名著Nolan Ryan's Pitcher's Bibleは、何度も書いているように、メジャーの投手たちの文字通り「ピッチング・バイブル」になっている。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年1月6日、豪球ノーコン列伝 ランディ・ジョンソンのノーコンを矯正したノーラン・ライアン。 ノーラン・ライアンのノーコンを矯正した捕手ジェフ・トーボーグ。 捕手トーボーグが投球術を学んだサンディ・コーファクス。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年10月26日、クリフ・リーの投球フォームが打ちづらい理由。「構えてから投げるまでが早くできている」メジャーの投球フォーム。メジャー移籍後のイチローが日本とはバッティングフォームを変えた理由。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年3月23日、昔のダルビッシュと、今のダルビッシュ、どこが、どういう意味で違うのか。ノーラン・ライアン、松坂と比べながら、考える。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年3月25日、ノーラン・ライアンを思わせる「前ステップ」をみせる大阪ガスの松永昂大投手。高校からプロになった投手と、大学を経由した投手とのフォームの違い。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年4月15日、Sam Holbrookの特殊なストライクゾーンに手こずったジェイソン・バルガス。
2011シーズンのダルビッシュの投球フォームが、「三塁側に一度足を蹴り出すことなく、ホームプレートに真っ直ぐステップしていくメジャー風の投球フォーム」になり、また、上半身の強いひねりを加えることで生み出される「球の重さ」に磨きがかかったことは、「三塁側に一度足を蹴り出してから投げる典型的なフォーム」の松坂投手と対比させながら何度も書いてきた。
松坂投手には申し訳なかったが(苦笑)、何度も比較対象として登場してもらったのは、「三塁側に一度足を蹴り出してから投げる」松坂投手のフォームが非常に「日本的」であるために、昔は松坂と同じように三塁に足を蹴り出す日本風フォームで投げていたダルビッシュが、2011シーズンの前にフォームを根幹から変え、「いかにメジャー風フォームに変更して、2011シーズンを迎えようとしているか」を指摘するのに、非常に都合が良かったからだ。
だから、このブログでは、かつて「メジャーには行かない」と常に公言していたダルビッシュについて、もう1年も前から「ダルビッシュは間違いなくメジャーに行く」という前提で、投球フォームの変化について記事を書いてきた。
移籍交渉先球団がどこになるかについても、明らかにダルビッシュがフォーム改造において参考にしたに違いないノーラン・ライアン(指導方法。あるいはノーラン・ライアン自身のフォームや、投球メカニズム)が社長を務めるテキサス・レンジャーズになることは、十分予測可能だった。
もし、何十年かして、ダルビッシュから今回のメジャー移籍について、「実は2010年オフに、テキサスのコーチ(ノーラン・ライアン自身の指導を受けたのだったら、むしろ凄いことだが)から直接フォームについての指導を受けていて、2011年オフにはメジャー(たぶんテキサス)に移籍することは決まっていたんですよ」と裏話が明かされたとしても、ブログ主はまったく驚かない。
(いちおう誤解を避けるために書いておくと、オフに他チームの指導を受けることは、シアトル在籍時代のランディ・ジョンソンがシーズンオフに他チームであるテキサスのノーラン・ライアンに公の場所で指導を受けていることからわかるように、何の問題もない。それは「タンパリング」ではない)
こうした簡単なことが予測できないのは、いま日米問わず、野球の世界に数字ばかり見て、野球を見ない(あるいは、そもそも野球を見る能力がない)、そういう人間があまりにも増え過ぎているからだ。
シアトルの無能なズレンシック。チームの御用聞きのような記事しか書けないクセに、レジェンドであるイチローには失礼きわまりない記事を書くシアトル地元メディアの記者。選手としてもコーチとしても何の実績も無いのに球団取締役にまで成り上がり、暴言で杉内を怒らせて取締役をクビになった元投手の小林至(このアホウ、小久保選手のFA時に、選手本人を前に「自分を特別視していませんか?」と言ってのけたという噂があるらしい。ソース不詳)。 巨人をクビになった元記者の清武。
そして、OPSとかいうデタラメ数字を相変わらず信じこんだまま野球を語っている世間の野球ファン、ブロガー、三流ライター、MLBマニアきどりの大学教授。
まず見るべきは、数字(契約金額やスタッツ数値)ではなく、野球(プレーやフォーム)そのもの。
野球をやるのは、選手であり、数字に手足が生えて走りまわるわけではない。
なぜこんな簡単な、当たり前のことがわからなくなっているのか。どいつもこいつも、数字だけしかわからないやつは、西本幸雄さんに謝れ。
December 18, 2011
去年の6月に行われたイチローとケン・グリフィー・ジュニアのダブル・ボブるヘッド・デーにふらりと現れたダフ・マッケイガンは、シアトル出身で、ガンズ・アンド・ローゼスのオリジナルメンバー。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年6月18日、イチローとグリフィーのダブル・ボブルヘッド・デーにふらりとやってきた元ガンズ・アンド・ローゼスのダフ・マッケイガンは「レイカーズが大嫌いなんだ」と言った。
16日シアトルのキーアリーナ(KeyArena)で行われたガンズ・アンド・ローゼズのシアトル公演で、オープニング・アクトを務めたダフ・マッケイガンが、ガンズのパフォーマンスにもジョイント。
ダフが去年のガンズのロンドン公演にが飛び入り参加して17年ぶりの共演を果たしたのに続くハプニングを、ダフの出身地であるシアトル公演にも期待した地元ファンに応えた。さっそくYoutubeのほうに動画が上がったが、削除される前に見ておくべし。
来年ガンズはロックの殿堂入りが予定されているが、そのときのギグにダフが参加することになるのは、このジョイントぶりを見るかぎりは、ほぼ決定的と思われる。
>
シアトル市街地の北にあるキーアリーナ(旧シアトル・センター・コロシアム ネーミングライツを持っているKeyBankはクリーブランドに本拠を置く銀行)は、以下の地図のB。南にあるセーフコ・フィールドは、地図のAで、セーフコからキーアリーナは3マイル弱。
ちなみに、セーフコ・フィールドの南側の道路はエドガー・マルチネスの名前がつけられた「エドガー・マルチネス・ドライブ」だが、西側の道路は1st Ave. Southという名称だが、亡くなったデイブ・ニーハウスを弔う意味で、Royal Brougham Wayと「エドガー・マルチネス・ドライブ」に挟まれた部分が臨時に「デイブ・ニーハウス・ウェイ」と呼ばれている。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年4月8日、シアトル開幕戦。デイブ・ニーハウス トリビュート、「ホワイトシューズ」の日。
まったく、ガンズにも、ダフ・マッケイガンにも関係ない話だが、キーアリーナは、かつてNBAシアトル・スーパーソニックスの本拠地だったわけだが、スーパーソニックスのオクラホマシティ移転により、メインの「テナント」を失い、KeyBankはネーミングライツに関する契約を更新しないことを決定している。
このため、キーアリーナはやがて名前をかえることになる。
Name change coming to KeyArena | Public Spaces | Queen Anne News
NBA、NFL、MLBの1シーズンのホームゲームの数を考えると、例えばフットボールの1試合当たりの観客動員数がいかに多くとも、ホームゲームの試合数そのものが少ない。
そういったことを考えると、年間ゲーム数の多い「野球」というスポーツが、いかにスタジアムの経営・維持にとって効率のいい「テナント」かがわかる。
ちなみに、セーフコ・フィールドのオーナーは、Washington-King County stadium authority。ネーミングライツ契約は、シアトル地元の保険会社Safecoと2019年までの20年総額4000万ドルで、1年あたり200万ドル。(この契約額について、日本語Wikiには「20年180万ドル」と書かれている(笑)こんな書き方では「1年あたり9万ドル」と誤認されかねない。英語資料では大抵の場合、年200万ドルという数字になっている)
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2010年6月18日、イチローとグリフィーのダブル・ボブルヘッド・デーにふらりとやってきた元ガンズ・アンド・ローゼスのダフ・マッケイガンは「レイカーズが大嫌いなんだ」と言った。
16日シアトルのキーアリーナ(KeyArena)で行われたガンズ・アンド・ローゼズのシアトル公演で、オープニング・アクトを務めたダフ・マッケイガンが、ガンズのパフォーマンスにもジョイント。
ダフが去年のガンズのロンドン公演にが飛び入り参加して17年ぶりの共演を果たしたのに続くハプニングを、ダフの出身地であるシアトル公演にも期待した地元ファンに応えた。さっそくYoutubeのほうに動画が上がったが、削除される前に見ておくべし。
来年ガンズはロックの殿堂入りが予定されているが、そのときのギグにダフが参加することになるのは、このジョイントぶりを見るかぎりは、ほぼ決定的と思われる。
>
シアトル市街地の北にあるキーアリーナ(旧シアトル・センター・コロシアム ネーミングライツを持っているKeyBankはクリーブランドに本拠を置く銀行)は、以下の地図のB。南にあるセーフコ・フィールドは、地図のAで、セーフコからキーアリーナは3マイル弱。
ちなみに、セーフコ・フィールドの南側の道路はエドガー・マルチネスの名前がつけられた「エドガー・マルチネス・ドライブ」だが、西側の道路は1st Ave. Southという名称だが、亡くなったデイブ・ニーハウスを弔う意味で、Royal Brougham Wayと「エドガー・マルチネス・ドライブ」に挟まれた部分が臨時に「デイブ・ニーハウス・ウェイ」と呼ばれている。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:2011年4月8日、シアトル開幕戦。デイブ・ニーハウス トリビュート、「ホワイトシューズ」の日。
まったく、ガンズにも、ダフ・マッケイガンにも関係ない話だが、キーアリーナは、かつてNBAシアトル・スーパーソニックスの本拠地だったわけだが、スーパーソニックスのオクラホマシティ移転により、メインの「テナント」を失い、KeyBankはネーミングライツに関する契約を更新しないことを決定している。
このため、キーアリーナはやがて名前をかえることになる。
Name change coming to KeyArena | Public Spaces | Queen Anne News
NBA、NFL、MLBの1シーズンのホームゲームの数を考えると、例えばフットボールの1試合当たりの観客動員数がいかに多くとも、ホームゲームの試合数そのものが少ない。
そういったことを考えると、年間ゲーム数の多い「野球」というスポーツが、いかにスタジアムの経営・維持にとって効率のいい「テナント」かがわかる。
ちなみに、セーフコ・フィールドのオーナーは、Washington-King County stadium authority。ネーミングライツ契約は、シアトル地元の保険会社Safecoと2019年までの20年総額4000万ドルで、1年あたり200万ドル。(この契約額について、日本語Wikiには「20年180万ドル」と書かれている(笑)こんな書き方では「1年あたり9万ドル」と誤認されかねない。英語資料では大抵の場合、年200万ドルという数字になっている)
December 11, 2011
かつて「城島問題」のときにも発言を取り上げたことのあるFOXのケン・ローゼンタールは、情報集めの非常に得意なクチの悪いオッチャンだが、iPhoneに熱中してTwitterしまくるくらい茶目っ気さもある。もともと冷静な人物ではあり、感情むき出しに熱くなるタイプでもないのだが、ライアン・ブラウン事件についてはよほど「心が動かされた」というか「トサカにきた」らしく、そのローゼンタールが珍しく、やけに感情的になっている。
彼の記事で、ラファエル・パルメイロなどのようなステロイダーがいまMLB関係者の間でどういう厳しい評価のもとにあるのか、またステロイド問題についてどれくらいアメリカのメディアが絶望視しているかなど、いろいろMLBのステロイド事情の現状がわかる部分があるので、資料的に訳出しておく。
Even if NL MVP Ryan Braun is clean of PEDs, MLB never will be - MLB News | FOX Sports on MSN
A bombshell revelation about a major leaguer testing positive for performance-enhancing drugs. The player disputing the result through arbitration. A spokesperson for the player saying, “There was absolutely no intentional violation of the (drug-testing) program.”
MLBのPED(=performance-enhancing drug 筋力増強剤やヒト成長ホルモンなど競技能力向上に直接効果のあるドーピング薬物)テストの陽性で、ビックリするような事件が発覚した。プレーヤー側は代理人を通じて検査結果に異議をとなえている。選手のスポークスマンはこう言う。「故意のドーピング検査違反は、絶対にしてない」
As if an accidental violation is OK?
じゃあなにか。「意図的でない違反」ならオーケーだ、とでも言いたいのか?
(一部省略)
No, the real issue here is the same as before.
問題は今も昔も、何も変わりがない。
The sport is not clean. It never will be clean.
スポーツはクリーンじゃない。けしてクリーンにならない。
And while baseball continues to make tremendous advances in deterrence, adding HGH testing in its new collective-bargaining agreement, no one should ever be under the illusion that everything is fine and dandy.
野球界は、HGH(ヒト成長ホルモン)のテストを労使協約に盛り込むなど、ドーピング抑止のための大変な前進を見せ続けているにしても、これでなにもかもが正常になる、きちんとなるなどと、幻想を抱くべきじゃない。
I was angry when I heard the news about Braun on Saturday night. I’m sure a lot of fans were angry, too. On the day that Albert Pujols received a hero’s welcome in Anaheim, in an autumn when baseball is basking in unprecedented labor peace, steroid news again hijacked the sport.
僕は土曜の夜、ブラウンのニュースを聞いて、アタマにきた。たぶん、たくさんのファンもアタマにきてると確信している。(エンゼルス移籍が決まった)アルバート・プーホールズがヒーローとしてアナハイムに迎えられた、まさにその日だというのに、野球というスポーツが、かつてない安息を享受できた秋の日だというのに、ステロイドのニュースがスポーツをハイジャックしたのだ。(アタマにこないわけがない)
We all should just get used to it: The issue is never going away. At minimum, steroid talk will surface every year during the Hall of Fame election. And rest assured, major stars will continue to test positive on occasion, renewing our doubts and reminding all of us that you can’t always trust what you see.
我々はもうみんな、慣れてしまうべきだけなんだ。問題は無くなりはしない。ステロイド問題の議論は、すくなくともMLBの野球殿堂入りの選挙期間中くらいは浮上するかもしれないが、それ以外の時期には鎮静化してしまう。メジャーのスターたちは折にふれて検査をし、時々陽性のテスト結果が出ては、見る者すべてに、自分の見たモノすべてを必ずしも信頼してはいけないんだという猜疑心を思い出させ続ける。ただ、それだけなのだ。
(中略)
The problem for Braun, the problem for the sport, is that the stain will be difficult to erase, c.
ブラウンの問題は、スポーツ全体の問題でもある。消去不可能とまでは言えないにしても、消し去るのが非常に難しい「汚れ」みたいなものだ。
Rafael Palmeiro to this day insists his positive test in 2005 was the result of a tainted vitamin injection. Few want to hear it; Palmeiro’s reputation is in ruins. And really, no matter what Braun did ― or didn’t ― do, it is fair to ask, right now, how he even put himself in this position.
ラファエル・パルメイロは今日に至るまで、「2005年の陽性反応は汚染されたビタミン摂取の結果だった」と主張している。彼の話(=パルメイロの言い訳)に耳を傾ける人など、ほとんどいない。パルメイロの名声は崩壊している。実際にブラウンが何かしたにせよ、何もしてないにせよ、フェアなやりかたは、今すぐ彼に「君さ、この件について、どういう立場をとるんだ?」と、尋ねてみることだ。
As Selig has noted, Braun is part of a generation of players that began getting tested in the minors. Those players are familiar with the process, understand that they must consult with team trainers and doctors if they have any question about what they are putting into their bodies.
既に(MLBコミッショナーの)バド・セリグがコメントしているように、ブラウンは、マイナーでドーピングテストが始まった若い世代に属しているから、ドーピング検査のプロセスには詳しい。自分が摂取しているものについて何か疑問でもあれば、チームのトレーナーとか医師に相談すべき立場にあることを理解している。
It’s pretty simple; if you steer clear of PEDs and any substances that might be confused with PEDs, you can’t test positive.
話は非常に単純なのだ。PED、およびPEDと混同されるかもしれないありとあらゆる物質を避けてさえいれば、陽性のテスト結果が出ることなんて、ありえないんだ。
Drug-testing experts frequently say that only idiots test positive. And while Braun might present a perfectly valid explanation for his result, not everyone will be swayed. People are cynical now, even in the supposed “post-steroid” era.
ドーピング検査の専門家がよく言うのは、愚か者だけが陽性反応を示す、ということ。ブラウンは自分の検査結果について、何か完璧で適切な説明をすることができるかもしれないが、全ての人々の心を、その説明で動かせるとは限らない。たとえ今が「ポスト・ステロイド時代」であろうと、(かつてボンズの時代に嫌というほどステロイド事件を経験した)人々の心はいまだに懐疑的だからだ。
That era isn’t real, was never real and is never going to be real. I’m sorry, but nothing should surprise us anymore, not if we’re realistic in what we expect out of players, not if we’ve been paying attention all these years.
ポスト・ステロイド時代は、現在のところ実現していないし、過去においても実現してなかったし、将来も実現しないだろう。申し訳ない言い方だが、たとえ選手たちに何かリアリスティックに期待しているとしても、数年にもわたって彼らに関心を向け続けてきたとしても、もう私たちは何があろうと、もう驚きゃしないのだ。
彼の記事で、ラファエル・パルメイロなどのようなステロイダーがいまMLB関係者の間でどういう厳しい評価のもとにあるのか、またステロイド問題についてどれくらいアメリカのメディアが絶望視しているかなど、いろいろMLBのステロイド事情の現状がわかる部分があるので、資料的に訳出しておく。
Even if NL MVP Ryan Braun is clean of PEDs, MLB never will be - MLB News | FOX Sports on MSN
A bombshell revelation about a major leaguer testing positive for performance-enhancing drugs. The player disputing the result through arbitration. A spokesperson for the player saying, “There was absolutely no intentional violation of the (drug-testing) program.”
MLBのPED(=performance-enhancing drug 筋力増強剤やヒト成長ホルモンなど競技能力向上に直接効果のあるドーピング薬物)テストの陽性で、ビックリするような事件が発覚した。プレーヤー側は代理人を通じて検査結果に異議をとなえている。選手のスポークスマンはこう言う。「故意のドーピング検査違反は、絶対にしてない」
As if an accidental violation is OK?
じゃあなにか。「意図的でない違反」ならオーケーだ、とでも言いたいのか?
(一部省略)
No, the real issue here is the same as before.
問題は今も昔も、何も変わりがない。
The sport is not clean. It never will be clean.
スポーツはクリーンじゃない。けしてクリーンにならない。
And while baseball continues to make tremendous advances in deterrence, adding HGH testing in its new collective-bargaining agreement, no one should ever be under the illusion that everything is fine and dandy.
野球界は、HGH(ヒト成長ホルモン)のテストを労使協約に盛り込むなど、ドーピング抑止のための大変な前進を見せ続けているにしても、これでなにもかもが正常になる、きちんとなるなどと、幻想を抱くべきじゃない。
I was angry when I heard the news about Braun on Saturday night. I’m sure a lot of fans were angry, too. On the day that Albert Pujols received a hero’s welcome in Anaheim, in an autumn when baseball is basking in unprecedented labor peace, steroid news again hijacked the sport.
僕は土曜の夜、ブラウンのニュースを聞いて、アタマにきた。たぶん、たくさんのファンもアタマにきてると確信している。(エンゼルス移籍が決まった)アルバート・プーホールズがヒーローとしてアナハイムに迎えられた、まさにその日だというのに、野球というスポーツが、かつてない安息を享受できた秋の日だというのに、ステロイドのニュースがスポーツをハイジャックしたのだ。(アタマにこないわけがない)
We all should just get used to it: The issue is never going away. At minimum, steroid talk will surface every year during the Hall of Fame election. And rest assured, major stars will continue to test positive on occasion, renewing our doubts and reminding all of us that you can’t always trust what you see.
我々はもうみんな、慣れてしまうべきだけなんだ。問題は無くなりはしない。ステロイド問題の議論は、すくなくともMLBの野球殿堂入りの選挙期間中くらいは浮上するかもしれないが、それ以外の時期には鎮静化してしまう。メジャーのスターたちは折にふれて検査をし、時々陽性のテスト結果が出ては、見る者すべてに、自分の見たモノすべてを必ずしも信頼してはいけないんだという猜疑心を思い出させ続ける。ただ、それだけなのだ。
(中略)
The problem for Braun, the problem for the sport, is that the stain will be difficult to erase, c.
ブラウンの問題は、スポーツ全体の問題でもある。消去不可能とまでは言えないにしても、消し去るのが非常に難しい「汚れ」みたいなものだ。
Rafael Palmeiro to this day insists his positive test in 2005 was the result of a tainted vitamin injection. Few want to hear it; Palmeiro’s reputation is in ruins. And really, no matter what Braun did ― or didn’t ― do, it is fair to ask, right now, how he even put himself in this position.
ラファエル・パルメイロは今日に至るまで、「2005年の陽性反応は汚染されたビタミン摂取の結果だった」と主張している。彼の話(=パルメイロの言い訳)に耳を傾ける人など、ほとんどいない。パルメイロの名声は崩壊している。実際にブラウンが何かしたにせよ、何もしてないにせよ、フェアなやりかたは、今すぐ彼に「君さ、この件について、どういう立場をとるんだ?」と、尋ねてみることだ。
As Selig has noted, Braun is part of a generation of players that began getting tested in the minors. Those players are familiar with the process, understand that they must consult with team trainers and doctors if they have any question about what they are putting into their bodies.
既に(MLBコミッショナーの)バド・セリグがコメントしているように、ブラウンは、マイナーでドーピングテストが始まった若い世代に属しているから、ドーピング検査のプロセスには詳しい。自分が摂取しているものについて何か疑問でもあれば、チームのトレーナーとか医師に相談すべき立場にあることを理解している。
It’s pretty simple; if you steer clear of PEDs and any substances that might be confused with PEDs, you can’t test positive.
話は非常に単純なのだ。PED、およびPEDと混同されるかもしれないありとあらゆる物質を避けてさえいれば、陽性のテスト結果が出ることなんて、ありえないんだ。
Drug-testing experts frequently say that only idiots test positive. And while Braun might present a perfectly valid explanation for his result, not everyone will be swayed. People are cynical now, even in the supposed “post-steroid” era.
ドーピング検査の専門家がよく言うのは、愚か者だけが陽性反応を示す、ということ。ブラウンは自分の検査結果について、何か完璧で適切な説明をすることができるかもしれないが、全ての人々の心を、その説明で動かせるとは限らない。たとえ今が「ポスト・ステロイド時代」であろうと、(かつてボンズの時代に嫌というほどステロイド事件を経験した)人々の心はいまだに懐疑的だからだ。
That era isn’t real, was never real and is never going to be real. I’m sorry, but nothing should surprise us anymore, not if we’re realistic in what we expect out of players, not if we’ve been paying attention all these years.
ポスト・ステロイド時代は、現在のところ実現していないし、過去においても実現してなかったし、将来も実現しないだろう。申し訳ない言い方だが、たとえ選手たちに何かリアリスティックに期待しているとしても、数年にもわたって彼らに関心を向け続けてきたとしても、もう私たちは何があろうと、もう驚きゃしないのだ。
今年からブログ左上のデザインを変え、Play Cleanというアメリカで行われているスポーツキャンペーンに関するリンクを張るようにしている。「プレイ・クリーン」とは、年端の行かない高校生レベルにもステロイドが蔓延しているアメリカにおける反ドーピング・キャンペーンである。
というのも、明らかに、去年までアベレージヒッターだった選手が突然ホームランバッターになったりする最近のMLBは「変わった」と感じているからである。
「変わった」と思っているからこそ、ドーピングをした選手を批判したり無視するとかいうような直接的批判だけではなくて、オールスター投票の歪み、メープル・バットの問題、来年からMLBで始まるヒト成長ホルモン検出のための血液検査の話題、ホームランを必要以上に称揚するスタッツの問題点の指摘など、さまざまな角度から、「MLBのプレーの質を、2000年代の『イチロー時代』以前に戻そうとするかのような動きに関する指摘や牽制」、あるいは「必要以上にホームランを強調しよう、称揚しようとする考え方やスタッツに対する批判」を展開しているのである。
Do you want to make the shameful "Steroid Home Run Age" recurring? というメッセージはこのブログで作ったもので、「あの恥ずべき『ステロイド・ホームラン時代』に戻りたいのか?」という意味だ。
ミルウォーキー・ブリュワーズはかつて現シアトルGMのズレンシックがスカウト部長、GM特別補佐として在籍していたチームで、ライアン・ブラウンもズレンシックの発掘した選手のひとり。もともとア・リーグ所属だったが、1998年のエクスパンジョンでナ・リーグに編入。2011年に編入以降初となる地区優勝を決めたが、もしドーピングが事実なら、ひさびさの優勝に泥が塗られたことになる。
今年のナ・リーグMVPを獲得したミルウォーキー・ブリュワーズのライアン・ブラウンにPED(performance-enhancing drug)に関する陽性というニュースが飛び込んできた。この件に関する真偽はまだわからない。
USA Today
Ryan Braun tests positive for PED, says 'It's B.S.'
ESPN
Ryan Braun of Milwaukee Brewers tests positive for performance-enhancing drug - ESPN
PED、というとわかりにくい。要するに、「バリー・ボンズと同じような意味の、競技能力を向上させるドーピングをやった」ということだ。
ライアン・ブラウン本人は、いまのところこの件について、アメリカの全国紙USA TODAYのインタビューにこう答えている
B.S.というのは、"Bull S**t"(犬の****)という言葉。(後半の4文字の単語は、いわゆる4レターワードで、公の場所で子供を含めた他人の目に触れる場所で発言すべきことではない)。つまりライアン・ブラウンは、たいていのドーピング事件でそうであるように、今のところ「俺がドーピング? ありえねぇよ、くそったれが!」と言っているわけだ。
PED(performance-enhancing drug)というのは、あらゆるドーピングを指す広い意味の用語ではない。ほとんどの場合、狭義の筋肉増強剤や、ヒト成長ホルモンなどによるドーピングを指す。つまり、選手、アスリートの競技能力を、直接増強させる効果のある薬物を使って、競技結果をダイレクトに向上させる悪質なドーピンを指すのである。
このライアン・ブラウンの件に関する真偽が、クロであれ、シロであれ、このブログでのMLBのドーピングにまつわる批判は、これからもあらゆる面で続けていくつもりだ。
というのも、明らかに、去年までアベレージヒッターだった選手が突然ホームランバッターになったりする最近のMLBは「変わった」と感じているからである。
「変わった」と思っているからこそ、ドーピングをした選手を批判したり無視するとかいうような直接的批判だけではなくて、オールスター投票の歪み、メープル・バットの問題、来年からMLBで始まるヒト成長ホルモン検出のための血液検査の話題、ホームランを必要以上に称揚するスタッツの問題点の指摘など、さまざまな角度から、「MLBのプレーの質を、2000年代の『イチロー時代』以前に戻そうとするかのような動きに関する指摘や牽制」、あるいは「必要以上にホームランを強調しよう、称揚しようとする考え方やスタッツに対する批判」を展開しているのである。
Do you want to make the shameful "Steroid Home Run Age" recurring? というメッセージはこのブログで作ったもので、「あの恥ずべき『ステロイド・ホームラン時代』に戻りたいのか?」という意味だ。
ミルウォーキー・ブリュワーズはかつて現シアトルGMのズレンシックがスカウト部長、GM特別補佐として在籍していたチームで、ライアン・ブラウンもズレンシックの発掘した選手のひとり。もともとア・リーグ所属だったが、1998年のエクスパンジョンでナ・リーグに編入。2011年に編入以降初となる地区優勝を決めたが、もしドーピングが事実なら、ひさびさの優勝に泥が塗られたことになる。
今年のナ・リーグMVPを獲得したミルウォーキー・ブリュワーズのライアン・ブラウンにPED(performance-enhancing drug)に関する陽性というニュースが飛び込んできた。この件に関する真偽はまだわからない。
USA Today
Ryan Braun tests positive for PED, says 'It's B.S.'
ESPN
Ryan Braun of Milwaukee Brewers tests positive for performance-enhancing drug - ESPN
PED、というとわかりにくい。要するに、「バリー・ボンズと同じような意味の、競技能力を向上させるドーピングをやった」ということだ。
ライアン・ブラウン本人は、いまのところこの件について、アメリカの全国紙USA TODAYのインタビューにこう答えている
"It's B.S."
B.S.というのは、"Bull S**t"(犬の****)という言葉。(後半の4文字の単語は、いわゆる4レターワードで、公の場所で子供を含めた他人の目に触れる場所で発言すべきことではない)。つまりライアン・ブラウンは、たいていのドーピング事件でそうであるように、今のところ「俺がドーピング? ありえねぇよ、くそったれが!」と言っているわけだ。
PED(performance-enhancing drug)というのは、あらゆるドーピングを指す広い意味の用語ではない。ほとんどの場合、狭義の筋肉増強剤や、ヒト成長ホルモンなどによるドーピングを指す。つまり、選手、アスリートの競技能力を、直接増強させる効果のある薬物を使って、競技結果をダイレクトに向上させる悪質なドーピンを指すのである。
Performance-enhancing drugs - Wikipedia, the free encyclopedia)
Although the phrase performance-enhancing drugs is typically used in reference to anabolic steroids or their precursors, world anti-doping organizations apply the term broadly.
このライアン・ブラウンの件に関する真偽が、クロであれ、シロであれ、このブログでのMLBのドーピングにまつわる批判は、これからもあらゆる面で続けていくつもりだ。
December 03, 2011
もともとシーズンオフのトレード騒ぎや噂話には、ほとんど興味がない。
春になってシーズンが始まったら、そのときにいる人間が誰かをチェックすれば、そのほうがよほど手っ取り早い。実現しもしない馬鹿なライターの飛ばし記事や、決まるかどうかもわからない噂話を毎日追っかけて貴重な時間をムダにするくらいなら、書きたいことは他に山ほどある。
ちょうど全く別の記事を準備していたところなのだが、ボルチモアの編成責任者(日本のスポーツ紙などはGMと呼称しているが、実際の肩書はExecutive Vice-President of Baseball Operationsで、GMではない。だが、実権の内容からGMとして扱われる、というのは、MLBではよくある。日本の記者もそういうことには慣れているので、めんどくさいからGMと呼んでいるわけだ)に就任した元ボストンGMのダン・デュケットによるテキサスの若いキャッチャー、テイラー・ティーガーデン獲得のニュースを聞いた。(テキサスGMジョン・ダニエルズのトレード後のコメントでは、ティーガーデンには数チームが関心を寄せていた、とのこと)
どうやら、ティーガーデンはマット・ウィータースのバックアップをつとめることになるらしい。まさかこの2人がチームメイトになるとはねぇ。さすがにこれはメモを残さねば。
ちょっと興味深いニュースだ。ブログの性格上、キャッチャーに関する話題を多く扱ってきたこともあるし、この2人、所属地区は違うが、デビュー以来ずっと出世を競いあってきた同世代のキャッチャーでもある。
Rangers send catcher Taylor Teagarden to Orioles for right-hander | Texas Rangers | Texas Ran...
この2人がデビューした2008年〜2009年頃は、まだシアトルが「城島問題」の渦中にあった時代だったから、この2人のキャッチャーのことも何度か触れた記憶がある。
テキサス大学出身で、2005カレッジ・ワールドシリーズ優勝経験をもつテイラー・ティーガーデンは、同世代に有名キャッチャーの揃った1983年生まれで、出身地テキサスの地元プレーヤーとして2008年7月デビューした。
大西洋岸のジャスティン・スモークと同じ高校の出身で、ACCで主に打撃面で有名だったマット・ウィータースは、1986年生まれで、2009年5月デビュー。
ティーガーデンはウィータースより3つ年上だが、デビューは1年しか違わない。ティーガーデンは、例の「1983年世代」に属している。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:「1983年世代」、MLBキャッチャー世代論
この2人の若いキャッチャーは、かつてのジェフ・クレメントと同じように、少なくとも地元ファンからはずっと次世代のメインキャッチャーと期待され、チームに大事に育てられてきた。
2008年当時のテキサス地元記事:Baseball Time in Arlington: A Texas Rangers Blog - Home - The BBTiA Top 25 Prospect Rankings: Fall '08 Edition
(それにしても、2008年のテキサスのプロスペクトは壮観のひとこと。当時のプロスペクトのうち、今もテキサスに残っているのは、デレク・ホランド、ネフタリ・フェリース、エルビス・アンドラス、ミッチ・モアランドなど。そしてトレードで出したのは、トミー・ハンター、ジャスティン・スモーク、ブレイク・ビーバンなど。
テキサスがこの数年でチームに残した若手のその後の活躍ぶりとワールドシリーズ進出、そして、トレードで外に出した若手の「その後」を比較すれば、テキサスが、将来に期待できる若手はけしてトレードせず、チームに残してゲームで使いつつ手塩にかけて育ててきた育成方針の確かさと、難のある選手を思い切りよく切ってきたトレード巧者ぶりは一目瞭然。ジョン・ダニエルズと、無能なジャック・ズレンシックでは、役者が違いすぎる)
両者のデビュー当時の評価は、最初から大差があったわけではない。むしろ、カレッジ・ワールドシリーズ優勝経験をもつだけに、ティーガーデンのほうが高評価だった気がする。(これにはティーガーデンのメジャー初ヒットがホームランで、多少華々しかったせいもある。2008年7月20日ミネソタのスコット・ベイカーから)
一方のウィータースは、かつて日本のMLBファンから「多少打てるけれども、守るほうはまるでたいしたことない。トータルにみれば非常に平凡なキャッチャー」と、もっぱら思われてきた。
同世代のキャッチャーには、ジョー・マウアーやヤディア・モリーナ、ブライアン・マッキャンがいて、彼らは既にオールスターにファン投票で選出されるほどのスターであり、MLBを代表するキャッチャーになっているわけだが、彼らに比べると、ウィータースとティーガーデンの2人は「出世の遅れたキャッチャー」だったわけだ。
実際、デビュー後1年か2年が経つ頃には、両者とも「たいして打てないし、守りもたいしたことはない」という低評価しか与えられなくなっていた。
だが、結果的に言うと、2011シーズンに年の若いウィータースのほうが急速な変身を遂げ、年上のティーガーデンを大きく抜き去った。
2011シーズンは139ゲームに出場し、ホームラン22本、打率.278で、一時は打率が3割に迫っていた。最近ジョー・マウアーが故障だらけになったこともあって、オールスターにも初選出。また、従来たいしたことがないと思われていた守備面でも、2011年にFielding Bible賞とゴールドグラブを同時初受賞した。
特に、Fielding Bible賞受賞は、MLB全体でたったひとりしか選ばれない賞であることと、例年この賞の常連になっている典型的な守備型キャッチャーで、ワールドシリーズ優勝のヤディア・モリーナを抑えての初受賞だから非常に価値が高いし、ゴールドグラブとの同時受賞にも意味がある。
MLBでのウィータースの評価が非常に高まったことは、いくら彼を評価してこなかったボンクラな日本のファンでも理解できるようになったことだろうが(笑)、むしろそんなどうでもいいことより、気になるのは、元ボストンGMで、2000年代の強いボストンを実質的に用意した、あの慧眼のダン・デュケットが、ボルチモアでの初仕事として、攻守に成長著しいウィータースのバックアップに、トレード巧者のテキサスが見限ったテイラー・ティーガーデンを選んだことの「意味」だ。
ダン・デュケット(あるいは、元テキサス監督で、ティーガーデンをデビュー時からよく知るショーウォルター)にいわせると、「ティーガーデンにはまだまだ伸びしろがある」ということなのか? もしくは、守備の評価は良くなかったマット・ウィータースの開花に成功したボルチモアには、よほど有能なキャッチャー育成スタッフが揃っているのか。 この点が非常に気になる。
バーズに詳しいボルチモアのローカルサイトも、ボルチモアのキャッチャーの陣容は常に「若いウィータースに、ベテランのバックアップをつけるというパターン」だったのが、今回、若いティーガーデンを控えにしたということに驚いている。ボルチモアのファンにしても、ちょっと意外なトレードだったらしい。
O's trade for Teagarden
ボルチモアというチームが面白いなと思うのは、明らかにセイバー的な手法に染まりきっている今のボストンやタンパベイといった同地区のチームと一線を引いているように見えるところだ。
例えば打線は、まるっきり待球せず、初球からガンガン打ってくる。これは待球を奨励して、やたらと四球を増やしたがるボストン、タンパベイにはない非常に大きな特徴で、ボルチモアはヴェテラン監督ショーウォルター就任後も、これを変えようとしていない。
ボルチモアの監督が、「ちょっと前」のヤンキースやテキサスの監督だったバック・ショーウォルター、そしてGMが、「ちょっと前」のボストンのGMだったダン・デュケットと、「ちょっと前の野球」を築いたコンビになったところをみても、ボルチモアにはどこか「ウチは、近年のボストンやタンパベイとは、『ちょっと違う野球』をやりたい」という強い意思を感じるのが、非常に面白いのである。
バーズには是非、セイバー的な手法に染まりきったチームとはまったく別の方向性の野球を目指してもらいたい。
それにしても、ア・リーグ西地区の来シーズンのキャッチャーは面白い。テキサスだけが着々とチームに手を入れ続けて、戦力アップをはかっている(笑)
テキサスは、とうとう若いティーガーデンに見切りをつけ(トレードの見返りは投手)、元LAAのマイク・ナポリと、元シアトル・元コロラドのヨービット・トレアルバの、2人のワールドシリーズ経験者。たぶんノーラン・ライアンは、来シーズンもポストシーズン進出は固いと思っているのだろう。
ジェフ・マシスに賭けて失敗したエンゼルスのマイク・ソーシアは、来シーズンどうするつもりなのだろうか。
シアトルは、先日タンバベイが放り出した若いジョン・ジェイソを獲得したが、無能なロジャー・ハンセンに育てられるわけはない。そのタンパベイは、というと、さっそくトロントからFAになっていたベテランのホセ・モリーナを獲得した。たぶんタンパベイはまったく予定通りの行動だったのだろう。いつもどおり無能なズレンシックは、ここでもタンパベイの廃品回収を行う無能ぶりを発揮した(笑)
オークランドは、カート・スズキで変わりなし。なんの変化も見えない。
春になってシーズンが始まったら、そのときにいる人間が誰かをチェックすれば、そのほうがよほど手っ取り早い。実現しもしない馬鹿なライターの飛ばし記事や、決まるかどうかもわからない噂話を毎日追っかけて貴重な時間をムダにするくらいなら、書きたいことは他に山ほどある。
ちょうど全く別の記事を準備していたところなのだが、ボルチモアの編成責任者(日本のスポーツ紙などはGMと呼称しているが、実際の肩書はExecutive Vice-President of Baseball Operationsで、GMではない。だが、実権の内容からGMとして扱われる、というのは、MLBではよくある。日本の記者もそういうことには慣れているので、めんどくさいからGMと呼んでいるわけだ)に就任した元ボストンGMのダン・デュケットによるテキサスの若いキャッチャー、テイラー・ティーガーデン獲得のニュースを聞いた。(テキサスGMジョン・ダニエルズのトレード後のコメントでは、ティーガーデンには数チームが関心を寄せていた、とのこと)
どうやら、ティーガーデンはマット・ウィータースのバックアップをつとめることになるらしい。まさかこの2人がチームメイトになるとはねぇ。さすがにこれはメモを残さねば。
ちょっと興味深いニュースだ。ブログの性格上、キャッチャーに関する話題を多く扱ってきたこともあるし、この2人、所属地区は違うが、デビュー以来ずっと出世を競いあってきた同世代のキャッチャーでもある。
Rangers send catcher Taylor Teagarden to Orioles for right-hander | Texas Rangers | Texas Ran...
この2人がデビューした2008年〜2009年頃は、まだシアトルが「城島問題」の渦中にあった時代だったから、この2人のキャッチャーのことも何度か触れた記憶がある。
テキサス大学出身で、2005カレッジ・ワールドシリーズ優勝経験をもつテイラー・ティーガーデンは、同世代に有名キャッチャーの揃った1983年生まれで、出身地テキサスの地元プレーヤーとして2008年7月デビューした。
大西洋岸のジャスティン・スモークと同じ高校の出身で、ACCで主に打撃面で有名だったマット・ウィータースは、1986年生まれで、2009年5月デビュー。
ティーガーデンはウィータースより3つ年上だが、デビューは1年しか違わない。ティーガーデンは、例の「1983年世代」に属している。
ダメ捕手、城島健司。The Johjima Problem.:「1983年世代」、MLBキャッチャー世代論
1982年生まれ
ヤディア・モリーナ
1983年生まれ
ジョー・マウアー、カートスズキ、ラッセル・マーティン、ジェフ・マシス、テイラー・ティーガーデン、ロブ・ジョンソン、ミゲル・モンテーロ、クリス・アイアネッタ
1984年生まれ
ブライアン・マッキャン
この2人の若いキャッチャーは、かつてのジェフ・クレメントと同じように、少なくとも地元ファンからはずっと次世代のメインキャッチャーと期待され、チームに大事に育てられてきた。
2008年当時のテキサス地元記事:Baseball Time in Arlington: A Texas Rangers Blog - Home - The BBTiA Top 25 Prospect Rankings: Fall '08 Edition
(それにしても、2008年のテキサスのプロスペクトは壮観のひとこと。当時のプロスペクトのうち、今もテキサスに残っているのは、デレク・ホランド、ネフタリ・フェリース、エルビス・アンドラス、ミッチ・モアランドなど。そしてトレードで出したのは、トミー・ハンター、ジャスティン・スモーク、ブレイク・ビーバンなど。
テキサスがこの数年でチームに残した若手のその後の活躍ぶりとワールドシリーズ進出、そして、トレードで外に出した若手の「その後」を比較すれば、テキサスが、将来に期待できる若手はけしてトレードせず、チームに残してゲームで使いつつ手塩にかけて育ててきた育成方針の確かさと、難のある選手を思い切りよく切ってきたトレード巧者ぶりは一目瞭然。ジョン・ダニエルズと、無能なジャック・ズレンシックでは、役者が違いすぎる)
両者のデビュー当時の評価は、最初から大差があったわけではない。むしろ、カレッジ・ワールドシリーズ優勝経験をもつだけに、ティーガーデンのほうが高評価だった気がする。(これにはティーガーデンのメジャー初ヒットがホームランで、多少華々しかったせいもある。2008年7月20日ミネソタのスコット・ベイカーから)
一方のウィータースは、かつて日本のMLBファンから「多少打てるけれども、守るほうはまるでたいしたことない。トータルにみれば非常に平凡なキャッチャー」と、もっぱら思われてきた。
同世代のキャッチャーには、ジョー・マウアーやヤディア・モリーナ、ブライアン・マッキャンがいて、彼らは既にオールスターにファン投票で選出されるほどのスターであり、MLBを代表するキャッチャーになっているわけだが、彼らに比べると、ウィータースとティーガーデンの2人は「出世の遅れたキャッチャー」だったわけだ。
実際、デビュー後1年か2年が経つ頃には、両者とも「たいして打てないし、守りもたいしたことはない」という低評価しか与えられなくなっていた。
だが、結果的に言うと、2011シーズンに年の若いウィータースのほうが急速な変身を遂げ、年上のティーガーデンを大きく抜き去った。
2011シーズンは139ゲームに出場し、ホームラン22本、打率.278で、一時は打率が3割に迫っていた。最近ジョー・マウアーが故障だらけになったこともあって、オールスターにも初選出。また、従来たいしたことがないと思われていた守備面でも、2011年にFielding Bible賞とゴールドグラブを同時初受賞した。
特に、Fielding Bible賞受賞は、MLB全体でたったひとりしか選ばれない賞であることと、例年この賞の常連になっている典型的な守備型キャッチャーで、ワールドシリーズ優勝のヤディア・モリーナを抑えての初受賞だから非常に価値が高いし、ゴールドグラブとの同時受賞にも意味がある。
MLBでのウィータースの評価が非常に高まったことは、いくら彼を評価してこなかったボンクラな日本のファンでも理解できるようになったことだろうが(笑)、むしろそんなどうでもいいことより、気になるのは、元ボストンGMで、2000年代の強いボストンを実質的に用意した、あの慧眼のダン・デュケットが、ボルチモアでの初仕事として、攻守に成長著しいウィータースのバックアップに、トレード巧者のテキサスが見限ったテイラー・ティーガーデンを選んだことの「意味」だ。
ダン・デュケット(あるいは、元テキサス監督で、ティーガーデンをデビュー時からよく知るショーウォルター)にいわせると、「ティーガーデンにはまだまだ伸びしろがある」ということなのか? もしくは、守備の評価は良くなかったマット・ウィータースの開花に成功したボルチモアには、よほど有能なキャッチャー育成スタッフが揃っているのか。 この点が非常に気になる。
バーズに詳しいボルチモアのローカルサイトも、ボルチモアのキャッチャーの陣容は常に「若いウィータースに、ベテランのバックアップをつけるというパターン」だったのが、今回、若いティーガーデンを控えにしたということに驚いている。ボルチモアのファンにしても、ちょっと意外なトレードだったらしい。
O's trade for Teagarden
ボルチモアというチームが面白いなと思うのは、明らかにセイバー的な手法に染まりきっている今のボストンやタンパベイといった同地区のチームと一線を引いているように見えるところだ。
例えば打線は、まるっきり待球せず、初球からガンガン打ってくる。これは待球を奨励して、やたらと四球を増やしたがるボストン、タンパベイにはない非常に大きな特徴で、ボルチモアはヴェテラン監督ショーウォルター就任後も、これを変えようとしていない。
ボルチモアの監督が、「ちょっと前」のヤンキースやテキサスの監督だったバック・ショーウォルター、そしてGMが、「ちょっと前」のボストンのGMだったダン・デュケットと、「ちょっと前の野球」を築いたコンビになったところをみても、ボルチモアにはどこか「ウチは、近年のボストンやタンパベイとは、『ちょっと違う野球』をやりたい」という強い意思を感じるのが、非常に面白いのである。
バーズには是非、セイバー的な手法に染まりきったチームとはまったく別の方向性の野球を目指してもらいたい。
それにしても、ア・リーグ西地区の来シーズンのキャッチャーは面白い。テキサスだけが着々とチームに手を入れ続けて、戦力アップをはかっている(笑)
テキサスは、とうとう若いティーガーデンに見切りをつけ(トレードの見返りは投手)、元LAAのマイク・ナポリと、元シアトル・元コロラドのヨービット・トレアルバの、2人のワールドシリーズ経験者。たぶんノーラン・ライアンは、来シーズンもポストシーズン進出は固いと思っているのだろう。
ジェフ・マシスに賭けて失敗したエンゼルスのマイク・ソーシアは、来シーズンどうするつもりなのだろうか。
シアトルは、先日タンバベイが放り出した若いジョン・ジェイソを獲得したが、無能なロジャー・ハンセンに育てられるわけはない。そのタンパベイは、というと、さっそくトロントからFAになっていたベテランのホセ・モリーナを獲得した。たぶんタンパベイはまったく予定通りの行動だったのだろう。いつもどおり無能なズレンシックは、ここでもタンパベイの廃品回収を行う無能ぶりを発揮した(笑)
オークランドは、カート・スズキで変わりなし。なんの変化も見えない。